Game of Vampire   作:のみみず@白月

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思い出せない思い出し玉

 

 

「上がれ。」

 

ホグワーツの飛行訓練場で、アンネリーゼ・バートリは忌々しい棒切れにブチ切れる寸前だった。

 

「上がれ!」

 

飛行術の最初の授業である。まずは地面に転がっている箒を手に収めるという段階なのだが、私の横に転がっている棒切れはピクリとも動こうとしない。

 

「あ、が、れ!」

 

壊れてるに違いない。ギロリと隣で一発成功させたハリーを睨みつけ、顎をしゃくって私の箒で試させてみると……何故だ。ハリーの場合は一発で浮かび上がった。

 

やってしまったという顔になったハリーが、箒を地面に戻しながら恐る恐る聞いてくる。

 

「あー……その、リーゼ? 怒ってるのかい?」

 

「怒る? 私がかい? そんな訳がないだろう。こんな下らないことで……上がれ!」

 

再び地面に置かれたそれが微動だにしないのを見て、ハリーが物凄く気まずそうな顔になった。面白いじゃないか、棒切れ。このアンネリーゼ・バートリに刃向かうつもりか?

 

「次に上がらなかったら、お前をバラバラにして焚き付けに使ってやるからな? ……上がれ!」

 

動かない。私の呟きを聞いていたハリーとロンが顔を引きつらせて避難していくのを横目に、忌々しい棒切れに然るべき処置を行うべく拾い上げる。

 

「いい度胸だ棒切れ。あの世で後悔するんだな。」

 

「バートリ! 何をしているんですか!」

 

おっと、見つかってしまったらしい。飛行術の教師が驚愕の顔で走ってきた。

 

「処罰だよ、ミス・フーチ。このクソったれの棒切れは、自分の命が惜しくないらしいからね。」

 

「気でも狂ったんですか? 箒に感情なんて……折ろうとするのをやめなさい。やめなさい!」

 

……ふん、命拾いしたな。棒切れをぶん投げると、ドン引きしているグリフィンドールとスリザリンの同級生たちに鼻をならして、訓練場の隅へと歩いて行く。

 

「何処へ行くんですか、バートリ!」

 

「私は見学していよう。なんたって自前の翼があるもんでね。その虫酸の走る棒切れに頼らなくとも、私は空は飛べるのさ。」

 

「それは……はぁ、分かりました。それでは一応見学しているように。」

 

呆れ果てたようなフーチの声を背に受けながら、草を蹴っ飛ばして日陰へと向かう。二度とやらないぞ、こんなこと。翼の偉大さを再認識した気分だ。

 

愛しい翼をパタパタさせながら、後で箒置き場に行ってあの棒切れをへし折ることを誓っていると……おっと、ロングボトムがロケットみたいに飛んで行った。

 

「あああぁぁぁ!」

 

ふむ? 叫び声を聞く限りでは、楽しくって仕方がないという感じではないな。どうも制御しきれていないようだ。

 

「アッ……。」

 

最後に墜落して儚い声を上げた彼は、どこかの骨を折ったらしい。フーチが残った生徒に決して飛ぶなと脅しつけてから、慌てて医務室へと運んでいくのが見える。そら見たことか! やっぱり箒なんてロクなもんじゃないんだ。

 

一人でうんうん頷いていると、フーチがいなくなったのを確認したマルフォイが何かを拾い上げながら声を上げる。

 

「ごらんよ! ロングボトムのバカ玉だ。あいつには、思い出し玉を思い出すための思い出し玉が必要だね。」

 

早口言葉のようなことを見事に言い切ったマルフォイは、それを周囲に見せびらかすように高く掲げた。思い出し玉? そういえば大広間でロングボトムが持っていたような気がする。

 

思い出し玉がなんなのかを思い出している私を他所に、悪役を楽しんでいるマルフォイに一人の少年が立ち塞がった。

 

「それをこっちに渡せ、マルフォイ。」

 

生き残った男の子、ハリー・ポッターである。うーむ、どうもあの二人は相性が良くないな。さほど接点はないのにも関わらず、既に犬猿の仲といったところだ。

 

「それなら取り返してみたらどうだ? ポッター。……ここまで来れればの話だけどね!」

 

言いながら空へと飛び上がっていくマルフォイに、それを追おうと箒に跨るハリーだったが……予想通りハーマイオニーが止めに入った。無理もあるまい。彼女にとって、教師の言葉とは十戒よりも重いのだから。

 

「ダメよ! フーチ先生が言ってたでしょう? 飛んだら退学よ! それに、減点されちゃうかもしれないわ。私たちみんなに迷惑がかかるのよ?」

 

至極真っ当な意見だったが、ハリーはマルフォイを追うことを選択したらしい。緊張した表情でゆっくりと浮かび上がっていく。一応杖を抜いて墜落に備えるが……ふむ、心配なさそうだ。箒飛行の才能は遺伝するのだろうか? 今度パチュリーに聞いてみよう。

 

そのまま空中で何やら言い争いをしていたハリーとマルフォイだったが、やがて焦ったような表情になったマルフォイが何を思ったのか、私が未だにどんな機能かを思い出せない思い出し玉をぶん投げた。

 

それを見たハリーが凄まじいスピードで飛んでいき……おっと、見事なダイビングヘッドキャッチを披露する。グリフィンドール生からの拍手と共に、輝く笑顔でハリーが戻ってきた。

 

「凄いぞ、ハリー! あんなの見たことないよ!」

 

ロンは両腕を千切れんばかりに振り回しながら喜んでいるが、しかし……残念ながら私には見えていた。ハリーの愉快なキャッチを目撃したのは、教員塔のマクゴナガルも同じだということを。窓の向こうに見えた彼女は、なかなかに面白い表情をしていたのだ。

 

予想通り、ほんの少しするとマクゴナガルがすっ飛んできた。彼女は大声でハリーを呼んだ後、グリフィンドール生たちの反論を適当にあしらいながらも何処かへ連れて行く。……まあ、退学はないだろう。これで退学ならフランは百回は退学になっているはずだ。

 

遠ざかるハリーとマクゴナガルをぼんやり眺めていると、ハーマイオニーが近付いていてきてぷんすか怒り始めた。

 

「いい迷惑だわ! 少しは反省すればいいのよ! でも……退学はないわよね?」

 

前半は怒っていたが、後半は心配そうだ。んふふ、不器用な子は嫌いじゃないぞ。安心させるために、肩を竦めて答えを返す。

 

「安心したまえよ。こんなくだらないことで退学になったりはしないさ。誰かが死んでたらともかく、ね。」

 

「そ、そうよね。うん……ちょっとは反省するといいけど。」

 

「まあ、実に『スリフィンドール』的な事件だったね。二寮の間じゃあ、日常茶飯事だろうよ。」

 

話している間にも、フーチが戻ってきて再開を宣言した。戻って行くハーマイオニーに手を振りながら、私は再び退屈な時間へと戻る。この授業には暇つぶしのオモチャを持ってくるべきだな。例えば……クィレルとか。

 

益体も無いことを考えながら、飛行術の時間をなんとかやり過ごすのだった。

 

───

 

「シーカー? シーカーだって? 凄いよハリー! 最年少の選手だぞ!」

 

飛行術の授業が終わり、夕食時の大広間。興奮してちょっとおかしくなっているロンを横目に、ハリーへと目線で説明を求める。どうやら彼は……シーカー? とかいうものに選ばれたらしい。ロンの反応を見る限り悪いことではなさそうだが。

 

私のアイコンタクトを汲み取ったハリーは、説明のために口を開く。

 

「クィディッチのポジションの一つだよ。あの後マクゴナガル先生にグリフィンドールのキャプテンのとこに連れて行かれて、試験をすることになったんだ。その……だから、厳密に言えばまだ決まったわけじゃないよ。」

 

「決まったようなもんさ! 君のあのキャッチには、そのくらいの価値があったんだ。ハリーがシーカーか……応援旗を作らないといけないな。」

 

ちょっとだけ自信のなさそうなハリーを余所に、ロンはもう決まったつもりでいるようだ。羊皮紙の切れ端を取り出して、応援旗のラフ画を描き始めた。

 

なんにせよ、私にはどうでもいい話だ。今日一日で箒が大っ嫌いになった私は、当然クィディッチにもシーカーとやらにも興味はない。持ち込んだ肉で作ってもらったステーキを頬張っていると、ハリーが声を潜めて話しかけてきた。

 

「ねえ、リーゼ。そういえば、キミは新聞を読んだ? グリンゴッツに侵入者があったってやつ。」

 

「ん? ああ、あったね。……それがどうかしたのかい?」

 

「あれ、僕たちがダイアゴン横丁に買い物に行った直後なんだよ。それに……侵入されたのはハグリッドが小包を取り出した金庫なんだ。」

 

どう思う? という無言の問いかけに、脳内で思考を回す。普通に喋ってしまってもいいのか? これ。

 

別にあれが賢者の石で、リドルがそれを狙っていると知ったところでどうにかなるわけでもないと思うが……その辺はレミリアとダンブルドアの担当だ。私が不用意に話すべきではないだろう。

 

「さてね? 金庫を間違えたか、はたまたハグリッドが何か重要なものを運んでいたのか、私には分からないよ。」

 

「多分、ハグリッドはホグワーツに『それ』を移したんだよ。きっと校長先生の命令だったんだ。でも、一体なんだと思う? 小さな小包だったけど……。」

 

「まあ、私たちが心配するようなことじゃないさ。そんなことより、明日の授業の心配をすべきだね。」

 

なおも気になっている様子のハリーだったが、私に話しかける前に横槍が入った。マルフォイだ。後ろにはいつものバカそうな二人を従えている。

 

マルフォイは決して私を視界に入れずに、あくまでハリーと話していますよ、という態度で口を開いた。涙ぐましい努力じゃないか。

 

「おや、ポッター? 最後の夕食を楽しんでいるところかい?」

 

「黙れ、マルフォイ。ハリーは退学になんかならないぞ。それどころか、ハリーは最年少のシーカーに選ばれたんだ! 手助け感謝するよ、青白ちゃん。」

 

ロンの説明がマルフォイは気に入らなかったらしい。憎々しげにロンを見つめた後で、ハリーに向かって言い放つ。

 

「一年生は選手になれないはずだ。卑怯だぞ、ポッター。有名人の特権というわけか?」

 

「僕は実力で選ばれたんだ、マルフォイ。君もその辺を飛び回ってみたらどうだい? あの様子じゃあ、選手なんて夢のまた夢だろうけど。」

 

ハリーもなかなかキツい台詞を吐けるじゃないか。お互いに睨み合っていたが、しばらくするとマルフォイがビシリとハリーを指差して口を開いた。

 

「決闘だ! 今日の真夜中、トロフィー室で決着をつけよう。まさか逃げたりはしないだろうな?」

 

ハリーは困惑している様子だったが、先んじて隣のロンがそれに答える。

 

「いいだろう! 介添人は僕がやる。そっちは?」

 

「……クラッブだ。逃げるなよ? ポッター、ウィーズリー。」

 

ニヤリと笑った後にスリザリンのテーブルへと戻って行くマルフォイたちを見ながら、ちょっと顔を青くしたハリーがロンへと問いかけた。

 

「決闘って? 僕、何を受けちゃったの?」

 

「魔法使いの決闘だよ。まあ……心配しなくても酷いことにはならないはずさ。いざとなれば素手でぶん殴ってやればいい。」

 

かわいらしい決闘になりそうだ。精々が杖先をピカピカさせたり、火花を散らせるくらいだろう。ダンブルドアとゲラートの決闘を見た私としては、見る価値もないと言わざるを得ない。

 

「介添人っていうのは?」

 

「キミが無残に殺された時に、代わりに闘うヤツのことだよ。……ああ、遺書はきちんと書いておくように。それがマナーってものだ。」

 

私の答えに顔を蒼白にしているハリーに、慌ててロンが正しい説明を始めた。それを横目に再びステーキへと向き直ったところで……今度はグリフィンドール生から横槍が入る。規則の守護聖人、ハーマイオニーだ。

 

「ちょっと? 聞かせてもらったんだけど、まさか本当に行ったりはしないでしょうね? 今度こそ減点されちゃうわ。何度も幸運は続かないのよ?」

 

これを迎え撃ったのは、未だ顔の青いハリーではなくロンだった。

 

「余計なお節介はやめてくれ、グレンジャー。これは僕とハリーの問題なんだ。」

 

「それと、グリフィンドールのね。減点されたらみんなに迷惑がかかるのよ。私とアンネリーゼが苦労して取った点を、貴方たちが台無しにするってこと?」

 

ちなみにこの『アンネリーゼが苦労して取った点』というのは、八割がシニストラの加点である。あの馬鹿女は私が何をしても加点してくるのだから堪らない。この前の月をスケッチする授業の時なんて、私が『綺麗な真ん丸』を描けたからという理由で加点してきたのだ。

 

是非ともそんな不名誉な点数は消し去って欲しいと考える私に応えるように、ロンがハーマイオニーに胸を張って返事を返す。

 

「見つかるようなヘマはしないさ。放っておいてくれよ、これは男と男の闘いなんだ。」

 

ロンの返答に呆れたように首を振ったハーマイオニーは、今度はハリーへと話しかけた。諦めるつもりはないようだ。

 

「ハリー? 貴方もそんなバカみたいなことを考えてるの? 本当に退学になっちゃうわよ?」

 

「あー、でも、受けちゃったんだから逃げたくないんだ。」

 

「呆れた! アンネリーゼ? 貴女は反対よね?」

 

おっと、矛先が飛んできた。咀嚼していたステーキを飲み込んでから、端的に答える。

 

「どうでもいいよ。……まあ、マルフォイが素直に現れるとは思えないけどね。」

 

ロンもその可能性に気付いていたらしく、少し怯んだような顔をしたが……やがて鼻を鳴らしながら口を開いた。

 

「ふん、その時はマルフォイが後悔することになるさ。決闘から逃げた臆病者だって言いふらしてやる。」

 

その台詞で説得を諦めたらしく、ハーマイオニーはぷんすか怒りながらも立ち上がった。

 

「もう知らない! 後で後悔すればいいんだわ!」

 

乱暴にバケットを一本掴み取ると、肩を鳴らして歩き去って行く。ちょっとだけ心配そうなハリーが、その背中を見ながら口を開いた。

 

「本当に大丈夫かな? もしフィルチに見つかったら……。」

 

「大丈夫だよ。それよりリーゼ、そのステーキは何処から取ってきたんだい? すっげえ美味そうだ。」

 

適当に答えたロンが、テーブルを見渡しながらステーキの在り処を聞いてくる。ふむ、黙って食べさせてやるのも面白そうだが……まあ、やめておいてやろう。私にも良心というものがあるのだ。ちょびっとだけ。

 

「持ち込んだ肉だよ。まあ、人間向きの肉じゃないことは確かだね。……それでも食べるかい?」

 

「あー……いや、やめとくよ。僕はこっちの豆スープで充分みたいだ。」

 

ブンブン首を振るロンを笑いながら、アンネリーゼ・バートリはちょっとだけ冷めたステーキを完食するのだった。

 


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