Game of Vampire 作:のみみず@白月
「で、そっちは誰じゃ? わし、知らんのじゃけど。」
おっと、私のことか。相柳が私に視線を向けているのを確認して、アリス・マーガトロイドは自己紹介を放っていた。この場で必要以上の発言をするつもりはないけど、さすがに名乗ってはおくべきだろう。
「魔女のアリス・マーガトロイドです。リーゼ様の……何と言うか、家人ですね。よろしくお願いします。」
「おー、魔女か。下らん人間の生に見切りを付けたのは良いことじゃ。それなら許してやろう。元人間でも妖怪は妖怪じゃからな。わし、心が広いから。寛大な大妖怪じゃから。」
「えーっと、どうも。」
つまるところ、私はリーゼ様と一緒に幻想郷の地底にある屋敷を訪れているのだ。ここに来たのは相柳との話を行うためなのだが……うーん、リーゼ様はまだ屋敷の主人と睨み合っているな。古明地さとりさんだっけ? どうやらこの二人は物凄く相性が悪いらしい。
離れた場所で静観している藍さんと同じように、私もまた余計な発言をしないようにと気を付けていたわけだが、このままでは話が一向に進まないな。そろそろ止めるべきかと迷っていると、件の古明地さんがリーゼ様へと文句を飛ばす。リーゼ様との相性の悪さで言えば、アピスさんをも凌ぐ存在かもしれないぞ。初対面でこんなことになる相手は初めてじゃないか?
「貴女は自己紹介をしないんですか? 無礼ですね。」
「キミ以外は皆私の名前を知っているからね。知りたいのかい? だったら教えて欲しいと頼みたまえよ。」
「礼節の問題ですよ。私はきちんと自分の名前を伝えました。つまり、礼儀では私の勝ちです。」
「別に構わないよ。私は『友達』で圧勝しているからね。キミは僅差での辛勝だが、私はぶっちぎりの圧勝だ。痛くも痒くもないさ。」
何かこう、子供の喧嘩みたいだな。アピスさんとも、諏訪子さんとも、早苗ちゃんとも違う『相性の悪さ』だ。どちらかと言えばレミリアさんとのやり取りに近いものを感じるぞ。出会ったばかりの頃の吸血鬼たちは、こういう応酬をしていたのかもしれない。
ぬう、紫さんが言っていた『同属嫌悪』というのも強ち間違ってはいなさそうだな。リーゼ様とレミリアさんが凸凹なら、古明地さんの場合は凸と凸といった具合だ。似ているという点には同意してもいいけど、絶対に仲良くはなれないと思うぞ。レミリアさんならどうにか出来そうだし、もし『ペア』にするならそっちの方が良さそうなのに。
……あるいは、だからこそ紫さんはリーゼ様を当てたのかもしれない。上手く噛み合うことを望んでいるわけではないってことか? キチッと嵌ってしまえば形は変わらないままだ。要するに、あえてぶつかり合わせることで変化を誘っているわけか。
だけど、何のためにそんなことをするんだろう? 幻想郷の賢者を横目に黙考していると、その紫さんがリーゼ様と古明地さんに対して声をかける。
「ずっと見ていたい可愛らしいやり取りだけど、とりあえず進めさせてもらうわね。こっちはアンネリーゼ・バートリちゃんよ。……それでリーゼちゃん、相柳に何を聞きたいの? さとりんとじゃれ合うのは今度にしましょ?」
「……不明点を一応確認しておきたいだけだよ。細川京介のこととかをね。」
「ん、京介か。哀れな男じゃったのう。あれは劣等感の塊じゃよ。わしとしては利用し易くて助かったぞ。」
「答えるつもりがあるなら聞くが、細川京介はそも何をしようとしていたんだい?」
『劣等感の塊』か。中々に辛辣な評価を口にした相柳は、リーゼ様の問いを受けて細川京介に関してを語り始めた。
「少なくとも京介当人は、自分が日本魔法界の改革を目指していると思っとったわけじゃが……まあ、本当のところは自分でも掴み切れていなかったんじゃろうな。多分京介は父親を見返したかったんじゃよ。根っこにあったのはそんな幼稚な感情じゃ。」
「……事件当日に彼の父親が死んだそうだが、あれはキミがやったことなのか?」
「いや、殺したのは紛れもなく京介の方じゃ。まともな判断能力なんぞ残っとらんかったはずなんじゃがのう。部屋に現れた父親を見て、わしが操る間も無く襲いかかりおったわ。何を思ってそうしたのかはわしにも分からん。杖を抜けないように押さえ付けた後、テレビのコードで絞め殺してしまいおった。……わし、ちょっと怖かったぞ。野蛮なのは嫌じゃのう。ああいうの、引くわー。」
飄々と語る相柳へと、リーゼ様が小さく鼻を鳴らして応答する。相柳の『道具』になっていた細川京介が、リーゼ様に唆されて部屋にやって来た父親を絞殺したわけか。結果だけ見ればどちらも大妖怪の『被害』に遭ったと言えそうだな。
「父親への憎しみか。ありきたりな話だね。」
「わし、単純な憎しみってわけでもないと思うんじゃがなぁ。一言で表すなら『こんぷれっくす』じゃよ。操作が不完全な頃は不具合でブツブツ独り言を呟いとったが、それを聞くに京介は父親に認められたかったようじゃからな。……ま、どうせわしが脳みそを削ったからまともに判断できなくなって、ぐちゃぐちゃな感情に突き動かされて殺したとかじゃろ。その辺は真面目に考えるだけ無駄じゃよ。あの時点で既に壊れとったんじゃから、京介。」
「では、発端は? 細川本家に封印されていたキミのことを、細川京介が助け出したんだろう? であれば細川にはそうするだけの理由があったはずだ。」
「最初はわしが力を齎す何かだと勘違いしておったようじゃぞ。わしってほら、六百年前に凄いことしたから。それが何か捻じ曲がって伝わっておったんじゃろ。……人間って本当にバカじゃなぁ。そんなうまい話があるわけなかろうに。」
呆れたように言う相柳に、リーゼ様が少し意外そうな顔で質問を続けた。細川京介は力を欲して相柳を解放してしまったということか。そこはまあ、よく聞く類の『妖怪解放理由』だな。
「ふぅん? 力を得て日本魔法界改革の旗頭にでもなろうとしたのかい?」
「そうみたいじゃな。じゃがまあ、わしにはそんな力などない。……いやまあ、厳密に言えばあるぞ? 直接的にはないって意味じゃ。わし、凄い妖怪じゃから。知っとった?」
「キミが色々な意味で『凄い妖怪』なのは知っているよ。だが、もっと分かり易い力を期待していた細川は落胆したはずだ。それを知った彼はどうしたんだい?」
「ひどく残念がっておったぞ。しかしわしが人間を操れることを教えたら、自分の計画に協力してくれないかと頼んできたんじゃ。身の丈に合わぬ大層な計画を立てて、日本魔法界を変える立役者になることを夢見ておったわ。……ガキなんじゃよ、ガキ。京介は本心から日本魔法界を憂いていたわけではなく、何か『凄いこと』をして有名になって父親を見返したかっただけじゃ。そんな自分を認めたくないから、御大層な計画で本音の部分を塗り固めておったんじゃよ。自分でも気付けぬようにな。どうじゃ? 哀れな男じゃろ?」
リーゼ様によれば、細川京介と父親の間には大きな溝があったはずだ。……父親へのコンプレックスか。確かに子供っぽくて、同時にどこまでも人間らしい動機だな。細川京介が抱えていた感情の表面ではなく根幹の方を先ず語った相柳へと、リーゼ様は至極微妙な顔付きで声を放つ。
「細川はキミが人間を操れることを知っていたのか。話してしまうキミもアホだが、知ってなお関わろうとする細川も中々のものだね。」
「京介はわしのことを見縊っておったからのう。妖怪についてもよう知らんかったみたいじゃし、わしもいくらか説明を『簡略化』した。最初の頃は健気に警戒しとったが、徐々にそれも緩んでいったわ。何ヶ月もかけてじわりじわりと支配したんじゃよ。わしって我慢強い策士じゃから。……なあなあ、カッコよくない? わし、カッコよくない?」
「カッコよくはないかな。……ちなみに魔法経済庁の長官もキミが操ったのかい?」
「まほうけいざいちょ? ……ああ、あの男か。標的として選んだのは京介じゃが、操作したのはわしじゃぞ。ちょーっと強引な手段を使ったから、すぐ壊れてしまったがのう。壊れる直前はわしの支配も薄らいどったみたいじゃな。京介のやつ、ビビっておったわ。あの辺で京介は自分がやっていることへの恐れを覚え始めて、故にどんどん心が弱くなった。京介に対するわしの支配が一気に進んだのもあの時期じゃよ。」
ひょっとすると、先程相柳が言っていた『身の丈に合わぬ大層な計画』というのは正鵠を射ているのかもしれないな。細川京介は高望みをし過ぎたのだろう。分不相応な計画を描いて、手に余るような事態を招いてしまい、後悔して弱気になっているところを相柳に支配されたわけか。
うーむ、改めて妖怪を『利用』することの難しさを感じるぞ。グリンデルバルドとリーゼ様の関係も、ダンブルドア先生とレミリアさんやパチュリーの関係も、大妖怪と並び立てるほどの能力と覚悟が二人に備わっていたから成立したのだ。細川京介にはそれが無かったのだろう。彼が選んだ相柳もまた、歴とした『大妖怪』の一員なのだから。
正しく哀れな男だな。細川京介は大妖怪と関わるには、まだあまりにも未熟だったわけだ。御し切れない存在に手を伸ばした人間の末路か。きっとこれが『よくある方』の人妖の物語の結末なのだろう。グリンデルバルドやダンブルドア先生のようなケースが特別なのであって、大妖怪と人間が関わると大抵はこうなってしまうはず。
私が考えている間にも、今度は紫さんが相柳に問いかけを投げた。
「それにしても、貴女にしては随分と『自力』で動いたわね。魔法経済庁の長官を操って、細川京介を操って、マホウトコロの教師たちのことも操ったわけでしょう? 昔の貴女なら細川京介だけでも手一杯だったんじゃない?」
「わし、何だか知らんけど調子良かったんじゃ。封印から抜け出して以来絶好調じゃった。成長期なんじゃろうか? だから白木も操れるかなと思うたんじゃが、それはさすがに無理じゃったわ。」
「昔よりも人間たちからの恐怖を得られていたんだろうさ。六百年前の『相良柳厳』の逸話が日本魔法界に伝わっているからね。彼を唆した老蛇としての恐れが手に入っていたんじゃないか? ……そう考えるとむしろ弱すぎるわけだが、それはキミが元来持っている器が小さいってことなんだと思うよ。」
「……わし、器が小さいの? 悲しいのう。生まれの不遇じゃな。わし、でっかい龍とかで生まれたかった。空とか飛びたかった。」
相柳としては不運かもしれないが、私としては彼女が『弱い』のは幸運に思えるな。矮小な妖蛇としての状態でも物凄く厄介なのに、これで地力があったら目も当てられないぞ。リーゼ様の考察を受けて悲しそうに呟く相柳の頭を、古明地さんが優しく撫でながら口を開く。
「ちょっと、相柳を苛めないでください。可哀想じゃないですか。こんなに頑張っているのに。」
「相柳が『頑張った』結果として私たちは大迷惑を被ったんだよ。文句を言う権利くらいはあって然るべきだと思うがね。……ま、大体の流れは理解できたかな。計画の基礎を作ったのは細川で、キミがそれを骨子に『上書き』を行い、最終的にはゲラートを殺して操ることで外界全体に混乱を及ぼそうとしたわけか。ついでに聞くが、細川はゲラートをどういった形で利用しようとしていたんだい? それともキミの協力に対する対価として接触しようとしていただけなのか?」
「いいや、京介もぐりん何某を使おうとしとった。国際的な影響力が云々と言っておったぞ。わしには具体的に何をしたいのかがよう分からんかったが、京介の計画は傍目にも希望的観測が多かったし、おぬしでも大まかな内容は予想できるじゃろ。薄っぺらで甘々なやつじゃよ。ぐりん何某や白木を裏から操って、日本魔法界の『ヒーロー』になろうとしたわけじゃな。わしの計画の方が百倍マシじゃ。」
「キミにそう言われる細川が哀れでならないよ。……仮にキミがゲラートを操れていたとしたら、今は何をやっていたんだい?」
興味本位という口調のリーゼ様の疑問に、相柳はえへんと胸を張って回答した。
「人間を盛大に殺し合わせるに決まっとろうが。ぐりん何某は魔法界の『超偉いヤツ』なんじゃろ? だったら戦争を起こすくらい簡単に出来るはずじゃ。人間の社会を無茶苦茶にしてやれば、自ずと妖怪が付け入る隙が生まれる。そしたらそしたら、偉大なわしが生き残った妖怪たちを指揮して人間をやっつけるわけじゃな。完璧じゃろ? 完璧な計画じゃろ?」
「……キミはあれだね、本当に恐ろしい存在だね。バカにカリスマと行動力と運を持たせるとキミみたいな存在が生まれてしまうわけか。キミは形を持った混乱だよ。超一流のトラブルメーカーだ。」
「……これってわし、褒められとる? さとり、どうじゃ? わし、喜ぶべき? 落ち込むべき?」
「喜ぶべきですよ、相柳。貴女は妖怪として褒められているんです。」
古明地さんの適当な発言を耳にして、相柳は無邪気に喜び始めるが……なるほど、『形を持った混乱』か。言い得て妙だな。相柳の計画は誰がどう見ても穴だらけだし、彼女が望んだ形で計画が完遂することはまず有り得ないだろうが、だからこそ彼女に『勝利』できる者も存在しないのだ。スタートとゴールがあやふや過ぎる上、目的や行動も理に適っていないのだから。
つまり、こんなものは端からゲームになっていないわけだな。だったら当然勝ちも負けもないだろう。彼女と戦った後に残るのは、ぐちゃぐちゃになった盤を片付ける労力だけ。何とも妖怪らしい妖怪じゃないか。巻き込まれる人間にとってはただただ迷惑な話だぞ。
遠くで話を聞いている藍さんがやれやれと首を振り、紫さんが苦い笑みを浮かべ、古明地さんが手持ち無沙汰に膝の上の赤い『目玉』を撫でる中、リーゼ様が小さく鼻を鳴らして相柳に話しかける。古明地さんのあの目玉、一体何なんだろう? 吸血鬼の翼なんかと同じく妖怪特有の『器官』なのか、それとも別に身体と繋がっているわけではない『道具』なのか。魔女としてちょっと気になるぞ。
「何にせよ、事件に関する質問は以上だ。ここに来る前は色々と言ってやりたい気持ちもあったんだが、キミの様子を見ていたらどうでも良くなったよ。これにて手打ちとしよう。それでいいかい?」
「わしは構わんぞ。失敗したのは悲しいが、わしには必ず次があるからのう。また何か方法を探せばよい。」
「少なくとも今後百年間くらいは、イギリス魔法界には手を出さないように気を付けたまえ。また私が介入しなきゃいけなくなるからね。それ以外だったら知ったこっちゃないよ。幻想郷でも外界でも好きにトラブルを起こすといいさ。」
「そういえばおぬし、何で邪魔してきたんじゃっけ? わし、イギリスには何もしとらんと思うのじゃけど。」
きょとんと小首を傾げて尋ねた相柳へと、リーゼ様は眉根を寄せて返答を送った。今更だな。あまりにも今更の質問だ。
「キミがゲラート・グリンデルバルドに手を出したからだよ。あの男は私の……そう、契約者なんだ。」
「あー、やっぱりそこか。じゃあわし、別に間違っとらんかったわけじゃな。最初におぬしが京介と会う時に姿を見せて、妖怪として交渉しようかとも思うたんじゃよ。だけどぐりん何某に協力しとるようじゃし、厄介な敵になる可能性もあったから一応隠れて動いとったんじゃ。警戒すべきは常に人外じゃからのう。今回は吸血鬼と神にしてやられたわ。」
腕を組んでうんうん頷きながら言う相柳に、紫さんが諭すような声色で語りかける。
「相柳、貴女の弱点はそこよ。人外ばかりを認めていないで、人間のこともきちんと見なさい。今回マホウトコロを崩落から救ったのは吸血鬼でもなく、神でもなく、人間でしょう?」
「うっさいわ。あれは下僕どもがわしの指示を上手く遂行しなかったからじゃろ。……おぬしこそ妖怪をきちんと見るべきじゃぞ、紫。おぬしは昔から理想家を気取っておるが、この『幻想郷』など所詮妥協の産物じゃ。本音で『人間と共に生きたい』と考えとる人外がどれだけ居るか見ものじゃな。おぬしが思う数より遥かに少ないじゃろうて。」
「……理解してもらうのに時間がかかるのは百も承知よ。私は過度な期待はしていないわ。」
「しとると思うがのう。人間と共に生きられる存在など妖怪ではないわ。そんなもん不気味なだけじゃ。おぬしは妖怪という存在の根っこの部分を変えようとしておる。それは『過度な期待』じゃよ。本気で妖怪たちにそんなことを望んでいるんだとすれば、おぬしは確かに理想家なのかもしれんな。……まあ、いずれ分かるじゃろ。おぬしは人間にも妖怪にも期待し過ぎとるが、わしはありのままの妖怪を愛しているからのう。本能ばかりは如何なおぬしでも変えられんよ。誰よりも真っ直ぐに妖怪を見ているわしがそれを保証しよう。」
ここに来てちょびっとだけ賢く見える雰囲気で放たれた相柳の意見を受けて、紫さんが鋭い口調で反論を飛ばす。本能か、理性か。難しい題目だな。
「貴女は妖怪を滅びに導くつもりなの? 本能に従って行動すれば、行き着く先は妖怪の絶滅よ。もはや矜持を語っていられる段階はとうに過ぎたの。」
「矜恃無くして何が妖怪じゃ。わしらは元来それを貫くために生まれてきた存在じゃろうが。妖怪としての矜恃を棄てて生き延びるくらいなら、妖怪のまま誇り高く散るべきじゃよ。……ま、わしがそうはさせんがな。わし、絶対に諦めんから。おぬしは幻想を幻想のまま『保管』することを選んだようじゃが、わしは幻想をもう一度現実まで引き上げてみせるぞ。妖神人が入り乱れて生活しとった、あの懐かしく美しい狂乱の世を取り戻してみせる。必ずじゃ。」
『出来ないかも』とは一切思っていないような、一片の曇りもない瞳で宣言した相柳。その姿をリーゼ様と古明地さんが眩しいものを見るかのように眺め、壁際の藍さんが寂しそうに顔を俯かせたところで、はっきりと白い瞳を見返している紫さんが口を開いた。
「後悔するわよ、相柳。永遠を呑んでしまった貴女は、妖怪の衰退を余す所なく見届けることになるわ。」
「永遠への恐れなど遠い昔に棄てたわ。わしは中途半端は好かん。やると決めたらやるだけじゃ。おぬしのように賢くないから、次善の策など準備せんのじゃよ。愚かなわしは愚かなままで進み続けてみせよう。それは決しておぬしには出来ないことじゃろ?」
「……まあいいわ、貴女ほどの妖怪を今すぐに説得できるとは思っていなかったもの。暫くは地底で暮らしてもらうわよ。」
「ん、構わんぞ。この地で少しばかり策を練るわ。さとりやこいしも居るし、勇儀や萃香も居るらしいからのう。暫くの間は旧友たちとの再会を楽しんでやってもよい。……じゃが、このわしがいつまでも大人しくしとるとは思わんようにな。そのことだけは忘れん方が良いぞ、紫。」
挑発的に笑いながら脅し文句を口にした相柳へと、紫さんが肩を竦めて返事を返す。迷惑そうに、残念そうに、それでいてどこか楽しそうにだ。
「今度は真っ正面から付き合ってあげるわ、相柳。幻想郷は全てを受け入れるのよ。私はその言葉を違えるつもりはさらさら無いの。貴女のような妖怪を受け入れることが叶えば、幻想郷はまた一つ強固になるでしょう。だから付き合ってあげる。何度でも、貴女が諦めるまでね。」
「長い勝負になりそうじゃのう。おぬしを諦めさせるのは、わしを諦めさせることの次に難しそうじゃ。……よいよい、遊んでやるわ。おぬしの計画にわしが必要なように、わしの計画にもおぬしは必要じゃからな。根比べじゃ。どちらの理念が上かを決めるとしよう。」
妖怪の守護者と、融和を目論む賢者の根比べか。……いやはや、私たちの移住先は想像以上に厄介な土地なのかもしれないな。何たって私が知っているだけでも紫さんや魅魔さん、相柳のような一癖も二癖もある妖怪たちが住んでいるのだ。知らない妖怪だってまだまだ居るだろうし、ダイアゴン横丁ほど穏やかな『ご近所付き合い』とはいかなさそうだぞ。
移住先への不安をひしひしと感じながら、アリス・マーガトロイドはこの『箱庭』の厄介さを再認識するのだった。