Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ただいま、咲夜。」
ダイアゴン横丁の買い物から戻ったアンネリーゼ・バートリは、出迎えてくれた咲夜に声をかけていた。いやはや、駆け寄ってくる咲夜を見ていると、買い物で消耗した精神が癒される気分だ。
「お帰りなさいませ、リーゼお嬢様!」
咲夜は私の荷物を受け取ると、さりげない仕草で後ろにつく。うーむ、見事な立ち振る舞いだ。美鈴やエマのそれが微妙なことを思うに、この子の自己流なのかもしれない。
レミリアは使用人など以ての外だと考えているらしいが、私としては大賛成だ。吸血鬼の館にいるんだから、好きなことを好きなだけやればいい。パチュリーもアリスもそうしてるんだし、美鈴なんかその筆頭じゃないか。
レミリアの執務室へと歩きながら、懐からお土産を取り出す。本屋に向かう途中で良さげな物を見つけたので買っておいたのだ。
「ほら、お土産だよ。」
「わぁ! 開けてもいいですか?」
「勿論だ。」
袋を受け取った咲夜は荷物を手首にかけて、器用に包装を開いていくと……よしよし。キラキラした瞳を見るに、満足してもらえたらしい。
「おお、カッコいいナイフです。ありがとうございます、リーゼお嬢様!」
「喜んでもらえたなら何よりだよ。」
咲夜はナイフをコレクションしているのだ。一体全体誰の影響なのかは分からんが、中々にヤバめな趣味を持ってしまった。レミリアやアリスが喜ぶ咲夜に買いまくってくるせいで、既に彼女の自室には壁一面にナイフが飾られている。どうしてこうなった。
最近では庭先で美鈴にナイフ投げを教わっているのをよく見かけるくらいだ。吸血鬼と暮らすと、ちょっと変に育ってしまうのかもしれない。
早速とばかりに試し振りしている咲夜に苦笑しているうちに、レミリアの執務室へと到着する。ノックをせずにドアを開くと、部屋の主人は熱心に書き物をしていた。
レミリアは私の姿を見て何かを言いかけるが、後ろに咲夜がいることに気付くと急にキリッとした表情に変わる。こいつ……本当にダメダメだな。姉馬鹿の上に親馬鹿らしい。
「あら、『かわいいリーゼちゃん』。ハリーとの接触は終わったのかしら?」
ニヤニヤ笑って言ってくるが……いい度胸じゃないか。この件に関しては反撃を容赦するつもりはないぞ。冷たい微笑を浮かべて、四百年前を思い出しながら口を開いた。
「次にふざけたことを言ったらキミの失敗談を咲夜に話すよ? ……そうそう、五十歳くらいの時にキミが間違えてスカートを──」
「わかったわ! 謝るから!」
顔を真っ赤にして立ち上がったレミリアに鼻を鳴らしつつ、ソファにゆっくりと腰を下ろす。彼女の失敗談など腐るほどあるのだ。幼馴染に勝負を挑むからそういうことになる。
「ま、いいけどね。ハリーとの接触は成功だよ。……ハグリッドの大根役者っぷりを除けばだが。」
「それは重畳。仲良くなって頂戴よ? 彼にはリドルをぶっ殺してもらわなくちゃならないんだから。その為には色々と誘導しなくちゃいけないわ。」
言いながらレミリアがソファに座ると、目の前にいきなり紅茶が現れた。咲夜は能力の使い方を着々と学んでいるらしい。……私も少しくらい練習したほうがいいかもしれない。
日光への耐性に、透明化、色を変えたり、闇を見通したり……なんか大したことないな。ビームでも撃てれば面白いんだが。このままだと名前負けすること甚だしいぞ。
内心で自分の能力について考えていると、紅茶を美味そうに一口飲んだレミリアが口を開いた。
「それで? どんなガキだったの? 今にもリドルを殺せそうなら嬉しいんだけど。」
「そんな十一歳は怖いだろうに。まあ……少なくとも度し難い無能ではなかったね。あの年齢にしてはマシなほうだろう。」
変な主義主張に染まっているわけでもなく、何度も同じ質問を繰り返したりもしなかった。多少卑屈すぎる感じもあったが……まあ、許容範囲だろう。
レミリアも安心したようで、小さくため息を吐いている。
「ダンブルドアやグリンデルバルドほどとは言わないまでも、少しはまともな駒になりそうで何よりだわ。」
「それは比較対象が悪いよ。ああ、そうだ……キミ好みの逸話があるぞ。」
「へぇ? どんな話?」
身を乗り出したレミリアに、オリバンダーがぶつくさ言っていた話を掻い摘んで伝える。
「ハリーが出会った杖は、リドルのそれとは兄弟杖なんだそうだ。しかも芯にはダンブルドアの飼ってる不死鳥の尾羽根。どうだい? 中々に運命的だろう?」
私の言葉を受けて、レミリアはニヤリと笑みを浮かべた。どうやらお気に召したらしい。
「いいじゃないの。バックストーリーとしては充分すぎるほどの逸話だわ。」
ふんすか鼻を鳴らしながら言ったレミリアは、再び紅茶を飲んでから大きく伸びをした。翼までぷるぷるしてるのがなんか間抜けだな……うん、私は気をつけよう。
「んー……まあ、しばらくは何もないでしょ。一年生っていえばパチュリーやアリス、フランでさえも大人しく過ごしていた時期よ。ハリー・ポッターに何かがあるとは思えないわ。」
「そりゃそうだ。十一歳のガキがやれることなんて高が知れているだろうしね。まあ、しばらくは学生ごっこを楽しむさ。」
もちろん皮肉だ。『ホグワーツ幼稚園』での暮らしを思うと、実際は今から考えるだけでも憂鬱になる。
暫しの退屈な生活を想像しながら、アンネリーゼ・バートリはゆっくりと紅茶に口をつけるのだった。
─────
「リーゼは無事に接触できたらしいわよ。」
もはや見慣れたホグワーツの校長室で、レミリア・スカーレットは椅子に座るダンブルドアに話しかけていた。
「素晴らしい。あの親戚の件で一時はどうなることかと思いましたが……結果は上々ですな。」
「ハグリッドの演技にクレームがあったけどね。」
私がそう言うと、ダンブルドアは苦笑しながら肩を竦める。
「あの男はどうにも素直すぎるようで。まあ、確かに良い人選ではありませんでしたな。向き不向きというものでしょう。」
そう言いながらも、ダンブルドアはハグリッドを重用している。騎士団の頃からそれはずっと変わっていないのだ。
もしかしたら……私にとっての美鈴のようなものなのかもしれない。色々と抜けているが、便利なのだ。そう思うと納得できてしまう。
「そういえば、『石ころ』はどうなったの?」
「石ころ? ……ああ、賢者の石ですか。なんともまあ、ニコラスが悲しみそうな呼び方ですな。」
「パチェが二十四色セットで持ってるんだもの。色鉛筆じゃあるまいし、一体何に使うんだか。」
この前聞いたら、属性がどうだの魔力の伝導がどうだのと、訳の分からない話をし始めたのだ。結局何が言いたいかはさっぱりだったが、とにかくパチュリーにとっては必要なものらしい。
ダンブルドアは呆れたように苦笑いしながらも、賢者の石について説明してくれる。
「ニコラスにはもはや不要だということでしたのでね、計画に組み込んでしまおうと思ったのですよ。」
「計画に? どういうことかしら?」
「恐らくトムは狙ってくるでしょう。それならば……いっそくれてやろうかと思いまして。」
悪戯小僧のように笑うダンブルドアに、一瞬思考が停止する。くれてやる? リドルに? それはまた……なんとも意味不明な一手だ。利敵行為ではないか。
私のポカンとした顔に満足したらしく、ダンブルドアはクスクス笑いながら全貌を話し出す。
「わしの生きているうちに片をつけたいのです。その為にはトムには実体を持ってもらわなくてはならない。今の彼は……まあ、ノーレッジの予想では実に捕らえにくい形をしているのでしょう?」
先程までのクスクス笑いは鳴りを潜め、今のダンブルドアは真剣な表情になっている。
「わしはもう長くはないでしょう。実に長く生きた。死ぬのを恐れてはおりません。しかし……ハリーにトムのことを背負わせたままでは死ねないのです。故に、あと十年以内には決着をつける気でおります。」
「なんともまぁ……思い切った手段を取るわね。敵に塩を送ることになりかねないわよ?」
「賢者の石はそれほど万能ではありませんよ。ニコラスと共に研究した私はそれを知っています。トムの実体を取り戻す手助けにはなっても、彼をより強力にしたりはしますまい。」
確かに亡霊のままウロウロされては殺しようがないだろうが……ふむ、短期決着に持っていくつもりか? しかし、ハリーはまだピカピカの一年生だ。リドルをぶち殺すどころか、杖に明かりを灯すことさえできないだろう。
十一歳の少年が死の呪文を撃っている場面を想像しながら、首を振って言葉を放つ。さすがに有り得ん光景だ。
「まあ、実体があったほうが対処し易いのは同意するけど、ハリーがリドルに勝てるようになるのはまだまだ先よ?」
「だからこそ、ホグワーツに石を移したのですよ。まあ……ギリギリのところでしたが。」
言いながらダンブルドアが机に乗せた新聞には……おやおや、グリンゴッツに銀行破りか。小鬼どもは面目丸潰れだな。今頃は怒り狂って犯人探しをしてるに違いない。
そして侵入された金庫は、『石ころ』が入っていた番号の金庫だ。私たちが動いているように、敵もまた動き始めたらしい。
私が話の流れを掴んだのを見て取ったのか、ダンブルドアがその続きを口にする。
「金庫から出された今、賢者の石がホグワーツにあるとは思っていますまい。仮に辿りついたとしても盗み出す準備に暫くかかるでしょうし、盗んでも利用するのは容易くないのです。あれを理解し切れているのはニコラス、わし、ノーレッジだけでしょう? トムが思いつくのは……まあ、精々命の水を飲むことくらいでしょうな。」
「それじゃあダメなの?」
「延命と蘇生には天と地ほどの差があるのです。単に命の水を飲むだけでは、何一つ物事は解決しませんよ。この辺のことをトムが理解してるかどうかは怪しいものですな。詳しいことは……そう、ノーレッジに聞けば教えてくれるでしょう。賢者の石は彼女の専門分野なのですから。」
「聞くと長くなるからやめとくわ。放っておくと三日は喋り続けるわよ。」
三日で済むか怪しいもんだ。私の言葉に苦笑いで納得の頷きを放ってきたダンブルドアを見ながら、彼の計画について考える。
……ふむ、悪くはないな。ホグワーツに石を移したことを知る者は多くはない。リドルが今どんな状態なのかは知らないが、計画から実行に移すのはそれなりに時間がかかるだろう。あの男はホグワーツを恐れているのだ。ダンブルドアのお膝元な以上、軽々に物事を進めたりはすまい。
短期決着も望むところだ。あの胸糞悪いトカゲ人間が消滅するなら、それだけ咲夜の学園生活も安全になるのだから。ハリー・ポッターが死ぬのは困るが、咲夜が傷つくのはもっと困る。
それに、ダンブルドアが死ぬまで身を潜められるのは堪らない。言われてみて気付いたが、それは想像したくないほどに厄介な一手だ。
影響力も実力も。こちらにとって最強の駒抜きで戦うなど考えたくもない。それなら多少早めに復活してもらった方がまだマシだ。
「そうね。ま、ホグワーツのことは貴方に任せるわ。……ああ、あのバカバカしい仕掛けもその為だったのね。」
そういうことなら、あの『アスレチックコース』のことも理解できる。真面目に石を守る気はそもそも無かったらしい。
「なかなか愉快な仕掛けでしょう? トムをおちょくるにはもってこいの仕掛けなのですよ。」
パチリとウィンクしながら言うダンブルドアは、再び悪戯小僧の顔に戻っていた。何が『私が死ぬまでに』だ。あと数十年は死にそうにないではないか。
「はいはい、お見事ね。それじゃ、しばらくは校長業務に専念してなさい。私も大人しくしてるわ。」
肩を竦めて言った私に、ダンブルドアが思い出したかのように質問してきた。
「そういえば……咲夜は元気ですかな?」
「頗る元気よ。コゼットそっくりに育ってるおかげで、アリスとフランが猫可愛がりしてるわ。目だけがアレックスの青ね。」
「ハリーとは逆ですな。何にせよ、コゼットたちは喜んでいることでしょう。貴女たちに託したことは間違っていなかった。ようやく肩の荷を一つ下ろせそうです。」
「再来年には咲夜もホグワーツに入れるから、その時はよろしく頼むわよ。あの子もここで多くのことを学んでくれることでしょう。」
パチュリー、アリス、フラン。なんだかんだでホグワーツには世話になってるもんだ。ちょっとだけ心配だが……まあ、リーゼもいることだし、問題はないだろう。問題があったら怒鳴り込んでやればいい。
「お任せいただきたい。その日を楽しみに待っておきましょう。」
目を細めながら言うダンブルドアに頷いて、レミリア・スカーレットは満足そうに微笑むのだった。