Game of Vampire   作:のみみず@白月

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Epilogue
ご機嫌期間


 

 

「いやー、肩の荷が下りたぜ。何とか次に繋げることが出来たな。」

 

ホッとしたように微笑みつつ話しかけてくる魔理沙に首肯してから、サクヤ・ヴェイユは改めてお祝いの言葉を投げかけていた。周囲に対しては飄々とした態度で接していたが、その実結構なプレッシャーを感じていたことを私は知っているのだ。優勝できて何よりだぞ。

 

「おめでと、魔理沙。」

 

「ん、あんがとよ。」

 

親友とハイタッチを交わした後、戦勝に浮かれているグリフィンドールの談話室をぼんやりと眺める。五月の中旬である今日、魔理沙率いるグリフィンドール代表チームが最終戦を勝利で飾ったのだ。今学期の学内リーグは全寮が一勝一敗の状態になるところまでもつれ込んだので、最後まで気を抜けない戦いだったのだが……いやはや、こういう結末を迎えられて本当に良かったぞ。これなら魔理沙は胸を張って、グリフィンドール寮に歴代キャプテンとしての名を残すことが出来るな。

 

うんうん頷きながら考えている私のことを、魔理沙が戯けるような声色でからかってきた。

 

「声がちょっと枯れてるぞ、お前。咲夜が声を枯らしてるところなんて初めて見たぜ。」

 

「……大声を出すのには慣れてないのよ。からかわないで頂戴。」

 

「からかってないぜ、感謝してるんだ。それだけ頑張って応援してくれたってことじゃんか。……プレー中にお前の大声が聞こえた時はびっくりしたけどな。あんな声を出せるとは思わなかったぞ。お陰で気合が入ったけどよ。」

 

「隣に座ってたベインにも言われたわ。珍しく素直に感心されちゃったわよ。……これっきりなんだからね。もうやらない。慣れてないことはするもんじゃないって実感できたもの。」

 

あんなに大声で誰かを応援するというのは初めての経験だったし、ある種の清々しさは感じているものの……声帯へのダメージが大きすぎるぞ。私はどうやら大声を出すのには向いていないようだ。今更になって何だか恥ずかしくなってきたな。

 

明日になったらもっと枯れているんだろうなと後悔している私に、魔理沙は笑顔で相槌を打ってくる。

 

「タイムアウトの時のベンチでアレシアもびっくりしてたぜ。『ヴェイユ先輩って大声が出せたんですね』って。あいつも気合を貰ってたみたいだぞ?」

 

「何よその感想は。出そうと思えば出せるに決まってるでしょうが。」

 

「要するにまあ、似合わないことをしてまで応援してくれたのが嬉しかったってことだよ。ありがとな、咲夜。声が枯れたのは『名誉の負傷』だ。」

 

「……まあ、意味があったなら良かったわ。」

 

真っ直ぐにお礼を言ってくるのはズルいぞ。こそばゆい気分になって視線を逸らしたところで、満面の笑みでニール・タッカーと話しているリヴィングストンの姿が目に入ってきた。

 

「……来学期の主役はあの二人になるでしょうね。次のキャプテンがタッカーで、その次がリヴィングストンなんでしょ?」

 

ビーター二人の方を見たままで問いかけてみれば、魔理沙もそちらに目を向けながら肯定してくる。

 

「そうなるな。ビーター主体のチームってのも面白そうだぜ。……ま、私に教えられることは全部教えた。だったらあとは次の世代に任せるさ。ニールとアレシアなら良いチームにしてくれるだろ。」

 

「んー、いよいよ卒業が近付いてきたって感じね。少し寂しくなってくるかも。」

 

「お前の場合はイモリ試験が残ってるけどな。忘れてないか?」

 

肘で私の脇腹を突きながら指摘してきた魔理沙へと、ムスッとした顔で応答した。重々承知しているぞ。

 

「勉強はしてるわよ。絶対に良い成績を取ってみせるわ。」

 

「私は無理に拘らなくてもいいと思うんだがなぁ。根を詰めすぎるなよ?」

 

「貴女は他にも『証明の方法』が沢山あるかもしれないけど、私はイモリ試験でしかそれが出来ないの。根を詰めすぎるくらいでやっと土俵に立てるんだから、そういう気持ちでいかないとダメよ。」

 

魔理沙には分かり易い『成果』が山ほどある。学内リーグやクィディッチトーナメントの優勝、ミニ八卦炉の扱い、魅魔さんからの課題の達成。誰がどう見たって『ホグワーツでの生活を全うした』と言えるだろう。彼女のこの七年間での成長っぷりは、一番近くで見てきた私からしても文句の付けようがないくらいだ。

 

でも、私にはそれが無い。だからせめて、分かり易い結果が出せるイモリ試験を頑張らなければならないのだ。親友と自分を比べてちょびっとだけ落ち込んでいる私に、魔理沙が苦笑しながらフォローを寄越してきた。

 

「言わんとすることは何となく分かるけどよ、お前だってきちんと成長してるぞ。この七年間、誰より近くに居た私がそれを保証するぜ。」

 

「……だとしても、伝わらなかったら意味がないわ。」

 

「お前な、もうちょっとリーゼやレミリアを信用すべきだぞ。他の誰かが気付かなかったとしても、あいつらがお前の成長に気付かないはずないだろ。ちゃんと伝わってるさ。だからリーゼはお前を正式な従者に任命したんだろうしな。幻想郷に行った後、レミリアからも何かあるんじゃないか?」

 

「……そうかしら?」

 

だったら嬉しいな。お嬢様方と紅魔館の面々、それと魔理沙が認めてくれるなら私はそれで充分だ。少しだけ気持ちを持ち直したところで、魔理沙が大きく伸びをしながら口を開く。

 

「あーあ、あと一ヶ月半か。短いな。」

 

「そうね、短いわ。何もかもが勿体無く思えてきちゃうかも。」

 

「……そう思えるのを誇るべきなのかもな。惜しめるってことは要するに、何だかんだで良い学生生活だったってことだろ。七年間を満喫したんだよ、私たちは。そういう結論にしとこうぜ。」

 

「多分私たちの知り合いの卒業生はみんな同じ気持ちなんでしょうけど、ホグワーツで良かったわね。大量のトラブルの分を引いてもまだプラスよ。それって結構凄いことなのかも。」

 

ホグワーツ魔法魔術学校には欠点が多いし、非常識だし、複雑だけど……でも、ここを卒業できるのはきっと誇るべきことなのだ。七年生になった今では素直にそう思えるぞ。私の母校は非常識極まる最高の学校だと胸を張って主張できそうだな。

 

よし、卒業したらすぐ祖父母と両親のお墓に報告に行こう。みんな同じ気持ちで卒業したのであれば、私がホグワーツを卒業したことを喜んでくれるはず。そしたらイギリス魔法界へのお別れも済ませないとな。

 

濃いにも程があるような七年間を過ごした学び舎。掘っても掘ってもまだまだ出てくる思い出の数々を懐かしみつつ、サクヤ・ヴェイユは柔らかく微笑むのだった。

 

 

─────

 

 

「うーん、今回の『ご機嫌期間』は随分と続きますねぇ。私としては色々助かりますけど。」

 

キッチンで料理をしながら苦笑しているエマさんの言葉に、アリス・マーガトロイドはこっくり頷いていた。先日早苗ちゃんたちと一緒にハワイ旅行に行ったのだが、その時も機嫌が良いままだったな。守矢神社の二柱がリーゼ様の態度を不気味がって遠慮し始めたほどだ。早苗ちゃんだけはまあ、いつも通りの天真爛漫っぷりだったけど。

 

日本魔法界に纏わる事件が終わり、早苗ちゃんが晴れて期生に上がり、そして咲夜と魔理沙の卒業が一ヶ月後に迫っている五月の下旬。私とエマさんとリーゼ様は人形店のリビングでそれぞれの作業に勤しんでいるところだ。私はダイニングテーブルで人形店の転移のための計算を、エマさんはキッチンで昼食作りを、そしてリーゼ様はソファの上で毎度恒例の腕時計の手入れをしているのである。

 

リーゼ様の『ご機嫌期間』が続いている理由はあの腕時計にあるのだろうし、会話の端々からグリンデルバルドの死に関するある程度の予想は立てられているものの……うーむ、難解だな。リーゼ様は腕時計がまだ動いていることが嬉しいのだろうか? それともグリンデルバルドが『象徴』となる腕時計を贈る相手として、自分を選んだことを喜んでいるのか?

 

まあ、そこはリーゼ様のみぞ知る部分だな。私はそれを根掘り葉掘り聞くほど無粋じゃないし、聞いたとしても多分はぐらかされてしまうだろう。きっとこれは、リーゼ様とグリンデルバルドだけが分かっていればいいことなのだ。

 

内心の疑問にぼんやりした決着を付けつつ、フライパンに油を引いているエマさんへと返事を返す。手元の羊皮紙に複雑な計算を書き込みながらだ。

 

「前にもあったんですか? リーゼ様のああいう状態って。」

 

「ずーっと昔は何度かありましたよ。大旦那様にバートリ家の次期当主として認められた時とか、大奥様に隠密のセンスを褒められた時とか。もちろん『ご機嫌度』や期間に差はありましたけどね。ここまで長続きするのは珍しいと思います。……そういえばアリスちゃん、私たちって人形店ごと幻想郷に行くことになるんですよね?」

 

「そうなりそうですね。……まあ、私の転移魔法が上手くいけばの話ですけど。」

 

あまり自信は無いぞ。こういう細かい計算をやっていて気付いたのだが、私はどうやら必要以上に心配してしまう性格をしているらしい。要するに、思い切りが悪いのだ。パチュリーだったら自分の計算に自信を持って一回で終わらせるような部分を、不安になって何度も何度も見直してしまう。それで全体の作業効率が悪くなっているんだから本末転倒だな。

 

遅々とした作業の速度を思って弱音を吐いた私に、エマさんはフライパンを動かしながら応答してきた。ニンニクの香りがするな。ハーフヴァンパイアがニンニクを使って料理しているというのは、何だか皮肉な光景なのかもしれない。

 

「アリスちゃんなら大丈夫ですよ。そう思ったからこそパチュリーさんも術式を託したんでしょうし。」

 

「パチュリーの保証っていうのは心強いですね。……移住の準備はどうですか? 進んでます?」

 

「私はまあ、そこまで準備することがありませんから。持っていく消耗品なんかをリストアップする程度ですかね。アリスちゃんの方はどうなんですか?」

 

「人形店を残していかないので、私の方もそこまで時間はかからないと思います。人形作りの材料は買い込みましたし、人形そのものも大量に購入しましたから、あとは親しい人たちにお別れを言うくらいです。」

 

私個人の移住の準備に比べれば、人形店と守矢神社用の術式作りの方がよっぽど大変だと言えそうだな。引越しというのは計画の段階ではひどく煩雑な作業に思えるが、実際やってみるとそこまででもないらしい。万一何かをやり残しても、リーゼ様が戻って来られるわけだし。

 

先日リーゼ様が下見をして手に入れてきた、人形店の転移先の詳細な座標。それとダイアゴン横丁の座標を照らし合わせて移動の距離を計算している私へと、鍋から取り出したパスタをフライパンに投入しているエマさんが話を続けてくる。香りからしてペペロンチーノかな?

 

「でも、結局紅魔館とは連絡が付きませんでしたね。備蓄の状況なんかも聞いておきたかったんですけど。」

 

「間違いなく減ってはいるでしょうし、適当にそれらしい物を持ち込めばいいんじゃないですか?」

 

「まあ、そうですね。保存魔法をかければいくらでも持つんですから、多くて困ることはないはずです。減ってそうな物を多めに持っていくことにします。……そろそろお昼ご飯が出来ますよ、お嬢様。」

 

最後にリーゼ様へと呼びかけたエマさんは、フライパンの中にあったパスタを皿に盛ってテーブルに運んできた。転移の計算は食べてから再開しようと羊皮紙をダイニングテーブルから片付けていると、私の対面に座ったリーゼ様がパスタを目にして眉根を寄せる。

 

「ん、ペペロンチーノか。」

 

「はい、そうですよ。たまにはいいでしょう?」

 

「……まあ、いいけどね。食べようか。」

 

んん? 嫌いってほどではないものの、あまり好きじゃないってところかな? そういえばリーゼ様がペペロンチーノを食べている光景は見たことがないな。パスタ自体は苦手ではないはずだが、どちらかと言えばトマトソース系統を好んでいたような記憶があるぞ。

 

もしかすると、エマさんは『ご機嫌期間』の間に普段出せないような料理を作っているのかもしれない。リーゼ様は偏食家ではないけど、同時に嫌いな物は意地でも食べないタイプなのだ。香りが強い物も避けているから使えない食材がいくつかあるだろうし、料理好きのエマさんが物足りなく感じていたというのは有り得そうな話だぞ。この機に乗じてそれを『解消』しようとしているとか?

 

だとすれば見事だな。やっぱりリーゼ様の扱いに関しては、他の誰よりもエマさんが上手だということか。感心しながらフォークに手を伸ばした私を他所に、エマさんがリーゼ様に問いを送った。ちなみにエマさんはあくまで主人のサーブ役に徹する時もあれば、普通に食事を共にする時もあるのだが、今回の昼食では後者を選択したらしい。リーゼ様の隣に座って自分もフォークを手に取っている。

 

「お嬢様はどうですか? 移住の準備、進んでます?」

 

「私はそも準備することが多くないからね。移住先とこっちの橋渡しが私の役割であって、それがほぼ終了した今は特にやることがないよ。」

 

「だけど、近々また幻想郷に行くんですよね?」

 

「それは移住関係じゃなくて、『通常業務』のためさ。神札の補充に行くんだよ。」

 

食事を進めながらエマさんに応じたリーゼ様へと、苦笑いで相槌を打つ。また足りなくなってきたのか。

 

「そっちの作業は移住後も続きそうですね。……ちなみにですけど、二柱への貸しは総額いくらになってるんですか?」

 

「もはや私も書類を確認しないと分からんよ。一言で答えれば『膨大な額』さ。」

 

「……何か、余裕がありますね。」

 

いつもなら二柱への貸しの話をする時は鬱々としているのに、今のリーゼ様はそこまで気負っていない感じだぞ。怪訝に思って尋ねてみれば、黒髪の『金主』はニヤリと笑って応答してきた。

 

「この前紫と『魔法の森』の下見に行った時、魅魔がふらっと姿を現してね。三人でちょっと話をしたんだが、その際前々から考えていた取り引きを持ちかけたんだよ。」

 

「紫さんと魅魔さんですか。随分と物騒な面子ですね。」

 

「移住後の返済が滞ったら、紫と魅魔に債権を分割して売り渡せるように話を通したのさ。あんなぽんこつでも一応は名のある神々だし、二人とも喜んで同意してくれたよ。仮に紫と魅魔に債権を売っ払った場合、そりゃあ二柱から直接取り立てるよりは儲けが減るが……それでも私にとっては莫大な利益だ。特に神札の分がデカい。あれは幻想郷内の価値ではなく、外界での価値で計算することになっているからね。」

 

まあうん、それは確かに『デカい』な。一枚の価値が物凄いことになるはずだぞ。リーゼ様は札を仕入れる際に幻想郷の調停者に色々と渡しているし、幻想郷内においてはそれがある程度の『適正価格』なのかもしれないが、こちら側の価値に換算すると格安よりも安いほどの対価であるはず。『仕入れ値』と『売り値』の差がとんでもないことになりそうだ。

 

とはいえ、今までは『二柱が本当に返せるのか』という点が最大の問題になっていたわけだが……それを紫さんと魅魔さんに債権を売り渡すことで解決しようというわけか。あの二人なら間違いなく『取りっぱぐれ』は起こらないだろうな。たとえ世界が消滅しても取り立てそうだぞ。事実としてそういうことが出来てしまう存在なのだから。

 

つまり、債権そのものを卸して取り立てを『外注』するわけか。悪い金融業者とマフィアの連携プレーみたいな手口だな。恐ろしい取り立て屋たちの存在に顔を引きつらせつつ、リーゼ様に恐る恐る確認を投げる。

 

「それ、諏訪子さんと神奈子さんには話しました?」

 

「言うわけないだろう? 言ったら間違いなく神札の使用を控えるようになるはずだ。……こうなった以上、私としてはどんどん貸しを増やしたいのさ。二柱がきちんと返すなら幻想郷での戦力として干からびるまで使ってやるし、返済が滞るようなら邪悪な大妖怪たちに債権を売ってしまえばいい。分割して売るなら必要な分だけは手元に残せるしね。私は回収におけるセーフティを手に入れたんだよ。ならばどんどん貸し付けるべきだろう?」

 

「……一応聞きますけど、二柱の同意とかって必要ないんですか?」

 

「当然ないね。どれだけ借りるかをあの二柱が決定できるように、貸した分をどう回収するかは私が決められるんだ。積み重なった負債は即ち私が所有している『資産』なんだから、その扱いはこっちの権利さ。幻想郷に到着した後で詳細を伝えることにするよ。……紫や魅魔のような存在に膨大な借りを作るのなんて死ぬより辛い話だし、それこそ死に物狂いで私に返そうとするんじゃないかな。それならそれで万々歳だ。精々扱き使ってやるさ。」

 

うーん、邪悪。ご機嫌期間の理由の大半は腕時計だろうが、今の話も少しは影響していそうだな。……諏訪子さんと神奈子さん、知らずにこのまま借り続けるんだろうな。リーゼ様が黙っていれば気付きようがないし、あの二柱は今後も湯水のように札を使うはずだ。その先に何が待っているかなんて知らないままで。

 

前半はリーゼ様がリードし、中盤は二柱が振り回して、最後は黒髪の金主が逆転勝利ってところか。いやはや、人外の取り引きは複雑怪奇だな。私も契約を結ぶ時は注意しよう。素晴らしい教訓になったぞ。人間の社会が借金に関する法整備に拘るのは、こういう事態を防ぐためなわけだ。

 

そしてもう一つ、『吸血鬼を甘く見るべきではない』。ご機嫌な様子でペペロンチーノを頬張っているリーゼ様を眺めつつ、アリス・マーガトロイドは偉大な戒めを手に入れるのだった。

 


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