Game of Vampire   作:のみみず@白月

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逆転時計

 

 

「我々が足止めする! 走れ!」

 

必死に呪文を防ぐクラウチの怒声を聞きながら、フランドール・スカーレットはコゼットの手をぎゅっと握っていた。

 

この手を離してはいけない。それだけを固く決意しながら、闇祓いたちの先導に従って階段を下っていく。後方からの敵は護衛についてきてくれたクラウチたちが足止めすることになったらしい。

 

背後に気を配りながら階段を下りていくと、地下八階と書かれた扉の先から戦いの音が響いてきた。ここが目的地だったはずなのだが……。

 

「くそっ、アトリウムで戦闘が起こっているらしい。ちょっと待っててくれ、様子を見てくる。」

 

先導していた闇祓いが杖を構えて扉を抜けていくのを見ながら、辺りを警戒しているアレックスに声をかけた。

 

「アトリウムからじゃないと出られないの?」

 

「その通りだよ。防衛のための仕組みだったんだが……今回は裏目に出たね。」

 

余計なことをするもんだ。設計者を見つけたらぶん殴ってやろう。固く誓いながらしばらく待っていると、闇祓いが戻ってきて神妙な顔で口を開いた。いい知らせではなさそうだ。

 

「かなりの激戦になっている。死喰い人どもが退路の確保をしようとしているようだ。この人数を護衛しながら暖炉までたどり着くのは……正直、厳しいかもしれない。」

 

意気消沈する面々を尻目に、闇祓いたちは集まって相談をし始めた。隣のコゼットは……苦しそうだ。そっとお腹をさすると、彼女は辛そうに微笑んだ。

 

「ありがと、フラン。ちょっと楽になったよ。」

 

「本当に? もうちょっとだから頑張って、コゼット。」

 

「うん、大丈夫。大丈夫だから……。」

 

全然大丈夫そうじゃない! どうしよう、どうしよう。フランが突っ込んだらどうにかならないかな? でも、そうすればコゼットから離れることになってしまう。アリスがいれば答えを出してくれるのに、フラン一人じゃどうしたらいいか分からない。

 

泣きそうになるのを堪えながら必死にコゼットを励ましていると、闇祓いたちは方針を決めたようで、全員を集めながら説明してくる。

 

「更に下に移動しよう。危険を冒して無理に突破するよりは、神秘部で隠れているほうが良いはずだ。大丈夫、時間さえ稼げば援軍が来る。」

 

この下の……神秘部? とやらに移動するらしい。コゼットのことを考えればあんまり嬉しくない選択だが、アレックスの顔を見る限りそれが唯一の選択肢のようだ。

 

「アレックス、本当に大丈夫なの? コゼットがすっごい辛そうだよ?」

 

「死喰い人どもは神秘部なんかには興味がないはずだ。目指すのは上の階だろうし、下側は手薄だと思う。大丈夫だ……もう知らせは各所に届いてるだろうし、援軍はすぐに来るよ。そしたら急いで病院に連れて行けばいい。」

 

自分に言い聞かせるように言うアレックスと二人でコゼットを支えながら、更に階段を下っていく。九階の入り口まで着くと、再び先頭の闇祓いが偵察に向かった。

 

フランも耳を澄ませてみるが……うん、音は頭上からしか聞こえてこない。死喰い人たちがこの階にいなければいいが。

 

「よし、静かなもんだ。行こう。」

 

偵察を終えた闇祓いを先頭に九階の廊下を進む。他の階層とは雰囲気が違って、ホグワーツの地下通路のような石造りだ。ゆらゆらと揺れる松明の明かりがなんとも頼りない。

 

頭上からの戦闘の音だけが響く中、ゆっくりと慎重に進んでいく。半分ほども廊下を進んだところで……突然先頭の闇祓いが閃光に貫かれた。敵だ! 一見しただけでは分からないが、少なくともこちらよりは多い。

 

アレックスが私とコゼットの前に出ながら、狼狽える集団に向かって声を放つ。

 

「くそっ! そこのドアへ入るんだ! 闇祓いたちはドアを守れ!」

 

アレックスの声が響く間にも、曲がり角から死喰い人たちが飛び出して来るのが見えてきた。突っ込んで行きたいのを堪えながら、集団に飛んでくる呪文を弾くのに専念する。ヨロヨロと歩くコゼットを放っておくわけにはいかないのだ。

 

なんとか全員がドアに入ったのを確かめて、闇祓いたちに大声で言い放った。

 

「通路を壊すから退いて!」

 

ドアの向こうの天井にある『目』を、右手で思いっきり握り潰す。途端に崩れて瓦礫になったそれは、多少の足止めにはなるだろう。頼むからそうであってくれ。

 

「奥へ行くんだ!」

 

残った闇祓いの声に従って奥へと進んで行くと、円形の部屋にたどり着いた。いくつもの扉がズラリと並んでおり、最後尾の闇祓いがドアを閉めた途端、壁が動いてどのドアから入ってきたかが分からなくなってしまう。

 

「なにこれ?」

 

「神秘部には忌々しい仕掛けが多いんだ。構うもんか、先に進もう。」

 

アレックスに同意するかのように、闇祓いの一人が適当なドアを開けて中へと入って行く。フランたちもそれに続くと……不思議な部屋だ。中央に巨大な石造りのアーチが置かれている。結構な広さの部屋なのに、その他には何も置かれてはいない。

 

「行き止まりか?」

 

アレックスが悲壮な声で呟くが……フランには奥にドアがあるのが見えている。薄暗いせいで気付いていないのだろう。

 

「あっちにドアがあるよ。」

 

フランの声に従って、集団が恐る恐る歩き出す。フランもコゼットの手を引いて歩き出そうとするが、彼女はじっとアーチの方を見て動かない。苦しそうに荒い息を吐きながらも、魅入られたようにアーチの方を見つめている。

 

「コゼット? どうしたの?」

 

「うん……声が聞こえない? 囁くような声。聞いたことがあるような気がするんだけど……。」

 

耳を澄ませてみるが……声なんて聞こえないぞ。そもそもあんなアーチに関わっている暇などないのだ。アレックスもそう思ったようで、コゼットに急かすように声をかけた。

 

「コゼット、今はそんなことどうでもいいだろう? 早く行かないと。」

 

「うん、そうなんだけど……。でも、声が……お母さん?」

 

なおも気になっている様子のコゼットだったが、アレックスと目線でやり取りして強引に引っ張っていくことにする。頼むから不安にさせるようなことを言わないでくれ。今だってフランは泣きそうなのだ。

 

後ろ髪引かれているような彼女の手を引いてドアを抜けると……今度は凄まじく天井が高い部屋だ。ギッシリと部屋に立ち並ぶ棚には、埃っぽいガラス玉のようなものが敷き詰められている。

 

「寒いな、大丈夫か? コゼット。」

 

アレックスが心配そうにコゼットに声をかけるが、コゼットは返事を返さない。妙に思って彼女の方を見てみれば、額に脂汗をかきながら片手をお腹に当てていた。

 

「コ、コゼット? 大丈夫なの?」

 

「うん……ちょっと、きつくなってきたかも……ごめんね、フラン。」

 

「いいから、いいから休んで! ほら、そこの壁際で──」

 

「いたぞ! ステューピファイ!」

 

壁際までコゼットを運ぼうとしたところで、部屋に男の怒声が響き渡った。死喰い人が追いついてきてしまったらしい。

 

「プロテゴ! 逃げろ、逃げるんだ!」

 

闇祓いたちが応戦するが……ダメだ、敵の方が勢いがある。散らばったガラス玉が騒音を立てて砕ける中、集団は混乱しながら四散していった。

 

「インペディメンタ! フランドール、コゼットは動けなさそうか? プロテゴ!」

 

「フランが運ぶ!」

 

コゼットを抱っこして持ち上げる。力を抑えられてたって、これくらいなら何とか持ち上げられるのだ。それを見たアレックスが戦いながら声を放つ。

 

「僕が守るから、あのドアまで走るんだ!」

 

「うん!」

 

なるべく揺らさないように気をつけながら、全力でドアまで走り出す。急げ、急げ。なんとかドアへと飛び込むと、アレックスが続いて飛び込みながらドアを閉める。

 

「よし、コロポータス(くっつけ)! プロテゴ・トタラム、プロテゴ・ホリビリス……。」

 

後ろでアレックスがドアを魔法で補強している音を聞きながら、部屋を見渡せば……この階は変な部屋ばっかりだ。壁には無数の時計が隙間なく並んでおり、中央にはガラス張りの戸棚がポツンと置かれている。中には砂時計を形取ったらしい首飾りが収まっていた。

 

「フランドール、すぐに──」

 

ドアを補強し終わったアレックスが振り向いて何かを言いかけるが、中央の首飾りを見て何故か黙り込んでしまう。コゼットはもう喋るのも辛そうな表情だ。

 

「行こう、アレックス! 逃げないと!」

 

フランの言葉にも反応を示さず、アレックスは黙って首飾りを見つめている。やがて意識が朦朧としているコゼットを見ながら何かを決意したような顔になると、ガラス棚を叩き割って首飾りを取り出した。

 

「何してんのさ! 急がないとコゼットが!」

 

「フランドール、僕の話を聞いてくれ。時間がないから一度しか言えない。だから、絶対に聞き逃さないようにね。」

 

フランの眼を見ながら覚悟を感じる顔で話し出すアレックスに、思わず黙って頷いてしまう。

 

「これから君たちを過去に逃がす。それなら死喰い人も手を出せないだろう。だけど……誰にも連絡を取ってはいけないよ? あまりに大きく歴史を変えてしまえば、君たちは時間の隙間に取り残されることになるんだ。」

 

「ど、どういうこと? フラン、そんなこと言われても分かんないよ!」

 

過去? 時間の隙間? 全然わかんない! それなのにアレックスは真剣な顔のまま、フランに言い聞かせるように説明を続けてくる。

 

「君たちは、そうだな……三時間前に戻ることになる。そしたら、誰とも話さずに、誰にも連絡せずに、真っ直ぐ聖マンゴに向かうんだ。姿あらわしは……無理か。それならアトリウムから煙突飛行をすればいい。」

 

「そうすれば、そうすればコゼットは助かるの?」

 

フランがそう言った瞬間、ドアに何かを叩きつける音が響いた。アレックスはチラリとドアの方向を見ると、フランとコゼットに首飾りをかけながら話を続ける。

 

「その通りだ……うん、やっぱり二人が限界だね。いいかい? フランドール。決して誰にも連絡してはいけないよ? 歴史を歪めるのは途轍もなく危険なことなんだ。それだけは約束してくれ。」

 

「誰にも話さない、誰にも連絡しない。聖マンゴにコゼットを運ぶ。……これでいいの?」

 

「完璧だ。任せたよ、フランドール。」

 

「アレックスは? アレックスはどうするの?」

 

もはやドアは破られる寸前だ。首飾りの砂時計をひっくり返しながら、アレックスは柔らかく微笑んで口を開いた。

 

「コゼット……愛しているよ。フランドール、頼んだぞ! いいか、真っ直ぐ聖マンゴに向かうんだ! 誰にも襲撃があることを話してはいけな──」

 

ドアが破られる音と共に、目の前で叫んでいるアレックスの顔が歪む。まるで物凄いスピードで後ろ向きに飛ばされるような感覚の後、急に現実感が戻ってきた。

 

……静かだ。時計のカチカチという音だけが響く部屋の中は、アレックスが壊したはずのガラス棚がそのまま置いてあるし、ドアも閉じたままになっている。

 

過去? 三時間前にフランは飛んだ? 全然理解が追いつかないが、目の前で荒い吐息を漏らす苦しそうなコゼットを見て、自分のやるべきことを思い出す。

 

誰にも話さず、誰にも連絡しない。泣きそうになりながらも、それだけを心の中で唱えながら部屋を出る。誰にも話さず、誰にも連絡しない。

 

「コゼット、大丈夫だから。大丈夫だから。」

 

もう反応を寄越さなくなったコゼットに呟きながら、彼女を揺らさないように気をつけて歩き出す。ガラス玉の部屋を抜けて、アーチの部屋を抜けた。急げ、急げ。

 

円形の部屋にたどり着くと、集中してどのドアを試したかを見極めながら通路に出るためのドアを探す……これだ!

 

三度目でようやく引き当てたドアに飛び込み、小走りで通路を歩き出した。すれ違ったローブの男がフランを怪訝そうに見てくるが、それを無視して横を通り抜ける。誰にも話してはいけない!

 

階段を駆け上がり、アトリウムへの扉を潜ると……さっきとは違い、アトリウムは美しいままだ。行き交う人々は平和そうに喋っている。襲撃があるぞと叫び出したい気持ちを抑えながら、暖炉に向かってひた歩く。絶対だめだぞ、フラン。アレックスが言っていた通りにするんだ。

 

「フラン、赤ちゃんを……。」

 

急にコゼットが目を開いて話し始めた。その視線は……虚空を見ている。ゾクリと背を伝う感覚に怯えながら、泣くのを必死に我慢して耳元でなるべく優しく声をかけた。

 

「コゼット、もうすぐ病院だよ。大丈夫だから。喋らなくっていいから。」

 

「お願い、フラン。赤ちゃんを、お願い。」

 

「わかってるよ、コゼット。絶対大丈夫だから。」

 

頬を涙が伝う感覚を自覚しつつ、暖炉の横にかかっているフルーパウダーを乱暴に掴み取って投げ入れる。すぐさま緑になった炎に飛び込んで行き先を叫んだ。

 

「聖マンゴ病院!」

 

煙突飛行のぐるぐるした感覚が最高に恨めしい。なるべくコゼットが揺れないようにと全神経を集中させてそれに耐えていると……着いた! 清潔そうな白い壁と、木の椅子が並んだ大きな広間が見えてくる。急いで受付らしき場所に座っている女性に歩み寄り、コゼットがよく見えるように突き出した。

 

「あら? どうしたのかしら?」

 

どうしよう? 話しかけてもいいのだろうか? こんなに苦しそうなんだから見て分からないのか、コイツは! 仕方ない、なるべく少ない単語で伝えよう。イライラしながら短く言葉を放つ。

 

「赤ちゃんが産まれそうなの!」

 

フランの怒声に眼をまん丸にした女性は、フランとコゼットをゆっくり見比べてから、慌てた表情に急変して大声で癒者を呼ぶ。

 

「っ! 誰か! 急いで来て頂戴!」

 

駆けつけてくる癒者たちを見ながら、フランドール・スカーレットはコゼットの無事を必死に願うのだった。

 


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