Game of Vampire   作:のみみず@白月

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賢者の石

 

 

「はい、それまで。羽ペンを置きなさい。」

 

教壇に立っている試験官の言葉を受けて、ようやく終わったのかとパチュリー・ノーレッジはため息を吐いていた。数十分前に解答欄は埋まっていたが、途中退席が禁じられているので退屈していたのだ。どうせなら論述のスペースをもっと設けてくれれば良かったのに。

 

これで最後に残った変身術の筆記が終わり、ようやく卒業間際のイモリ試験も終了となる。フクロウ試験の時よりもだいぶ減った他の受験者たちが感想を言い合うのを他所に、手早く荷物を片付けて教室を後にした。……そういえば、試験結果はちゃんとリーゼの屋敷に届くのだろうか? まあいいか、魔法界で就職しない私にとっては大した意味を持たない代物だし。

 

七年間のホグワーツでの生活も、一週間後の卒業式で遂に幕を下ろすわけだ。充実した学生生活だったとは口が裂けても言えないが、私に新たな世界を示してくれたのは間違いなくこの学校だし、ここを離れるのが寂しくないと言えば嘘になる。……まあうん、私にとっても偉大な母校だったということなのだろう。

 

感傷に浸りながらもたどり着いたレイブンクローの談話室を抜けて、女子寮にある自室のドアを開いた。ルームメイトをちらりと見てから自分のベッドに移動した後、いつものようにカーテンを閉めてトランクの中へと入り込む。結局、ルームメイトとまともにお喋りすることはなかったな。業務連絡のような会話が精々だ。

 

こんなヤツとルームメイトだってのはさぞ迷惑だったことだろう。そう考えると申し訳ないことをしちゃったかな。自嘲しながら梯子を降りて通路を進み、見慣れた鉄扉をいつもの手順で開けてみれば……そこにあったのは実験器具の山でも、居心地の良い空間でもなく、小さな台に置かれた手のひらに収まる程度の石ころだけだった。

 

ゆっくりと台に歩み寄って、その不思議な石を眺める。見る角度によって七色にその色を変える美しい石。これこそが私の……『私たち』の研究の成果、賢者の石だ。

 

ニコラス・フラメルが作ったものとは違って、この石は命の水を生み出したりはしない。当然だ、この石はそのまま呑み込むことで不死になれるのだから。

 

ただまあ、その時のことを考えるとちょっと不安になってくるな。喉に詰まったりしないだろうか? ……うーむ、こんなことならもう少し小さく作ればよかった。不老のための石を喉に詰まらせて死ぬなんて恥ずかしすぎるぞ。『元も子もない』の代表例として辞書に載るかもしれない。

 

実際に石を使うのは卒業式の直後にリーゼに見守られながらこの場所で、ということに決まっている。私たちにとって全てが始まった場所といえばあの本屋かもしれないが、幾ら何でも本屋で不老になるための儀式を行う気にはなれない。何より、ここが二人で最も多くの時間を過ごした場所なのだ。だったらここで行うのが一番だろう。

 

四年間の集大成を目の前にして、私の心は不思議なことに平静を保っている。不安もなければワクワクもしない。ただ、いよいよやるのだという気持ちがあるだけだ。

 

一週間後。一週間後に私の新しい人生が始まる。目の前の賢者の石を見つめながら、静かな小部屋の中で立ち尽くすのだった。

 

 

 

「──であるからして、この学校で学んだことは君たちの人生において大きな糧となってくれるだろう。それでは卒業生諸君、ホグワーツ最後の夜を大いに楽しんでくれたまえ! ……卒業おめでとう!」

 

その声が大広間に響き渡るのと同時に、歓声を上げながら卒業生たちが被っていた三角帽子を放り投げる。私も一応投げてみるが……うん、全然飛ばなかった。慣れないことはやるもんじゃないな。ちょっと恥ずかしいぞ。

 

教員席の中央に立つ校長の挨拶も終わり、周りの卒業生たちは豪勢な料理を食べながらそれぞれの友人と話し始めている。別れを惜しんだり、再会の約束を交わしたりしているのだろう。前までなら下らないやり取りだと一蹴していたかもしれないが、リーゼのことを考えると彼らの気持ちも少しだけ分かるようになった。

 

とはいえ、私の友人はここには居ない。それに私にとっての『卒業式』が行なわれるのはこの場所ではないのだ。だから人の居ないうちにと急いで自室に戻ろうとしたところで、意外なことに誰かが声をかけてくる。

 

「卒業おめでとう、ノーレッジ。」

 

振り返ってみれば、鳶色の髪が特徴的な青年の姿が目に入ってきた。言わずもがな、アルバス・ダンブルドアだ。その深いブルーの瞳を細めて、顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。どうやら彼は悔いのない学生生活を送れたらしい。

 

「……あら、ダンブルドア。貴方もおめでとう。こうして話すのは久々ね。」

 

「最近はイモリ試験対策で余裕がなかったからね。だけど、君にも一言挨拶しておきたくてさ。例の共同研究は結局実らなかったけど、いい経験になったよ。……君はやっぱり研究職になるのかい? 神秘部に就職するとか?」

 

「まだ決まってないけど、ある場所で司書になる予定よ。貴方は?」

 

当然、それが吸血鬼の屋敷だとは口に出さない。秘密にしろと言われているわけではないが、堂々と喧伝するようなことでもないだろう。

 

「僕はまだ決めかねていてね。とりあえずエルファイアスと一緒に卒業旅行にでも行こうかと思ってるんだ。世界の魔法界を巡ってみる予定なんだよ。」

 

「それは楽しそうね。じゃあ、えーっと……貴方の未来がより明るくなることを祈っておくわ。」

 

「ありがとう。僕も君の未来が素晴らしいものになることを祈っておくよ。……もしかしたらまた共同研究のお願いをするかもしれない。その時はよろしく頼むよ、ノーレッジ。」

 

「ええ、その機会を楽しみに待っておくわ。それじゃあね、ダンブルドア。」

 

私がぎこちない笑顔で会話を切り上げた瞬間、友人であろう卒業生や在校生たちに囲まれてしまったダンブルドアに背を向けて、大広間の扉に向かって歩き出す。また会うかどうかは望み薄だろうが、何故か今はもうダンブルドアのことを苦手とは思わない。私も成長したってことなんだろうか?

 

考えながらも人気のない城の廊下を進み、鷲のドアノッカーの問題に答えてドアを抜けてみれば、そこには人っ子一人居ない閑散とした談話室の光景が広がっていた。

 

静寂が支配する、空虚な談話室。まるでたった一人でここに戻ってきた自分を表しているみたいじゃないか。ジメジメした考えが頭をよぎったところで、談話室のソファに突如としてリーゼが現れる。わざわざトランクから出てきて私を待っていたようだ。

 

「んふふ、ホグワーツの卒業おめでとう、パチュリー。……さてさて、それじゃあ次は人間からの卒業式といこうじゃないか。準備は出来てるかい?」

 

青いソファに我が物顔で腰を落ち着けながらリーゼが言うのに、思わず顔に苦笑が浮かぶ。いやはや、空虚だったはずの談話室が彼女の存在で一変しちゃったな。

 

「……ありがと、リーゼ。準備は万全よ。行きましょうか。」

 

 

 

そして訪れたトランクの中の小部屋。私の目の前には七色に煌く賢者の石がある。ふと目線を上げてみれば、石が置いてある台の向かいに立っているリーゼが微笑みながら促してきた。

 

「ほら、グイっといっちゃいなよ。焦らさないでくれたまえ。」

 

「わ、分かってるわよ。喉に詰まったら助けてよね。」

 

緊張で鼓動が速くなるのを感じつつ、ゆっくりと手を伸ばして目の前の石を掴む。熱いようで冷たくて、硬いようで柔らかい。何とも不思議な感触だ。ゴクリと喉を鳴らしながら口元へと運び、舌に石が触れたところで動きを止めた。この際原材料については考えないようにしておこう。

 

そのままえづきそうになるのを我慢しながら口に含んで、意を決してそれを……ゴクリと呑み込んだ。呑んじゃった! 遂に呑んじゃったぞ!

 

喉元を異物が通過していくぞわりとした感覚の後、直立不動で変化を待つが……あれ? 何にも感じないな。まさか、失敗? 冗談じゃないぞ。不安になってリーゼに話しかけようとした瞬間──

 

「……っ!」

 

熱い! 胸が灼けるように熱い! 思わず地面に膝を付き、胸の辺りを掻き毟る。胸からお腹に、下腹部に、四肢に。痛いほどの熱さが全身に広がっていく。まるで身体の中で溶岩が暴れ回っているようだ。

 

ぜえぜえと息を漏らしながら、身体中を掻きむしりたい衝動にひたすら耐える。目の前がチカチカと七色に光って、頭の中がクラクラしてきた。最悪の気分だ。もしかしたら失敗して、私はここで死ぬのかもしれない。

 

目尻に涙を滲ませながら、ぼんやりした頭で苦しんでいると……いつの間にか苦痛が綺麗さっぱり消えていることに気付く。知らず瞑っていた目を開けてみれば、視界いっぱいに心配そうな表情のリーゼが映った。どうやら膝枕された状態で覗き込まれているらしい。

 

「……リーゼ?」

 

かすれた声で呼びかけてみると、リーゼの顔が嬉しそうな笑みの形に変わる。彼女に一番よく似合う、もはや見慣れた吸血鬼の笑みだ。

 

「おはよう、パチュリー。そしておめでとう。人間からの卒業式も無事成功だ。」

 

……成功? クスクス微笑むリーゼの言葉を受けて辺りを見回してみると、小部屋の宙空に漂う色取り取りのモヤモヤが目に入ってきた。なんだこれは?

 

「あ、ありがとう、リーゼ。これで成功なの? 何て言うか……いろんな色のモヤモヤしたのが見えるんだけど。」

 

「多分、その辺に浮かんでいる魔力が見えてるんじゃないかな。色は属性を表しているはずだ。君は七つの属性と反属性を備えた石を呑み込んだわけだからね。」

 

「ああ、そうね。そうだったわ。……これが、そうなのね。」

 

まさに見える世界が変わってしまったわけか。リーゼに支えられながら立ち上がってみれば、心なしか身体も軽い気がする。何だかふわふわした気分だ。

 

「先ずはその力を制御するのが課題だね。沢山の絵の具をぶっかけたような世界で生活するのは嫌だろう? それが終わったら、次は魔力を操る練習かな。見えているなら操るのは難しくないはずだ。」

 

やることが盛りだくさんだが、今日はさすがに疲れたな。それを見て取ったのか、リーゼは苦笑しながら肩を竦めてきた。

 

「まあ、今日はゆっくり休んでおきたまえよ。明日は駅まで迎えに行くから。」

 

「……ん、そうさせてもらうわ。」

 

ありがたい。何にせよ成功したんだから、細かいことは後で考えればいいだろう。リーゼに支えられながらヨロヨロと部屋を出て、トランクの出口目指して薄暗い通路を歩き出す。

 

レイブンクロー寮最後の夜はぐっすり眠れることになりそうだなと思いつつも、パチュリー・ノーレッジは『偉業』の達成感に身を委ねるのだった。

 

 

─────

 

 

「はあ? ……グリンデルバルドが退学? なんでよ!」

 

ご立腹の様子で執務机をバンバン叩いているレミリアを、応接用のソファに座るアンネリーゼ・バートリは呆れた表情で眺めていた。どうやらグリンデルバルドが晴れてダームストラングを退学になったらしい。一体何をやらかしたんだ?

 

美鈴に淹れてもらった紅茶を片手に持ちながら、手懐けたイギリス魔法省の職員から届いたとかいうその手紙を覗き込んでみれば……おやまあ、派手にやったみたいじゃないか。

 

どうもグリンデルバルドは魔法生物をバラバラにして人間にくっつけるという、かなり楽しそうな『実験』を繰り返していたようだ。イギリスにはようやく情報が伝わってきたところだが、向こうでは春になる前に退学どころか指名手配までされているらしい。ひょっとしなくても私が渡した魔導書のせいだろうか?

 

「危ない目付きのヤツだったからね。いつかはやると思ってたよ。」

 

「こいつが実行犯なら、あんたは教唆でしょうが。……まあいいわ、もう運命を読んじゃいましょうか。ある意味では卒業でしょ、これも。」

 

それでいいのか、レミリア。……まあ、問題ないか。どうせパチュリーで決まりだ。既に不老を手に入れているわけだし、私が育てたんだから間違いあるまい。

 

「私は別にいいけどね。もう決まってるようなもんだし。」

 

「それじゃあ、早速始めましょう。めーりーん! タロットカード持ってきて! タロット!」

 

「おいおい、前はタロットなんて使ってなかったはずだぞ。とうとう能力が劣化したのかい?」

 

「うっさいわね、雰囲気作りよ。占いのことはよく知らないけど、小道具があったほうがカッコいいでしょ?」

 

正気かこいつは。入室してきた美鈴も心なしかうんざりした表情でタロットカードを片手に近付いてきた。それを受け取ると、レミリアはうんうん唸りながら裏返したカードをぐちゃぐちゃに混ぜ始める。占いには詳しくないが、絶対に使い方を間違えているのだけは分かるぞ。

 

「むー、ダンブルドアは……これよ!」

 

程よく混ざったカードの中から、レミリアが一枚のカードを選び取った。本当に能力を使っているんだろうな? 適当にやってるようにしか見えないぞ。疑わしい表情で表になったカードに目をやってみれば、どうやらロープで逆さまに吊るされた男が描かれているようだ。絵の下の文字は……そのまんまだな。『吊られた男』と書いてある。

 

「いまいちパッとしないわね。……よし、次はグリンデルバルドよ!」

 

レミリアが次に引いたのは、王冠を被った老人が硬そうな玉座に座っているカードだ。下の文字は……ふむ、『皇帝』か。さっきのよりかは迫力があるな。

 

「んー……皇帝、皇帝ねぇ。悪くはないんだけど、何か違う気がするわ。」

 

「あのあの、どんな意味のカードなんですか? お嬢様。」

 

「そんなもん知るわけないでしょ。私くらいになると感覚で理解できるのよ。……最後はノーレッジね。」

 

なんだそりゃ。美鈴の問いに肩を竦めて答えたレミリアは、さっさと三枚目のカードを選び始めた。これが占い師だったら苦情の嵐だろうな。呆れ果てる私を他所に、最後にレミリアが引いたのはローブを着た若者のカードだ。目の前の机には棒、剣、杯、それに金貨が置いてある。絵の下の文字は……『魔術師』か。

 

「あら、魔術師だなんて……これで決まりね。パンパカパーン! 栄えある魔法使いレースの勝者は、パチュリー・ノーレッジに決定!」

 

「キミね、さすがに安直すぎないか? ……まあ、私の一押しに決定なんだったら文句はないよ。これでようやく計画が先に進むね。」

 

「……それでいいんですか? お二人とも。」

 

あまりにも滅茶苦茶な占いだが、こいつが能力を使ったと言うのであれば信用できる……はずだ。多分。何はともあれ、パチュリーに決まったのであればそれでいいさ。

 

「さて、それなら明日の昼にキングズクロス駅まで迎えにいく予定だったわけだが……先にここに連れてこようか? 小さなレミィがおねむで無理そうなら夕方でもいいけどね。」

 

「はあ? 昼更かしくらい余裕なんですけど! 明日の昼に連れて来なさい! 今まで会ってた吸血鬼がいかに小物かを思い知らせてやるわ!」

 

「あのー、ホントにホントに、これで決まりなんですか? ……何だかなぁ。」

 

「しつこいわよ、美鈴! それよりちゃっちゃと掃除しちゃいなさい。来客にナメられないようにね!」

 

腑に落ちない表情の美鈴に指示を出すレミリアを横目に、ソファに戻って考える。残すべき人物が決まった以上、次は本格的にゲームの準備を始めなければなるまい。どっちの駒を選ぶかはフランに決めさせてあげよう。『吊られた男』と『皇帝』。どちらを選んでも楽しくなりそうじゃないか。

 

充実してきた日々のことを思いつつ、アンネリーゼ・バートリはパタパタと背中の翼を動かすのだった。

 


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