Game of Vampire   作:のみみず@白月

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今回長くなっちゃいました。申し訳ございません。


いざ監獄へ

 

 

「もしかして……ハグリッドはきちんと説明していないんじゃないか?」

 

9と3/4番線のホームで問いかけてくるリーゼ様を見ながら、アリス・マーガトロイドは顔を引きつらせていた。

 

いよいよ九月一日となり、嫌そうなリーゼ様を励ましながらこの駅までやって来たところ、ハリーがいつまで経っても現れないのだ。

 

刻一刻と出発の時間が迫るにつれて、さすがにおかしいと思ったらしいリーゼ様が問いかけてきたわけだが……うん、実に有り得る話だ。

 

引きつった顔をなんとか立て直しつつ、名推理を放ったリーゼ様へと返事を返す。

 

「まあ、ハグリッドならやらかしそうですね。さすがにチケットを渡し忘れてはいないでしょうから……いないですよね?」

 

言いながら心配になってきた。ハグリッドでもさすがにそれはないか? ……いや、ありそうだ。容易くその光景が想像できる。リーゼ様も同感らしく、苦笑いで私に声をかけてきた。

 

「一応、マグル側のホームを見てきてくれるかい? 翼を消してもいいんだが、あまり人前で能力を使いたくないんだ。」

 

「わかりました、行ってきますね。」

 

頷きを返して、マグル側の世界に繋がる入り口へと歩き出す。ここには基本的に煙突飛行で来るので、あまりこっち側の入り口を使ったことはない。大昔にテッサと『冒険』した時以来だ。

 

入ってくる人にぶつからないように慎重に通り抜けると、魔法の匂いが一切ないキングズクロス駅が広がっていた。実に新鮮な光景だ。

 

スーツ、ジーンズ、パーカー。色とりどりのマグルの服装には、ほんのちょっとだけ羨ましさを感じてしまう。対する私の服は……うーむ、ちょっと古くさいか? なんか恥ずかしくなってきた。さっさとハリーを探そう。

 

慌ただしく働いている駅員を横目にしながら、ぐるりと周りを見回してみると……いた、ハリーだ。心細そうな表情でチケットを確認している。どうやらハグリッドを叱りつける必要がありそうだ。

 

「ハリー、こっちよ。」

 

ハリーに声をかけてやると、彼の心配そうな表情が安堵へと変わる。そのままカートを押して近付いてくると、嬉しそうに私に話しかけてきた。

 

「マーガトロイドさん! 僕、ホームの場所が分からなくて。それで、どうしたらいいかって……。」

 

「落ち着きなさい、ハリー。私がちゃんと案内するわ。」

 

一緒にカートを押しながら、入り口がある柱へと歩き出す。そりゃあヒントがなければ分かるまい。魔法使いというのは何だってこう、とんちを効かせるのが好きなんだろうか?

 

「ほら、ここよ。十番線の一個前の柱。あれがホームへの入り口なの。」

 

「えっと、あれは……壁ですよ?」

 

「魔法で隠されているだけよ。大丈夫、私も一緒に行くから。」

 

不安そうなハリーと一緒に入り口へとゆっくり歩き出す。手前でそっとマグルから見られていないことを確認して……よし、今だ。

 

ホームの中へと入ると、ハリーは興奮しながら辺りを見回し始めた。なんとも微笑ましいもんだ。かつて私がパチュリーに連れてこられた日を思い出しながら、ハリーをそっと誘導する。

 

「ほら、前を見て歩かないと危ないわよ?」

 

「……あ、はい。」

 

生返事を返したハリーをリーゼ様の元へと誘うと、彼女を見つけたハリーが笑顔になって声を放った。どうやら関係は良好だ。……魅了を使ってはいないよな?

 

「リーゼ! 待っててくれたの?」

 

「その通りだよ。そして、良いことを教えてあげよう。レディを待たせるもんじゃない。気をつけたまえ。」

 

「あー、ごめん。でも、レディっていうか……いや、なんでもないよ。」

 

ハリーの失礼な言葉を視線で封じたリーゼ様は、私に向き直って口を開いた。

 

「ご苦労だったね、アリス。ハグリッドには私から言っておこう。」

 

「あはは、まあ……お手柔らかにお願いします。」

 

親しげに話している私たちを見て、ハリーの顔には不思議そうな表情が浮かんでいる。まあ、別に隠すようなことではないのだ。話してしまっても構わないだろう。

 

「私とリーゼ様は一緒に住んでるのよ。何というか、リーゼ様は私の……雇い主? みたいな感じなの。」

 

「な、なるほど?」

 

よく分からんという様子のハリーだったが……ま、構うまい。ボンヤリ理解してくれれば充分だろう。

 

リーゼ様が小さなトランクを手に取りながら、ハリーに向かって話しかけた。

 

「さて、それじゃあ乗り込もうか。ホームはこれからうんざりするほど見ることになるんだ、席を取ることを優先すべきだろう?」

 

「そうだね。それじゃあ……ありがとうございました、マーガトロイドさん。」

 

ぺこりとお辞儀をしたハリーに、微笑んでから返事をする。

 

「ええ、行ってらっしゃい、ハリー。リーゼ様もお気をつけて。」

 

「ああ、行ってくるよ。」

 

乗り込んで行く二人に手を振って見送る。悲しいことに、リーゼ様の顔は諦観の表情に染まっていた。お務めに向かう囚人のようだ。

 

内心で苦笑しながら一応出発まで見送ろうかと考えていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「こら、フレッド、ジョージ! 余計なことはしないでちょうだい!」

 

声の方向を見てみれば……凄いな、赤毛の集団だ。言わずもがな、モリーとその子供たちである。ムーンホールドを闊歩していた子供軍団は、どうやら立派な少年たちに育ったらしい。

 

ゆっくりと歩み寄って、今度は一番小さな男の子に注意を飛ばし始めたモリーへと話しかけた。

 

「モリー、久しぶりね。」

 

「ロン、はぐれないように……あら、マーガトロイドさん! お久しぶりです。なんともまあ、お変わりないようで。」

 

「よく言われるわ。しかし、実に大変そうね。」

 

苦笑しながら言うと、モリーは呆れたように捲し立ててきた。

 

「本当にもう、腕が二本じゃ足りませんよ。双子の相手だけでも六本は必要だっていうのに、アーサーは何にも手伝ってくれないんですもの!」

 

「あら? 『かわいいモリウォブル』への愛が薄れちゃったのかしらね? 天地がひっくり返っても有り得ないと思うのだけど……。」

 

「やめてください、マーガトロイドさん!」

 

顔を真っ赤にしたモリーに微笑んでいると、それを見ていた双子のどちらかが話しかけてきた。小さい頃も瓜二つだったが、残念ながら今なお見分けをつけるのは難しそうだ。

 

「おいおい、ママをやり込めるなんて、あんたは何者なんだ?」

 

「こら、ジョージ! 口の利き方に気をつけなさい! その方は貴方の大先輩ですよ。」

 

意味が分からないというようにポカンとする赤毛の子供たちに、いつもの自己紹介を放つ。最近はなんだかこんなことばっかりだな。

 

「ご機嫌よう、ウィーズリー家のみなさん。私はアリス・マーガトロイド。これでも六十を超えてるお婆ちゃんよ。」

 

「うっそ。そんなに綺麗なのに?」

 

ポツリと呟いた最も年下の……ジネブラだったか? その可愛いことを言ってくれた女の子の頭を撫でていると、真っ先に驚愕から立ち直った双子から物凄い勢いで質問が飛んできた。

 

「すげえな。マクゴナガルよりも年上なんだ……ですか。若返り薬とか? それとも何かの魔法?」

 

「バカ言うなよフレッド。きっと長命薬だぜ。そうなんですよね? あー……俺たちにもほんのちょっとだけ分けてくれませんか? 悪用はしないので。」

 

なるほど、この子たちの相手は確かに腕が六本必要そうだな。私が何か返す前に、モリーの怒鳴り声がその場に響く。なんとも忙しない家族だ。

 

「いいから準備をなさい! もうすぐ出発なんですよ? ああ、パーシー、先に行きなさい。監督生ですからね、お仕事があるでしょう。」

 

ひときわ真面目そうなメガネの子が、モリーの言葉を受けて先に列車へと入って行く。私に一礼してから行ったことを見るに、双子とは正反対の性格らしい。

 

その後も慌ただしく息子たちを送り出したモリーが一息つく頃には、既に出発の時間になっていた。最後に今年入学らしい息子に声をかけたモリーは、動き出す列車を見ながら私に声をかけてくる。

 

「はぁ、ようやく終わりました。毎年こうなんですから、堪ったもんじゃありませんよ。」

 

「ご苦労様、モリー。お母さんは大変ね。」

 

「ありがとうございます。……そういえば、今日は何故ここに? 新入生にお知り合いでもいたんですか?」

 

「まあ、そんなところよ。それに……ハリーも今年からホグワーツだしね。見送りに来たってわけ。」

 

私からハリーの名前が出ると、途端にモリーの顔が歪む。彼女はあのハロウィンの日、子育てに忙しくて事件には関わっていない。その事を悔やんでいるのだ。ジェームズやリリー、テッサたちの葬式では泣きながら謝っていたのを覚えている。

 

子供たちを守ることが一番大切なのだ。それを全うしたモリーに責任など一切ないのに、優しすぎる彼女は責任を感じてしまったらしい。なんとも救われない話だ。

 

遠ざかるホグワーツ特急を見て目を細めながら、モリーがポツリと呟いた。

 

「そうですか……そういえばもう十一歳なんですね。一目会いたかったです。」

 

「あの子……ロンだったかしら? ハリーと同学年になるのでしょう? それならきっと友達になってくれるわよ。二人とも多分グリフィンドールでしょうしね。」

 

「そうなれば良いんですけど……ああ、ロンに言っておけばよかった。ハリーはきっと心細いでしょうに……。」

 

「大丈夫よ。ジェームズとリリーの息子なんだもの。きっと上手くやっていけるわ。」

 

こちらを見ながら何の話かと首を傾げるジニーを撫でながら、小さくなった赤い車体を眺める。

 

生徒たちを詰め込んだホグワーツ特急がカーブに消えていくのを見て、アリス・マーガトロイドは新入生たちの幸せな学生生活を祈るのだった。

 

 

─────

 

 

「あの、ここ、空いてるかな?」

 

赤毛のノッポくんがおずおずと聞いてくるのにジェスチャーで応えながら、アンネリーゼ・バートリは買っておいた予言者新聞を取り出した。

 

この新聞に書いてあるのは五割がゴシップで四割が大嘘だ。なんの価値もない紙切れに近いが、残念ながら魔法界の情報媒体はこれ一つしかない。週刊魔女だのは情報媒体とは呼べないのだ。

 

「あー……ありがとう。」

 

ゆっくりとハリーの隣に座ったノッポは、新聞を読んでいる私と、それを向かい側から夢中で見ているハリーに戸惑っていたが……やがて意を決したように私たちに話しかけてきた。

 

「あの、僕、ロン・ウィーズリー。新入生だよ。」

 

「アンネリーゼ・バートリ。……新入生だ。」

 

この言葉は私にダメージを与えるのだ。あまり使わせないでくれ。

 

「僕は、ハリー・ポッター。僕も新入生だよ。」

 

ハリーがぎこちない笑みで自己紹介を放った途端、ウィーズリーは目をまんまるにしながらハリーを指差す。そら、始まった。生き残った男の子はガキにとっても有名人か。

 

「ハリー・ポッター? あのハリー・ポッターかい? それじゃあ……その、額には傷跡が──」

 

テンプレートな反応を示したウィーズリーから、新聞へと視線を戻す。どんなやり取りかは聞くまでもないだろう。しかし……ウィーズリー? どこかで聞いたような名前だな。

 

一頻り傷跡なんかを調べ終わったウィーズリーは、今度は私に質問を飛ばしてきた。

 

「その、バートリは吸血鬼なのかい? その翼、スカーレットさんのとおんなじだ。」

 

同じじゃない。私の方が艶があるし、ちょっとだけ大きいのだ。レミリアは自分の翼の方が形が綺麗だと主張しているが、どう考えても私の翼の方が美しい曲線を描いている。

 

……まあ、翼談義を仕掛けても仕方がない。吸血鬼相手なら嬉々として乗ってくるだろうが、人間相手じゃ引かれるだけだ。肩を竦めながら適当な返事を返す。

 

「如何にもそうだよ、ウィーズリー。最近はレミリアも表に出ていないってのに、よく知っているね。」

 

「僕の家のリビングにスカーレットさんの新聞が貼られてるんだよ。パパもママも凄い人だって言ってる。……ちょっとウンザリするくらいに。」

 

ああ、思い出した。アーサーとモリーのウィーズリー夫妻。確か騎士団の一員で、熱心な『レミリア信者』だったはずだ。新聞を貼り出すなんてバカな事をするのが、レミリア以外に存在することに驚いた記憶がある。

 

私の内心の呆れを他所に、ウィーズリーはちょっと気まずそうな表情で口を開いた。

 

「あー……それと、僕のことはロンって呼んでくれないかな。兄が三人もホグワーツにいるんだ。ウィーズリーだと誰だか分かんなくなっちゃうんだよ。」

 

「ああ、それなら私もリーゼでいいさ。」

 

「僕もハリーでいいよ。」

 

本音を言えば良くはないが、我慢できないほどでもない。私だって外面を取り繕うことくらいは出来るのだ。

 

私たちの返答に気を良くしたらしいロンは、ニッコリ頷きながら懐から……あー、ネズミか? ネズミを取り出した。どうしたんだコイツ。ペスト菌でもばら撒くつもりか?

 

ドン引きする私とちょっと引いているハリーに気付くことなく、ロンは笑みを浮かべたままネズミをこちらに突き出してくる。

 

「こいつ、スキャバーズって言うんだ。僕のペットさ。……まあ、お下がりなんだけど。」

 

「へぇ、そうなんだ。」

 

ハリーが曖昧な返事を返すが……うん、それ以外答えようもないな。今にも死にそうなほどにショボくれてるね、とはさすがに言えまい。私も適当な返事を口にしようとしたところで、目が合ったネズミが猛然と暴れ始めた。なんだよ、吸血鬼はネズミを喰ったりはしないぞ。

 

「うわっ、なんだよスキャバーズ。落ちつ……落ち着けよ!」

 

必死になって押さえつけたロンは、ネズミをカゴに詰め込みながら気まずそうに口を開く。

 

「あー……いつもはもっと大人しいんだ。何でだろうな? リーゼがいるから緊張してたのかもしれない。」

 

「私が? ネズミに嫌われるような覚えはないぞ。……多分ね。」

 

自信がなくなってきたぞ。ネズミなんか飼ったこともないし、これから飼う予定もない。ああでも、パチュリーの研究室に数匹いたな。無論過去形だが。

 

「そういうことじゃなくって、スキャバーズはスカーレットさんのファンなんだよ。新聞に載ってるのを見つけると、何でか知らないけどよく見たがるんだ。妹はきっと新聞を読んでるんだよなんて言ってたけど……有り得ないよな。」

 

「んふっ、なるほど。レミィのファンか。んふふっ、それはいいことを聞いたよ。本人に伝えてあげないとね。」

 

これほどバカバカしい話が他にあるか? ネズミのファン。んふふ、最高のからかい文句じゃないか。よくやったぞ、ロン! お陰でクリスマス休暇の楽しみが出来た。

 

脳内でネズミとにこやかに握手しているレミリアを想像していると、今度は話を聞いていたハリーが私たちに質問を飛ばしてきた。

 

「スカーレットさんってそんなに凄い人なの? リーゼからちょっとは聞いてるけど……。」

 

「ちょっと待って……ほら、この人だよ。悪い魔法使いとずーっと戦い続けてる人……っていうか、吸血鬼なんだ。『例のあの人』とか、グリン……なんとかとも。」

 

「グリンデルバルド。ゲラート・グリンデルバルドだ。」

 

蛙チョコレートのカードをハリーに渡しながら言うロンの言葉に訂正を加える。嘆かわしいもんだ。イギリスではゲラートよりも『妖怪トカゲ男』のほうが有名らしい。

 

しかし……レミリアのやつ、とうとう蛙チョコカードの一員に加えられたのか。カードの写真に映るレミリアは、ドヤ顔でふんぞり返っている。なんかムカつくな。

 

興味深そうにカードを見つめるハリーの横から、レミリアの写真を杖で突っつきまくってやる。執拗に突き続けていると……ふん、写真の中のレミリアは頭を抱えて逃げていった。ざまぁみろだ。

 

「いなくなっちゃった。」

 

「あー、まあ、そのうち戻ってくるんじゃないかな。何枚も持ってるし、それは君にあげる。これから集めるといいよ。」

 

驚いたように言うハリーに、ロンが苦笑いで答える。未だハリーはカードが気になっているようだったが、ロンが新たな話題を繰り出してきた。

 

「そういえば、寮はどこになると思う? 僕は多分グリフィンドールなんだ。家族全員がそうだからね。」

 

「えっと、四つの寮があるんだよね。どうやって決めるのかな?」

 

「勇敢なのがグリフィンドール。頭がいいのがレイブンクロー。それと、フレッドとジョージ……僕の双子の兄だよ。そいつらが言うには、ハッフルパフは間抜けで、スリザリンは嫌な奴が入るらしいよ。」

 

なんとも『グリフィンドール的』な説明だな。ホグワーツの寮の説明の仕方で、ある程度の人柄が分かるというのも頷ける。パチュリーよりはマシで、アリスよりは恣意的という感じだ。

 

「じゃあ僕、きっとハッフルパフだ。」

 

落ち込みながら言うハリーに、元気付けるように声をかける。ハッフルパフを貶すと後が怖いぞ。あそこには凄まじい卒業生がいるのだから。

 

「ハッフルパフだって良い寮じゃないか。それに、私はグリフィンドールに賭けるがね。キミの両親はどちらもグリフィンドールだよ?」

 

「そうなの? どうしてそんなことを?」

 

「アリスに聞いたのさ。……まあ、絶対ではないが、その可能性は高いと思うよ。」

 

というか、マズくないか? 別々の寮になったら任務の遂行に支障が出るぞ。スリザリンは百パーセントないにしても、他の三寮はどれも有り得そうな話だ。

 

グリフィンドールだよな? そうだとは思うが……ダンブルドアもレミリアもこの問題に気付かなかったのか? マヌケの集団か! 私たちは。

 

そう思うと、どんどん不安になってきた。バートリの頭文字はBだ。アリスによればABC順で組み分けされるらしいから、Pのポッターは私の後になる。

 

「ちょっと失礼するよ。」

 

寮談義に夢中な二人に一声かけて、コンパートメントから出て守護霊の呪文を使う。

 

「……ダンブルドア、ハリーと同じ寮になれるように小細工をしておくように。私は無駄な七年間を過ごすのは御免だからな。」

 

伝言を託したコウモリの守護霊を、ダンブルドアの元へと送り出す。ふくろうよりは早く着くはずだ。

 

ま、これで問題なかろう。一息ついてコンパートメントに戻ろうとすると、廊下の先から凄い勢いで見知らぬ少女が歩いてきた。

 

私の目の前で急ブレーキをかけた少女は、ビシリと私の杖を指差しながら口を開く。

 

「それ、守護霊の呪文だわ。」

 

「あー……これは杖だよ。そしてさっき使ったのが守護霊の呪文だが、それが何か?」

 

栗色の癖っ毛が特徴的な女の子は、守護霊が飛んで行った方向を見ながら話を続けてくる。距離的に伝言は聞かれていないはずだ。つまり、守護霊そのものについての話だろう。

 

「貴女……その、上級生? ……ですか?」

 

「……新入生だが。」

 

頼むからやめてくれ。私は何度新入生だと自己紹介しなければならないんだ。

 

「でも……貴女、守護霊の呪文を使ったわ! とても難しい呪文なのよ? 本で読んだもの!」

 

「そういうヤツもいるだろうさ。たまたまだよ。」

 

「でも、でも、守護霊の呪文なのよ? そんなのおかしいわ!」

 

何なんだ、一体。レミリアならドヤ顔で誇っている場面だろうが、私としてはいい大人が算数の問題を解いたことに驚かれているようでなんとも居心地が悪い。適当に声を放ってからコンパートメントに戻るが……ついてきたぞ、こいつ。勘弁してくれ。

 

「えっと、誰だい? その子。」

 

ロンが疑問を放ってくるが、私だって知らないのだ。席に戻りながら口を開く。

 

「知らないよ。勝手についてきたんだ。」

 

私のせいじゃありませんよと全身で表現しつつ答えると、それを見ていた少女が高らかに自己紹介を放った。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー、新入生よ。……それより、貴女! 貴女の名前は?」

 

「バートリだ。アンネリーゼ・バートリ。」

 

「吸血鬼なのね? レミリア・スカーレットと同じ。人間を守る『翼付き』の吸血鬼! 私、本で読んだわ!」

 

人間を……何だって? ジョークにしては趣味が悪いぞ。その本とやらを書いたやつは、間違いなくレミリアから金を握らされているな。そうでなきゃ聖マンゴの錯乱科病棟にでも入れてやった方が身のためだ。

 

内心の呆れをよそに、少女はなおも捲し立ててくる。

 

「吸血鬼だと呪文を使い易いとか? それとも、守護霊の呪文に適性があるの?」

 

「あー……そんなところだよ。」

 

そんなわけないが、適当にそう言っておこう。守護霊の呪文はレミリアもフランも使えるのだ。嘘を言ったところで誰も困らない。

 

「やっぱり! おかしいと思ったのよ。新入生が使えるような呪文じゃないもの! 私、ホグワーツのことを知ってから色々と勉強したのよ。ああ、私は普通の人……つまり、マグルの生まれなんだけど、それでも──」

 

どうやら彼女はここに居座ることを決めたらしい。ハリーもロンもその長台詞に圧倒されている。

 

何というか……アクティブなパチュリーだな。鬱か躁かの違いはあれど、本が大好きな点は共通している。それとまあ、他人との距離を測るのが苦手なところも。

 

「──だから、私は早く呪文を試してみたくて仕方がなかったの。でも、列車で試した分は全部上手く使えたわ! 例えば……ルーモス。ほら、上手くできたわ。」

 

杖に明かりを灯した少女は、胸を張って誇らしげだ。一周回って面白くなってきた。食い入るように見ているハリーはともかく、ロンはそうは思わなかったようで、ウンザリした様子でグレンジャーに声をかけた。

 

「あー、僕はロン・ウィーズリーだ。興味があるかは知らないけどね。それにそっちは──」

 

「貴方、ハリー・ポッターだわ! その傷跡、例のあの人がつけたんでしょう? 私、本で読んだもの!」

 

実にたくさんの本を読んでいるらしいグレンジャーは、今度はハリーに標的を変えた。矢継ぎ早に質問を繰り返すのをしばらく眺めていたが……おっと、ロンが再びそれを遮る。どうやらこの二人は相性が悪いようだ。

 

「それより君、何しに来たんだい?」

 

「……そうだわ! ネビルのカエルを探してたの! 見ていない? 大きなヒキガエルらしいんだけど。」

 

ヒキガエル? そんなもんを見かけたら窓の外に捨てているはずだ。当然ながらハリーやロンにも心当たりはないらしく、全員がキョトンとしているのを確認すると、グレンジャーは再びコンパートメントの外へと飛び出していった。

 

「私、探してくる!」

 

台風のようなグレンジャーが過ぎ去って、コンパートメントが静けさに包まれる。ロンは清々したとばかりの表情だが、私はまあ……面白くはあった。四六時中一緒にいるのは嫌だが、側から見てる分には楽しめるタイプの人間だ。

 

ハリーと顔を見合わせて苦笑していると……おやおや、またしてもご来客らしい。ドアがノックされた直後に、返事も聞かずに開かれた。

 

「やあ、君たちは……間違えたよ、失礼する。」

 

洋装店で見た青白い顔の少年だ。私の顔を認めると慌てて引き返そうとするが……腕を掴んでコンパートメントへと引っ張り込む。逃げる者を追いたくなるのは吸血鬼の本能なのだ。今決めた。

 

「いやぁ、ゆっくりしていったらどうだい? あの時は結局自己紹介も出来なかったじゃないか。」

 

「いや、その、結構だ。コンパートメントを間違えたんだよ。離してくれ。」

 

ぐいぐい腕を引きながら逃げようとするが、折角向こうから来てくれたのだ。歓迎せねばなるまい。

 

「私はアンネリーゼ・バートリだ。……ほら、礼儀も知らないのかい? 返礼してくれよ。」

 

なおも逃げようと足掻いていた少年だったが、ついて来たはずの大柄な二人が姿を消しているのを確認すると、諦めたかのように口を開いた。

 

「……ドラコ・マルフォイだ。」

 

「おっと、マルフォイ、マルフォイか。ルシウス・マルフォイの息子というわけだ。どうやらキミは父には似なかったようだね? キミの父は逃げるのが上手かったらしいじゃないか。」

 

レミリアから聞いている名の一つだ。証拠不十分で逃げ切った『絶対死喰い人なヤツ』の一人。つまりは敵だ。ニヤニヤ笑いながら言ってやると、マルフォイは顔を青くしながらも反論してきた。

 

「父上への侮辱はやめてもらおうか。マルフォイ家は由緒ある純血の家系だぞ。」

 

「由緒ある、ねえ。バートリに比べたら塵芥だと思うよ? しかし……純血主義なのかい? 実にヴォルデモート的な考え方じゃないか。」

 

「お前、あの方の……闇の帝王の名前を言った。」

 

リドルの『芸名』を聞いたマルフォイは蒼白になって呆然としている。ふむ、怒りじゃなくて恐怖か。熱心な支持者というわけでもないらしい。

 

「闇の帝王? ふむ、些か誇張が過ぎるね。彼も迷惑がってるんじゃないかな?」

 

「しっ、失礼する!」

 

肩を竦めながら言ってやると、今度こそマルフォイはコンパートメントからの逃走を見事に決めた。オモチャがなくなってしまったらしい。つまらん。

 

まあ、別に本気でやり合おうという気など欠片もない。十一歳のガキにムキになるほうがどうかしている。だからまあ、精々オモチャにして遊ぶ程度だ。

 

残念そうに席に座り直す私を見て、ヴォルデモートの名前で固まっていたはずのロンが話しかけてきた。

 

「マルフォイ家はパパも悪い魔法使いの家だって良く言ってる。だから、いい気味だよ。いい気味だけど……あー、リーゼは結構キツい性格みたいだね。」

 

失礼なことを言うロンに睨みを利かせ、再び新聞を手にして読み始める。そろそろ静かに読ませてもらいたいもんだ。

 

アンネリーゼ・バートリのささやかな望みは、車内販売のノックの音で泡へと消えていくのだった。

 


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