Game of Vampire   作:のみみず@白月

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スネーク・ハロウィン

 

 

「ふん。」

 

アンネリーゼ・バートリは、舞台で踊る骸骨どもを見ながら鼻を鳴らしていた。つまらん。これならアリスの人形劇の方が良かっただろうに。

 

ハロウィンパーティーを記念して骸骨舞踏団とかいう人気の劇団の演技が行われたのだ。談話室で寮生たちが騒ぐもんだから見物に来てみたものの、期待外れにもほどがあるぞ。いや……待てよ? アリスが凄すぎるのかもしれない。さすがは私の身内だ。

 

思わずニヤけていると、隣に座っているロングボトムが話しかけてきた。

 

「凄いね、リーゼ。話に聞いてたよりもずっと派手だよ!」

 

「そうなのか? まあ……凄いんじゃないかな。」

 

話に聞いてたよりも派手? 箸が転んだ話でもされてたのか、こいつは。適当な返事を返しながらさっさと舞台から下りろと念じていると、ダンブルドアが立ち上がっていつもの『一言タイム』を始めた。要するに食事の時間だ。

 

「素晴らしい! 実に見事な演技じゃった。わしも骨になったら試してみることにしよう。……それではお待ちかねの食事の時間じゃ。それ、たんと食べよ!」

 

ダンブルドアの言葉と同時に出現した料理の中から、迷わずかぼちゃのプリンを選び取る。デザートから食べるのはちょっと無作法だが、グリフィンドールのテーブルではそんなことは誰も気にすまい。グリフィンドールの辞書にテーブルマナーなどという文字は載っていないのだ。

 

そういえば……紅魔館でもそろそろパーティーが始まった頃か。咲夜は私のプレゼントを喜んでくれているだろうか? ホグワーツに来て辛いことの一つは、彼女の誕生日パーティーに参加できないことだ。

 

教員席を見れば、アリスもマクゴナガルと話しながらちょっと切なそうな顔をしているのが見えてくる。もしかしたら彼女も咲夜のことを考えているのかもしれない。

 

……しかし、アリスの食事作法は見事だな。別に気を張るような場所じゃないし、恐らく無意識にやっているのだろう。教育が良かったようだ。もちろんパチュリーではなく、私の。

 

礼儀正しく食事を取るアリスを何とはなしに眺めていると、その隣のマクゴナガルが急に立ち上がって大声を上げた。ちょっとびっくりしたぞ。

 

「ウィーズリー、やめなさい!」

 

何事かと視線の先を見れば、ちょうど双子がスリザリンのテーブルへと何かを投げつけたところだった。おお、いいぞ。パーティーなんだから多少の派手さがないといけない。

 

テーブルの中央に置いてある大きなケーキへと吸い込まれていったそれは……数秒後に凄まじい音を立てて大爆破する。うん、まあ……想像よりも少し派手だったな。天井にまでケーキが飛び散ってるぞ。

 

「ウィーズリーとウィーズリー! 一体全体何を考えているのですか!」

 

残念ながらマクゴナガルにとっては『少し』ではなかったようで、結構な剣幕で双子を叱りつけている。

 

とはいえ、少数の一年生以外は誰も驚いてはいないようだ。双子がやったのだと分かると、みんな納得して食事へと戻っていく。……もちろんケーキ塗れになっているスリザリン生たちは別だろうが。

 

「身内の恥だ。」

 

見事に罰則と減点を食らった双子を見て、斜め向かいに座るパーシーが呟いた。ここにもウィーズリーだ。うじゃうじゃいるな。

 

「それは、彼らには言わないほうがいいね。きっと褒め言葉として受け取ってしまうよ。」

 

「そこが一番の問題点なんだよ。またママに手紙を書かないと。……もちろん何の効果も無いだろうけどね。」

 

肩を竦めて言い放つと、パーシーはうんざりしたように首を振る。この男のクソ真面目さと、双子の不真面目さを足して割ればちょうど良い塩梅になるだろうに。そうなればハイブリッドウィーズリーの爆誕だ。

 

ウィーズリー兄弟の性格について考えつつ、なんとなく赤毛の末妹を探してみるが……いないな。不参加か?

 

まあ、どうでもいいか。去年欠席のハーマイオニーはトロールに襲われていたが、今年はクィレル抜きのホグワーツなのだ。他の教師も後頭部に不愉快な顔がひっついていないことは確認済みだし、別に心配する必要などあるまい。

 

───

 

食事が終わった後はそれぞれの寮監に連れられて寮へと帰還することとなった。私も愛しいトランクの中へ帰ろうと、アリスの部屋に向かって歩き出そうとしたところで……なんだ? 微かにズルズルと何かを引き摺るような音が聞こえる。

 

「……聞こえるかい? これ。」

 

ちょうど隣で先程使用した爆竹について話していた双子のどっちかに話しかけるが、彼は怪訝そうな顔で問い返してきた。まあ、私でさえ微かに聞こえるだけなのだ。人間に聞き取るのは難しいかもしれない。

 

「ん? なにがだ? アンネリーゼ。」

 

「ああ、いや……なんでもない、勘違いだ。」

 

「おいおい、何処へ行くんだよ? また夜のお散歩か? だったら、ついでにフィルチの部屋にこれを投げ入れてきてくれよ。」

 

「んふふ、お断りだね。私はトイレ掃除の罰則を食らいたくはないのさ。」

 

導火線のついた謎の小箱を懐から取り出した……フレッド? まあ、とにかく双子のどっちかに拒否の返事を放ってから、音を辿って歩き出す。たまには好奇心に身を委ねたって誰も文句は言わないだろう。どうせ後は寝るだけなのだ。腹ごなしに謎の音を追ってみるとしよう。

 

集中して音を聞いてみると、どうも壁の方から聞こえてくる気がする。試しにコツコツと叩いてみるが……わからんな。この城を探検し尽くしたと豪語していたフランなら何か分かるだろうか?

 

それから少しの間だけ追えていたのだが、やがてズルズル音は上の方へと消えていった。さすがに天井をぶち抜いて追うわけにもいかないし、いくらなんでもそこまでの興味はない。諦めて再びアリスの部屋へと向かおうとすると……おや、いつもの三人が目に入ってきた。

 

「ハリー? ゴーストのパーティーは……ふむ、みんなで猫を処刑してたのかい? ロンのネズミでも食っちゃったのかな?」

 

何故か壁に吊るされた猫を前にして、ハリー、ハーマイオニー、ロンは呆然と突っ立っている。とりあえず小粋なジョークを投げかけたつもりなのだが、慌てて振り向いた三人は真っ青な顔で口々に反論してきた。本気にするなよ、まったく。

 

「違うよ! 絶命日パーティーの帰りで、大広間に料理が残ってるかと思って、それで──」

 

「僕たちが来た時にはもうこうなってたんだ。スキャバーズは関係ないし、僕らも関係ないぜ。」

 

「ハリーが変な声が聞こえるって言ったから、それを追ってたの。そしたら、ミセス・ノリスが……。」

 

ミセス・ノリス? ああ、ピニャータごっこをしているのはフィルチの猫か。それに……猫が吊るされている壁には、赤いペンキでデカデカと文字が書かれている。『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ』、ね。

 

そのクソったれの『部屋』とやらには聞き覚えがあるぞ。アリスを襲った馬鹿蛇の住処じゃないか。蛇は結局逃げおおせたままだし、あれは実にイラつく事件だった。

 

「落ち着きたまえよ。別に本気で疑ってやしないさ。」

 

三人に言葉を投げかけながら、猫に近付いて慎重に調べてみれば……ん? 死んでいるのではなく、石化してるのか。これも五十年前と同じだな。アリスもそうだったし、あの時は他にも数人の生徒が石化したはずだ。……いや、一人は死んだんだっけか?

 

何にせよ、あの時は成長途中だからこそ石化で済んでいたはずだ。バジリスクのことなんか知らんが、五十年経って未だ成長期ってことが有り得るだろうか? ……いやまあ、有り得ないとも言い切れんな。他ならぬ吸血鬼がそうなんだった。

 

猫を突っつきながら調べる私に、ロンが真っ青な顔で話しかけてくる。

 

「リーゼ、ここを離れたほうがいい。誰かに見つかったら厄介なことになるぞ。」

 

「大丈夫さ、ロン。それよりも……ふむ、水たまりはキミたちが来た時からあったのかい?」

 

手を引いてくる焦った表情のロンに聞いてみると、その隣のハーマイオニーが怪訝そうな顔で答えを口にした。彼女も早くこの場を離れたそうだ。

 

「あったけど、水たまりなんかがどうして気になるの? そんなことより早く──」

 

「私の猫が! ミセス・ノリス!」

 

ハーマイオニーの言葉の後半が、悲鳴のような叫び声にかき消される。おおっと、飼い主殿のご到着だ。喚き散らしながら駆け寄ってくるフィルチの後ろには、大広間から移動中らしいスリザリン生たちの姿もある。

 

「私の猫! どうしてこんな……貴様らか! ミセス・ノリスを殺したな!」

 

「違います! 僕たちはただ通りかかっただけです!」

 

「嘘を吐くな! おまえが、おまえたちが!」

 

激怒するフィルチは、凄まじい形相でこちらに詰め寄って来た。なんともまあ、今にも殴りかかってきそうな雰囲気ではないか。ハリーが慌てて弁明していると、近付いてきたスリザリンの集団からマルフォイが満面の笑みで飛び出してくる。何だ? 大好きな純血主義者でも見つけたのか?

 

「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はおまえの番だぞ、穢れ……。」

 

ハーマイオニーを指差して何かを高らかに宣言しようとしたところで、青白ちゃんは私の姿を見て慌てて引っ込んでいった。何がしたいんだ、こいつは。

 

首を傾げてマルフォイの引っ込んでいったスリザリンの集団を見ていると、今度は人混みを掻き分けて……アリスだ。杖を構えたアリスが前に出てくるのが見えてきた。

 

「ちょっと、どうし──」

 

アリスは私たちに声をかけようとするが、言葉の途中で壁の文字を見ながら呆然と黙り込んでしまう。恐らくかつての事件を思い出しているのだろう。私なんかよりもよっぽど思うところがあるはずだ。

 

ゆっくりと歩み寄って、手を握りながら声をかける。

 

「落ち着け、アリス。今は私もいるし、校長はダンブルドアだ。キミだってあの頃とは違うだろう?」

 

「……その通りです、リーゼ様。」

 

しっかりと頷いたアリスは、一度スリザリン生のほうへと寮に戻るように指示を出すと、フィルチの方へと説明に向かった。しかし……これもリドルが打った一手なのか? 去年の状態を考えるに、とてもじゃないがそんな余裕があるとは思えないぞ。

 

「フィルチ、落ち着きなさい。犯人はその子たちじゃないわ。」

 

「しかし、こいつらが立っていたのです! ここに! ミセス・ノリスの死体の前に!」

 

「秘密の部屋が開かれたのは二度目よ。そして、ミセス・ノリスをこんなことにした犯人は分かっているわ。その対処法もね。」

 

「対処法? でも、ミセス・ノリスは……。」

 

「安心しなさい、死んでないわ。石化しているだけよ。」

 

アリスの言葉を聞いたフィルチは、ペタリと地面に座り込んで大きく息を吐いた。生徒たちがどう思っているにせよ、あの男にとっては随分と大事な猫のようだ。

 

「あの、マーガトロイド先生、僕たちは通りかかっただけで……。」

 

「そっちも少し落ち着いて、ハリー。話は別の場所で聞くわ……大丈夫よ、状況を聞きたいだけだから。」

 

アリスの穏やかな言葉に安心したようで、ハリーたちも大人しく頷く。……私が言った時は焦ったままだったくせに。ううむ、子供の扱いはアリスのほうが上か。

 

そのまま猫を下ろすアリスのことを眺めていると、後ろからダンブルドア、マクゴナガル、スネイプの教師陣が小走りで近付いてくるのが見えてきた。やれやれ、ようやく話が進みそうだ。

 

───

 

「声が聞こえたんです。掠れるような声で、その……物騒なことを喋ってました。それで、気になって追いかけてみたら……。」

 

「あの現場へとたどり着いた、というわけじゃな? ふむ、実に興味深い話じゃ。」

 

現場から離れた私たちは空き教室でハリーたちの話を聞くことになった。ダンブルドアの言う通り、なんとも興味深い話だ。『声』か。

 

ハリーたちと私の他には、アリス、スネイプ、ダンブルドアがいる。マクゴナガルは生徒たちの引率と後片付けに、フィルチはポンフリーに連れられて猫を医務室へと運んで行った。あの校医は動物まで診れるらしい。

 

「でも、私たちには聞こえなかったんです。ハリーだけが気付いていました。」

 

「僕も……うん、聞こえませんでした。」

 

ちょっと不安げなハリーを横目にしながら、ハーマイオニーが義務感に燃える表情で説明し、ロンはハリーの方を窺いながらポツリと言う。つまり、ハリーにしか聞こえなかったということか?

 

黙考する教師たちの中で真っ先に口火を切ったのは、意外にもスネイプだった。

 

「ポッター、蛇と喋ったことはないか?」

 

「あります。昔、動物園でニシキヘビと話しました。」

 

返事を受けて、ハリー以外の全員が表情を変える。こいつ、パーセルマウスだったのか。私とアリス、ダンブルドアとスネイプは微かな驚愕を。そしてハーマイオニーとロンは明らかに驚いている表情だ。

 

パーセルマウス。蛇語を理解し、蛇と話せる魔法使いのことなのだが……うん、少なくともイギリス魔法界ではあまり良いイメージを持たれることはないだろう。なんたってサラザール・スリザリンの子孫にしか見られない特徴なのだから。

 

他にもゴームレイス・ゴーント、腐ったハーポ、そして言わずと知れたトム・リドルなど、使い手は名立たる闇の魔法使いに多い。生き残った男の子がパーセルマウスだというのは、なんとも意外な話なのだ。

 

私たちの驚きを前に、困惑したような表情のハリーが口を開く。恐らく何のことだか分かっていないのだろう。

 

「あの……僕、別に珍しいことじゃないと思ってたんですけど。」

 

「稀ではある。しかし、前例がないわけではない。詳しい話は……そうじゃな、寮に戻った後でハーマイオニーに聞くといいじゃろう。彼女なら見事に説明してくれるはずじゃ。」

 

安心させるように微笑んで言うダンブルドアは、続けて声についての考えを話し出した。

 

「秘密の部屋は昔も開かれたことがあるのじゃよ。そしてその主は……バジリスク、『毒蛇の王』なのじゃ。君が聞いたのはそやつの声に違いない。」

 

十中八九間違いないはずだ。そして部屋を開いたヤツもパーセルタングの可能性が高い。意思疎通が出来なければ馬鹿蛇の餌になってるはずだ。いやはや……蛇語を話せるヤツも案外珍しくないんじゃないか?

 

「バジリスク……ですか。」

 

「うむ。何にせよ、非常に有用な情報じゃった。お陰でわしらも確信を持てたよ。……それでは寮に戻ってお休み。セブルス、三人を送ってやってくれるかのう?」

 

「承知いたしました。」

 

スネイプが送ると聞いて嫌な顔を隠し切れない三人だったが、やおらハリーが私の方を見ながら口を開く。

 

「あの、リーゼは? そんなのがうろついてるなら、夜の散歩はやめるべきだよ。僕たちと一緒に談話室に戻ろう。」

 

おやおや、心配してくれているらしい。ハーマイオニーとロンもコクコク頷いている。思わず苦笑しながら、さっき考えておいた作り話を言葉に変えた。

 

「私の知り合いにこの件に対処できる人がいるのさ。心配してくれるのは嬉しいが、今日はその人に連絡してからアリスの部屋にでも泊まるよ。」

 

言うと、ハリーたちは安心したように頷く。十二歳の少年少女に心配されるとは……なんともこそばゆい感じだ。

 

「そっか。それじゃあ、気をつけてね、リーゼ。」

 

「ああ、キミたちも気をつけたまえ。」

 

スネイプに引きつられてドアから出て行くハリーたちを見ながら、ダンブルドアが満足そうに呟いた。

 

「素晴らしい友人を得たようですな、バートリ女史。」

 

「少々歳が離れ過ぎているがね。まあ……そうだな、その辺のボンクラよりかは見所があるよ。」

 

「ほっほっほ、年の差など些細な問題ですよ。……さて、それでは話し合いを始めましょうか。今宵は長い夜になりそうですな。」

 

真剣な表情に戻ったダンブルドアに、アリスと二人で頷く。ハロウィンってのは厄日に違いない。なんだってこう、面倒な事件ばかり起こるんだか。

 

これから始まる長い話し合いのことを考えながら、アンネリーゼ・バートリはもうちょっとちゃんと夕食を食べておけばよかったと今更ながらに後悔するのだった。

 


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