Game of Vampire   作:のみみず@白月

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名脇役

 

 

「やっほー、リーゼちゃん、アリスちゃん。久し振りね。」

 

おおう、唐突に現れるな。ホテルの一室に突如として開いた不気味な『スキマ』。そこからひょっこり登場した紫さんを前に、アリス・マーガトロイドは食べていたサンドイッチを小皿に置いていた。紫色の大妖怪の背後には藍さんの姿もある。

 

マホウトコロでの騒動から一夜明けた、三月二十日の午前中。私はリーゼ様と一緒に東京のホテルの部屋で朝食を取っていたところだ。疲れが抜け切らないので食堂に行く気になれず、ルームサービスを頼んで二人でサンドイッチを食べていたのだが……紫さんがここに来たということは、彼女の冬眠が終わったということか。図ったようなタイミングの良さだな。

 

そのことを怪訝に感じている私を他所に、サンドイッチを食べ続けているリーゼ様が応答を投げた。かなり不機嫌そうな顔付きだ。彼女も私と同じ疑念を抱いているらしい。

 

「やあ、紫。信じ難いほどにタイミングの良い目覚めじゃないか。」

 

「やーん、怒らないで頂戴。私ったら、全てを解決しに来てあげたのよ? 寝起きなのに頑張ってるの。」

 

「その様子だと、昨日の時点でも絶対に介入できていたんだろうが。……キミ、ひょっとして私を殺そうとしたのかい?」

 

「いやいや、違うわよ。あれはさすがに予想外だったし、こっそり手助けしたんだから。あの時の湖底における『偶然と奇跡の境界』を少しだけ弄ったの。ほんのちょびーっとだけ『奇跡より』にしたわけね。」

 

『偶然と奇跡の境界』? 随分とふわふわした発言が飛び出してきたな。私が曖昧な概念についてを黙考している間にも、リーゼ様がイライラと翼を揺らしながら口を開く。

 

「要するに、早苗に関しても完璧に把握していたわけか。相変わらず何でも知っているようじゃないか。」

 

「前に忠告したじゃない。『あの子はちょっと変』だって。早苗ちゃんは人間からも神からも妖怪からも本質的にズレているの。それを指して何て呼べばいいのかは分からないけどね。……あの子が起こす『奇跡』には利用価値があるわ。だけどあれは私からしたって制御できない代物なのよ。だって、制御できたら奇跡じゃないもの。何とも面倒で迷惑な力よね。」

 

「『ちょっと変』どころじゃなかったけどね。……一度起こして観察してみたってことか?」

 

「起こそうと思って起こしたわけじゃないわ。結果的に起きちゃったのよ。じゃなきゃ起きていないはずでしょう? 相柳の行動がめちゃくちゃ過ぎて、私でも展開を読み切れなかったの。少なくともあの流れが私の計画に無かったってことは、奇跡が起こったという事実が証明しているわけね。……これ、私も食べていい?」

 

いけしゃあしゃあと言う紫さんのサンドイッチを指差しながらの問いに対して、リーゼ様は首を横に振って話を進める。いまいち判然としない会話だけど、兎にも角にも相柳については把握していたってことか。

 

「ダメだ。……『奇跡』の件は考えていると頭が痛くなってくるから置いておくとして、何故さっさと相柳に対処しなかったんだい? キミ、下手をすれば細川本家の封印が解かれた段階で気付いていたんだろう? キミが『動けない』だなんておかしいと思っていたんだよ。去年の十一月のあれは、私に冬眠を印象付けるための醜態だったわけか。言い訳だけは聞いてあげよう。許しはしないがね。」

 

「うー、そんなに怒らないでよ。相柳とリーゼちゃんを会わせてみたかったの。それだけ。」

 

「なるほどね、当ててあげよう。古き友である相柳の考え方を変えようとでも思ったんだろう? 『押し付け屋』のキミが考えそうなことだよ。……キミには自身の理想を他者に強制する癖があるらしいね。だが、私は相柳の理念が間違っているとは思わないぞ。妖怪としては大いに正しい。間違っているのはむしろキミの方さ。」

 

相柳のために? ……つまるところ紫さんはリーゼ様と相柳を接触させたかったから、あれだけの状況になるのを看過したということか? 物凄く自分勝手で、同時にどこまでも妖怪らしい行動だな。

 

紫さんの言わんとすることを完全に理解している様子で反論したリーゼ様に、隙間妖怪は空いていた席に着いて勝手にサンドイッチを食べながら返事を返す。ちなみに藍さんはちょっと気まずげな顔で待機中だ。こちらは悪いことをしたと思っているらしい。カンファレンス前の打ち合わせでは本気で焦っていたようだし、紫さんが『全てを知っていて、間に合う』ことを藍さんも把握していなかったのかもしれないな。

 

「あの子に『人妖の融和』という理念を伝えるのがそんなに悪いことだと思うの? もう妖怪が選べる選択肢はそれしかないのに?」

 

「たとえそれが確実に敗北する戦いだとしても、挑む権利は誰にでもあるはずだ。相柳からは浅慮なりの誇りと信念を感じたぞ。『妖怪として決して屈さぬ』という意志をね。……私はそういう不器用なヤツを何度も見てきたのさ。理念に殉じられるような連中は、キミのように小器用には生きられないんだよ。理屈じゃないんだ。今の私はそんな不器用な連中の価値を知っているし、故に無理やり『楽な道』に誘導するのは反対だね。合理的だが、無粋に過ぎるぞ。」

 

「……驚いたわね。リーゼちゃんったら、本当に成長してるじゃないの。羨ましいわ。今まさに成長期なのね、貴女は。変化を一番満喫できる時期。ゆかりん、柄にもなく昔を懐かしんじゃうかも。」

 

「適当な台詞で誤魔化さないでもらおうか。キミのそういうはぐらかし方はもはや私には通用しないぞ。私は博麗霊夢の考え方を変えることには賛成でも反対でもなく、よって契約に従ってキミの計画に沿った行動を許容するが……相柳は別だ。悪いが私は彼女の考え方を変えようとは思わないし、その点においては特にキミと契約を結んでいない。この件に協力するつもりは一切無いと、今ここではっきり明言しておくよ。」

 

明確な拒絶。リーゼ様が真剣な表情で明言したのを受けて、紫さんは苦笑しながら疲れたように応じた。苦い、苦い笑い方だ。

 

「……参ったわ。リーゼちゃんでも相柳の『味方』になっちゃうのね。つくづくあの子には妖怪を惹き付けるカリスマがあるみたい。」

 

「キミが理性と計算の道を選んだように、相柳は本能とプライドの道を選んだんだよ。ならば妖怪がどちらに惹かれるかなんて分かり切ったことだろうが。キミは唯一の正答を選択したわけだが、妖怪にとってそれはどこまでも正しくない解答なのさ。私たち妖怪はあやふやで、捻くれた存在なんだから。」

 

「リーゼちゃん、一つだけ間違えているわよ。私は『これしかないから』という理由でこの道を選んだわけじゃないわ。人妖の融和こそが私の理念なの。先にあったのは理念の方。それは理解しておいて頂戴。」

 

「キミこそ理解していないぞ。最初にあるのは妖怪としての本能だろうが。それは相柳も、私も、キミも変わらないはずだ。キミや私は人間と接した結果として変容したが、相柳は最初の立ち位置をずっと保っているんだよ。……故に惹かれるのさ。どんなに愚かしいと思っていても、心のどこかにある妖怪の部分が相柳の理念に共感してしまうんだ。それは理性ではどうにもならん。相柳は妖怪としての根幹に訴えかけてくるんだから。」

 

妖怪としての根幹か。人間から人外に至った私には無いものだな。リーゼ様の言葉を聞くと、紫さんは困ったような笑みで返答する。

 

「そうね、そうかもしれないわ。だから相柳は『妖怪の指導者』になれたのかもね。バラバラな私たちの奥底にある、たった一つの共通点。あの子の主張にはそこに訴えかける何かがあるってことなのかも。」

 

「バカなんだよ、相柳は。しかし常識を無視できるバカでなければ革命家にはなれない。私たちが自らに言い訳をして抑え付けている本能を、相柳は恥ずかしげもなく高らかに主張できるんだ。私たちはそれが眩しくて仕方がないわけだね。……キミもまた妖怪である以上、相柳には勝てないと思うよ。負けはしないが、絶対に勝てないだろうさ。そのことは誰よりキミ自身が理解しているんじゃないか? キミは自分の理想を絶対に曲げないだろうが、同時に心の奥底で相柳の理念に共感しているはずだ。認め難い『憧れ』を持っているんだろう? 違うかい?」

 

「……その問いに肯定することは出来ないの。私はそういう道を選んだんだから。相柳が人間を犠牲にした妖怪の復権を掲げ続ける限り、私は何度でもあの子の邪魔をするわ。それが全てよ。」

 

言外の肯定。それを耳にしたリーゼ様は、やれやれと首を振りながら話を切り替えた。曖昧な自分の立場を表明してからだ。

 

「ま、別にどうでも良いんだけどね。私は相柳の理念に賛成しているわけじゃなく、認めているだけだ。人間の味方でも妖怪の味方でもない。私は常に私の味方なのさ。立場としてはむしろキミに近いよ。無論、キミの理念に傾倒するつもりもさらさらないが。……地底の鬼はどうなったんだい?」

 

「昨日の深夜に騒動を収めたわ。相柳が失敗したと伝えたら即座に解散したの。……リーゼちゃんは器用に生きるのね。何も掲げないってこと?」

 

「マホウトコロの校長にも言われたんだが、私はどうやら自分勝手な吸血鬼のようでね。掲げるべき理念を持っていないし、広めたい主義主張も無い。キミや、相柳や、ゲラートやレミィやダンブルドアのような『主役』にはなれないのさ。端役として出てきて主役に協力したり、邪魔をしたりするのが精一杯だ。正に中途半端な存在。私はそんな自分のことを哀れに思っているよ。」

 

「でもね、リーゼちゃん。貴女のような中途半端な狂言回しが居ないと場面が進まないの。明確な目的を持つ主役だけじゃ何も進展しないのよ。……私はそんな貴女だから評価しているのよ? ゲラート・グリンデルバルドの物語も、ハリー・ポッターの物語も、貴女がこの百年で見届けた他の物語も。リーゼちゃんが正しく場面を進めなければ、綺麗な結末にはたどり着けなかったわ。それは主役たる私たちには決して出来ないことなの。つまり貴女は、一流の『脇役』ってことね。ホームズだけじゃダメなのよ。そこにワトソンが居なければ物語にはならないでしょう?」

 

うーむ、名脇役か。リーゼ様に似合うかと言われると微妙な立ち位置だけど、本質的にはそうなのかもしれない。始めるのも終わらせるのも主役だが、場面を進めるのは脇役の役目だ。きっとリーゼ様が担うべき部分はそこなのだろう。

 

レミリアさんや、ハリーや、グリンデルバルドが舞台の上で演じている間に舞台裏であくせく動き、要所でひょっこり出てきて無責任に場面を進めてみせる役目。必要とあらば主役を助け、必要とあらば主役の前に立ち塞がる。派手でもなければ目立ちもしないが、物語には欠かせない存在。それがリーゼ様の役割なのか。

 

となれば主役たるレミリアさんやハリー、グリンデルバルドや相柳と相性が良いのは当然のことだし、演出家の性質を持つダンブルドア先生やアピスさん、ベアトリスや紫さんと相性が悪いのも当たり前だな。前者はリーゼ様を能動的に働かせて、後者は強制的に働かせるのだから。

 

何だかしっくり来てしまうぞと思っていると、リーゼ様は小さくため息を吐いて話を続けた。

 

「脇役の才能を褒められても嬉しくないね。私は本来主役になりたかったんだよ。……まあ、今更なれるとは思っちゃいないが。どんなに頑張っても脇役止まりだという自覚はあるさ。主役として不可欠な要素である『目的』が私には無いんだから。」

 

「隣の芝生は青く見えるものよ。私は沢山の物語に関わって、数多くの主役たちから色々なことを学べる貴女が羨ましいわ。主役は往々にして並び立たないものなの。『目的』を掲げている以上、演じる演目は生涯一つだけだしね。様々な物語に深く関われるのはリーゼちゃんだけの特権ってわけ。」

 

「……そうかもね、それは悪くないメリットだ。」

 

「分かるでしょう? 私は私の劇の脇役として貴女を選んだのよ。レミリアちゃんも貴女を選んだし、グリンデルバルドも同じ。それは脇役として誇るべきことだわ。貴女なら自分たちの物語を正しい方向に導いてくれると信じたってことなんだから。主役は望む望まざるに拘らず主役になるけど、脇役は望まれて初めて脇役になれるわけね。……藍、ちゃんと聞いてる? 私が貴女に望んでいる動き方はリーゼちゃんと同じなのよ? だけど貴女はリーゼちゃんと違って私の前に立ち塞がってこない。単に助けるだけじゃダメなの。主役に気付きを与えるために、時に脇役は指摘したり邪魔したりしないといけないのよ。じゃないと物語が進展しないでしょうが。」

 

後半を背後で聞いている藍さんに言い放った紫さんは、よく分からないという顔で曖昧に頷く式を見て額を押さえた後、ため息と共に言葉を漏らす。

 

「まあ、分からないでしょうね。貴女は私を信じ過ぎているのよ。従者としては百点満点だけど、私の脇役としては赤点だわ。疑わないと見えてこないものもあるんだから。」

 

「藍に私と同じ動きを求めるのは酷だと思うがね。私がエマや咲夜にそれを求めるようなもんじゃないか。そんなもん不条理だよ。望む役割が相反しているんだから。」

 

「でも、私はそういう存在に隣に居て欲しいの。阿諛追従する従臣なんて不要だわ。まだまだ未熟だけど、藍になら出来るはずよ。精進なさい。」

 

「……はい、努力してみます。」

 

何が問題なのかをいまいち理解していない様子の藍さんだが……ぬう、私にもちょっと分からないな。とはいえ、リーゼ様だけは紫さんが何を求めているのかをきちんと理解しているらしい。ややこしい問題だ。

 

だったら私はどんな役目なんだろうかと考えていると、ハムサンドを手に取った紫さんが話題を相柳のものに戻す。顔のすぐ横に開いた、覗き穴のような小さなスキマを覗き込みながらだ。

 

「何にせよ、相柳は私が捕らえるわ。居場所は既に把握してあるから。……あの子、今は太平洋の海底でタコに食べられそうになってるわよ。封印の札は濡れて剥がれたらしいけど、人化や人間の操作に蓄えていた妖力を使い切っちゃったから、何も出来ない蛇の姿で溺れてるみたい。……あ、タコに負けたわ。捕食されてるわね。」

 

「……アホみたいな話だね。気が抜けるよ。」

 

「そういう子なのよ。あの子は『失敗の運び手』なの。自分を含め、誰も彼もを失敗に導いちゃう存在ってわけ。多分世界で一番私との相性が悪い存在だわ。……とにかく後で回収しておくから、そこは心配しないで頂戴。」

 

「回収したらどうするつもりなんだい? また封印するのか?」

 

野生のタコに負けちゃうのか。何とも言えない微妙な気分になるな。私が内心で唸っている間にも、紫さんがリーゼ様へと返答を送る。

 

「迷ってるのよね。……幻想郷は全てを受け入れるわ。そうでなくてはならないのよ。だから相柳も迎え入れるべきなのかも。」

 

「絶対にトラブルを起こすぞ、相柳は。それくらいのことは私にだって分かるよ。」

 

「そしたら私が付き合うわ。あの子の気が済むまで、何度でもね。それが友として私があの子に出来る唯一のことなんだもの。……そうね、地底に案内しようかしら。あそこの管理者とは仲が良かったし、鬼たちも居るからあの子にとって住み易い土地であるはずよ。」

 

「まあ、キミがいいならいいんじゃないか? 私には相柳が鬼たちを扇動している未来が見えるが、キミはそれでも対処できると考えているんだろう? だったら好きにしたまえよ。私はその選択こそが後で振り返った際の『最初の失敗』になると思うがね。」

 

然程興味なさそうに相槌を打ったリーゼ様へと、紫さんが首を傾げて問いを飛ばした。相柳についてをどこか寂しそうに語ってからだ。

 

「そうと分かっていてもそうさせちゃうのが相柳なのよ。だから私とは相性が悪いの。今回の事件における私の干渉を止めたのも『それ』だしね。……リーゼちゃん、あの子と改めて話したい? それなら場を用意するけど。」

 

「……なら、話そうかな。妖怪として話したいというのもあるし、騒動の詳細も聞きたいからね。大まかな流れは把握できているが、不明な点も残っているんだ。」

 

「じゃあ、何日か後に迎えに行くわ。どこか適当な場所で話しましょう。」

 

「了解だ。……早苗も連れて行くべきか?」

 

リーゼ様がふと思い付いたような口調で放った疑問に、紫さんは首を横に振って応じる。

 

「早苗ちゃんたちはダメ。守矢神社の面々とは彼女たちが幻想入りした段階で出会いたいの。いきなり現れて、『ようこそ幻想郷へ』みたいな感じでカッコよく登場する予定なのよ。その方が賢者っぽいでしょ?」

 

「何だい? それは。どうせすぐにでも壊れるイメージだろうが。」

 

「あのね、リーゼちゃん。いつもの私はもっとカッコいいのよ? リーゼちゃんの前だからこんな感じになってるけど、他の妖怪たちの前ではキリッとしてるんだから。……それに、早苗ちゃんは『歩く常識崩壊ボタン』よ。こっちの対策が整ってからじゃないと幻想郷に入れたくないの。だって、万が一ボタンが押されちゃったら何が起こるか予想できないわけでしょう? あの子は外界の常識や魔法界の非常識だけじゃなく、幻想郷の幻想でさえもぶち壊せる存在なんだから、今はまだ私の箱庭に招くわけにはいかないわ。」

 

「歩く常識崩壊ボタンか。言い得て妙だね。……まあ、そこは好きにしたまえ。アリスは連れて行ってもいいんだろう? キミがぽんこつ賢者であることをよく知っているんだから。」

 

ぽんこつとまでは思っていないけど……うーん、アピスさんや魅魔さんと同じくらい『癖がある妖怪』だとは思っているな。私の方をちらりと見て尋ねたリーゼ様へと、紫さんは了承を返してから立ち上がった。

 

「私はぽんこつではないけど、アリスちゃんが来るのはもちろんオッケーよ。イギリスの手土産を期待しておくわ。……それじゃ、今日のところはもう行くわね。寝てた間の幻想郷の管理業務を片付けなくちゃだから。」

 

「帰る前に四個分のサンドイッチの代金を置いていきたまえよ。他のヤツにはそこまでみみっちいことは言わんが、私はキミにだけは奢りたくないんだ。」

 

「あら? 私のことも『対等な存在』の仲間に入れてくれるの?」

 

「……やっぱり置いていかなくて結構だ。さっさと消えたまえ、覗き屋。」

 

どういう意味のやり取りなんだろう? クスクス微笑みながらの紫さんの謎めいた返事を受けて、リーゼ様は非常に不機嫌な顔付きで前言を撤回するが……宙空に開いたスキマに軽く目礼した藍さんが入っていったところで、残った隙間妖怪が黒髪の吸血鬼に言葉を投げる。大人っぽい優しげな声色でだ。

 

「そうそう、もう一つだけ言っておかなくちゃね。……貴女と彼の物語は昨日が幕引きじゃないわよ。あとちょっとだけ続くの。」

 

「……私たちは蛇足を嫌っているんだぞ。もう終わりだよ。」

 

「どんな物語にもエピローグはあるものよ。私はあの部分が一番好きなの。楽しみにさせてもらうわね。」

 

言うとスキマの中へと入っていった紫さんを見送りつつ、リーゼ様が深々とため息を吐く。何の話だったんだ? いまいち意味を掴めなかったな。

 

「リーゼ様、最後のはどういう意味だったんですか?」

 

「ん、大したことじゃないよ。気にしないでくれたまえ。」

 

むう、教えてくれないのか。そのことを少し残念に思いながら、ツナサンドに手を伸ばす。……何にせよ、一段落だ。あと三ヶ月で咲夜と魔理沙は卒業だし、そこからは移住に一直線だろう。やっと本腰を入れて『引越し準備』に取り掛かれるな。

 

サンドイッチを食べながら脳内で予定を組み立て始めたところで、リーゼ様が奇妙な発言を寄越してくる。

 

「そういえばアリス、私は早苗を連れてハワイに行かなくちゃいけなくなったんだ。キミも行くかい?」

 

「行きます。……へ? ハワイですか?」

 

「これっぽっちも行きたくないが、約束してしまったからね。今回ばかりはそれに値する働きをしたわけだし、諦めて連れて行くことにするよ。」

 

反射的に肯定の返答を口にした後で、唐突すぎる地名を聞き返した私にリーゼ様がぼんやりした説明をしてくるが……ハワイ? 意味不明だな。何故ハワイに行くことになったんだろうか? 早苗ちゃんは本当に予測できない存在だ。相柳がそうであるように、あの子が関わると何もかもが引っ掻き回される感じだぞ。

 

まあ、別にいいか。リーゼ様とバカンスというのは悪くないし、私も私で楽しませてもらおう。急に入ってきたラッキーな予定に心を躍らせつつ、アリス・マーガトロイドは次なるサンドイッチを掴むのだった。

 


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