Game of Vampire   作:のみみず@白月

544 / 566
災害の三角形

 

 

「いらっしゃったようですな。」

 

『濯ぎ橋』の上を、私が立っているマホウトコロの正門に向かって歩いてくるリーゼさんとアリスさん。その姿を見て助かったと息を吐きつつ、東風谷早苗は立花先生の発言に頷いていた。まさかこんなことになるとは思わなかったぞ。

 

カンファレンスが明日に迫った金曜日の午後一時。リーゼさんとアリスさんの案内役を引き受けた私は、門前で二人の到着を待っていたわけだが……教頭先生と二人っきりで待つだなんて聞いていないぞ。めちゃくちゃ気まずかったじゃないか。

 

どうも白木校長が用事で出迎えられないから、教頭先生が代わりにここに立つことになったらしい。現在他の葵寮生たちは昨日終わらなかった準備作業をしているので、やらなくて済んでラッキーとか思っていた自分が恨めしいぞ。ひたすら無言でリーゼさんたちの到着を待っている時間は地獄でしかなかったのだから。

 

むむう、リーゼさんたちが他の『前乗り客』よりも早く到着するのがマズかったな。私の他にも案内役が居れば多少はマシになったのに。予想外の『不幸』を受けて疲れた気分になっていると、歩み寄ってきたリーゼさんがこちらに声をかけてくる。

 

「やあ、早苗。それとキミは……確か、立花田助だったね。トーナメントの閉会パーティーで話した覚えがあるよ。」

 

「はい。マホウトコロで教頭職を務めております、立花です。本日は『善き魔法の在る処』へようこそお越しくださいました。我々は貴女がたの訪問を歓迎いたします。」

 

「ふぅん? 今回の出迎えはシラキじゃないのか。何度も来ているから軽んじられちゃったのかな?」

 

「滅相もございません。白木校長はここに立ってバートリ女史をお迎えすることを強く希望したのですが、この時間はどうしても外せない用事がありまして。」

 

おおお、教頭先生が下手に出ているぞ。私からすれば超怖くて偉い先生だが、やっぱりリーゼさんの方が『上』らしい。こういう時はリーゼさんがとんでもない年齢で、かつ凄く偉い吸血鬼だってことを実感するな。

 

リーゼさんの立場の強さを再確認して謎の感動を覚えている私を他所に、当の吸血鬼さんは肩を竦めて応答を口にした。

 

「ま、出迎えは別にいいんだけどね。シラキにちょっと話があるんだよ。後で時間を作って欲しいと伝えてくれたまえ。」

 

「かしこまりました。」

 

「んじゃ、案内を頼むよ。……早苗?」

 

「あっ、はい。こっちです。」

 

私に言ったのか。油断していたぞ。慌てて首肯してからリーゼさんたちを連れて正面玄関に向かうと、教頭先生は深々と頭を下げて私たちを……というか、リーゼさんとアリスさんを見送り始める。立花先生はこのやり取りのためだけにずっと門前で待っていたわけか。教頭というのも案外大変な仕事なのかもしれないな。

 

内心で同情しながら玄関を抜けて、二階に続く階段の方へと廊下を歩いていると、リーゼさんが周囲を見回しつつ話しかけてきた。ちなみに今向かっているのは二階の中央部にある四面廊下ではなく、北側にある客室なんかが並んでいる区画だ。

 

「早苗、マホウトコロで何かあったんじゃないだろうね? シラキが出迎えないってのには若干キナ臭いものを感じるぞ。」

 

「えっと、何もありませんよ? 会場の準備とかが少し押してるので、その所為じゃないでしょうか?」

 

「準備が間に合っていないのかい? そっちもシラキらしくないじゃないか。」

 

「昨日の午後に五年生から上が手伝ってたんですけど、スケジュール通りに終わらなかったんですよ。大広間を準備してた葵寮も、客室を準備してた藤寮も、庭とかを準備してた桐寮もダメだったみたいですね。だから今日の午後の授業が中止になって、今も準備をしてるんです。」

 

廊下の奥にあった上り階段の一段目を踏みながら説明した私に、リーゼさんがかっくり首を傾げて問いを飛ばしてくる。

 

「やけにギリギリの準備に思えるね。前回のカンファレンスの時もそうだったのかい?」

 

「前回もまあ、準備を始めたの自体は数日前とかでしたね。大広間が使えなくなっちゃいますし、客室とかをずっと前に掃除したって仕方ないですから。……だけど、それでも全然間に合ってはいました。今回は多分、スケジュールに無理があったんですよ。」

 

「ふぅん? ……無理なスケジュールになった原因は?」

 

「そこまではちょっと分かんないですけど……もしかすると、先生が何人も休んでるからなのかもしれません。」

 

四面廊下と違って『いの面』しかない客室が並ぶ廊下を進みつつ、どの部屋だったっけと思い出しながら答えてみると、続いてアリスさんが質問を送ってきた。

 

「そういえば、諏訪子さんからの手紙にもそんな感じのことが書かれてたわね。細川京介以外にも休んでいる教師が居るの?」

 

「えと、結構居ます。私は噂に詳しくないので全部は把握できてませんけど、十人弱は休んでるんじゃないでしょうか?」

 

「十人弱? ……それでよく授業を回せるわね。」

 

「マホウトコロは教師が多いんですよ。何て言うか、研究をする場所って側面もありますから。だから一応授業は普通にやってますけど、休講がちょびっとだけ増えてはいるかもしれません。……この部屋です。」

 

ホグワーツ魔法魔術学校はもっと少ない教師数なんだろうか? だけど、霧雨さんによれば生徒の人数はそこそこ多かったはずだぞ。イギリスの魔法学校のシステムに関する疑問を抱きつつ、到着した客室に三人で入室する。一度に授業を受ける人数がマホウトコロより多いのかもしれないな。

 

それで、えーっと……部屋に案内したら何をするんだっけ? お茶を淹れるんだったかな? 事前に申し渡されている『案内マニュアル』の内容を記憶から掘り起こしていると、いきなり客室にお二方が出現した。おおう、実体化しちゃうのか。

 

「やほー、二人とも。……うっわ、高そうな羊羹が置いてあるじゃん。早苗、食べちゃいな。」

 

「やめろ、諏訪子。お前は恥という言葉を知らんのか。……こちらの状況は聞いた通りだ、バートリ、マーガトロイド。教師が複数名休んでいて、白木らしからぬ無理なスケジュールが寮生徒会に提示されている。お前たちはどう思う?」

 

「無論気にはなるが、そこから相柳の行動を予測するのは難しそうだね。パッと思い付く懸念としては、相柳が細川だけではなく複数人の教師を支配下に置いたってパターンかな。」

 

「でも、可能なんでしょうか? 相柳は力の弱い妖怪なんですよね? 細川京介一人を操るのが精一杯って認識だったんですけど。」

 

うーん、リーゼさんもアリスさんもお二方の登場に一切驚かずに、普通に会話に突入しているな。旅館の一室のような構造になっている客室の中で、私が電気ポットを使ってお茶の準備をしている間にも、『人間以外』の存在たちの話し合いは進行していく。

 

「私も少し腑に落ちないが、可能性の一つとしては考えておくべきさ。……具体的に何名なんだい? 休んでいる教師は。」

 

「恐らく、一昨日の時点で細川を含めずに八名だ。恐らくな。私たちは早苗から離れられないから、確実な情報は手に入っていない。」

 

「細川を合わせれば魔法使いが九名か。仮に相柳の駒になっていたとしても、大した戦力にはならないと思うがね。」

 

先生が九人というのは『大した戦力』だと思うんだけどな。リーゼさんにとってはそうじゃないってことか。神奈子様に応じたリーゼさんの言葉に、今度は羊羹を食べている諏訪子様が返事を放つ。小さな羊羹が一つ一つ箱に入っているやつだ。絶対高いぞ、あれは。

 

「何に使うか次第でしょ。私なら九人も使えれば結構なことが出来るけど?」

 

「『短慮』な相柳でも出来ると思うかい?」

 

「んー、それは分かんない。私はリーゼちゃんの考えはそれなりに読めるけど、早苗の思考は全然読めないもん。もし本当に相柳が『短慮なバカ』なんだったら、早苗と一緒で読もうとするだけ無駄っしょ。」

 

……あれ? ひょっとして今私、バカにされた? 人数分のお茶をテーブルに置きながら考えていると、リーゼさんが疲れたように口を開く。誰も気にしていないみたいだし、勘違いかな?

 

「何にせよ、応手でいくぞ。管理者代行が言っていた相柳の性格からするに、無理に先手を取ろうとすると深読みして裏目に出かねないし、今回はそうしようと決めたんだ。相柳が行動を起こしたら対処するさ。」

 

「後手に回るのか?」

 

「そうせざるを得ないだろう? ここは相柳の用意した盤上で、私は彼女がどんな勝ち方を目指しているのかも知らないし、現在の盤面がどうなっているのかも把握し切れていないんだ。後手で守るのは私ではなくレミィの領分だが、他にやりようがないなら仕方がない。勝ちを目指すのではなく、負けないようにするよ。」

 

神奈子様の問いに鼻を鳴らして返答したリーゼさんは、羊羹を一つ手に取って話を続けた。

 

「それと、カンファレンスに出席予定だった管理者代行が来られなくなった。始める前に駒を一つ落とされたよ。忌々しい話さ。」

 

「何? どういうことだ?」

 

難しい顔で身を乗り出した神奈子様へと、リーゼさんがよく分からない説明をしているのを聞き流しつつ、私も羊羹を一つ取って箱を開け……ぐう、開かない。これ、どうなっているんだろう? 透明なシールか何かが貼ってあるのかな?

 

思いっきり引っ張って封を開けようとして、結局は開封口をボロボロにしていると、アリスさんが懐から次々と人形を取り出しているのが視界に映る。全然開かない羊羹の封も謎だけど、あれも中々奇妙な光景だな。あんなにいっぱいどこに仕舞っていたんだ?

 

ようやく取り出せた羊羹をぱくりと食べつつ、テーブルの上で準備体操みたいなことをしている七体の人形たちを眺めていると、諏訪子様が常ならぬ真剣な口調でリーゼさんに質問するのが聞こえてきた。あの人形たち、『生きて』いるのかな? 暗いところだと怖かったけど、明るい場所で見るとちっちゃな身体でちょこちょこ動いていて可愛いぞ。すっごくキュートだ。

 

「鬼かぁ。そりゃあ放ってはおけないだろうね。……これから白木と会うんでしょ? 探りを入れてみなよ。休んでる教師のこととか、詰め込みすぎたスケジュールの理由とかを。」

 

「言われなくても探りは入れるさ。それより、キミたちの方の準備は万全なんだろうね?」

 

「札はアホほど持たせてるよ。使いまくれば仮にリーゼちゃん相手でも短時間は粘れるから、相柳が相手なら何とかなるんじゃないかな。……っていうかさ、念のためアリスちゃんの人形を早苗の護衛に割いてもらうのは無理なの?」

 

「アリスの人形は魔力で動いているんだから、札で機能不全に陥るぞ。だろう?」

 

おっと、となると私は触っちゃいけないみたいだ。人形を抱き上げようとした手を慌てて引っ込めたところで、一体の人形を弄っているアリスさんが応答を返す。あの人形は洋風の剣みたいな物を持っているな。あれで戦うんだろうか? 拳銃とか爆弾とかを持たせた方が強そうなのに。

 

「色々と考えてみたんですけど、一応早苗ちゃんが直接触らなければ半自律状態で警護させることは可能なはずです。でも札の神力が邪魔で遠隔操作は出来ませんし、もちろん連絡用にも使えません。私からだと稼働しているか停止しているかを認識するのが精一杯だと思います。加えて動きにも多少の不具合が生じるでしょうね。……まさに今生じてますから。」

 

アリスさんの発言に呼応するかのように、小さな人形たちが一斉に私の方を向きながら両手でバッテンを作ってくる。悲しいぞ。札を持っていると人形たちから嫌われちゃうのか。こんなに可愛いのに。

 

抗議するような人形たちのジェスチャーに怯んでいる私を他所に、諏訪子様が腕を組みながら提案を場に投げた。

 

「私たちに触れても、早苗に触れないんじゃねぇ。……でもまあ、早苗が触りさえしなければ受けの使い方は出来るってことっしょ? 例えばこの部屋に人形を配置しておいて、早苗がそこに立て籠るとか。単に『早苗を守れ』って感じなら複雑な命令じゃないし、居ないよりは全然マシじゃない?」

 

「試験的に配置してみますか? 半自律人形を独立運用するなら私の処理能力は削れませんし、余計に持ってきてるので別に構いませんけど。」

 

「とりあえず試してみようよ。リーゼちゃんたちがグリンデルバルドの部屋に行ってる間、早苗と人形をここに置いておけばいいじゃん。荷物を見ておけって言われたから、部屋に居る必要があるとか何とか適当な言い訳をしてさ。……まさか入ってきたヤツを無差別に襲いまくったりはしないよね?」

 

「諏訪子さん? 私の人形を何だと思ってるんですか? 無差別には襲いませんよ。ちゃんと護衛用の条件付けをしますから。襲うのは予め設定しておいた『攻撃対象』とか、護衛対象に危害を加えようとした存在とか、攻撃対象を庇おうとする『障害』だけです。」

 

言うと、アリスさんは新たに三体の人形を取り出しているが……一体全体どれだけ持ってきているんだ? ポンポン出てくるじゃないか。

 

「まあ、使い所はそんなになさそうだけどね。カンファレンスの開催中は早苗もリーゼちゃんの近くに居られるわけだし、グリンデルバルドがマホウトコロ内に居て、かつ早苗とリーゼちゃんが離れるタイミングなんてそうそうないっしょ。」

 

諏訪子様が羊羹以外のお菓子を漁りながら飛ばした言葉に対して、リーゼさんがお茶を一口飲んでから応じる。

 

「短い時間はちょくちょくあるだろうけどね。そういう時は半自律人形を付けてみようか。……寮の部屋はいいのかい?」

 

「あっちは無理かな。部屋中に札を貼りまくって『要塞化』してあるから、どうやったってアリスちゃんの人形は動けないよ。……一応試してみる? 多分入れもしないで壊れちゃうと思うけど。」

 

「嫌です。人形が可哀想じゃないですか。」

 

確かに可哀想だ。ジト目のアリスさんの文句にこくこく頷いたところで、神奈子様が纏めのようなことを口にした。

 

「兎にも角にも、早苗を守る術が増えるのは歓迎すべきことだ。受けに回るとバートリが言うのであれば、私たちもその方針に従おう。……今日早速仕掛けてくる可能性も大いにあるぞ。油断するなよ?」

 

「そっちこそ油断は禁物だからな。相柳の目的がゲラートだということ自体が、未だ単なる予想に過ぎないんだ。何だって起こり得ると頭に刻んでおきたまえ。」

 

うーむ、『何だって起こり得る』か。いまいち状況を掴み切れていない私でも、厄介だということが伝わってくる台詞だ。……とはいえまあ、杖魔法すら満足に使えない私には何も出来ない。お二方の『移動式電源』でしかないという自覚はあるぞ。

 

だったらせめて、お荷物にはならないように努力してみよう。変に動いたりせず、大人しくしておくのだ。手助けは出来ないけど、邪魔にならないことは出来るはず。それが今回の私の唯一の『努力ポイント』だな。

 

自分の役割を脳内で確認しながら、東風谷早苗は二つ目の羊羹に手を伸ばすのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。