Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ホグワーツ魔法魔術ニワトリ小屋

 

 

「うるっさいわね。」

 

教員塔にある自室のベッドから起き上がりながら、アリス・マーガトロイドはイライラと呟いていた。

 

なんとも喧しい目覚めじゃないか。城中の鶏たちの鳴き声が石壁に反射して響き渡っている。今や巨大な鶏小屋となったホグワーツ城では、寝坊する生徒など一人もいまい。

 

これは別にねぼすけ対策なわけではなく、当然ながらバジリスクへの牽制だ。昨夜食用の鶏が何者かの手によって全滅させられているのを確認した私たちは、すぐさま各所から雄鶏を取り寄せたのである。

 

ちなみにパチュリーから鶏を呼び出す魔法も手紙で届いたのだが……複雑すぎてダンブルドア先生ですら使えなかった。パチュリーの作る呪文は難易度に対して効果がショボすぎるぞ。

 

起き上がって姿見で髪を整えていると、部屋に置かれているトランクからリーゼ様が出てきた。こちらも少しイラついた表情だ。

 

「おはよう、アリス。鶏どもは見事に仕事をしているらしいね。トランクの中にまで聞こえてきたよ。」

 

「おはようございます、リーゼ様。まあ……しばらくはこんな感じですね。バジリスクは私たち以上に苛々しているでしょうし。」

 

「そのままどっかへ行って欲しいもんだ。昨日はいい策だと思ったが……致命的な欠陥があったようだね。遠からず誰かが精神を病むぞ。」

 

確かに毎日こうだと思うとウンザリする。ノイローゼになって医務室に駆け込む生徒が出てきてもおかしくはないだろう。また一つ早期解決しないといけない理由が増えたようだ。

 

「今日はコーヒーにしますか? 思いっきり濃いやつに。」

 

「素晴らしい提案だ。頼むよ、アリス。」

 

ティーポットを取り出しながら聞いてみると、リーゼ様は苦笑しながら了承してきた。優雅に紅茶を飲む気分じゃなかったのは、どうやら彼女も同じだったらしい。

 

そうと決まれば人形を操ってコーヒーの準備だ。『コーヒーちゃん』は久々に動かすわけだが……よしよし、正常に動作しているな。この子は『紅茶ちゃん』との使用頻度に差があるのが申し訳ない。いっそ合体させて兼用にしてみようか?

 

脳内で次なる改良案について考えていると、部屋の隅に立て掛けられていた黒板に文字が浮かび上がった。教員用の連絡方法で、一つの黒板に書いた文字が全部の黒板に浮かび上がるのだ。

 

リーゼ様も黒板の変化に気付いたらしく、だらりと机に寝そべりながら読み上げ始める。

 

「んー? 重要な連絡があるので、朝食前に職員会議、ね。やる気満々じゃないか、ダンブルドアは。」

 

「バジリスクのことでしょうね。一応昨夜も連絡したらしいんですが……まあ、詳しい話をするんでしょう。」

 

「犯人探しのことも出るかもね。」

 

問題はそこだ。リドル本人である可能性は薄いというのが昨夜の結論だった。クィレルと引き離されてから数ヶ月しか経っていないのに、再び誰かの後頭部に取り憑いてバジリスクと蛇語でお喋りしているというのは考え難い。

 

だからといって生徒にそれが可能だとは思えないし、教師陣は昨年の反省から細かく調べてある。問題がありそうな人間はいないはずだ。

 

「やはりリドルの指示を受けた外部犯なんでしょうか?」

 

人形がコーヒーを淹れるのを見ながらリーゼ様に問いかけてみると、彼女は曖昧に頷きながら口を開いた。

 

「この城に侵入するのは難しいとは思うんだけどね……まあ、可能性が高いのはそれだろう。秘密の部屋とやらを開いた後、そのまま逃げ去ったのかもしれない。指示なしでも自由を得た馬鹿蛇が暴れるのは間違いないしね。」

 

「撹乱が目的ってことですか?」

 

「さぁね。あわよくばハリーを殺せると思ったのかもしれないし、単にこちらの目を逸らそうとしているのかもしれない。リドルの考えは突飛すぎて予想がつかないのさ。」

 

うんざりしたように首を振るリーゼ様は、なんとも疲れた表情だ。確かにリドルの行動を予測するのは難しい。トカゲ人間になって、死喰い人を大量に捨て駒にし、赤ん坊に殺されて、後頭部に憑依する。一つ一つに理由はあれど、全体で見ると意味不明だ。今度は蛇を使って無差別殺人か?

 

「迷惑極まりない話ですね。」

 

「まったくだ。ああ、理性的だったゲラートが懐かしいよ。ちょっとドジだったが、今思えばそれにも愛嬌があった。」

 

それは……さすがに美化しすぎじゃないか? グリンデルバルドに愛嬌? なんとも想像できない話だ。

 

ヨーロッパ大戦を懐かしむリーゼ様は、人形が差し出したコーヒーを飲みながら首を振った。

 

「まあ、とにかく方針を決めないといけないね。蛇狩りか犯人狩りか、もしくはその両方か。受身に回るのはもう御免だよ。」

 

「ダンブルドア先生なら生徒の安全を重視するでしょうし……バジリスクへの対応が優先されるはずです。あの蛇が死んで泣くのはハグリッドだけでしょうから。」

 

「そういえば……ハグリッドは大丈夫なのか? あの男は一応前回の事件の犯人扱いされているんだろう?」

 

それは……その通りだ。思わずコーヒーから口を離す。魔法省が横槍を入れてこないとも限らないのだ。対処の方法をダンブルドア先生と……待てよ?

 

「今回の事件を通じて、ハグリッドの名誉を回復できないでしょうか?」

 

「ふむ……まあ、今回部屋を開けたヤツを見つけ出せば不可能ではないかもだが、かなり難しいと思うよ。」

 

リーゼ様はテーブルへとカップを置いてから、真剣な表情で続きを話す。

 

「ハグリッドは前回も今回も、事件の起きたホグワーツに居たんだ。疑われるには充分な『実績』もあるしね。」

 

「それはまあ、そうですけど……もどかしいです。前回の犯人はリドルだって分かってるのに。」

 

「一応、ダンブルドアとレミリアあたりが魔法省に圧力をかければ不可能ではないだろうが……キミがやりたいのはそういうことじゃないんだろう?」

 

その通りだ。形式的なことじゃなくって、根本的な疑いを晴らしたいのだから。正道以外の解決法ではどこかにしこりが残るだろう。

 

「そうですね。それなら、実行犯を捕らえれば可能ですか?」

 

「そいつを尋問して、『ご主人様』の名前が出てくればね。ただまあ、厳しいんじゃないかな。未だにそいつがホグワーツをウロウロしているとは思えないしね。」

 

「それでも、可能性があるなら試してみたいです。テッサもあの事件のことはずっと気にしてましたし。」

 

五十年前の私たちに出来なかったことが、今の私には出来るのだ。今度こそ悔いの残らない結末にしたい。テッサの墓前に報告できるような結果に。

 

私の顔を見て、リーゼ様は柔らかく微笑みながら声をかけてくれる。

 

「そうか。それなら……うん、私もちょっとはやる気を出そうじゃないか。犯人が『部屋』とやらに立て籠もっている可能性だってあるんだしね。……バジリスクの餌になってなきゃいいが。」

 

「うーん、バジリスク自身に証言させるのは無理でしょうか? ハリーは意思疎通できるわけですし、ダンブルドア先生もパーセルタングは聞き取れなくもないって言ってましたよ?」

 

思いついた提案を言葉にしてみると、リーゼ様は引きつった顔で固まってしまった。結構いい提案だと思ったのだが……。

 

「キミはたまに物凄いことを考えるね……残念ながら、魔法省は蛇の証言を採用してくれるほど柔軟な組織じゃないと思うよ。そもそも、バジリスクが大人しく自白するかい?」

 

「目を潰して、拘束した後に吐かせればいいんですよ。ああでも……毒って効くんですかね? 真実薬とか、激痛薬とか。」

 

「あー……パチェの教育だな、これは。私は悪くないぞ。」

 

呆れたように呟くリーゼ様に首を傾げていると、彼女はちょっと微妙な表情でなんでもないと言ってくる。どうしたのだろうか?

 

まあいいか。……さて、今日も仕事が盛りだくさんだ。朝食は……ダンブルドア先生なら職員会議でサンドイッチくらいは用意してくれているだろうし、それで済ませるとしよう。

 

コーヒーの最後の一口を飲み干して、アリス・マーガトロイドの一日は始まるのだった。

 

 

─────

 

 

「恐らくだが……長い歴史の中でも、こんなに愉快なホグワーツは初めてだろうね。」

 

皮肉たっぷりに呟いてから、アンネリーゼ・バートリはローブを突っついてくる忌々しい鶏を蹴っ飛ばした。これで十二羽目だ。教室に到着するまでに何回蹴っ飛ばすことになるのやら。

 

事件から数日経った今のホグワーツは、正しく混沌の坩堝と化している。バジリスクのことを知らされた生徒たちは、どうやら勇敢にも『自己防衛』の手段を編み出したらしい。

 

殆ど真っ暗で何も見えないサングラスや、蛇避けに効果があるというお香。スニーコスコープに魔除けの鈴。他にも様々な防犯グッズが大流行りなのだ。

 

先日双子が持ってきた、蛇の嫌う音が出るオルゴールなんかは最悪だった。確かに蛇は嫌うかもしれないが、人間はもっと嫌うような音が爆音で鳴り響くという代物だ。あんな物が流行ったら耳がおかしくなるぞ。

 

「みんな勘違いしてるのよ。バジリスクにみかんエキスが効くだなんて! 頭がどうにかなりそうだわ!」

 

今朝ラベンダー・ブラウンにみかんエキスを吹きかけられたハーマイオニーはご立腹だ。ここまで柑橘系の香りが漂ってくる。

 

「ネビルはトレバーが食べられないかって心配してたよ。ほら、蛇はカエルを食うっていうだろ?」

 

「バカバカしいにもほどがあるね。バジリスクのサイズから考えれば、あのヒキガエルが百匹いても食い足りないだろうさ。」

 

ロンに返事を返していると、ようやく呪文学の教室に到着した。ちなみに鶏を蹴っ飛ばした回数は十八回だ。新記録樹立である。

 

いつも通りにハーマイオニーと一緒に席に座ると、彼女は教科書ではなく謎の分厚い本を取り出し始めた。本というかは……鈍器に近いな。辞書か?

 

「ハーマイオニー、とうとう辞書を持ち歩くことにしたのかい?」

 

「違うわよ! 『ホグワーツの歴史』を持ってきたの。秘密の部屋のことが書かれていないかと思って。」

 

「書かれてたら『秘密』じゃないと思うけどね。ただの部屋だよ。」

 

「バジリスクが住んでたら、少なくとも『ただの』部屋じゃなくなるわ。」

 

言葉遊びの間にも、彼女は物凄い勢いでページを捲っているが……。

 

「アリスに聞いた方が早いんじゃないか?」

 

「マーガトロイド先生に? どうして?」

 

「そりゃあ、前回部屋が開いた事件の当事者だからさ。」

 

そう言ってやると、ハーマイオニーは本から顔を上げてキョトンとした顔で口を開いた。あれ、話してなかったか?

 

「それは……そうなの? てっきり、前回開かれたのはもっと古い時代の話かと思ってたわ。知識として知っているんだとばかり……。」

 

「実体験だよ。ちなみにハグリッドも当事者だ。」

 

「歓迎会で聞いたから、分かってたつもりだったんだけど……マーガトロイド先生って物凄い年上なのね。今ようやく実感したわ。そういえばハグリッドは『先輩』って呼んでたっけ。」

 

まあ、確かにハグリッドと並べば同世代とは思えないだろう。ハーマイオニーが魔法界の不条理について一つ学んだところで、フリットウィックが大量のシャツが詰まったカゴを浮かせながら入室してきた。賭けてもいい、今日の授業はロクな呪文じゃないぞ。

 

「みなさん、揃っていますね? 今日は『畳ませ呪文』を練習します!」

 

そらきた。シャツすら普通に畳もうとしないのは魔法使いの悪いクセだ。どこのバカが作った呪文だか知らないが、そいつは恐ろしく面倒くさがりだったに違いない。

 

キーキー声で宣言したフリットウィックは、各ペアに一枚ずつシャツを配っていく。本を仕舞って杖を取り出したハーマイオニーはやる気満々だ。

 

「頑張りましょう、リーゼ。きっとこの呪文はテストに出るわよ。」

 

「ホグワーツはいつから主婦訓練校になったんだい?」

 

呪文の利便性の落差に苦悩しつつ、私もため息を吐きながら杖を取り出した。

 

───

 

「難しかったわ。シャツはなんとかなったけど、靴下の場合は完璧とはいかないかも。」

 

「ハーマイオニー、忘れているようだが、手を使えばいいんだ。その方が早い。」

 

呪文学の授業も終わり、再び四人で鶏だらけの廊下を歩き出す。そら、三羽目。蹴っ飛ばしても蹴っ飛ばしても学習しないところは、さすがの鳥頭っぷりだといえるだろう。

 

窓の外まで吹っ飛んでいった鶏を見ながら、沈んだ顔のロンが口を開く。

 

「僕はシャツすら無理だったよ。あの呪文、ママは凄いスピードで使うんだけどな……。」

 

「慣れじゃない? ロンの家の洗濯物は多そうだし。」

 

「そうかもね。そういえばパパがそれを解決するために、昔……濯洗機? を拾ってきたんだ。なんでか動かなかったけど。」

 

「洗濯機だよ、ロン。」

 

ハリーとロンの『マグル語講座』を聞きながら大広間へと向かっていると……出たな、カメラ小僧。ハリー・ポッターファンクラブの名誉会員、コリン・クリービーが廊下の向こうから走り寄ってくる。

 

「おやおや、専属カメラマンのご登場だ。キミのファンがサインを欲しがってるみたいだよ。」

 

「マルフォイみたいなことを言わないでくれよ、リーゼ。」

 

おっと、先を越されていたか。青白ちゃんもなかなかやるな。私が残念がっている間にも、かなり嫌そうな顔のハリーに笑顔のクリービーが話しかけた。

 

「こんにちは、ハリー。写真を撮ってもいいですか?」

 

「ダメ。あー……他に用はある?」

 

「えっと、ウッドさんが呼んでました。昼食の時に、いつもの空き教室で作戦会議をするって。」

 

「ウッドが? 分かったよ。えっと、ありがとう。」

 

一応とばかりに礼を言うハリーに、フラッシュを焚いたクリービーは満足気な笑顔で去っていく。こいつも鳥頭のようだ。……側から見てれば面白いな。当事者には絶対になりたくないが。

 

「そういうことだから、僕はウッドのとこに行ってくるよ。」

 

私たちに一声かけたハリーは、早歩きで二階へと上っていった。しかし……ウッドは『作戦会議』を何回やる気なんだ? 昨日も、一昨日も、その前も。最近ずっと作戦会議をしてるじゃないか。というか、今日の朝食の時もやってたはずだが。

 

ハーマイオニーも同じことを考えたようで、呆れた顔でポツリと呟く。

 

「今のホグワーツで一番バジリスクに興味がないのは、多分ウッドでしょうね。」

 

「間違いない。もっとも、バジリスクがいいプレイをするなら話は別だろうがね。あの男なら迷わずチームに勧誘するさ。」

 

「ウッドが喜びそうな話だ。きっと狂ったようにはしゃぎ回るぜ。『視線だけで相手のシーカーを殺せるぞ!』ってね。」

 

三人で苦笑しながら、再び大広間に向かって歩き出した。そろそろクィディッチのシーズンなのだ。ハリーが練習過多で死ななければいいが……。

 

忌々しい『棒切れ球遊び』のことを考えながら、アンネリーゼ・バートリは寄ってきた鶏を蹴っ飛ばすのだった。そら、四羽目。

 

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