Game of Vampire   作:のみみず@白月

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北の学校

 

 

「むきゅうぅぅ……。」

 

頭を抱えながら妙な声が漏れてしまうが、そんなことを気にしている余裕などない。五年生へと人生の駒を進め、フクロウ試験を間近に控えたパチュリー・ノーレッジは、利用者が一気に増えたホグワーツの図書館で苦悩していた。

 

当然のことながら、試験について悩んでいるわけではない。フクロウレベルの試験内容などとっくの昔にマスターしている。周囲の閲覧机で必死に試験勉強をしている同級生たちとは違って、私の頭を悩ませているのはあの魔導書のことだ。

 

リーゼとの出会いからもうすぐ二年。トランクの中の授業の所為で睡眠時間が削られるのにも慣れ、私の知っている呪文のストックが切れかかった頃、遂に魔導書を最後まで読むことが叶ったのだ。……しかし、それで万々歳とはいかなかった。

 

つまりはまあ、内容がさっぱり理解できないのである。訳の分からない法則やら、知りもしない素材がポンポン出てくるどころか、時に単純な物理法則まで無視する有様だ。私が今まで必死に学んできた常識は邪魔にしかならず、もはやお手上げ寸前だぞ。

 

だが、私にはどうしてもあの本を理解しなければならない理由が出来てしまった。魔導書を読破した記念すべき日にリーゼが言ったのだ。『その本に書かれている賢者の石を作ることが出来たなら、今度はうちの図書館に入れてあげるよ』と。

 

聞けば、その図書室とやらにはあの魔導書のような本が大量にあるらしい。数え切れないほどの珍しい古書や、異国の呪術書も。おまけに賢者の石があれば不老となり、ひたすら本を読む生活だって夢ではないと言われてしまったのだ。

 

残念ながらそんな魅力的な誘惑に打ち克つ方法を私は知らない。だから目の前に吊るされたニンジンを食べるために、今まさに必死な努力を続けているというわけだ。

 

とはいえ、賢者の石の製作は非常に難しい。たった一つの素材の入手だって困難な上に、材料の材料を作るための調合ですらも月単位で時間がかかるのだ。リーゼが手伝ってくれるから牛歩の速度で進んではいるものの、さすがにうんざりしてきたぞ。

 

先達であるニコラス・フラメルは製法を完全に秘匿しているし、数少ない情報を比較してみた結果、同じ賢者の石でもまったくの別物だということが分かった。本人が知っているかは不明だが、どうやらフラメルの方の石は完全なものではないらしい。

 

偉大な錬金術師を頼れないという苦悩と、フラメルよりも先に進めるという僅かな優越感。その合間で頭を悩ませる私へと、やたらハキハキとした声が飛んでくる。……またこいつか。

 

「おっと、ノーレッジ。君も試験勉強かい?」

 

振り向かずとも分かるぞ、ダンブルドアだ。どうもこいつは本格的に私をライバル視し始めたようで、今年に入ってから随分と突っかかってくるようになってしまった。去年も首席だったからなのか、『友人』たちから私の名前が出るからなのかは知らないが、もう勘弁してくれないだろうか。

 

「……ええ、そんなところよ。」

 

振り向かないままで適当に流す。数え切れないほどに沢山の友人がいて、顔もハンサムでガールフレンドは選り取り見取り、口が上手くて機転も利く。その上学業でもトップじゃないと気が済まないのか、こいつは。なにも性格が悪いわけじゃないが、私とは致命的に相性が悪い存在だな。

 

「やっぱりか。フクロウ試験は将来のための大事な試験なんだし、お互い頑張ろう。今回は僕も負けるつもりはないよ。」

 

「そうね、お互い頑張りましょう。」

 

素っ気なく返事を返してから、机に積まれた本の一つを開いた。話は済んだんだから、もうどっかに行ってくれ。大体、フクロウ試験は自分の学力を確かめるためにあるはずだ。勝負の場じゃないぞ。

 

そんな私の『忙しいですよアピール』も虚しく、ダンブルドアは勝手に向かいの席に座り込みながら話を続けてくる。……うう、面倒くさいな。あからさまに拒絶すると角が立つし、やんわりと受け流すような会話技術は持ち合わせていない。これだから人付き合いってのは苦手なんだ。

 

「あーっと……それで、実は少し相談したい事があってさ。時間ないかな?」

 

「……読みながら聞くわ。」

 

これが妥協点だ。それなら目を合わさずに済むし。私の返答を聞いたダンブルドアは、苦笑して頷きながら小声で相談とやらを切り出してきた。

 

「今僕はとある物について研究してるんだけどね、どうにも上手く進まないんだ。それで、視点を変えるためにも誰かと共同研究ってことにしてみたいんだけど……どうかな? ホグワーツの中だと、このテーマを一緒に研究できるのはノーレッジくらいなんだよ。」

 

「貴方のご友人には著名な研究家たちが山ほどいるんでしょう? こんな無名な小娘じゃなくって、その人たちと共同研究でもなんでもすればいいじゃないの。」

 

何の研究だかは知らないが、今の私は手一杯なのだ。すげなく言ってやると、ダンブルドアは困ったように頰を掻きながら首を横に振ってくる。

 

「いや、論文として発表するつもりはないんだ。だからちょっと気が引けてね。それにさ、些か荒唐無稽とも言える題目なんだよ。君は興味ないかな? その……賢者の石に関する研究なんだけど。」

 

……何だと? 今こいつはなんと言った? このタイミングでその名前が出てくるってのは、何とも作為的なものを感じるぞ。具体的に言えば、黒髪の吸血鬼による作為だ。

 

「賢者の石?」

 

思わず本から顔を上げた私に、ダンブルドアが更に声を潜めて捲し立ててくる。

 

「そう、賢者の石。永遠の命を齎す水を生み、鉄屑を黄金に変える錬金術の秘儀だよ。ニコラス・フラメルと手紙のやり取りをする機会があってね、それで興味が出たんだけど……君なら分かるだろう? ノーレッジ。僕たちのような人間には、人生は短すぎるんだ。」

 

黄金には興味ないが、人生云々って部分には同意できるな。しかし悲しいかな、私はフラメルの賢者の石が不完全である事を知っているのだ。……まあ、目の前で瞳を輝かせるダンブルドアに教えてやるつもりは毛頭ないが。

 

しかし、こいつとの共同研究だったら何かヒントを得られるかもしれない。ダンブルドアと関わるのは億劫だが、その知性と発想力は本物だ。どうせ行き詰まっていたところだし、研究に付き合ってみるのも悪くないだろう。

 

「そうね……いいわよ、手伝いましょう。私も少し興味があるわ。差し当たりどこまで研究が進んでいるのかを教えてくれる?」

 

「そうか、良かった! ええっと、フラメルからの手紙にあった僅かな情報を鑑みるに、賢者の石は属性と反属性の調和が──」

 

悪いが踏み台にさせてもらうぞ、アルバス・ダンブルドア。勿論それなりの情報は対価に渡すから、後で恨まないでくれよ? 等価交換だったら文句はあるまい。これはお互いに利益のある取引のはずだ。……多分。

 

 

 

そして学期末のフクロウ試験も終わり、ようやく訪れた夏休み。居心地の良い我が家に帰ってきた私は、食事の準備をするためにキッチンに立っていた。さて、今日の夕食は何にしようか? 今から買いに行くのは面倒だし、ある物で済ませなければ。

 

ちなみにダンブルドアとの共同研究は今なお続いている。更に言えば、この関係は私にもメリットがあることが明確になった。目指す地点が類似しているのなら、道筋が違っても共通する部分はあるらしい。……話していると妹の愚痴が頻繁に出ることは少々鬱陶しいが。

 

一応ダンブルドアのことをリーゼに話してみたら、ご機嫌な様子で『精々利用してやれ』と言っていた。自分の思考回路があの吸血鬼に似通ってきていることに愕然としたが、研究が進歩を見せたことで私も気分がいいし、今回は目を瞑っておくべきだろう。

 

軌道に乗り始めた研究を思って鼻歌交じりに夕食の準備をしていると、いきなり背後から挨拶が投げかけられる。

 

「おはよう、パチュリー。いい夕暮れだね。」

 

「あら、来てたのね。こんばんは、リーゼ。」

 

不意打ち気味の呼びかけだったが、さすがの私ももう慣れたぞ。一切驚かずに挨拶を返した私を見て、リーゼはちょっと残念そうに苦笑してきた。ざまあみろだ。

 

「いやあ、ちょっと聞きたいことがあってね。お邪魔させてもらったんだ。」

 

「私としては呼び鈴を鳴らして欲しいんだけどね。……まだ作ってる途中よ。出来たら食べさせてあげるから待ってなさい。」

 

「んふふ、それなら大人しく待つとしようか。」

 

勝手に摘み食いをするリーゼに注意をしてやると、彼女はダイニングの方へと引っ込んでいった。相変わらず自由なヤツだな。料理の量を増やすために材料を追加しつつ、欠伸をしている黒髪吸血鬼へと質問を送る。ひょっとして寝起きなんだろうか?

 

「それで、聞きたいことっていうのは?」

 

「『ダームストラング専門学校』についてさ。ちょっと行く必要が出来ちゃってね。ホグワーツとは交流があるんだろう?」

 

椅子に座りながら聞いてきたリーゼに、脳内の知識を引っ張り出して答えを返す。……動く度に揺れる黒髪がさらっさらだな。なんとも羨ましいぞ。私も少しは気を遣うべきなのかもしれない。

 

「正確には交流が『あった』ね。魔法学校同士の対抗試合は大昔に廃止されたし、今じゃ闇の魔術に力を入れた学校ってくらいしか知られていないわよ?」

 

「ふむ、ホグワーツ側の情報もそんなもんなのか。……いやなに、場所がいまいちはっきりしなくてね。大陸の北の方ってのは当然知ってるんだが、入ってくる情報はその程度なんだよ。」

 

そりゃあそうだろう。あの学校が校舎の場所を厳重に隠匿しているのは有名な話だ。後ろ暗いところがあるのかは知らないが、マグルはともかく、魔法使いたちにまで隠す必要はあるんだろうか?

 

「主流の推測はスウェーデンかノルウェーの山奥らしいけど、本当かどうかは判らないわ。ドイツだとか、オーストリアだって噂もあるしね。訪れた魔法使いに忘却術をかけることを同意させてるくらいだし、いくら貴女でも見つけるのは難しいかもよ?」

 

手早く完成させたリーキと鶏肉の炒め物を皿に盛って、スープと一緒にテーブルまで運ぶ。リーゼはダイニングテーブルに置いてあったパンを食べながら待っているようだ。基本的にはお嬢様っぽい立ち振る舞いなのに、変なところで行儀が悪いな。

 

「ふぅん? ……考えるだけで面倒くさいが、出身者を探して聞き出すしかなさそうだね。」

 

どうやって聞き出すのかは知らないが、その出身者とやらは不幸なことだな。少なくとも酒を奢って、なんて生易しい方法でないことは確かだろう。もしかしたら魅了を使うつもりなのかもしれない。

 

「そもそも、ダームストラングなんかに何の用があるのよ? 闇の魔術の研究でも始めるの?」

 

「会わなくちゃいけないヤツが居てね。まあ、どうにかしてみるさ。……それより、冷めないうちに食べちゃおうじゃないか。」

 

「私のセリフよ、それは。」

 

そして始まる吸血鬼との夕食。なんとも不思議な気分だ。昔と同じ家なのに、ただのマグルだった頃の私では想像も付かないような光景じゃないか。……でもまあ、そんなに悪い気はしないな。少しだけ、ほんの少しだけ両親が生きていた頃を思い出すぞ。

 

遠い昔の日々に想いを馳せながら、パチュリー・ノーレッジは不思議な友人との夕食を楽しむのだった。

 

 

─────

 

 

「やれやれ、やっと見つかったね。」

 

同行している美鈴にそう呟きながら、アンネリーゼ・バートリはやれやれと首を振っていた。この忌々しい旅路もようやく一段落付きそうだな。私の生涯の中でも、中々に厄介な『探し物』だったぞ。

 

最初に捕まえたダームストラングの卒業生は学校の場所を忘却しており、次のヤツはまったく関係のない場所にあると思い込んでいて、その次のヤツなんか存在自体を忘れていた始末だ。お陰でノルウェーの森を彷徨い、スウェーデンの山中を飛び回る羽目になってしまった。

 

「いやー、本当に疲れましたね。さっさと終わらせちゃいましょうよ。」

 

うんざりした声で美鈴が言うのに、深々と頷いて同意に代える。護衛兼付き人にとレミリアが付けてくれたはいいが、行く先々で美味しい食べ物を探し出す以外にはまだ役立っていないぞ。……まあ、退屈しないのは助かっているが。

 

二人で薄く積もった雪の上を歩いて行くと、遠くに巨大な建物が見えてきた。これがダームストラング専門学校か。四階建ての長方形の校舎で、のっぺりした飾り気のない外観だ。明かりが全く漏れてないことが不気味さを増しているな。

 

苦労してこんな場所まで来たのは、もちろんグリンデルバルドと接触するためだ。さすがに放っておきすぎたレミリアに、様子を見てきてくれと頼まれてしまったのである。ここまで面倒だと知ってれば引き受けなかったんだけどな。

 

「それじゃ、消えるよ。」

 

「はーい。」

 

能力を使って自身と美鈴の周囲の光を操り、空間に溶け込むようにして姿を消す。最近では主にレミリアやパチュリーを驚かせるために使っている技術だが、残念なことにレミリアには気付かれてしまうし、パチュリーはあんまり驚かなくなってしまった。ちなみにお互いの姿は視認できるようにしてある。

 

さてさて、どうやってグリンデルバルドを見つけ出そうか? 校舎以外の建物はポツポツとしか見当たらないが、ヒントなしで探す分にはこの学校の敷地は広すぎる。……学校自体を探す苦労に比べれば全然マシだけどな。

 

「んー、あっちに大量の気配がありますねぇ。そこから見てみます?」

 

ほう、驚いたな。ここに来て始めて美鈴が役に立っているぞ。私でも認識できないような、遥か遠方の気配を読み取るとは……つくづく忘れた頃に有能さを示してくるヤツじゃないか。

 

「なら、行ってみようか。」

 

薄暗くなってきた空を眺めつつ、陰気な校舎の方へと歩き始めた。頼むからそこに居てくれよ、グリンデルバルド。もう何かを探すのはしばらく御免だ。

 

 

 

そして美鈴の案内に従って校舎の中を進んでいくと……ふむ、どうやらここは食堂のようだ。まるで訓練中の軍隊の如く、学生たちが黙々と食事を取っている。学校なんだよな? ここ。兵舎じゃなくて。

 

「おっ、居ましたよ。生きててよかったですねぇ。」

 

美鈴が小声で言いながら指差したテーブルを見てみれば、そこには写真よりちょっとだけ大人びたゲラート・グリンデルバルドが座っていた。周りと同じように食事を取っているが、他の生徒よりも量が多い気がするな。

 

しばらく観察していると、同じテーブルの生徒たちはグリンデルバルドの様子を窺いながら食べているようだ。どうやら彼はこの小さなコミュニティで上位に君臨しているらしい。食事の量が階級を表すとは、まるで刑務所みたいだな。

 

「これをヤツのポケットに入れてきてくれ。」

 

「了解でーす。」

 

美鈴に指示を出しながら、待ち合わせの場所と短い一文だけを書いた羊皮紙の切れ端を渡す。レミリアが読んだ運命によれば、グリンデルバルドはこの言葉に反応してくれるはずだ。一から十まで読めるならもっと楽なのに、こういう部分的なところしか読めないらしい。楽は出来ないということか。

 

『死の秘宝』

 

そう書いてある羊皮紙を、美鈴がグリンデルバルドのポケットにそっと差し込む。よしよし、あとは書いておいた場所で待つだけだな。指定したのは視線が隠れる校庭の隅っこだ。延々待つには辛い場所だし、早く気付いてくれることを祈っておこう。

 

 

 

そのまま待ち合わせ場所で美鈴と話しながら待っていると、一時間もしないうちにグリンデルバルドが現れた。一人で辺りを窺いながら、杖を構えて慎重な様子で向かってくる。……この際だし、ちょっと驚かせてみるか。

 

足音を忍ばせて美鈴と一緒に背後に立ち、姿を現しながら声をかけた。

 

「ごきげんよう、ゲラート・グリンデルバルド。」

 

対するグリンデルバルドの返答は……ほう、やるじゃないか。凄まじい勢いで振り返ったかと思えば、無言呪文の赤い閃光をこちらに飛ばしてくる。杖魔法の技術は私より上のようだな。ハンデがあるとはいえ、ちょびっとだけ悔しいぞ。

 

私が苦笑している間にも、即座に前に出た美鈴が閃光を握り潰した。一応護衛役という自覚はあったらしい。

 

「んん? なんかピリピリしますね、これ。」

 

なんとまあ、気の抜けた台詞だな。そんな反応に僅かに驚きながらも、グリンデルバルドは二の矢、三の矢を放ってくるが、美鈴はその全てを難なく叩き落としている。

 

「落ち着きたまえよ、グリンデルバルド。私たちは話をしにきたんだ。遥々こんな辺鄙な場所までね。」

 

美鈴に呪文の対処を任せながら話しかけてみると、グリンデルバルドは呪文を放つのを止めるが……ふん、生意気だな。油断なくいつでも杖を振れるように身構えたままだ。どうやらダームストラングはホグワーツよりも『実践的』な教育をしているらしい。

 

「さて、改めてごきげんよう、矮小なニンゲン。偉大なる吸血鬼と話せることを光栄に思いたまえ。」

 

私が背中の翼をパタパタさせたのを見て、グリンデルバルドの眼差しが一層鋭くなる。うーむ、こういう視線も良いな。嘗ての時代を思い出すぞ。

 

「まあまあ、そう緊張しないでくれよ。有能な人間に悪魔が契約を持ちかけるってのは珍しいことじゃないだろう?」

 

大仰に両手を広げながら言ってやれば、グリンデルバルドは一切警戒を解かずに返事を寄越してきた。大魔王ごっこだ。結構楽しいじゃないか。

 

「……何が目的だ? 何処で俺のことを知った?」

 

「んふふ、私は何でも知っているのさ。なんたって悪魔だからね。例えば……そう、死の秘宝のこととかも。」

 

私の言葉を聞いて、グリンデルバルドの表情が僅かに歪む。死の秘宝とやらが何なのかは知らないが、適当にそれっぽく喋ればいいだろう。

 

暫く疑わしそうにこちらを眺めた後、グリンデルバルドは目を細めながら問いかけを放ってきた。

 

「……ニワトコの杖の在り処も知っているのか?」

 

「勿論だとも。ただし、教えて欲しいなら有能さを示してもらおうじゃないか。」

 

杖? 伝説の魔法使いの杖とか、そういうのだろうか? 私は自分の杖があるから要らんが、レミリアが欲しがるかも知れないし、フランにあげるのも良さそうだな。後で調べておくか。

 

考えながらも懐から手のひらサイズの本を取り出して、グリンデルバルドの足元へと放り投げる。

 

「そら、こいつを使い熟してみたまえ。話はそれからだ。」

 

パチュリーに渡した物より数段落ちる魔導書だ。これだったら読んだだけで死ぬということはないだろう。中身は人間と他の生き物をくっつけて、より強力な存在にする方法とか、そんなことがつらつらと書いてあったはず。

 

かくしてグリンデルバルドが足元に落ちた本に視線を走らせた瞬間、すぐさま自分と美鈴の姿を消す。一度やってみたかったんだ。視線を外した瞬間、居なくなってるやつ。美鈴もこちらの意を汲んで、含み笑いをしながら気配を消してくれた。

 

「……レベリオ(現れよ)。」

 

グリンデルバルドはこちらが消えたのに驚いて周囲を見回した後、暴露呪文で慎重に本を調べていたが、結局は手に取って校舎の方へと消えて行く。……まあ、とりあえずはこんなところかな。

 

 

 

「これでようやく帰れるね。」

 

「そうですねぇ。帰ってしばらくゴロゴロしてたいですよ。」

 

透明な状態のままで敷地の外に出てから、姿を現しつつ美鈴と頷き合う。あの本を上手く使えば、人外への一歩目を何とか踏み出せるだろう。これでグリンデルバルドもスタートを切れたわけだ。是非とも他の二人に追いついてほしいもんだな。

 

「それじゃあ掴まってくれ、美鈴。とりあえず姿あらわしで近くの街まで戻ろうじゃないか。」

 

「いいですけど、今回は大丈夫なんですよね? また腕だけどっかに行っちゃうのは嫌ですよ?」

 

「なぁに、今回は上手くいくさ。」

 

失くしちゃったら生やせばいいじゃないか。不安そうな表情で腕を掴んでくる美鈴にウィンクを送った後、アンネリーゼ・バートリはホルダーから抜いた杖を振り上げるのだった。

 


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