Game of Vampire   作:のみみず@白月

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報われない男

 

 

「気をつけてね、ハリー。危険を感じたら合図して頂戴。私たちがスネイプに呪文を撃つから。」

 

選手控え室へと向かうハリーに緊張した様子で声をかけるハーマイオニーを見ながら、アンネリーゼ・バートリは欠伸を一つ噛み殺していた。

 

今日行われるのはクィディッチの趨勢が決まる大事な一戦である。……まあ、私以外にとってはだが。なんでも今日グリフィンドールが勝てば、優勝杯を手にできる可能性は限りなく大きくなるらしい。

 

とはいえ、ハーマイオニーが気にしているのはそこではない。なんと悪しき殺人鬼スネイプが、この試合の審判に立候補したのだ。

 

結果としてハリーの危機を感じたハーマイオニーとロンは、友のために杖を手にして立ち上がったというわけである。心意気は見事だが、私から見ると悲しいすれ違いにしか見えない。スネイプが審判をやるのは間違いなくクィレル対策なのだから。

 

「うん、すぐに試合を終わらせるよ。スネイプが妙なことをしてこないうちに。」

 

決意の滲む表情で控え室へと入って行ったハリーを見送り、三人で観客席への階段を上り始める。

 

「リーゼも覚えておいてね? ロコモーター・モルティスよ。スネイプが怪しい動作をしたら、すぐに撃ち込むの。」

 

「足縛り術かい? ……まあ、覚えておこう。」

 

かわいらしい妨害方法に苦笑しながらも階段を上りきると……おやおや、学校中が観戦に来ているんじゃないか? クィディッチ競技場を囲む観客席には、所狭しと生徒たちがひしめいているのが見えてきた。

 

実のところ、クィディッチの観戦に来るのは初めてなのだ。クィレルの一件の後も、ハリーの試合は雨が続いたせいでスネイプやマクゴナガルに護衛を代わってもらっていた。まあ、仕方があるまい。吸血鬼に雨はご法度なのだから。

 

そんなわけで観客席からの風景を見るのも初めてなわけだが……めちゃくちゃ高いな。そりゃあここから落とそうとしたとなれば、スネイプを警戒するのも仕方あるまい。……しかし、なんだって地面は芝生なんだ? 安全に配慮するならもっと柔らかい素材でもいいだろうに。

 

最前列から遥か下を見下ろして考えていると、私の贈った双眼鏡を覗いていたロンが教員席の方を指差しながら言葉を放った。

 

「ダンブルドアだ! 校長が観戦に来てるぜ!」

 

何? 顔を上げてそちらを見れば……確かにダンブルドアがのほほんとした様子で座っているのが見えてきた。なんだよ、私が来る必要は無かったんじゃないか。

 

トランクの中でゴロゴロしてれば良かったと後悔する私を他所に、ハーマイオニーとロンは安心したように頷き合っている。

 

「これならスネイプは手出しできないわ! 幾ら何でも、校長先生の前じゃハリーを殺すなんて無理よ。」

 

「ざまあみろだ。後はグリフィンドールが勝てば万々歳だな!」

 

そしてクィレルも何も出来まい。ハリーの側にスネイプ、教員席にはダンブルドアと、石を狙っていることは知らされているフリットウィック。実況席にはマクゴナガルで、ここには私だ。リドルだってこれを抜けないだろうし、クィレルの場合は夢のまた夢だろう。

 

私がハリーの無事を確信したところで、選手たちがフィールドへと浮かび上がってきた。赤いのがグリフィンドールで、黄色いのがハッフルパフ。そして……ハリーがシーカー。私の知る情報はそれが全てだ。

 

「……ん? シーカー以外は何をするんだい? 相手のシーカーを殺そうとするとか?」

 

「それは反則だよ、リーゼ。まあ……やろうとしたヤツはいっぱいいるけど。ウッドがキーパーで、あの三人がチェイサー。チェイサーがクアッフル……赤茶色の球ね。をゴールに入れると十点。そしてビーターの兄貴たちはブラッジャーを制御して相手を妨害するんだ。ブラッジャーってのは黒い──」

 

「ロン、要点を教えてくれ。ハリーがスニッチを取るとどうなるんだい?」

 

長々と続きそうなロンの解説を遮ると、彼はちょっと残念そうな表情で結論を口にした。

 

「百五十点入る。そしてそこで試合終了だ。点差がそれ未満だったら、取ったチームの勝利だよ。」

 

「解説どうも、クィディッチ博士さん。」

 

つまりスニッチはゴール十五回分なわけだ。パチュリーが欠陥スポーツだと罵っていたのはこれが理由か? ……いや、自分の運動神経の無さが理由の可能性もあるな。

 

そうこうしている間にも、試合は箒が死ぬほど似合わないスネイプのホイッスルでスタートした。うーむ、むしろスネイプが墜落しないかを心配すべきかもしれない。青白い顔は、私以上に日光の下が似合っていないのだから。

 

「さあ、プレイ・ボールだ! ……なんだよ、マルフォイ!」

 

楽しそうに開始の宣言をしたロンは、忍び寄ってきたマルフォイに小突かれて後ろを振り返った。

 

「ああ、ごめんよ、ウィーズリー。頭が燃えてるのかと思って、消そうとしただけなんだよ。」

 

マルフォイはいつも通りに二体の仔トロールを従え、いつも通りに私を視界から外しながら、いつも通りに馬鹿にしたような口調で話し出す。……キミの視界から消えたとしても、私はここにいるんだぞ。本当に分かってるんだろうな、コイツ。

 

「この試合、ポッターはどのくらい箒に乗ってられるかな? 誰か賭けないか? ウィーズリー、君はどうだい?」

 

完全にロンが無視したのと同時に、スネイプが笛を鳴らして……なんだ? 双子のどっちかを指差しながら何かを喚いている。

 

キョトンとしている私を見兼ねたのか、指を組んで祈っていたハーマイオニーが解説してくれた。

 

「ペナルティを食らったのよ。スネイプはやっぱりハッフルパフを贔屓するつもりなんだわ。ハリーに手出しできなくなった腹いせかしら?」

 

「そうかもね。私は単にグリフィンドールが嫌いな方に一票を入れるが。」

 

腹いせかはともかくとして、確かに公平なジャッジとは言えなさそうだ。再開から三十秒も経たないうちに、スネイプは笛を吹いて再びペナルティを与えているのだから。

 

ハリーは何をしてるのかと探してみれば……おや、遥か上空で大きく旋回している。あの距離からスニッチを見つけ出せるのか? というか、そもそもスニッチはどの範囲を逃げるもんなんだ?

 

疑問をハーマイオニーに聞こうとするも、試合に夢中でそれどころではないという様子だ。ロンは……こっちもダメだな。いつの間にか参戦したロングボトムと一緒に、二人でマルフォイ一派と睨み合っていた。

 

「グリフィンドールの選手がどうやって選ばれてるか知ってるかい? ……気の毒な人が選ばれてるんだよ。ポッターは両親がいないし、ウィーズリー家はお金がない。ロングボトム、君もチームに入るべきだね。だって君には脳みそがないから。」

 

上手いこと言うじゃないか。スリザリンに十点。とはいえロングボトムはそうは思わなかったようで、ぷるぷる震えながらもマルフォイに反撃を繰り出した。

 

「そ、それなら君もスリザリンのチームに入ったらどうだい? だって君には……分別がない。」

 

「いいぞ、ネビル! 言ってやれ!」

 

まさかロングボトムから反撃を食らうとは思わなかったのだろう。マルフォイはちょっと頰を赤らめながら何かを口にしようとするが……その前にハーマイオニーの叫び声が響き渡った。

 

「見て、みんな! ハリーが!」

 

また墜落じゃないだろうな。慌ててハーマイオニーの指差す方を見てみれば、ハリーが凄い速度で急降下しているのが見えてきた。ちゃんと制御しているみたいだし……スニッチを見つけたのか?

 

「運がいいぞ、ウィーズリー! きっとポッターは地面にお金が落ちているのを見つけたんだ!」

 

おっと、ロンがキレたぞ。いきなりマルフォイに馬乗りになると、思いっきりお坊ちゃんをぶん殴り始めた。仔トロールたちがマルフォイを助け出そうと騒ぎに加わり、ロングボトムも意を決したように突っ込んで行く。うーむ、どっちの『試合』を観るべきか判断に迷うな。

 

そんな私の悩みを晴らしてくれたのは、ハーマイオニーの気が狂ったかのようなハグだった。ハグというか……タックルに近いぞ。彼女は満面の笑みで私に突っ込んでくると、耳元で歓喜の叫びを放つ。鼓膜がどうにかなりそうだ。

 

「取ったわ! ハリーがスニッチを取ったわ! グリフィンドールが首位よ! 首位!」

 

「あー……なるほど。良かったね、ハーマイオニー。少し落ちつ──」

 

「首位だわ! ハリーがやったのよ! 首位!」

 

しゅいしゅい言いながら狂喜するハーマイオニーは、吸血鬼もかくやという力で私を抱き締めてくる。他の生徒も騒いでいるのを見るに、どうやら試合は終わりのようだ。

 

うーむ、結局よく分からないスポーツだったな。五分くらいで終わったし、ルールも把握し切れなかった。楽しめそうなら咲夜をプロゲームの観戦にでも連れて行こうかと思ったのだが……うん、判断は先延ばしにする必要がありそうだ。

 

チラリと振り返ってみれば、ロンも鼻血を流しながら両手をぶんぶん振り回して歓声を上げている。ロングボトムは……おや、こっちもボロボロだが嬉しそうだ。仔トロールを見事に退治したらしい。ちょっと見直したぞ、ロングボトム。

 

「談話室が騒がしくなりそうだね。」

 

この様子だと、絶対に戦勝パーティーが開かれるはずだ。肩を竦めて言った私に、ようやく落ち着いてきたハーマイオニーがウィンクしながら言葉を放つ。

 

「今日ばかりはリーゼも参加してもらうわよ。ハリーをお祝いしてあげなくっちゃ!」

 

「そうだよ、リーゼ! 君がクィディッチ嫌いなのは知ってるけど、今日くらい騒いでもバチは当たらないはずさ!」

 

ロンも大賛成のようだし……ま、そうだな。今日くらいは付き合おう。雰囲気を壊すのはさすがに可哀想だし、これも社交の一環だと思えば苦ではない。

 

「あー、分かったよ。そうだね……ハリーも頑張ったんだ。みんなで祝ってあげようじゃないか。」

 

苦笑いで返事をして、三人で談話室に戻るために歩き出す。ワインでもあればいいんだが……まあ、今日はバタービールで我慢するか。

 

───

 

談話室に戻ると、そこでは既にお祭り騒ぎの真っ最中だった。赤い横断幕を高らかに掲げながら、誰もが嬉しそうに笑っている。選手がちらほらと戻ってくると騒ぎが大きくなり、ウィーズリーの双子が山ほどもある料理を何処かから調達してきたあたりでその騒ぎはピークを迎えた。

 

ソファに座ってローストビーフをつまみながら、ロンの熱を帯びたクィディッチ談義を適当に聞き流していると、ハーマイオニーが怪訝そうな顔で問いかけてくる。

 

「ハリーが戻ってこないわ。どうしたのかしら?」

 

「そういえばそうだね。今日のヒーローだってのに、どこで道草を食っているのやら。」

 

他の選手は戻って来ているようだし、どうも遅い気がする。ふむ、一応探しに行っておくか。まさかクィレルに襲われてはいないだろうが……。

 

「……一応探してくるよ。」

 

ちょっとだけ不安になりつつも談話室を出ると、ハーマイオニーとロンもついてくる気のようだ。私の左右に並びながら、キョロキョロと辺りを見回している。

 

「ウッドに絡まれるのが嫌で逃げ出したのかもな。今のあいつなら、ハリーにキスしかねないぞ。」

 

まあ、ロンの言う通りかもしれない。喜びすぎて気絶する人間というのを私は初めて見た。奇声を上げながらパタリと倒れた時には、誰もが興奮しすぎて死んだのだと思ったはずだ。

 

「何をバカなことを言って……ハリー! いったいどこにいたのよ? みんな貴方のことを探してるわ!」

 

言うハーマイオニーの視線の先を見てみれば、ハリーが廊下をテクテクと歩いてくるところだった。その顔には喜びの色はなく、困惑と不安に染まっている。ふむ、何かがあったのは確からしい。

 

ハーマイオニーの質問に答えることなく、ハリーは私たちを近くの空き部屋に引っ張ってから、声を潜めて説明を始めた。

 

「スネイプは賢者の石を狙ってるんだよ。箒を置きに行った時、クィレルを脅しているところを見たんだ。三頭犬がどうだとか、他の守りがどうだとか……よく聞こえなかったけど、四階のことを話してたのは間違いない。」

 

実に喜劇的な話だ。事実とは真逆なところがなんとも面白い。スネイプはどうやら殺人に加えて、窃盗犯の汚名を着せられたらしい。

 

私の内心の呆れを余所に、ハリーは真剣な顔で説明を続ける。

 

「きっと先生たちの作った仕掛けが石を守っていて、スネイプはクィレルからその対策を聞き出そうとしてるんだよ。他の先生より……なんというか、簡単だと思ったんだろう。」

 

「それじゃ、賢者の石が安全なのは、クィレルがスネイプに対抗している間だけってこと?」

 

絶望的な顔で言うハーマイオニーに、ロンが同じ表情で答えた。

 

「それじゃ、三日ともたないな。石はすぐになくなっちまうよ。」

 

「それだけじゃないんだ。スネイプが……あいつのことを口にしてた。闇の帝王がどうこうって。つまり──」

 

ハリーはそこで言葉を区切り、一度喉を鳴らしてから強張った顔で続きを話す。

 

「スネイプはヴォルデモートのために石を手に入れようとしているんだ。」

 

衝撃を受けているロンとハーマイオニーを見ながら、アンネリーゼ・バートリはちょっとだけスネイプに同情するのだった。

 


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