Game of Vampire 作:のみみず@白月
「んぅううう……えいっ!」
んん? 何も起きないな。どうしてなんだろう? 私、奇跡を起こせるはずなのに。テーブルの上の鉛筆がぴくりとも動いていないのを確認しつつ、東風谷早苗は怪訝な思いで小首を傾げていた。
三月の終わりが見えてきた現在、私たちマホウトコロ生は未だ自宅待機を余儀なくされている。先生たちや日本魔法省の人なんかが領地の復旧作業を進めているようなのだが、この分だと四月に入るまで休校が続くかもしれない感じだ。……まあ、私は特に文句はないけど。神社でお二方とずっと遊んでいられるし、カンファレンスで月末に延びていた期末テストも中止になりそうなのだから。
そんなわけで神社でのんびり過ごしているわけだが、ふと自分の凄いパワーを試してみようと思ったので、色々と実験してみているのだ。でも……うう、何も起こらないぞ。『動け!』と念じた鉛筆は微動だにしていない。どういうことなんだろう?
茶の間のテーブルの前で首を捻っている私に対して、座布団の上に寝っ転がりながら漫画を読んでいる諏訪子様が話しかけてきた。
「早苗、無駄だよ。何も起きないって。」
「でも、私には凄いパワーが宿ってるんですよね? 現に割れたじゃないですか、水。だったら鉛筆をちょっと動かすくらい楽勝のはずです。」
「あのね、早苗。ぽんぽん起こってたらそれはもう『奇跡』じゃないでしょうが。ここぞって時に不条理に起こるのが奇跡なんだよ。無駄遣いしようとするのはやめときな。」
「えぇ? そういうものなんですか?」
まあ、言っていることは分からなくもないけど……具体的にどんな力なんだ? よく分からなくなってきた私へと、諏訪子様は漫画に目を向けたままで片手間の説明を続けてくる。
「たまーに使えるんじゃない? たまーにね。ただし使いこなそうと思ってどうにか出来るもんじゃないし、練習とかも無駄だよ。……大体さ、鉛筆がちょっと転がったところでそんなもん『奇跡』でも何でもないでしょうが。スケールが小さすぎるって。」
「でもでも、それなら私は具体的に何が出来るんですか?」
「『具体的』なことは何も出来ないよ。風祝たるあんたは、いざって時に私たちの神権を利用して奇跡を起こせるの。そこに道理なんて無いし、法則とか理由も無いわけ。それがあったら奇跡じゃないんだから当たり前のことっしょ。」
「……えーっと? いまいち分かんないです。」
結局、『奇跡』って何なんだろう? ちんぷんかんぷんで困っている私に、諏訪子様は苦笑しながら応答を寄越してきた。どこまでも曖昧な応答をだ。
「その認識で合ってるよ。『分かんない』のが奇跡なの。あんたの力を理解できるヤツも、説明できるヤツもこの世に存在しないわけ。私たちにだって分かんないし、行使してる当人たるあんたにも分かんない。だから『奇跡』って呼ぶしかないんだよね。」
「じゃあその、好きに使えるわけではないってことですか?」
「ん、そういうこと。多分だけどさ、『うわぁ、奇跡だ!』みたいなタイミングでしか使えないんじゃない? それ以外の場面だと奇跡っぽさがあんまり感じられないしね。」
「えと、タイミングの説明が上手く伝わってこないんですけど……。」
奇跡っぽいタイミング? どういうタイミングなんだ? それは。きょとんとしながら疑問を口にしてみると、諏訪子様は読んでいた漫画を示して返答してくる。
「つまり、こういうタイミングだよ。ほらこれ、主人公が『奇跡的に』ヒロインを救った場面。劇的でしょ? 華やかでしょ? インパクト絶大でしょ? 何だか運命的なシーンだし、これを指して『偶然』とは誰も言わないでしょ? ……だったら奇跡じゃん。これが奇跡。あんたが起こせるのはこういうやつなの。」
「ぼんやりしてますね。」
「風祝の力の根底には神力があって、神力の源になってるのは信仰だからね。ひょっとしたら奇跡が信仰に繋がってるから、神力が奇跡を生んでるんじゃない? 水をワインにしたり、魚やパンを増やしたり、病気を癒したりってね。……鶏が先か卵が先かは分かんないけどさ、私は信仰の礎になってる『望む心』が奇跡を起こすんだと解釈してるよ。あやふやな祈りが信仰になって、信仰が透明な力である神力を生み出して、その神力がぼんやりした奇跡を起こすわけ。私と神奈子でも意見が割れる部分だけど、私はとりあえずそう考えてるの。」
「……なるほど。」
全然分からないけど頷いてみた私を見て、諏訪子様は肩を竦めながら話を締めてきた。理解していないのがバレてしまったようだ。
「ま、早苗は分かんなくていいよ。『よく分かんないけど絶対できる』って本気で思えるヤツじゃないと、そもそも起こせないもんなんだから。神には起こせないってあたりが一番の皮肉かもね。力ある神がやったら全然『奇跡的』じゃないもん。……あーあ、人間がやるからこそ意味があるんだって気付けてればなぁ。私は今頃日本一の神になってて、信仰を稼ぎまくって左団扇だったのに。」
残念そうにため息を吐いている諏訪子様を横目にしつつ、テーブルの上の鉛筆を見つめて眉根を寄せる。そうなるとつまり、平時の私は別に何が出来るわけでもないということだ。奇跡が望まれるのなんてかなり切羽詰まった状況だけだろうし、そういう時以外は何の役にも立たないってことになるぞ。……あれ? もしかしてそんなに凄くないんじゃないか?
いやまあ、奇跡を起こせるんだから凄くはあるんだろうけど……んんん? どう判断していいか迷うな。凄くはあるものの、便利ではない感じだ。となると思ったほど嬉しくないかもしれない。間に合いそうにない宿題を奇跡的に終わらせたり、買い物で浪費したお金が奇跡的に財布に戻ってきたり、致命的な忘れ物を奇跡的に思い出すとかは出来ないわけか。
ぬう、力を使いまくって『奇跡的な生活』を満喫しようと思っていたのにな。早くも計画が頓挫しちゃったぞ。残念すぎる自分の力の『実態』を知って落ち込んだところで、神奈子様が部屋に入ってきた。車のキーを片手にしながらだ。
「早苗、買い物に行かないか? そこのバカ蛙が昨日飲み過ぎた所為で冷蔵庫のビールが切れてしまってな。スーパーに行きたいんだ。」
「神奈子、アイス買ってきて。バニラアイス。グミも。」
「はい、行きましょうか。夕飯の買い物も済ませちゃいましょう。」
「返事は? アイスの返事はどうしたの? アイス! あとグミ!」
どうしてもアイスが食べたいらしい諏訪子様が主張するのに、神奈子様がジト目で文句を飛ばす。
「黙れ、穀潰しのビール泥棒め。お前に食わせるアイスなどない。境内のアリでも食っていろ。また巣が増えてきたからいくらでも食べていいぞ。」
「あんただって今は同じく『穀潰し』でしょうが。何を威張ってんのさ。」
「私は車を出せるが、お前は何も出来ない。それどころか境内の掃除すらサボる始末だ。一緒にしないでもらおうか。」
また諏訪大戦か。いつものように言い争いを始めたお二方を眺めつつ、どう収めようかと悩んでいると……あ、そうだ。水着。水着を買いに行かないと。あと浮き輪も。
「神奈子様、どうせなら水着も買いに行きましょうよ。ハワイ用の水着を。今の時期も全然泳げるらしいですから。私、ちゃんと調べたんです。」
そう、ハワイ。奇跡についてはちょびっとだけ残念だったけど、私にはハワイ旅行があるのだ。一気に気分を持ち直した私に、神奈子様が口論を中断して返事をしてくる。
「それは別に構わないが、すぐに行くわけではないんじゃないか? バートリには予定があるだろうし、学校の再開もいつになるか分からない。最短でもハワイに行くのはゴールデンウィークとかになると思うぞ。」
「……嘘ですよね?」
「いやいや、何故嘘だと思ったんだ。普通に考えたらそうだろう? 一泊二日くらいの旅程にするなら話は別だが──」
「そ、それはダメです! そんなのバカンスとは言えません! だったらゴールデンウィークまで我慢します!」
一泊二日なんて絶対にダメだぞ。時間が足りなくて何にも出来ないじゃないか。……あんなに頑張ったのに、ハワイ旅行は一ヶ月以上もお預けらしい。リーゼさんに直談判したら何とかならないかな?
いきなり訪れた悲劇に唸っている私を目にして、諏訪子様がやれやれと首を振りつつポツリと呟く。
「もっと気にすべきことが沢山あるでしょうが。四月までに学校が再開しない場合、期生への進学はどうなるのかとか、相柳は結局どうなったのかとかさ。先ずハワイってのが早苗らしいね。」
そりゃあもちろん気にはなっているけど、でもやっぱり優先順位としてはハワイが一番だぞ。ハワイ旅行は苦難の末に勝ち取った『景品』なのだ。目一杯楽しまないと勿体無いじゃないか。
より長い旅行を目指すか、それともより早い旅行を目指すか。どうにも決めかねるその選択に悶々としつつ、東風谷早苗は腕を組んで考え込むのだった。
─────
「おー……どれがジニーの記事なんだ? よく分からんぜ。」
四月が目前に迫ってきたホグワーツ城の大広間で、霧雨魔理沙は新聞を開きながら親友に問いかけていた。昨日の昼にジニーから手紙が届いたのだ。『私の記事が明日の朝刊に載る』という手紙が。だからわくわくしながら今日の朝刊を待ち構えていたわけだが……これ、どこを見ればジニーの記事だって分かるんだ?
首を傾げながらの私の質問に、頭を寄せて紙面に目を走らせている咲夜が返事を寄越してくる。私は大抵一面と二面くらいしか読まないから、後ろの方の小さい記事のルールはいまいち分からんぞ。
「文末に記者の署名があるでしょ? ジニーの記事には彼女の名前が書いてあるはずよ。」
「ああ、こっちの記事にもちゃんと名前が載るのか。……けどよ、改めて考えてみると何で署名なんか載せるんだろうな?」
「自分が書いた記事に対しての責任を持つってことなんじゃない? 予言者新聞が実際に責任を持ってるかどうかはともかくとして、報道紙だったらどこも署名を……あったわ。ここ、これがジニーの記事よ。」
咲夜が説明を中断して指し示した部分に目をやってみれば……おお、確かに文末に『ジネブラ・ウィーズリー』と書かれてあるな。これがジニーが記者として出した初めての記事ってことか。何だかちょっと感動するぞ。
友人の活躍を喜びつつ、咲夜と二人で記事本文に目を通す。ジニーが書いたのは、どうやらマホウトコロで起こった騒動に関する記事らしい。事件翌日の二十日の朝に大雑把な内容の第一報があって、その数日後にスキーターがお得意の『スキーター節』で事件の詳細を記事にしていたわけだが、今回ジニーは事件後の日本魔法界の動きを紙面で伝えているようだ。
サクラ・シラキ校長が入学式を遅らせて四月の半ばから学校を再開することを明言したり、日本魔法省内でマホウトコロの安全性を再確認するための調査チームが発足したり、日本闇祓い局の捜査が難航しているといった事実が簡潔に纏められてあって、後半にはちょこっとだけの取材記事も載っているな。新入生の保護者が不安を感じているとか、カンファレンス参加者が当時の状況を語ったりとか、そういうやつが。
何というかこう、癖のない記事だ。友人としては『万人が読み易い記事である』と評価したいところだが、印象に残るかと聞かれたら胸を張って頷けないかもしれない。とはいえまあ、報道記事としてはそれで正しい……はず。事実をきちんと伝えてあるんだからそれで充分だろう。
何にせよ後でここだけ切り取って保管しようと思っている私に、同じく読み終えたらしい咲夜が声をかけてきた。
「無難に纏まってると思うわ。いいんじゃないかしら? 初記事としては全然合格な内容でしょ。」
「ま、そうだな。変な主観が入ってないのは褒めるべき部分だと思うぜ。後ろの方に回されちゃってるのはちょっと残念だけどな。」
「そこは仕方がないわよ。前の方を任せてもらえるのなんてベテラン記者だけでしょうし、第一報ってわけじゃないんだから。……でも、文量自体は結構多いわね。頑張ったって伝わってくるわ。」
「お祝いの手紙を送らないとな。立派な一歩目だぜ。」
ジニーのことを知らないヤツが読んだら何とも思わないんだろうが、彼女の友人である私たちにとっては特別な記事なのだ。これで名実共に記者の仲間入りだな。アーサーやモリー、ルーナやハリーなんかも私たちと同じ気持ちで、今まさにこの記事を読んでいるのだろう。
ほうと息を吐きながら新聞を置いた後、朝食を始めるために皿を取る。今日は良い気分で食べられそうだぜ。
「マホウトコロでの事件に巻き込まれたのは不運だったけどよ、ある意味ではラッキーでもあったのかもな。スキーターの取材について行ったのがこの記事に繋がったってことだろ?」
「多分そうだと思うわ。不幸中の幸いってやつよ。……アリスの手紙には大変だったって書いてあったし、一概には喜べないけどね。」
「まあでも、騒動の規模に対して犠牲者が少なくはあったよな。校舎がひっくり返って、服従の呪いの被害者が十人近くも居て、おまけに領地が水に沈んだのにほぼほぼ軽傷者だけ。そんなもん奇跡って言っていいレベルだぜ。未だに『犯人不明』ってところはマイナスポイントだけどさ。」
「『ほぼほぼ軽症』であって、死者も二人出たけどね。……何だか不思議な気分になるわ。そりゃあ一度会っただけだけど、知ってる人が死んじゃったわけだし。」
細川京介か。顔は全然思い出せないが、私も一応知っている人物のはずだ。領地の反転で落下して死亡してしまったらしい。水を抜いた後で死体が発見されたんだとか。そしてもう一人の犠牲者は──
「たった二人の死者が親子ってのは奇妙だよな。細川政元だっけか? 日本の闇祓いの副局長。そっちは他殺だったんだろ?」
「そうみたいね。細川京介の部屋で死亡してたんですって。」
「ミステリーだぜ。息子の部屋で闇祓いの父親が殺されて、その息子は反転に巻き込まれて落下死。一体何があったんだろうな?」
細川政元の死体は事件当日に避難が終わった後、校舎の確認作業に戻った教師の一人が発見したんだそうだ。しかも死因は杖魔法ではなく、『物理的な絞殺』。細川京介の部屋にあった電化製品のケーブルで絞め殺されていたらしい。
いやはや、謎めいた事件だな。日本の魔法学校で起こった殺人事件についてを考えていると、咲夜が微妙な顔付きで口を開く。
「……リーゼお嬢様たちは何か知ってたりするのかしら? 手紙には詳しく書かれてなかったけど。」
「かもな。少なくとも細川京介とは付き合いがあったわけだし、日本魔法界でせっせと動き回ってたみたいだから、リーゼが深く関わってるってのは有り得る話だろ。」
ずっとホグワーツに居る私たちは事情をぼんやりとしか把握できていないが、またリーゼが騒動を引き寄せたのかもしれない。今回はホグワーツではなくマホウトコロが巻き込まれたわけか。……だからホグワーツは平穏無事で済んだとか? 全然筋が通っていない無茶苦茶な考えだけど、何だかしっくり来てしまうぞ。
ひょっとして呪われているのはホグワーツでもハリーたちの学年でもなく、リーゼなんじゃないだろうか? 思えばあいつだけが全ての事件に関係しているぞ。『呪われし世代』の渦中にいた悪名高きカルテットの一員だし、ベアトリスの件や魅魔様が起こした騒動にも関わっていたし、今回のマホウトコロの事件にだって多分関係しているはず。唯一コンプリートしているじゃないか。
うーん、盲点だったな。なるほど、リーゼか。トラブルに好かれていたのは他ならぬあいつだったわけだ。……まあうん、同情するぞ。当人としては別に望んじゃいないだろうし。
しかし、外界でこれなら幻想郷に行ったらどうなるんだ? リーゼのやつ、ストレスで死ぬんじゃないか? 外界におけるトラブルにはきちんと理由やら結末やらがあるが、幻想郷ではたまにそれすらない不条理な騒動が起こるのだ。そんなもんを引き寄せ続けていたら頭がおかしくなること請け合いだぞ。
むう、不安になってきたな。私も巻き込まれたりするんだろうか? リーゼが事件に関係すれば咲夜も関わっちゃいそうだし、そうすると私も無視できないはず。……これは今から覚悟しておくべきかもしれない。何て嫌な未来予想なんだ。有り得そうに思えちゃうあたりが恐ろしいぞ。一刻も早く魔女としての力を付けて、来たる問題に対処できるようにならなければ。
帰郷への不安。それが一気に増したことを自覚しつつ、霧雨魔理沙は何とも言えない気分でスープをコップに注ぐのだった。