Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ステューピファイ!」
暖炉から出た途端に飛んできた閃光を迎撃しつつ、アリス・マーガトロイドは応じるように呪文を放った。
「エクスペリアームス!」
吹っ飛んでいく死喰い人を横目で見ながら、魔法省のエントランスを見渡すと……ひどい状況だ。美しかったアトリウムは所々が抉れているし、そこら中に倒れ伏した人影が見える。
極めつけは魔法省ご自慢の大噴水だ。ボロボロになったその上には、大きな闇の印が浮かんでいる。明日の予言者新聞の一面はあの写真に違いない。
「アリス! 二階へ!」
フランと共に暖炉から飛び出してきたテッサの声に続いて、気を取り直してエレベーターの方へと駆け出す。先ずはコゼットの確保が最優先だ。彼女の言う通り地下二階に急ごう。
アトリウムを抜けてエレベーターの前に到着するが……ダメだ、壊されているらしい。扉はひしゃげ、その向こうにはシャフトの闇だけが見えている。
後ろから追いついてきたフランが、さらに奥を指差しながら私たちに声をかけた。
「階段で行こうよ!」
「そうね、こっちよ!」
フランの提案に従って階段を駆け上がる。階段にもチラホラと倒れている人の姿があるが……申し訳ないが今は構っている余裕がないのだ。無事であることを祈りながら通り抜けるしかない。
途中何人かの死喰い人を片付けながら地下四階まで上ると、どうやらここは激戦区らしい。派手な音と共に魔法の閃光が行き交っているのが見えてきた。
「突っ切るわよ!」
言い放って、人形を動かしながらそこに飛び込んでいく。上りの階段は通路の向こうだ。迷っている暇などない。
死喰い人たちがこちらに気付いたらしく、標的を私たちに変更してくる。名前が売れるのも考えものだな、まったく!
「人形使いだ! 殺せ! アバダ・ケ──」
「邪魔よ! 上海!」
最も付き合いの長い人形に指示を出すと、相手が呪文を放つ前に、持っていたランスでぶん殴ってノックアウトさせた。なんとも頼りになる子だ。これが片付いたら新しい服を縫ってあげよう。
「インペディメンタ! マーガトロイドさん? 上に行くなら気をつけてください! 二階が一番の激戦区です! ステューピファイ!」
「分かったわ! アーサーも気をつけて!」
廊下で戦っていたアーサーが呪文の合間に警告を発してくれる。少し怪我をしているらしいが……死なないでくれよ。私は悲しむモリーの姿なんて見たくないぞ。
しかし、やはり二階を優先して狙ってきたか。あの階には恨みをダースで買っている、クラウチやムーディがいるのだ。おまけにすぐ上には魔法大臣も居る。そして私たちにとって何より重要なのは、コゼットとアレックスが居ることだ。
走りながら後ろを見ると、テッサは呪文を放ちながらピッタリとついてきているし、フランも適当な死喰い人を『ドッカーン』しながらきちんとついてきている……どうやらまた一人吹っ飛ばしたらしい。ざまあみろだ。
上り階段にたどり着き、そこを再び駆け上がると……どうも二階の入り口を挟んで戦闘を行なっているようだ。上ってくる私たちに気付いた死喰い人が、仮面の仲間たちに警告を発した。
「後ろから来たぞ! ……クソが! 人形使いだ!」
「あら、ご挨拶ね、ウィルクス!」
死喰い人の中核メンバーの一人だ。人形を操って攻撃を防ぎつつ、隣で戦うテッサに声をかける。
「ちょっと多いわね……時間がかかるかも。」
「うん、逆側に回ってみる?」
焦りを抑えながら話していると、フランが割り込んできて言い放った。
「フランが突っ込むから、援護して!」
へ? 言うや否や猛然と突っ込んで行くフランを援護するため、慌てて杖を振り上げた。なんて無茶をするんだ、あの子は! 腕を振り上げながら走る彼女を当然死喰い人たちが攻撃するが、なんとか私とテッサでそれを打ち落としていく。失神呪文や妨害呪文はともかくとして、死の呪文はフランに効くのだ。なるべく人形で受けてやらないといけない。
しかしまあ、何とも言えない光景だ。死の呪文さえどうにかなれば、フランをどうにかするのは至難の業らしい。次々に死喰い人をぶん殴っている。
「何だこのガキは! 殺せ! 死の呪文だ!」
「フランを殺す? 分かってないなぁ、オマエが……コンティニューできないのさ!」
言葉と共に思いっきり殴られたウィルクスが壁に激突して沈黙した。結構苦労させられた死喰い人なのだが……うーむ、首が変な方向に曲がっている。さすがに相手が悪かったようだ。
「何が……騎士団か。」
倒れた死喰い人たちを抜けて二階の入り口に向かってみれば、杖を構えたクラウチが呆然と声をかけてきた。どうやら逆側で戦っていたのは彼らだったらしい。いつも整えられている髪はほつれ、ローブは焼け焦げだらけになっている。この男にとっても厳しい戦いなのは同様か。
さすがにいがみ合っている状況ではないと分かっているのだろう。彼は気を取り直して、いつもの嫌味抜きで状況を説明してくれる。毎回こうなら苦労せずに済んだのに。
「逆側はムーディたちが防いでいる。そっちの援護に向かってくれるか? どうもそっちが本命らしい。」
「分かったわ。こっちは任せたわよ!」
「無論だ。」
短いやり取りを終えて二階の廊下を駆け出す。逆側の階段に通じる角を曲がると、通路を挟んで戦っている闇祓いたちの姿が見えてきた。残念ながら階段は突破されてしまったようだ。
隣を走るテッサが、集団に向かって声を投げかける。
「ムーディ! コゼットは? 無事なの?」
「む? ヴェイユ、マーガトロイド! もちろん無事だ! 非戦闘員と一緒に部屋の中にいるぞ!」
こちらに振り向いて叫ぶムーディは、子供が見たらトラウマになりそうな見た目になっている。鼻は削がれており、おかげで顔中血塗れだ。ズタボロになりながらも一歩も引かず指揮を執っているらしい。
そして戦況は……劣勢だ。こちらに対して、見えているだけでも敵は二倍以上の数がいる。ベラトリックス・レストレンジ、エバン・ロジエール、アントニン・ドロホフ。幹部の中でも有名どころが勢揃いだ。くそったれめ。
「もう一回フランが突っ込む?」
「ダメよ。さすがに数が多過ぎるわ。」
ふんすと鼻を鳴らして突っ込もうとするフランを慌てて止めた。今のフランは力を抑えられているのだ。さすがにあの数から死の呪文を受ければ、ちょっとマズいと思うのだが……どうなんだろう?
吸血鬼が凄まじい再生能力を持つことは知っているが、実際にそれを見たことはない。リーゼ様によれば『四分の一残ればどうにでもなる』らしいが、力を抑えられているフランがどこまでやれるかは未知数なのだ。今試そうとはとてもじゃないが思えない。
悩んでいると、前線で戦っていたアレックスがフランに気付いて声を放った。
「フランドール、『あれ』で天井を崩してくれ! 時間が欲しい!」
「分かったよ! んー……きゅ!」
フランが能力で天井を崩すと、瓦礫で戦場が封鎖された。すぐに退かされるだろうが、確かに時間稼ぎにはなるだろう。魔法省の防護魔法もフランの能力には通用しなかったようだ。
生じた時間で闇祓いたちが治療をしているのを尻目に、ムーディが珍しく焦った様子でこちらに近付いてくる。ここまで緊張した彼の顔を見るのは初めてかもしれない。
「この場所が突破されるのは時間の問題だ。非戦闘員たちを向こうの階段から逃がせんか?」
「さっき突破してきた時に粗方片付けたけど……他の階でも戦闘中なのよ? かなりの数が入り込んできてるみたいだし、危険すぎるわ。」
「それでも、ここに置いておくよりはマシだろう。部隊を分けて護衛に回す。残った者は……決死隊としてここで連中を食い止める。向こうにはクラウチも居るんだろう? あいつでも多少は役に立つはずだ。」
やむを得ないかもしれない。ここに残っていては時間の問題なのだ。頷いてから口を開く。
「分かったわ。当然、私は残らせてもらうわよ?」
「私も残るよ、アラスター。どうせあんたも残る気なんでしょ?」
私とテッサがニヤリと笑って言うと、ムーディも珍しく笑って頷いた。
「どうやらヤツらに目にもの見せられそうだな? ぇえ?」
決まりだ。話を聞いていた闇祓いの一人が頷いて非戦闘員を誘導しに向かう。それを見ながらバリケードを魔法で補強していると、フランが両手をぎゅっと握って話しかけてきた。
「フランも残る! アイツらをやっつけるよ!」
「フラン、貴女はコゼットたちを守ってあげて。これはとっても大事な役目なのよ? できる?」
「コゼットを……分かった! 絶対絶対守ってみせる!」
フランはここでは最高の戦力だ。コゼットの守りに向かわせるべきだろう。私がフランを説得するのと同様に、隣ではテッサがアレックスを説得している。
「でも、お義母さんを放って行くなんて出来ません!」
「貴方はコゼットを守るのよ。他の何よりもそれを優先するの。結婚の挨拶に来た時に誓ったでしょ?」
「それは……分かりました。でも、僕はコゼットに怒られるのは嫌ですからね? 絶対に生きて戻ってくださいよ?」
「私を誰だと思ってんのよ。あんたみたいなひよっこが心配する必要なんてないの。コゼットは任せたからね?」
真剣な表情でアレックスが頷いたところで、数人の非戦闘員と共にコゼットが出てきた。かなり辛そうな表情だ。
「お母さん! アリスさんも! それに……フラン? 何でフランがここに?」
大きなお腹を抱えながら、苦しそうな表情で問いかけてくる。怪我はないようだし、まさか産気づいているのか? 色々と聞きたいが、残念なことに時間がない。急いでここから離れさせなければいけないのだ。
焦る内心を何とか隠して、説明のために口を開く。
「コゼット、貴女は下に逃げなさい。フランとアレックスも一緒だから、二人から離れないようにね?」
「でも、アリスさんは? それにお母さんも。一緒じゃないんですか?」
不安そうに聞いてくるコゼットに、隣のテッサがぎこちない笑顔で語りかけた。ああもう、そんな表情じゃ余計に心配させちゃうぞ。
「私とアリスはここで足止めをするの。心配しなくても、一人も通さないから大丈夫よ。」
「そんなのダメだよ! 敵は凄い数なんでしょう?」
どうやら懸念が当たったようで、コゼットは涙目で私とテッサに縋り付いてきた。そんな彼女をテッサがやんわりと引き離し、目を合わせてゆっくりと語りかける。
「あんたが心配すべきなのは赤ちゃんのことでしょ? それに、私とアリスがめちゃくちゃ強いのは知ってるでしょうに。死ぬ気なんかないわよ。……約束するわ。」
じっと覗き込むテッサの視線に、コゼットは一度自分のお腹を見下ろして、泣きそうになりながらもしっかりと頷いた。
「わ、わかった。絶対死なないでね。絶対だよ?」
「うん、約束するよ。」
テッサと抱きしめ合った後、コゼットは私に向き直って抱きついてきた。ぎゅっと抱きしめてから、きちんと目を見て話しかける。
「大丈夫よ、コゼット。テッサは私が守るわ。」
「アリスさんも無事で帰ってきてくださいね? お願いですから……。」
「ほら、泣かないの。かわいい顔が台無しじゃない。」
涙を拭いてやってからチラリとアレックスを見ると、彼はしっかりと頷いてくれた。これなら大丈夫だろう。後は連中をここに釘付けにすればいい。
数人の闇祓いたちに守られながら、非戦闘員たちは急いで逆側の階段へと向かっていく。最後にもう一度振り返ったコゼットとフランにしっかりと頷いてから、瓦礫を破壊する音がしている背後へと向き直る。
「よし! お互いに守り合え! 足止めと言ったが、全員やってしまっても構わんからな!」
ムーディの気合のこもった号令に、残った闇祓いたちが杖を高く上げる。誰一人として怯えている様子はない。どうやらベテランたちが志願して残ったようだ。
私とテッサも一度顔を見合わせて頷き合い、ゆっくりと杖を構えてその時を待つ。そして残った僅かな瓦礫が……爆破魔法で吹き飛んだ! それを開戦の合図として、両陣営から閃光が発射される。
「アリス! 防御任せるから!」
テッサの声に従って、七体の人形を全て防御に振り分ける。彼女たちが閃光を防いでいる間に、私も杖を振るって呪文を飛ばす。
「人形使いがいるよ! 狙いな!」
耳障りな声と共に攻撃の圧力が増した。ボサボサ髪のイカれ女、ベラトリックスだ。人形だけでは間に合わないそれに杖を振るって対処しつつ、忌々しい馬鹿女に声をかける。
「あら、ベラトリックス! 貴女のご主人様は来てないの? こんな日にまでお留守番だなんて、お外が怖くて出られないのかしら?」
「黙りな、人形使い! その皮をひっぺがして人形に作り変えてやるよ! そうなりゃお前も本望だろうさ! アバダ・ケダブラ!」
「あら、気を遣わせちゃって悪いわね。でも結構よ。貴女は裁縫が苦手そうだしね。」
虚勢を張ってはみたが、中々にキツイ戦いだ。闇祓いたちも奮戦してはいるが、あまりにも数が違いすぎる。しばらく呪文を防ぐのに必死だったが、戦場に響いた声で状況が変わり出した。
「そぉら! 油断大敵! どうした? こんなもんか? 何とか言ってみたらどうだ!」
ムーディだ。言葉の合間に無言呪文を撃ちまくっているムーディが、バリケードを越えて前線に飛び出したことで状況が動く。物凄い量の攻撃が彼に集中することで、余裕ができた他の味方たちが攻撃に転じたのだ。
「上海、蓬莱!」
私も古参の人形二体を敵陣に突っ込ませる。あの子たちはある程度自己判断で動けるはずだ。残った五体のうち二体をムーディの援護に向かわせ、最後の三体で周囲の味方を守りながら杖を振る。複雑な操作に頭がパンクしそうだが、そのために必死で練習したのだ。集中すればいけるはずだぞ、アリス。
杖を振ってムーディを援護しようとしたところで……マズい、ロジエールがムーディを無視して爆破呪文をバリケードに連射し始めた。闇祓いたちと共に必死で防ぐが、すり抜けてきた一発がバリケードに命中してしまう。
「くっ……。」
生じた衝撃で倒れ込む。舌打ちと共に急いで立ち上がると、隙を突かれたムーディに呪文が直撃するのが見えてしまった。これは……覚悟を決めたほうがいいかもしれない。
私が忍び寄る死の気配を感じるのと同時に、好機とばかりに突撃してきた人狼が闇祓いたちに襲いかかった。グレイバックだ。何発か呪文が当たっているようだが……ダメだ、構わず突っ込んでくる。
「くそ、ヤツを──」
「私がやる!」
「待て、ルーファス! 無茶だ!」
闇祓いたちの声がするのと同時に、猛然と走り出した一人の闇祓いがグレイバッグに覆い被さった。そのまま足元に爆破呪文を放って、自分ごと階下へと落ちていく。
彼の自己犠牲で何とか崩れずに済んだが、それでも状況は頗る不利だ。テッサを探して辺りを見回すと……ベラトリックスとドロホフを一人で相手取っている。急いで援護しなければ!
「ヴェイユ! さっさと死んだらどうだ! アバダ・ケタブラ!」
「おっと、ハズレ。衰えたんじゃない? ドロホフ。まあ、元からか。杖の振り方にクセがあるって、ちゃんと教えたはずなんだけどね。」
「黙れ! いつまでも教師ヅラをしていられると思うなよ!」
テッサの口調とは裏腹に、その表情にはあまり余裕がないように見える。慌てて人形へと繋がる魔力の糸を手繰るが……数体から反応が返ってこない。さすがに呪文を受けすぎたようで、何体かはやられてしまったようだ。
それなら自分でやればいい。テッサを援護するために呪文を放とうとした瞬間、死喰い人の背後から膨大な量の紅い光弾が湧き出した。紅い洪水のようで目がチカチカする。まるで意思を持つかのように飛び回るそれは、死喰い人だけに的確に襲いかかっていく。
何が起こったのかと発生源を見てみれば……ああ、どうやら助かったようだ。向こうの階段から歩いて来ているのは、レミリア・スカーレットその人だった。
「いい夜ね、死喰い人の皆さん。今夜はアズカバンが盛り上がるわよ? 貴方たちも旧友に会いたいでしょう?」
嘲るように言い放ったレミリアさんは、私ですらゾクゾクするような威圧感を放ちながら、まるで臣下の間を歩くかのような堂々とした様子で死喰い人の間を歩いている。
必死に攻撃する死喰い人たちの呪文は彼女に当たることはなく、空中で紅い光弾に迎撃されていく。あまりにも頼もしいその姿に力が抜けて、思わず笑みが──
「アリス!」
「……え?」
それがいけなかった。まるで全てがスローモーションのように進んでいく。紅い光弾に撃ち抜かれる瞬間、必死の表情で私に呪文を放ってくるベラトリックスとドロホフ。そして一つを迎撃しながら私を突き飛ばすテッサ。引き伸ばされたような時間の中で、緑の閃光が彼女を貫くのが見えた。
「テッ、サ?」
私に覆い被さるように倒れたテッサに、震える手を伸ばす。そんな筈はない、そんな筈はないのだ。何故か身体に力が入らない。テッサを起こさなくちゃいけないのに。
周りの喧騒が遠ざかっていく中、ピクリとも動かないテッサにどうしても触れることができない。大丈夫、大丈夫だ。そんなはずは無いのだから。それなのに、何故か怖くて堪らないのだ。
「ねえ、テッサ?」
自分が呟くのをまるで他人事のように聞きながら、アリス・マーガトロイドは自分の世界が歪むのを感じていた。