Game of Vampire 作:のみみず@白月
追憶
「むむぅ……。」
夕日に照らされる紅魔館の廊下で、咲夜は眉を寄せて唸っていた。どうやらまたしても失敗してしまったらしい。目の前の廊下はぐにゃぐにゃと曲がっている。
事の始まりは五日前の『リーゼお嬢様、お帰りなさいパーティー』にある。張り切って料理や飾りつけを準備していた私は、ふと思いついたことを実行してみたのだ。
昔パチュリー様に言われた『空間の操作』である。彼女の言によれば、『時間が操れるのなら空間にも干渉できるはず』らしい。当時の私には完璧に意味不明で、今の私にも殆ど意味不明だが、リーゼお嬢様に成長したところを見せたい一心で試してしまったのだ。
結果的には……うん、失敗だった。部屋を広くしようとしたのだが、なんというか……歪んでしまったのだ。この廊下のように、ぐにゃんぐにゃんに。
その後は怒ったアリスに外出禁止を告げられ、パチュリー様からは質問の嵐、美鈴さんは修復を嫌がってストライキを起こすという散々な反応だった。
とはいえ、使い熟せれば非常に有用だというお嬢様方の判断により、今はその練習をしているというわけだ。わけなのだが……。
「ふむ、全然ダメね。」
「うう……申し訳ありません。」
手伝ってくれているパチュリー様の言う通り、全然ダメなのだ。何回やっても上手くいかない。落ち込む私を尻目に、謎の器具で何かを測定していたパチュリー様が口を開いた。
「まあ、一朝一夕で上手くいくようなものじゃないのでしょう。先ずは小さな箱とかから練習すべきかもね。」
「もっと早めに言って欲しかったです。この廊下……どうしましょう?」
「制御できるようになったら直せばいいでしょ。別に通れないわけじゃないんだし、誰も気にしないわよ、こんなの。」
パチュリー様はどうでも良さそうだが……気にならないかな? 騙し絵みたいになってるのだ。通る時に気持ち悪くならないだろうか?
アリスに怒られるかもしれないと絶望していると、パチュリー様が私の手を引いて歩き出す。
「ほら、いいから練習を続けるわよ。箱を用意するから、その辺の部屋で試してみましょう。」
「あの、パチュリー様はどうしてそんなに急ぐんですか? お嬢様方はゆっくりでいいって……。」
「図書館のためよ。拡大呪文が図書館魔法と干渉する以上、もっと『物理的』な手段であの場所を広げる必要があるの。野晒しになっている本たちを救い出すためにも、一刻も早く習得してもらう必要があるわ。」
納得の理由である。パチュリー様の本にかける異常なまでの情熱は、紅魔館なら誰もが知っている常識だ。妖精メイドですら本への悪戯はしないほどなのだから。
確かお嬢様方から何かを頼まれていたと思うのだが、この様子だとそれも後回しになっているらしい。……いいのかな?
抵抗を諦めて引っ張られていると、北館の方からアリスが歩いて来た。後ろにはゾロゾロと人形の行列を引き連れている。薄暗い廊下も相まって、ホラームービーのワンシーンのような光景だ。
「あら、パチュリー、咲夜。なにしてるの?」
「こっちのセリフよ。行軍ごっこでもしているのかしら?」
「量産型の子たちの歩行機能をチェックしてるのよ。ズレがあったら操り難いんだもの。」
アリスが止まると、人形たちもピタリと止まる。行軍ごっこというのもあながち間違いではなさそうだ。魔女の日常というのは、私にとっての非常識に満ちているらしい。
一糸乱れぬ人形たちの動作を見て、パチュリー様はちょっと顔を引きつらせながら口を開いた。
「しかし……増えすぎじゃない? いつの間にそんな量を作ったのよ。」
「自律人形のことを考えるうちに、手慰みに作っちゃったの。気付いたら結構な量になってたわ。」
パチュリー様の質問にアリスはあっけらかんと答えるが……ううむ、明らかに『手慰み』という量ではない。一体一体の造形も見事なものだし、よく見ればホクロの位置や顔つきが違っている。
話す二人を横目に先頭の人形の脇を抱えて持ち上げてみれば、くすぐったそうに身を捩り始めた。アリスはまだまだ未完成だと主張しているが、私から見れば感情があるようにしか見えないぞ。
「そんなことより、そっちは何をしていたの?」
「咲夜の訓練よ。早く能力を自分のものにしてくれないと、私の本たちが可哀想でしょう?」
本たち云々のあたりで、アリスは頭を押さえてため息を零した。どうやら状況を理解してくれたらしい。止めてくれるようにと祈る私の願いが通じたようで、彼女はパチュリー様に呆れたように話しかける。
「あのね、パチュリー。咲夜はまだ十歳なんだよ? 急ぎすぎたら危ないんじゃない? それにほら、この前のことだってあるでしょう?」
「もうあんな失敗はしないわ。きちんと計画を立ててるもの……それに、咲夜の能力は貴女の人形にも有用だと思わない? 内部のギミックが増やせるのよ?」
あ、ダメだ。アリスの目が興味の色に染まっている。その顔は完全に『いいじゃない』の表情に変わった。
「へぇ……いいじゃない。そういうことなら私も手伝うわ。何を準備すればいいの?」
終わった。こうなった魔女は決して止まることがないのだ。『実験』の相談をするパチュリー様とアリスに両手を掴まれながら、ずるずると紅魔館の廊下を引き摺られていく。
魔女二人に連れ去られる少女と、後に続く人形の集団。新たな非日常を体験しながら、咲夜は諦めて自分の足で歩き出すのだった。
─────
「やっぱり生徒たちがいないと少し寂しいわね。」
人気のない夏休み中のホグワーツの景色を眺めながら、アリス・マーガトロイドは隣を歩くマクゴナガルに話しかけていた。
休み中のホグワーツを訪れるのは初めてではないが、何度来てもこの雰囲気には慣れそうにない。普段の賑やかな城を知っている分、寂しげな雰囲気が助長されるのだ。どうにも空虚な感じがしてしまう。
姿勢良くコツコツと靴音を鳴らしながら、マクゴナガルは苦笑混じりに返事を返してくる。
「そうですね。でも、教師たちは点検やら授業の準備やらで大忙しです。気がつけば休みなんて明けてしまいますよ。」
「なんともまあ、ご苦労様ね。」
どうやら生徒たちが夏休みを満喫している間にも、残った教師たちは働きづめのようだ。知ってはいたが、やはり大変な職業らしい。
今日はダンブルドア先生の呼び出しを受けてやって来たわけだが……やっぱりこの学校は交通の便が悪すぎるな。姿あらわしは出来ないし、煙突飛行も許可がなければ繋がらない。来る度に陸の孤島だと実感してしまう。
防衛の観点から見れば大正解だが、訪問する分にはなかなか面倒くさいものだ。ちなみに今日は手紙に同封されていたポートキーで来ている。煙突飛行より優しい移動方法なあたり、ダンブルドア先生は気を遣ってくれたようだ。
歩きながらふと夏の匂いを感じて中庭を見てみれば、美しい噴水が目に入ってきた。……懐かしいな。天辺にある銅像の足元には、『A.M. and T.W. was here』と彫られているはずだ。銅像にやけに厳重な保護魔法がかかってたせいで、三日もかけて掘り込む羽目になったんだっけか。
目を細めて彫り込んでいる二人を幻視しつつ、ポツリと言葉を漏らす。
「しかし、この城は本当に変わらないわ。パチュリーでさえ同じ感想なんだから、なんともゆっくりと時間が動いてるみたいね。」
「ええ、本当に。私が勤め始めたのがつい昨日のように思い出せます。……まあ、顔ぶれは随分と変わってしまいましたが。」
私と同じように中庭を見ながら、マクゴナガルが少し悲しそうな顔で言う。きっと同じ顔を思い浮かべているのだろう。蜂蜜色の髪で快活に笑う、彼女のことを。
「そうね、変わってしまったものもあるわ。」
「……ほら、行きましょう、マーガトロイドさん。早く行かないと校長先生が居眠りをしてしまいますわ。最近はいつも眠そうにしているんですもの。」
戯けたように言うマクゴナガルは……うん、無理して言っているのが丸わかりだ。冗談を言うタイプじゃないのに、慣れないことをさせてしまったらしい。……いやはや、気遣ってくれる人がいるというのはなんともありがたいことだ。
「うん、行きましょう。……ありがとう、マクゴナガル。」
「お、お礼を言われるようなことはしていません。」
ちょっと早口で言い切ったマクゴナガルに続いて、校長室に向かって再び歩き始める。かわいいところもあるじゃないか。いつもそうしていれば生徒ウケもいいだろうに。
クスクス笑いながらその背に続いていると、やがて校長室を守るガーゴイルの前へとたどり着いた。
「クランベリー・クッキー。」
マクゴナガルが放った合言葉に、再び笑いが浮かんでくる。リーゼ様やレミリアさんは呆れているようだが、私はダンブルドア先生の決める合言葉が大好きだ。小難しい単語なんかよりよっぽどいい。
現れた階段を下りていけば、見慣れた校長室のドアが見えてきた。この城を体現しているかのような年季の入ったオークのドアだ。マクゴナガルがノックして名乗ると、招き入れるようにゆっくりとそれが開く。
前回より少し物が増えたような気がする校長室の中では、ダンブルドア先生が柔らかな雰囲気を纏ってソファに腰掛けていた。うーむ……この人がそこに居るというだけで、何故か安心感を感じてしまう。これも一種のカリスマなのだろうか?
「おお、ご苦労じゃった、ミネルバ。それに……アリス。急に呼び出してしまって申し訳ないのう。」
おっと。ダンブルドア先生がソファから立ち上がろうとするのを、マクゴナガルと二人で慌てて止める。いくつになっても礼節を失わない人だ。パチュリーなら絶対に座ったままだろうし、リーゼ様やレミリアさんなら言わずもがなだろう。
応接用のテーブルに近付きながら、ダンブルドア先生に話しかける。
「私はそこまで忙しいわけじゃありませんし、ホグワーツを歩くのはいい気分転換になりますから。気にしないでください。」
「それはありがたいことじゃ。さあ、二人とも座っておくれ。今お茶を用意しよう。」
私とマクゴナガルがソファに座るのと同時に、ダンブルドア先生が杖を一振りして紅茶とお茶請けを呼び出した。品のいいお皿に載っているのは、クッキー? ……おそらくクランベリーのクッキーだろう。微笑みながら一口頂くと、甘いクッキーと甘酸っぱい果肉の味が広がっていく。
「美味しいです。合言葉といい、最近はこれがお気に入りなんですか?」
「ほっほっほ、その通り。昔は苦手な味だったのじゃが、この前食べてみたら非常に美味でのう。昔のわしはセンスがなかったようじゃな。」
「そういえば、パチュリーから聞きましたよ。昔は女の子からよくお菓子を貰っていて、食べきれないのを押しつけられたもんだ、って。」
私の言葉を受けたダンブルドア先生は一瞬ポカンとした後、苦笑しながら口を開いた。
「おお……それはまた、なんとも懐かしい話じゃ。しかしな、アリス。何だかんだと文句を言いながらも、ノーレッジはきちんと受け取っていたんじゃよ? 特にマカロンを貰った時には、わしが渡す間も無く奪われたものじゃ。」
悪戯げな瞳で言うダンブルドア先生の言葉に、思わずクスクス笑ってしまう。パチュリーがマカロン好きなのは百年前から変わっていないらしい。
その後しばらくは元騎士団の仲間の現状や、昔話に花を咲かせていたが……話題が一段落したところでダンブルドア先生が本題を切り出してきた。
「昔話も実に楽しいものじゃが、今日来てもらったのはそのためではないのじゃ。アリス、君にちょっとした頼みがあってのう。」
「頼み、ですか? 私に出来ることなら、喜んでやらせてもらいますけど……。」
なんだろう? マクゴナガルの方を見てみるが、彼女も聞いてはいなかったようで、キョトンとしながらダンブルドア先生の言葉を待っている。
「単刀直入に言おう。防衛術の教師を引き受けてはくれんかね? 一年だけでもいいのじゃ。……無論、長く続けてくれるのなら喜ばしい話じゃが。」
予想外の頼みに、一瞬思考が停止する。教師? 私が? それはまた……どうなんだろう。自分では向いていると思えないのだが。
困惑する私を他所に、マクゴナガルは手を叩いて大きく頷いた。
「素晴らしいご提案です! 能力も、人格も、経験も申し分ありません。どうして今まで考えつかなかったんでしょう!」
大賛成のマクゴナガルを困ったように見つめていると、ダンブルドア先生が優しげな口調で語りかけてきた。
「本当はずっと前から考えていたのじゃが……テッサのこともあったしのう。君の重荷になるかもと思うと、どうにも言い出せなかったんじゃよ。」
一度目を瞑り、小さく息を吐いた後で、ダンブルドア先生は真っ直ぐにこちらを見ながら続きを話し出す。
「しかし、今の君なら心配あるまい。ハリーのこともあるし、来年度の教師はとっておきを用意したいのじゃ。君に断られると……なんというか、非常に不本意な人選をすることになるのじゃよ。」
後半を苦笑いで言い切ったダンブルドア先生は、一枚の紙をこちらに見せてきた。首を傾げながら受け取ってみると……なんだこりゃ。
おそらく履歴書のつもりらしいその羊皮紙には、びっしりと自分の『英雄譚』が書き連ねられている。その他にもシャンプーの開発がどうだとか、チャーミングスマイル賞がどうだとか……おっと、著書の欄には『バンパイアとバッチリ船旅』という文字がある。リーゼ様やレミリアさんに教えてみたら面白そうだ。
隣から覗き込むマクゴナガルも読み進めるうちに険しい顔になっていき、文末にド派手なサインがあるところまで読む頃には、見たこともないほどに引きつった顔に変わっている。
「ロックハートは卒業後も変わらないようですね。」
「うむ。非常に活躍している卒業生ではあるが……教師には向いておらんようじゃ。作家としては一流らしいがの。」
取ってつけたようなフォローを入れるダンブルドア先生に、恐る恐る質問を飛ばす。
「ええと……その、私が断ったら、この人が防衛術の教師に?」
「まあ、言わんとすることは分かるがのう。彼はどうも『奥様方』に人気があるようで、推す声もなかなかに強いのじゃ。」
書類一つで人を判断したくはないが、この履歴書はあまりにも……あまりにもなのだ。どうやら逃げ場はないらしい。頭を押さえながら降伏の言葉を口にした。
「わかりました、お受けします。」
あからさまにホッとするマクゴナガルを見ながら、ダンブルドア先生が苦笑いで口を開く。
「いやはや、押しつけてしまったようで申し訳ないのう。わしらも全力で手助けすることを約束するよ。」
「なんとかやってみますけど……一年だけですよ? それ以上はとても自信がありません。」
「ほっほっほ。君ならいい教師になれるよ。わしが保証しよう。」
嬉しそうに笑うダンブルドア先生と、胸を撫で下ろしているマクゴナガルを見ながら、頭の中で必死に計画を立てる。前年までの授業内容を調べて、学年ごとの授業計画を……そうだ、教科書も決めないと。
切っ掛けがなんにせよ、生徒たちにとっては大事な一年なのだ。下手な授業をやるわけにはいかない。受けたからには頑張らねばならないだろう。
胸元の杖へと手を当てながら、アリス・マーガトロイドはそっと決意するのだった。