Game of Vampire 作:のみみず@白月
「バートリ・アンネリーゼ!」
マクゴナガルが私を呼ぶ声を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは教員席に座るボケ老人を睨みつけていた。
ホグワーツ特急を降り、小舟に乗って湖を渡るとかいう忌々しい儀式をさせられた後、新入生たちはようやくホグワーツへとたどり着いた。フランは境界を弄られてたから平気だったかもしれないが、湖を渡るというのは吸血鬼にとっては拷問だぞ。
その他の道中はまあ、大したことはなかった。精々ハグリッドが終始私に対してオドオドしていたくらいだ。対するマクゴナガルが堂々と生徒扱いしているのを見るに、今後も彼には期待しないほうが良いだろう。
そしてそのまま、結局なんの知らせもない状態で組み分けの時間を迎えてしまったのだ。本当に対処してあるんだろうな、ジジイ。
声に従って組み分け帽子が置かれている椅子へと歩み出る。新入生たちの列から抜けてよく見えるようになると、私の翼を見た在校生たちから微かな騒めきが生じるが……んん? ハッフルパフのテーブルだけは何故か黄色い歓声を送ってきた。吸血鬼に歓声か。いよいよ訳が分からんぞ。
ニコニコ笑っているダンブルドアを睨みつけながらも、小さな木の椅子に座ってツギハギだらけの帽子を被る。するとアリスやフランが言っていたように、頭の中に微かな声が響いてきた。ちなみにパチュリーはそうなる間も無くレイブンクローに決まったらしい。そりゃそうだ。
『おや、おや。君は吸血鬼だね?』
如何にも、その通りだ。ダンブルドアから話は通っているんだろうな?
『フム。君はグリフィンドールへと組み分けしろとのことだが……。』
ちゃんと対処していたらしい。痴呆老人になっていないようで何よりだ。これでレミリアは魔法界の老人ホームを探さなくて良くなった。
『しかしながら、キミはスリザリンに向いていると思うよ? 類稀な狡猾さ。目的のためなら手段を選ばず、何より身内を重んじる。実にスリザリン向きの素質だ。』
そいつはどうも。……だが、余計なことはするなよ? 帽子。私はここに生徒としてやって来たわけじゃない。ふざけたことをしたらお前を引き裂いてやるからな。この先もバカバカしい歌を歌いたいなら、グリフィンドールと叫ぶんだ。
『なんとも、何処かで聞いたようなセリフだね。吸血鬼というのは短気でいけない。……フム、本当にグリフィンドールでいいんだね? スリザリンならば君は偉大な人物になれるかもしれないよ?』
どれだけ短気かを教えてやろうか? ここには偉大な人物になりにきたわけでも、友達ごっこをしにきた訳でもないんだ。『仕事』をしにきただけなんだよ。だからさっさと終わらせてくれ。
『実に不本意だが……仕方がない──』
「グリフィンドール!」
帽子の声に、グリフィンドールのテーブルから歓声が沸き起こる。最初からそうすればいいんだ。帽子を椅子に投げ捨てて、鼻を鳴らしてからゆっくりとグリフィンドールのテーブルへと歩き出した。
向かう先のグリフィンドールのテーブルでは、絶対にウィーズリーだと一目でわかる赤毛の双子が騒いでいる。『吸血鬼を取ったぞ!』か。何がそんなに嬉しいんだ。
逆に隣のハッフルパフのテーブルでは、何故か生徒たちが落ち込んでいるのが見える。……まさかフランが関係してはいないよな? あの子が卒業したのはだいぶ前だぞ。
内心の疑問に顔を引きつらせながらもグリフィンドールのテーブルへと到着すると、在校生たちが歓迎の言葉を放ってきた。
「ようこそ、グリフィンドールへ!」
「ああ、この寮に選ばれて光栄だよ。」
上級生からの挨拶に作り笑顔で返しつつも、新入生用に空いてる席に着いて組み分けを見守る。帽子の話から考えるに、ダンブルドアはハリーがグリフィンドールだと確信しているらしいが……大丈夫なんだろうな?
数人の組み分けが終わり、グリフィンドールへと分けられた新入生を適当に拍手して迎えていると……おっと、グレンジャーだ。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
マクゴナガルの呼びかけに意気揚々と応えた彼女は、待ち切れないとばかりに帽子を被る。僅かに時間がかかった後で……帽子は高らかに叫びを放った。
「グリフィンドール!」
ふむ? レイブンクローだと思ったんだが、グリフィンドールか。おっと、組み分け待ちの列の中でロンが嫌そうに呻いている。ご愁傷様。彼のグレンジャーに対する苦手意識は、思ったよりも強いらしい。
グレンジャーは上級生たちにニコニコと挨拶を返しながら、私の隣に座り込んだ。
「アンネリーゼ! よろしくね!」
「ああ、よろしく、グレンジャー。」
「ハーマイオニーでいいわよ。これからは同じ寮の一員なんだから。」
「そりゃあ嬉しい提案だね。」
適当に答えると、ハーマイオニーは堰を切ったように組み分け帽子がレイブンクローと悩んだという話をし始めるが……それよりハリーだ。適当に聞き流しながら彼が呼ばれるのを待つ。
その後はしばらくどうでもいい組み分けが続いたが、やがて知っている名前がマクゴナガルの口から飛び出してきた。
「ロングボトム・ネビル!」
おや、ロングボトムの息子だ。何というか……リドルがこっちを選ばなくてよかったな。オドオドとした雰囲気はなんとも頼りないし、一見しただけでダメそうな匂いがプンプンする。
「グリフィンドール!」
ハーマイオニーよりも更に時間をかけた組み分けは、結局グリフィンドールへと決まった。あの帽子、ひょっとして迷ったらグリフィンドールにしてないか? ……怪しいもんだな。
何にせよ、手紙でフランやアリスに教えてやろう。赤ん坊の頃を知っている彼女たちにとっては、ロングボトムの成長は嬉しかろう。
二人の喜ぶ顔を想像しながらその時を待っていると……呼ばれた。ついにハリーの番だ。
「ポッター・ハリー!」
生き残った男の子の名前にざわめく大広間を余所に、グリフィンドールと叫べと帽子を睨みつける。他寮だと酷く面倒なことになるぞ。組み分けの結果を待って沈黙に包まれた大広間だったが……あまりに長いそれを見て、徐々にざわめきが広がっていく。ロングボトムよりも更に長いな。
隣のハーマイオニーがそれを興味深そうに眺めながら、顔を寄せて囁いてきた。
「ハットストールだわ。組み分け困難者なのよ。」
「賭けてもいいぞ、こうなったらグリフィンドールだ。キミも、ロングボトムもそうだったろう?」
ハーマイオニーの解説に肩を竦めて返すと、ようやく帽子の叫びが大広間に木霊した。
「グリフィンドール!」
よしよし、それでいいんだ。ちょっとだけ気持ちを込めた拍手を送りながら、ハリーをテーブルへと迎え入れる。上級生に揉みくちゃにされながらも、ハリーは私の方へと向かってきてハーマイオニーとは逆側へと座り込んだ。
「リーゼ! よかったよ。その、一緒の寮で。」
「私も実に安心したよ。随分と時間がかかったじゃないか。」
私の言葉に少し顔を曇らせたハリーは、周りに聞こえないように小声になって囁いてきた。
「実は……その、帽子がスリザリンと迷ってたんだよ。これって言わない方がいいよね?」
「奇遇だね。私もしつこくスリザリンを勧められたよ。言わない方がいいだろうが……まあ、気にすることはないさ。あの帽子はちょっとおかしくなってるんだよ。」
スリザリンだと? 内心では結構驚いたが、なんでもないように慰めてやれば、ハリーはホッと息を吐いて笑顔になった。お仲間を見つけて安心したらしい。
しかし……ハリー・ポッターがスリザリン? 実際おかしくなってるんじゃないだろうな? 後でダンブルドアにクレームを入れるべきかもしれない。もしくはゴドリック・グリフィンドールの墓に石でも投げつけてみるか?
その後はロンが当然のようにグリフィンドールに組み分けされたくらいで、特筆すべきこともなく組み分けは終わった。マクゴナガルが教員席へと下がっていくのと同時に、ダンブルドアが立ち上がって大広間へと響き渡る大声を放つ。
「おめでとう、新入生たち! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では……いきますぞ? そーれ、わっしょい、こらしょい、どっこらしょい! 以上!」
ダンブルドアの独特なユーモア溢れる挨拶……つまりはボケ老人もかくやというたわ言の後、テーブルの上に大量の食事が現れた。当然ながら人肉ステーキは置いてない。非常に残念だ。
ミネストローネと……パンでいいか。適当に口に運びながら咲夜の料理を懐かしんでいると、コーンスープを口に運んでいたハーマイオニーが話しかけてくる。ちなみに、逆隣のハリーは首の取れかかったゴーストに絡まれているようだ。ゴーストと一緒の食卓か。愉快な城だな、まったく。
「ねえ、アンネリーゼ? 貴女はどのくらい予習したの? 私、教科書は何度も読み返したんだけど……心配だわ。上手くできるかしら?」
「私は、あー……そう、家庭教師から色々と習ったから、さほど心配はしていないかな。」
今思いついた設定だが……ふむ、中々の妙案じゃないか。わざわざ出来ないフリをするのも嫌だし、誇らしげにするのは恥ずかしい。どうせご令嬢設定でいくのだから、家庭教師くらい珍しくもないだろう。
私の返答を受けたハーマイオニーは、手に持っていたスプーンを取り落としながら絶望の表情を浮かべる。『明日この世は終わりますよ』と言われたような表情だ。
「そんな……それって魔法界じゃ普通のことなの? どうしよう。私、落ちこぼれになっちゃうわ!」
「いやいや。あまり聞かない話だし、そこまでショックを受ける必要はないさ。入学前からキミほど勉強しているヤツはそういないと思うよ。」
「そうかしら? でも、少しはいるのよね? ……もっと勉強しないといけないわね。」
うーむ、実に面白い反応だ。これまで接したことのないタイプである。
パチュリーもアリスも『天才』と言って問題ないレベルの才能があったし、勉強に苦労していたような印象はない。……まあ、アリスは魔法薬学だけは苦手だったが。
フランはそもそも杖魔法にあまり興味がなかったし、身の回りで努力型なのは……強いて言えばレミリアあたりか? あとはまあ、咲夜もそうかもしれない。学習速度から見るに、彼女もいわゆる天才なのかもしれないが。
ブツブツと呪文を呟きながら復習しているハーマイオニーを横目に、パンをミネストローネに浸していると……ん? 教員席のほうから誰かが私を見つめている。
感じた視線を辿ってみれば……いつかのターバン野郎じゃないか。私がジロリと睨み返してみると、途端に目を背けて俯きだした。何なんだ、一体。首を傾げていると、向かいに座っている赤毛の真面目そうなメガネが説明してくれる。こいつも絶対にウィーズリーだ。
「ん? ああ、クィレル先生だよ。防衛術の先生なんだけど……その、吸血鬼が苦手らしいんだ。どこかの森で襲われたみたいでね。」
「それはまた、今のイギリスじゃ珍しいね。」
「間違いなく『翼なし』の方だろうけどね。まあ、それでも怖いものは怖いらしいよ。……うーん、君とはあまり相性が良くないかもしれないね。」
なんとも個性的な教師ではないか。赤毛に礼を言ってから食事に戻る。どうやら防衛術の教師の質はヴェイユ以降下がり続けているらしい。アリスが聞いたら悲しみそうな話だ。
その後も適当な雑談をしながら食事を続けていたが、全員の食事が終わったあたりを見計らって再びダンブルドアが立ち上がって声を響かせた。
「さて、大いに食べ、飲んだことじゃろう。ベッドに向かう前にほんの少しだけ話を聞いておくれ。まずは……構内の森へは立ち入り禁止じゃ。何人かの生徒には特に注意しておこう。」
ダンブルドアは明らかにウィーズリーの双子を見ているが、当の本人たちは知らん顔だ。中々にいい性格をしているじゃないか。
ほんの少しだけ苦笑しながらも、ダンブルドアは話を続ける。
「それと、廊下での魔法は原則禁止じゃ。詳しい禁止事項に関しては、管理人室の前の掲示板に貼り出されておる。あとは……そうそう、今学期のクィディッチ予選は二週目に開催される。寮のチームに参加したい者は、フーチ先生に連絡するように。」
ダンブルドアはそこで一度言葉を切って、僅かに声を潜めてから続きを話す。
「最後に……とても痛い死に方をしたくない生徒は、決して四階の右側の廊下には入らないように。」
少数の笑い声が聞こえるが、双子を除けばほとんどが新入生の笑い声だ。魔法使いの死因のトップは好奇心。ホグワーツではその常識をきちんと教えているらしい。これならそうそう突っ込んでいく生徒はいないだろう。
「真面目に言ってるんじゃないよね?」
「大真面目だと思うね、私は。」
囁いてきた隣のハリーにそう返すと、彼の顔が引きつった。頼むからやめてくれよ、ハリー。キミはリドルを殺す大事な武器なんだ。三頭犬のエサじゃない。
その後は校歌斉唱の時間となった。ダンブルドアが魔法で浮かべた歌詞を見て絶対に歌わないことを決めた私は、着席したまま口を閉じて抗議の意を示す。悪しき伝統は止めるべきなのだ。
残念ながら他には立ち向かう者はいなかったようで、双子のひときわ遅い歌い終わりをもって生徒たちは寮へと戻ることになった。
監督生とやらだった赤毛メガネに続いて大広間を出ると、廊下を歩きながらハーマイオニーが小声で話しかけてきた。
「ねえ、アンネリーゼ? あんまり、その……派手にやらないほうがいいと思うわよ? 黒髪の先生が貴女を睨んでいたわ。」
「あの校歌に眉をひそめなかった者だけが、私に石を投げる権利があるのさ。それに……スネイプは私じゃなくて、隣のハリーを睨んでいたんだと思うよ。」
まあ、フランの話を聞く限りでは、そうするだけの理由はあるのだろう。なんとも難儀な状況に陥っている男だ。別に同情したりはしないが。
私の言葉を聞いて質問を返そうとしたハーマイオニーだったが、頭上から響いてきた大声でそれを遮られる。おや、レミリアが忌み嫌っているポルターガイストじゃないか。彼女は以前からかわれたことを未だに根に持っているのだ。以前というか……五十年前の話だが。
赤毛メガネと言い争いを始めたポルターガイストを見ていると、横でロンと話していたハリーが誰ともなしに呟いた。
「どうしてあんな事をするんだろう?」
実に哲学的な疑問だな。それは鳥が何故飛ぶかとか、魚が何故泳ぐかに近い疑問だ。思わず苦笑を浮かべながら、ネビルから杖をぶん盗ったポルターガイストを指差して口を開く。
「ポルターガイストってのは本質的に騒がしいものなのさ。まあ、私の知っている連中はもっと品があったけどね。実に素晴らしい演奏家だったよ。」
昔父上に連れて行ってもらったコンサートでは、不覚にも心を揺さぶられたものだ。後にも先にも、音楽に感動したのはあの時だけだった。……ふむ、あのポルターガイストたちはまだコンサートを開いているのだろうか? 今度咲夜を連れて行ってみようかな。
私がその場所を思い出している間にも、どうやら赤毛メガネはポルターガイストを追い払うことに成功したらしい。つまり、監督生というのは対ポルターガイストに関してはレミリアに勝るわけだ。我が幼馴染ながら情けないぞ、レミィ。
そのまま動く階段とかいう面倒くさい仕掛けを抜け、肖像画が喧しい長い廊下を突破したところで……やっとか。一行はようやく目的地であるらしい、些かふくよかすぎる女性の肖像画の前にたどり着いた。
「ここがグリフィンドール寮への入り口だ! 合言葉が必要だから、決して忘れないように! 閉め出されると悲惨だぞ! 今週の合言葉は『カプート・ドラコニス』だ!」
赤毛メガネの声に、新入生たちが真剣な顔で頷く。なんとも奇妙な仕掛けだが、いちいち問題を出されたりするよりかはマシだろう。レイブンクローじゃなくてよかった。
結構趣味のいい談話室を通り抜け、すぐさま女子寮の部屋へと向かう。監督生が何か説明しているが、まずは部屋の確認だ。部屋は……四人部屋か。あまり他人に寝顔を見られるのは好きではないのだが……。
何にせよ確認は終わった。憂鬱な気分になりつつも談話室へと引き返すと、そこにまだ残っていたハリーが話しかけてきた。
「あれ、リーゼ? 寝ちゃったのかと思ってたよ。」
「部屋を確認してきただけだよ。ロンは?」
「もう寝るんだってさ。僕も今日は疲れたよ。それじゃあ……おやすみ、リーゼ。」
「ああ、おやすみ、ハリー。良い夢を。」
目をトロンとさせているハリーに挨拶を返して出口へと向かうと……今度はハーマイオニーから待ったがかかった。
「アンネリーゼ? もう寝るんじゃないの?」
「用事があってね。少し出てくるよ。」
「ダメよ。夜間の出歩きは禁止されてるのよ? 貴女がさっさと部屋に歩いて行っちゃった後に、監督生の人が言ってたわ。」
「その監督生はご存じないらしいが、吸血鬼は特例として許されているんだ。そも夜行性の種族だからね。月光を浴びたりしないとキツいのさ。」
実際は別にそんなことないが、特例として許されているのは本当だ。フランに適用された規則は今でもまだ残っているのである。
「そ、そうなの? ……まあ、そういうことなら仕方ないわよね。それじゃあ、私は先に寝るわ。おやすみ、アンネリーゼ。」
「おやすみ、ハーマイオニー。」
首を傾げながら言うハーマイオニーに返事を返して、談話室を出て歩き出す。別段目的地はないが、これから過ごす場所なら探索しておくべきだろう。
これからの『楽しい学生生活』を今だけは考えないようにしながら、アンネリーゼ・バートリは薄暗いホグワーツの廊下を歩き出すのだった。