Game of Vampire   作:のみみず@白月

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最悪の提案

 

 

「……ふむ。」

 

実験用のマウスが塵になって消滅していくのを眺めながら、パチュリー・ノーレッジは実験の失敗を悟っていた。

 

これで二十一度目の失敗だ。まあ、予測されていたことだけに、あまりショックはない。無論嬉しくもないが。研究室に広げた結界を解きながら、今回の失敗について羊皮紙に記述する。酷い火傷の後、塵になって消滅、っと。

 

ハロウィンの夜、ハリー・ポッターとトム・リドルの間に起こった現象について調べているのだが……うむ、なかなか上手くいかないな。そろそろ現場の再現は諦めたほうがいいかもしれない。

 

第一に、リリー・ポッターの使った魔法を完全に再現するのが不可能なのだ。原初の魔法というのは単純な分、小細工でどうにかなるものではない。息子を想う母親が命懸けで使った魔法なのだ。私が再現するのは難しい。

 

第二に、リドルが死を逃れた方法がさっぱりわからん。思いつかないわけではなく、選択肢が多すぎるのだ。自身の種族を作り変えたのかもしれないし、命を別の場所に保存しているのかもしれない。何らかの魔道具を使った可能性もある。より取り見取りで目移りしちゃうぞ。

 

リドルが何処まで知っているかは分からんが、あの姿を見る限りそう浅い場所にはいないだろう。深みを覗けばそれこそ無数にある選択肢の中から、彼が選び取ったものを特定するのは容易ではないのだ。

 

そういえば、死の秘宝なんてものもあったか。三つ集めると死から逃れられるとの謳い文句だったはずだ。ニワトコの杖はダンブルドアが持っているし、透明マントも……ん? あの男、全部持っているのではあるまいな? さすがに蘇りの石は持っていないと思うが……。

 

マズいな、興味が出てきてしまった。レミィから特定を急かされているのだが、毎回この調子で中断してしまうのだ。

 

咲夜の能力、転移魔法の構築、リリー・ポッターの魔法、そして死の秘宝。ああもう、どこから手をつければいいのやら。魔女としては幸せな限りだが、紅魔館の一員としては実に悩ましい。

 

……よし、決めた。先ずは転移魔法をちゃちゃっと片付けて、次にリリー・ポッターの魔法だ。死の秘宝はどうせダンブルドアが研究しているだろうし、ヤツの研究が進んだところで成果を掠め取ってやればいい。あの男はああいった物が大好きなはずだ。

 

咲夜の能力はそれからにしよう。あの力はあまりにも謎が多い。『時間を停止させる』というのは、並大抵のことではないのだ。

 

例えば逆転時計あたりは大したことがない。あれは使用者を過去に送っているのであって、世界そのものの時間は通常通りに進んでいる。

 

だが咲夜の能力は違う。使用者に影響しているのではなく、『それ以外の全て』に影響しているのだ。つまり咲夜が能力を使っている間は、世界中で彼女だけが動いていることになる。わざわざ海外に出向いて行った実験でそれを確認した時は、思わず背筋が震えたもんだ。

 

有り得ない話なのだ。狭い範囲ならともかく、任意にリスクなく世界中に影響をもたらす? 絶対に不可能なはずだ。それはもう、一人の人間が持っていて良い力ではない。

 

かといって咲夜だけが『停止した時間』に入り込んでいるわけでもないはずだ。『停止した時間』に入り込むには、そもそも時間を停止させる必要があるわけで、そうなると話が最初に戻ってくる。時間は連続して進んでいるのだから、それを停止させるには相当の──

 

「あれ? 居たんだ、パチュリー。」

 

研究室に入ってきたアリスの声で我に返った。……やめよう。やはりこれは後回しにすべきだ。あの子の『矛盾』は今に始まったことではないのだから。

 

リーゼやレミィだって言ってたではないか。『反則級』は珍しくもないのだと。あの吸血鬼たちの言によれば、そういうぶっ飛んだ能力は珍しくもないらしい。まあ、話に聞く八雲紫もそんな感じだし、私が思うより大したことないのかもしれんが。

 

脳内に広がった思考の残滓を奥底へと仕舞い込みながら、何やら図面を手にするアリスに返事を返す。部屋が薄暗くなっているのを見るに、結構な時間考え込んでいたらしい。

 

「ええ、ちょっと考え事をしてたのよ。その図面は?」

 

「ムーンホールドと紅魔館の図面だよ。そろそろ真面目に転移魔法のことを考えないとでしょ?」

 

ふむ、アリスがやる気なんだったら渡りに船だ。さっさと面倒な大規模転移を片付けてしまおう。

 

「そうね、適当に終わらせちゃいましょうか。」

 

「そんなこと言ってると、またレミリアさんに怒られちゃうよ?」

 

脳裏に激突した図書館が浮かんで……そして無表情で私を見る美鈴の顔が浮かんできた。うん、真面目にやろう。もうあの顔は見たくないのだ。無表情な美鈴というのは、満面の笑みのムーディ並に怖いのである。

 

図面を机に置いて二人で座標の計算を始める。二つの建物の距離と、それぞれにかかっている防衛魔法を考慮して……ああ、移動先の地形も考慮せねばなるまい。

 

面倒な計算を二人で進めていると、アリスが羽ペンを走らせながら口を開いた。

 

「そういえば、何の実験をしてたの? 残骸っぽいものがあるけど。」

 

「ああ、あれは……忘れてたわ。」

 

研究室に入ってきた当初の目的を思い出して、思わず自分に呆れてしまう。またしてもトカゲ人間の秘密は忘却の彼方へと飛んで行ってしまったようだ。

 

うーむ……まあ、いいか。ダンブルドアあたりも調べているだろうし、レミィには後で候補をビッシリと書き連ねた羊皮紙でも突きつけてやろう。

 

さすがにヒントが少なすぎるのだ。魔女に答えを創り出して欲しいなら、先ずは材料を持ってきてもらわねばなるまい。こうなってくると魔女ではなく探偵の領分なのだから。

 

疑問符の浮かんだアリスの表情を見ながら、パチュリー・ノーレッジは言い訳の言葉を考え始めるのだった。

 

 

─────

 

 

「嫌だ。絶対に嫌だ。」

 

紅魔館のリビングで、アンネリーゼ・バートリは強硬に主張していた。

 

幻想郷への移住に備えるために、紅魔館とムーンホールドを『くっつけて』から早一年。ようやくその境目が目立たなくなってきたところで、レミリアがある提案をしてきたのだ。

 

曰く、ハリー・ポッターを保護するために、ホグワーツに人員を送り込む必要がある、との事らしい。まあ、それには確かに同意する。同意はするが……。

 

「私にガキどもと一緒に学生ごっこをしろと? 喧嘩を売っているのかい? レミィ。」

 

それが私である必要などないはずだ。もう五百歳になろうというのに、十代の馬鹿なガキどもに混じって暮らすだなんて……想像しただけでもゾッとする。アズカバンでバカンスでも過ごしたほうが百倍マシだ。

 

私の反対を受けたレミリアが、ニヤニヤ笑いながら口を開く。ぶん殴ってやりたい顔だな。

 

「消去法よ。アリス、パチェ、フランは卒業済みだし、私は顔が売れすぎている。美鈴は……言う必要がないわね。」

 

「こあがいるじゃないか。」

 

「小悪魔がリドルを退けられると思う? 思うなら小悪魔でもいいけど。」

 

無理だ。ぷるぷる震えている姿しか想像できない。……とはいえ、私がホグワーツの新入生? 頭がどうにかなりそうだ。何としても阻止する必要があるだろう。

 

「ハリー・ポッターは運命によって守られているはずだ。私たちが人間一人殺せなかったほどなんだぞ? 護衛の必要があるとは思えないね。」

 

「そりゃあ階段から落ちて死んだりはしないでしょうけどね、リドルの企みの範疇なら死ぬ可能性だってあるのよ? あの馬鹿トカゲの行方が掴めない以上、殺される可能性はゼロじゃないわ。」

 

「ダンブルドアだけじゃ不十分なのかい? 英雄殿だけでは頼りないと?」

 

「確実性の問題よ。より近い視点から見守れる者がいたほうがいいわ。それに、貴女だってリドルに負けるのはもう御免でしょう? 我儘を言っている場合じゃないのよ。」

 

言うじゃないか、レミィ。イラつく内心を表情に変えて、身を乗り出して睨みつける。

 

「我儘? なるほど、我儘か。どうだろうね、レミィ? 糞爆弾を投げて遊んでいるような連中に交ざりたくないというのは我儘なのかな? 礼儀も知らないガキどもと暮らしたくないのは? どうだい、我儘だと思うかい?」

 

想像するだけで死にたくなる気分だ。いい大人が子供と仲良く足し算のお勉強か? 胸に杭でも打ち込む方がマシだろうが!

 

「私は何をしてでも勝ちたいわ。あの屈辱を二度も味わうのは御免よ。貴女はどうなのかしら? アンネリーゼ・バートリ。……泥水を啜る覚悟はないと?」

 

ニヤニヤを引っ込めて真剣な顔で言うレミリアに……クソったれめ! 不承不承頷いた。想像するだに死にたくなるが、負けるのはもっと嫌だ。アリスとフラン、そして咲夜の為にも勝たねばならないのだ。

 

苦々しい顔の私に、レミリアが苦笑しながら説明を始める。

 

「結構よ。ハリー・ポッターが入学するのは一年後だし、準備期間はまだあるわ。ダンブルドアにも話を通しておく必要があるでしょうしね。」

 

「そういえば……私は吸血鬼として学生ごっこをするのか? それとも人間として?」

 

「そこを悩んでいるのよね。貴女はリドルに顔が割れているわけだし、普通に吸血鬼として振舞っても問題ないと思うのよ。むしろいい威圧になるでしょう。」

 

「ダンブルドアには? 私は面識がないぞ。」

 

「へ? ……そういえばそうだわ。こんなに長い付き合いなのに、ダンブルドアと会ったことは一度もないのね。」

 

私は何度か直接見たことがあるが、もちろん向こうは知らないだろう。第一のゲームでは敵のキングということで接触を避けていたし、前回の戦争では騎士団の内通者を警戒して姿を見せなかった。

 

「偶然とはいえ、なんだか勿体無くないか? 伏せ札はあまり無いんだろう?」

 

「うーん……正直言って、もはやダンブルドアに伏せる意味はないのよね。これが終わったらイギリスとはおさらばだし、ダンブルドアが敵に回ることは有り得ないでしょう。むしろリドルに対して伏せておきたかったわね。」

 

「まあ、仕方がないだろう。さすがにあのガキがイカれたトカゲ人間になるとは思わなかったんだ。大体、知ってたらあそこで殺してたよ。」

 

「反面、私はリドルと直接の面識はないわけね。なんともまあ、ままならないものだわ。」

 

とはいえ、新聞なんかを通じて顔は割れているだろう。間にいるパチュリーも知られているわけだし、私との関係にも気付いているかもしれない。魔法界と館の住人の関係図を頭に広げていくと……。

 

「そういえば……美鈴は地味に伏せ札になってるな。リドルもダンブルドアも知らないし、元騎士団員も元死喰い人も知らないぞ。出会ったヤツは全員殺してたからね。」

 

「唯一知っているグリンデルバルドは喋れないしね。うーん……一応、覚えておきましょう。何かに使えるかもしれないわ。」

 

まあ、一応の伏せ札は残っているらしい。何だかんだで有能なヤツだし、有事には頼りになることだろう。……なるかな?

 

脳裏ににへらと笑う門番の顔を浮かばせながら、ソファに深く身を埋めて疲れた気分で口を開く。

 

「しかし……学生か。違和感があるのは間違いないぞ。今更ガキのフリをするのは御免だからな。」

 

『リーゼちゃん十一歳』を演じろと言われるならさすがに死を選ぶぞ。それはレミリアにも分かっているようで、苦笑を強めながら返事を返してきた。

 

「さすがにそこまでは期待してないわよ。二年差で咲夜も入学するわけだしね、あの子がフォローしてくれるでしょう。」

 

まあ、そうだな。レミリアの親バカ補正を抜きにしても、咲夜は並外れて優秀だ。実際のところ彼女がいればかなりの助けになるだろう。

 

何故か紅魔館の使用人を目指している彼女は、今日もまたエマに給仕の仕方を習っている。少なくとも同世代のバカ娘どもに比べれば天と地だ。アリスの教育が良かったに違いない。つまりはアリスに対する私の教育が良かったのだ。

 

心の中で自分の教育を褒め称えながら、咲夜のことを考えてニヤニヤしているレミリアに向かって口を開く。

 

「ま、それが唯一の朗報だね。しかし、あと二ヶ月早く生まれてくれてればな。一年差まで縮まったんだが……。」

 

「そしたら咲夜はここにはいなかったでしょう? 諦めなさいな。」

 

「そりゃそうだ。」

 

そしてヴェイユの娘は生きていただろうし、彼女が育児で魔法省にいなければ、ひょっとするとヴェイユも生き残れたかもしれない。……やめよう。もしもの話を想像するのも楽しいが、まずは未来の話を終わらせるべきだ。

 

「とにかく、ダンブルドアには話すんだね? 他の教員には? 出来れば自由に動けるようにして欲しいんだが。」

 

「微妙ね……マクゴナガルあたりは上手く振る舞えそうだけど、ハグリッドなんかは……まあ、その辺も含めてダンブルドアと話し合いましょう。」

 

何にせよ、最悪七年間に渡っての『収監』を余儀なくされるわけだ。頭が痛くなってきた。

 

執務室のソファに深くもたれ掛かりながら、アンネリーゼ・バートリは己の不幸を嘆くのだった。

 


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