Game of Vampire   作:のみみず@白月

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学ぶ吸血鬼ちゃん

 

 

「一応忠告しておくが、あー……かなり気持ち悪いぞ、それ。」

 

六年生ももう終わりが見えてきた春の日、リーゼが心底嫌そうな表情で声をかけてくるのを、パチュリー・ノーレッジは大人の靴ほどもあるゴキブリをすり潰しながら聞いていた。そんなもん私だって分かってるさ。だけど、必要なことなんだから仕方ないじゃないか。

 

「やってる当人が一番気持ち悪いわよ。でも、魔導書に書かれてる材料はとっくの昔に絶滅済みなの。現存する中ではこの……忌々しい虫をすり潰したものが一番近いってわけ。」

 

すっかり通い慣れたトランクの中の小部屋は、今や多種多様な実験器具で埋め尽くされている。至る所で鍋がユラユラと湯気を昇らせ、厳重に封が施されている素材棚はガタガタ動き、秤は勝手に材料を量り続けているような状態だ。正に『実験室』って感じだな。

 

部屋の変化に鼻を鳴らしながらも、すり潰し終えて液状になったそれを慎重に鍋に投入すると……それまで緑色だった液体が、一瞬にして明るいオレンジに変わった。よしよし、こっちの材料でも何とかなりそうだな。

 

リーゼが何とも言えない表情でこちらを見るが、こんなもんまだまだ序の口だぞ。トロールの脳みそを刻んだときは、さすがの私も吐きそうになったものだ。あれは酷い臭いだった。

 

「まあ、順調そうで何よりだよ。それを材料にして作る石ころには触りたくないけどね。」

 

「吸血鬼が何を言ってるのよ。気持ち悪がってる暇があるんだったら、こっちの月下タンポポを刻むのを手伝って頂戴。」

 

真夜中に禁じられた森まで出張って採集してきたタンポポだ。ダメにされたら今度はリーゼに入手を頼むことにしよう。真っ暗な森の中で泥だらけになるのはもう御免だぞ。

 

つまり、私は遂に賢者の石の製作に入っているのである。魔導書を丹念に読み込んだ結果、既に理論は構築できた。となれば残るは実践だけなのだが……素材を熟成させる期間を加味しても、もしかしたら卒業までに完成させられるかもしれないな。

 

反面、ダンブルドアの研究は行き詰まってしまったらしい。私としてはもはやメリットを感じられない状況になってきたので、去年の冬に『製作は不可能である』ということを小難しく纏めてダンブルドアに提出してある。ダンブルドアは諦め切れないようで何度も説得を仕掛けてきているが、別の研究があると言って適当にあしらっているのが現状だ。

 

「虫けらをすり潰す以外の作業なら大歓迎だよ。茎を2ミリ間隔だね? 任せておきたまえ。」

 

「葉っぱは取り除いてね。不要だから。」

 

「はいはい、了解だ。」

 

石の製作が始まってからというもの、リーゼは思ったよりも真摯に手伝ってくれている。前に疑問に思って聞いてみたのだが、こういう作業をするのは初めてだから楽しいらしい。手先はちょっと不器用なものの、吸血鬼らしく人並み外れた力があるし、助手としては文句なしだ。

 

この前なんかは大掛かりな作業のための人手が足りないということで、しもべ妖精とエマさんという使用人を連れて来てくれた。前からお嬢様だとは思っていたが、しもべ妖精に加えて使用人だなんて……私にとっては物語の中の世界観だな。

 

しかしまあ、公表できないだろうし、するつもりも無いが……これが完成したら物凄い偉業なんじゃないだろうか? そうリーゼに聞いてみたところ、『こっちの世界じゃ大したことないよ』という涙が出そうなほどありがたいお言葉を頂いた。私は単なる人間なんだから、『こっちの世界』とやらの生き物と一緒にしないでくれ。

 

「……ねえ、どうしてここまで良くしてくれるの?」

 

牛食いガエルの体液を鍋に垂らしつつ、目を逸らし続けてきた疑問をポツリと呟く。

 

リーゼは吸血鬼。つまり正真正銘の悪魔だ。最初は呪文と引き換えの契約だったが、それだって対等とは言い難いものだった。それなのに、とうの昔に呪文を教え終わったのにも関わらず、こうして今なお私の研究を手伝ってくれている。賢者の石が目当てなのかとも思ったが、黄金も長寿も彼女は既に手にしているようだし、こんなに手間暇かけてまで欲しがるようなものではないだろう。

 

だとすれば、対価は何だろう? 正直なところ、私はリーゼに深く感謝している。四年生になる前のあの色褪せた日々に比べて、今の生活のなんと充実していることか。賢者の石を作り終わったら、リーゼの図書館で飽きるほど本を読ませてもらう約束だが……まあうん、ある程度満足した後だったら魂を渡したって構わないと思っているくらいだ。

 

そんな私の問いかけに対して、リーゼは遠くを眺めるような表情で答えを寄越してきた。……珍しい表情だな。どことなく切なげな雰囲気を感じる。

 

「実はちょっとした頼みがあってね。私の従姉妹に吸血鬼の姉妹がいて、その妹のほうが少々……何と言えばいいか、『問題』を抱えているんだよ。全部終わったら対価としてその問題の解決に手を貸してもらおうかと思ってたんだ。」

 

「そういう事情ならもちろん協力させてもらうけど、リーゼにどうにも出来ない問題を私が解決できるとは、その……思えないわ。」

 

「なぁに、大丈夫だよ。私たちには時間があるし、キミだってもうすぐ手に入れる予定だろう? だったらいつかは解決できるさ。」

 

そう言われても全然自信は湧いてこないが……うん、それが対価だと言うなら精一杯やるだけだ。何だかんだで色々と世話になってるんだし、受けた恩にはきちんと報いなければ。

 

「それなら……ええ、約束するわ。それが対価だって言うのなら、どれだけ時間がかかっても必ず何とかしてみせる。」

 

私がしっかりと頷くと、リーゼは見たこともないほどに可愛らしい微笑みを返してきた。そういうシュミはないはずなんだが、それでも見惚れちゃうような表情だ。

 

「んふふ、頼りにしてるよ、パチュリー。……それじゃ、未来のためにも先ずは石の製作をどうにかしようじゃないか。茎は刻み終わったよ。次はどうする?」

 

「えーっと、そうね……だったら刻んだ茎を、そこの秤で岩石豆一粒と均等になるように量ってくれる?」

 

リーゼに返答を放ってから、私も気合を入れて鍋をかき回す。うむ、やる気が出てきたぞ。対価をきっちり支払うためにも、リーゼの言う通り先ずはこの研究を終わらせちゃおう。一つ一つ集中して、順番に。それが私のモットーだったはずなのだから。

 

 

 

そしてホグワーツ六年目の生活も終わり、夏休みが中盤に差し掛かったある日の午後、私はロンドン郊外の墓地にある両親の墓に花を供えに来ていた。オレンジのガーベラ。母が好きだった花だ。父にはダイアゴン横丁でファイア・ウィスキーを買ってある。魔法界のお酒なんて当然飲んだことないだろうし、きっと喜んでくれるはず。……ちょっと強すぎるかもしれないが。

 

リーゼと二人で頑張った結果、ホグワーツの卒業ギリギリで賢者の石が完成する目処がついたのだ。卒業式を終えたら石を使い、そのままリーゼの屋敷に移り住むことになっている。今まで住んでいた家は残す予定だし、もう来ないということもないだろうが、暫くは忙しくて戻ってこられないだろう。

 

墓を念入りに掃除した後、祈ろうとしたところでふと動きを止めた。吸血鬼と契約した人間が神に祈っても大丈夫なのか? リーゼにでも聞いておけばよかったな。

 

吸血鬼の友人が出来たと聞いたら、両親はどんな反応を示すのだろうか? 頭の心配をされるか、教会にでも連れて行かれるかもしれない。……益体も無い考えにかぶりを振って、少しだけお祈りをしてから墓を後にする。

 

大丈夫だ。私はもう一人ぼっちで本を読む『根暗のノーレッジ』じゃない。ついぞ人間の友人には恵まれなかったが、油断できない奇妙な吸血鬼と出会えたのだから。

 

夏の高い青空を見上げながら、パチュリー・ノーレッジはゆっくりと一歩を踏み出すのだった。

 

 

─────

 

 

「これはもうノーレッジで決まりかしら? ……まあ、そもそも条件がアンフェアだったしね。宜なるかなって感じよ。」

 

紅魔館の執務室の椅子に深く腰掛けながら、レミリア・スカーレットは部屋の掃除をする美鈴に話しかけていた。リーゼからの報告によれば、ノーレッジは想像以上の速度で偉業を達成しつつあるようだ。我が幼馴染どのも随分と入れ込んでるみたいだし、このまま順当な結果で終わりそうだな。

 

「そうですねぇ。意外性はあんまりなかったですけど、スムーズに進んでるのは良いことなんじゃないですか?」

 

美鈴の返事に頷きながら、他の二人の方に思考を移す。ダンブルドアは史上最年少でウィゼンガモットの青年代表とやらに選ばれて有頂天らしいが、残念ながらそれは我々の興味を引く類の功績ではない。そしてグリンデルバルドに関しては去年の接触以降ノータッチだ。リーゼは二度と行きたくないと言うし、美鈴一人で向かわせるのは……うーむ、不安すぎるな。やめておいた方がいいだろう。

 

何にせよ、二年後に私の能力で運命を読めばどれが当たり札なのかは明らかになる。計画を始めてから三年は瞬く間に過ぎた。となれば残る二年も一瞬だろう。のんびり待てばいいさ。

 

万が一遅れている二人の中から人柱を選んだとしても、至らせるまでに必要な時間は十年そこらで済むはずだ。ダンブルドアやグリンデルバルドも人間の中ではぶっちぎりで優秀な部類なのだから。そこからフランを外に出すための研究を始めたとして……そうだな、全員でやれば百年前後で方が付くだろう。館の中限定で出歩くのであればもっと早まるはずだし、一番深みに嵌っているノーレッジを選んだのであれば更に期間を短縮できる。

 

おまけに残った二人で戦争ごっこをすれば、フランの退屈を紛らわせることまで出来るというわけだ。うむうむ、考えた私は天才なんじゃなかろうか。

 

頗る順調ではないか、私の計画は! カリスマ溢れる自分が怖くなるくらいだ。今はちょっと反抗期なフランも、狂気が治まって外に出られるようになれば私を尊敬しだすに違いない。

 

「……お嬢様、何一人で笑ってるんですか? 怖いんですけど。」

 

「うっさいわね! フランのところに行くわよ!」

 

よし、そうと決まれば地下室に行こう。最近のフランは代理戦争のためだとか言って、外の世界のことを勉強するのに夢中なのだ。いい傾向なのかもしれないな。壁を破壊する頻度が減った気がするし。

 

美鈴と共に執務室を出て階段を下り、地下通路へと向かいながら館の状態をチェックする。廊下、良し。シャンデリア、良し。妖精メイド……は労働者として雇ったわけではなく、ただの賑やかしだ。だから良しとしておこう。

 

徐々に改善されてきた館に満足しながら、たどり着いた地下室の重たい扉を開けると、我が愛すべき妹がベッドで『お夜寝』している姿が見えてきた。美鈴にジェスチャーだけでカメラを持ってこいと伝えた後、音を立てないようにそっと近付く。

 

うーん、可愛い。姉の贔屓目を抜きにしても、もしかしたら世界で一番可愛い存在なのではないだろうか? 外に出すために頑張ってはいるが、もし悪い虫がついちゃったらどうしよう。……いやまあ、その時は相手をぶっ殺せばいいだけか。

 

ニマニマしながらフランの寝顔を観察していると、どこか呆れた表情の美鈴がカメラを持って戻ってきた。もちろん魔法使いどものカメラではなく、普通のやつ。写真の中の人物が動くというのは面白かったが、どんなタイミングで撮っても写真の中のフランは私を睨み付けてきてしまうのだ。壁一面のフランが睨んでくるというのはさすがに勘弁願いたい。それはそれで可愛いけど。

 

「あのー、やめませんか? 盗撮っていうんですよ、それ。」

 

「失礼ね、妹の成長記録を撮ってるだけよ。これは姉の義務なの、権利なの。」

 

慎重にカメラを構えて……ここだ! フラッシュの音でフランが起きてしまうが、写真は手に入った。後はこのカメラを無事に部屋から出すだけだ。すぐさま美鈴にカメラを押し付け、背中を叩いて走らせる。行け、めーりん走るのだ! 私のフラン写真集のために!

 

「ぅう……きゅっ!」

 

焦った表情で扉へと走る美鈴に、寝ぼけ眼のフランが能力を使う。その小さな手のひらを握りしめた瞬間、哀れにもカメラは爆発四散してしまった。おのれ美鈴、何故その身を盾にしなかったんだ。後でお仕置きだからな。

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』

 

物体のもっとも緊張している場所……フランは『目』と呼んでいたか。それを自分の手の中に移動させて、握り潰すことであらゆるものを破壊できるらしい。いやはや、我が妹ながら恐ろしい能力ではないか。強くて可愛いだなんて反則だぞ。

 

とはいえ、フランも私やリーゼと同じように自身に宿る能力を完全には使い熟せていない。そもそも使い熟せているのなら、とっくの昔に地下室を破壊して外に出ているだろう。リーゼも昔嘆いていたが、吸血鬼には能力に対する種族的な制限でもかかっているんだろうか?

 

「おい、なにしてた?」

 

寝起きでいつもより低い声のフランが、これまたいつもより少ない言葉数で聞いてくる。いやぁ、こういうフランも良いな。ギャップが魅力を増してるぞ。

 

「……はい、妹様! 私は止めました! 私は無実です!」

 

粉々になったカメラの破片を投げ捨てながら、青い顔の美鈴がピンと挙手して無実を主張し始めた。一瞬で裏切るとは何事だ、紅魔館の獅子身中の虫め。今日は夜食抜きに決定だからな。

 

「おはよう、フラン。……姉が妹の成長記録を撮って何が悪いのかしら? 貴女は知らないかもしれないけど、お外じゃあこれが常識よ。」

 

伝家の宝刀、『お外の常識』を抜く。どうせフランには確かめる術がないのだ。今まで数多の危機を救ってきた切り札よ、今回も頼んだぞ。

 

「オマエにはもう騙されないよ。この前読んだ本に書いてあったけど、こういうのってギャクタイって言うんだってさ。ジンケンを無視して閉じこめたり、嫌なことを無理矢理するのってハンザイなんだよ。」

 

何てこった、伝家の宝刀はいつの間にかなまくら刀にすり替わっていたらしい。おのれ、余計なことを。一体誰がこんな無駄な知識をフランに……言われるがままに本を買い与えた私のせいじゃないか!

 

「フ、フラン? 騙されちゃダメよ。それは人間の常識であって、吸血鬼とは違うの。」

 

「吸血鬼のジンケンも守られるべきだって予言者新聞に書いてあったもん! オマエみたいなのを、異常なセーハンザイシャって言うんだってさ! このセーハンザイシャ!」

 

マズい、マズいぞこれは。何とかしなければ妹から性犯罪者呼ばわりされることになってしまう。そんなの幾ら何でも耐え切れる自信がない。美鈴は……ダメだな。うんうんそうですね、といった具合に頷いている。裏切り者め、この恨み忘れんからな。

 

「ち、違うわフラン、そんな嘘つき新聞を読んじゃダメよ。えっと、その……そう、リーゼに聞いてみればいいわ! リーゼもそんなの嘘だって言うなら信用できるでしょ?」

 

「リーゼお姉様が? んぅ……そうかもね。でも、オマエは信用できないもん! 出てってよ、セーハンザイシャ!」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってなさい。今リーゼを呼んでくるから。すぐに呼んでくるから!」

 

急いで地下室を出て、全力疾走でエントランスへと向かう。急げ急げ。このままじゃ妹からの性犯罪者呼びが定着しちゃうぞ。そんなもん悪夢だ。早く煙突飛行でリーゼの屋敷に飛んで、引き摺ってでも連れてこなければ。

 

連れてきたリーゼが悪戯な笑みで誤解に拍車をかけることを知る由もなく、レミリア・スカーレットは煙突飛行粉を投げ入れた暖炉へと飛び込むのだった。

 


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