Game of Vampire 作:のみみず@白月
「素晴らしい! グリフィンドールに一点をあげましょう!」
死にたい。フリットウィックの拍手を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは顔を真っ赤にして俯いていた。
ルーモスとノックスを成功させただけでこれだ。初めて挑んで成功させたハーマイオニーが誇らしげなのは微笑ましいが、『新入生のリーゼちゃん』が褒められるとなれば話は別である。恥ずかしい。恥ずかしすぎて頭がどうにかなりそうだ。
「さすがね、アンネリーゼ!」
ペアを組んだハーマイオニーがハイタッチを求めるのに、力なく応じてぺちりと鳴らす。これを七年間? 地獄だ。想像よりもはるかに深い地獄だ。
私はこれほどまでの罪を犯しただろうか? ……まあ、犯したか。犯しまくってるな。内心で生まれて初めての懺悔をしていると、フリットウィックの声でようやく授業が終わりを告げた。
「それでは、今日はここまで!」
ため息を吐いてから、次の授業へと向かうために立ち上がる。先日行われた変身術はまだマシだった。マクゴナガルは事情を知っているし、当然褒め称えて加点などしてこない。
薬草学もさほど辛くはない。そもそも土弄りなどしたことがないので、自然な状態で授業を受けられるのだ。そして魔法史のビンズはそもそも生徒に関心がない。ハリーはつまらないと思っているようだが、私にとっては心休まる時間の一つだ。
最悪なのが天文学と防衛術である。天文学のシニストラはどうやらフランのイメージに引きずられているらしく、私が何を言っても猫可愛がりをやめないのだ。事ある毎に膝の上に乗せようとしてくるし、幼児でも分かるような問題に答えただけで有り得ないくらい褒めてくる。お陰で私は天文台から飛び降りようかと真剣に悩む羽目になった。
防衛術のクィレルはその逆だ。私が小指を動かしただけでも怯えた声を出す始末で、授業の際は部屋の隅っこから動こうとしない。常に私の一挙手一投足に反応していて授業にならないのだ。あの調子じゃまともな授業が受けられる日は絶対に来ないぞ。
何にせよ、次の授業は魔法薬学だ。スネイプは私のことを知っているし、マクゴナガルと同じような反応になるだろう。……そうなって欲しい。
考えながら廊下を歩いていると、ハリーが後ろから声をかけてきた。隣にはすっかり仲良しになったロンの姿も見える。ちなみにハーマイオニーは誰よりも早く教室へと向かっていった。
「リーゼ、次は何の授業だっけ?」
「スリザリンと一緒に魔法薬学だよ。好みが分かれる授業らしいね。」
私の返答に、ロンが嫌そうな顔をして口を開いた。
「スネイプの授業だ。パーシーの言うことが確かなら、とびっきりのスリザリン贔屓だって話だぜ。」
「僕も……あの先生は苦手だな。その、何となくだけど。」
ハリーもお嫌いのようだし、スネイプはグリフィンドールに嫌われる星の下にでも生まれたのか? 無愛想な陰気男に多少の憐憫を送りつつ、憂鬱そうな二人に声をかける。
「まあ、初めての授業なんだ。そう酷いことにはならないだろうさ。」
適当に言い放って、三人で地下通路へと歩き出す。スネイプだって初回からフルスロットルではこないだろう。大した事態にはならないはずだ。
───
「さよう。ハリー・ポッター。我らの新しい……スターだね。」
どうやら前言を撤回する必要があるらしい。授業が始まった瞬間に軽いジャブを放ったスネイプは、魔法薬学がどんなに素晴らしい学問かの大演説を終わらせた後、ハリーへと集中口撃を繰り出した。
「ポッター! アスフォデルの球根の粉末に、ニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
意味不明だ。ハリーは隣に座っている私とロンを交互に見て、二人とも白旗を上げていることを確かめると、震えた声で答えを返した。
「……わかりません。」
「なるほど? 有名なだけではどうにもならんらしい。」
そんなもん分かるヤツが……いるな。ハーマイオニーが高らかに手を上げている。残念ながらスネイプの視界には彼女が映っていないらしく、再びハリーに向かって質問を放った。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」
べぞ……何? 再び意味不明だ。ハーマイオニーは関節がどうにかなりそうなほどに手を上げている。ハリーはそちらに目を向けた後、スネイプにアイコンタクトが通じないことを理解したようで、蒼白になりながら返答をした。
「わかりません。」
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようと思わなかったわけだな? ポッター。」
いやはや、中々に見所のある光景じゃないか。マルフォイは笑いすぎて死にそうになっているし、ハーマイオニーは腕を上げすぎて指先の血行が悪くなっている。ロンは手助けをしようと必死に教科書を捲り、ハリーはスネイプを睨みつけたままで震えている。
喜劇なら及第点かもしれないが、授業としては微妙なところだ。……おいおい、スネイプは未だ満足していないのか? 既に死に体のハリーへと追撃を放ってきた。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
ハーマイオニーがとうとう立ち上がって、天井に届かんばかりに手を伸ばす。ちょっとこいつが好きになってきたぞ。そのままふわりと浮いてくれれば完璧だ。
とはいえ、さすがの私もうんざりしてきた。別に授業がどれだけ遅れようが知ったところではないが、このまま延々と喜劇を観ている気分じゃないのだ。ぷるぷる震えるハリーが口を開く前に、ニヤニヤ顔でスネイプへと言い放つ。
「ハーマイオニーが知っているようだよ? 聞いてみたらどうだい、スニベリー?」
聞いた瞬間、スネイプの顔が土気色に変わった。油の切れたカラクリ人形のような動きで首を回し、もはやハリーなど目に入らないと言わんばかりにこちらを睨みつけてくる。おお、怖い。しかし、吸血鬼に向かってそんな目をすべきじゃないな。余計に悪戯をされることになるぞ。
「自分がやられて嫌だったことを他人にすべきではないね。そう思わないかい? スニ──」
「黙れ、バートリ。」
私の言葉を遮ったスネイプは……んふふ、今にも死の呪文を撃ってきそうな表情じゃないか。フランの『思い出話』を聞いた甲斐があるってもんだ。
「では授業を続けたまえよ。キミが良い教師でいる限りは、私も良い生徒でいようじゃないか。」
「……結構。」
人を殺せそうな眼光に肩を竦めて返すと、スネイプは黒板に今日の授業内容を出現させてから説明を始めた。
「今日は簡単なおできを治す薬を調合してもらおう。材料、手順はここに全て書かれている。ペアを作って正確に行うように。……どうした? 急げ!」
怒声に飛び上がってペアを組み始めた生徒たちを尻目に、ハーマイオニーの方へと歩き出す。彼女なら喜んで全部やってくれるだろう。間違いなく私は楽をできるはずだ。
私の『度胸試し』にちょっとだけ引き気味なハーマイオニーの調合準備を眺めていると、ハリーが近付いてきて話しかけてきた。
「リーゼ、ありがとう。助かったよ。」
「構わないよ。いい大人が一年生をいじめてるってのは……まあ、些か以上に虚しい光景だったしね。」
「でも……スニベリーって? それに、リーゼは大丈夫なの? 目をつけられたんじゃ……。」
「私は問題ないさ。それより……その単語をスネイプの前では言わないようにしたほうがいいね。キミの場合は殺されかねないよ?」
今日の態度を見る限りでは、磔の呪いくらいなら使いそうだ。私の言葉に顔を青くしたハリーは、コクコク頷いてロンの元へと帰っていった。
「もう! アンネリーゼ、ちょっとは手伝ってくれない? それを3ミリ幅に刻んで頂戴。」
おっと、楽はできないらしい。頰を膨らませるハーマイオニーに苦笑しつつ、ナイフを片手に刻み始める。
こうしていると……パチュリーとトランクの中で行った調合を思い出すな。あの頃に比べると、実に賑やかな暮らしになった。一日の長さが段違いだ。
騒がしくなってしまった我が家を想いながら、思わず微笑を浮かべて干イラクサを刻み終える。
「ほら、終わったよ。」
「へ? ……完璧ね。随分と慣れてるみたいじゃない。これも家庭教師に教わったの?」
「まあ、なんだ、昔取った杵柄ってやつだよ。」
「ふーん?」
意外なところで意外な技術が役に立つもんだ。少なくとも今回の材料は走って逃げたりしないし、こちらを食い殺そうと襲ってきたりもしない。賢者の石製作に比べれば実に楽な作業だ。
適当に手伝いながらも調合を進めていると、スネイプが生徒たちを睨め付けながらウロウロし始めた。獲物を探す狼のような動きだ。緊張させるだけだと思うんだが……。
片っ端から注意を投げかけているスネイプだったが、お気に入りらしいマルフォイには何も言わず、私とハーマイオニーには寄り付きもしない。どうやら彼は、私に対しては積極的な無視へと舵を切ったらしい。
まあ、文句はない。私は楽だし、集中を乱されないハーマイオニーは自分の調合が上手くいく度に嬉しそうだ。スネイプもイライラしないで済むし、これぞ三方一両得である。
「あぁっ!」
しかし、この教室内の幸運の総数は決まっていたらしい。そして割りを食ったのはロングボトムのようだ。悲鳴の方へと目を向けてみれば、ロングボトムのいた場所が緑の煙に包まれていた。
「おっと、ハーマイオニー、椅子に上がった方が良さそうだよ。」
「へ? 何が……そのようね。」
煙の発生源らしき液体が、教室の石畳を伝って足元に流れてくる。私とハーマイオニーは距離があったため避難が間に合ったが、何人かの生徒が靴をダメにしたようだ。
「バカ者!」
普通に焦っている感じなスネイプの慌てた声と共に、彼の魔法で事態が収束していく。下手人であるロングボトムは……ふむ、真っ赤なおできが身体中を覆っている。新種の妖怪のような見た目だ。
スネイプは妖怪おでき少年になったロングボトムのことを目を細めて観察した後、素早く原因を導き出す。
「大方、鍋を火から降ろさないうちに山嵐の針を入れたんだろう?」
それだけでこれか。成る程アリスが嫌うだけのことはある。実に理不尽な学問だ。
「医務室へ連れて行け。」
シクシク泣いているロングボトムをペアの……というか、被害者のシェーマス・フィネガンに任せると、スネイプは全く関係の無いハリーに冷たい声で言い放つ。
「ポッター! 何故針を入れてはいけないと教えなかった? 彼が間違えれば自分の方がよく見えるとでも思ったか? グリフィンドールから一点減点。」
悲しいかな、息子ほどの年齢のガキへと八つ当たりをしているらしい。ジェームズ・ポッターへの憎しみは想像よりも深いようだ。
「液体のかかった者は名乗り出るように! 解毒薬を処方してやろう。他のものも調合に戻りたまえ! 授業終了時までに提出できなければ、課題をやってきてもらうことになる。」
ロングボトムに気を取られていたハーマイオニーが急いで薬へと向き直った。他の生徒たちも課題は嫌なようで、慌てて薬を調合していく。
───
それから一時間ほどで授業は終わった。かなり余裕を持って完成させた私たち……というかハーマイオニーはともかくとして、他のグリフィンドール生にとっては楽しい授業ではなかったらしい。まあ、一部を除くスリザリン生にとってもだ。大半が課題をやる羽目になってしまったのだから。
ちなみにハリーとロンのペアは、残念ながら完成直前でスネイプに薬を消されてしまった。課題の内容をメモした後、ハリーは意気消沈した様子で私に向かって話しかけてくる。
「ねえ、リーゼ? 授業の前にハグリッドからお茶の誘いがあったんだ。リーゼも一緒に行かない?」
「あー、申し訳ないが遠慮しておこう。ちょっと用事があるんだ。ハグリッドにはよろしく伝えておいてくれ。」
「そう? 残念だな。……それじゃあ、ロンと一緒に行ってくるよ。」
「ああ。」
昼食に誘うハーマイオニーにも同様の返事をした後で、椅子に座ったまま教室から生徒がいなくなるのを待つ。最後にスリザリン生が出て行ったのを確認してから、片付けをしているスネイプに向けて声を放った。
「少々大人気ないんじゃないか? 十一歳のガキだよ、彼は。」
スネイプは片付けを進めたまま、背中越しに返事を返してくる。
「理由はご存知でしょう? バートリ女史。貴女は私の学生時代をよくご存知のようだ。」
その通り、よく知っている。夏休みやクリスマス、紅魔館に帰ってきたフランは楽しそうに学校生活のことを話してくれたものだ。あの頃の彼女の笑顔がどうにも懐かしく思えてしまう。
変わってしまった妹分にほんの少しの寂寥を感じながらも、未だ背中を向けるスネイプへと言葉を投げた。
「あの頃のフランは学校であったことを嬉しそうに話してくれていたからね。キミとジェームズ・ポッターの『確執』についても聞いているのさ。」
「それなら尚更お分かりのはずだ。そもそも、貴女にとやかく言われることではありませんな。これは私の授業で、私の問題です。」
「見るに耐えないと言っているんだよ。……そんなにジェームズ・ポッターが憎いのかい?」
私の質問にピタリと動きを止めたスネイプは、やがてゆっくりと振り向きながら答えを返してくる。
「憎いです。できればこの手で殺したかった。」
私を真っ直ぐに見つめるその瞳には、確かな憎悪が渦巻いていた。いやはや、思った以上に真っ直ぐな感情だ。かなり根深い問題らしい。
思わず浮かびそうになる苦笑を抑えながら、はっきりとスネイプの目を見て口を開く。
「だが、あれはハリーだ。」
「分かっていますよ。父親そっくりの顔に、リリーの瞳。だからこそ……だからこそ、許せないのです。」
「なんとも迷惑な話だろうね。身に覚えのない話で責められるだなんて。」
「八つ当たりであることは重々承知しております。それでも、放っておいていただきたい。任務に支障はきたしません。」
ダメだな。自分でもどうにもならない問題らしい。本人が気づいているかは知らないが、今のスネイプの顔は苦悩に染まっている。
ため息を吐いて立ち上がり、教科書を片付けながら言葉を投げかける。
「そういえば、フランからの伝言だよ。『忘れるな』だそうだ。」
この男が予言をリドルに伝えた元死喰い人なのだ。そしてその標的がリリー・ポッターであることを知ると、スパイとして騎士団のために戦うことを決めた。
リリー・ポッターのためにリドルを裏切り、結局は守ることのできなかった男。そして、今度は憎い男と想い人との間にできた息子を守ろうとしている。なんともまあ、悲劇的なことじゃないか。なかなかに壮絶なストーリーだ。
フランの伝言を聞いたスネイプは、一瞬だけ顔を歪ませた後で、決意の滲む表情に変わって口を開いた。
「スカーレットに伝えてください。私は自分の罪を忘れてはいないと。そして……今度は間違えないと。」
「分かった。」
短く返してドアへと歩き出すと、背後からスネイプの声が待ったをかける。
「……それと、すまなかったと伝えていただきたい。」
「それは自分で言いたまえ。それが筋というものだろう?」
「……その通りですな。余計なことを言いました、忘れてください。」
今度こそドアの外へと歩き出す。因果なもんだ。レミリアの言う『絡み合う運命』というのが、少しだけ理解できた気がする。
薄暗い地下通路を歩きながら、アンネリーゼ・バートリは小さくため息を吐くのだった。