Game of Vampire   作:のみみず@白月

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満足

 

 

「お分かりになりましたかな? つまり、これが非魔法界の力です。皆さんが今目にしたものの数々は、現在の非魔法界においてそれほど珍しいものではありません。宇宙に浮かんでいる巨大な機械も、島一つを焼き尽くすことが可能な兵器も、地球の裏側と一瞬でやり取り出来る技術も、多数の先進国が『普通に』保有しているものということになります。……更に言えば、これらは全てここ一世紀の間に生まれた技術です。今の映像を見てなお魔法界の秘匿がこれからも継続して実現していくと考えるような愚か者が、この場に居るとは思いたくありませんな。」

 

どうやら『技術屋』を引き込んだのは正解だったらしいな。多数のテーブルが囲んでいる発言台で非魔法界の技術を語っている細川政重を見ながら、アンネリーゼ・バートリは苦笑いで感心していた。危機感を煽るには充分すぎるほどの映像だったぞ。

 

特にトラブルもなく前日を終えて、遂に始まったマホウトコロでのカンファレンス。ゲラートが八十名ほどの参加者たちに対して開催の目的や理念を語った直後、細川政重が映像を白い幕に映し出す機械を使って『先制攻撃』を仕掛けたわけだ。参加者たちの七割ほどはうんうん頷いており、残る三割は驚いたように小声で意見を交わし合っている。

 

さすがに非魔法界対策を主目的としたカンファレンスだけあって、参加者の七割近くは既に映像にあった技術を把握していたようだが……残る三割にとっては驚くべき内容だったようだな。私も少しびっくりしたぞ。『人工衛星』なる物を知識としては知っていたものの、まさかあんなに詳細な地上の写真を撮れるとは思っていなかったのだ。

 

うーむ、宇宙に『デカいカメラ』を浮かせたわけか。非魔法族ってのは無茶苦茶なことを考える連中だな。魔法族顔負けの『常識外れ』な技術について思考していると、隣のアリスが小さな声で話しかけてきた。ちなみに私たちが居るのはゲラートの席のすぐ後ろだ。通訳として会場入りした早苗もアリスの隣で大人しく座っている。

 

「反応を見るに、中華圏の魔法族にとっては概ね既知の内容だったみたいですね。驚いているのはインドネシア周辺の魔法使いが多い気がします。」

 

「中華圏は香港自治区に引き摺られる形で、近代的な文化を比較的取り入れているからね。どちらかと言えば東南アジアの方が『魔法界らしい魔法界』を維持しているわけだ。……それよりアリス、中国の魔法使いが二集団に分かれているのは何故なんだい? 他の国は大抵固まって座っているのに、あの連中だけが正反対の位置に居るじゃないか。」

 

「民主派と共産派ですよ。中国魔法界は政治体制の理念の違いで真っ二つに割れてますからね。お互いはかなり仲が悪いって聞いてます。」

 

ふむ、興味深いな。日本魔法界における三派閥とはまた違った形で割れているわけだ。政治理念の差で分かれるか、同体制の中で分かれるかの違いということか。イギリスで育った私からすればどっちもどっちだぞ。

 

そして二つの集団の反応を見るに、どちらかと言えば共産派の方が非魔法界の技術に明るいらしい。共産主義ってのがそも非魔法界の『発明』だもんな。当然といえば当然のことか。民主主義運動は魔法界でも起こり得るが、共産主義運動は非魔法界でしか起こらないだろう。骨子となる理念が魔法界の構造と合っていなさすぎるぞ。

 

だが、ソヴィエト時代のロシア魔法界は共産主義のシステムをある程度採用していたし、赤い旗を掲げた他の国の魔法界にも同じような例は見受けられる。改めて考えてみると不思議な話だな。私の予想が間違っていて、魔法界でも共産主義は通用するんだろうか?

 

まあ、何れにせよ全く同じ主義主張は馴染まないか。魔法界では基礎になっている『エネルギー』が魔法力な上、産業の形態や生活様式が全然違うもんな。だから汎用性がある民主主義が然程抵抗なく魔法界にも受け入れられたのだろう。民衆に期待していない私としてはあまり好きではないシステムだが、他と比べると『簡単で壊れ難い』政治形態ではあるわけだし。

 

ま、結局は古き良き君主制が一番だぞ。中国でもまた皇帝を打ち立てればいいのに。中国魔法使いたちを眺めながらぼんやり考えていると、質問に応じている細川翁の発言が耳に届く。今はインドネシア魔法界の文化人と秘匿に関するやり取りをしているようだ。

 

「もちろん秘匿のための魔法技術の向上が見込めないとは言いませんが、同時に非魔法界の技術の進歩から逃げ切れるとも思えません。どれだけ食い下がろうと努力しようとも、いずれ非魔法界の技術が魔法による秘匿を超えるでしょう。」

 

「仮に魔法族が最大限に秘匿のための魔法技術を向上させていった場合、魔法界の露見が起こるのは何年後だと考えていますか? つまり、細川教授が考える最長の『猶予』をお聞きしたい。」

 

「正確な数値は予測しかねますが、現段階での個人的な予想をあえて言うとすれば……そうですな、半世紀というところでしょう。最長でも2050年には露見が発生するかと。」

 

「……参考になりました。私からの質問は以上です。」

 

んー、半世紀か。1950年から今日までの非魔法界の進歩を思うに、それなりに妥当な数字なのかもしれないが……あれは向上を促進する派手な戦争があったからだぞ。仮に2050年までを『戦争無し』と仮定するのであれば、細川翁の予想はやや辛めのものだと言えそうだな。ゲラートの想定に近い数値だ。

 

私は魔法界が団結して全力で秘匿に取り組んだ場合、もうちょっと持たせられると踏んでいるんだけどな。『最長の猶予』として半世紀を提示したのは少し意外だぞ。私が一人で唸っている間にも、今度は中国共産派の魔法使いが細川翁に質疑を送った。ちなみに会場に居るほぼ全員が英語で話している。無論、揃ってアジア訛りなのも参加者たちの共通点だ。

 

「仮に魔法界の露見が大規模に発生した場合、細川教授は何が起こると考えていますか?」

 

「混乱が起こるでしょうな。人が人である限り非魔法族と魔法族に分かれるのですから、最終的には共存の道へと向かうでしょう。しかし、その道中で大きな混乱が起こるのは間違いありません。わしはそれが非魔法界の三度目の大戦を誘発しかねないものであると予想しております。」

 

「……非魔法界対策によってそれを防げると?」

 

「完全に防ぎ切るのは不可能ですが、緩和は出来るでしょう。事前に然るべき対策をしておけば、起こる騒動の規模を抑えるのは大いに可能であるはずです。不意の露見による急激な変化ではなく、意図的な魔法界の開示による制御された変化。それこそが非魔法界対策の目的であるとわしは認識しております。」

 

混乱の末のなし崩し的な融和か。レミリアの予測とそっくりな未来図だな。細川翁は混乱が必ず起こるものだと覚悟した上で、それを最小限に抑えるのが非魔法界対策の理念だと判断しているわけだ。現実的な意見と言えるだろう。

 

「なるほど、納得しました。」

 

中国の魔法使いが首肯して腰を下ろすと、次にフィリピンの魔法使いが声を上げる。次から次に質問が出てくるな。アジアの魔法使いはやる気があって何よりだ。

 

「先程の映像とは直接関係がない内容になりますが、非魔法界の軍事構造に詳しい細川教授にお聞きしたいことがあります。構いませんか?」

 

「構いませんとも。どうぞ。」

 

「魔法界と非魔法界が一つになった時、細川教授は我々魔法族がどこまで非魔法族の行動に引き摺られると考えていますか? 先の大戦では魔法族の戦争に非魔法族は関わらず、また非魔法界の戦争に我々魔法族は積極的な介入をしませんでした。しかしながら、融和を達成した後はそうもいかないはずです。非魔法界で戦争が起こった際、我々魔法使いもそれに参加せざるを得なくなると私は予想しています。」

 

「……同意見ですな。魔法界と非魔法界という二面性を無くせば、魔法族も非魔法族も真の意味で一つの国家に所属することとなるでしょう。魔法族の武力機関もその国家の軍隊の一部となり、同じ立ち位置で戦うことになるはずです。」

 

そりゃあそうだ。細川翁の応答に対して、フィリピンの魔法使いは難しい表情で懸念を述べた。

 

「ですが、魔法族の中にはそれを良しとしない者が居るはずです。『何故我々が非魔法族の戦争のために命を懸けねばならないのか』と考える者が必ず出てきます。かく言う私もそう思っていますよ。そんなことになるのであれば、融和などせずに分断されたままの方が好都合であるとすら言えるでしょう。」

 

「『分断されたまま』を保つのはもはや不可能なのですよ。わしは露見が確実に発生すると考えておりますので、それを前提にした主張しか持ち合わせていませんが……確かに現状の魔法族が領土や資源というものを非魔法族ほど重視していないことは明らかです。それを巡って非魔法族が戦争を起こした場合、魔法族と非魔法族の間に認識の乖離が生まれるでしょう。そこは融和における問題点として論じるべきかもしれませんな。」

 

「……魔法族がある程度独立したままで、非魔法族と付き合っていくのは不可能なのですか? 政治構造や立ち位置は限りなく現状を維持し、あくまで存在だけを知らしめるという意味です。」

 

「不可能であるとまでは言いませんが、非常に困難でしょうな。魔法族の権利をどこまで認めさせるかというのは、わしも今後考えるべき重要な部分だと認識しております。今や非魔法族はわしらの『下』に居る存在ではありませんが、だからといって一方的に魔法族が利用されるのは断じて認められない。……そういった交渉を非魔法界と行う際、彼らを理解している専門的な機関が必要になってくるのですよ。非魔法界対策委員会は非魔法族のためにあるわけではなく、魔法族の権利を非魔法界から守るための機関なのです。先ず敵を知らなければ対処のしようがありませんからな。」

 

おや? そう繋げるのか。問題を非魔法界対策委員会の重要性に繋げた細川翁は、厳しい顔付きで続きを語る。あの日本の爺さんは昨日の話し合いで、もっと年上のロシアの爺さんと連携を取ることにしたのかもしれない。足せば二百を超える連携プレーだ。

 

「対策委員会と同じように、わしとて魔法族の権利を軽んじているわけではありません。貴方が懸念していることは重々理解しているつもりです。露見がもはや避けようのない未来なのであれば、魔法族を守るために非魔法族を知り、魔法界が一丸となって彼らに対する『交渉』を行う必要があるのですよ。魔法族が非魔法族の行動にどこまで引き摺られる存在になるのかは、今後の我々の議論と交渉次第でしょうな。」

 

「……非魔法界対策の重要性に関しては理解しました。非魔法族にへつらうための機関ではなく、非魔法界を相手に魔法族の権利を守るための機関だということですか。ならばその点に関しての文句はありません。非魔法界との軍事的な関係がこれから話し合っていく部分なのであれば、私からは以上です。」

 

まあうん、誤解されやすい部分ではありそうだな。対策委員会は『融和』を最大の目的として掲げているのだから、生ぬるい機関だと思われるのは仕方のない話だ。あの魔法使いはそこが気に入らなかったのかもしれない。まるで魔法族が一方的に歩み寄って、一方的に譲っているように見えてしまったってことか。

 

とはいえ、実際の非魔法界対策委員会はむしろ『攻撃』のための機関だ。そう遠くないうちに訪れるであろう魔法族と非魔法族の交渉のテーブルにおいて、魔法族が使える札を増やしておくための組織に他ならない。非魔法族に譲るための機関ではなく、譲らせるためにある機関ってわけだな。

 

何にせよ、多くの人口を持つフィリピンからの参加者がその点を理解したのはデカい。次の質問者に応じている細川翁を眺めつつ満足していると、アリスがこっそり声をかけてきた。そしてその隣では早苗がこっくりこっくり船を漕いでいる。凄まじい子だな。この場で居眠りしているのなんて早苗だけだぞ。

 

「上手くいけばフィリピンやインドネシアも巻き込めそうですね。」

 

「ああ、是非ともそうなって欲しいよ。ロシアと日本に加えて中国とインド、インドネシアやフィリピンが非魔法界対策を進め始めれば、アジア圏はほぼほぼ安泰さ。となるとヨーロッパ、アジア、北アメリカは問題を理解したことになるし、オセアニアはオーストラリアが、南米はブラジルが牽引してくれるだろう。カイロでのカンファレンスの状況からするに、中東やアフリカも時間の問題だ。」

 

「ようやく『最初の一歩』を踏み出せそうってことですか。……リーゼ様、シラキ校長が出て行きますよ。何かあったんでしょうか?」

 

会話の途中でアリスが寄越してきた報告を受けて、彼女が見ている先へと目をやってみれば……むう、確かにシラキが会場となっている大広間からそそくさと出て行っているな。今は議論に勢いがあるし、そうでなくてもまだまだ序盤のここで退室などしないはずだ。

 

昨日シラキとは軽く話しており、その際ゲラートを狙っている者が居るかもしれないと伝えたのだが、どうにも反応が鈍かった気がするぞ。おまけに準備のスケジュールの遅れや、教師たちが休んでいることについては上手くはぐらかされてしまったのだ。

 

私は結局のところ『部外者』なので、そりゃあ内情をペラペラと喋ってはくれないだろうが……うーん、面倒だな。シラキの行動が意図せずして相柳に利することにならなきゃいいんだが。頼むから余計なことだけはしないで欲しいぞ。

 

シラキのことを思案しつつ、アリスに向けて小声で返事を返した。

 

「まあ、現状は何も異常なしだ。気楽に構えたまえ。私たちがゲラートの近くに居る限り、相柳には手の出しようがないよ。」

 

「このまま終わってくれるといいんですけどね。」

 

「ホグワーツでは奇跡が起きたんだ。平穏という名の奇跡がね。マホウトコロでもそうなることを祈っておこうじゃないか。」

 

肩を竦めて言い放った後、斜め前に座っているゲラートの横顔を確認する。一見すると無表情だが、私には分かるぞ。あれは『満足』の表情だ。自分が何もしなくても議論が白熱していることに満足しているのだろう。それはつまり、非魔法界問題が自分の手を離れ始めたということなのだから。

 

やっぱり根っこの部分がダンブルドアと似ているな。マホウトコロをいつまでも手放そうとしないシラキと違って、ゲラートは問題の『独り立ち』を喜べるわけか。嘗てダンブルドアが愛するものの自立を喜んだように。

 

そのことに小さく鼻を鳴らしつつ、アンネリーゼ・バートリは隙間のない議論を黙して耳にするのだった。

 


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