Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ハリー・ポッターと賢者の石

 

 

「傷跡が疼くんだよ。今までも時々こういうことはあったけど、こんなにずっと続くのは初めてだ。」

 

ホグワーツにある湖のほとりに座り込みながら、アンネリーゼ・バートリはハリーの傷跡をじっと眺めていた。

 

学期末試験が終わり、生徒たちは開放感に包まれている。誰もが嬉しそうに苦行の終わりを祝う中、何故かハリーだけは沈んだ顔をしたままだった。その理由をロンが聞いた結果、返ってきたのが傷跡の話だというわけだ。

 

あの『ノーバートちゃん事件』以来、ハリーたちは数日おきに四階の廊下を調べている。ドア越しに三頭犬の無事を確認する度に胸を撫で下ろしていたのだが、試験が始まってからはさすがに気にしている雰囲気はなくなった。

 

しかし、それはロンとハーマイオニーだけだったらしい。てっきり試験の不安で落ち込んでいるのだと思っていたが、ハリーは未だに石のこと……というか、リドルのことが気になっていたようだ。

 

思い詰めた様子のハリーを見て、ハーマイオニーは問題用紙と睨めっこをするのをやめて心配そうに声をかけた。

 

「その、偶然じゃないの? 医務室に行ってみたら?」

 

「違う、そういうのじゃないんだ。説明が難しいけど……これは警告みたいなものなんだよ。僕には分かるんだ。」

 

警告、ね。これがその辺のガキなら思春期特有の妄想だと断じれるが、ハリーの場合はそうもいくまい。あの傷はリドルが残した『印』なのだ。有り得ない話ではないように思える。

 

ハリーの真剣な表情に少し怯みながらも、芝生に寝転がっていたロンが、元気付けるように無理やり明るい声を放った。

 

「心配しすぎだぜ、ハリー。クィレルはピンピンしてるし、フラッフィーも元気に唸ってただろ?」

 

「うん、それはそうなんだけど……。」

 

ロンの励ましにもハリーは落ち込んだままだ。しばらく傷跡をさすっていたハリーだったが、やがて何かに気付いたように目を見開く。

 

「……ハグリッドはどうやってドラゴンの卵を手に入れたんだろう? その辺に転がってるものじゃないはずだ。……そうだよ、ハグリッドのところに行かないと!」

 

ふむ? それは……確かにその通りだ。卵を目にしたあの男が、何か『口を滑らせて』いてもおかしくはない。

 

急に立ち上がったハリーに続いて、四人でハグリッドの小屋に向かおうとするが……一歩足を踏み出した瞬間、タイミングよく後ろから声がかかった。

 

「バートリ! 来たまえ。」

 

スネイプだ。ハリーたちは一気に緊張を強めるが、私は別の意味で気を引き締める。なにせスネイプの顔はいつにも増して強張っているのだ。つまり、クィレルに何らかの動きがあったのだろう。

 

「ハリー、キミたちはハグリッドの所へ行きたまえ。スネイプの相手は私がしよう。」

 

「危険だよ、リーゼ。僕たちも一緒に行ったほうがいい。」

 

「周りを見てみなよ、ハリー。生徒たちがうじゃうじゃいるだろう? さすがにスネイプもこんな場所で無茶をしたりはしないさ。」

 

多少迷っていた様子のハリーたちだったが、一つ頷いてから走り出した。それを尻目にスネイプの方へと向かうと、彼は小声で報告を伝えてくる。

 

「クィレルを見張っていたフリットウィック教授が倒れているのを、マクゴナガル教授が教員塔で発見しました。今の居場所は不明です。」

 

「フリットウィックを? ふぅん、決闘チャンピオンを下すとは、クィレルも中々やるじゃないか。」

 

「不意を突かれたのでしょう。それよりも、どうするのですかな? もはや取り繕う気もないということなら、今にも行動に移すはずです。ポッターか、それとも石か。」

 

「ダンブルドアは……そうか、不在か。これもクィレルの……というか、リドルの作戦だったわけだ。」

 

ダンブルドアは他国に出張中だ。恐らく虚報だったのだろう。……こういう手はリドルの常套句だな。あの老人め、何度騙されれば気が済むんだ?

 

何にせよ虚報であるのはスネイプも同感のようで、頷きながらも口を開く。

 

「指示を頂きたい。石のことはともかく、ポッターに関しての責任者は貴女です。」

 

「……キミはどっちを狙ってくると思う? クィレルと接触の機会が一番多かったのはキミだ。何か思い当たるような節はないか?」

 

問いかけてやると、スネイプは顎に手を当てながらもゆっくりと自分の考えを話し始めた。

 

「恐らく石を狙ってくるはずです。私はポッターの守りがいかに堅固なのかを繰り返し伝えました。そして石の守りがさほど強力ではないことも。私の言葉を信じるかは微妙なところですが……可能性としては石が大きいと思います。」

 

まあ、確かにそうだな。私がハリーの側にいることは重々承知の上だろうし、石の守りが単なるアトラクションなことも掴んでいるはずだ。簡単な方を狙う可能性のほうが大きいだろう。

 

脳内で骨子を組み立てつつ、口に出しながらそれに肉付けしていく。

 

「ふむ……そうだね、予定通り石をくれてやろうじゃないか。何年も身内にスパイを抱えるのはお断りだろう? 半年だってうんざりなんだ、これ以上付き合いたくはないね。」

 

「つまり……石を奪ったクィレルを追跡するのですな?」

 

「その通り。今まで尻尾を掴ませなかったが、石を手にしたら間違いなくヴォルデモートに渡しに行くはずだ。それを追跡する。」

 

計画は多少前倒しになるが、この忌々しい状況が何年も続くよりかは遥かにマシだ。ぐるぐると思考を回しつつも、スネイプに向かって指示を出す。

 

「キミはレミィに連絡を取りたまえ。姿くらましや煙突飛行、ポートキーに飛翔術。どんな手段で逃げるかは知らないが、魔法省に協力を要請する必要がある。レミィなら『傀儡大臣』に話を通せるはずだ。」

 

「ポッターはどうします?」

 

「マクゴナガルに引き継ぐ。私は石の所に向かおう。姿を消せる私が追跡に当たるのが一番だしね。……まあ、予言通りならクィレルにハリーは殺せないはずさ。」

 

肩を竦めて言うと、スネイプは疑わしいと言わんばかりの目つきをしてきた。どうやら彼は予言を完全に信じているわけではないらしい。

 

「クィディッチの試合中には殺しかけましたが?」

 

「キミが救ったじゃないか。……ま、疑うのも分かるがね。私やレミィがヴォルデモートを殺せなかったように、死喰い人どももハリーを殺せはしないのさ。保険としてマクゴナガルを付けておけば充分だろう。」

 

あのイラつく『運命』のことを考えるとうんざりするが、それは同時にハリーを守る盾にもなるはずだ。……たぶん。

 

未だ納得しかねる様子のスネイプだったが、それでも頷いて了承の返事を返してきた。

 

「まあ……指示には従いましょう。スカーレット女史とマクゴナガル教授に連絡を取った後、私は追跡の準備を進めておきます。」

 

「結構。マクゴナガルには何かあったら守護霊を飛ばすように言ってくれ。それじゃあ私は……アスレチックを楽しんでくるよ。」

 

「なんともご愁傷様ですな。」

 

無表情で言うスネイプに鼻を鳴らして、四階の廊下へと歩き出す。ようやく行動に移ってくれたんだ、精々利用させてもらおうじゃないか。

 

───

 

来ない。

 

私がここまで来る道中にも姿は見なかったし……くそったれのクィレルめ、一体何を手こずっているんだ? 石造りの薄暗い部屋の中には、姿を消した私と鏡だけ。物音一つ聞こえやしない。暇つぶしの道具を持ってくるべきだった。

 

もうかなりの時間を待っているんだぞ。……まさかハリーの方に行ってやしないだろうな? 連絡用の守護霊は飛んでこないし、大丈夫だとは思うんだが……ここまで遅いと心配になってくる。

 

というか、あの男はこの鏡を突破できるのだろうか? ダンブルドアの言葉通りなら、『石を望みはすれど、使おうとしない者しか手にできない』はずだ。クィレルがリドルに渡そうとしているのなら問題ないとは思うが……。

 

暇つぶしも兼ねてそっと鏡の正面に立つ。別に石ころなんぞ望んじゃいない私にとっては、ただの望みを映す鏡のはずだ。滑らかな表面に向き合ってみると……能力を使っているのにも関わらず、鏡には私が映っている。そしてその周囲には真っ赤な──

 

「分かっております、分かっております、ご主人様。」

 

おっと、クィレルの声が微かに響いてきた。同時に一つ前の部屋でスネイプの仕掛けが動作して、道を塞ぐ炎が立ち上る音が聞こえてくる。ようやくご到着だ。そっと部屋の隅へと戻り、クィレルが仕掛けを解くのを待つ。

 

「これは? セブルスか……忌々しい仕掛けだ。……お待ち下さい、ご主人様。すぐに解いてみせます。」

 

独り言……だよな? 足音は間違いなく一人だし、気配を探ってみてもそれは同じだ。しかし、ご主人様? 何らかの通信器具でリドルと連絡を取っているのかもしれない。

 

脳内で電話を掛けているトカゲ人間を想像しながらクィレルを待つが……遅い! もう余裕で五分が過ぎようというのに、一向に部屋に入ってこようとしない。スネイプの論理パズルはクィレルには難しすぎたようだ。

 

「ひっ、申し訳ございません、ご主人様! ……この小瓶ですか? かしこまりました。」

 

クィレルがイカれた二重人格者でなければ、やはり誰かと連絡を取っているらしい。何者かの助けを得た彼は、ようやく仕掛けを突破して部屋へと入ってきた。

 

「鏡? 鏡です、ご主人様。どうして鏡が? 石はどこに?」

 

ブツブツと疑問を連発するクィレルは、鏡をペタペタと触り始める。おいおい、こいつ、石を使おうとしてるのか? それともダンブルドアの魔法が過大解釈をしているのだろうか?

 

「分かりません、ご主人様! 私がご主人様に石を渡しているところが見えるのです! でも、どうすれば石を手にできるのか……。」

 

くそ、これだから魔法ってやつは嫌いなんだ! どうやらクィレルがリドルに石を渡すことは、『使おうとする』の範疇に入るらしい。あのジジイめ! いい加減な魔法をかけやがって。

 

哀れなクィレルはオロオロと右往左往している。守り手も無能なら、盗人も無能か! 喜劇をやってるんじゃないんだぞ!

 

実にバカバカしいことに、このままではクィレルはアスレチックを楽しみに来ただけになるし、私が長時間待っていたことも無駄になる。

 

……捕らえるか? 魅了が効かないにしても、真実薬や開心術を駆使すれば情報が引き出せるかもしれない。ぶっ壊れる危険性がある以上、せっかくの情報源には使いたくないが……仕方あるまい。ゆっくりと一歩を踏み出したところで、再びスネイプの仕掛けが発動する音が聞こえてきた。

 

「……ご主人様、誰かが来ます。」

 

途端に声を潜めて杖を取り出すクィレルだったが、こっちとしても想定外だ。スネイプかマクゴナガルか? 何か不測の事態があって応援に来たのかもしれない。耳を澄ませて気配を探ってみれば……おいおい、最悪だ。

 

「すごいわ! これは魔法じゃなくて論理よ。パズルだわ。大魔法使いといわれるような人って、論理のかけらもない人がたくさんいるの。そういう人はここで永久に行き止まりだわ!」

 

ハーマイオニーの興奮した声が響いてきた。『論理のかけらもない魔法使い』代表のクィレルは、憎々しげに顔を歪めている。どうやらあの男にも聞こえたらしい。

 

気配からみるにハリーも一緒だ。マクゴナガルは居眠りでもしてるのか? 事情はさっぱり分からないが、とにかくマズい。舌打ちを堪えながらクィレルを無力化しようとするが、別の声を聞いて再び動きが止まる。

 

「いいぞ……ポッターだ。俺には分かる。待つのだ、クィレル。ポッターを待つのだ。」

 

何だ? 明らかにクィレルの声ではない。音域が全く定まっていない、なんとも耳障りな声だ。

 

「ご主人様、分かりました。ポッターを待ちます。」

 

「そうだ、クィレル。杖を抜いておけ。ポッターを使うのだ。そして殺せ!」

 

声の出所はターバンの中だが、そこに通信器具を仕込んでいるのか? それともまさか……。

 

有り得ないと自嘲しながら、瞑目して気配を探るために集中する。昔、若きゲラートを探す旅の途中で暇つぶしに美鈴から教わった技術だ。妖力でもなく、魔力でもなく、気で探ってみれば……おやおや、ようやく会えたじゃないか。

 

思わず満面の笑みが湧き上がってくる。間違いない、トム・クソったれ・リドルだ。まさかクィレルのターバンに潜んでいるとは思わなかった。意表をつくという一点では、これ以上の場所などないだろう。どこの誰が、『例のあの人』がターバンに隠れているのを想像できる?

 

いいぞ、いいぞ! 最高じゃないか! この場所には私が居て、リドルが居て、そしてハリーが居る。上手くやれば殺せるかもしれないのだ。背筋を伝う歓喜を自覚しながら、思考を落ち着けるためにゆっくりと息を吐く。

 

「わかったわ。一番小さな瓶が、黒い火を通り抜けるための薬よ!」

 

ハーマイオニーが見事にパズルを解いたのを聞きながら、急いで計画を組み立てる。リドル……というか、クィレルを無力化するのは私がやればいい。問題はハリーがどうやってリドルを殺すかだ。

 

魅了でも使って死の呪文を使わせるか? ……ダメだ。それではハリーを『使って』、私がリドルを殺しているのと変わらない。ハリー自身の意思で事を決する必要があるはずだ。

 

……思ったよりも難しいかもしれないな。ハリーが喜んで人を殺すタイプの人間じゃないことは確かだし、十一歳の少年に致死性の魔法が放てるとは思えない。妖力で補助してみるか? ハリーが主体なら問題ないと思うが……。

 

「幸運を祈っているわ。気をつけてね!」

 

悩んでいる間にもハーマイオニーの気配が遠ざかっていくのを感じる。先に進める薬は一つだけだ。ハリーが進み、ハーマイオニーは戻ることになったのだろう。それは予想通りだが……くそ、ハリーが炎を抜けた。即興でやるしかなさそうだ。

 

恐る恐る部屋に入ってきたハリーは、そこに居たクィレルを見て呆然と呟いた。

 

「ク、クィレル先生? そんな……あなたが? てっきり、スネイプだとばかり……。」

 

「セブルスか? あの男は確かにそんなタイプに見えるからな。……だが、私だ。ポッター、君にはここで会えるかもしれないと思っていたよ。」

 

言いながらクィレルが杖を振り上げた瞬間、首と杖腕を掴んで壁へと押し付ける。そのまま姿を現しながら、ニヤリと笑ってご挨拶だ。

 

「ごきげんよう、クィレル。」

 

「ぐっ……バートリ!」

 

「その通り。アンネリーゼ・バートリだよ、吃りのクィレル先生。今日は随分と調子がいいみたいじゃないか。」

 

杖腕をへし折り、落ちた杖を足で踏み折る。片手でクィレルの首を押さえながらハリーの方を見てみれば、彼は大口を開けてポカンとしていた。まあ、予想通りの反応だ。

 

「リ、リーゼ? どうしてここに? 談話室に居なかったから、てっきりスネイプに……その、攫われたのかと思ってた。」

 

なんだそりゃ。……そういえばスネイプに呼び出された後、そのままここに来たんだったか。ハリーたちは妙な勘違いをしていたらしい。

 

結局最後まで誤解されっぱなしのスネイプを思って苦笑しつつ、パチリとウィンクしながら声を放つ。

 

「ピンピンしてるよ、ハリー。おまけに気分は最高だ。長年の恨みを今日晴らせるかもしれないのさ。……そうだろう? リドル。」

 

「リドル?」

 

ハリーの短い問いに答えたのは、私でもなく、窒息しかけているクィレルでもなかった。

 

「……久しいな、アンネリーゼ・バートリ。忌々しい吸血鬼めが!」

 

とうとう白目を剥きだしたクィレルの腕が動き出し、頭を包むターバンを解いていく。ガクガクと不気味に動くその腕は、明らかにクィレルが動かしているものではない。出来の悪い人形劇みたいだ。アリスを見習うべきだな。

 

最後に折れた腕で叩きつけるように残った布を落とし、ベキベキと骨が折れる音を鳴らしながら首を回転させれば……おやおや、歪んだもう一つの顔が見えてきた。ミスター・後頭部のご登場だ。

 

トカゲの頃よりさらに歪んだその顔は、私を睨みつけながら耳障りな声で話し始めた。

 

「貴様には随分と手こずらされた。前回の戦争の時も、そして今回の一件でもな。」

 

「それは嬉しいお言葉だね。キミの不幸は最高の甘味だよ。しかし……なんとも落ちぶれたじゃないか、リドル。トカゲの次は後頭部かい? 趣味が悪すぎると思うがね。」

 

「黙れ、下等なコウモリ風情が! 勝ち誇っているところを悪いがな、貴様に俺は殺せんぞ。俺はもう貴様らでも手の届かぬ場所にいるのだ。」

 

尊大に喋る醜い顔に近付いて、湧き上がる笑みを隠さずに口を開く。分かっていないなら教えてあげようじゃないか。今の状況が何を表しているのかを。

 

「ああ、トム・リドル。分からないのか? そんなことは問題じゃないんだよ。あの戦争の時、私はキミの影さえ踏むことが出来なかった。だが……ほら、見てごらんよ! 私はキミに触れてるぞ! 本当に理解できていないのか? もう運命はキミだけの味方ではないんだよ!」

 

「それがどうした? 高がそれだけのことに随分と喜んでいるようだな! 強がりはよせ、吸血鬼!」

 

「高が、ね。んふふ、私の喜びを分かって欲しいな、リドル。僅か一年。ハリーが関わってから僅か一年でこれだ。ようやく我々に手番が回ってきたのさ。ああ、この一年……いや、この二十年の苦労が報われる気分だよ。まともに参加することも出来なかったゲームに、ようやく私も参加できる。」

 

前回は十年かかってローブの端さえ見られなかったというのに、ハリーが関わった途端にこれだぞ。いやはや、最高の気分じゃないか、リドル。もう運命は私を拒絶してはいない。つまりハリーを介している限り、私はこのゲームに直接参加できるわけだ。

 

「貴様に──」

 

何か喋ろうとした醜い顔をぶん殴って黙らせてから、戸惑っているハリーに声をかける。実にいい気分だ。殴れるってのは素晴らしいな。

 

「ハリー? こいつがキミの両親の仇だよ? 何か言いたいことはないのかい?」

 

「そいつが……そいつが、ヴォルデモート?」

 

「その通りだ。死喰い人の親玉にして、今は惨めな後頭部マンさ。笑ってあげなよ、ハリー。これほど醜い存在は他にないよ?」

 

もうクィレルが死んでいることは明らかだが、リドルは平然と口を開く。殴ったダメージも一切ないようだし、どうやら宿主の状態は関係ないようだ。

 

「『生き残った男の子』か。お笑い種だな。貴様には何の力もない! 俺を打ち倒すことなど出来はしないのだ! ……お前の両親を殺すのは容易かったぞ? 父親は足止めも出来ずに死んでいった! 母親は惨めに命乞いをしていた! 脆弱で、愚かな魔法使いたちだったぞ!」

 

「黙れ!」

 

叫ぶハリーの瞳は、憎しみの感情に染まってきた。いいぞ、その調子だ。もっと憎め、ハリー! 愛が力を持つように、憎しみもまた大きな力になるのだから。

 

「ハリー、杖を取れ。呪文は私が教えてあげよう。この男に引導を渡すんだ。」

 

「無駄だぞ、バートリ! 今の俺を『殺せる』者などいない!」

 

「黙っていたまえ、リドル。試すだけならタダだろう? ……ほら、ハリー! この男の死は魔法界の誰もが望んでいることなんだ。十年前にキミがやり損ねたことを、今日ここで達成したまえ。」

 

私とリドルを交互に見ながら、未だ戸惑っている様子のハリーだったが……ゆっくりと杖に手を伸ばすと、それを握りしめて近付いてきた。いい子だ、ハリー。それでこそ『友達』になった甲斐があるというものじゃないか。

 

「ど、どうすればいいの? リーゼ?」

 

「大丈夫だ、ハリー。私がちゃんと手伝ってあげよう。ゆっくりと杖先をこいつに向けて……そうだ。そしたら──」

 

その瞬間、ブチリという音と共にクィレルの首が千切れ、有り得ない挙動でハリーへと襲いかかった。

 

咄嗟にハリーが床に叩き落としたが、彼が触った部分から徐々に顔が崩れていく。クィレルの顔は目を見開いて絶命しているが、リドルの顔は勝ち誇るように笑っている。こいつ……。

 

「残念だったな、バートリ! 俺はここで失礼させてもらおう。」

 

逃げる気か。ダメ元で妖力弾を放ってみるが……くそっ、顔が吹き飛ぶだけでリドルはなおさら愉快そうに笑うだけだ。

 

「言っただろう? バートリ。俺を殺すことはできないのさ。この世の誰にもだ! お前たちがどれほど強力な種族かは知らないが、殺せない者に果たして勝てるかな?」

 

一度大きく息を吸い……そして吐く。自分が完璧な無表情になっていることを自覚しながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……いいだろう、リドル。今回はキミの勝ちだ。その虫けら以下の身体で、何処へなりとも逃げるがいい。だがな──」

 

思いっきり首に顔を近付けて、半分ほどになったリドルと目を合わせて語りかける。

 

「覚悟はしているんだろうね? キミが敵に回したのは、夜そのものなんだ。沈まぬ太陽がないように、いつかキミにも夜が訪れるのさ。その時を精々怯えて待っていたまえ。……アンネリーゼ・バートリの名において、必ずキミを殺すと約束しよう。」

 

今や凄惨な笑みに変わったであろう私に一切怯むことなく、リドルもまた僅かに残る顔を狂ったような笑顔に変えて口を開いた。

 

「やってみろ、バートリ。俺は超えたぞ! お前も、スカーレットも、ダンブルドアも、そしてマーガトロイドも! 死は既に俺の敵ではないのだ! 足掻くがいい、吸血鬼! 俺を……俺様を殺せる者などどこにも居はしないぞ!」

 

胸糞悪い返事と共に、リドルの顔が完全に崩れ去る。残された黒い粒子のようなものが、素早い動きでどこかへ飛んでいった。正にゴミ屑だな、クソったれめ。

 

「リーゼ、逃げちゃうよ!」

 

「ああ、そうだね。」

 

「放っておいていいの? どうにかして捕まえないと!」

 

「無駄だよ、ハリー。あれは矮小すぎるんだ。あまりに小さすぎるから、捕らえることもできないのさ。」

 

握りしめすぎて強張った手を、ゆっくりと解いてから大きく息を吐く。失敗した。失敗したが……少し前進もした。

 

どうやらリドルは、自分を殺せないことに絶対の自信があるらしい。調べる必要があるだろう。もしかしたら私たちが思っている以上に、リドルは死に難い存在になっているのかもしれない。

 

いつも通りにパチュリーへとぶん投げようと考えていると、ハリーがおずおずという様子で声をかけてきた。

 

「その、リーゼ?」

 

「なんだい?」

 

「ヴォルデモートは君を知っているみたいだった。敵対してるのは分かるんだけど、その……君は、何者なの? それに、前回の戦争って?」

 

そりゃそうだ。少なくともホグワーツの一年生には見えなかっただろう。ゆっくりと杖に手を伸ばしながら、ニッコリ笑って口を開く。

 

「ああ、私は五百年を生きる残虐な吸血鬼なんだよ。人間とかを殺しまくってる、ね。そしてリドル……ヴォルデモートを殺すために、キミを利用しようとしているのさ。キミはただの道具で、私たちのゲームの駒なんだ。」

 

「五百年? 駒? でも、リーゼは僕と同じ一年生で……ど、どういうことなの? 全然分からないよ。」

 

「いいんだよ、ハリー。キミはまだ何も知らなくていいんだ。だから……今は忘れてくれたまえ。」

 

「何を──」

 

困惑するハリーに向かって、杖を向けながらそっと囁く。私はここには居なかったし、ハリーは何も聞いてはいないのだ。石を守った英雄にしてあげるから、今日のところはそれで満足してくれたまえ。

 

オブリビエイト(忘れよ)。」

 

ボンヤリした表情でゆっくりと目を瞑ったハリーを見ながら、アンネリーゼ・バートリは皮肉げな微笑を浮かべるのだった。

 


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