Game of Vampire   作:のみみず@白月

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帰るべき場所へ

 

 

「つまり、クィレルはリドルと連絡を取っていたわけじゃなく、後頭部にリドルを貼り付けてたってこと?」

 

ホグワーツの校長室のソファに座りながら、レミリア・スカーレットは呆れ果てていた。それは確かに意表を突いた一手かもしれない。なんたって、誰一人としてそんなバカみたいなことは考えつかないだろうから。

 

対面のソファに座るリーゼは、私と同じ表情を浮かべながら返事を返してくる。ちなみに出張から大急ぎで帰ってきたダンブルドアは医務室だ。ハリーたちの様子を見に行っているらしい。

 

「その通りだ。それでリドルを殺す好機だと思ったんだけどね……残念ながら、失敗しちゃったよ。」

 

ちょっと情けない感じで言うリーゼだが……まあ、今回は責められまい。何十年振りかにようやく訪れた好機だったのだ。それを掴もうとしたのは悪くない選択だった。

 

若干落ち込んでいる幼馴染に向かって、勝手に淹れた紅茶のカップを弄りながら口を開く。

 

「貴女はリドルを殺し損ね、マクゴナガルは透明マントでハリーに出し抜かれ、スネイプは過去の憎しみから誤解を招き、ダンブルドアは鏡の仕掛けに拘りすぎた、ってとこかしら? 全員の失態が重なり合って妙な結果を生んだわね……ああ、ハグリッドは言うまでもないでしょう。」

 

「結果としてリドルは再びゴミ屑に逆戻りだ。いい気味だが、これでまた行方を追えなくなったね。」

 

「本当にもう、ままならないもんだわ。殺そうと思っても上手くいかず、生き返らせようとしても失敗する。悲しくなってくるわね。」

 

同時にため息を吐いて、顔を見合わせて苦笑する。さすがのリドルも、もう石を狙ってはこないだろう。これで再び盤面は元に戻ったわけだが……それでも僅かな情報を手にすることはできた。

 

カゴの中で眠そうに目をしょぼしょぼさせている不死鳥を横目にしながら、ニヤリと笑って言葉を放つ。

 

「しかし、ハリーが関わればリドルに手が届くのを知れたのは僥倖だったわね。運命の女神にようやく手が届いたわ。まあ、まだ袖口だけって感じだけど。」

 

「んふふ、そのまま服を引っぺがしてやろうじゃないか。……それに、もう一つ手がかりが得られただろう? 不死への異様な自信だ。」

 

その通り。リーゼによれば、リドルは自身の不死性に絶対の自信を持っているとのことだった。人間ごときがそこまで強固な不死を得られるとは思えないが……。

 

「リドルが選んだのは、そう単純な方法じゃあないのかしら?」

 

問いかけてみれば、リーゼは真剣な表情で返事を返してきた。

 

「かなりの自信がありそうだよ。どんな方法かは知らないが、頗る厄介なのは間違いないさ。」

 

「ふむ……ま、その辺はパチェとアリスに任せましょう。リドルがどれだけの方法を見つけ出したのかは知らないけど、あの二人よりも深い場所にいるとは思えないわ。」

 

「その通り、知恵比べは魔女の仕事さ。吸血鬼は悪巧みをしようじゃないか。」

 

一転して悪戯な笑みを浮かべるリーゼに、やれやれと呆れて首を振っていると……おっと、校長閣下のご帰還だ。部屋のドアが開いてダンブルドアが入ってきた。

 

ダンブルドアは執務机へと向かいながら、安心したような表情で『小さな英雄達』の容体を説明してくる。

 

「ロンの怪我は大したことがないようです。ハリーとハーマイオニーも軽傷ですし、何とか大事にはならずに済みそうですな。」

 

「まあ、クィレルは死んだけどね。」

 

どうでも良さそうに言うリーゼにちょっと苦い顔を向けながらも、ダンブルドアは椅子へと座り込んで口を開く。どうやら反省会の仲間が増えたらしい。

 

「哀れな男です。利用された挙句、使い捨てにされるとは……。」

 

「文字通りの尻尾切り……というか、首切りだったからね。まあ、別に同情はしないが。」

 

リーゼの言う通りだ。私は会ったこともない人間だし、どんな死に方をしようが知ったことではない。残念そうなダンブルドアを放っておいて、清々したとばかりのリーゼに向かって問いを放つ。

 

「そういえば、ハリーの記憶はどうなってるの? それらしい記憶を植えつけたんでしょう?」

 

私の問いかけを受けて、リーゼは皮肉げにニヤリと笑いながら口を開く。

 

「んふふ、クィレルと戦って石を守りきったことになってるはずだよ。当然、私はそこには居なかったしね。私はその時間、スネイプの罰則を受けていたのさ。」

 

「結局最後までスネイプは悪役だったわね。なんともまあ、ご苦労なことだわ。」

 

今年の『頑張ったで賞』はスネイプで決まりだな。後でトロフィーでも作ってやることにしよう。

 

バカなことを考えている私を他所に、厳しい表情に変わったダンブルドアがリーゼに向かって言葉を放った。

 

「しかし、バートリ女史、記憶の修正もそうですが……ハリーに死の呪文を使わせようとしたのはいただけませんな。彼が取るべき手段は別にあるはずです。」

 

「おいおい、最終的にはハリーがやらねばならないことだろう? 棍棒で殴り殺すとか、ナイフで滅多刺しにするよりかはいくらかスマートな方法だと思うがね。」

 

「彼が重い運命を背負っているのは事実です。しかしながら、ハリーはまだ十一歳の少年なのですよ? いや……そうでなくとも、許されざる呪文など使わせるべきではありません。」

 

「ふん、ヌルいな、ダンブルドア。リドルは穏便に失神呪文なんて使ってこないんだぞ。事を成すには力も必要なんだ。あの戦争でそのことを学ばなかったのかい?」

 

なんともまあ、まるでダンブルドアとグリンデルバルドの言い争いじゃないか。ヌルメンガードにグリンデルバルドが死んでいないかを問い合わせる必要があるな。リーゼに乗り移っている可能性があるぞ。

 

正しさと過程を重んじるダンブルドアと、効率と結果を優先するリーゼ。決着がつかなさそうな言い争いを止めるため、テーブルを指で叩きながら口を挟む。

 

「はいはい、そこまで。ダンブルドアはのんびりしすぎだし、リーゼは急ぎすぎね。ハリーはこの学校で然るべき対処法を学ぶはずよ。時間はあるんだから、それを待てばいいの。」

 

「その通り。闇に落ちずとも、闇に対抗することは出来るのです。ハリーならこの学校でそのことを学び取ってくれるでしょう。」

 

自信たっぷりのダンブルドアに、リーゼは両手を上げて矛を収めながら頷いた。

 

「まあ、構わないさ。そのためにも、次の防衛術の教師には後頭部に何も貼り付いていないことを期待しよう。」

 

皮肉たっぷりの言葉に、ダンブルドアは頰を掻きながら返事を返す。

 

「いやはや、それに関してはわしの失策でしたな。しかしながら……今ではあの職を望む者は多くないのです。去年集まった中ではクィレルが一番優秀だったのですよ。」

 

「一応聞くけど、他にはどんなヤツがいたの?」

 

私の質問に、ダンブルドアの顔がかなり苦々しい表情に変わった。

 

「なんと言えばいいか……作家や、元犯罪者、それにスクイブの方が数名ほどでしたな。」

 

それはまた、想像を絶する答えだ。それなら確かにクィレルの方がマシに聞こえる。胡散臭いターバンを巻いていようが一応教員経験はあるし、何より魔法が使えるのだ。

 

リーゼにとっても予想外だったらしく、ため息混じりに言葉を放つ。

 

「どうやら、まずは防衛術の教師を探すべきだね。言っておくが、今年の一年生は何一つまともなことを学んではいないぞ。このままだとハリーは色付きの火花でリドルに対抗する羽目になるよ。」

 

悪夢のような話じゃないか。死の呪文対カラフル火花か。リドルが爆笑のあまり呪文を唱えられなくなる可能性もあるが、私としてはあまり選びたくない選択肢だ。

 

ダンブルドアもそれは同感のようで、しっかりと頷きながら口を開く。

 

「ご安心を。来年の教師には心当たりがあります。そして話を受けてくれれば、テッサ以来の名教師になってくれることでしょう。」

 

クスクスと微笑むダンブルドアを見ながら、レミリア・スカーレットは本当かよと眉をひそめるのだった。

 

 

─────

 

 

「こっちだ、リーゼ!」

 

ぶんぶんと手を振るロンに苦笑しながら、アンネリーゼ・バートリはいつもの三人の近くの席へと歩み寄っていた。今日は一際テンションが高いが……ま、無理もあるまい。

 

なんたって学期最終日の大広間は赤い獅子の旗で飾りつけられているのだ。どうやらグリフィンドールは予定通りに、今年の寮杯を手にすることが出来たらしい。

 

クィディッチの勝利が最も大きかったのは明らかだが、ハリーたちの小さな冒険にもささやかな加点がされている。おかげでこのところのロンはマクゴナガルのチェスを破った話で大忙しだった。

 

つまり、彼らが愉快なアトラクションを突破して石を守ったということは『秘密』になっているのだ。今じゃ知らないのはビンズぐらいなものである。

 

私がハリーとハーマイオニーの間に座り込むと、ハーマイオニーが腕を組みながらここ数日で何度も聞いた言葉を放ってきた。

 

「しかし……罰則だなんて、スネイプ先生は余計なことをしてくれたわよね。リーゼがいれば仕掛けを抜けるのにもあそこまで苦労しなかったでしょうし、私たちがあんなに焦ることもなかったわ。」

 

何度目かの怒りを燃やすハーマイオニーに、いつも通りの返事を返す。すまないね、スネイプ。キミの誤解は解けたが、好感度は元には戻らなかったようだ。……いやまあ、最初からストップ安かもしれないが。

 

「過ぎたことさ。石はキミたちの活躍で守られたし、寮杯と優勝杯はグリフィンドールの物だ。私も友人が活躍できて鼻が高いよ。細かいことは気にせずに、今日は祝おうじゃないか。」

 

「その通りだ、アンネリーゼ。今日はどんちゃん騒ぎが義務付けられた日なんだぜ? 文句は夏休みの宿題が出たときに取っておけよ、ハーマイオニー!」

 

私の言葉に続くように、横から割り込んだ双子の片割れが元気よく言い放つ。ハーマイオニーが宿題に文句を言わないことは明白だが、彼にはそんなことは関係ないようだ。どこからか持ち出したラッパを吹きながら大騒ぎしている。

 

ロンがもう片方の双子に渡されたクラッカーを鳴らしつつ、肩を竦めて口を開く。

 

「珍しいことにフレッドの言う通りだよ、ハーマイオニー。今日くらいははっちゃけてみるのが正解さ。」

 

「まあ……そうね。うん、楽しみましょう。」

 

困ったような微笑を浮かべるハーマイオニーを見ていると、隣に座るハリーがそっと囁いてきた。

 

「あのさ、リーゼ。君はスネイプの罰則を受けてたんだよね?」

 

「その通りだよ、ハリー。……何か気になることでも?」

 

おいおい、修正は上手くできたはずだぞ。何を疑問に思ってるんだ? 内心でちょっと不安になりながら問いかけてみると、ハリーは首を振りながら返答を寄越してきた。

 

「あー、うん、やっぱり気のせいだね。ヴォルデモートと戦った時のことは、なんでかボンヤリとしか思い出せないんだけど……リーゼが居たような気がしてさ。僕を助けてくれたような気がするんだ。変だよね。」

 

助けた? ……よく分からんが、悪印象でないなら気にすることもあるまい。記憶の修正が変な方向に働いたかな?

 

「残念ながらそれは叶わなかったね。でも……次に何かあれば私も一緒に戦おうじゃないか。だってほら、私たちは友達だろう?」

 

ニヤリと笑って囁いてやると、ハリーは笑顔で頷いた。そうさ、ハリー。私たちは友達なんだ。そういうことになっているのさ。

 

「うん、そうだね。……これからもよろしく頼むよ。」

 

「ああ、長い付き合いになりそうだね。」

 

話している間にも、生徒たちが集まってくる。スリザリンのテーブルから飛んでくる憎々しげな視線を楽しんでいると、ダンブルドアが立ち上がって大広間に声を響かせた。

 

「また一年が過ぎた。今年も実に充実した日々じゃった。それでは──」

 

ダンブルドアの演説を聞きながら、思わず小さくため息を吐く。その通りだ。今年はあまりにも充実し過ぎていた。来年はもう少し退屈な日々になるといいのだが……。

 

───

 

揺れるホグワーツ特急の中、ハーマイオニーの宿題計画が発表され尽くした頃に、ようやく車窓から見える景色は文明の色へと変わってきた。

 

慌ただしくロンがトランクを下ろしている隣では、徐々にハリーの顔が憂鬱そうに変わっていく。大抵の子供は夏休みを嬉しがるものだが、ハリーにとっては幸せな期間ではないようだ。

 

「家に帰るのが嫌なのかい?」

 

分かりきったことを問いかけてやれば、ハリーはうんざりしたように頷いた。

 

「勿論だよ。リーゼもバーノンたちと暮らしてみれば分かるさ。三日もすれば、ホグワーツが天国に思えてくるよ。」

 

吐き捨てるように言いながらも、ハリーはノロノロとトランクを下ろし始める。アリスの話を聞く限りでは確かに楽しい暮らしではなさそうだ。ハグリッドに育てさせたほうがマシだと言うあたり、相当酷い環境なのだろう。

 

列車が速度を落とし始めると、薄っすらと駅のホームが見えてきた。それを窓越しに眺めながら、ロンがハリーの肩を叩いて声をかける。

 

「僕の家に遊びに来いよ、ハリー。手紙を送るからさ。まあ……あんまり広い家じゃないけど。」

 

「最高の提案だよ。どんな家だろうと、ダーズリー家よりは遥かにマシに違いないさ。」

 

ロンの提案で少しだけ元気を取り戻したハリーは、トランクを引っ張ってコンパートメントを出る。それに続いてハーマイオニーの荷物を運ぶのを手伝いながらホームへ出ると、迎えに来たらしいアリスが小走りで駆け寄ってきた。

 

笑顔で駆け寄ってくるアリスは……ふむ、いつもと違ってマグル寄りのちょっとお洒落な服装だ。この前ハグリッドの小屋で顔を合わせた時といい、なんか最近のアリスは小洒落た格好をするようになったな。何か心境の変化でもあったのだろうか?

 

「リーゼ様、お帰りなさい。」

 

「ただいま、アリス。」

 

疑問を脇に避けて挨拶を返すと、アリスは私から荷物を受け取りながらハリーたちの方にも声をかけた。

 

「それから、ハリー、ロン、ハーマイオニーもお帰りなさい。色々と大変だったみたいね。」

 

「はい、あの……ただいま、マーガトロイドさん。」

 

ハリーが照れたように挨拶を返すのと同時に、ハーマイオニーとロンも言葉と共に一礼する。それに笑顔で頷いた後、アリスはホームの奥を指差して口を開いた。

 

「ほら、あっちにグレンジャー氏がいるわよ。それと……モリー、こっちよ!」

 

呼びかけた先には……あれがモリー・ウィーズリーか。ふくよかな体型の、世話好きそうな中年の魔女が駆け寄ってくる。正に『母親』って感じだな。

 

「ロン、そっちに居たのね! 助かりました、マーガトロイドさん。……どうして貴方たちは別々に出てくるのかしら? どうせ同じ場所に帰るんだから、揃って出てきてくれれば楽なのに。」

 

モリーはブツブツと呟きながらロンへと駆け寄ったが、その隣のハリーを見た瞬間、目を見開いて押し黙ってしまった。赤ん坊の頃に会っているだろうし、思うところがあるのだろう。

 

「あの……えっと、ロンのお母さんですよね? クリスマスのセーター、嬉しかったです。ありがとうございました。」

 

戸惑ったようにハリーがお礼を言った途端、モリーは思いっ切りハリーを抱きしめた。うーむ、素晴らしいスピードだ。動物の捕食シーンを思い出す。

 

「ええ、喜んでくれて嬉しいわ。ああ……こんなに大きくなって。」

 

「ちょっとママ、ハリーが窒息しちまうよ。早く離してやらないとグリフィンドールのシーカーがいなくなるぜ。」

 

双子の……ジョージ? が止めるとようやくハリーを解放して、そのまま彼の顔を見ながら話し始める。

 

「黙ってなさい、フレッド。私にはハリーを抱きしめなきゃいけない義務があるんです。……ああ、お父さんそっくりね、ハリー。でも目だけは──」

 

「ママの瞳。みんなそう言います。貴女もパパとママを知っているんですね?」

 

フレッドだったか。これで六戦四敗だ。名札でも首から下げてくれないと見分けがつかん。

 

ジェームズとリリーのことを話し始めたモリーは放っておいて、二人の再会を嬉しそうに見つめるアリスに向かって話しかける。

 

「そういえば、咲夜は来なかったのかい? あの子がお出かけの機会を逃すのは珍しいね。」

 

「あー……その、能力を使ってちょっとした騒ぎを起こしまして。外出禁止にしてるんです。」

 

「騒ぎ? なんとも珍しいもんだ。聞き分けの良いあの子が……反抗期か?」

 

「うーん、そういう感じではないんですけど……まあ、紅魔館に戻ったらお話しします。」

 

どうやら紅魔館ではまたしても騒ぎが起こったらしい。この分なら帰っても退屈とは無縁で済みそうだ。微妙な顔をするアリスに苦笑していると、両親と話していたハーマイオニーが近付いてきた。

 

「リーゼ、私たちはもう行くわ。パパが人と会わないといけないんですって。休み中も手紙を書くから。」

 

「ああ、ハーマイオニー、良い夏休みを。」

 

「貴女もね、リーゼ!」

 

ハーマイオニーはハリーとロンにも一声かけて、マグル側の出口から出て行った。彼女がゲートを潜る頃にはモリーの話も一段落したらしく、私とアリスに一声かけてから赤毛の集団を連れて暖炉へと歩いて行く。それに続くロンが手を振りながら声を放ってきた。

 

「じゃあな、ハリー、リーゼ! 絶対に手紙を書くよ!」

 

「ああ、キミも良い夏休みを過ごしたまえ。」

 

「楽しみに待ってるよ、ロン!」

 

暖炉の方へと消えていくウィーズリー家を見送ったところで、ハリーがちょっと寂しそうな表情で話しかけてくる。私とは真逆だな。ハリーは今から『収監』されるようだ。

 

「それじゃあ、僕も行くよ。バーノン叔父さんが向こう側で待ってるんだ。……あんまり待たせると置いてかれそうだしね。」

 

「……ふむ。挨拶していくかい? アリス。」

 

ニヤリと笑って問いかけると、アリスにも意図は伝わったらしい。身内だけに見せる意地の悪い笑みで頷いてきた。

 

「あー……やめたほうがいいと思うよ。嫌な思いをするかもしれないし。それに、翼は目立つんじゃないかな。」

 

「大丈夫、一声かけるだけだよ。翼は……まあ、仮装の範囲内さ。今日はふくろうを連れているヤツがうろうろしてるんだ。マグルだって一々気にしたりはしないよ。」

 

ちょっと出て脅してくるだけだ。能力を使うまでもないだろう。戸惑うハリーの背中を押して、ゲートを潜って外へ出ると……あいつらか。実に『マグルらしい』見た目をしている。

 

「小僧、ようやく……あの時の小娘も一緒か。」

 

「久しぶりね、ダーズリー。元気そうで残念だわ。」

 

早速口撃を始めたアリスを尻目に、子豚のようなガキの方へと歩いて行く。アリスのことは怖がっているらしいが、自分より背の低い少女にビビるのは嫌なのだろう。ハリーの従兄は拳を握りしめながら睨みつけてきた。

 

「やあ、キミが……えーっと、ダドリー? だったかな?」

 

「な、なんだよ? 変な羽のガキめ!」

 

「いやぁ、ちょっとした忠告をしておこうと思ってね。……ハリーはキミを殺すための魔法を練習してたよ? だから、休み中はあまり挑発しないほうがいい。私は友人を殺人犯にはしたくないんだ。」

 

神妙そうな顔で言ってやると、途端にダドリーの顔は恐怖に歪む。なんとも純真なガキではないか。ここまで上手くいくと、可愛げすら感じられてくる。

 

「そ、そんなの嘘だ! あいつにそんなこと出来っこないさ!」

 

「ふぅん? まあ、忠告はしたからね? ああ、それと……。」

 

「なんだよ? まだ何かあるのか?」

 

「しばらく踊っていたまえ。」

 

軽く魅了をかけてやれば、ダドリーはボックスを踏み始めた。うーむ、中々にキレのある動きだ。もしかしたら才能があるのかもしれない。

 

「ダドリーちゃん!」

 

アリスの方を見ていた叔母が悲鳴を上げながら、キレッキレのボックスステップを踏むダドリーへと駆け寄って行く。

 

いやはや、我ながら大人気ない行為だが、別に考えなしでやっているわけではない。こうすればダーズリー家は魔法界をより憎み、ハリーのこともより疎ましく思うはずだ。そうなればハリーは更にホグワーツに依存し、ひいては私との関係もより深まるだろう。……うん、善意でやっているアリスには絶対に言えないな。

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ叔母を尻目にアリスの方へと戻ると、こちらも用事は済んだらしい。叔父の顔は恐怖と怒りが混ぜこぜになっている。私とパチュリーから皮肉の英才教育を受けたアリスは、その能力を十全に発揮したようだ。

 

二人で顔を見合わせて頷き合ってから、笑いを堪えているハリーへと声をかける。

 

「んふふ、結構面白かったよ。ハリー、もし休み中にちょっかいをかけてきたら、杖を取り出して脅してやるといい。」

 

「うん、そうするよ。……バーノンたちは魔法を禁止されてることを知らないしね。」

 

後半を小声で言ったハリーは、踊るダドリーを愉快そうに見ている。どうやら憂鬱は吹き飛んだようだ。

 

「それじゃあ、また新学期に会おう。キミの夏休みがちょっとはマシになることを祈っておくよ。」

 

「そうね。あの叔父にはキツく言っておいたから、そう悪くない休暇になるはずよ。」

 

私とアリスの言葉に、ハリーは満面の笑みで頷いた。

 

「ありがとう、リーゼ、マーガトロイドさん。お陰で夏休みが楽しくなりそうだよ。」

 

ダドリーを必死に引っ張って行く叔父と叔母、そしてその後ろをクスクス笑いながら歩いて行くハリーを見送った後、人目の当たらないホームの隅へと歩き出す。……たまには姿あらわしで帰ってみよう。少なくとも煙突飛行よりは快適なはずだ。

 

アリスと一緒に杖を構え、アンネリーゼ・バートリは自分の帰るべき場所を想いながら、ゆっくりとそれを振るのだった。

 


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