Game of Vampire 作:のみみず@白月
そして物語の幕は上がる
「本当にもう! 忌々しい連中ね!」
アリス・マーガトロイドは嵐の海に浮かぶ小舟の上で、イライラと足を踏み鳴らしていた。揺れ始めた小舟を、同乗しているハグリッドが必死に押さえつけている。魔法をかけてるんだから沈みやしないぞ。
事の発端はハリーを引き取ったマグルの親戚にある。いよいよホグワーツへの入学案内が送られたのだが、彼らはどうやらハリーをホグワーツに入れたくないらしい。手紙攻勢を無視したばかりか、夜逃げを敢行したのである。
プリベット通りの一軒家に人気がないことを確認した私とハグリッドは、こうして訳の分からないど田舎までハリーを追いかけてやってきたわけだ。
「ハリー・ポッターをホグワーツに入れたくない人間がいるとは思わなかったわ。」
撥水魔法で雨粒を防ぎながら吐き捨てると、ハグリッドが恐る恐るという様子で言葉をかけてきた。
「まあ、そいつはそうですけど……でも、もうすぐハリーに会えますよ? 俺が最後に見たのは小せえ赤ン坊の頃だった。楽しみで仕方がねえです。」
「……そうね、もうすぐ日が変わるわ。そしたら飛びっきりの知らせでお祝いしてあげましょう。」
こんな場所で誕生日を迎えるとは……つくづく可哀想な子だ。私たちの持っていく知らせが、いいプレゼントになればいいのだが。
ちなみに、私が同行しているのはダンブルドア先生の気遣いである。まあ……ハグリッドだけに任せるのが心配だったのかもしれない。プリベット通りでは呼び鈴の存在を知らなかったらしく、危うくドアを破壊するところだったのだ。何にせよ先生の選択は正解だったと言えるだろう。
魔法で動く小舟は、やがて海に浮かぶ大岩に到着した。てっぺんには今にも崩れそうなボロ小屋がある。こんなところまで逃げるとは、どうやらフィッグが『病的な』マグルだと言っていたのは真実だったようだ。
降りしきる雨に耐えながら上陸して、ゴツゴツした岩肌に注意しながらボロ小屋に向かって歩き出す。ほんっとうに忌々しい連中だ! なんだってこんな目に遭わなければならないのやら。
ドアの前まで苦労してたどり着くと、ハグリッドがそのドアをノックするが……反応がない。かなり大きな音だったのだ、聞こえていないはずはないのだが。寝てるのか?
ハグリッドが二度目のノックしたところで、中からようやく男の声が聞こえてきた。
「誰だ、そこにいるのは。言っとくが、こっちには銃があるぞ!」
銃? だからなんだというのだ。どうするかと目線で問いかけてくるハグリッドに、大きく頷いて許可を出す。
「ぶっ壊しちゃいなさい。」
「任せてくだせえ。」
後で直せばいいのだ。ハグリッドが強めにドアを叩いた途端、ドアが吹っ飛んで中の景色が見えてきた。ボロボロのカーペットと更にボロボロのソファ。神経質そうな女が叔母で、無謀にも銃を構えているのが叔父だろう。些かふくよかすぎる見た目なのが従兄で、そして、ああ……間違いない、あれがハリーだ。
ジェームズにそっくりの顔に、リリー譲りのグリーンの瞳。何故か床に座り込みながら、こちらを驚愕の顔で見つめている。
安心させようと微笑んで声をかけようとするが、その前にハグリッドがハリーに駆け寄っていった。
「オーッ、ハリーだ!」
おいおい、ハリーが怖がっているじゃないか。そりゃあ大男が自分の名前を叫びながら突っ込んできたら怖いだろう。ドアを修復してからハリーに語りかけているハグリッドを止めようとすると、叔父がハグリッドに銃を構えながら騒ぎ出す。
「今すぐお引き取りを願いたい。家宅侵入罪ですぞ!」
「エクスペリアームス。申し訳ないけど、ハリーに話があるのよ。」
適当に武装解除で銃を吹っ飛ばしてから、ゆっくりとハリーの目を覗き込む。その瞳には驚愕と、そして微かな希望が見てとれる。
なるべく優しい声を意識して、先ずはお祝いの言葉を口にした。
「何はともあれ……ハリー、誕生日おめでとう。」
「おお、そうだった! おめでとうハリー。ほれ、ケーキもあるぞ。」
ハグリッドが言いながら取り出したケーキをまじまじと見つめた後、ハリーは恐る恐るといった様子でこちらに話しかけてきた。
「あの、あなたたちは誰?」
そりゃそうだ。ハグリッドと顔を見合わせて苦笑した後、それぞれに自己紹介をする。
「私はアリス・マーガトロイド。貴方のご両親の友人よ。……まあ、こう見えて六十を超えてるわ。」
「俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ。」
ハグリッドが言いながらハリーと握手するのを横目に、暖炉に火をつけて部屋を暖める。ここはちょっと寒すぎるのだ。
それを見てついでとばかりにソーセージを取り出し始めたハグリッドに呆れつつ、未だ状況が掴めない様子のハリーに声をかけた。
「それで、ハリー? ホグワーツのことは知ってるわよね? 私たちは貴方を案内しに来たのだけど。」
「あの……いいえ。」
へ? 思わずカクリとよろけてしまった。知らないのか?
「し、知らないの? えっと、私たちの世界のことは知ってるわよね?」
「僕、あの……ごめんなさい。」
わお、信じられない。あの馬鹿マグルどもはハリーに何一つ教えていないらしい。手紙を取り上げたばかりか、魔法界のことすら知らされていないとは。つまりハリーは……マグルとして育てられていたということか?
「本当に何も知らないの? その、全くなんにも?」
「えっと、少しは知ってます。あの……算数とか、そういうことなら。」
ハリーの返答に目眩がしてくる。ソーセージを焼きながら聞いていたハグリッドが、天井に引っかかった銃を取ろうとしている叔父に怒りをぶつけ始めた。
「ダーズリー! きさま、ハリーに何にも教えておらんのか!」
「教える必要などない! それ以上何も言うな、小娘!」
「黙っちょれ! 忌々しい腐れマグルめが!」
喚き散らす叔父を無視して、懐から手紙を取り出してハリーに渡す。何も言うなだと? 彼にはこの手紙を読む権利があるはずだ。
「読みなさい、ハリー。貴方は魔法使いなのよ。」
「僕が、何? これは……。」
「いいから読んでみなさい。」
戸惑っているらしいハリーだったが、私の声に促されて手紙を読み始める。時間をかけてそれを読み終わると、更に戸惑いを強めながら口を開いた。
「あの……これ、ふくろう便での返事を待つっていうのは?」
最初の疑問がそれか。思わず苦笑してから、叔父を威嚇しているハグリッドへと声をかける。
「ああ、そういえばそうね。フクロウに手紙を持たせて連絡するんだけど……ハグリッド、お願いできる? まさかコートの中で死んではいないでしょうね。」
「勘弁してください。ちゃんと生きとります、マーガトロイド先輩。」
ハグリッドがヨレヨレのフクロウを取り出した。まあ、ギリギリ死んではいなさそうだ。イライラと彼の指を突っつくところを見るに、幸せな旅ではなかったらしいが。
ハグリッドがダンブルドア先生へと報告の手紙を書いている間に、ハリーに向かって首を傾げて質問を促してみる。この分なら聞きたい事は山ほどあるだろう。
応じて口を開こうとしたハリーだったが、またしても叔父が待ったをかけた。
「ハリーは行かせんぞ!」
「いいえ、行くのよ。ハリーがそれを望むのであれば、彼にはホグワーツに入学する権利があるわ。」
「行かせるものか! こいつの両親が吹っ飛んだ時に決めたんだ。二度とそんな訳の分からんものには関わらんとな! 魔法使いだと? 全くもって忌々しい!」
喚く叔父に反論しようとしたところで、横のハリーがポツリと呟いた。
「吹っ飛んだ? 自動車事故で死んだんじゃないの?」
一瞬頭が凍りつく。自動車事故? 自動車事故だと? この子は両親の死因さえも捻じ曲げて伝えられていたのか? ……ここにいるのがフランじゃなくて良かった。あの子がいれば今頃叔父は肉片に姿を変えていただろう。私でさえはらわたが煮えくり返っているのだから。
とりあえず軽めの麻痺呪文で叔父を喋れなくしてから、呆然としているハリーに説明を始める。
「ステューピファイ! ……ハリー? よく聞きなさい。貴方のご両親は自動車事故で死んだんじゃないわ。」
「あの……それじゃあ、何があったんですか?」
「そうね……貴方が生まれた頃は、魔法界では戦争の真っ最中だったの。リド……ヴォルデモートという悪い魔法使いの所為でね。ジェームズとリリーは彼に対抗するための組織に所属していたのよ。私やハグリッドとはそこで知り合ったの。」
「お父さんとお母さんが、戦争に?」
「そう。そしてその終盤に……ヴォルデモート本人が貴方たちが居る家を襲ったの。ジェームズとリリーは貴方を守るために戦い、そして……死んでしまったのよ。」
話しながら、『ヴォルデモート』という単語に震えているハグリッドを睨みつけてやる。あんな馬鹿馬鹿しい名前にビビることはないのだ。まったく、情けない! テッサが見たら嘆くぞ。
しばらく考え込んでいたハリーだったが、やがて疑問の表情を浮かべながら口を開いた。
「……でも、僕は生きてます。どうして僕だけが?」
「それは……そうね、そこでとても不思議なことが起こったのよ。誰もが予想していなかったことがね。」
リリーの魔法に関しては、ダンブルドア先生から話さないようにと言われている。理由は分からないが、何か考えがあるのだろう。内心でそのことを思い出しながら話を続ける。
「ヴォルデモートは最後に赤ん坊を殺そうとして、そしてそれに失敗した。それどころか彼はそのまま消滅していったのよ。魔法界ではそのことを称え、その赤ん坊を英雄だと祭り上げたものよ。……もう分かるでしょう? 生き残った男の子、ハリー・ポッター。貴方のことよ。」
真剣な表情で言う私に、ハリーはポカンと大口を開けて驚愕の意を示した。……まあ、仕方があるまい。いきなりこんなことを言われても理解できないだろう。
しばらく呆然と何かを考え込んでいたハリーだったが、やがて私の目を見て呟いた。
「でも、僕、何も覚えていません。だいたい僕が魔法使いだなんて……その、有り得ません。」
ジェームズとリリーの息子がこんなことを言うだなんて、なんとも悲しくなってきた。ハリーをこの親戚に預けたのは、ダンブルドア先生の数少ない失敗だったのかもしれない。この様子だとリリーの魔法の分を足してもマイナスになるぞ。
「あのね、ハリー? 本気でそう思ってるの? 貴方が怒った時、悲しかった時、怖かった時、何か変なことが起こらなかった?」
「それは……起こったかも。」
「それなら貴方には充分に資格があるわ。細かい使い方はホグワーツで学べばいいのよ。」
と、部屋の隅で転がっていた叔父が、ぷるぷる震えながら立ち上がった。弱めに魔法をかけたせいでもう起きてきてしまったらしい。そのまま何をするのかと見ていると、こちらを指差しながら大声で喚き始めた。
「行かせんと言ったはずだ! まぬけのきちがいじじいが小僧に魔法を教えるのに、わしは金なんか払わんぞ!」
その瞬間、私の魔法が叔父に、ハグリッドの魔法が従兄に激突した。ダンブルドア先生への侮辱に怒ったのは私だけではなかったらしい。
見れば従兄の方は……尻から尻尾が飛び出している。何の魔法だ? ちなみに叔父はタップダンスを踊り続けている。朝まで止まることはないだろう。……もしかしたら昼までかもしれないが。
「あー……ハグリッド? 何の魔法を使ったの?」
「豚に変えてやろうと思ったんですが……どうも、最初から似すぎてたみたいでして。変えるところがありませんでした。」
「まあ、あのくらいなら大したことはないでしょう。」
タップダンスをしながら息子を引っ張っていく叔父と、それに続いて隣の部屋へと引っ込んで行く叔母を眺める。治してやる必要は……ないな。私はそこまでお人好しじゃないのだ。
それを見たハグリッドが、バツが悪そうな顔でハリーに話しかけた。
「あー……ハリー? その、俺が魔法を使ったことは誰にも言わんでくれるとありがたいんだが。俺は厳密に言えば魔法を使っちゃならんことになっとるんだ。」
「どうして魔法を使っちゃいけないの?」
「まあ、何というか……ホグワーツを退校処分になってな。その時に杖を折られたんだ。つまり、魔法を使うのを禁じられたっちゅうことだ。」
「どうして退学になったの?」
ハリーの質問に、横から返事を返す。思い出すだけでもイライラする事件だ。今だから分かるが、バジリスクを操っていたのは間違いなくリドルだろう。
「冤罪よ。ハグリッドは、くそったれの能無しに罪を被せられたの。」
「えっと……その罪っていうのは──」
「そこまでよ。明日は朝から買い物になるわ。疑問は色々あるでしょうけど、今日はそろそろ休みなさい。」
なおも質問を重ねようとするハリーを止めてから、ハグリッドへと向き直る。私の役目はこれまでだ。ハリーの様子も見れたし、あとはハグリッドに引き継ごう。
ハグリッドの隣まで移動して、ハリーに聞かれないように小声で話しかける。
「ハグリッド、ハリーを頼むわよ? それと……まあ、その、『リーゼちゃん』もね。」
「マーガトロイド先輩、頼むから一緒に来てください。リーゼちゃ……あの方にどう接したらいいのか分からねえんです。」
物凄く困ったように言うハグリッドだったが、これに関しては絶対に嫌だ。目を逸らしながら断固拒否の返事を返す。
「そんなの私だってそうよ。大体、私は一緒に住んでるのよ? 気まずすぎて無理だわ。」
「そんな……スカーレットさんと同世代なんでしょう? なんか失礼があったらと思うと……やっぱり俺には無理です。」
「ハリーと接点を作るための大事な仕事でしょうが。いい? それらしく振る舞うのよ? 変に萎縮しちゃダメだからね。」
そう言って、返事も聞かずにドアへと歩き出す。私は絶対についていかないぞ。リーゼ様に敬語を使わないなんて無理なのだ。
縋るようなハグリッドの視線を無視して、ドアの前から最後にハリーに声をかける。
「それじゃあ、明日はハグリッドが案内してくれるわ。分からないことがあったら彼になんでも聞きなさい。私はこれで失礼するわね。」
「行っちゃうんですか?」
「色々とやる事があるのよ。それに……きっとまた会うことになるわ。だから、おやすみハリー。また会いましょう。」
「あの、おやすみなさい。それと……ありがとうございました。」
うんうん、きちんとお礼を言えるなんていい子じゃないか。ハリーに微笑みかけてから外へと出る。多少は収まってきたようだが、未だに嵐は続いているようだ。
杖を取り出して紅魔館へと姿あらわしをしながら、アリス・マーガトロイドはハリーの幸運を祈るのだった。……それとまあ、『リーゼちゃん』の幸運も。