Game of Vampire 作:のみみず@白月
「賭けてもいいがね、その杖を使うとロクなことがないぞ。」
ポッキリ折れた杖をテープで補強しているロンを見ながら、アンネリーゼ・バートリは本心からの忠告を送っていた。
ハリーとロンの楽しいドライブ旅行からは一夜が明けている。そして現在修復中であるロンの杖は、『樹身事故』を起こした際に折れてしまったらしい。……まあ、かなり幸運だったと言えるだろう。杖じゃなく、首か背骨あたりが折れていてもおかしくなかったのだから。
何にせよロンは諦めるつもりはないようで、朝食も食べずに哀れな棒切れをスペロテープとかいう胡散臭い代物でぐるぐる巻きにしている。
「そんなこと言われたって、ママが新しい杖を買ってくれるわけないだろ? どうにかしてこれを……くそっ、ハリー、もっとスペロテープを取ってくれ。」
「うん……でも、これって本当に意味あるの? ただのテープにしか見えないけど。」
「パパが自動巻き釣竿を直した時は効果があったんだよ。……よし、これで多少はマシになったはずだ。試してみよう……スコージファイ!」
テープの節くれができた杖を自分のローブに向けて、ロンが清めの呪文を唱えると……ふむ、実に興味深い。ローブが洗剤まみれになってしまっている。どうやら杖というものは釣竿よりかは繊細なようだ。
オートミールに洗剤がつかないように避難させつつ、ハリーが微妙な表情で口を開く。
「あー……まあ、一応呪文の効果はでてるね。」
「この、役立たずめ。こんちくしょう!」
賭けは私の勝ちだな。杖をバシバシとテーブルに叩きつけるロンに鼻を鳴らした後、私の隣でだんまりを決め込んでいるハーマイオニーに話しかける。彼女はハリーたちが空飛ぶ車を移動手段にしたことを怒っているのだ。昨日はイライラと文句を言っていたが、朝食の席では無言での抗議を選択したらしい。
「ハーマイオニー、もう許してあげたらどうだい? 今のロンはどう見ても幸せな状況だとは思えないよ? ……洗剤オバケになるのが好きではなければだが。」
「ダメよ、リーゼ。退学になるかもしれなかったのよ? 怒る時はきちんと怒るの。」
「なんともまあ、キミはいい母親になれそうだね。」
『ハーミーママ』に向かって肩を竦めてから、残ったスクランブルエッグを片付けようと皿に向き直ったところで……おっと、ふくろう便の時間か。頭上に大量のふくろうが飛び交い始めた。
有り得ない量の忘れ物を受け取るロングボトムを見ながら、定期購読している予言者新聞をキャッチする。トップニュースは……ビリーウィグに刺されて一週間空中を漂っていた男が帰還? 今日も魔法界は平和だな。
この分では他のニュースも大したことはあるまい。ため息を吐きながら新聞を置いて食事に戻ろうとすると、荷物に紛れてふくろうそのものが降ってくるのが見えてきた。窓に激突でもしたのか?
「おっと。」
そのままふくろうはハーマイオニーの横にあった水差しに緊急着陸を果たして、中に入っていたミルクを周りに撒き散らす。私は咄嗟に新聞を盾にしたが、周りは酷い有様だ。最も大きな被害を受けたハーマイオニーは顔中がミルクまみれになっている。
「エロール! ……大変だ!」
「スコージファイ。大丈夫よ、まだ生きてるわ。」
若干イラつきながらも自分の顔を呪文で綺麗にしたハーマイオニーが、ふくろうを水差しから救い出したロンに向かって言うが……おそらくロンが大変だと思っているのはふくろうのことではない。墜落と同時にロンの目の前に落ちた封筒。あの特徴的な真っ赤な封筒には見覚えがあるぞ。
「どうしたの?」
「これ、吼えメールだ……。」
ハリーの質問に、呆然と封筒を見ていたロンが呟いた。その通り、吼えメールだ。在学中のフランが夏休みで帰ってきた時、開けないとどうなるのかを紅魔館の空き部屋で実験した結果、その空き部屋は使用不能になったという代物である。ちなみに使えなくなったのではなく、使いたくなくなったのだ。
「へ? ちょっと、どうしたのよ、リーゼ。」
「いいから離れるんだ、ハーマイオニー。……開けたまえ、ロン。それを放っておくとどうなるかはキミも知っているだろう?」
何がなんだか分からないという様子のハーマイオニーの手を取って後退りしながら、未だ嫌そうに封筒を見ているロンに言葉をかけた。吼えメールに気付いた数人のグリフィンドール生たちも席を立って逃げる準備をしている。
「うん、でも……。」
「開けた方がいいよ、ロン。昔ばあちゃんに送られた時、開けなかったら……酷かったんだ。」
机の下に避難しているネビルの体験談で、ようやくロンは決心がついたらしい。既に煙が噴き出している封筒をゆっくりと開けると……。
「ロン・ウィーズリー! 車を盗みだすなんて! 退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってなさい、承知しませんからね! 車が無くなっているのを見て、私とお父さんがどんな気持ちだったか!」
凄まじい音量でモリーの怒声が大広間に響き渡った。この距離だと耳がどうにかなりそうだ。全てのテーブルから視線が集まる中、ロンの顔は既に真っ赤になっているが……残念ながらモリーはそこそこ長めのお説教を吹き込んだようで、彼への拷問は未だ終わりそうにない。
「ダンブルドア先生から話を聞いた時、私とお父さんは恥ずかしさで死ぬかと思いました! 私はお前をこんな風に育てたつもりはありません! まかり間違えば、お前もハリーも死ぬかもしれなかったんですからね!」
ハリーの名前が出た瞬間、本人の顔が蒼白に染まった。……うーむ、ロンと並ぶと赤と白でおめでたい顔色だな。ちなみに彼らの肩越しに見えるスリザリンのテーブルにいるマルフォイは、今にも喜びの舞を始めそうな表情に変わっている。
「お父さんは役所で尋問を受けたんですよ! 今回ばかりは愛想が尽きました、今度ちょっとでも規則を破ってごらんなさい? お前をすぐに家までひっぱって帰りますからね!」
ようやく封筒が静かになって燃え尽きたころには、ロンとハリーは死の宣告を受けたような表情になっていた。モリーの選んだ手段は彼らに反省を促すことに成功したらしい。
頭を振ってキンキンする耳を治しながら、呆然としたままの二人へと声をかける。
「まあ……これで一番の罰は終わったと思いなよ。これ以上酷いことにはならないさ。」
絶対に有り得ないはずだ。それが例えスネイプだったとしても、これ以上の罰を与えるのは難しいだろう。
「そうね。これで自分たちが何をやったかを理解したでしょう? 反省したならさっさと朝食を食べなさい。」
「ああ、そうするよ、『ママ』。」
若干立ち直ったらしいロンが、澄まして言うハーマイオニーに皮肉を返す。ハリーは……ダメだな。ショックから抜け切れないようで、オートミールと睨めっこしている。
ま、数年後には笑い話になることだろう。……これ以上の騒動を起こさなければ、の話だが。そうなればハグリッドと仲良く慰め合うことになるはずだ。
二年目の最初に起きた騒動の終わりを感じながら、アンネリーゼ・バートリはスクランブルエッグに向き直るのだった。
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「さて、改めて自己紹介しておきましょうか。アリス・マーガトロイド。今年いっぱいこの授業を受け持つことになったわ。」
教室の椅子に座る生徒たちを見渡しながら、アリス・マーガトロイドは授業の開始を宣言していた。
席に座る二年生たちは、私のことを興味深そうに眺めている。うーむ、なんとも新鮮な感じだ。この場所に立つと教師になったのだという実感が湧いてくる。
学期が始まってから数日が経った今日は、二年生のグリフィンドールとレイブンクロー相手の初授業だ。もちろんリーゼ様やハリーたちも席に座っている。手を振りたくなるのをなんとか抑えながら、授業を進めるために口を開いた。
「あなたたちが『まとも』な授業を受けられなかったのは重々承知しているわ。遅れを取り戻すためにも今年は実践的な内容を行う予定でいるから、そのつもりでいて頂戴。」
「魔法を実際に使うんですか?」
「その通りよ、ゴールドスタイン。むしろ今までそうじゃなかったのが異常なの。それと、発言時は挙手してくれるかしら?」
一応名前は覚えている。金髪のレイブンクロー生の質問を捌いたところで、今度はハーマイオニーの手が天高く挙げられた。肩を痛めそうな上げ方だ。
「何かしら? ハーマイオニー。」
「どのような呪文を使うんですか? 予習のためにも先に聞いておきたいんです。」
なんとも勉強熱心な子だ。苦笑しながらも杖を振って、黒板に一つの文字を浮かび上がらせた。
「色々とやるつもりだけど……一番重視するのはこれよ。プロテゴ。盾の呪文ね。」
二年生にはかなり早い内容だが、今後のことを考えればそうも言っていられない。来年度も『クィレル並み』の教師だったら堪らないのだ。せめて私の年にこの呪文だけは教えておく必要があるだろう。
生徒の反応は……うん、予想通り今ひとつ。納得したという表情を浮かべているのは、レイブンクローの数名、グリフィンドールではリーゼ様とハーマイオニーだけだ。
私の言葉を聞いて、恐る恐るという感じで手を挙げた生徒を指名してやる。
「フィネガン、どうぞ。」
「えーっと……その、もっと他の呪文を重視したほうがいいんじゃないですか? つまり、攻撃のための呪文とか。」
「まあ、気持ちは分かるけど……そうね、それなら実際に見せたほうが早いわね。」
生徒たちの前に歩み出て、杖を抜いて言い放つ。
「全員で私に呪文を撃ってきなさい。どんな呪文でもいいわ。当てられたら、今年の成績は最高得点を約束してあげる。」
二年生だからできるパフォーマンスだ。上級生相手だとさすがにこの数は厳しいかもだが……まあ、この年齢の魔法使いであれば問題なく捌き切れるだろう。
生徒たちは迷っている様子だったが、もう一度促してやるとそれぞれ呪文を放ってきた。それを無言呪文で迎撃しながら、閃光の音に負けないように大声で語りかける。
「プロテゴは基本にしてもっとも重要な呪文よ。無言呪文が主となる実際の戦いでは、この呪文の使用率は格段に上がるわ。そもそも魔法使いの戦いは一発当たれば勝負が決まることが多いの。」
ちょっと心配だったが、リーゼ様はこちらの思惑を汲んで手加減してくれているようだ。苦笑しながら申し訳程度の呪文を放っている。
それに苦笑いを返しつつ、続きを話すために口を開く。
「避けるか、防ぐ。それが出来ないと勝負にもならないわ。つまり、この呪文を使い熟しているか否かが勝敗を決める大きな要因になるの。私の知る限りでは、この呪文の熟練度はそのままその人の実力に直結しているのよ?」
ダンブルドア先生しかり、ムーディしかり。呪文の選択肢が多いのもそうだが、彼らは盾の呪文を見事に使い熟していた。
それから少しの間だけ諦めきれない数名が呪文を放ってきたが、どうにもならないと分かると自然と攻撃を止める。
一度手を叩いて場を仕切り直してから、黒板を指し示して結論を口にした。
「この呪文の重要性が理解できたかしら? もちろん他の呪文を蔑ろにする気はないけど、盾の呪文に関しては一年を通して練習してもらうわ。それじゃあ……先ずは教科書の三十五ページを開いて頂戴。」
───
「なかなか良い授業だったと思うよ。」
授業が終わった後はちょうど昼食の時間だということで、リーゼ様と一緒に私室で食事を取ることになった。壁や棚に人形がずらりと並んでいる私の部屋を見て、この前訪れたマクゴナガルはちょっと引いていたが……うん、リーゼ様にそんな様子はない。
安心した。どうやら私がズレているわけではなく、マクゴナガルの感性がちょっとおかしいようだ。
笑顔で褒めてくれるリーゼ様に、ちょっと照れつつ返事を返す。
「パチュリーとも相談して決めたんです。二年生にはちょっと早いかとも思ったんですけど……まあ、教えられるのは一年だけなので、やれることはやっておこうかと。」
「盾の呪文が重要なのは間違っていないさ。私には不要だが、ゲラートもそんなことを言ってたしね。」
意外な名前が出てきた。グリンデルバルドと同じ結論に達したというのはちょっと微妙な気分だが、あの男もある意味偉大な魔法使いなのだ。間違いではないということだろう。
「しかし、ここ数年の防衛術は教師に恵まれなかったようですね。上級生ですらまともな盾の呪文を使えたのは少数でしたよ。」
「平和だったからかもね。危険が生徒を育てるとは、なんとも皮肉なもんだ。」
ふむ……確かに卒業したてのジェームズたちは、大人にも引けを取らないほどの杖捌きだった。対して今の七年生は就職のための呪文に力を入れている感じだ。どちらが正しいとは言わないが、平和ボケしているのは間違いないだろう。
考え込みながらぼんやりとリーゼ様を見ていると、ステーキを豪快に頬張っている姿に……うむ、思わず微笑んでしまう。身内だけに見せる、作法を無視した食事方法だ。
頬杖をついて見ていると、リーゼ様がキョトンとした顔で声をかけてきた。
「ん? どうしたんだい? アリス。」
「いえ、なんでもないです。」
「ふぅん? ……まあ、生徒受けも良かったよ。少なくともクィレルより百倍マシなことは保証しよう。」
「比較対象が酷すぎて、どうも素直に喜べませんね。」
顔を見合わせて苦笑してから、ポテトサラダを一口頬張る。私だって、さすがに後頭部にリドルを貼り付けたヤツに負けたくはないのだ。
「そういえば、アーサーは大丈夫だったのかい? 下手すればアズカバン行きの事件だったが……。」
付け合わせのコーンを食べながら言うリーゼ様に、ダンブルドア先生から聞かされている報告を伝える。
「ダンブルドア先生とレミリアさんの擁護もあって、なんとか減給と謹慎で済んだらしいです。『所有』だけなら、法的にはギリギリセーフだったみたいですし。」
「相変わらず魔法法ってのは滅茶苦茶だね。こればっかりは新大陸の方が一枚上手らしい。」
「向こうは向こうでガチガチすぎるって批難されてるみたいですけど……うーん、確かにイギリスの魔法法は穴が多いですからね。」
クラウチの行った数少ない功績の一つが、ぐちゃぐちゃだった魔法法を整理したことだ。とはいえ、それでも穴だらけなのだからどうしようもない。今の魔法大臣に期待できるとは思えないし、しばらくは混沌とした魔法界は変わらなさそうだ。
オドオドした魔法大臣のことを考えていると、ノックの音が部屋に響く。
「セドリック・ディゴリーです。質問があって来たのですが、今よろしいでしょうか?」
あーっと……ハッフルパフの四年生だったかな? リーゼ様に目線で問うと、構わないと言うように頷いてくれた。
「入りなさい。」
「失礼します……ああ、すみません、食事中でしたか。それに、バートリ? 君も質問に来たのかい?」
「ごきげんよう、ディゴリー。アリスとは親しいんで、お喋りしながらの昼食会をしていたのさ。私のことはお構いなく。」
一応は顔見知りのようだ。まあ、ホグワーツの生徒は多くはない。学年が違ってもそこそこ顔を合わせる機会はあるし、それでなくたってリーゼ様は吸血鬼なのだ。結構目立つのかもしれない。
ちなみにディゴリーは盾の呪文を見事に成功させた数少ない生徒の一人だ。未だ四年生なことを考えれば、秀才と言っても問題ない生徒だろう。
「そうかい? それじゃあ、少しだけ失礼するよ。……えーっと、炎凍結術についての質問なんですけど、この呪文は魔法の炎に対しても効果があるんですか?」
なんだそりゃ? いきなり飛んできた滅茶苦茶マニアックな質問に、一瞬思考が固まるが……なんとか脳内の書棚から知識を引っ張り出して答えを放つ。ちゃんと勉強してて良かった。ここで分かりませんと言うのは恥ずかしすぎるぞ。
「場合によるわね。『魔法で生み出した炎』には効果があるけど、『魔法そのものが炎』の場合には効果がないの。……ちょっと分かり難いかしらね?」
「いえ……多分、理解できました。発火呪文で点した炎には効果があるけど、悪霊の火なんかには効果がないってことですよね?」
「お見事、その通りよ。あとは稀な例だけど、発火呪文でも炎を支配下に置いている場合は魔力の量によっては抵抗される場合もあるわ。基本的には悪趣味なジョークのための呪文だから、過度な期待はしないほうがいいかもね。」
炎凍結術は魔女狩りが流行した時代、『火あぶりごっこ』を楽しむために作られた呪文なのだ。その割には結構複雑なあたり、当時の魔法使いがどれだけ暇だったかを表している。
「よく分かりました。ありがとうございます。」
「これが私の仕事だもの、礼を言う必要はないわ。分からないことがあったらいつでも聞きにいらっしゃい。」
「そうします。……みんな喜んでますよ、今年の防衛術は『当たり』だって。」
人好きのする笑みで言うディゴリーに、ブロッコリー以外を食べ終わったリーゼ様が口を開いた。
「ほらね? ハッフルパフの優等生様が言うんだから間違いないさ。」
「君やグレンジャーほどじゃないさ。君たちが呪文を失敗したことがないのは噂になってるよ。ウィーズリーの双子が、どっちが先に失敗するかを賭けにしてるくらいだからね。」
「おや、それは良いことを聞いた。当事者として分け前を徴収に行くべきだね。」
「まあ、程々にしなよ? ……それじゃあ、ありがとうございました、マーガトロイド先生。バートリもまたな。」
実に礼儀正しい若者だった。一礼してから出て行ったディゴリーを見送って、食事へと向き直ると……おや、ブロッコリーが増えている。
「リーゼ様?」
「キミに栄養をつけて欲しいんだ。心配する気持ちを汲み取ってはくれないのかい?」
「ちゃんと食べないとダメです。」
「……素直なキミが変わってしまって悲しいよ。」
返されたブロッコリーを嫌そうに食べるリーゼ様に苦笑しながら、私も食事を終わらせるためにフォークを動かす。昔はニンジンやらブロッコリーやらを押し付けられていたが、私だって成長しているのだ。
かつての食卓を思い出しながら、アリス・マーガトロイドの昼休みは更けていくのだった。