Game of Vampire 作:のみみず@白月
「つまり、歯をドリルで削るのかい? キミの両親を馬鹿にするつもりはないが、それはちょっと……猟奇的だよ。」
ダイアゴン横丁のカフェテラスで、アンネリーゼ・バートリはマグルの治療方法に戦慄していた。完全に拷問ではないか、それは。
向かいに座るハーマイオニーは、慌てたように説明の続きを話し出す。
「違うの、リーゼ。麻酔をかけてるから痛みはないのよ? 悪いところだけを削って、予防のために詰め物を入れるの。」
「だが……ドリルなんだろう? 想像しただけで鳥肌が立ってくるよ。」
脳内には巨大なドリルで歯に穴を空ける光景が映し出されている。うーむ、正直マグルを侮っていたかもしれない。私ならそんな状況には耐えられないはずだ。
神妙な顔で考え込む私を前に、ハーマイオニーはアイスティーをストローでかき回しながら口を開いた。
「貴女がどんな想像をしてるかはわからないけど、間違いなくそれよりはずっと穏やかな治療よ。」
「……ダメだ。ヤバめの光景しか思い浮かばないよ。」
「あー……うん、機会があったら見せてあげるわ。魔法族に説明するのは難しいものね。」
ハーマイオニーは言葉での説明を諦めたらしい。しかし……ドリルか。凄まじいことを考えつくものだ。おまけに詰め物? 全然想像ができないぞ。
今日はウィーズリー家とハリー、グレンジャー家と私で一緒に買い物をする予定なのだ。合流の時間まで暇つぶしにお喋りをしていたわけだが、実に興味深い話を聞けた。ドリルか……。
ちなみに件のグレンジャー夫妻は魔法の商店に興味津々のようで、今もウィンドウショッピングを楽しんでいる。私としては彼らの職業のほうがよっぽど興味深いのだが。
猟奇的な治療方法から抜け出せないでいる私に、ハーマイオニーが呆れたように声をかけてきた。
「そんなことより、二年生の予習はどこまでやった? 呪文学と変身術は完璧だと思うんだけど……防衛術が心配だわ。どんな人が教師になるのかしら?」
「その点は心配ないさ。今年が『当たり年』なのは確定だ。」
アリスなら間違いなく上手くやるだろう。本人は自信がないと言っているが、彼女は理性的で子供の扱いも上手い。能力も充分あるし、何一つ心配はいらないはずだ。……まあ、レミリアには親の欲目がどうたらと言われたが。今度鏡をプレゼントしてやることにしよう。
「誰が先生になるか知ってるの?」
「知ってるが、秘密にしろと言われてるんでね。新学期のお楽しみに取っておこうじゃないか。」
「それって……凄く気になるわ。」
ニヤリと笑って肩を竦めてやると、ハーマイオニーは小さくため息を吐きながらも矛先を収めてくれる。まあ、別に意味があって秘密にしているわけではない。その方がなんとなく楽しいからそうしているだけだ。
普段は飲まないミルクティーで一息ついたところで、遠くから見覚えのある巨体が歩いてくるのが見えてきた。
「おや、ハグリッドのご登場だ。」
「へ? ……ほんと。ハグリッドは遠くからでもすぐに……あら、ハリーもいるわ。ハリー!」
ハーマイオニーの言葉に、再び目をそちらに向けてみると……確かにハリーだ。赤毛集団と一緒のはずなのだが、何がどうなったらハグリッドと一緒にいることになるんだ?
急いでアイスティーを飲み干したハーマイオニーに続いて、私も彼らの方へと歩いて行く。
「ハリー、久しぶりね! ハグリッドも!」
「やあ、ハリー。元気そうでなによりだよ。牢獄に居たと聞いてたからね。」
「久しぶり、二人とも。手紙を返せなくってごめんね。リーゼはプレゼントまでくれたのに……。」
開口一番で謝ってくるハリーに、首を振りながら返事を返す。
「キミの遭遇した『小さな』トラブルについてはロンから聞いてるよ。気にしないでくれたまえ。」
無論、お手紙ちゃんを送り込んだことなどおくびにも出さない。知らない方が良いこともあるのだ。例えばそう、ゴム棍棒で殴りつけられそうになったこととかがそれに当たる。
「そうよ。それに私、とっても心配だったのよ? 貴方が宿題を出来なかったんじゃないかって。」
「あー……うん、あんまり出来なかったかな。でも、ロンの家で終わらせたから大丈夫だよ。」
ハーマイオニーがちょっとズレた心配をしているのを横目に、オドオドと私を見ているハグリッドに話しかける。そんなにビクビクするなよ、ハグリッド。イジメたくなるじゃないか。
「それで? 何故キミがハリーと一緒にいるんだい?」
「あの、ハリーが煙突飛行に失敗したみたいでして。俺が保護したっちゅうわけです、はい。」
「保護? ダイアゴン横丁に似つかわしくない言葉だね。」
「あー……ノクターン横丁にいたんです。」
それはそれは、確かに保護すべき状況だ。アリスが毛嫌いするあの場所は、少々『愉快な』店が多すぎる。
「ファインプレイじゃないか。ご苦労さん、ハグリッド。キミがどうしてノクターン横丁にいたかは聞かないでおこう。」
「いやぁ、その、肉食ナメクジの駆除剤を買いに行っただけです。それとまあ、ちょこちょこっと買い物を……。」
聞いてもいないのにハグリッドは言い訳らしきものを口にしだした。『ちょこちょこっと』の部分に問題があることは明らかだが……ま、今回は追求しないでおいてやろう。あの場所をハリーがうろついたままだったら厄介なことになっていたのは間違いないのだ。
そのまま四人で通りを歩いていると、人混みの向こうに赤毛の集団が見えてきた。拷問好きのグレンジャー夫妻も一緒だ。向こうは向こうで合流していたらしい。
「ハリー! 無事だったのね!」
モリーがこちらに突っ込んでくるのを避けながら、ロンや双子と挨拶を交わす。どうやら騒がしい買い物になりそうだ。
───
グリンゴッツで金を下ろした後は、本屋で教科書を揃えることになった。私の場合はパチュリーの図書館で揃うが、ウィーズリー家はなんとも大変そうだ。末娘は哀れにも大半をお下がりで済まされようとしている。
とはいえ、アリスは基本呪文集以外の教科書を指定しなかった。他の教科も前年度の物を継続して使うことが多いし、買い物はすぐに終わるはずだったのだが……。
「本物の彼に会えるんだわ!」
ハーマイオニーの恍惚とした声が店内に響くが、誰一人として気に留める者はいない。なんたって大半が同じような声を上げているのだから。キャイキャイと甲高い声が店内を包んでいる。
迷惑なことに、どこかのアホが本屋でサイン会を開いていたのだ。それだけだってうんざりなのに、ハーマイオニーやモリーはそのアホの大ファンらしい。残念ながら長い足止めになりそうだ。
洗脳されてるんじゃないかと思うくらいにはしゃいでいる二人を見ながら、隣で呆れた表情を浮かべているロンへと話しかける。
「それで……誰なんだい? 大スター様の正体は。」
「あれを見てみろよ、リーゼ。デカデカと書いてるぜ。」
言うロンの目線を追ってみれば……ギルデロイ・ロックハート? ド派手な赤の横断幕に、紫の光る文字で名前が書いてある。もうあれだけでもお腹いっぱいになる光景だ。
しかし……どこかで聞いたような気がする名前だな。どこだったかと記憶を探っていると、脳裏に呆れた顔で話すアリスが蘇ってきた。
そうだ、あの馬鹿げた本の作者だ。『バンパイアとバッチリ船旅』。一般的な吸血鬼と私たちの差が実に分かりやすく表現されていた。おまけによく燃えるというオマケ付きだ。着火剤としては実に優秀な本だった。
「ロックハートは人気のようだね。しかし……悲しいことに私の感性は少々ズレているらしい。サインが欲しくなってこないんだ。」
「安心しろよ、リーゼ。君が正常なことは僕が保証する。ママもハーマイオニーも頭がおかしくなってるんだ。」
残念ではあるが、ロンの言葉を否定できそうにない。目をキラキラさせている彼女たちはちょっと怖いのだ。まあ……他人の趣味に文句は言わないでおこう。
「私は外で待ってるよ。これ以上ここに居ると、反射的にあの横断幕を燃やしてしまうかもしれないからね。」
「僕もだ。フレッドとジョージはとっくに悪戯専門店に逃げ出しちまったし、僕たちもそっちに行けばよかったかもな。」
至極残念そうに言うロンと共に店先へと向かうと……おや、こちらでも『イベント』が開かれているようだ。アーサーがハリーとジニー、グレンジャー夫妻を背にして、金髪で悪趣味なローブの男を睨みつけている。いい歳して口喧嘩をしているらしい。
「どうやら魔法省は残業代を出し渋っているようですな? ……この有様では大変でしょう。」
末娘の古ぼけた教科書を振りながら、金髪がアーサーを挑発する。おおっと、よく見れば隣に立つのはトロール飼育の天才、ドラコ・マルフォイではないか。つまり……あの男がルシウス・マルフォイなわけだ。
「私の家庭の問題だ。君には関係ない。」
「心配しているのですよ、私は。これでは魔法界の面汚しになった甲斐がないでしょう? 今日もそんな穢れたマグルどもと一緒に──」
グレンジャー夫妻のほうを見ながらルシウス・マルフォイがそう言った瞬間、アーサーが彼に殴りかかった。知らぬこととはいえ、拷問好きのドリル夫妻にそんなことを言うとは……恐れを知らんヤツだな。
勢いのまま本棚に激突した二人は、本を撒き散らしながら熾烈な……まあ、当人の間ではおそらく熾烈な殴り合いを始めた。どうも杖に慣れると運動不足になるらしい。お世辞にも洗練された殴り合いとは言えない有様だ。
「いいぞ、パパ! やっちまえ!」
図鑑らしきものがルシウス・マルフォイの右目にクリーンヒットするのに、ロンが両手を振って歓声を上げるが……ここまでだな。騒ぎを聞きつけたハグリッドが、魔法生物関係の本棚からこちらに走ってくるのが見える。
「やめんか! おまえたち、やめんかい!」
ハグリッドは体格の差というものを存分に発揮して、あっという間にアーサーとルシウス・マルフォイを引き離した。未だ憎々しげに睨み合っていた二人だが、やがてルシウス・マルフォイはまだ手に持っていた末娘の教科書を乱暴に突き返すと、捨て台詞を吐いて歩き去って行く。さすがは親子、そっくりだ。
「ほら、チビ、君の本だ。君の父親にしてみればこれが精一杯なんだろう。孫の代まで大事に使うんだな。」
遠ざかるマルフォイ親子の背中を眺めていると、ロンが悔しそうに口を開いた。
「クソったれのマルフォイどもめ。あいつら、親子揃って腐りきってるぜ。」
「まあ……よく似ていることは同意しよう。キミたちの赤毛といい、マルフォイ家の高慢といい、魔法族の遺伝子は仕事をしているようだね。」
「ハリーにしもべ妖精をけしかけたのもアイツらに決まってる。ハリーもそう思ってるんだってさ。」
「へえ? マルフォイがねぇ……。」
有り得なくはないが、ちょっと微妙な感じだ。息子はともかくとして、父親がそこまで後先知らずのことをするとは思えない。
どの世界においても旧家というのは慎重に事を進めるものだ。評判が全ての世界なのだから、バカバカしい失敗をすることは許されないのである。嫌がらせにしもべ妖精を使うなど評判ガタ落ちだろう。
まあ、息子の方が暴走した可能性もあるか。まだ十二歳のガキなのだ。何をやってもおかしくない。
雑踏に消え去るマルフォイ親子を眺めながら考えていると、書店の中から怒りの声がアーサーへと放たれた。
「アーサー、何をしているんですか! ギルデロイがどう思うか!」
ロックハート教の熱心な信者、モリー・ウィーズリーだ。アーサーに降りかかった災難は未だ序章に過ぎなかったらしい。
烈火のように怒るモリーを見て苦笑しながら、アンネリーゼ・バートリは可哀想な父親の幸福を祈るのだった。