Game of Vampire 作:のみみず@白月
「絶対におかしいぞ! フーチはなんで試合を止めないんだ!」
興奮して叫ぶロンを横目に、アンネリーゼ・バートリは観客席から黒い球に襲われているハリーを見つめていた。
ハロウィンから数週間が経ち、双子のオルゴールが売り切れた頃に、ようやくウッドが待ち望んだグリフィンドールの初戦が執り行われることとなったのだ。
私はいつものように暖かな談話室でのんびりしていようと思っていたのだが、願い叶わずロンとハーマイオニーに連れてこられてしまった。クソ寒い中クィディッチの観戦だなんて、バジリスクとお茶でもしてた方がマシだぞ。
とはいえ、グリフィンドール対スリザリンの試合は開始直後にまともな試合ではなくなったらしい。あの黒い球……ブラッジャーだったか? あれの片っぽがハリーだけを集中して狙い始めたのだ。
ブラッジャーに襲われ続けるハリーを見て、グリフィンドールの観客席は怒号に包まれている。あれが異常だってのは何となく理解できるのだが……私はルールが分からんので、いまいち状況を把握しきれていない。誰か説明してくれないかと周囲を見回すものの、全員が叫んでいてそれどころではなさそうだ。うーむ、参ったな。
ロンは元より、ハーマイオニーですら興奮して話にならないし、どこかに……おっと、ロングボトムが両目を覆って座り込んでいる。
「ロングボトム、解説して欲しいんだが、ブラッジャーがハリーを襲うのはおかしいのか?」
ロングボトムに近寄って声をかけてみると、びくりと震えた後で泣きそうな瞳をこちらに向けながら解説してくれた。
「うん、普通は無差別に襲いかかるんだけど、片方がハリーにしか突っ込んでいかないんだ。えっと……ハリーはまだ無事?」
「見事に避け続けてるよ。しかし……さすがに死ぬってことはないんだろう? 学生のスポーツなんだから。」
「わかんないけど、これは普通じゃないよ。僕、とてもじゃないけど観てられない。」
「ああ、助かったよ、ロングボトム。後は存分に暗闇を楽しむといい。」
チラリとハリーを見た後、再び両目を塞いだロングボトムに礼を言ってからハーマイオニーの横へと戻る。ひとしきり叫んだハーマイオニーは多少落ち着いてきたようで、息を荒げながらぺたんと椅子に座り込んでいた。
「敵チームの妨害かな?」
椅子に座りながら聞いてみれば、ハーマイオニーはふんすと鼻を鳴らしながら答えを返してくる。
「有り得ないわ。クィディッチのボールには強固な防護呪文がかかってるの。学生どころか大人にだって細工するのは難しいはずよ。」
「ふぅん?」
ハーマイオニーの返答を受けて、脳内で思考を回す。つまり、それなりに技量のある魔法使いなら不可能ではないわけだ。
とりあえず一番怪しいのは貴賓席に座っているルシウス・マルフォイだな。息子の初試合を見学に来たらしいが、どこまで本当なんだか。
とはいえ、ヤツにはスネイプが張り付いている。そもそもこんな大観客の前で行動を起こすとは思えないし……ふむ、分からん。
まるで去年の焼き増しだな。ハロウィンパーティーで事件が起こり、クィディッチの試合でハリーが死にかける。後はハグリッドがドラゴンを育てれば完璧だ。リドルにまた会えるかもしれない。
私がどうでもいいことを考えていると、フーチの笛が鳴り響いた。選手たちが地面に向かっているのを見るに、どうやら試合が一時中断されるようだ。
「無効試合だ!」
野次を飛ばしているロンの願いは……残念、叶わなかったらしい。何かを話し合った後で、再び赤いユニフォームの一団が空へと飛び立ったのが見える。
「ん?」
しかし……ふむ? 試合再開後のブラッジャーはどうも正常な動きに戻っているように見えるぞ。ハリーだけを集中して襲うことはしなくなった。
ハーマイオニーも怪訝に思ったようで、ロンが首から提げている双眼鏡を奪い取って観客席を見回し始める。
「ハーマイオニー? 何か気付いたのかい?」
「ちょっと待って……マーガトロイド先生だわ! きっと反対呪文を唱えてるのよ。」
教員席の方を見ながら言うハーマイオニーだが……そらみろ、スネイプ。素行が良ければこういう反応になるんだよ。
ハーマイオニーが指差す方へと目線を送ってみれば、確かにアリスがブラッジャーを見ながら何かを呟いているのが見えてきた。……しかし、どうも完璧に抵抗できているわけではないらしく、ブラッジャーは時折ハリーの方へと不自然に軌道を変えている。おいおい、アリスが苦戦するほどの魔法使いなのか?
たかがボールへの細工だと考えていたが、私が思っているよりもマズい状況のようだ。ここまでしてスリザリンを勝たせたいというのは考え難いし、ハリーを殺そうとしている可能性が大きくなってきたぞ。
周囲を見渡しながら、最悪の状況に備えて妖力を腕に集める。いざとなったらあの球を破壊する必要があるだろう。
「ハーマイオニー、去年のスネイプ……というかクィレルみたいに、不自然な動きをしてるやつはいないか? 観客席を探してみてくれ。」
「へ? ……うん、わかったわ!」
ハーマイオニーはいきなりやる気を出した私に困惑しているようだったが、気を取り直すと真剣な表情で双眼鏡を覗き始めた。その隣で話を聞いていたロンも慌てて身を乗り出しながら観客席を見渡し始める。
それを横目に先ずはルシウス・マルフォイを確認するが……やはり不自然な様子はない。隣のスネイプもそれとなく警戒しているようだし、あいつが犯人ではなさそうだ。
継続してアリスの反対呪文に抵抗しているということは、事前の細工ではないだろう。相手側も詠唱なり杖を振るなりしているはずなのだ。必ずどこかに……くそ、人が多すぎるぞ。
私がちょっと焦り始めたところで、遥か下を指差しながらロンが声を上げた。
「あそこ……何か居ないか? ハーマイオニー、双眼鏡で見てくれよ。」
ロンが指差しているのは高く聳え立つ観客席ではなく、フィールドから外れた物置の辺りだ。分解されて置いてあるスペアのゴールポストの陰に……しもべ妖精? 小さすぎて吸血鬼の視力でも判別は難しいが、恐らくしもべ妖精であろう姿が見える。
そういえば夏休みにハリーへの手紙を差し止めたのもしもべ妖精だったな。ふん、忙しなく両手を動かしている姿は、なんとも怪しさ満点じゃないか。疑わしきは罰せよ、だ。
「お手柄だ、ロン!」
言い放って観客席から飛び下りる。ロンは慌てて私のことを掴もうとし、ハーマイオニーは悲鳴を上げているが……おい、私が吸血鬼だってのを忘れてないか? 普通に飛べるんだからな?
目立たないように低空まで自由落下した後、フィールドには入らない軌道で一気に物置へと近付く。いやはや、真昼の空を飛ぶってのもいい気分だ。あの忌々しい太陽が空に有る限り、これは吸血鬼の中でも私だけに許された特権なのだから。
そのまま猛スピードで物置に近付き、勢いはそのままでしもべ妖精目がけて妖力弾を発射した。もちろん多少手加減はしている。死にはしないはずだ。
しもべ妖精がこちらに気付いて驚愕の表情……たぶん驚愕だと思われる表情を浮かべるが、もう遅い。この距離では間に合うまい。
獲ったな。思わずニヤリと笑って勝利を確信した瞬間、しもべ妖精の姿が……消えた?
「は?」
おいおい、どういうことだ? ホグワーツでは姿くらましは出来ないはずだぞ。城から離れているとはいえ、ここは妨害魔法の範囲内じゃなかったのか?
透明になったのかと思って気配を探るが……うん、いないな。魔力、妖力、気。どの探知にも反応しない。逃げられた? いやいや、まさか……嘘だろ?
まさかとは思うが、しもべ妖精は普通に姿くらまし出来たりするのだろうか。だったら能力で姿を消しての不意打ちを選択したんだが……ダメだ、分からん。後でアリスにでも聞く必要がありそうだ。なんたって、しもべ妖精の生態など今まで気にしたこともなかったのだから。
呆然と突っ立っていると、競技場の方から歓声が聞こえてきた。グリフィンドールの観客席が横断幕を振りまくっているのを見るに、どうやらハリーがスニッチを取ったようだ。
虚しい気分で歓声を耳にしつつも、アンネリーゼ・バートリはもうちょっと他種族のことを勉強しておけばよかったと今更ながらに後悔するのだった。
─────
「ご苦労じゃった、アリス。」
ホグワーツの校長室でダンブルドア先生の言葉を聞きながら、アリス・マーガトロイドはちょっと悔しそうに頷いていた。
不覚だ。人間のそれとは違った複雑な魔法に、上手く抵抗し切れなかった。魔女としてはかなり悔しい経験だ。……これがパチュリーだったら片手間にでもやってのけただろう。口惜しいが、私もまだまだ修行不足ということか。
クィディッチの終了後、校長室で事件についての話し合いを設けることになったのだ。部屋には私、マクゴナガル、リーゼ様、そして勿論ダンブルドア先生が居る。ちなみにスネイプはルシウス・マルフォイへの対応を継続中だ。どっちも元死喰い人だし、さぞ話が合うことだろう。
「それでは、屋敷しもべ妖精がポッターを殺そうとしていたと? それはまた……信じ難い話です。」
「残念ながら事実だよ。それにしても……下手を打ったな。まさか連中は姿くらましが出来るとは思わなかった。」
マクゴナガルに返事を返したリーゼ様は、なんとも悔しそうな表情をしている。まあ、あまり知られていない情報だし、ハリーを救うことが出来たのだから気にしなくていいと思うのだが……。
「そう気を落とさないでください、バートリ女史。貴女の素早い対応があったからこそ、ハリーは危険から逃れることができたのですぞ。」
「その通りです、リーゼ様。正直ちょっと劣勢でしたし、あのまま鍔迫り合いをしてたら厳しかったかもしれないんですから。」
ダンブルドア先生と一緒に投げかけた言葉も、どうやらリーゼ様には届かなかったようだ。大きくため息を吐きながら首を振っている。
「単なる知識不足ってのが情けないのさ。どうやら私は、もう少し他種族に興味を持つ必要があるらしいね。来年は飼育学でも取ってみるか?」
しもべ妖精って『飼育』してるもんなのか? ちょっとズレている言葉に曖昧な笑みを返してから、ティーカップを弄りつつ口を開く。
「えーっと……とにかく、しもべ妖精の侵入を防ぐのが至難の業なのはハッキリしましたけど、それならちょっと妙じゃないですか? 仮にハリーのことを殺したいなら、ブラッジャーなんか使わずに、寮の寝室で寝首を掻いた方が早いはずです。」
少なくとも衆人環視の状況で殺人ブラッジャーを嗾けるよりかはマシなはずだ。寝室に姿あらわしでもしてナイフで一突きすればそれで終わりなのだから。
私の言葉を聞いていきなり立ち上がったマクゴナガルが、今にも走り出しそうな様子で声を上げた。
「ポッターが危険です!」
「落ち着くのじゃ、ミネルバ。今はホグワーツのしもべ妖精たちを見張りに立てておる。目には目を、というわけじゃよ。」
しもべ妖精にはしもべ妖精を、か。確かに良い手段に思える。数からいっても圧倒的だろうし、しもべ妖精の魔法を一番知っているのは彼ら自身だろう。マクゴナガルも落ち着いたようで、小さく頷くとぽすんとソファに座り込んだ。
今度はそれを苦笑して見ていたリーゼ様が、真剣な表情に変わって口を開く。
「問題は、二つの事件が繋がっているか否かだ。秘密の部屋としもべ妖精……あー、一応聞いておくが、しもべ妖精は蛇と喋れないだろう?」
「ほっほっほ、そんな話は聞いたことがありませんな。しかし、部屋を開くだけなら可能かもしれません。その可能性は考えておいたほうが良いでしょう。」
リドルに従うしもべ妖精か。もしそうだとすれば、正直そこらの死喰い人よりもよっぽど厄介な相手だ。そういえば……前回の戦争ではしもべ妖精と戦った記憶はないな。死喰い人には名家が多かったし、やつらの軍勢の中にいてもおかしくないと思うのだが。
疑問を言葉に変えて、ダンブルドア先生へと放ってみる。
「そういえば、どうして前回の戦争では姿を見なかったんでしょうか? 争いを好まない種族だというのは知ってますけど……命令されればその限りではないのでは?」
「しもべ妖精は謎多き種族じゃが、一つだけ確かに言えることがある。彼らは……そう、基本的には善なる者たちなのじゃよ。無論例外もあるが、人間を傷つけることを命じても、撤回を請うことでそれに抵抗するのじゃ。そして撤回されない時は、自らの命を投げ打つことで主人を諌める。まさに献身を体現した種族じゃのう。」
なんとも悲しい話だ。そして同時に、不思議な話でもある。どうして彼らはそこまでして人間に仕えるのだろうか?
ちょっとだけしんみりした感じになった部屋の雰囲気を、リーゼ様の言葉が吹き飛ばした。
「お忘れのようだがな、ダンブルドア。その『献身的な』しもべ妖精がハリーを殺そうとしたんだぞ。彼らが優秀で忠実な使用人であることは重々承知しているが、それ故に油断するべきじゃないと思うよ。命じられれば喜んで悪事を行うしもべもいるのさ。」
そういえば、ロワーさんはグリンデルバルドの手伝いをしてたんだったな。うーん……彼がヨーロッパでやったことを考えるに、リーゼ様の言葉にも一理ありそうだ。種族単位で考えると痛い目を見るのは、どこの世界でも同じらしい。
「まあ、その通りですが……わしにはどうも疑問が残りますな。話を聞く限り、恐らく夏休みにダーズリー家に現れたしもべ妖精と同一の個体でしょう。そうだとすれば、夏休みには手紙を盗んでホグワーツに行かせまいとし、今回は粗暴な手段でハリーを傷つけようとした。先ほどのアリスの疑問も踏まえれば、どうにも行動に一貫性がないように思えます。」
「ふむ……確かにそうだな。そういえば、駅のホームを閉じたのもしもべ妖精だったのかもね。」
リーゼ様はそう言って少し考え込んだ後、首を振りながら結論を口にした。あれは面倒くさくなった時の表情だ。私にはわかる。
「とにかく、さっさと取っ捕まえれば済む話だ。そしたら拷問でもして吐かせればいい。まさか嫌とは言うまいな? ダンブルドア。」
「好ましい提案だとは言えませんのう。」
「ふん、去年の反省を活かすべきだと思うのは私だけか? 手緩い手段を取ってると、どこかでしっぺ返しがくるぞ?」
にこやかな表情を崩さないダンブルドア先生と冷ややかな表情のリーゼ様が睨み合うが……マクゴナガルが慌てて間に口を出した。ちょっと慣れた対応を見るに、どうも何回か同じようなことがあったらしい。
「お二人とも、落ち着いてください。先ずは『部屋』とバジリスクの件が優先でしょう? ポッターの護衛はホグワーツのしもべ妖精たちに任せて、我々はそちらに当たるべきです。」
「その通りじゃ、ミネルバ。」
「ま、そうだね。馬鹿蛇をどうにかしないと、鶏どもが鬱陶しくて仕方がない。」
マクゴナガルのもっともな言葉で二人は睨み合いを解いて、それぞれに返事を返した。確かに優先すべきはバジリスクだ。あの忌々しい大蛇は、未だに私たちに尻尾を掴ませてくれないのだから。
恐らくバジリスクのことを考えているのだろう。沈黙が舞い降りた室内だったが、リーゼ様の声でそれが破られる。
「んふふ、なんで気付かなかったんだろうね? 身内に隠し部屋の専門家がいるじゃないか。」
「専門家、ですか?」
ニヤリと言い放ったリーゼ様に、マクゴナガルが疑問顔で問いかけた。専門家? そんなの……ああ、なるほど。脳裏に浮かぶ金髪の吸血鬼が、私にクスリと微笑んだ。
「フランですか。」
「その通り。あの子は七年間の夜の散歩で、城を隅々まで探索したと言っていた。少なくともそこらの教師よりはよっぽど詳しいだろうさ。」
私の言葉に同意したリーゼ様に、今度はダンブルドア先生が苦笑しながら声をかける。
「なるほど、妙案ですな。あの子の……あの子たちの好奇心は底なしでしたから、間違いなくあらゆる場所を調べ尽くしたことでしょう。」
「あの五人組は神出鬼没でしたからね……確かに私たちが知らない場所を知っているはずです。」
頷くマクゴナガルも苦笑している。ほんの少しだけ寂しそうな顔を見るに、ジェームズたちのことを思い出しているのだろう。
全員が同意したのを確認すると、リーゼ様は大仰に手を広げながら、ちょっと戯けて口を開いた。
「それじゃあ、我らが偉大なる悪戯娘に教えを請うとしようじゃないか。手土産にお菓子でも持って、ね。」
紅魔館の地下室で微笑むフランのことを考えながら、アリス・マーガトロイドは肯定の頷きを放つのだった。