Game of Vampire 作:のみみず@白月
「つまり、お前のような存在が俺のことを狙っているということか。……委細把握した。警備には気を使おう。他に何かあるか?」
委細どころか全然把握できていないだろうが。ちょっとは行くかどうかを迷ったらどうなんだよ。書類仕事の片手間に返答してきたゲラートへと、アンネリーゼ・バートリは眉根を寄せながら応じていた。
「それでもキミはマホウトコロに出向くつもりなんだね? わざわざ敵の術中に飛び込んでいくと言っているわけだ。」
「残り少ない俺の命と、非魔法界問題進展のためのカンファレンス。こんなもの天秤にかけるまでもあるまい。重きはカンファレンスだ。」
「……非常に苛つく台詞じゃないか。ダンブルドアの発言を彷彿とさせるぞ。あの爺さんも寿命が近付いて自分の命が軽くなったから、他人のために使うことを決断していたね。」
「分からないか? 使い道があるからこそ価値があるんだ。自身の命に拘りすぎて機会を逃せば、徐々に人間としての価値がすり減っていく。アルバスも俺もそれを理解しているから、必要な時に命を懸けられるというだけのことに過ぎん。……ヴォルデモート卿。あの男は決して無能ではなかったが、そこを盛大に見誤ったんだ。自らの命を懸けるべき時に躊躇い、故に機会を逃した。指導者としての価値より己の命を優先したわけだな。ある意味では俺やアルバスよりも『真っ当』な思考回路をしていたんだろう。」
ゲラートからリドルの評価が出てくるのは珍しいな。指導者としての業よりも、個としての業が上回ったということか。それなら確かにリドルの方が一般的な思考回路であると言えそうだ。『滅私』。それが出来るのが偉大な指導者の絶対条件で、そんなことを出来る人間はそう居ないのだから。
二月二十一日の夕刻。現在の私は赤の広場の地下深くにあるロシア中央魔法議会の議長室で、ゲラートに対して相柳という『懸念』を伝え終えたところだ。カンファレンスへの出席を曲げないであろうことは覚悟していたのだが……くそ、やはり考えを変えるのは難しそうだな。頑固ジジイめ。
ソファの上で組んだ足を揺すりつつ、執務を続けるゲラートへと口を開く。
「自分が『異常』であることを認識しているようで何よりだよ。……絶対に必要なのか? カンファレンスへの出席は。別にキミが直接出向かなくてもいいじゃないか。代理を立てるなり、文書で意見を表明するなり、方法は山ほどあるだろう?」
「絶対に必要だ。そこを曲げるつもりは微塵も無い。全てのカンファレンスに等しく出席するという点も重要だが、マホウトコロでのそれは俺が直接世界に呼びかけられる最後の機会だからな。……お前も理解しているはずだぞ。アルバスが『遺言』を遺したように、スカーレットが引退前に言葉を残したように、俺もそうしなければならないんだ。俺だけが中途半端で終わるなど断じて認められん。全く同じことを前にも話しただろう?」
「……キミがそうするだけの『成果』はあったのかい? 既にいくつかの地域ではカンファレンスを終えているんだろう?」
「手応えは感じたし、俺の死によって更に重さを増すはずだ。今や非魔法界問題は歴とした『国際問題』になりつつある。……ようやく燃え上がったな。であれば続けてそこに俺の死体を投げ込んでやればいい。派手な狼煙になるだろう。」
自らの死体で狼煙を上げる? 悪趣味にも程がある比喩だな。皮肉げな口調で語るゲラートに、自分の膝を指でコツコツと叩きながら返事を返す。
「私は人間の死体を焼いた時の臭いを知っているがね、あまり愉快なものじゃないぞ。」
「俺もそれは知っているが、狼煙としては及第点だろう。……タイミングが重要なんだ。ゲラート・グリンデルバルドの死という狼煙を上げるタイミングが。この一年をかけて、俺はそれを各地で行われるカンファレンスの終了時に設定した。そこがボーダーラインなんだ、吸血鬼。それ以上生き続ければ徐々に不利益が生じ始める。」
「……魔法族のために尽くし、自分が邪魔になったらその身を焼いて狼煙にすると? つくづく報われない男だね、キミは。」
「そもそもそういった計画だったはずだぞ。必要とあらば生きるし、必要が無くなれば死ぬ。それだけの話だ。俺の……いや、俺たちの時代は終わりつつあるということなんだろう。俺とアルバスとスカーレットの時代はもう過去にすべきだ。古きに囚われたままではいつまで経っても先に進めない。魔法界を好き勝手に荒らし回った贖罪として、可能な限りに土壌は作った。後は託すさ。狼煙に応じて立ち上がってくれる次の世代に。」
二十世紀。イギリス魔法界にとってはレミリア・スカーレットと、アルバス・ダンブルドアと、トム・リドルと、そしてゲラート・グリンデルバルドの時代。レミリアが去り、ダンブルドアが死に、リドルが滅びた今、ゲラートも自らの終わりを定めたというわけか。
……ああくそ、気に食わないな。私は終ぞスポットライトを浴びることはなかったが、誰よりも近い位置でその時代を観ていたのだ。あれだけ見事な劇が『過去』になる? 実にイラつく話じゃないか。どうせ直に観てもいない後世の『歴史研究家』を名乗るバカどもが、鼻持ちならない批評をするんだろうさ。そう思うと本当に癪に障るぞ。
私が胸中でムカムカしているのをちらりと目にして、ゲラートは薄く笑いながらこちらの内心を読んだような発言を寄越してくる。
「過去は未来のためにあり、未来は更に先のためにある。それが人間の最大の強みで、同時に度し難いほど愚かな部分でもあるんだ。俺たちの行動が後世にとって毒になるか薬になるかは、永きを生きるお前が判断してくれればいい。お前だけは俺たちが為した全てを知っているからな。」
「一つだけ聞かせたまえよ。前にも同様の質問をしたが、再確認させてもらう。今回ばかりは嘘偽りなく答えてもらうぞ。……キミは死ぬべきだから死ぬのか? それとも死ぬから死ぬべき状況を作り出したのか? どちらが先にあったんだ?」
後者なら仕方がないと認めてやってもいいが、前者なら絶対に認められない。鋭く睨み付けながら送った疑問に、ゲラートは執務の手をぴたりと止めた後で……こちらを真っ直ぐ見返しつつ答えてきた。
「後者だ。『ゲラート・グリンデルバルドの死』が先にあり、故に俺はこの状況を作り出した。」
「……そうか、キミは何をどうしようと死ぬのか。」
「そういうことだ。」
短い応答の後のカリカリというペンの音を耳にしつつ、疲れた気分で深々とため息を吐く。ならば私に止める権利は無いな。ゲラートは死ぬべき時に死ねるのだ。魅魔が母上の死を認めたように、レミリアやパチュリーがダンブルドアの死を認めたように、私もまたゲラートの死を認めるべきなのだろう。死を穢すことだけはあってはならないのだから。
ひどく疲弊したような鬱々とした感情を自覚しながら、羽ペンを動かしているゲラートへと声を投げる。
「……マホウトコロには私も行くよ。それと、アリス・マーガトロイドもだ。キミの護衛を信頼していないわけじゃないが、数が多いに越したことはない。構わないね?」
「ああ、好きにしろ。部下にはこちらから伝えておく。必要とあらば俺を『餌』として使ってくれても構わん。」
「イラつくほどに話が早いね。……カンファレンスは十八日と十九日の二日間なんだろう? 十八日にマホウトコロに到着するのか?」
「現地に入るのは十七日だ。カンファレンスの前に顔合わせを済ませておきたい人物が数名居るからな。マホウトコロの校舎に二泊することになっている。」
前日に到着するのか。脳内の予定表にそのことを書き込みつつ、ソファから立ち上がって意見を飛ばす。
「せめて宿泊はマホウトコロの外にしたまえ。『敵地』に泊まるのは幾ら何でもやり過ぎだ。その程度だったら譲れるだろう?」
「……いいだろう、宿泊地は東京のホテルに変更しよう。」
「では、私たちも十七日に現地に行くよ。泊まるホテルを後で連絡してくれたまえ。私とアリスも同フロアの別の部屋に宿泊するから。……今日はこれで失礼する。備えを怠らないように。」
「承知した。三月十七日に会おう。」
ゲラートからの返答を背にドアへと向かいつつ、自分の中の考えを整理する。こうなった以上、相柳に邪魔をさせるわけにはいかない。相柳にも相柳の理由があるのかもしれんが、私にも私のそれがあるのだ。……全くもってうんざりしてくるな。相柳がもっと分かり易い『敵』だったら良かったのに。どうしてこのタイミングで仕掛けてきたんだよ。
分厚い議長室のドアを抜けて廊下に出た後、アンネリーゼ・バートリは気怠い気分で一歩を踏み出すのだった。
─────
「……あの、これって確認しに行くべきですかね?」
自分だけがぽつんと席に座っている『二-ろ-10号教室』の中、東風谷早苗は不安な気分でお二方に問いかけていた。授業が始まる五分前だというのに、教室に誰も入ってこないぞ。これはあれかな? 別の教室に変更という連絡が私にだけ届いていないってパターンかな?
期末試験の月である三月が目の前に迫った二月の末、私は四限目の社会非魔法学の授業に出席しようとしているわけだが……むう、絶対におかしいぞ。さすがに五分前に誰一人として現れないのは異常事態だ。こうなってくると、この教室では授業が行われないと判断すべきだろう。
机の上に出してしまった筆箱を片付けながら考えている私に、諏訪子様が返事を返してくる。
『まあ、掲示板を見に行った方がいいと思うよ。教室変更だったら遅刻になっちゃうしね。』
「ですよね。……最近はこういうことが無かったので油断してました。『独りぼっちの教室』を食らったのは久し振りです。」
前はまあ、年に何回かのペースであったことなのだ。基本的に教室変更とかの連絡は寮経由で回されるので、私にだけ知らせが届かないのは珍しくもなかったのだが、九年生になってからは教室変更そのものが全然無かったから気を抜いていたぞ。八年生の時は毎朝寮の掲示板を確認していたのに。
ため息を吐きながら四面廊下に出て、ギリギリで教室移動をしている生徒たちを横目に掲示板の方へと歩いて行く。もし教室変更なんだったらこっちの掲示板にも書いてあるはずだ。そう考えつつ見えてきた『にの面』にある掲示板をチェックしてみれば──
「あっ、ラッキーじゃないですか。」
今居る『ろの面』から見ると掲示板が天井に位置しているので読み難いが、どうやら九年生の社会非魔法学は休講と書いてあるみたいだ。つまり昼休みを挟んだ五限目まで自由時間ということになるな。『独りぼっちの教室』で沈んでいた気分が一気に回復したぞ。
思わず口に出してしまった私の感想を聞いて、神奈子様が反応を寄越してきた。
『ラッキーではないぞ、早苗。意欲ある学生ならば授業の中止を悲しむべき場面だ。……しかし、マホウトコロで突然の休講というのは珍しいな。初めてじゃないか?』
『六年生の時にもあったじゃん。ビニールハウスでトラブルがあって、植物学が休講になったやつ。……まあでも、珍しくはあるのかもね。他だとその時くらいしか思い浮かばないよ。』
あー、そういえばそんなこともあったな。まだ私がお二方と『再会』できていなかった頃の出来事だ。確か『駆け足球根』が集団での脱走を試みたから、その後始末の所為で中止になったんだっけ。六年生の秋のことを思い出している私を他所に、諏訪子様が呆れたような声で話を続ける。
『まさかとは思うけど、また教師が病欠したんじゃないよね?』
『有り得るかもしれんな。いきなり休講になるということは、何らかの理由で教師が休んだということであるはずだ。……早苗、とりあえず寮に戻ろう。』
「はい、そうします。……何だかお休みの先生が多くなってませんか? 細川先生と溝口先生と吉村先生はずっと休んでるみたいですし、田村先生と瀬尾先生も休みがちらしいですよ?」
細川先生は言わずもがなだけど、技術非魔法学の溝口先生と英語の吉村先生も未だ復帰できずに休んでいるんだそうだ。そして私とは違う学年を教えている植物学の田村先生と、地理の瀬尾先生もここのところ休みが続いているらしい。噂に疎い私の耳にも届いているぞ。
渡り廊下に向かって進みながら報告してみれば、神奈子様が追加の情報を送ってきた。
『加えて、飛行学の教師も一人先月頃から休んでいるらしいぞ。津山だったか?』
「津山先生ですか。えっと、低学年の飛行学の先生ですよね? 五年生以下の授業でしか会えないので、転入組の私はよく知らない先生です。」
『早苗、未満ね。五年生未満か四年生以下。五年生以下だと五年生も含んでることになっちゃうよ。……これってさ、相柳が何かしてるって思うのは考え過ぎ?』
むう、未満か。こういうのって何でいちいち面倒になっているんだろう? もっと分かり易くすればいいのに。渡り廊下を抜けて一階への階段を下りつつ唸っていると、神奈子様が真剣な声色で応答を放つ。
『……少なくとも、教師の休みが目立っているというのは厳然たる事実だ。私もキナ臭いものを感じるぞ。』
『相柳が毒でも盛って、マホウトコロの戦力を削ってるとか?』
『詳細はさっぱり分からんが、一応バートリにも報告しておこう。後で神社の方に顕現して手紙を送ってくれ。』
『へいへい、やっとくよ。……こんなんで開催できんのかな? カンファレンス。いっそ中止にしちゃえばいいんじゃない? カンファレンスが取り止めになってグリンデルバルドが来なけりゃ、相柳だって動きようがないじゃんか。』
うーん、どうなんだろう。私たちが知っているだけで六人も休んでいるんだもんな。今回休講になった社会非魔法学の松平先生もそうだとすれば七人だ。生徒の間では病気も何も流行っていないし、教師だけがこんなに休んでいるっていうのは中々異常なのかもしれない。
私が葵寮側の出口へと一階の廊下を歩きながら眉根を寄せている間にも、お二方の会話は進行していく。
『白木が今更中止にするかは怪しいところだな。体面もあるだろうし、もうカンファレンスまで一月を切っている。警備自体は魔法省の闇祓いたちがやるんだから、このまま開催を押し通すと思うぞ。』
『リーゼちゃんからの知らせが無いってことは、グリンデルバルドも多分出席するんだよね? ……やーな感じだなぁ。それぞれ事情はあるんだろうけどさ、結果的に相柳の思惑通りに進んでる気がするよ。』
『何にせよ、我々にはどうしようもない。大局の対処はバートリに任せて、早苗を守ることに集中すべきだ。相柳の目的が本当にグリンデルバルドなのであれば、こちらから首を突っ込まない限り早苗に被害は及ばないだろう。』
『希望的観測ってやつだと思うよ、それ。……ま、カンファレンスの当日は寮で大人しくしておくべきかな。何が起こるにせよ、実際に騒ぎがあるのは会場になる校舎の方でしょ。葵寮に居ればそれなりに安全なんじゃない? 早苗、今回は案内役を引き受けちゃダメだからね。』
寮に続く道に出たところで飛んできた諏訪子様の指示に、こっくり頷いてから質問を返す。
「いやまあ、別にやりたくないので断るのは問題ありませんけど……リーゼさんの案内役に指名されるって可能性もあるんじゃないでしょうか? 『後ろ盾』なわけですし。」
『あー、それはあるかも。……どうする? 神奈子。そうなったらさすがに受けるべきかな? リーゼちゃんの近くと葵寮。どっちがより安全だと思う?』
『微妙なところだな。バートリの近くは即ちトラブルの渦中だが、恐らくそこにはマーガトロイドも居るだろう。仮にトラブルの規模が大きかった場合、遠く離れた葵寮よりもむしろ安全かもしれん。』
『んんー、迷うところだね。……おっし、リーゼちゃんの案内役を打診された時だけは受けようか。アリスちゃんの存在も込みで考えれば、僅差でリーゼちゃんの近くの方が安全だろうから。』
まあ、私もそう思うぞ。相柳のことはいまいち理解できていないけど、リーゼさんとアリスさんの近くならとりあえず安全そうだし。諏訪子様の決断を受けて了承の首肯を送った後、到着した寮の玄関を抜けて口を開いた。
「まあその、リーゼさんたちがどうにかしてくれるんじゃないでしょうか? そんなに神妙にならなくても大丈夫だと思いますよ? あの二人があんなおバカな蛇に負けるわけないですって。」
『ポジティブだねぇ。今だけは早苗の考え方が羨ましいよ。』
「んう、そうですか? 私、自分のことを悲観主義者だと思ってたんですけど……。」
『そういえば一昨年のトーナメントの時、霧雨ちゃんとそんな話をしてたね。……あんたの場合は入り口が悲観だけど、出口が極度の楽観なんだよ。だからまあ、霧雨ちゃんと正反対ってのは正しいかな。あの子は多分楽観から入って悲観で結論付けられるタイプだから、楽天家に見えて実は堅実ってわけ。早苗はその逆ね。』
要するに私は、堅実に見えて実は楽天家ってことか? ……むむ、あんまり良い評価じゃない気がするぞ。寮の階段を上りながら考えていると、諏訪子様はぼんやりした台詞で会話を締めてしまう。
『ま、悲観で入って悲観で出るよりはマシじゃない? 慎重なのは悪くないけど、それだと人生楽しくなさそうだからね。早苗はそれでいいんだよ。他人なんか気にせずに快に生きな。大抵そういうヤツが良い目を拾うもんなんだから。』
『快に生きる』か。言葉の意味がちょっと掴み切れないけど、さすがは神様だけあって何だか深いアドバイスだな。そうしてみよう。つまりは物事の良い側面だけを受け取っちゃえってこと……のはず。多分。
自室がある階に足を踏み入れつつ、東風谷早苗は偉大な神様からのアドバイスにうんうん頷くのだった。