Game of Vampire 作:のみみず@白月
「咲夜!」
おいおい、日陰からはみ出した髪が日光で焦げているぞ。紅魔館の玄関から呼びかけてくるレミリアを見て、アンネリーゼ・バートリはやれやれと苦笑していた。幼馴染の周囲には慌てて影を作っている美鈴や、嬉しそうな顔を隠すためにぷいと横を向いているパチュリー、素直な笑みを浮かべているフランだったり、ぶんぶん両手を振っている小悪魔の姿もある。ついでに妖精メイドたちも勢揃いしているようだ。……何か、増えていないか? 妖精。
幻想郷への転移という大仕事を終えた直後、私たち人形店組は午前中の紅魔館で先行組との再会を果たそうとしているところだ。レミリアの声に応じて駆け寄った……というかまあ、正確に言えば時間を止めて一瞬で近付いた咲夜を横目に、私も玄関に歩み寄りながらパチュリーへと話しかけた。エマとアリスは美鈴と小悪魔に声をかけているらしい。
「やあ、パチェ。久し振りだね。」
「久し振りってほどでもないでしょ。離れ離れになったのはたった数年間だけなんだから。……みんな元気そうじゃない。別に心配はしていなかったけど、無事に移住できたようね。」
「キミね、私たち相手にクールな振りをしたって無意味だろうに。レミィみたいに咲夜とハグしなくていいのかい? 実はそうしたいんだろう?」
「減らず口が健在なのはちょっと残念だわ。改善されていることを期待していたんだけど。」
そっちこそ健在なようじゃないか。互いに鼻を鳴らし合ったところで、今度は咲夜をフランに取られたらしいレミリアが言葉を寄越してくる。久々に目にする吸血鬼らしい笑みでだ。
「咲夜が無事なようで何よりよ。よくやったわね、リーゼ。偉大な私が褒めてあげるわ。」
「キミこそ歴史あるムーンホールド区画を傷付けていないようで何よりだ。もっと偉大な私が褒めてあげよう。……おや? 私との身長差が更に広がっているね。」
「あんたね、数年程度で変わるわけないでしょうが。」
「いいや、一ミリくらい広がっているよ。あるいはキミが縮んだって可能性もあるけどね。……それより、妖精が増えていないか? 明らかに昔より多いぞ。」
エントランスでわーきゃー喧しく騒ぎながら再会を盛り上げている妖精メイドたち。それを指差して問いかけてみれば、美鈴が横から返事を投げてきた。
「何か知らないうちに増えたんですよ。相変わらず仕事はあんまりしてくれませんけど、特に害もないのでそのままにしてるんです。……あー、確かに従姉妹様の方がまたちょびっとだけ高くなってますね。ちょびっとだけですけど。」
「……美鈴? 本気で言ってるの? 気のせいでしょ?」
「いやいや、実際そうですって。私、そういう目測は得意ですもん。……咲夜ちゃん、次は私の番ですよ。成長を確認させてください。」
レミリアの質問に応答した後、美鈴は咲夜の方へと行ってしまうが……本当に伸びていたのか。からかっただけのつもりだったんだけどな。嘘から出た実に少し嬉しい気分になりつつも、愕然とした面持ちのレミリアへと得意げに胸を張っていると、続いて咲夜を美鈴に渡したフランが近寄ってくる。大人気だな、我らが銀髪ちゃんは。
「やっほ、リーゼお姉様。元気そうで安心したよ。お土産、ある?」
「またキミの顔を見られて嬉しいよ、フラン。お土産はもちろん持ってきたさ。ついでにブラックとルーピンからの手紙もね。」
「……ひょっとして、テディの写真も入ってる? 大っきくなってるはずだよね?」
「中身は見ていないが、封筒の厚さからして何枚か入っていると思うよ。」
私の答えを聞いた瞬間、フランは大きく目を見開いたかと思えば……おおっと、また力が強くなっているな。物凄い勢いで私の服のポケットを弄り始めた。制止できないような力でだ。
「どこ? どれ? テディの写真!」
「落ち着きたまえ、預かった手紙はエマが持っているトランクの中だよ。私は持っていな──」
「エマ、写真!」
うーむ、エドワード閣下の成長がそんなに気になるのか。フランが素早くエマの方へと駆けて行ったところで、何故か咲夜を横抱きにしている美鈴が事態を進展させてくる。
「玄関でずっと話してるのもあれですし、とりあえずリビングに移動しましょうよ。……行きますよー、咲夜ちゃん。掴まっててくださいね?」
「め、美鈴さん? 私、一人で歩け──」
美鈴も美鈴でテンションが高くなっているようだな。あれじゃあ掴まりようがないじゃないか。咲夜を捧げ持つような格好で持ち上げた門番どのは、そのままの状態でリビングへと走り始めた。そんな二人に対して、大量の妖精メイドたちがカラフルな紙吹雪を投げかけているが……帰ってきたという実感が湧いてくるぞ。実に紅魔館らしい光景だ。
「ちょっと美鈴! 咲夜を持っていかないでよ!」
「フラン、先にリビングに移動しましょう。魔理沙が撮ってくれた写真も何枚かあるから、それを見ながら色々と教えたいことがあるの。ビルも父親になったのよ?」
「ビルが? 子供は男の子? 女の子? ……エマ、トランクは私が持つよ。何かこれ、結構重いみたいだし。」
「あら、ありがとうございます。補給物資も詰まってるので重くなっちゃったんですよ。」
レミリア、アリス、フラン、エマが会話しつつ歩いていくのを追いかけるように、私とパチュリーと小悪魔もリビングルームへと足を動かす。ちなみに妖精メイドたちは余った紙片で『紙吹雪合戦』を始めたようだ。
「そういえば、少し前に天狗とやり合ったらしいね。キミも参戦したのかい?」
「していないわ。移住直後は神秘が濃すぎて咳が酷かったから、暫くはその薬を作るのに時間を使っていたの。薬を開発し終えた頃には既に戦いが終盤だったし、今更参加するまでもないと思ったのよ。」
「ふぅん? 咳か。」
「この土地だと普通に過ごしているだけで、身体に魔力を取り込みすぎて一種の飽和状態になっちゃうの。それを咳という形で外に放出していたわけね。でもまた呼吸する度に取り込んじゃうから、一時は咳と呼吸を延々繰り返す過呼吸みたいな状態になっていたのよ。……まあ、今はある程度安定しているわ。薬で取り込む量を抑えているし、身体の魔力への親和性を更に上げたから。」
「パチュリーさまったら、また追加の賢者の石を呑んだんですよ? もう人間っぽいのは見た目だけですね。『中身』の方は移住直後よりもずっと人外になってます。」
小悪魔の呆れたような声色での補足を受けて、くつくつと喉を鳴らしながら苦笑いを顔に浮かべた。身体そのものを『改良』することで、より魔女という種族に寄せたわけか。相変わらず進む速度が速いヤツだな。
順調に人間をやめている図書館の魔女どのへと、廊下を進みつつ話を続ける。
「とはいえ、見物くらいはしたんだろう? 幻想郷の戦力はどうだった?」
「少なくとも天狗は侮っていい存在じゃないわね。妖怪らしからぬ階級制度や、整った組織力を持っているわ。事実上その支配下にある河童たちも厄介よ。特殊な技術を保有しているみたいなの。」
「だが、勝ったらしいじゃないか。」
「真っ正面から当たっていたら負けていたわよ。奇襲によって相手を混乱させることが叶ったから、結果として優位な状況下での不可侵条約を結ぶことが出来たけど、二度目があればどうなるか分からないわ。事前に準備できていたレミィの作戦勝ちってわけね。」
ふむ、奇襲による政治的な勝利か。レミリアらしい攻め方をしたなと感心しつつ、到着したリビングのソファに腰掛けた。いやぁ、座り心地が良いな。人形店のソファも悪い物ではないのだが、やはり慣れたソファが一番だぞ。
「なるほどね、天狗は要警戒なわけだ。他の戦力は?」
「先ず、太陽の畑という場所に『反則的な反則級』が居るわ。レミィが取り込んだ現地の妖怪たちが口を揃えて『あの場所に干渉すべきじゃない』と言っていた以上、迂闊に近付くのは避けた方がいいでしょうね。」
「太陽の畑か。魔理沙も昔そんなことを言っていたね。」
「次に、人里は実質的には八雲紫の縄張りよ。大した戦力を持っているようには思えないから、『ルール』によって妖怪の侵攻を防いでいるという状態ね。ここも事前の情報にあった部分だけど、人里の一応の顔役が稗田家だということは確認できたわ。平たく言えば八雲紫の傀儡ってわけ。『人里における権威を持っている名家』といったイメージかしら。」
人里か。遠目に見た限りではそこそこの規模の集落だったし、この幻想郷において人間というのはむしろ政治的な意味合いを持つ存在だ。妖怪としての立場から言うと『資源』に近いな。余裕が出てきたら調査しておくべきかもしれない。
パチュリーの発言に首肯して続きを促したところで、仰々しく咲夜を褒めまくっていたレミリアがこちらに近付いてくる。銀髪ちゃんのイモリ試験の成績を確認したようだ。美鈴はまだ咲夜を褒めちぎっていて、アリスとフランはイギリス魔法界に関する話をしており、小悪魔はエマと一緒に紅茶の準備を進めているらしい。
「素晴らしい成績だったわ。さすが咲夜ね。あんたはちゃんと褒めたの?」
「キミより先に報告を受けた私はきちんと褒めたよ。キミより先にね。……そうそう、紫にボロ負けしたんだって? 今その辺のことを話していたんだ。」
「……あんなもん反則よ。こっちが真面目に駒を動かしてるのに、盤ごと蹴り飛ばされて『はい、全部倒したから私の勝ちね』って言われたようなもんだわ。」
「まあ、想像は付くがね。それが反則級ってもんだろうに。そもそもあんな連中と真面目に向き合った時点で負けなんだよ。」
然もありなんと相槌を打ってやれば、レミリアは斜向かいの一人掛けソファに座って会話を続けてきた。小さくため息を吐きながらだ。
「何にせよ、次に活かすわ。多くをベットしないでの試しの勝負だったわけだし、負けたなりの収穫も結構あったから、これは悪くない方の『敗北』よ。……それより貴女、何で腕時計なんかしてるの? そういうのは趣味じゃないと思ってたんだけど。いつだったか『針の音が隠密の邪魔になる』って言ってたじゃない。」
「心境に変化があったのさ。」
「別にどうでも良いけど、せめてもっとちゃんとしたのを着けなさいよね。何だってそんな安っぽい時計を選んだのよ。」
「いいんだよ、気に入っているんだから。……ああ、そうだ。この前地底の管理者と会ったぞ。古明地さとりとかいう覚妖怪に。厄介そうなヤツだから気を付けたまえ。」
エマが運んできた紅茶を受け取りながら話を逸らしてやると、レミリアは興味深そうな顔付きで食い付いてくる。
「覚妖怪? 確か、読心の妖怪だったわよね? っていうか、何で移住前に地底に行くことになったの?」
「外界での事件で傍迷惑な大妖怪と関わってね。紆余曲折あって今は幻想郷の地底に住んでいるんだが、そいつに会いに行った時に古明地も同席していたんだ。無作法な覗き屋だったよ。」
「……覚妖怪はともかくとして、前提がさっぱり理解できないわ。何よ、『傍迷惑な大妖怪』って。」
「相柳って妖蛇だよ。ある意味では紫以上に事を構えたくない相手さ。」
私のざっくりし過ぎている説明を耳にしたレミリアは、自分が受け取った紅茶を一口飲んでから疲れたように口を開いた。
「……どうやら本格的な情報のすり合わせが必要みたいね。私にとっても、貴女にとっても。」
「そのようだね。……そこはまあ、後でゆっくりやるとしよう。取り急ぎ知っておくべきことはあるかい?」
「急ぎってほどの報告は特にないけど、強いて言うなら……そうね、『次の騒動』に関してかしら。」
「次の騒動? 紫とキミが共謀する『最初の騒動』のことかい? スペルカードルール普及のためのやつ。」
『先行組』の移住前から決定していた予定を再確認してみれば、レミリアは得意げな表情で頷いてくる。
「そう、それ。本当は日差しが強い夏頃にやろうと考えてたんだけどね。折角だから貴女たちの帰還に合わせようと思って待ってたのよ。」
「日差しが何か関係しているのかい?」
「邪魔くさいでしょ? 太陽。だから隠しちゃおうと思ってるの。……死喰い人との決戦の時、私がロンドンでやったことを覚えてる?」
「紅い霧だろう? 私はホグワーツに居たから実際に見てはいないが、そりゃあ覚えてはいるさ。」
ロンドンを包んだ紅い霧。マグル界では『自然による神秘の現象』として記録されているそれを思い出しながら応じた私に、レミリアはニヤリと笑って計画の詳細を語ってきた。
「あれは我ながら最高の景色だったわ。だから、幻想郷の連中にも見せてやろうと考えたのよ。私の妖術とパチェの魔術を組み合わせて、幻想郷中を紅い霧で覆い尽くすの。真昼だろうと日光が届かなくなるほどの濃さでね。」
「……派手だね。」
「でしょう? 準備は既に整ってるし、いつでも始められるわ。……貴女はどうする? 騒ぎに参加したいなら席を用意してあげるけど。首魁たる私の前座くらいの席をね。」
「今回はやめておくよ。『中ボス』は趣味じゃないし、私たちはまだ移住したばかりだからね。キミが起こす異変を見物させてもらうさ。」
苦笑しながら辞退した私へと、レミリアは拍子抜けした感じの返答を寄越してくる。私にとっては時期尚早なのだ。今回は純然たる観客として動かせてもらおう。
「あら、そう? ……ま、いいわ。貴女にも見せてあげる。スカーレットの吸血鬼の流儀ってやつをね。」
「んふふ、楽しみにしておくよ。」
つまり、それが『最初の騒動』の内容になるわけだ。……いやはや、一つ終わったかと思えばまた始まるとはな。望み通りの平穏な生活を得られるかどうかは怪しいところだが、少なくとも退屈とは無縁で過ごせそうじゃないか。新たな土地、新たな生活、新たな騒動。忙しないにも程があるぞ。
まあいい、楽しんでみせるさ。今度は吸血鬼としてだけではなく、様々なことを学んだ私としてゲームに参加してみよう。人間と人外たちが描くゲームに。
新たな生活のことを考えながら、アンネリーゼ・バートリは自分の口元が笑みの形に歪むのを感じるのだった。