Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ハロウィン

 

 

「随分とお腹が大きくなってきたわね。」

 

ムーンホールドの一室でコゼットのお腹に手を当てながら、アリス・マーガトロイドはそこに確かな命を感じていた。

 

ハリーとネビルが生まれて一年。戦争は未だ続いているが、それでも生まれてくる命があるのだ。自分が名付けた女の子が母になるんだと思うと、なんとも感慨深いものがある。

 

当然ながらアレックスとの子だ。結婚もしないうちに妊娠の報告に来た二人に、テッサはカンカンに怒って大変だった。フランだけは跳ね回って狂喜乱舞していたが。

 

ちなみにそのフランは、今日はゴドリックの谷にお出かけ中だ。ジェームズやリリー、そして小さなハリーの様子を見に行っているらしい。自分で縫った子供服を片手に出て行ったが……袖口が三つあるように見えたのはご愛嬌だろう。

 

私の言葉を受け取ったコゼットは、はにかみながらも口を開いた。

 

「えへへ、もう性別が分かったんですよ。女の子らしいんです。」

 

「ってことは……三代続いて婿養子になるかもね。ヴェイユ家が女系家族と呼ばれる日も近いんじゃない?」

 

「あー……まあ、これから弟ができるかもしれませんし。ね? アレックス。」

 

遠くでテッサと話していたアレックスが、コゼットの質問で慌てふためく。目の前のテッサとジト目の私を交互に見ながら、困ったように口を開けたり閉じたりしている。あれが婿養子の苦労というわけだ、哀れな。

 

「えっと、そうだね。その、そういうことはきちんと考えているので……睨まないでください、ヴェイユ先生。怖いです。」

 

「あーら? 義母に対して怖いだなんて、いい根性してるじゃない。」

 

「いやぁ、そういう意味ではなくて……助けてください、マーガトロイドさん。」

 

蛇に睨まれたカエルが助けを求めてくるが、プイと顔を背けてやった。弱い男はコゼットには相応しくないのだ。自分で乗り越えたまえ。

 

進退窮まった様子のアレックスを尻目に、それを見ながら苦笑しているコゼットに向かって話しかける。

 

「ねえ、本当に臨月まで働く気でいるの? ムーディでさえ休んでいいって言ってるんだから、家でゆっくりしてたほうがいいんじゃない?」

 

コゼットはギリギリまで働く気でいるのだ。アレックスも私もテッサも猛反対しているのだが、残念ながら彼女の決意は固いらしい。今もほら、困ったような顔をしながらも、首を縦には振ろうとしない。

 

「うーん、そうなんですけど……もちろん現場に出る訳じゃないですし、大丈夫ですよ。書類仕事だけだったら座って出来ますから。」

 

「それでも心配だわ。」

 

「お母さんもギリギリまで教師をしてたって聞きましたし……むしろ周りに人がいる分、家で一人でいるより安全ですよ。今は人員不足ですから、一人増えるだけでも大分違うんです。」

 

そりゃあそうかもしれないが……心配なもんは心配なのだ。ムーディにきっつく言っておく必要があるだろう。

 

何度目かの説得を諦めてため息をついていると、婿イジメに飽きたらしいテッサがこちらに近付いてくる。彼女は私の隣の椅子に深く座り込むと、コゼットの方を見て目を細めながら話しかけてきた。

 

「しっかし、私もおばあちゃんになるわけか。なんて言うか……信じられないよ。」

 

「本当ね。コゼットが赤ちゃんだったのを、昨日のように思い出せるのに。」

 

「時の流れってのは早いもんだよねぇ。気付けばもうこれだもん、参っちゃうよ。」

 

「私たちも歳を取ったってことね。」

 

テッサと二人して感慨に浸っていると、私たちに見つめられていたコゼットが呆れたように口を開く。

 

「もう、二人ともまだまだ若いんだから、年寄りみたいなこと言わないの。ひ孫まできちんと見てもらうんだからね?」

 

「うーん、ひ孫はどうだろう? ギリギリいけるかな? まあ……アリスは大丈夫だろうから、いざって時は任せるよ。」

 

「そんなこと言ってると、ひいお婆ちゃんは嫌なヤツだったって教えちゃうわよ? それが嫌なら長生きなさい。」

 

弱気なことを言うテッサにニヤリと言い放ってやると、彼女は両手を挙げて苦笑しながら降参の返事を返してきた。うむうむ、それでいいのだ。

 

「分かったよ、長生きしますよ。イジワルだなぁ、アリスは。」

 

「よろしい。」

 

いつものやり取りで微笑み合っていると、這々の体だったアレックスが立ち上がって、コゼットに向かって声をかけた。

 

「おっと、そろそろ検診の時間だよ。聖マンゴに行かないと。」

 

「あれ、もうそんな時間? 準備しないと。」

 

「大丈夫、こっちでやるよ。先に庭へ行っててくれ。」

 

慌ただしく準備を始めたアレックスに苦笑しつつ、コゼットを見送るために三人で庭まで歩き出す。妊婦に煙突飛行は良くないし、ポートキーなど以ての外だ。苦肉の策として、庭の一部で姿あらわしを可能にしているのである。

 

それだって心配なくらいだが、残念ながらムーンホールドは山奥すぎるのだ。人里からは道路どころか獣道すら繋がっていないし、現状ではこれが一番マシな方法だろう。

 

庭の隅に移動して杖を構えたコゼットと、荷物を持って慌てて走って来たアレックスに向かって、テッサが優しく声をかけた。

 

「それじゃあ、気をつけて行くんだよ。アレックスもこの子をお願いね。」

 

「任せてください、お義母さん。」

 

「大丈夫だよ、お母さん。それじゃあ行ってきます。」

 

挨拶と共に二人の姿がかき消える。うーむ、やはりちょっとだけ心配だ。何らかの移動手段を構築したほうがいいかもしれない。

 

日光に照らされる月時計を見ながら考えていると、こちらを振り返ったテッサがニヤリと笑って口を開いた。

 

「ねえ、ちょっと飲まない? 良いワインが手に入ったんだけど……。」

 

「あのねえ、まだ真昼間よ?」

 

「誰にもバレやしないって。へーきへーき。」

 

悪戯気に笑うその顔は、かつてのおてんば娘を彷彿とさせる。変わらない友人に苦笑しながら、肩を竦めて返事を返した。もう、ちょっとだけだぞ?

 

「仕方がないわねぇ、付き合ってあげるわ。」

 

「そうこなくっちゃ! ほら、最近は色々忙しかったから、あんまり二人でお喋りできなかったじゃない? 実は結構寂しかったでしょ? アリス。」

 

「そんなわけないでしょうが。自分が寂しかったんでしょう?」

 

「またまたー、強がっちゃって。」

 

肘で突っつき合いながらリビングに向かって歩き出す。まあ……うん、たまにはいいだろう。魔女にだって、旧友と語り合う時間が必要なのだ。

 

廊下へと続くドアを開きながら、アリス・マーガトロイドは脳内でおつまみは何にしようかと考えるのだった。

 

─────

 

 

「んー? 今はフランだけだよ。」

 

ムーンホールドのリビングで涎掛けを縫いながら、フランドール・スカーレットは部屋に入ってきたヴェイユ先生に返事を返した。

 

もうすぐにでも産まれそうなコゼットの赤ちゃんへ贈ろうと思ったのだが……うーん、歪な形になってしまった。最初から作り直したほうがいいかもしれない。

 

「あっちゃー、マズいなぁ。スカーレットさんも居ないとなると、誰に報告したらいいのやら。」

 

どうやらヴェイユ先生は何かしらの報告があるようだが、残念ながらレミリアお姉様はフランスで政治ゲームの真っ最中だ。なんでもヴォルデモート対策の話をするために呼び出しを受けてしまったらしい。

 

困ったように考え込んでいる彼女に、別の選択肢を提示してみる。

 

「ダンブルドア先生じゃだめなの? ホグワーツにいるんでしょ?」

 

「それが、今は会議でスイスに行ってるんだよね。二人とも居ないとなると……ノーレッジさん?」

 

どうやら政治ゲームをしているのは、レミリアお姉様だけではないようだ。ヴォルデモート対策の一環として最近はヨーロッパを巻き込むことに力を注いでいると、この前訪れたアーサーが言っていた。そのせいかもしれない。

 

「パチュリー? 自分の図書館にいるんだと思うけど、急ぎの報告なの?」

 

「まあ、大したことじゃないんだけどね。ホグワーツの防衛に使ってる魔道具が一個壊れちゃったんだ。ピーブスがやったに決まってるよ。なんだってあのポルターガイストは、毎回毎回余計なことをするかなぁ……。」

 

「よっぽど緊急じゃないなら、パチュリーの読書を邪魔しないほうがいいと思うよ。ネチネチ文句を言ってくるんだもん。明日にはレミリアお姉様も帰ってくるんだし。」

 

「ま、それなら明日まで待つことにするよ。アクシオ、バタービール。」

 

さほど迷うことなく諦めたヴェイユ先生は、バタービールを呼び寄せながら椅子に座る。どうやらちょっと休憩していくらしい。サボりだなんて、悪い教師だ。

 

「いいの? 今夜はハロウィンパーティーでしょ? フラン、あれって先生たちが準備してるんだと思ってたけど。」

 

「いーのよ、フィリウスがめちゃくちゃ張り切ってるんだもん。彼の仕事を取っちゃうのは可哀想でしょ?」

 

「フランは別にいいけどね。……でも、ホグワーツが羨ましいなぁ。最近はここに来る団員も減っちゃって、退屈な日が多いんだ。」

 

ジェームズやリリーはゴドリックの谷だし、ロングボトム夫妻もロンドン郊外の隠れ家で身を潜めている。シリウスとピーターは最近何をやっているのかあまり顔を出さないし、リーマスはイングランド北部で任務中だ。

 

他の団員も仕事やら任務やらで離れていることが多い。昔はこんな退屈へっちゃらだったのだが、今のフランには少し寂しく感じられてしまう。

 

そんなフランを見たヴェイユ先生が、柔らかく微笑みながら頭を撫でてくれた。

 

「うーん……今夜だけホグワーツに来ちゃう? こっそり混ざるなら平気だろうし、フランを知ってる子たちはむしろ喜ぶんじゃないかな。」

 

「いいの? フラン、ハロウィンパーティーに行ける?」

 

「多分平気だよ。そういう事情ならミネルバも煩く言わないだろうし、他の教員も許してくれるって。オーロラなんかはめちゃくちゃ喜ぶよ。」

 

そいつは嬉しい提案だ。翼をパタパタさせて喜びを表現しつつ、ニヤリと笑っているヴェイユ先生にお礼を言う。

 

「えへへ、ありがとう、ヴェイユ先生! フラン、これで楽しいハロウィンを過ごせるよ!」

 

「うんうん、それは何より。」

 

ぴょんぴょん跳ね回りながら喜んでいると、ドアからアリスが入ってきた。テンションの高いフランを見てちょっと驚きながら、席に着いて何があったのかを聞いてくる。

 

「何か良いことがあったの? レストレンジ一家が疫病で死んだとか?」

 

「それなら私も跳ね回ってるよ。フランをホグワーツのパーティーに誘ったの。この子もちょっとくらい息抜きしないとでしょ?」

 

「ああ、そういえば今日はハロウィンだったわね……うん、いいんじゃない? 留守番は私がやっておくから、楽しんできなさいな。」

 

アリスも笑顔で許可を出してくれた。うーむ、これは今からお腹を空かせておく必要がありそうだ。かぼちゃのプリンに、蜂蜜クッキー……考えていると涎が出てきてしまう。

 

ワクワクしているフランを眺めながら、アリスが懐かしむように話し始めた。

 

「しかし、ハロウィンパーティーか。なんとも懐かしいわね。寮対抗で大食い大会をやった年があったっけ。」

 

「あー、そんなこともあったねえ。あの時かぼちゃパイを食べ過ぎたせいで、今でもちょっと苦手だよ。」

 

「そうそう。そのせいでテッサはお腹を壊しちゃったのよね。」

 

「いやぁ、あの時は苦しくってさあ。医務室から薬を持ってきてくれたリドルが……あー、ごめん。余計なこと言ったね。」

 

楽しそうに話していたのに、ヴェイユ先生の顔が急に曇った。アリスを見れば……彼女も神妙な顔をしている。何かあったのだろうか?

 

フランが二人の顔を交互に見ながら心配していると、それに気づいたヴェイユ先生が悲しそうな顔で微笑んだ。

 

「あー、大丈夫だよ、フラン。ちょっと……ちょっとだけ昔のことを思い出してたんだ。」

 

「ヤなことがあったの?」

 

「うーん……嫌なことっていうか、そう、後悔かな。後悔してるんだ、私は。」

 

「何か失敗しちゃったの?」

 

フランの質問に、ヴェイユ先生は重々しく頷いた。

 

「そうだね。私はもっと……真っ直ぐぶつかっていくべきだったのかも。でも、それが怖くて距離を取っちゃったんだ。その結果がこれなんだもん、情けないよ。」

 

どういう意味だろう? 悲しそうな声で言うヴェイユ先生に、アリスが真剣な表情で声をかける。

 

「テッサの責任じゃないわ。彼が選んだ道なのよ。ダンブルドア先生も貴女も、彼に……リドルに手を差し伸べたじゃない。それを振り払ったあいつの責任だわ。」

 

「うん……でも、最近ちょっとだけ思うんだ。リドルが独りぼっちにならなかったら、もっと違った結末もあったんじゃないか、って。」

 

「そうね。……でも、そうはならなかったのよ。だから私たちは騎士団にいるんでしょう? テッサは充分すぎるくらいに頑張っているじゃない。私がそれを保証するわ。誰にも文句なんて言わせやしないんだから。」

 

アリスの力強い言葉に、ヴェイユ先生はちょっと元気を取り戻したらしい。悲しそうな雰囲気のままだが、それでも笑顔で口を開いた。

 

「うん、ありがとね、アリス。……ごめんね、ちょっとだけ弱気になっちゃったみたい。」

 

「元気出しなさいよ、テッサおばあちゃん。もうすぐかわいい孫が産まれるんだから。」

 

「おっと、そうだったね。カッコいいおばあちゃんでいないとダメだよね。」

 

戯けたように言うアリスに、ヴェイユ先生も同じように返事をする。なんだかよく分からんが、元気が出たならなによりだ。

 

場を仕切り直そうとフランが声を上げようとした瞬間、部屋にキツネの守護霊が飛び込んできた。エメリーンの守護霊だ。守護霊はアリスの側まで飛んでいくと、彼女の声で短い報告を叫ぶ。

 

『魔法省に襲撃です! 援軍を!』

 

思わず凍りついた思考が、悲鳴のようなアリスの声で動き始める。

 

「コゼットが!」

 

そうだ、魔法省には臨月のコゼットがいるのだ。背筋が凍りつくような感覚に耐えながら、既にドアへと走り出した二人に続いて立ち上がる。今回ばかりはムーンホールドで待っているわけにはいかない。誰が止めようがフランも行くぞ。

 

エントランスに向かってムーンホールドの廊下を全力で駆けながら、フランドール・スカーレットは不安で潰れそうになる自分の心を必死に励ましていた。

 

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