Game of Vampire   作:のみみず@白月

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普通の魔法使い

 

 

「……おし。」

 

入ろう。目の前にある年季の入った木のドアへと、霧雨魔理沙は一度深呼吸をしてから手を伸ばしていた。私が旅立った当時から何一つ変わっていない、魔法の森にある魅魔様の工房。七年前にこの家を出た際もそれなりに緊張していたが、帰ってくる時ってのは更に緊張するな。何て言われるんだろうか?

 

イギリス魔法界での長い修行を終え、幻想郷に帰ってきた直後。私は七年振りに……いやまあ、記憶の中での会話をカウントしなければだが。七年振りに直接師匠と顔を合わせようとしているのだ。魔法の森の奥地にひっそりと佇む、洋風の落ち着いた雰囲気の一軒家。この建物こそが大魔女魅魔様の工房であり、人里の実家を出た後の私が暮らしていた場所なのである。

 

昔は当然ながらノックなんてせずに出入りしていたわけだが、七年振りとなるとそうもいかないだろう。久々の『里帰り』に自分がドキドキしていることを自覚しつつ、コンコンとドアをノックしてみれば……中から声が返ってきた。私にとっては聞き間違えようのない、魅魔様の声だ。

 

「おう、入りな。」

 

「あー……ただいま、魅魔様。」

 

「ああ、よく帰ったね。」

 

んん? 何か、妙に片付いているな。魅魔様はごちゃごちゃしている状態が好きだし、私は片付けがあまり得意ではないので、昔のこの家はそこら中に物が散らばっていたのだが……綺麗すぎるぞ。挨拶しながらドアを抜けると、物が殆ど無い状態のリビングルームが目に入ってくる。ちなみにこの部屋に隣接する形で寝室があり、屋根裏に物を置ける程度のちょっとしたスペースがあって、地下には調合用の小部屋や素材庫なんかがあるという構造だ。魅魔様は一切寝ないため、寝室は昔私が使わせてもらっていた。

 

ダイニングテーブルで紅茶を飲んでいたらしい魅魔様のぶっきらぼうな返事に、どう反応すべきかと玄関に立ったままで逡巡していると、お師匠様の方も何だかやり難そうな表情で話を続けてくる。

 

「まあ、何だ。お前がイギリスで何をしていたのかは、研究の合間にちゃんと見てたよ。……上出来なんじゃないか? 正直言って、杖魔法さえ学べりゃそれで充分だと考えてたんだけどね。まさかここまで色々な経験を積むとは思ってなかった。こうなるとやり過ぎなくらいさ。たった七年の修行としちゃあ望外な成果だ。」

 

「……私、上手くできたってことか?」

 

「ん、上手くやったよ。今まではバカにしてたが、学校ってのも捨てたもんじゃないらしいね。少なくともホグワーツはお前に素晴らしい経験を与えてくれたみたいじゃないか。あの洟垂れ小僧が拘ってた理由が少しだけ、ほんのちょこっとだけ理解できたさ。……一度しか言わないし、今後これを話題に出すのは許さないからね。聞いたらすぐに忘れな。」

 

ぷいとそっぽを向いて謎の前置きを口にした魅魔様は、人差し指でテーブルをカリカリと掻きながら言葉を繋げてきた。ドアを抜けたところに突っ立っている私と目を合わせないままで、ちょっとだけ照れ臭そうにだ。

 

「よくやったね、魔理沙。お前は私の想像を超えた頑張りを見せて、予想を遥かに凌ぐ成果を引っ提げて帰ってきた。さすがにこれは師匠として褒めざるを得ないだろうさ。見事だよ。これ以降、お前は正式な魔女見習いだ。」

 

「……あーっと、これまでは魔女見習いですらなかったってことか?」

 

「当たり前だろう? 調子に乗るんじゃないよ、バカ弟子。他の魔女ならいざ知らず、お前は大魔女魅魔の弟子なんだからね。単なる見習いですらそこそこのものが求められるんだ。魔法を『かじってる程度』じゃ見習いとすら言えないさ。……ま、合格だよ。認めてやる。こっからは本格的な修行のスタートだ。分かったらさっさと座りな。いつまで玄関に突っ立ってるんだい?」

 

「そっか。……うん、嬉しいぜ。」

 

魅魔様が『認める』のなんて滅多にないことだぞ。あらぬ方向に視線を向けたままで語る魅魔様に苦笑しつつ、持っていた荷物を置いて対面の席に腰掛ける。こんなに直接的に褒められたのは初めてだし、慣れないことをしているのが気恥ずかしいのだろう。素直じゃない方なのだ、魅魔様は。

 

「じゃあ、今日からはここに住んで修行ってことだな。」

 

会話の流れ的にそうだろうと思って確認してみれば……おお? 魅魔様は皮肉げに笑いながら応じてきた。いつもの調子を取り戻したらしい。

 

「正しいが、お前が思ってる形とは少し違うね。……この家はお前にやるよ。危ない物なんかは片付けておいたから好きに使いな。」

 

「いやいや、魅魔様はどうするんだよ。」

 

「暫くの間、外界で遊んでこようと思っててね。別にずっと帰らないわけじゃないよ? ちょくちょく帰ってきて、お前への指導はするさ。月に一回か、二ヶ月に一回か。そのくらいのペースで戻ってくるよ。」

 

「それは安心だが……でも、よく分からんぜ。それなら魅魔様の工房のままでいいじゃんか。」

 

私に家を『くれてやる』必要なんて無いはずだぞ。怪訝に思いながら言ってやると、魅魔様は肩を竦めて答えてきた。

 

「ここは端っからお前にやるつもりだったんだよ。とはいえだ、この土地はガキだったお前には危険すぎた。お前自身がある程度成長して、お前に何かあれば放っておかないであろうコウモリ娘たちが近くに越してきて、魔術についてを尋ねられるような私以外の魔女の知り合いが出来た今、もはや私が魔法の森に『常駐』する必要はなくなったってわけさ。」

 

「……ひょっとして、全部計算だったのか? 私だけじゃなく、リーゼたちのことも全部。」

 

「おいおい、それこそまさかだ。お前に外界での修行を提示した時点で、私がこの状況を読んでたとでも? コウモリ娘が気まぐれに『別荘暮らし』を選択して、生活の場所として魔法の森を選ぶことまで? 本気でそんなことがあると思うかい?」

 

思うぞ。魅魔様なら有り得なくはない話だ。彼女は予想するまでもなく、先に『結果』を確認できてしまうのだから。肯定も否定もせずに押し黙っている私を見つめながら、強気な笑みを浮かべていた魅魔様は……ありゃ? その顔を苦笑いに変えてやれやれと首を振ってくる。

 

「『強大な師匠』の夢をぶち壊すようで悪いが、そこまでは本当に予想しちゃいなかったよ。お前の持ち帰ってきた成果が予想外だったように、この状況も意図して作ったものじゃないさ。……つまんないからね、そんなのは。私はお前の成長っぷりを本心から喜ぶことが出来た。それはどうなるかを知らなかったから得られた喜びなんだ。お前の方だって事前に私が結果を知ってたらつまんないだろう? 自分が必死に頑張った結果が『やっぱりか』だったら、面白い気分にはなれないはずだよ。」

 

「まあ、そりゃそうだ。」

 

「そうそう、そりゃそうなのさ。だからいちいち確かめたりはしてないよ。……結末を確認してから映画を観るなんてのはバカがやることなんだ。昔の私はバカだったが、今の私は多少マシになってる。故にこれは、先ず起こってから立てた計画だよ。逆転時計の時みたいに起こる前に立てた計画じゃないさ。」

 

ゆったりと席を立ちながら説明した魅魔様は、奥にあるキッチンの方へと移動してから続きを語ってきた。ちょびっとだけ悪戯げで、かつ見ようによっては柔らかいとも取れる微笑でだ。

 

「とはいえ、お前なら遅かれ早かれこれに近い状況を作り出すとは思ってたよ。……魔理沙、それがお前の長所なんだ。私ですら羨むような、類稀な資質さ。この先魔女になって永い年月を歩んだとしても、お前は決して独りにはならないだろうね。」

 

「独りにならない?」

 

「要するに、『孤独な魔女』はお前には似合わないってことだよ。お前は誰かを頼ることが出来て、誰かに頼られることも出来る。どんどん力を積み上げていくと、いつの間にかそういうことが出来なくなるんだ。……私はもうそれのやり方を忘れちまったよ。我ながら情けない話さ。」

 

「……いまいち意味が分からんぜ。」

 

頼ったり、頼られたりするってのはそんなに難しいことか? かっくり首を傾げながら正直な内心を述べてみれば、魅魔様はキッチンの戸棚からマグカップを出して苦笑する。苦い、苦い笑みだな。

 

「お前はそれでいいんだよ。私がそのやり方をどれだけ頑張っても思い出せないのと違って、お前にとっては意識するまでもない近さにある。そいつが重要なことなんだ。……私は私の『コピー』を育てるつもりなんてないからね。お前にはいつか、私とは決定的に違う魔女になってもらわなくちゃ困るのさ。」

 

「……もしかして、それがベアトリスを弟子にしなかった理由なのか?」

 

「全部じゃないが、理由の一つではあるね。『人間の魔女』は私の若い頃にそっくりだったのさ。偏執的で、孤独で、魔女としての才覚や素質があって、自身の望みを自覚しておらず、何より本質的な意味で他者を理解できていなかった。……お前とは似ても似つかないだろう? お前は柔軟で、人付き合いが得意で、才能が無く、明確な目標を追えていて、根っこの部分で他者を許容できている。まるで違うよ。正反対さ。」

 

手に持った空のマグカップ……おー、子供の頃の私が使っていたやつだ。を私の目の前にカタリと置くと、魅魔様は席に座り直して会話を続けてきた。置いた時は空だったはずのマグカップの中には、いつの間にか紅茶が揺れている。魔法で出したのか? 何一つそれらしい動きがなかったな。

 

「言っておくけどね、だからお前を弟子にしたわけではないよ? 人間の魔女を弟子にしなかった理由と同じく、お前が昔の私と正反対だってのも一つの材料に過ぎないさ。……まあとにかくだ、成長したお前が他者との繋がりを作って、私の『保護』を必要としなくなるってのは予想してた。てっきり帰ってきた後に幻想郷でそれを作るもんだと考えてたから、イギリスで作ったのをそのまま幻想郷に『持ち帰ってくる』のは予想外だったが、別に予定が早まって困ることはない。この機に外界でやり残したことや、やらなきゃいけないことを片付けさせてもらうさ。ベストっちゃベストのタイミングだしね。」

 

「こっちとしては残念だけどな。ここからは付きっ切りで教えてもらえるもんだと思ってたぜ。」

 

「自惚れるんじゃないよ、バカ弟子。お前はまだ私が付きっ切りで教えるほどの段階にはたどり着いちゃいないだろうが。一、二ヶ月に一回の指導で充分なのさ。……それにだ、幻想郷はこっから随分と面白くなるよ。お前は多分巻き込まれるだろうし、その時私が居たら余計な手助けをしちまうかもしれないからね。暫くはそんな具合でやっていくのが正解なんだ。」

 

「魅魔様に『面白くなる』って言われると、かなーり不吉な予感が伝わってくるんだが。」

 

魅魔様がそういう言い方をするってことは、『ほんわか』した楽しげな状況ではないはずだ。ド派手でめちゃくちゃなやつに違いない。顔を引きつらせて呟いた私へと、お師匠様はケラケラ笑って頷いてきた。

 

「よく分かってるじゃないか。長いやつを一つ終わらせた直後で悪いが、そいつがお前の二つ目の修行内容だよ。これから起こるであろう事件を、お前の手でどんどん解決していきな。……いいかい? 紫が育ててる小娘に遅れを取るんじゃないよ? あれはクソ気に食わん小娘だし、間接的に紫に負けるってのも我慢ならないからね。何か起きたらお前が先んじて解決しちまいな。そんでもって遅れてやって来たクソガキに威張り散らしてやるんだ。『おいおい、今更来たのかよ』って。」

 

「イギリスで『巻き込まれまくった』私としては、少しクールダウン期間を挟みたかったんだが。」

 

「はん、そういうのは才能があるヤツがやるべきことだよ。お前はね、魔理沙。走り続けなくちゃならないんだ。他のヤツらが立ち止まって休憩してる間も、せっせと先に進み続けな。私が見た限りお前は紛うことなき凡人だし、魔女としての素質や才能は全然感じないが、代わりに一つだけ抜きん出た『常人としての才能』を持っているだろう? ……努力の天才だよ、お前は。自分で理解してるかい? その程度の素質でこの場所までたどり着けてるってのがそもおかしいんだ。普通なら目指さないし、立ち止まるし、諦める。だけどお前は目指し続けて、歩き続けて、諦めなかった。立派に狂ってるよ。そいつがどれだけ異常なのかを自覚してないってあたりもイカれてるしね。お前は別に『努力が上手い』わけじゃなく、『努力を選び続けられる』才能を持っているのさ。」

 

「……『狂ってる』とまで言われるとは思ってなかったぞ。そんなに才能ないのかよ、私。」

 

そりゃあ満ち溢れているとは思っちゃいないが、ちょっとくらいはあるって言って欲しかったぞ。若干落ち込みながらジト目で抗弁してやれば、魅魔様は至極愉快そうに応じてくる。

 

「こと魔女に関する才能は全く無いね。からっきしだ。それなのにお前はこんなところまで来ちまった。……ゾッとするよ。いつの日かお前に追いつかれた時、悠々と先を進んでいた連中は恐怖するだろうね。何せお前は一段一段を苦労して上がって来たんだ。これまで歩んできた道は余すことなく知り尽くしているし、故にそこから落ちることは絶対にない。たとえお前をまた追い抜いても、今度は後ろが気になって仕方なくなるはずさ。だってお前が絶対に追ってくることを、立ち止まればいつか追い抜かれることを知っちまったんだから。」

 

「けどよ、私のことなんか関係ないだろ。そいつはそいつのペースで上っていけばいいじゃんか。」

 

「分かってないねぇ、先を進んでるといざ追い抜かれた時に弱いんだよ。お前と違って他人の背を見慣れていないのさ。焦って足を踏み外して、それまでは気にも留めてなかった穴に嵌っちまうのがオチだ。……でも、お前はそうはならない。たとえそれが這うような速度でも、ただひたすらに進み続けられるのがお前だからね。真に恐れるべきは速く進めるヤツじゃないんだよ。ずっと進んでいられるヤツなんだ。定命ではない魔女が最終的にたどり着ける場所は、何をどうしたってそっちの方が上なんだから。」

 

『ゴール』が存在しないウサギとカメのレースか。気の遠くなるような話だな。いまいち喜び切れない感じの評価を受け取って、何とも微妙な気分になっていると、紅茶を飲み干した魅魔様が肩を竦めて話を締めてきた。

 

「まあ、まだ分かんなくていいさ。これは何百年か生きた後に実感できる類の話だからね。……さて、それじゃあ早速修行に移ろうか。箒を持って外に出な、バカ弟子。私が外界に出るまでの間に、スペルカードルールの基礎を叩き込んでやるよ。」

 

「……スペルカードルールの練習をすんのか? 魔女とはあんまり関係ない気がするんだが。」

 

「バカ言え、関係盛り沢山だよ。紫にしては良いルールを作ったもんさ。どうせ騒動の時はスペルカードルールが使われるだろうし、今のうちから慣れておかないとね。」

 

「魅魔様がやれって言うならやるけどよ。」

 

うーむ、スペルカードルールか。時差ボケでちょっと眠いが、魅魔様はやる気になっているようだし……それにまあ、久々の師匠手ずからの指導だ。内容なんて何でも嬉しいさ。

 

ブレイジングボルトを手に取って外に出た私へと、魅魔様はニヤリと笑って声をかけてくる。

 

「弾幕は基本的にお前の好きなように作ればいいが、一つだけ注文を出すよ。……派手なのにしな。そうでなきゃ私の弟子に相応しくないからね。」

 

「おう、分かった。派手なのは好きだし、得意だぜ。」

 

「それと、ほら。ホグワーツの卒業祝いだ。」

 

へ? 魅魔様がやけに素っ気無い口調で端的に言った途端、私の頭にほんの少しの重みが載った。何か返事をする前に空へと飛び立ってしまった師匠を眺めつつ、頭に手をやって確認してみると……お洒落な黒の三角帽子だ。白いリボン付きの、実に魔女っぽい帽子。

 

「魅魔様、これ──」

 

「何してるんだい? 早く飛びな。始めるよ。」

 

「……ん、分かった。今行く。」

 

さっきの『褒め言葉』と同じで、言及するのは照れ臭いってことか。貰った帽子を目深に被って表情を隠した後、愛箒に跨って空へと飛び上がる。黒い三角帽子を被って、箒に乗って空を飛び、魔法を使った決闘をするわけだ。何とまあ、幼い頃に思い描いていた魔女の姿そのままだな。

 

でも、まだまだ足りないぜ。沢山のことを知った今の私は、もっともっと先を目指しているのだ。我ながら強欲極まる思考だが、こればっかりはやめられない。ここからも一段一段進み続けよう。だって私はそれが楽しくて仕方がないのだから。

 

嘗ての自分の憧れの姿で空を駆けつつ、霧雨魔理沙はミニ八卦炉を構えるのだった。

 


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