Game of Vampire   作:のみみず@白月

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羅針盤

 

 

「全然授業が無いんです。全然!」

 

満面の笑みでリーゼさんとアリスさんに報告しつつ、東風谷早苗は幸せな気分でソフトクリームを頬張っていた。何て楽しいんだろうか、期生って。授業は符学と天文学と植物学、それに符学担当の優しい女性教師である四方山先生のゼミのみ。あとは全部自由時間だ。素晴らしすぎるぞ。

 

六月の中旬に入ったばかりの土曜日、現在の私は東京に出てきてリーゼさんとアリスさんとのショッピングを楽しんでいるところだ。もちろんお二方も一緒だし、買ってもらったソフトクリームは美味しいし、明日は久々に中城先輩とも会えることになっている。絶好調じゃないか。

 

「あとですね、期生は好きに外出できるんです。外出日じゃなくてもですよ? 宿題とかもあんまり無いし、私服で校内を歩いてても怒られないし、放課後の掃除も係の仕事もやらなくていいし……最高です!」

 

真昼の大通りを歩きながら『期生のいいところ』を列挙した私へと、立ち並ぶ店々を横目にしているリーゼさんが応答してきた。

 

「なら、空いた時間で色々なところに行けるね。今度三人で旅行にでも行ったらどうだい? 幻想郷に旅立つ前に、こっちの世界を満喫しておきたまえよ。」

 

「いいんですか?」

 

「勿論だとも。キミが楽しむのが一番さ。見聞を広めるためにもなるしね。」

 

何か、最近のリーゼさんは前にも増して優しいな。ハワイ旅行の時も随分と機嫌が良かったみたいだけど、少し前から更に大らかになっている気がするぞ。……もしかすると、私が凄い力を持っているから見直したとかなのかもしれない。好きな人が凄かったらそりゃあ優しくもなるだろう。

 

どんどん好転していく状況に笑みを浮かべている私を他所に、神奈子様が腑に落ちないような顔付きで会話に参加してきた。ちなみに諏訪子様もどこか疑わしげな表情でチョコソフトを食べており、アリスさんは何故か哀れんでいる感じの面持ちだ。みんなどうしたんだろう?

 

「あー……バートリ? どういうつもりなんだ?」

 

「何がだい?」

 

「いや、何がと言うか……旅行に行ってもいいということか?」

 

「だってキミたちは返すんだろう? それなら何も問題ないよ。別に私が損をするわけじゃないんだから、止める理由なんて一つもないさ。早苗を楽しませてやりたまえ。費用は私が貸そう。海外だろうが国内だろうが構わないぞ。」

 

ほら、やっぱり優しい。リーゼさんの発言を受けて早速国内か国外かを悩み始めたところで、眉根を寄せながらの諏訪子様が話に入ってくる。

 

「……何さ、何企んでるのさ。正直に言いなよ、リーゼちゃん。絶対変じゃん。」

 

「変とは? 意味が分からんね。行きたくないなら行かなければいいじゃないか。早苗、諏訪子は旅行をしたくないみたいだぞ。」

 

「す、諏訪子様? どうしちゃったんですか? 旅行、行きましょうよ。リーゼさんもいいって言ってくれてるんですから。」

 

「いやいや、旅行はしたいけど……アリスちゃん、何か知ってるでしょ? 教えてよ。どういうことなの? これ。」

 

大慌てで介入した私におざなりに応じた後、諏訪子様はアリスさんへと問いを送るが……ううん? アリスさんは常ならぬ微妙な顔付きだな。正に『何とも言えない』という表情じゃないか。

 

「黙秘します。」

 

「純真無垢なアリスに突っかかるのはやめたまえよ、諏訪子。私が寛大になったのがそんなに不満かい?」

 

「不満っていうか、怪しんでるんだけど。……あとさ、リーゼちゃんは『純真無垢』って言葉を辞書で調べ直した方がいいよ。それってアリスちゃんには当て嵌まらない熟語だから。」

 

チョコソフトのコーンの部分を食べながらの諏訪子様が言ったところで、視界の隅にたこ焼き屋さんが映る。甘いソフトクリームを食べた後のたこ焼き。いいじゃないか。

 

「あっちにたこ焼き屋さんがありますよ。食べたくありませんか?」

 

急いで一行に勧めてみれば、真っ先にリーゼさんが同意してきた。凄いぞ。リーゼさんったら、人が……吸血鬼が変わったかのようだ。

 

「いいね、食べようか。」

 

「はい、行きましょう!」

 

「……ちょっと神奈子、これってヤバくない? 神のカンが危険信号を出してるんだけど。リーゼちゃん、絶対何か企んでるじゃん。」

 

「私も同意見だが、具体的な部分がさっぱり分からん。あまりにも不気味だぞ。何を考えているんだ? バートリのやつ。」

 

これっぽっちも不気味じゃないぞ。変な会話をしているお二方を背に、たこ焼き屋さんへと歩み寄る。私は……うん、六個入りにしよう。それなら夕ご飯には影響しないはずだ。高級なお店に行く予定なんだから、『余力』を残しておかないと。

 

「私、六個入りのにします。」

 

「神奈子、適当に買ってきたまえ。私はアリスと分けるよ。」

 

「……分かった、買ってくる。」

 

ソースたっぷりだったらいいな。未だ何かを訝しんでいるような雰囲気の神奈子様が注文するのを眺めていると、アリスさんが思い出したように質問を寄越してきた。

 

「そういえば早苗ちゃん、マホウトコロはもう落ち着いているの?」

 

「マホウトコロですか? 領地の復旧は完全に終わりましたし、いつも通りになってますよ。……まあその、ちょっとだけ暗い雰囲気は残ってますけどね。細川先生が死んじゃいましたから。」

 

ハワイ旅行中のリーゼさん曰く、細川先生は落下する以前に既に『死んでいた』らしい。それに何だかホッとしてしまう自分と、ホッとしていることを咎める自分。内心で鬩ぎ合う二つの感情を自覚しながら答えてみれば、アリスさんはそんな私の考えを読んだかのような柔らかい言葉をかけてくる。

 

「少なくとも、早苗ちゃんは何も悪くないわよ。貴女は完全に巻き込まれた側なんだから。」

 

「……でも、もしかしたら助けられたかもしれませんよね?」

 

「そうね、助けられたかもしれないわ。早苗ちゃんだけじゃなくて私もリーゼ様もそうだし、シラキ校長や諏訪子さんと神奈子さんもそれは同じよ。……だけど、そうはならなかったの。もしもを背負うのはやめておきなさい。キリがなくなっちゃうから。」

 

何だか自分にも言い聞かせているような口調でアドバイスしてきたアリスさんへと、リーゼさんが苦い笑みで声をかけた。

 

「キミが言うと重いね。」

 

「反省するのも、失敗を自覚するのも、後悔するのも悪いことではないと思うんですけどね。限度を決めないと引き摺り込まれちゃいますから。要するに、線引きが重要なんですよ。早苗ちゃんにとっての細川京介の死は明らかに『責任の外側』です。」

 

「……キミにとってのリドルはそうじゃないのかい?」

 

「あれは内側ですよ。もうそうであると決めましたし、その上で気持ちに決着を付けました。……私は失敗したんです。それを否定すればリドルには本当に救いがなくなっちゃいます。だけど私が失敗したんだと思っている限り、あの頃のトム・リドルは確かに存在していたことになりますから。『もしも』はあったんですよ。私たちが知る結末だけがリドルの全てじゃありません。」

 

リドル? 人名なのかな? どことなく真面目な感じの話を聞きながらきょとんと小首を傾げている私を尻目に、リーゼさんがくつくつと優しく笑って相槌を打つ。

 

「キミらしい観念の抱き方だね。『ダンブルドア流』のそれだよ。」

 

「……嫌いですか? こういう決着の付け方は。」

 

「嫌いだし、私の考え方とは違うが、認めざるを得んさ。レミィと私を負かしたのはそれなんだから。……そう、ダンブルドアだ。あのジジイの存在こそが最も大きな違いなんだよ。相柳の思想を知った今ではそう思えるね。」

 

「『違い』?」

 

左腕の腕時計にちらりと視線を送りながら呟いたリーゼさんへと、アリスさんが短く問いを返す。するとたこ焼きの購入を終えた神奈子様が近付いてくるのと同時に、リーゼさんが返答を口にした。

 

「ゲラートは魔法族にとっての『マキャヴェリスト』にはならなかった。相柳は妖怪にとってのそれになったがね。……分かるだろう? ダンブルドアの存在がゲラートを引き止めたのさ。故にゲラートは妄執ではなく、最後まで理念という形を保てたんだ。あの男はダンブルドアが選んだ道に決して同意してはいなかったが、しかし認めることは出来ていたからね。……一つの道だけを脇目も振らず進んでいると、自分の立っている場所がどんどん分からなくなってしまうものさ。だから二つ必要なんだ。ゲラートは遠くに立つダンブルドアを見ることで、自分の進むべき方角を定めていたんだよ。」

 

「迷わないように、ですか。」

 

「ああ、迷わないようにだ。……ゲラートはこの時計を『十六の頃から使っている』と言っていたよ。どこで誰と買った物なんだろうね? きっとそれが答えなのさ。先に進むためには『羅針盤』が必要なんだ。ゲラートはそれを持っていたが、相柳には誰も渡してくれなかった。そういうことなんじゃないかな。」

 

神奈子様からたこ焼きの容器を取り上げて肩を竦めたリーゼさんに対して、諏訪子様が興味深そうな表情で話しかける。私も食べよう。美味しそうだな。

 

「よく分かんないけどさ、リーゼちゃんは相柳の思想に反対ってこと?」

 

「反対ではないし、賛成でもないよ。そして今のところは面白そうな『題目』だとも思わないね。相柳と私じゃ前提が違うのさ。感心はするし、評価もするし、認めもするが、協力しようとは考えない。好きにすればいいってのが一番近いかな。つまり、どうでも良いんだ。」

 

「妖怪っぽくないなぁ。一般的な妖怪なら惹かれる思想だと思うけど。」

 

「そうさ、私は妖怪っぽくないのさ。この百年でそうなっちゃったんだ。である以上、相柳と私は敵にも味方にもならないよ。水と油とかじゃなくて、入っている器がそもそも違うんだから当然のことだろう?」

 

抽象的な説明だな。私にはさっぱり分かんないぞ。ぼんやりした返事を耳にしつつ、たこ焼きに飛びつかずに悩み始めた諏訪子様をらしくないなと観察していると……再び歩き始めたリーゼさんに今度は神奈子様が語りかけた。

 

「相柳は大人しくしているのか?」

 

「紫によれば、しているらしいね。いつまでそんな状況が続くのかは分からんが、とりあえずは鬼たちと地底で『面白おかしく』暮らしているようだよ。」

 

「私はあんな迷惑な存在は封印すべきだと思うがな。」

 

「誰のためにだい? 人間のため? 妖怪のため? それとも神々としての意見か?」

 

たこ焼きを食べながら放たれたリーゼさんの疑問に、神奈子様が小さく鼻を鳴らして回答する。

 

「妖怪以外の全ての存在のためにだ。」

 

「なるほど、それは道理だね。……まあ、紫は封印するつもりはないらしいよ。幻想郷は全てを受け入れるんだそうだ。『受け皿』が取り零してちゃお話にならないってことじゃないか?」

 

「全てを受け入れる? 恐ろしく傲慢な台詞だな。……隙間妖怪はそれが出来るだけの存在だということか。」

 

「さてね、私にもどこまで本気なのかは分からんよ。本当に『全て』を受け入れるつもりだったら、これ以上ないってほどにイカれていると言えそうだ。」

 

やれやれと首を振りつつのリーゼさんが言ったところで、考え事から復帰したらしい諏訪子様が話題を切り替えた。私の容器からたこ焼きを一つ奪いながらだ。取られちゃったぞ。

 

「ま、幻想郷のことはリーゼちゃんが正式に移住してからでいいよ。そうすりゃ得られる情報が増えるだろうしね。……それよりさ、非魔法界対策はどうすんの? 新聞を読むに、正に『産みの苦しみ』って状態なわけだけど。」

 

「どうもしないよ。レミィとゲラートが退場した以上、私もまた関わるのをやめるさ。私はそういう役割だからね。実体が居なくなったら、影もまた消える。当たり前の話だろうが。」

 

「えー? そんなんでいいの? 結構頑張ってたみたいじゃん?」

 

「心配しなくても勝手に騒いでいるじゃないか。非魔法界対策委員会の次の議長の座を誰もが渇望しているだろう? あれは要するに、議長の席にそれだけの価値が付いたということだよ。非魔法界問題は今や各国にとって無視できない存在になったんだ。ならば放っておいても自ずと進むさ。危なっかしいよちよち歩きでね。」

 

ほんの少しだけ寂しそうに応答したリーゼさんは、たこ焼きを一つ口に入れてから言葉を付け足す。

 

「終わったんだよ、私たちのゲームは。混沌の後にあるのは創造というのがお決まりだ。土台は作ってやったんだから、その上に何を建てるのかは未来の魔法族に任せるさ。本来それが目的だったわけだし、ここから先は私が関わるべき部分じゃない。離れた場所から見物させてもらうよ。……こんな見事な土台に下らん掘っ建て小屋を建てるようなら、魔法族はそれまでの存在だったということだ。そうなったらレミィと一緒に戻ってきてド派手にぶっ壊してやるさ。それが妖怪ってものだろう?」

 

皮肉げに口の端を吊り上げながら、妖怪としての宣言をしているリーゼさんだが……『ド派手にぶっ壊す』か。そうなると魔法界は非魔法界対策を頑張らないといけないらしい。怖い怖い吸血鬼が『出来栄え』を見張っているのだから。

 

熱いたこ焼きを口にしてはふはふしつつ、東風谷早苗は未来の魔法界が吸血鬼たちを納得させられますようにと祈るのだった。

 


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