Game of Vampire 作:のみみず@白月
「整理しましょう。」
紅魔館の執務室にレミリアの苛立ったような声が響くのを、アンネリーゼ・バートリは瞑目して聞いていた。
予言者新聞が名付けた『悪夢のハロウィン』からは二日が経過している。不眠不休で事態の収拾に動いてたレミリアと、ようやく話せる時間ができたのだ。
部屋には他にもパチュリーと美鈴がいるが、二人とも神妙な顔で押し黙っている。重苦しい空気が漂う中、レミリアの声だけが静かなリビングに響く。
「まず、魔法省とホグワーツに襲撃があった。魔法省は死喰い人、ホグワーツには多種族の連合軍ね。」
その通りだ。報せを受けた私たちは、虚報に気付いてパリから戻ってきたレミリアを魔法省に、ホグワーツにはパチュリーと私、それに美鈴を振り分けた。魔法省には戦闘員がそもそも居るだろうし、ホグワーツにはダンブルドアが居なかった。戦力の割り振りとしては悪くなかったはずだ。
結果としてホグワーツの戦いは殆ど被害なく終わった。戦闘どころか、一方的な蹂躙が行われただけだ。生徒を避難させていた教師たちが拍子抜けしていたほどだった。私と美鈴はともかくとして、パチュリーに野戦を挑むのは無謀だったらしい。大規模魔法は彼女の得意分野なのだから。
私が瞑目したまま頷いたのを見たのだろう、レミリアが話を続ける。
「そして、そのどちらもが陽動だった。本命はポッター家とロングボトム家への襲撃ね。リドルは随分と予言を重く見たらしいわ。」
ここが二番目にイラついてる点だ。つまり、吸血鬼が雁首揃えて見事に引っかけられたということである。ポッター家はシリウス・ブラックの裏切りで、ロングボトム家は守人に服従の呪文を使って、それぞれ忠誠の術を破ったらしい。
騎士団の見張りは当然ながら魔法省に駆けつけていた。まあ……無理もあるまい。あんな大規模な襲撃を陽動だと誰が思う? くそったれのトカゲ野郎は、私たちよりもなお予言を重く見たようだ。
しかし、ここでどうやらリドルにも予想外の事が起きた。昨日聞いた話を思わず呟く。
「結果としてポッター夫妻は死亡。でもその後……リドルも死亡。赤ん坊だけが生き残った、か。」
何とも不可思議な結末だ。状況を見ればそうとしか思えないのだが、あまりにも意味不明すぎる。赤ん坊の額には稲妻型の傷が刻まれていたらしいし、リドルが何かをしたのは間違いないが……何がどうなって返り討ちにあったのかが全く分からないのだ。
「ロングボトムの方はどうなったんですか?」
さすがにふざけた様子を見せない美鈴の質問に、レミリアが首を振りながら答えた。
「磔の呪文でおかしくなっちゃったみたい。赤ん坊は無事だけど、両親は聖マンゴ行きよ。クラウチのバカ息子のせいでね。」
ロングボトム家を襲撃したのはクラウチの息子だったようだ。予言者新聞はそのことも騒ぎ立てているが、私にとってはどうでも良い問題である。問題なのは……。
「そして、魔法省の襲撃でヴェイユ家が全員死亡。フランは再び地下室に閉じ籠り、アリスは部屋から出ようとしない。くそったれな結末ね。」
レミリアの言う通り、くそったれな結末だ。母親の方はアリスを庇って死に、娘の方はフランが連れて行った病院で治療の甲斐なく死んだらしい。お陰で二人は沈み込んでいる。それが一番イラついてる点だ。
「正確には、コゼットの子供は生きてるわよ。」
パチュリーが冷静な声で訂正を加えるが、当然何の救いにもならない。レミリアが大きなため息を吐きながら、今回の戦争を一言で纏める。
「勝ったけど、負けたわね。」
レミリアの言葉が重くのしかかる。確かにリドルは死に、死喰い人たちはその核を失った。おまけに幹部は軒並みアズカバンへと引越し中だ。戦争自体は勝利と言っていいだろう。
お陰で魔法界はお祭り騒ぎの真っ最中だ。誰もがリドルの死を喜び、『生き残った男の子』を称えている。ハロウィンの悪夢を忘れ去ろうと必死なのかもしれない。
だが、アリスは長年の親友と娘同然の存在を失った。特に、自分の油断が親友の死を招いたことが許せないらしい。部屋に閉じ籠って塞ぎ込んでいる。
フランは五人の友人を一気に失い、おまけに一人は裏切り者だ。そのショックは計り知れないだろう。コゼット・ヴェイユの死を受け入れられないうちにポッター家への襲撃を知り、そしてピーター・ペティグリューの悲劇が畳み掛けるように起きたのだ。
「リドルは本当に死んだのかしら?」
ポツリと呟いたパチュリーに、三人の視線が集中する。確かにそうだ。実に奇妙な状況だし、もし生きているのならきちんと殺す必要があるだろう。この上生かしておく理由など欠片もない。
「キミは生きていると思っているのかい?」
目を開けてパチュリーに問いかけると、彼女は神妙な面持ちで頷いた。
「現場には古い……とても古い魔法の形跡があったわ。厳密に言えば、恐らくリドルを退けたのはリリー・ポッターよ。『一方が他方の手にかかって死なねばならぬ』、なんでしょう?」
「つまり、リドルは『自分に比肩する者として印す』の段階を終わらせただけだと言うことかい? 参ったね。終わりじゃなくて、始まりなわけだ。」
忌々しいことに、何一つ終わってはいないらしい。しかし、そうなると一つの疑問が生じる。
「それじゃあ、トカゲちゃんはどうなったんですか?」
美鈴が私の疑問を代弁してくれた。問いかけられたパチュリーは、何とも嫌そうな表情で答えを語り出す。
「選択肢が多すぎるから、仮説を話すのは嫌なんだけど……まあ、とにかく『まとも』な状態じゃないことは確かね。現場の惨状を見る限りでは、少なくとも肉体は失っているはずよ。」
霊魂のような状態なのだろうか? だとすれば、追うのは難しいだろう。矮小すぎる存在というのは、時に厄介な隠れ蓑にもなるわけだ。
「痛み分けで休戦ってわけだ。情けなくて涙が出てくるね。」
言い放ってからソファに深く身を預けた。疲れた。綺麗な結末じゃない分、ゲラートの時より不満が募る。あの戦いがいかに見事な結末を迎えたかがよく分かる気分だ。
「とにかく、私はもう一度ダンブルドアと話し合ってくるわ。今度はパチェも来て頂戴。」
イラついたままの表情で部屋を出るレミリアに、ため息を吐きながらのパチュリーが続く。
さて、私もアリスとフランを元気付けに行かねばなるまい。美鈴に目線でついて来いと伝えながら、疲れた身体を動かして立ち上がる。
紅魔館の廊下を歩きながら、アンネリーゼ・バートリは二人への慰めの言葉を探すのだった。
─────
「時間が歪んでいる?」
ダンブルドアへの質問を口にしながら、パチュリー・ノーレッジは目の前の赤ん坊を調べていた。
レミィと一緒に今回の後処理、そして今後の展開についてダンブルドアと話しに来たわけだが、一段落ついたところでダンブルドアが相談してきたのだ。
曰く、コゼットが命をかけて産んだ子供が、妙な事になっているらしい。アリスや妹様のこともあるし、赤ん坊のことを調べ始めたわけだが……時間が歪んでいるとはどういう意味だ?
私の質問に、ダンブルドアは困ったような顔で返事を寄越す。
「さよう。聖マンゴの癒者たちも不思議がっておった。所謂、瞬間移動のようなことが頻繁に起きるらしいのじゃ。それで詳しく調べた結果……。」
「『時間が歪んで』いたと? よく意味が──」
再び質問しようと口を開いた瞬間、私を不思議そうに見ていたはずの赤ん坊が、一瞬にして体勢を変えて眠りについていた。
「──なるほど。確かに妙なことになっているわね。」
同じくそれを見ていたレミィが、赤ん坊を覗き込みながら口を開く。
「逆転時計を使ったことが影響しているのかしら?」
「有り得る話ね。何たってこの子は、時間軸的にはコゼットがまだ生きている時に産まれたんだもの。この世に生まれ落ちた瞬間、同時に母親のお腹の中にも存在していたわけよ。」
レミィに返事を返しながらも、脳内では考えを巡らせる。パラドックスの落とし子というわけだ。実に興味深いものがある。
眠っている赤ん坊をレミィと二人で観察していると、横からダンブルドアが声をかけてきた。
「この子をお願いすることはできんかのう?」
お願いする? それはつまり……育てろと? あまりに唐突な言葉に、レミィと顔を見合わせた。向こうも驚いているらしい。見たこともないような顔になっている。
私たちの驚愕を知ってか知らずか、ダンブルドアはなおも言葉を続けた。
「ハリーはマグルの親戚の家へ、ネビルは祖母の家へ、それぞれの行き先が決まった。しかし、この子は未だ決まっておらぬのじゃ。」
「この子にも親戚がいるでしょうに。」
「アレックスの両親は既に他界しておる。ヴェイユ家は名家だけあってさすがに残っているのじゃが……殆どがフランスの魔法使いなのじゃよ。この子どころかコゼットのことすら知らぬ。」
「そういえばヴェイユ家のルーツはフランスだったわね。」
かなり遠い親戚ということか。それだと確かに抵抗があるだろうし、向こうもいい顔はすまい。悩んでいる私たちに、ダンブルドアは説得を続ける。
「モリーが引き取っても良いとは言っておるが……どうじゃろう? アリスやフランにもいい影響があればとも思ったのじゃが。」
ダンブルドアの言葉を受けて、レミィも私も再び考え始める。そもそも、私やレミィに子育てが出来るとは思えない。リーゼと美鈴、妹様も同様だろう。アリスと、かろうじて小悪魔に可能性があるくらいだ。
アリスを引き取った時とは違うのだ。彼女は聡い子供だったから殆ど手がかからなかったが、今回は正真正銘の赤ん坊である。
となれば、やはりアリスに話を通す必要があるだろう。彼女と妹様が諾と言うなら私は文句などない。興味深い研究対象にもなりそうなのだ。
レミィも同じ答えにたどり着いたらしく、ダンブルドアにそんな感じの答えを返す。
「ふむ……そうね、アリスとフランに話を聞いてみるわ。二人が引き取りたいと言うのであれば、赤ん坊一人くらいどうにか出来る甲斐性はあるつもりよ。」
「おお、それは有り難い。二人が辛そうでなければ、どうかお願い致します。」
安心した様子のダンブルドアに、レミィが肩を竦めて話しかける。
「しかし、吸血鬼に赤ん坊を託すだなんて……貴方もおかしなことを考えるものね。」
「ほっほっほ。種族など関係はないのですよ。重要なのは愛せるかどうかです。」
愛か。リドルを退けた原初の力。奇しくもダンブルドアの言う通りになったわけだ。そしてそれを理解出来なかったリドルは、それに敗れた。
「ハリーは幸せに暮らせるかしら?」
ポツリと漏れ出た言葉に、ダンブルドアが難しい顔で答えた。
「少なくとも、安全ではあるはずじゃ。リリーの残した魔法は恐らくそういう仕組みなのじゃから。幸せに暮らせるかどうかは……信じるしかないじゃろうな。」
「願わくばそうあって欲しいわね。いつか過酷な運命に晒されるんだもの。」
力ある吸血鬼が、英雄と呼ばれた大魔法使いが、そして私たち魔女ですら出来なかったことを、彼がやる事になるのだ。さすがの私もほんのちょっと可哀想になってくる。子供の頃くらい幸せに過ごせればいいのだが。
「そうじゃのう。願おうではないか、子供たちの幸せを。せめてひと時の安らぎを得られんことを……。」
ダンブルドアの言葉に応えるように、再び赤ん坊が目を開く。こちらに手を伸ばしたかと思えば、突然位置を変えてベッドの端に出現した。慌ただしいもんだ。
不思議な赤ん坊を眺めつつも、パチュリー・ノーレッジはこの子を引き取る事になった時の苦労を思い、ほんの少しだけため息を吐くのだった。