Game of Vampire   作:のみみず@白月

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幻想入り

 

 

「いいかい? キミたち。アリスの術式には決して干渉するなよ? あくまでも人形店の保護だけだ。余計なことをして何か壊したら借金に上乗せするからな。」

 

良い方法を考えたじゃないか。人形店の玄関先で面倒くさそうに首肯する二柱を確認しつつ、アンネリーゼ・バートリは小さく鼻を鳴らしていた。まさか『借金神』たちを使うことでコストカットするとはな。基本的に自分の力だけで事を成そうとするパチュリーにはない発想だぞ。

 

八月三十一日の深夜……つまり九月一日のスタートが近付いている現在、私たちは遂に幻想郷への転移を行おうとしているのだ。強力な結界で隔絶されていて、かつ単純な距離的にも恐ろしく遠い日本の隠れ里。そこに人形店を転移させるのは当然ながら至難の業であるわけだが、アリスは何とも彼女らしい妙案を弾き出したのである。

 

平たく言えばまあ、現状で頼ることが出来るあらゆる存在を利用しようというわけだ。日を跨ぐ三分間だけ博麗大結界を緩めてもらえるように紫や藍に頼み、来たる衝撃に備えての人形店の保護を呼びつけた二柱に神力でやらせて、私の妖力を『出力』に上乗せすることでどうにか計算上の成功に漕ぎ着けたのだが……真に驚くべきは、図書館の魔女どのは『独力』でこれを成したという点だな。しかもパチュリーは人形店よりずっと大きい紅魔館を転移させてみせた。実際にやってみるとその異常さを実感するぞ。

 

どうも転移魔法というのは私が思っていたような『便利』な魔法ではなかったらしく、たとえ犬小屋一つだろうと幻想郷に運ぶのは難しいことのようだ。それを一軒家規模でやるのは本物の魔女としても『大事業』であり、巨大な館規模でやるのはもはや『実現不可能』と言っていいレベルの作業らしい。

 

アリス曰く、そうなると普通は魅魔クラスの『常識外れ』な大魔女でなければ不可能なことだが、パチュリーは魔女としての魔法以外に自前の計算能力や蓄えた知識を活用することで術式を補ったんだそうだ。魔術だけに特化した魔女では、『反則級』の壁を突き抜けない限りは絶対に出来ないことなんだとか。

 

あとはまあ、パチュリーに大規模転移の経験があったというのも大きかったのだろう。図書館の時と、ムーンホールドの時。あれだけの質量を二度も転移させていたからこそ、三度目に何をどうすればいいのかが理解できていたのかもしれない。『くっ付いた』時の失敗は無駄ではなかったらしいな。後片付けをした美鈴の苦労は報われたようじゃないか。

 

何にせよ、今回アリスはとても頑張ったということだ。無論紫あたりに任せれば一瞬で事が済むだろうが、それではそこそこの借りを作ることになってしまう。たった三分間結界を緩めてもらう程度なら許容範囲だし、日本から無理やり呼び出した二柱の方は有り余るほどの貸しがあるから遠慮なく扱き使える。これなら最小限のコストで転移に持っていけたと言えるはず。

 

うんうん頷きながらアリスのことを内心で褒めていると、借金神の生意気な方が文句を寄越してきた。つまり、祟り神の方がだ。

 

「これ、めちゃめちゃ難しいんだけど。日本から遥々来て、こんな面倒なことをやらされて、朝になったらとんぼ返りなんでしょ? やる気出ないなぁ。」

 

「そうか、ならキミはやらなくていいよ。アリスの計算によれば、神奈子単独でも人形店の保護は可能なはずだ。出来るかい? 神奈子。」

 

「恐らく出来るぞ。そこまでの衝撃ではないんだろう? 人形店を包むように薄く神力の結界を張る程度なら、札さえあれば私だけでも可能だ。マーガトロイドの計算は間違っていない。」

 

「大いに結構。神奈子に札を渡したまえ、諏訪子。エマがクッキーを作ったから、早苗と一緒にそれを食べて待っていて構わないよ。」

 

肩を竦めて淡々と言ってやれば、諏訪子はひくりと顔を引きつらせて問いを投げてくる。

 

「……その場合、今回の労働は神奈子だけの手柄になるってこと?」

 

「当たり前のことを聞かないでくれたまえよ。神奈子の借金がほんの少しだけ軽くなって、キミは変化ゼロというだけのことさ。それでいいね? 神奈子。」

 

「ああ、問題ない。私はコツコツ返していくつもりだからな。……早く札を寄越せ、役立たず蛙。お前は『あくせく働きたくない』んだろう? だったらクッキーを食べていろ。」

 

「……やっぱ私もやる。何か嫌な予感がするもん。」

 

正解だぞ、厄病神。私は今、債権を売り渡す時は諏訪子のを優先して売ろうと考えているからな。扱い易い方を手元に残すのは至極当然のことであって、となれば紫や魅魔に売り渡すべきは神奈子ではなく諏訪子の『使用権』だろう。奴隷の価値において最も重要な基準が従順さなのは、嘗てのイギリス帝国が証明済みなのだから。

 

この国の教えはいつも役に立つなと感心していると、人形店から外に出てきたアリスが二柱に指示を出す。いよいよ『最終確認テスト』を始めるようだ。

 

「テストの準備が出来たので、神力の結界を張ってみてください。こっちの魔法に干渉しないかを調べます。」

 

「了解した。……バートリ、中に入れ。大妖怪が外に居るか中に居るかでは大分違うはずだ。お前は大きな妖力を持っているからな。」

 

「はいはい、分かったよ。早苗は外に出さなくていいのかい? 本番はあの子もここに居ることになるわけだが。」

 

「札を携帯していない状態の早苗は、神力にも妖力にも魔力にも特に影響を及ぼさない。単純に人間一人分の質量の差だけだ。それが気になるなら呼んできてくれ。」

 

後半をアリスに向けて言い放った神奈子に、作業の責任者たる金髪の魔女は少し悩んだ後……一つ首肯して返事を返した。懐から一体の人形を取り出しながらだ。

 

「一応早苗ちゃんにも出てもらいましょう。人形に呼びに行かせます。」

 

「……アリスちゃん? これってそんなに際どい作業なの? もうちょい余裕を取るべきじゃない?」

 

「全部ギリギリですよ。限界まで努力してそうなんですから、そこはどうしようもありません。……結界は慎重に張ってくださいね。物理的な保護のための魔法を削って術式の補強に魔力を充てたので、諏訪子さんたちが頑張ってくれないと人形店は無防備なんです。計算上は大した衝撃じゃないはずですけど、念のため正確かつ最大の強度でやってください。」

 

「……守矢神社の転移が一気に不安になってきたよ。この店だけでぎりっぎりなら、神社の場合はどうなるのさ。」

 

失敗するかもな。多分四人ともが同じことを思ったはずだが、誰も口には出さずに沈黙が訪れたところで……人形に連れられた『筆頭おバカちゃん』が店から出てくる。のほほんとした顔でクッキーを何枚か手にしているその姿は、筆頭おバカちゃんの名に恥じぬおバカちゃんっぽさだ。

 

「どうしました? 私の力が必要になったんですか?」

 

「そうだよ、早苗。テストをするから外に立っていて欲しいんだ。出来るね?」

 

「はいっ、任せてください! ……えと、立ってるだけでいいんですか? 念じたりしときます? えいって。」

 

「立っているだけで大丈夫さ。決して、絶対に、何一つ念じないでいてくれたまえ。それが重要なんだ。……じゃあ、私たちは中に戻ろうか。」

 

風祝が司る『奇跡』についてをある程度理解した今の私は、早苗の力をぼんやりと把握できているが……とにかくこの子には何もさせないことが肝要なのだ。まさかこんな状況で奇跡が起こるとは思えないが、しかし確実に起こらないとも言い切れない。いつ起こるかが予測できず、何が起こるのかも分からず、どうして起こるかの脈絡もない力。無茶苦茶迷惑だぞ、そんなもん。動く火薬庫じゃないか。

 

頼むから何一つ念じずにぽけーっとクッキーを食べていてくれ。万が一奇跡が起きて、人形店が太平洋のど真ん中とかに転移したら困るのだ。我ながら意味不明な心配だが、この子にかかれば有り得ないことなんて無い。大量の札が近くにあるわけだし、念には念を入れておかねば。

 

誰にも、本人ですら制御できない奇跡。それが物凄く厄介で迷惑なことを改めて認識しつつ、アリスと共に人形店の中に入った。そのまま店内の各所に……恐らく二階にも同様に浮いているのであろう多数の人形たちを横目にしながら、責任者どのへと質問を飛ばす。配置した人形たちに魔力を通すことで、一種の立体的な魔法陣を構築するつもりらしい。

 

「妖力は使うかい?」

 

「いえ、テストの段階ではまだ大丈夫です。本番ではリビングの中心に立って、妖力を分けてもらう必要がありますけどね。……いきます。」

 

言うと、アリスは目を瞑って集中し始めるが……ふむ、私でも感知できるほどの魔力だな。アリスから数体の人形たちに魔力が伝わり、そこから更に別の人形へと伝播していく。処理の分散と魔力の増幅と術式の展開を同時進行で行っているわけか。独創性があるやり方だと興味深い気分で観察している私に、目を開いたアリスが笑顔で頷いてきた。もう終わったらしい。

 

「ん、問題なさそうです。リーゼ様はどうですか? 今の人形店は神力で保護されてる状態なわけですけど。」

 

「楽しい気分ではないが、別段苦とも感じないよ。この程度ならエマも全然平気だろうさ。北アメリカの街中とかの方がよっぽど辛いくらいだ。」

 

「なら、テストは成功ですね。あとは二十分後の本番だけです。」

 

そう宣言すると玄関から出て二柱に成功を伝えに行ったアリスの背を眺めつつ、遂に転移本番かと小さく息を吐く。私は戻ってこられるとはいえ、さすがに緊張してくるな。あと二十分で新たな土地での生活がスタートするわけか。

 

───

 

そしてテストが成功してから十数分後、私たちはいよいよ行われようとしている『本番』の準備に取り掛かっていた。早苗たちとの別れを終えた咲夜と魔理沙とエマは現在二階の所定の位置についていて、アリスは各所に配置した人形の最終チェックを進めており、私は真っ暗な店の外で二柱と予定の確認をしているところだ。

 

「移住後は自由に動き回れるようになるわけだし、キミたちの移住先の土地も近々調べておくよ。十月は大事な予定があるから、九月の連休の時に守矢神社でまた会おう。」

 

「幻想郷のこと、調査しといてよね。特に宗教関係のことを。『競合相手』は事前に把握しておきたいからさ。」

 

「人里のことも可能なら頼む。どんな人間が暮らしていて、何を求め、何を考えているのかを知っておきたい。幻想郷で信仰を得るためには、先ず現地の人間を理解する必要があるからな。」

 

「その辺は後々で平気だろうさ。まだ早苗は一期生だ。備える時間は余るほどあるよ。」

 

「気を付けてくださいね、リーゼさん。何に気を付けるのかはいまいち分かんないですけど、気を付けるべき土地みたいですし。」

 

早苗のふわふわした警告に首肯した後、背中越しに三バカへと手を振りながら人形店の中に戻る。そのまま二階に上がってみれば……うーむ、人形だらけだな。合計すると何体稼働しているんだろうか? そこら中に人形が浮いているリビングの光景が視界に映った。この部屋だけでも軽く三十体は居るぞ。

 

ここまで来ると人形に慣れている私でもちょっと不気味だなと思いつつ、ソファに座っている咲夜と魔理沙とエマに言葉を放つ。

 

「そろそろだぞ。ジッとしていたまえよ?」

 

「おう、分かってるぜ。」

 

「はい、ジッとしておきます。」

 

「何だかドキドキしてきますね。わくわくと不安が七対三くらいです。」

 

素直に応じてきた金銀コンビと、ゆらゆらと落ち着かなさげに身体を揺らしているエマ。三人の返答を受け取りながら、アリスに指定された位置であるリビングルームの中心に立った。左腕の腕時計が示している時刻は十一時五十八分だ。残り二分弱。単純なミスで失敗したら目も当てられないし、ここからは正確に行動しなければ。

 

今頃アリスも一階で配置についているんだろうなと考えつつ、立ったままで時間を待っていると……より正確な秒針付きの懐中時計を持っている咲夜がカウントダウンを開始する。

 

「あと三十秒です。……二十、十九、十八──」

 

私が妖力を目の前の人形に注ぐのは十秒前だ。咲夜のカウントダウンを注意して聞きながら、押し黙っている魔理沙やエマの緊張が伝わってくるのを感じていると、とうとう転移の十秒前に突入した。それと同時に『変換機能付き』の人形へと妖力を注ぎ込む。慣れ親しんだ私の妖力であれば、力の変換があまり得意ではないアリスでも利用できるらしい。

 

「九、八、七、六、五──」

 

指定された量……つまりアリスが制御できる限界の量の妖力を注いだし、これにて私の仕事は終了だ。一定のペースで続く咲夜のカウントダウンを耳にしつつ、来たる衝撃に備えていると──

 

「三、二、一、ゼロ。」

 

咲夜のカウントがゼロにたどり着いた瞬間、視界がガクンと上下した。落ちているような、上昇しているような、どちらともつかない奇妙な衝撃だ。そしてその衝撃を自覚するか否かの後、より大きな揺れが人形店を襲う。こちらはそれとはっきり分かる『着陸』の揺れだな。

 

「……成功、だよな? 少なくとも何も壊れてないみたいだし。」

 

「確認してくるわ。」

 

大きな方の衝撃を最後にしんと静まり返っている人形店を見回しつつ、魔理沙がおずおずと口にした疑問に対して、咲夜が立ち上がりながら応答したかと思えば……時間を止めて確認してきたのか。刹那の後に別の位置にパッと現れた銀髪ちゃんが、私に転移の成功を宣言してきた。

 

「成功したみたいです。二階も一階も無事ですし、アリスも平気そうでした。」

 

「となると、ここは既に『魔法の森』か。外には出ないように気を付けたまえ。有害な胞子が舞っているそうだから。」

 

「咲夜以外は大丈夫だろうけどな。私は魅魔様の薬のお陰で耐性を持ってるし。」

 

魔理沙によれば、彼女は弟子入りした直後に魅魔お手製の薬を飲んだらしい。これだけ成長してもなお胞子への耐性が続く薬か。絶対に何か副作用があるぞと心中で思いながら、窓に歩み寄って遮光カーテンを開けてみれば、見事な原生林の風景が目に入ってくる。この窓から見ると目の前に……つまり人形店の正面から見ると側面に位置する場所に小さな泉もあるし、予定通りの地点に転移できたようだ。

 

うむ、少し周囲の木々を伐採すれば良い感じの空間になりそうだな。この際そこら中に舞っている胞子の存在は無視しよう。吸血鬼的には特に害は無いし、ちょうど良い『防壁』とでも思うことにするさ。

 

窓の外を眺めながら思案していると、隣に立った魔理沙が感慨深そうな顔付きで口を開く。

 

「おー、そっかそっか。こっちはもう朝か。……いやぁ、懐かしい景色だぜ。遂に帰ってきたって気分だ。夏はデカい真っ黒な蜂とか、噛み付いてくるホタルとかが飛んでるから気を付けろよな。」

 

「何だい? それは。幻想郷ってのは虫まで愉快な土地みたいだね。」

 

「幻想郷全体に居るわけじゃないぜ。魔法の森だけだ。この森は胞子の所為でちょっと生態系がおかしくなってるんだよ。人の叫び声みたいな鳴き声を出すセミも居るしな。朝はこの通り静かだけど、昼間になるとうるっさいぞ。」

 

「生態系の異常の原因は間違いなくキミの師匠なんだろうね。……私たちは先ず紅魔館に行くが、キミはどうする?」

 

一応という感じで問いかけてみれば、魔理沙は予想通りの返事を返してきた。

 

「私は荷物を持って、真っ直ぐお師匠様のところに行くぜ。」

 

「まあ、そうだろうね。修行の成果を報告してきたまえ。……やあ、アリス。見事な転移だったよ。」

 

魔理沙に応じたところで部屋に入ってきたアリスに声をかけると、彼女は少し疲れている時の表情で頷いてくる。

 

「何とかなりましたね。片付けは紅魔館に行ってからにしましょうか。……咲夜、胞子を防ぐ魔法をかけるからこっちに来て頂戴。」

 

「うん、分かった。」

 

「エマ、キミは日傘を持っていきたまえ。私の能力があるが、訳の分からん土地なんだから慎重に行動すべきだ。」

 

「はい、取ってきますね。」

 

転移直後に慌ただしい限りだが、咲夜は早くレミリアたちに会いたいだろう。まだ慣れていない土地で『別荘』を留守にするわけだし、念のため強めの妖力の結界でも張っておくかと考えていると、箒とトランクを手にした魔理沙が断りを場に投げた。こっちもこっちで早く魅魔と再会したいようだ。

 

「んじゃ、私は行くぞ。残った荷物はまた後で取りにくるから、それまでの間だけ適当な場所に置いといてくれ。」

 

「気を付けてね、魔理沙。一人で大丈夫?」

 

「へーきだって。ここは私の育った場所なんだからさ。」

 

苦笑しながら咲夜に答えた魔理沙は、私やアリス、日傘を持って戻ってきたエマの言葉も受けた後、小走りで階段を下りていく。修行を終えた弟子の『凱旋』か。魅魔のやつ、素直に迎えるんだろうか? 今回はさすがに褒めてやるべき場面だと思うぞ。

 

捻くれたヤツだからどうなるか分からんなと鼻を鳴らしてから、結界を張りつつ思考を回す。紅魔館に行ったらとりあえずレミリアと情報のすり合わせをしなければ。私は向こうが持っている幻想郷の情報が欲しいし、レミリアの方も魔法界や紫の情報を欲しているだろう。

 

久々に会う幼馴染の顔を思い浮かべながら、アンネリーゼ・バートリは新たな生活の場となる景色を窓越しに見つめるのだった。

 


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