Game of Vampire   作:のみみず

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「こんばんは、ハリー。」

 

夕食後の防衛術の教室で、アリス・マーガトロイドは入ってきたハリーに向かって挨拶を投げかけていた。

 

今日は遂に訪れた『空飛ぶ車事件』の罰則の日なのだ。まあ、マクゴナガルは今日だけで終わらせる気はないようだが。どうやらハリーとロンは暫くの間、数名の教師に雑用係として使われることになるらしい。

 

「こんばんは、マーガトロイドさん……じゃなくって、先生。」

 

ハリーはぺこりとお辞儀した後、隅っこでガタガタ揺れている巨大な木箱を窺いながら、恐る恐るという様子で近付いてきた。そりゃまあ、気になるか。

 

いつも生徒たちが座っている席を手で勧めて、『ガタガタ』の原因を説明するために口を開く。

 

「ノグテイルよ。魔法省が狩り出したのを、授業のために譲ってもらったの。」

 

「ノグ……? 何ですか、それ?」

 

「ノグテイル。農園を困らせる害獣で、畑を荒らしたり、不作の呪いをかけたりするの。まあ……見たほうが早いわね。」

 

言いながら杖を振って木箱の蓋を浮かせると、脚の長い子豚のような生き物がぎっしり詰まっているのが見えてきた。犬と豚の中間のような見た目だ。注文より多いが……もしかしたら押し付けられたのかもしれない。

 

フギフギと鳴いているノグテイルたちを見ながら、距離をとって近付こうとしないハリーが質問してくる。飼育学は三年生からのはずだが、魔法生物に対する姿勢は充分に学んでいるようだ。……間違いなくハグリッドが原因だろう。

 

「危険な生き物なんですか?」

 

「大したことないわ。ただ、物凄くすばしっこいの。上級生の授業で呪文の標的にするつもりなんだけど、今日はその準備を手伝って欲しいのよ。」

 

「準備?」

 

疑問顔のハリーに頷いて、浮遊魔法で一匹を宙に浮かせる。そのまま身体に不釣り合いな太い尻尾とおでこについている小さな角を指差しながら、作業の説明を話し始めた。

 

「尻尾に追跡用のタグをつけて、角はヤスリで削るの。ああ、そんなに不安そうにしなくても大丈夫よ。餌にノロノロ薬を混ぜたから、素早くは動けないはずだわ。」

 

言ってから地面に下ろしてみると……あれ? 思ったより速いな。猫の全力疾走くらいのスピードで教室をカシャカシャ走っている。かなり多めに混ぜたはずなんだが……。

 

「えっと、結構素早く見えるんですけど。」

 

「あー……まあ、呪文で固定して作業しましょう。噛みつかれないように気をつけてね。クルミを砕くくらいの力で噛んでくるから。」

 

「……はい。」

 

そこそこ嫌そうな様子のハリーに心が痛むが、罰則なのだ。このくらいじゃないと意味がないだろう。これでもスネイプと二人っきりで薬品庫の整理をするよりかはマシなはずだ。

 

走り回るノグテイルを呪文で捕らえてから、机の上に固定して作業を始める。フギフギと哀れみを誘う感じで鳴いているが……うん、可哀相ではないな。なにせ尻尾をビタンビタンとハリーに叩きつけているのだから。

 

「体重をかけないと難しいわよ。机の上に乗ってもいいから、やり易いように作業なさい。」

 

「これは、痛っ、そのほうが良さそうですね。」

 

角をゴリゴリ削りながら言ってやると、ハリーは尻尾に馬乗りになってタグ付けを始めた。ハリーの方も難しそうだが、ヤスリも中々難しい。角が小さいせいで頭まで削ってしまいそうになるのだ。

 

「……まあ、こんなもんね。これなら突っつかれても痛いだけで済むわ。」

 

「こっちも終わりましたけど……あれ全部に同じことをやるんですか?」

 

ようやく一匹目を片付けた頃には、既にハリーは汗だくになってる。木箱の方を見ながら呆然と呟いた彼に、残念なお知らせを伝えなければなるまい。

 

「木箱がもう一つ隣の部屋にあるから、それもやるのよ。」

 

「……なるほど。」

 

全てを諦めた表情のハリーに苦笑しながら、杖を振って次のノグテイルを引き寄せた。

 

───

 

「──だから、私はリーゼ様の家に引き取られたの。あれは私の人生最良の選択だったわね。」

 

作業をしながら雑談していると、話は私の両親のことになった。私がリーゼ様に引き取られた経緯をかいつまんで話してやると、ハリーは羨ましそうな表情で口を開く。

 

「僕とは大違いだ。羨ましいです……いや、あの、もちろんご両親のことは残念ですけど。」

 

「いいわよ、何を言いたいかは分かってるわ。監禁事件に関してはモリーから聞いているもの。」

 

慌てて後半を付け加えたハリーに、首を振りながら言葉を投げかける。幸せな生活でないことは重々承知しているのだ。……そういえば、リドルもそうだったな。彼も夏休みを嫌悪していた珍しい生徒の一人だった。

 

ふと頭をよぎったハリーとリドルの対比について考えていると、尻尾を制御するのが上手くなってきたハリーが徐に後ろを振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「……何か声が聞こえませんか?」

 

声? 耳を澄ませてみるが……ノグテイルの鳴き声が聞こえるだけだ。

 

「聞こえないけど……貴方には何か聞こえているの?」

 

「さっき話し声のようなものが聞こえたんですけど……いえ、気のせいかもしれません。もう聞こえないです。」

 

ふむ? マグルならホラーな感じの展開になるところだが、魔法界じゃ有り得ない話ではない。パチュリーの図書館なんて常に謎の囁き声が聞こえてくる始末なのだ。……とはいえ、ホグワーツがパチュリーの図書館と同レベルだとは思いたくないぞ。そうなれば生徒たちの命がいくつあっても足りないだろう。

 

この城の安全性について考えながら、ふと壁にかかっている時計を見れば……おっと、もうこんな時間か。疲れてぼーっとしてるのかもしれないし、この辺でお開きにしておこう。充分な罰則になったはずだ。

 

「疲れてるのかもね。いい頃合いだし、そろそろ寮に戻っていいわよ。」

 

「でも、まだ残ってますよ?」

 

「気にしなくていいわ。明日ハグリッドにでも手伝ってもらうわよ。それより……その『声』がまた聞こえたなら、私かマクゴナガルあたりに相談なさい。」

 

ハリーはローブについた角の削りカスを払いながら、困惑したように口を開いた。

 

「良くないことなんですか?」

 

「少なくとも、良いこととは言えないわね。声に魔力を篭らせるってのはよくある話よ。魔法界じゃ些細なことが大惨事に繋がりかねないんだから、用心しておくに越したことはないわ。」

 

耳の良さには自信があるのだが、その私には聞こえなかったのが少々気になる。気のせいであればいいのだが……。

 

考え始めた私を心配そうに見ているハリーに気がついて、苦笑しながらドアへと向かう。失敗だな。より不安にさせてしまったらしい。妙に深読みしてしまうのは私の悪い癖なのだ。

 

「ま、単純に気のせいってこともあるし、ピーブズの悪戯かもしれないしね。あんまり深く考えないほうがいいわよ。……それじゃ、おやすみ、ハリー。お手伝いありがとうね。」

 

ドアを開けながら言ってやると、ハリーは少し笑顔になって頷いた。

 

「はい、そうします。おやすみなさい、マーガトロイド先生。」

 

寮へと歩いて行くハリーに、一応人形を一体護衛につける。さすがに心配しすぎかもしれないが、用心するに越したことはないのだ。後ろからこっそりついていかせよう。

 

お気に入りの赤色の人形に魔力を繋ぎながら、アリス・マーガトロイドは忌々しいノグテイルの拘束に戻るのだった。

 

 

─────

 

 

「嫌だね、絶対に。」

 

冬の匂いがしてきたホグワーツの薬草園で、アンネリーゼ・バートリは絡まり草を解しながらそう答えた。イラつく植物だ。勝手に隣の草に絡まろうとするくせに、絡まりすぎると枯れる? どうやって今まで生きてきたんだ、こいつらは。

 

私がスプラウトの目の届かない位置でブチブチと草を引き千切っているのを見ながら、ハリーが困ったように続きを話してきた。

 

「でも、ニックに約束しちゃったんだ。絶命日パーティーに参加する、って。」

 

「ハリー、キミは知らないかもしれないが、ゴーストの催しに参加するとロクなことがないぞ。彼らの感覚はズレてるんだ。……盛大にね。」

 

間違いないだろう。絶命日パーティー。もう名前からして楽しくはなさそうなのだから。

 

どうやらハリーはグリフィンドールのゴーストが主催する、死亡日を記念したパーティーに出席することを約束してしまったらしい。おまけに日にちはハロウィンだ。誰だってハロウィンパーティーを選ぶぞ。

 

そして一人で行くのが嫌になったハリーは、私たちをそのつまらなさそうなパーティーに巻き込もうとしてきたのである。死んでたって行きたくないのに、なんだって生きてるうちに行かなきゃならないんだ。

 

言葉と共にもはや一切の遠慮無しで絡まり草を引き千切っていると、栄養剤を混ぜていたハーマイオニーが慌てて近付いてきた。

 

「リ、リーゼ、私がやるから。そのまま続けたら全部枯れちゃうわ。」

 

「ああ、ありがたいね。この馬鹿草を絶滅させてやろうかと思い始めてたとこだったよ。」

 

自殺草と名付けるべきだな、こいつらは。なんたって解いた側から絡まっていくのだ。火をつけなかった私を褒めて欲しい。

 

ハーマイオニーへと素直に鉢植えを明け渡したところで、明らかに調合に失敗した栄養剤を片手に持ったロンが話に参加してきた。……スプラウトの話では黄色になるはずだったが、何をどうしたら茶色になるんだ?

 

「リーゼの言う通りだ、ハリー。適当に理由をつけて断っちまえよ。ハロウィンパーティーのほうが楽しいのは間違いないぜ。」

 

「ニックは楽しみにしてた感じだから、今更断れないよ。生きてる人間が参加するのは名誉なんだってさ。」

 

ロンは反対か。しかし、ハーマイオニーは……。

 

「あら、とっても興味深いじゃないの。ゴーストのパーティーに参加できるなんて、そう無いことだわ。絶対に参加すべきよ。」

 

蝶結びになった草を解きながら言うハーマイオニーは、至極真面目な表情だ。ほら見ろ、こうなった。私は行かないからな。

 

改めて不参加を表明するためにも、ロンの栄養剤が草をみるみる枯れさせていくのを見ながら口を開く。こいつを薬草園中にぶち撒ければみんなが幸せになれそうだ。

 

「いいか? 私は行かない。これは絶対だ。それと……ロン、スプラウトが来る前にどうにかしたほうがいいと思うよ。その栄養剤は間違いなく失敗してる。」

 

「あー……もう少し早く言って欲しかったな、うん。もう一回作ってくるよ。」

 

再び調合に戻ったロンを尻目に、ハリーが悲しそうな表情で枯れた絡まり草を突っついた。ロンとペアを組んだ以上、彼の成績も落ちたことは間違いないだろう。毎回ハーマイオニーと組む私が正解なのだ。

 

「僕は一人で行くのは嫌なんだけど……。」

 

「ハーマイオニーが行くって言ってるじゃないか。ロンもまあ……何だかんだでついていくさ。」

 

ロンは良く言えば協調性があり、悪く言えば流されやすい。アーサーとモリーのことを考えると、宜なるかなというところである。……ふむ、そう考えると双子は突然変異だな。

 

先日二階の階段を使用不能にした赤毛の双子について考えながら、ハーマイオニーの調合した黄色の栄養剤を与えてみると……お見事。元気よく隣の草に絡まり始めた。調合には成功したらしいが、これでは苦労が増えただけだ。

 

「この草は育てるべきじゃないね。イライラするだけだ。」

 

肩を竦めながらハーマイオニーに言い放つと、彼女もさすがにうんざりした様子でため息を吐いた。

 

「私、ガーデニングにハマっても、絶対にこの草は植えないわ。」

 

正解だ、ハーマイオニー。……今度美鈴あたりにプレゼントしてみよう。もちろん普通の草だと偽ってだ。

 

美鈴の絶望する表情を想像しながら、ちょっとだけ元気を取り戻して、終わりの見えない絡まり草の世話へと戻るのだった。

 

───

 

薬草学の後は飛行術の訓練だ。つまりは自由時間である。もはやフーチも説得を諦めたようで、最近は参加を促そうともしてこない。

 

暇つぶしにアリスの部屋で人形とチェスでもしようかと廊下を歩いていると……ルーナ? 列車で知り合った一年生が、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。

 

「ルーナ? 授業はどうしたんだい?」

 

「アンネリーゼだ、こんにちは。……教科書が無くなっちゃったから、探してるんだよ。」

 

「無くなった?」

 

「ウン。よく無くなっちゃうんだ。」

 

言いながら壁の隙間や棚の上を探しているが……そんなところにあるのか?

 

「この辺にあることは分かってるのかい?」

 

「ンー、多分ね。談話室は全部探したし、この辺だと思う。」

 

「ふぅん? アクシオ、ルーナの教科書。」

 

呪文で引き寄せてみると、賞状が飾られている棚の下から教科書が飛んできた。何だってあんな場所に……ああ、なるほど。そういうことか。

 

「ほら、これだろう?」

 

「ウン、そうだよ。ありがと、アンネリーゼ。これで授業に行けるよ。」

 

「……ひょっとして、イジメられてるのかい?」

 

教科書を手渡しながら聞いてみると、ルーナの顔が途端に曇る。つまり、ビンゴだ。さすがはレイブンクロー。やり方が陰湿じゃないか。

 

「わかんない。でも……ちょっと浮いちゃってるかも。色々気をつけてたんだけど、難しいんだ。」

 

「ふむ……フリットウィックには?」

 

「言ってないよ。あんまり……言いたくないから。」

 

うーむ、あまり楽しい学園生活とは言えないようだ。普通なら放っておくが……どうもこの子は気になってしまう。昔のフランに似てるせいかもしれない。

 

「私から言ってやろうか? フリットウィックか、もしくは実行犯どもに。」

 

顔を覗き込みながら言ってやると、ルーナは一瞬逡巡した後、首を振りながら口を開いた。

 

「ありがと、アンネリーゼ。でも……もうちょっと自分で頑張ってみる。学校に入る前に、頑張ろうって決めたんだ。」

 

「……そうか。まあ、それならお節介はしないさ。頑張りたまえよ、ルーナ。」

 

「ン。頑張るよ……じゃあね、アンネリーゼ。」

 

トコトコと歩いて行くルーナは、なんとなく物悲しげな雰囲気を纏っている。……ちょくちょく様子を見てやったほうがよさそうだ。アリスにでも伝えておいた方がいいかもしれない。

 

少し気になる一年生の背中を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは小さくため息を吐くのだった。

 


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