Game of Vampire   作:のみみず@白月

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秘密の部屋

 

 

「誕生日おめでとう、咲夜!」

 

レミリアお嬢様が満面の笑みで言うのを聞きながら、咲夜はケーキに刺さる十一本のロウソクを吹き消していた。……よし、去年は一本だけ残っちゃったけど、今年は全部消せたぞ。

 

今日はハロウィン。つまりは私の誕生日である。今年もみんなが紅魔館で誕生日パーティーを開いてくれたのだ。リビングは虹色に光るモールやくるくる回る紙の花で、とっても綺麗に飾りつけされている。

 

「ありがとうございます、皆様。お陰で十一歳になれました。」

 

レミリアお嬢様にパチュリー様、美鈴さんに小悪魔。この日だけは地下室から上がってくる妹様。エマさんや、きゃっきゃと拍手する妖精メイドたち。ペコリとお辞儀しながら全員に向かってお礼を言うと、みんな笑顔で声をかけてきてくれた。

 

リーゼお嬢様とアリスがいないのは少し寂しいが……もうそれに文句を言うほど子供じゃないのだ。こんなパーティーを開いてくれるのだから、そこまで望むのはさすがに我儘だろう。

 

「それじゃあ、食事にしましょう。今年はいつもより豪華にしたのよ? 来年からはしばらくパーティーはお預けだしね。」

 

レミリアお嬢様の号令で、みんなが食事を手に取り始める。そっか……来年からはホグワーツでの誕生日になるのか。ちょっとだけ寂しいな。

 

みんなの居ない誕生日を思って少し沈んでいると、山盛りの料理を手にした美鈴さんが近付いてきた。比喩ではなく、文字通りの山になっている。

 

「へいへい、咲夜ちゃん。ホグワーツでの生活が不安なんですか?」

 

「うーん、不安というか……ちょっとだけ寂しいかもです。」

 

「だいじょーぶですよ。アリスちゃんも妹様も最初はそんな感じでしたけど、通い出したら笑顔になってましたから。咲夜ちゃんも楽しめますって。」

 

「……そうですよね。リーゼお嬢様もいるし、きっと平気です!」

 

両手を握って言い放つと、美鈴さんは笑顔で小包を手渡してきた。いつも浮かべているふにゃりとした笑みに、思わず私も笑顔になってしまう。レミリアお嬢様は気が抜けるから止めろと言っているが……実は私はこの笑みが好きなのだ。

 

「うんうん、その意気です。そんな咲夜ちゃんに……じゃーん、プレゼントですよ!」

 

「ありがとうございます! 開けてもいいですか?」

 

「もっちろんですよ。ほらほら、開けてみてください。」

 

ワクワクしながら包装を解いていくと……おお、綺麗な懐中時計だ! 重厚な感じのする曇りがかった銀製で、蓋には複雑な月の模様が彫ってある。どんな技術を使っているのかはさっぱりだが、見る角度によって月の満ち欠けが変わるようだ。

 

カチリと蓋を開けてみれば、シンプルなローマ数字の時計盤が見えてきた。……でも、よく見れば長針と短針にも細やかな装飾が成されている。ううむ、一見して高価だと分かってしまう時計だ。

 

「凄い……とっても綺麗。」

 

「えへへ、喜んでくれたならよかったです。知り合いの妖怪に頼んで作ってもらったんですけど……絶対にズレることはないし、めちゃくちゃ頑丈なんですよ?」

 

「ありがとうございます、美鈴さん! とっても嬉しいです!」

 

満面の笑みでお礼を言うと、満足そうにうんうん頷いた美鈴さんは、よかったよかったと言いながら料理の乗ったテーブルへと戻っていった。

 

しかしながら、なんとも見事な時計だ。ふと裏側を見てみれば、コウモリの翼のような装飾の下にスカーレット家とバートリ家の紋章が並んで彫られている。うーむ、まるで私の存在を表現しているようではないか。なんだか顔がにやけてしまう。

 

さっそく時計のチェーンを装着していると、今度はパチュリー様と小悪魔が近寄ってきた。

 

「おめでとう、咲夜。」

 

「おめでとうです、咲夜ちゃん!」

 

「ありがとうございます、パチュリー様。小悪魔もありがとね。」

 

返事を返すと、パチュリー様が手に持っていた小さな箱を渡してくる。プレゼントだ! でも、本じゃない? 毎年本を貰っていたから、てっきり今年もそうだと思っていたのだが……。

 

「はい、プレゼント。開けてみなさい。」

 

ちょっと顔を赤くして、素っ気なく言うパチュリー様に従って開けてみると……指輪? 艶やかな銀の細いシンプルな指輪だ。取り出してみると、裏側に細かく異国の文字が彫られているのが分かる。

 

ミミズののたくっているような謎の文字を眺めていると、パチュリー様が説明をしてくれた。

 

「収納魔法をかけた指輪よ。あんまり大きな物は入らないけど、ナイフくらいなら余裕で十数本は入るわ。貴女、ナイフを身に付けるのに苦労してたでしょう? だから……まあ、そのためよ。」

 

「えへへ、気遣ってくださってありがとうございます。」

 

「うん、まあ、構わないわ。大した手間じゃないしね。」

 

目線を逸らしながら言うパチュリー様に笑顔でありがとうを言うと、彼女はごにょごにょと返事をしながら更に顔を赤くする。ずっと年上なのは分かっているが、なんともかわいらしいお方だ。

 

ちょっと微笑みながら指に嵌めてみれば……至れり尽くせりだな。何かの魔法がかかっているのだろう。自動でピッタリの大きさになった。そのままナイフを収納したり取り出したりと試していると、今度は小悪魔が袋を取り出してこちらに渡してくる。

 

「そしてこっちが私からです! ……ちょっと耳を貸してください。」

 

「耳? えっと、こう?」

 

なんだろう? 受け取りながら顔を近づけてみると、小悪魔はこっそり中身を教えてくれた。

 

「部屋に行ってから開けてくださいね。中身は……ふふふ、ちょっと大人っぽい下着ですから。」

 

へ? びっくりして顔を離してしまうと、小悪魔は悪戯気な笑顔でしてやったりと頷いている。下着? それに……大人っぽいって?

 

「ふふふー、咲夜ちゃんもお年頃ですからね! きっとこういうのも必要なんです!」

 

「貴女、何を渡したのよ。そういえば……そんなんでも悪魔だったっけ。危ないものじゃないでしょうね?」

 

「そんなんでもとはなんですか! 危なくはないですよ。まあ……ちょーっと早いかもしれないですけど。」

 

「ああ……大体なんだかは分かったわ。レミィに教えてあげなきゃね。」

 

言い放つと、パチュリー様は妹様と喋っているレミリアお嬢様の下へと歩いていく。慌てて止めようと追いかけていった小悪魔を呆然と見送りながら、思わず手元の袋へと視線を落とした。

 

大人っぽい下着か……うん、部屋に行ってから開けよう。まあ、その……ちょっと興味はある。ちょっとだけ。

 

その後もエマさんから注釈入りの料理本を貰ったり、妖精メイドたちからみんなで描いたという紅魔館の絵を貰ったりしていると、最後にレミリアお嬢様と妹様が近付いて来た。

 

「咲夜、楽しんでいるかしら?」

 

「はい、とっても! 今年もパーティーを開いてくださってありがとうございます。」

 

「ふふ、そんなに気を遣っちゃダメだよ。今日は咲夜が主役なんだから。」

 

私の言葉に苦笑しながら、妹様がいつものように頭を撫でてくれる。それを目を細めて見ていたレミリアお嬢様が、細長い木箱を二つテーブルに置いた。

 

「プレゼント……って感じじゃないんだけどね。十一歳になったら貴女に渡そうって、みんなで話し合って決めてたのよ。開けてみなさい。」

 

言いながらお嬢様は、その顔に優しげな微笑みを浮かべている。いつもよりずっと大人っぽく見えるレミリアお嬢様に、ちょっと緊張しながら木箱を開けてみると……杖だ。それぞれの木箱に杖が収まっている。

 

私がそれを見つめていると、妹様が懐かしそうに語り始めた。

 

「そっちが咲夜のお母さんの杖だよ。それでこっちはお父さんの杖。ほら……手に取ってみて。」

 

私の……両親の杖? その言葉に従って、恐る恐るお母さんの杖を手に取ってみると……優しげな黄色い光が杖先から出てきて、私の周りでキラキラ舞い始めた。

 

不思議な感じだ。なんだかちょっと温かい気分になってくる。続いてお父さんの杖を手に取ってみれば、今度は青い羽毛がふわふわ出てきて私のことをくすぐってきた。深いブルーの羽毛。私の目の色にそっくりだ。

 

それを嬉しそうに見ている妹様の隣で、レミリアお嬢様が頷きながら口を開いた。

 

「もちろん貴女の杖は別に買いに行くけどね。それも持っておきなさい。魔法使いにとって杖はただの道具じゃないわ。自分の……そう、分身なのよ。ま、ダンブルドアの受け売りだけどね。」

 

「校長先生の?」

 

「そうよ。魔法使いが杖を信頼する限り、杖もまた魔法使いに忠義を尽くすの。……貴女の両親の遺志が、きっとその杖には宿っているわ。」

 

「お父さんとお母さんの……遺志。」

 

よく分からない、分からないが……この杖は確かに私にとって大事なものな気がする。握っているだけで、じんわりと温かなものが伝わってくるのだ。

 

レミリアお嬢様と妹様に見守られながら、咲夜はそっと二本の杖を握りしめるのだった。

 

 

─────

 

 

「見事なもんだわ。」

 

ハロウィンパーティーの当日、アリス・マーガトロイドは大広間の教員席で骸骨舞踏団に心からの拍手を送っていた。

 

舞台装置といい、場面転換の手法といい、なんともためになる演技だった。……よし、練習している人形劇に取り入れてみよう。別に誰かに見せる予定は無いが、いつか何かの役に立つかもしれないのだ。

 

心のメモ帳に書き込みながら、姿勢を正して生徒たちへと向き直る。この教員席に座ってみて分かったことだが……この場所は緊張するのだ。食事の時なんかは生徒たちに無作法を見せるわけにはいかないし、それに気を取られて味など分からなくなってしまう。そのせいで最近ではリーゼ様と私室で食事を取ることが増えてしまった。

 

他にも教師の苦労は盛りだくさんだ。減点した理由はきちんと記入しないといけないし、週一回の会議では問題のある生徒について話し合い、イベントがあればその設営を行う。全くもって……改めて教師たちを尊敬し直す気分だ。一年で辞めると言っておいて本当によかった。

 

骸骨舞踏団がお辞儀をしながら特設の舞台を下りていくのを見ていると、ダンブルドア先生が立ち上がって声を放つ。顔が綻んでいるところを見るに、ダンブルドア先生も彼らの演技を気に入ったようだ。

 

「素晴らしい! 実に見事な演技じゃった。わしも骨になったら試してみることにしよう。……それではお待ちかねの食事の時間じゃ。それ、たんと食べよ!」

 

ダンブルドア先生の言葉と共に、いつも以上に豪華な食事が出現する。うーむ、かぼちゃ率が非常に高いメニューだな。ハグリッドのかぼちゃ畑は豊作だったらしい。

 

かぼちゃパイを一切れ皿に乗せながらも、頭に浮かぶのは銀髪の小さな家族のことだ。そろそろ紅魔館の誕生日パーティーも始まった頃かな? 十一歳は魔法使いにとって大事な年齢だ。本当は向こうで一緒に祝いたかったが……仕事なのだから仕方がない。

 

コゼットとアレックスの杖はきちんと渡されただろうか? ……まあ、レミリアさんなら心配あるまい。受け取った咲夜の反応を想像していると、隣に座るマクゴナガルがグリフィンドールのテーブルを見ながら声をかけてきた。

 

「あら? バートリ女史はいるのに、ポッターたちがいませんね。何かご存知ですか? マーガトロイドさん。」

 

「ああ、ゴーストたちの……絶命日パーティー? とやらに出てるらしいわよ。リーゼ様から教えてもらったの。」

 

「それはまた……何だってそんなパーティーに参加したんでしょう? あの年頃であれば、こっちの方が遥かに楽しいでしょうに。」

 

「きっと今頃後悔してるわね。」

 

間違いないはずだ。ゴーストのパーティーなど参加したことはないが、連中が発酵物を好むのは知っている。それがテーブルに並べられたパーティー……うぇ、想像しないほうが良さそうだ。

 

嫌な想像を振り払っていると、マクゴナガルが思い出したように口を開く。

 

「そういえば、ヴェイユ先生のお孫さん……サクヤでしたか。あの子は今日で十一歳ですね。」

 

きちんと覚えていてくれたのか。なんとなく嬉しくなりながら、マクゴナガルに肯定の返事を返した。

 

「そうね、今頃レミリアさんたちが祝ってくれているはずよ。……テッサたちにも午前中に報告してきたわ。」

 

ロンドン郊外にある眺めの良い高台のお墓。昼に外出の許可を貰おうと校長室を訪ねたら、ダンブルドア先生は分かっていたかのようにポートキーを用意しておいてくれたのだ。本当にもう……あの人には敵わないな。

 

花、ワイン、それにお菓子。お供え物が沢山あった三つの墓を思い出していると、マクゴナガルがしんみりした様子で呟いた。

 

「きっと喜んでいますわ。ハロウィンの時期は色々と思い出してしまって……歳ですかね?」

 

「そんなこと言ったら私はどうなるのよ。それに……ダンブルドア先生やパチュリーを見てみなさい。人生の長さを実感できるわよ?」

 

そしてリーゼ様やレミリアさん、それより長生きの美鈴さん。あの辺を見ていると年齢の悩みなどバカバカしくなってくる。なにせ文字通り桁が違うのだ。

 

マクゴナガルはチラリとダンブルドア先生の方を見て、こちらに気付いてウィンクしてきた姿に苦笑しながら口を開いた。

 

「どうやら、まだまだ私などひよっこのようです。昔を懐かしむのはもうちょっと先の楽しみに取っておきましょう。」

 

「それが正解よ。とりあえずは……そうね、スリザリンのケーキに爆竹を投げ入れようとしている双子を止めるべきね。思い出話はそれからにしたほうが良さそうよ。」

 

「爆竹? ……ウィーズリー、やめなさい!」

 

コソコソと動いている赤毛の双子を指差しながら言ってやると、マクゴナガルは慌てて立ち上がってそちらへ向かっていった。やれやれ、今週の会議でもあの双子の名前が出るのは間違いなさそうだ。

 

───

 

ハロウィンパーティーが終わると、私はレイブンクローの生徒たちを寮へと引率することとなった。寮監であるフリットウィックがワインを飲みすぎてダウンしてしまったのだ。決闘はともかくとして、彼はお酒には弱いらしい。

 

しかしながら……こういう団体行動一つ取っても寮ごとの特徴が表れているもんだ。レイブンクローやスリザリンの生徒たちは黙って規則正しく整列しているし、ハッフルパフは上級生が率先して動いているのが分かる。そしてグリフィンドールは騒がしくお喋りしながらの行軍だ。

 

昔から疑問だったのだが、そもそも性格によって分けられているのだろうか? それとも、組み分けされた後に寮の特徴に染まってしまうのか?

 

組み分け帽子は素質を読み取ると言われているが、レイブンクローに入った者は『レイブンクローっぽく』なっていくし、他の寮もそれは同様だ。朱に交わればなんとやら、ってやつなのかもしれない。

 

脳内で益体も無いことを考えながら歩いていると……何だ? 突然大声が廊下に響き渡る。フィルチの声だ。

 

「私の猫が! ミセス・ノリス!」

 

悲鳴に近い叫び声だ。さすがのレイブンクロー生もざわつき始めたのを見て、先ずは監督生たちに声をかける。

 

「監督生は他の寮生たちを落ち着かせてくれる? そしたらこの場所で待機しているように。いいわね?」

 

「はい。任せてください。」

 

一際真面目なペネロピー・クリアウォーターが真っ先に返事を返してくるのを聞いてから、前を歩くスリザリン生たちを掻き分けて声の下へと進んでいくと……フィルチと、リーゼ様? ハリーやロン、ハーマイオニーも一緒だ。

 

「ちょっと、どうし──」

 

声をかけようとした瞬間、壁に書かれた真っ赤な文字が目に入ってきた。これは……なるほど。これも運命ってやつなのかもしれない。

 

思わず胸元のテッサの杖に手を当てながら、アリス・マーガトロイドはかつて起こった事件を思い出していた。

 

『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ。』

 

再び秘密の部屋は開かれたのだ。

 


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