Game of Vampire 作:のみみず@白月
子育て奮闘記
「つまり、紅魔館とムーンホールドを『くっつける』わけだ。」
アンネリーゼ・バートリは紅魔館のリビングで、目の前に立っているレミリアにそう語りかけていた。
あのハロウィンからは二年の歳月が流れている。ハリー・ポッターは隣家に潜ませているスクイブの報告によれば、無事にスクスクと成長しているらしい。まあ……あまり幸せな生活ではなさそうだが。
そんな中、幻想郷への移住に備えて、私たちの住処を統合するという提案が成されたのだ。
実際のところ私は戦争中は紅魔館に入り浸りだったし、パチュリーの図書館は未だ紅魔館にある。転移に備えて建物を一つにするのは賛成だが……。
「当然、ムーンホールドが主体になるんだろうね? 面積からいってもそうなるはずだよ?」
「紅魔館が主体に決まってるでしょうが! 古臭い屋敷を塗り直してあげるわ。感謝なさい。」
こうなるわけだ。私は自分の住処が真っ赤なのは嫌だし、レミリアは地味な色合いなのが嫌なのだろう。我が幼馴染の『紅』に対する拘りは病的なのだ。
かといって、それぞれの様式を残しておくわけにもいかない。ちぐはぐなフランケンシュタインみたいな建物なんて御免だ。
窓の外に広がる夕日に染まった空を指差しながら、ニヤリと笑って言い放つ。
「また弾幕ごっこで決めるか?」
「あら? あの敗北をもう忘れたのかしら?」
やる気満々なレミリアと睨み合うが……まあ、良い機会かもしれないな。両手を挙げてソファに倒れ込みながら、肩を竦めて口を開いた。
「……ま、表は紅魔館でいいよ。ムーンホールドは裏手に回してくれ。言っておくが、真っ赤には塗らないからな。そこだけは譲らないぞ。」
あっさり引いた私に、レミリアはキョトンとした顔になって言葉をかけてくる。コウモリが豆鉄砲食らったような顔だな。
「へ? ……ちょっと、どうしちゃったのよ、リーゼ。具合でも悪いの?」
「二回の戦争を通して学習したんだよ。私はどうも……裏方が好きらしくてね。反面、キミは表でブイブイ言わせるのが好きだろう? 役割分担しようじゃないか。」
ゲラートの時も、二年前の戦争も、私は表には出なかった。裏から手を回す大魔王ごっこが好きだし、魔法省の無能どもとお喋りなんかしたくないのだ。
そしてレミリアは真逆の方法を採っている。前回も今回も表に出て、政治によってその影響力を増していた。そのためなら無能どもの親睦パーティーにだって出席してたし、バカバカしい呼び出しにもきちんと対応していたのだ。
幻想郷でどんな生活になるかは分からないが、この分ならレミリアを顔役にしたほうが効率よく過ごせるだろう。それに……うん、何より私が楽なのだ。そのためなら表側を紅魔館にするくらいは我慢できる。いや、すっごい嫌なのは確かだが。
さすがに付き合いの長いレミリアには私の言わんとしていることが分かったようで、苦笑しながら頷いてきた。
「まあ、そうね。それに……ムーンホールドは場所がバレちゃってるわ。騎士団の団員が悪事を働くとは思えないけど、そっちを移しちゃったほうが安全かもね。」
「その通り。それじゃあ、接合部をそれらしく加工したら、パチェに頼んで転移魔法を組んでもらおうか。もちろん今回は慎重に、ね。」
「そこが一番大事な部分ね。もう二度と激突しないように言っておかなくちゃ。次は美鈴が首を括るわよ。」
間違いない。あの時の美鈴は泣き笑いのような表情で怖かったのだ。まあ、パチュリーも反省してたみたいだし、さすがに今回は大丈夫だろう……大丈夫だよな?
お互いにちょっと不安な顔を見合わせていると、部屋のドアがいきなり開いて焦った顔の小悪魔が突っ込んできた。びっくりしたじゃないか。
小悪魔はキョロキョロと部屋の中を見渡した後で、焦った顔のまま私たちに向かって声をかけてくる。
「咲夜ちゃんを見ませんでしたか? またいなくなっちゃったんです!」
「またか……いよいよパチュリーに結界を張らせたほうがよさそうだね。」
思わず呆れた口調になってしまった。なんたって、これで今週八回目の逃走なのだ。さっきまでそこにいたのに、気付いたら館の反対側にいるのだから堪らない。最近ドアの取っ手に飛びついて開けることを覚えた咲夜は、今日もまた紅魔館の探検に精を出しているらしい。
アリスなんかは人形を総動員して見張りにつけているのだが、残念ながら効果はなかったようだ。私たちから見れば瞬間移動なのだから、宜なるかなというものである。
私が小さな冒険家のことを考えて苦笑していると、隣のレミリアが血相を変えて慌て始めた。ほらきた、親バカ吸血鬼のご登場だ。
「探すのよ、小悪魔! 怪我なんかしたら大変じゃない!」
「はい!」
真剣な顔で頷きあうと、止める間もなく二人は廊下へと飛び出していった。やれやれ、毎日が騒がしいもんだ。
ちなみに、名前は結局『咲夜』に決まった。幻想郷は日本語が公用語だということで、よく馴染めるように日本式の名前にしたというのが一つ。もう一つの理由はレミリアお決まりのポンコツ予言だ。猛反対していた彼女だったが、能力を使った直後に美鈴の案に賛成し始めたのである。リドルを殺す方法は分からんくせに、命名診断はできるらしい。相変わらず振れ幅の大きい能力だな。
そして苗字は……まあ、決まらなかった。ホグワーツに入学するまで決めればいいということで、後回しになってしまったのだ。
お陰でアリスは隙ある毎に『ヴェイユ』の名前を教え込み、対抗するレミリアは『スカーレット』だと洗脳まがいに囁きかけている。
そして意外なことに、美鈴も『十六夜』を諦めていないようだ。咲夜の子供服にこっそりと、無駄に緻密な『十六夜咲夜』という刺繍を入れている。彼女の無駄技術は裁縫にまで及んでいたらしい。
「……ん?」
終わりの見えない命名戦争のことを考えながら、静かになった部屋で紅茶を飲んでいると……なんというか、揺らぎ? のようなものを感じ取った。覚えのある感覚に、思わず笑って口を開く。
「んふふ、咲夜かい?」
「リーゼおぜう!」
いつの間にか目の前にいた咲夜が、万歳をして抱っこの要求をしている。ビンゴだ。私の能力と彼女の能力はどうも相性が良いらしい。説明が難しいが、近くで彼女が時間を止めようとすると……波? というか、空気の揺らぎのようなものを感じ取れるのだ。まあ、現状ではそれだけのことだが。
時間と光との関係性について考えながら、両脇を持ってソファの上へと上げてやる。すると満足そうにぽすんと座り込んだ咲夜は、目を閉じて眠り始めてしまった。うーむ、自由すぎる子だ。
「咲夜、ここで寝ると風邪をひくよ?」
「んー、へーき。」
「まいったね、どうも。」
まあ……二歳児を説得しても仕方がない。諦めて苦笑しながら上着をかけてやると、咲夜はそれに包まってすやすや寝息を立て始めた。
何とも忙しない子だ。思わず微笑んでさらさらの銀髪を撫でていると、部屋のドアが開いて……おや、今度はアリスだ。彼女も慌てた表情で息を切らしている。幼女捜索の任務を遂行中らしい。
「リーゼさ──」
「おっと、静かに。咲夜ならここで寝てるよ。」
「ね、寝てる?」
素っ頓狂な声を上げたアリスは、そっとこちらに近付くと、眠る咲夜を見てため息混じりに呟いた。
「もう、心配かけて……。」
安心したように言った後、アリスは自分の胸にそっと手を当てる。あそこにはヴェイユの杖が提げられているのだ。形見として受け取ったそれを、彼女は常に身につけている。
出そうになったため息をなんとか抑えながら、咲夜を見て微笑むアリスに話しかけた。
「今は段差なんかを上手く上れないからこれで済んでるが……このままだと数ヶ月後には地獄を見そうだね。対処法を考えたほうが良さそうだ。」
「おっしゃる通りです。美鈴さんに柵でも作ってもらいましょうか?」
「動物園じゃないんだぞ、アリス。」
「いやいや、違います! 階段とか、窓とかを塞ぐ感じで。檻っぽい感じじゃなくてですね!」
慌てて弁明してくるアリスだったが……つまりは紅魔館を監獄にする気か。相変わらず突飛なことを考え付く子だ。まあ、確かにそれくらいやらないと咲夜は止まらないだろう。常に『目を離している』状態だと思った方がいいくらいなのだ。
目の前で『紅魔館アズカバン化計画』を話しているアリスを眺めながら、アンネリーゼ・バートリはパチュリーの結界のほうがマシだと結論を出すのだった。
─────
「いやぁー、そういえば共食いになっちゃいますね。」
目の前で能天気に語るアホ門番を睨みつけながら、レミリア・スカーレットは足をダシダシ踏み鳴らしていた。リビングの飾りが一つ落っこちたが……構うもんか! それもこいつに直させればいいのだ!
「どんだけおバカなのよ! 咲夜が人肉ステーキなんか食べるわけないでしょうが! 今後は咲夜の食事に関わるのは禁止よ!」
金輪際咲夜の食事には触れさせないからな! 食事は全てエマかアリスに頼もう。このアホアホ門番に任せると何が起こるか分からんぞ。
怒る私にへらへら笑っている美鈴は、困ったように頰を掻きながら口を開いた。
「えーと、そうなると私、咲夜ちゃんと一切関われないんですけど……接近禁止令も受けてますし。」
「自業自得よ!」
美鈴の言葉通り、彼女はアリスと小悪魔から咲夜への接近禁止令を受けている。理由は五十メートルほどの『高い高い』をしたからだ。正気の沙汰とは思えんぞ。
激怒したアリスは、人形を使って美鈴の接近を禁じているのだ。近付こうとすると警告なしで攻撃してくるあたり、彼女の親バカ加減も相当だろう。ちなみに小悪魔も餌付けした妖精メイドを使って各所に見張りを立てている。役に立つかは知らんが。
美鈴を見張っているランスを持った人形を見ながら考えていると、当の本人が何にも反省していない顔で口を開いた。
「でも、咲夜ちゃんは喜んでましたよ?」
「四歳児なんだから判断がつかないだけよ! 次やったら門前に磔にしてやるからね。」
「それはちょっと嫌ですね……。」
顔を引きつらせる美鈴に鼻を鳴らしながら、銀髪の我が子について考える。咲夜はあと数ヶ月で五歳の誕生日を迎えるのだ。
かなり理性的なお喋りが出来るようになった咲夜は、今日もまたパチュリーの『尋問』を受けているらしい。パチュリーは咲夜の能力について興味津々なのだ。
これまで苦労して聞き出した内容によれば、あまり長くは時間を止めることは出来ないとのことである。……いや、もちろん咲夜の主観ではの話だが。私たちから見ると一瞬なのだ。
唯一の例外として、リーゼは百メートルくらいの範囲内であれば時間が止まったことを認知できる。かといって干渉することは出来ないあたり、咲夜の能力はかなり強力なものだと言えるだろう。ちょびっとだけ羨ましい。
今は停止した時間の中で他者を動かす練習中だ。正直言って、止まった世界というのにはかなりの興味がある。パチュリーやアリスは当然として、リーゼや小悪魔ですら習得の日を楽しみに待っているのだ。まあ、本人は悪戦苦闘しているらしいが。
難しいよと涙目で駆け寄ってくる咲夜を思い出してニヤニヤしていると、美鈴が呆れた顔で時計を指差しながら口を開いた。
「どうせ咲夜ちゃんのことを考えてるんでしょうけど、いいんですか? ダンブルドアと約束があったんじゃ?」
「へ? そういえばそうだったわね……行ってくるわ。」
もうそんな時間だったか。何となく美鈴を一発叩いてから、抗議の声を無視してエントランスへと歩き出す。ダンブルドアとは数ヶ月に一回程度の連絡会を設けているのだ。彼もまた、再び起こるであろう戦争を予期している人間の一人なのだから。
残念ながらリドルの復活を信じている人間は多くはない。『ダンブルドア教』のマクゴナガルとドージ、アリス経由で説得されたハグリッドと、陰謀論者のムーディくらいだ。つまりは元騎士団の人間だけである。
数年だ。僅か数年で他のバカどもは平和ボケしている。ヨーロッパ大戦の時だってもうちょっと緊張感が続いたぞ。
イライラしながらエントランスの暖炉に到着すると、緑の粉を投げ入れて行き先を叫ぶ。普段は封鎖されているが、今日はダンブルドアが煙突ネットワークを開いてくれているはずだ。
「ホグワーツ魔法魔術学校!」
初回の失敗以来、大嫌いになった煙突飛行を終えると……なんだここは。どうやらあの老人は校長室へ直通にしてくれなかったらしい。目の前にはガランとした無人の教室が広がっている。
「……もう!」
ダスンと足を踏み鳴らしてから、仕方なく校長室へと歩き出す。あのボケ老人め、校長室に着いたら文句を言ってやるからな!
道行く生徒たちが怪訝な顔でこちらを見てくるのを無視しながら、ホグワーツの古臭い廊下を歩いていると……中庭で人集りが出来ているのが見えてきた。
中央ではオレンジのメッシュが入った派手な髪の少女と、利発そうな黒髪の少女が睨み合っている。おやおや、ガキの決闘ごっこか。見たところ一年生か二年生といったところだ。残念ながら派手な闘いは期待できまい。
「やっちまえ、スナイド!」
片方の『応援団』から放たれる野次を背に、無視して廊下を進む。上級生なら見物しても良かったんだが……待てよ、スナイド? どっかで聞いたような名前だな。
ぼんやりした記憶を辿っていると、背後からいきなり声がかかった。
「スカーレットさん?」
振り向けば……ウィーズリーの長兄だ。ムーンホールドに出入りしていた頃に何度か会ったことがある。確か名前は……ウィリアムだったか?
「久しぶりね、ウィリアム。」
「あー……『ビル』でお願いします。その名前はどうも、ありきたりすぎて。」
「ビルも充分ありきたりだと思うけどね。」
肩を竦めて言うウィリアム……ビルに、私も同じようにして返す。お互いに苦笑し合ったところで、彼が歩みを合わせながら話しかけてきた。
「今日は校長先生にご用ですか?」
「その通りよ。あのボケ老人がふざけた場所に煙突ネットワークを繋げたおかげで、ホグワーツを散歩することになっちゃったわ。」
「そりゃまた、ご苦労様です。しかし、校長先生をそんな風に言うのは世界でスカーレットさんだけですよ。……ああ、ノーレッジさんもですね。」
顔を引きつらせて言うビルは、私のお散歩に付き合ってくれるらしい。ちょうど退屈してたとこだし、ありがたく話し相手になってもらおう。
「しかし……もう三年生だったかしら? 随分と背が伸びたわね。」
「お陰さまで未だに伸び続けてますよ。ママは洋服がすぐ合わなくなるって文句ばっかりですけど。」
「貴方の弟たちは苦労しそうね。モリーは絶対にお下がりで済まそうとするわよ。」
「もうそうなってます。でも、一番可哀想なのはジニーですよ。男物の服を着せられちゃって……。」
ああ、確かに末娘は一番苦労するだろう。上を見れば男ばかりなのだ。色々とストレスが溜まることは想像に難くない。
私が末娘に内心で同情を送っている間にも、道行く生徒たちはビルに一声かけていく。彼は結構な人気者のようだ。対応を見る限り、アーサーの人当たりの良さとモリーの積極性を受け継いだらしい。モリーは出来のいい息子にさぞご満悦なことだろう。
そのままウィーズリー家のことや旧騎士団員のことを話している間にも、校長室の前へと到着する。結構巧みな話術だったせいで、退屈とは無縁でたどり着けた。こいつは社会に出ても上手くやっていくタイプだな。ウィーズリー家の将来は明るいようだ。
「付き合わせちゃって悪かったわね。」
「いえいえ、スカーレットさんに失礼したとなれば、パパとママに怒られちゃいますから。お役に立てたならなによりです。」
うーむ、やはり十四歳にしてはしっかりしているような気がする。モリーに教育論を習うべきかもしれない。主に咲夜のために。
丁寧に別れを言うビルに手を振って、ガーゴイルへと合言葉を告げて階段を下って行く。しかし……『糖蜜ヌガー』? もし気に入ってるんだとしたら糖尿病で死ぬぞ、ダンブルドア。
校長室のドアをノックしながら、レミリア・スカーレットは老人の体調をちょっとだけ心配するのだった。