Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ヴェイユを継ぐ者

 

 

「いいかしら? 野菜を先に入れるのがコツよ。後で入れると味が馴染まないから、この段階でもう入れちゃうの。」

 

二人とも真剣そのものじゃないか。モリーから秘伝のレシピを教えてもらっている咲夜を横目にしつつ、霧雨魔理沙はジニーと一緒に洗い物を進めていた。しかし、料理ってのは本当に大変な作業だな。そう思ってしまうあたり、料理は魔法史と同じく私の苦手分野に分類すべき物事のようだ。

 

移住が目前に迫ってきた、八月中旬の夕刻。私たちは隠れ穴で開かれる夕食会の準備を手伝っているのだ。そこで咲夜がモリーに料理を教わりたいと口にしたため、張り切ったモリーがずっと銀髪ちゃんにレシピを『伝授』しているのである。

 

モリーはこの機にあらん限りのレシピを教えるつもりらしいし、この分だと凄い量の料理が出来ちゃいそうだなと苦笑している私に、洗い物を終わらせたジニーが手を拭きつつ話しかけてきた。柔らかい笑顔でだ。

 

「ママったら、楽しそうね。サクヤに何か残せるのが嬉しいんだと思うわ。それが料理となれば一入でしょ。」

 

「そういうもんか。」

 

「そういうもんよ。ママにとっては貴女もサクヤも娘みたいなものだからね。自分のレシピを受け継いでくれるのは大歓迎でしょ。フラーと私もいつかは受け継ぐわけだし、料理に関してはサクヤが姉弟子ってところかしら。」

 

微笑みながらキッチンを離れたジニーを追って、私も手を拭いてからテーブルに移動する。また少し経ったら洗い物が出るだろうから、そしたら手伝いを再開しよう。今は咲夜とモリーを料理に集中させてやらなければ。

 

「何か良いな、そういうのって。離れても料理する度に思い出せるだろうしさ。」

 

「ん、そうね。……私とルーナのことは新聞とクィブラー経由で思い出してよ。バンバン記事を出してみせるから。」

 

「思い出すまでもなく、そもそも忘れないだろうけどな。……ルーナはもうちょっとしたら来るんだろ? 双子は?」

 

「今日は早めに店を閉めるって言ってたから、もう来る頃じゃないかしら? ビルとフラーも遠くないうちに来るはずよ。パーシーとハリーとロンもそろそろ仕事が終わるでしょうしね。」

 

今日は一般的には休日なわけだが、最近のパーシーは非魔法界対策部署の仕事が忙しくて休日出勤を余儀なくされているらしい。そしてハリーとロンは十月に長期休暇を取る予定だから、進んで土日の当番を引き受けているようだ。

 

ちなみにハーマイオニーは既に到着していて庭を散歩しながらリーゼと話しており、アーサー、シリウス、ルーピン夫妻は別のテーブルでアリスと語り合っている。小さなテディは散歩組について行ったのか? 姿が見えないな。

 

「チャーリーも来てくれるんだろ? 何か悪いな。イギリスの外で仕事してるのに。」

 

未だ『やんちゃ期間』に突入する気配のない、至極大人しい性格のおチビちゃんを探してリビングを見回しつつ投げた問いに、ジニーは肩を竦めて応じてきた。あるいは上階に探検に行ったのかもしれない。双子が置いていった悪戯グッズとかに触ってなきゃいいんだが。子供ってのは常に視界に入っていないと何だか不安になってくるぞ。

 

「意地でも来るべきなのよ。特にアリスさんには子供の頃からお世話になってるんだから、挨拶くらいしないとでしょ。本人も『絶対行く』って手紙で送ってきたしね。」

 

「まあ、引っ越す前に顔を見られるのは嬉しいぜ。……そういえばよ、ハリーとロンがドラコも連れてくるつもりらしいぞ。」

 

「マルフォイを? ……そうね、貴女はトーナメントで一緒に戦ったんだしね。今朝出勤する時にひょっとするとロバーズ局長も呼ぶかもって言ってたし、予想以上の人数になりそうだわ。」

 

そんなことを喋っている間にも、暖炉に緑の炎と共に人影が出現する。キリッとした感じの老魔女だ。続いて落ち着いた雰囲気の背の高い男性も現れているが……うーん? どっちも見たことがあるような気がするぞ。

 

アーサーやアリスが迎えているのを眺めていると、ジニーが誰なのかを説明してきた。

 

「バンスさんとシャックルボルトさんね。」

 

「あー、元騎士団の。アリスの知り合いってことか。」

 

「特に親しい人は招いたらしいわ。……アリスさんの場合、顔が広いから際限なく招くと無茶苦茶になっちゃうでしょうしね。」

 

それはそうだな。イギリス魔法界の知人友人の多さでは、私たち『人形店組』の中でアリスが一番だろう。聞こえてくる会話によれば、ハリーとロンも間も無く帰ってくるらしい。ドラコと局長どのもその時一緒に来るようだ。

 

「まだ他にも沢山来るだろうし、賑やかになりそうだな。」

 

「『お別れパーティー』的な集まりなんだから、そのくらいでなくっちゃね。……サクヤと二人でちゃんと帰ってきてよ? でなきゃ既にボロ泣きしてるとこなんだから。」

 

「私の記憶が確かなら、その確認は晴れて十回目だぜ。……安心しろよ、帰ってくるって。絶対だ。約束する。」

 

「ならいいんだけど。」

 

ちょびっとだけ寂しそうにぷいとそっぽを向いたジニーを見て、何だか温かな気分になったところで……わお、テディ。悪戯小僧たちの『置き土産』に手を出しちまったのか。顔面に緑色のジェルがべったり付いているエドワード・ルーピンどのが階段を下りてきた。

 

「テディ、こっち来い。取ってやるから。」

 

「あのね、クラッカーを見つけたの。だから紐を引いたら、そしたらボンッてなって、それで……びっくりした。」

 

「そりゃあびっくりしただろうさ。多分『粘着クラッカー』だろ。目を瞑ってろよ? 呪文で取るから。」

 

「うん。」

 

杖を抜いて専用の『剥がし呪文』を使ってやると、テディの顔からジェルがボタボタと落ちていく。ついでにジニーがタオルで頭と顔を拭いてやれば、粘着ジェルから解放されたおチビちゃんは礼儀正しくお礼を言ってきた。

 

「取れた。ありがとう。」

 

「はいよ、どういたしまして。……二階の物には迂闊に触らない方がいいぞ。双子の兄ちゃんたちが『危険じゃないが、安全でもない物』を置きっぱなしにしてるからな。」

 

「……なぞなぞ?」

 

「みたいなもんだ。チャレンジするのはもうちょっと大きくなってからにしとけ。」

 

ポンポンと頭を撫でながら忠告してやると、テディは素直に頷いて母親の方へと戻っていく。うーむ、歳の割に滑らかに喋る子だと思ってしまうのは、『身内』の贔屓目なんだろうか? 小さな背中を見送りつつ考えている私に、ジニーがからかうような笑みで言葉を寄越してきた。

 

「マリサって、子供の扱いが得意よね。良い母親になれそうって感じ。」

 

「そうか? あんまり子供と接した経験はないんだけどな。……まあ、母親になるのは多分お前の方が先だろ。楽しみにさせてもらうぜ。」

 

「私は厳しくしちゃうだろうから、代わりに甘やかしてあげて頂戴。」

 

「いいぜ、甘やかしてやるさ。『たまに家に来る優しいお姉さん』を目指すとするか。」

 

ちょっとズルいかもだけど、悪くない立ち位置だぜ。やっぱり友人の子供には嫌われたくないしな。シリウスのハリーやテディに対する気持ちが少し分かってきたぞ。お土産を欠かさないように気を付けよう。

 

一度離れるが、繋がりは消えないし、また戻ってくる。そのことを改めて心に刻みつつ、霧雨魔理沙はジニーとのお喋りを楽しむのだった。

 

 

─────

 

 

「んー、『綺麗になった感』があんまり無いね。元々綺麗だったから仕方ないけど。」

 

両親と祖父母のお墓を前に苦笑しながら、サクヤ・ヴェイユは大きく伸びをしていた。この墓地に来るといつも思うけど、管理人さんが随分としっかりしている人みたいだな。綺麗に剪定された墓地を囲む生垣からはラベンダーやアスターが顔を覗かせていて、各所にバラも植えられている。放っておいたらあれだけ見事には咲かないだろうし、きちんと管理してくれているのだろう。

 

八月三十日の昼、現在の私はアリスと二人でお母さんたちのお墓を訪れているのだ。手作業での丹念な掃除を終えて、今まさに仕上げとして花を供えたところなのだが……ぬう、やっぱりそんなに変わっていないな。来た時も汚れ一つない真っ白なお墓だったぞ。

 

そのことに腕を組んで唸っていると、アリスが私と同じ顔付きで返事を返してきた。つまり、苦笑いでだ。

 

「定期的に誰かが来て、その度に軽く掃除してくれてるからだと思うわ。綺麗なお墓は故人の人格を表しているの。」

 

「……私のお墓はどうなるかな?」

 

「それを心配するのはまだまだ先でいいでしょ。貴女の歳で没後のことを考えるのは気が早すぎるわよ。」

 

まあ、それもそうか。アリスの突っ込みに首肯してから、お墓を見つめてほうと息を吐く。一度も会えていないけど、私は私の両親がどんな人で、どういう風に生きたのかを知っているぞ。アリスが、妹様が、お嬢様方が、ダンブルドア先生が、ブラックさんが、ルーピンさんが、他の色々な人たちがそれを教えてくれたから。

 

だから私は自分の両親を誇れるし、祖父母を誇れるし、ヴェイユの名を誇れる。……なら、後は誇れる自分になるだけだ。イギリスを離れて幻想郷に行った後も、この墓に背かないように生きてみせますと心の中で誓っていると、アリスが困ったような笑顔で語りかけてきた。

 

「貴女、また何か気負ってない? そんな顔になってるわよ?」

 

「……相応しい娘になりますって誓っただけだよ。悪いことじゃないでしょ?」

 

「それはまあ、悪いことではないけど……何て言えばいいのかしら? 難しいわね。」

 

お婆ちゃんのお墓を見ながら悩んでいたアリスは、ピンと人差し指を立てて『アドバイス』を口にする。

 

「前にも同じような話をしたけど、コゼットとアレックスは貴女が貴女らしくあることを望むと思うわよ? 『相応しく』に囚われすぎない方がいいんじゃない?」

 

「でも、私らしくって?」

 

「それは貴女だけが決められることよ。要するにまあ、無理するなって言いたいの。……本当に貴女は魔理沙と対照的ね。良いコンビだわ。互いに相手が必要とするものを持っているわけ。」

 

「えぇ? 何でそこで魔理沙が出てくるの?」

 

よく分からないぞ。目をパチクリさせている私に、アリスはクスクス微笑みながら曖昧な話を曖昧に締めてきた。

 

「貴女が良い友達を持って、テッサたちは安心してるだろうなって再確認していたの。……何にせよ、そんなに気にしなくても大丈夫なんじゃないかしら? 貴女は自分らしさを魔理沙から学べるし、魔理沙もまた同じものを貴女から学べるはずだわ。今の貴女は素晴らしい『鏡』を持っている。昔の私がそれを持っていたみたいにね。だったら心配しなくても平気よ。」

 

「……内容はぼんやりとしか伝わってこなかったけど、アリスにとっての私がまだ『子供』だっていうのはよく分かったよ。」

 

「そういうものなのよ。貴女がどれだけ大きくなっても、私にとっての貴女は『小さな咲夜』のままなの。……別に成長を認めていないってわけじゃないのよ? リーゼ様にとっての私が『娘』のままなのと一緒ね。」

 

むう、いい加減『大人』として扱って欲しいんだけどな。そう思ってしまうのがまだまだ子供だということなのかもしれない。昔の私は今の私くらいの年齢の人を見て、もう大人だから大人っぽい考え方をするんだろうなと子供ながらに想像していたわけだが……まあうん、人は易々とは変われないってことか。たった二十年弱では、子供の頃の私が思う『大人』にはたどり着けないみたいだ。

 

きっと七十年を生きたアリスも、百年以上を生きたパチュリー様も、五百年を生きたお嬢様方もそう感じているんだろうな。『理想像』は自分の先にあるから理想なのであって、そこに追いつくことは中々できないわけか。それが分かっただけでも一つの成長なのかもしれない。

 

嬉しくも残念でもない微妙な『真理』に行き着いた思考を、やれやれと首を振りながらリセットしていると……しゃがみ込んで静かにお婆ちゃんのお墓と向き合っていたアリスが声をかけてきた。今の彼女はひどく儚げで、同時にとても柔らかい表情を浮かべている。アリスにとってのお婆ちゃんがどんな存在なのか。それがひしひしと伝わってくるような面持ちだ。

 

「うん、私はもう大丈夫。まだはっきりと覚えているんだって確認できたから、いつでも幻想郷に旅立てるわ。テッサの顔も、声も、匂いも、彼女が私にかけてくれるであろう台詞もね。」

 

「……アリスはそれを忘れちゃうのが怖いの?」

 

「ええ、怖いわ。それを忘れてしまった時こそが、私とテッサが本当に別れてしまう時なのよ。もう心の中でも親友のことを思い出せなくなっちゃうのが怖いの。……だけど、まだ鮮明に覚えてる。まだ確かに思い出せる。この場所でいつもそれを確認して、いつもホッとしてるわけ。」

 

忘却こそが真の別れか。喪失を乗り越えたアリスらしい言葉だな。……何だか大事なことのような気がするし、しっかりと脳裏に刻んでおこう。完全に忘れ去られてしまった時こそが、その人が本当の意味で『亡くなる』瞬間なわけだ。少し怖くなってくるぞ。私は死んだ後、誰かにこんな風に想ってもらえるんだろうか?

 

『死を思え、故に今を楽しめ』。ずっと昔のまだ私が小さかった頃に、妹様が読んでくれた本にあった一節を思い出すな。彼女はそれがお気に入りの一節なんだって教えてくれたっけ。あの頃は意味が全然分からなかったし、今もまだ完璧には掴めていないけど、ほんの少しだけ理解できたかもしれない。恐らくあれは、受け取る者によって意味が変わる一節なのだ。

 

アリスのように、そして妹様のように受け取れる自分になりたい。そんなことを考えながら四つのお墓を一瞥した後、アリスに向けて口を開く。

 

「私も大丈夫。いつでも行けるよ。」

 

「それじゃ、貴女は先に人形店に戻って頂戴。私はもう一箇所行ってくるから。」

 

「どこに行くの?」

 

「私の両親や祖父母のお墓よ。暫く来られなくなるし、人形店を持って行っちゃうわけなんだから断りを入れておかないとね。」

 

そっか、アリスの家族のお墓か。そりゃあそうだ。そっちにも行っておかないとだろう。言われてみれば当然の行き先を受けて、杖を抜いたアリスに問いを送った。

 

「……それって、私もついて行っちゃダメ?」

 

「咲夜も? もちろん構わないけど、あんまり面白い場所じゃないと思うわよ?」

 

「だって、一人よりは二人の方がいいでしょ? 掃除も手伝えるし、それに……アリスの両親もその方が嬉しいんじゃないかなって。」

 

「……そうね、そう言ってくれるなら一緒に行きましょうか。付添い姿あらわしするから掴まって頂戴。」

 

私の両親がアリスを見てホッとしてくれるほどではないだろうけど、私もほんのちょびっとくらいはアリスの両親をホッとさせることが出来る……はずだ。アリスの促しにこっくり頷いた後、彼女の肘を右手で掴む。

 

「じゃあ、行くわね。」

 

「また来るね。」

 

二人でお墓に一言かけてから、姿あらわしの感覚に身を委ねる。また来るさ。その時ここに立つ私は、幼い頃の私が想像していた『立派な大人』にもう少しだけ近付けているはずだ。いつかの再訪の日を思いつつ、サクヤ・ヴェイユは小さく微笑むのだった。

 


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