Game of Vampire 作:のみみず@白月
「やったぜ、いい気味だ!」
ロンが嬉しそうに歓声を上げるのを尻目に、アンネリーゼ・バートリは小さなため息を吐いていた。アリスとスネイプの決闘はイマイチな終わりを迎えたのだ。
二人とも明らかに手加減をしていた。まあ……そりゃあ、よく考えれば本気で闘うはずないか。爆破呪文どころか失神呪文も無しだったし、お互い制限された中での決闘だったのだろう。
とはいえ、生徒たちは顔を輝かせてヒソヒソと決闘の内容について話している。この年頃の子たちにとっては、充分に見応えのある決闘だったらしい。
「お見事! さあ、皆さんも素晴らしい模擬戦を見せてくれた二人に拍手を!」
キーキー声で拍手を促すフリットウィックを尻目に、隣で手帳にペンを走らせているハーマイオニーに話しかける。チラリと見れば、使われた呪文を書き込んでいるようだ。あんなマイナーな呪文を勉強しても役に立たんぞ。
「それじゃ、私は見学組の方に行ってくるよ。」
「あー、私もそうするわ。ハリーとロンは……参加するみたいね。」
「そのようだね。やる気満々じゃないか。」
ロンは興奮して拍手しているし、ハリーは後ろ手に腕縛りを受けたスネイプを心底嬉しそうに見つめている。今のハリーなら喜んでクリービーの写真にサインするだろう。なんたって、彼はスネイプの姿を激写していたのだから。
ハーマイオニーと一緒に端っこの椅子に座りながら、フリットウィックの解説をメモする彼女に話しかける。
「でも、参加しなくてよかったのかい? キミはこういうのが好きだと思ってたんだが。」
「私って運動は……うん、ちょっとだけ苦手なのよ。最初は見学してみて、大丈夫そうなら参加するわ。」
運動とはちょっと違うように思うが……まあ、反射神経が必要なのは確かだろう。ふむ、そう考えればハリーは結構活躍できるかもしれないな。クィディッチの試合を見る限りでは、彼の反射神経はずば抜けているのだ。
「……では、四人組になってください! 二人が試合を、二人が審判を交代交代で行います。それと、危険な呪文は使わないように! 『本気で』決闘をしたい者は私に申請しなさい。教師の監督の下、中央の舞台で行なってもらいます!」
解説を終えたフリットウィックの声で、生徒たちがそれぞれグループを組み始めた。こういうことをすると……ほらみろ、ルーナが一人ぼっちで恨めしそうにフリットウィックを睨んでいる。
まったく、何年教師をやってるんだ。思わず頭を押さえながら、隣のハーマイオニーに向かって口を開いた。
「すまないが、ルーナに助け船を出すのを手伝ってくれないか? あと一人……ロングボトムがいいな。この面子なら気楽にやれるだろう?」
「ルーナに? ……まあ、身内だけなら構わないわ。それなら多少失敗しても恥ずかしくないしね。」
チラリとルーナの方を見て状況を把握したらしいハーマイオニーは、苦笑しながら了解の返事を返してくれる。それに軽く礼を言ってから、ぽつんと立っているルーナとオドオドとウロつくロングボトムに向かって声を放った。
「ルーナ、ロングボトム! こっちだ!」
ちょっとだけ嬉しそうに近付いてきた二人に対して、空いているスペースを指差しながら口を開く。
「あの辺りでやろうか。……大丈夫だ、ロングボトム。別に本気でやろうってんじゃないさ。お試しだよ。」
心配そうなロングボトムに言ってやってから歩き出すと、後ろから素っ頓狂な自己紹介が聞こえてきた。
「うん、それなら安心だ。えっと……僕、ネビル・ロングボトム。よろしく。」
「ルーナ・ラブグッドだよ。ネビルはラスティットを知ってる?」
「ラス……?」
「ラスティット。すっごい大きな動物で、触手を使って決闘をしてる魔法使いをくすぐってくるんだよ。それで呪文を唱えられなくなって、死んじゃった魔法使いが沢山いるんだ。」
なんだそりゃ? ルーナが正体不明の極悪生物の説明を終えたあたりで、空いているスペースにたどり着く。さて、誰からやるんだ? 目線で問うてみると、ハーマイオニーが肩を竦めながら口を開いた。
「最初は私とリーゼでやりましょうか。えっと……手加減してよ?」
「それなら適当にルールを決めようか。そうだな……軽めの衝撃呪文と盾の呪文だけでやるってのはどうだい?」
怪我なし意味なし危険なしの決闘ごっこだ。……そこまでいくと何のためにやるのかさっぱりだが。とはいえ安全性を買われたらしく、ハーマイオニーとロングボトムは大賛成という具合に頷いている。
残ったルーナに目線を送ってみると、彼女は困ったように首を傾げながらポツリと呟いた。
「ン、私、まだあんまり呪文を使えないんだ。盾の呪文は使えないや。」
「おっと、そうだった。キミは一年生だったね。それなら……いや、問題ないか。ロングボトムも使えないだろう?」
「あー、うん。」
情けなさそうに答えるロングボトムも、盾の呪文なんか使えないはずだ。でなきゃアリスはあんなに苦労していない。
「それなら大丈夫。衝撃呪文は使えるもん。」
ふんすと鼻を鳴らして言うルーナに苦笑してから、ハーマイオニーに向き直って杖を構える。そのまま合図を待とうと思ったら、彼女は杖を眼前に立ててこちらを促してきた。……おいおい、そこからやるのか。
杓子定規な友人に内心で呆れながらも、仕方なく付き合って一通りの作法をこなす。まあ、こういう儀礼的な感じは嫌いじゃない。演劇の役者になったようで気分が良いのだ。
距離を取って再び杖を構えたところで、ロングボトムが合図の言葉を放った。
「はじっ、始め!」
うーん、締まらないな。私がロングボトムに呆れた視線を注いでる間にも、ハーマイオニーが呪文を撃ち込んでくる。
「フリペンド!」
「おっと。」
「フリペンド、フリペンド! ……フリペンド! 避けないでよ、リーゼ!」
ひょいひょいと避けていると、ハーマイオニーがぷんすか怒りながら文句を言い放ってきた。
そんなことを言われても、身体が勝手に動いてしまうのだ。夏休みにやっていたレミリアとの弾幕ごっこの後遺症かもしれない。
「いやぁ、勝手に避けてしまうんだよ。」
「フリペンド! ……もう! おちょくられてる気分だわ! フリペンド!」
「いやいや、そんな気は無いよ。えーっと……プロテゴ。」
大人の魔法使いなら有言呪文の合間に倍以上の無言呪文が飛んでくるが、残念ながらハーマイオニーはピッカピカの二年生だ。言葉の分しか呪文が飛んでこない以上、弾幕に比べればあまりにも避けやすい。
そのままちょっとだけ練習に付き合った後、適当な頃合いで弱めの衝撃呪文を撃ち込んだ。
「プロテゴ……フリペンド。」
「プロ、あう。」
盾の呪文が間に合わず、可愛らしい声を上げて尻もちをついたハーマイオニーは、こちらを恨めしそうに見ながら口を開いた。
「……やっぱり私には向いてないわ。」
「まだ一回目じゃないか。ほら、立ってロングボトムたちと交代だ。」
苦笑いで手を差し伸べると、不承不承という表情で私の手を取ってくれる。どうも失敗してしまったらしいが……ちょっとわざとらしすぎたか? とはいえ、まさか本気でやり合うわけにもいくまい。なんとも力加減が難しいもんだ。
───
数回交代しながら決闘ごっこを終わらせたところで、中央のステージから声が上がるのが聞こえてきた。何度目かの『本気の』決闘が行われるらしい。
私やハーマイオニーどころかルーナにまで負け越して自信喪失中のロングボトムが、そちらを見ながら驚いたように声を上げる。
「ハリー?」
何? 思わず私も目線を送ると……おいおい、何をしているんだ、ハリー・ポッター。彼は何故か舞台に上がって、スネイプから耳打ちされているマルフォイと睨み合っている。
「本当。何がどうなってああなったのかしら?」
「どうせロンかマルフォイのどっちかが喧嘩を吹っかけたんだろうさ。ハリーが舞台に立つ理由は知らんがね。」
目を見開くハーマイオニーに答えてから、練習を中断して舞台へと近寄る。中央の舞台ではこれまで数度の試合があったが、どれも『本気で』やってるにしては少々お粗末な内容だった。
理想と現実の乖離を受けて、生徒たちはあの舞台を敬遠し始めたところだったのだが……新たなチャレンジャーが現れたせいで、半分ほどの生徒が練習をやめて舞台へ視線を注いでいる。
進んで晒し者になるとは、なんとも特殊な嗜好をもってるな。呆れた目線をハリーに注いでいると、私とハーマイオニーの間からひょっこりルーナが顔を出した。
「ハリー・ポッターだ。強いの?」
「どうかな。少なくとも盾の呪文はまともに使えないよ。」
同世代では呪文の扱いが上手い方だが、飛び抜けて優秀というわけでもない。私が見る限りではマルフォイよりは上だと思うが……スネイプのヒソヒソ話が気になるな。
ハーマイオニーも同じことを考えていたらしく、マルフォイの方を嫌そうに見ながら話し始めた。
「どうせスネイプが入れ知恵してるに違いないわ。卑怯よ。」
そしてハリーも心配そうにそれを見るが、残念ながらフリットウィックは審判の位置について能天気そうに笑っているし、アリスは向こうで他の生徒を指導している。生き残った男の子は孤軍の憂き目に立たされたらしい。
まあ、スネイプが何の呪文を教え込んでいるかは知らないが、死の呪文やら磔の呪文でないことは確かだ。放つのがマルフォイな以上、そうそう酷いことにはならないだろう。
早くもロングボトムが顔を覆い始めたあたりで、ようやく二人の決闘が始まった。作法をこなした後、距離を取って向かい合う。
「はじ──」
「
フリットウィックが合図を言い終わる前に、フライング気味に呪いを放つマルフォイだったが……おや、ハリーは見事にそれを避けて杖を振った。今のは当たったと思ったのだが。やっぱり反射神経がいいな。
「
「プロ、くそっ、デパルソ!」
防ぎ損ねたハリーの呪文をギリギリで避けたマルフォイだったが、ちょっと無理な体勢のままで次なる呪文を放った。
それを倒れ込むように避けたハリーが呪文を放つのと同時に、マルフォイも思いっきり杖を振る。
「
「
交差した呪文は同時に両者に激突して……うーん、お粗末。ハリーは杖も振れないほどの勢いでダンスを踊っているし、マルフォイは息も絶え絶えに笑い転げている。喜劇ならいい線をいっているが、『本気の』決闘としてはお粗末にすぎるな。
どうやらハリーの鼻にできものが出来るのを楽しみにしていたらしいスネイプは、かなり残念そうにため息を吐いている。それを呆れ果てた視線で見つめていると、隣のハーマイオニーが微妙な表情で声を上げた。
「まあ、こんなもんよね。」
「その通り、こんなもんさ。それじゃ、練習に戻ろうか。」
首を振りながら返事を返すと、ハーマイオニーは小さくため息を吐きながら頷いた。彼女にとっても拍子抜けの勝負だったらしい。
「もう終わった? ハリーは生きてる?」
「ンー、生きてるけど、ダンスのセンスはないみたい。ボウトラックルの求愛みたいなダンスだもん。」
ロングボトムとルーナの気の抜けるようなやり取りを尻目に、アンネリーゼ・バートリは再び意味なし決闘のために杖を振り上げるのだった。
─────
「──からも分かるように、熟練の魔法使いに対してはこの呪文は意味を成さないわ。要するに、沈黙呪文を放っている暇があるなら攻撃しろってことね。」
無言呪文による沈黙呪文への対処法を話しながら、アリス・マーガトロイドは黒板を叩いていた。
先日の決闘クラブ以来、生徒たちの真剣さが増している気がする。なんか負けたような気がして情けないが、とにかくフリットウィックの発案は成功を収めたようだ。
まあ、そもそも六年生の授業だけあって、さすがにお喋りをするような生徒は一人もいない。一年生の授業とは大違いだ。……あれはあれで可愛らしいが。
「次に、教科書の百十二ページを開いて頂戴。ここには数少ない沈黙呪文を有効に使った記録が載っているわ。ゲラート・グリンデルバルドが周囲を丸ごと沈黙させた例ね。」
黒板に『有言呪文』とデカデカと書いてから、それに大きくバッテンを加える。
「スイスの闇祓いたちに囲まれた彼は、自分以外の全てを沈黙させることで有言呪文を封じたの。お陰でグリンデルバルドの強力な呪文に対抗しきれなくなった闇祓いたちは、結局彼を取り逃がすことになったわ。」
私でもビックリするような使い方だ。ダンブルドア先生といい、グリンデルバルドといい、頭一つ抜けた魔法使いというのは呪文の使い方が非常に上手い。こちらが想定しない使い方をしてくるのだ。
内心ちょっとだけ感心しつつも、説明を続けるために口を開く。
「当然ながら非常に稀な例よ。そもそも空間全体に沈黙呪文をかけるのは至難の業だし、多数に囲まれた状況ではこれをやっても普通は戦えないわ。基本的には沈黙呪文は役に立たないと思っておいて頂戴ね。」
そこまで話したところで、授業終了のベルが鳴った。学校っぽいかなと思って取り付けてみたのだが……うん、結構便利だ。マクゴナガルにも教えてあげようかな。
そわそわし始めた生徒たちに苦笑しつつ、授業を終わらせるために声を上げる。
「それじゃ、今日はここまで。それと、次の授業までに盾の無言呪文を練習しておくこと! テストするからね。」
ちょっとだけ嫌そうに了承の返事を上げた生徒たちは、ゾロゾロと教室から出て行く。それを尻目に授業の後片付けをしていると、グリフィンドールの生徒が質問してきた。
「マーガトロイド先生、習得する無言呪文について、おすすめを聞きたいんですが……。」
パーシーだ。どちらかといえば努力タイプの彼は、授業の終わりには必ず質問をしてくる。次の授業ではきっちりアドバイスを活かしているあたり、かなりの努力をしているらしい。
モリーの教育に拍手を送りつつ、質問に答えるために口を開いた。
「そうね……盾、失神、妨害あたりは定番よ。それ以外は進路によって変わってくるわね。」
「一応、魔法省に就職希望です。細かい部署は決めてませんけど……。」
「それなら腕縛り、武装解除あたりは喜ばれるわよ。他には無言呪文だと厳しいかもだけど、守護霊と開心術、忘却術あたりが使えれば引く手数多ね。どの部署だって迎え入れてくれるわ。」
防衛術の範囲内ではこんなところだろう。最後の三つは無言呪文どころか習得すら厳しいだろうが、パーシーなら卒業までに一つか二つは習得できるかもしれない。
私の返答に満足したようで、パーシーは笑顔でお礼を言ってきた。
「はい、その辺を集中的に練習してみます。ありがとうございました。」
「どういたしまして。……そういえば、ジニーに変わった様子はないかしら? 最近ちょっと元気がないように見えるのだけど。」
思い出した疑問を放ってみると、パーシーの顔が少しだけ曇る。どうやら彼にも思い当たる節があるようだ。
「僕も少し気になってまして……一応聞いてはみたんですが、話してくれないんです。」
「そう……。私も気にかけてみるから、注意して見てあげてね。慣れない生活で疲れてるのかもしれないわ。」
「勿論です。わざわざすみません、マーガトロイド先生。」
恐縮したようにお礼を言ってくるパーシーだが、このくらいは当然のことだ。別に贔屓しようってんじゃないし、教師の仕事の範疇だろう。
「知らない仲じゃないんだし、当然のことよ。気にしないで頂戴。」
もう一度お礼を言ってから出て行くパーシーの後ろ姿を見送りながら、赤毛の少女について考える。
ホグワーツでの新しい生活に戸惑う一年生は結構多い。特にこの時期は家が恋しくなる生徒が多く出てくる時期なのだ。もしかするとジニーもそのクチなのかもしれない。
もうすぐクリスマス休暇だし、そこで元気を取り戻してくれれば良いのだが……。
心のメモ帳にジニーへのクリスマスプレゼントを探すことを書き込みつつ、杖を振って午後の授業の準備をしておく。午後の最初は四年生の実技テストだ。いくつかクッションを用意しておかないと、また失神した後に頭を打つ生徒が出てしまう。
十数分かけて準備を終わらせた後で、ようやく昼食を取るために私室へと向かって歩き出した。マズいな、リーゼ様を待たせているかもしれない。
自然と早足になって廊下を歩いていると……あれは? 曲がり角に赤いシミが見えてきた。また双子がトマト爆弾でも使ったか?
先日二階の階段で爆発した時は酷い有様だったのだ。本人たちはバジリスク対策だと主張していたが、バジリスクとトマトの関係性は誰一人として見出せなかった。
呆れて近付いたところで……違う、血だ。すぐさま杖を取り出しながら、常に携帯している人形二体を先行させる。
「上海、蓬莱!」
名前を呼びながら魔力の糸で命令を伝えると、二体の人形は警戒しながら曲がり角の先を確認して……よし、安全だ。両手で大きな丸を作っている。
二体に周囲を警戒させながら急いで生徒へと近付くと……パーシー! 話したばかりの赤毛の青年が、血塗れになって倒れている。ゾワリと背筋を走る悪寒に耐えながら、胸に走る大きな傷跡へと杖を当てた。
「エピスキー!」
急いで応急処置をするが……くそ、一向に傷が塞がる様子はない。だったらこれだ。懐からパチュリー印の傷薬を取り出して、彼の傷口へと慎重に振りかける。
一滴、二滴……よし、いいぞ。みるみるうちに塞がる傷を見て安堵の息を漏らしつつ、急いで医務室に運ぶべく慎重にパーシーの身体を浮かせた。現場を見る限り、かなりの血を失ったはずだ。急ぐに越したことはない。
「上海、蓬莱、あなたたちはここを警備しておいて頂戴。生徒を立ち入らせちゃダメよ?」
ビシリと敬礼した二体に頷きを返して、医務室へと全力で走り出した。
───
「マーガトロイドさんが通りかかって本当に良かった。もう少し血を失っていたら危なかったかもしれませんわ。」
ベッドに横たわる青白い顔のパーシーに増血薬を飲ませながら、ポピーが心底安心した様子でそう言った。意識は未だ戻らないが、この様子なら大丈夫だろう。
私も一安心だ。もしもう少し遅かったらと思うとゾッとする。今回はパチュリーに感謝せねばなるまい。……今回も、だな。
ベッドの隣に置かれた椅子へと座り込むと、薬を飲ませ終わったポピーが話しかけてきた。
「しかし……癒せない切り傷ですか。聞き覚えがありますね。」
「……そうね。でも、前回使ったイカれ女はアズカバンの中よ。これから一生ね。」
「当然です。二度と出てくることはないでしょう。そうあってもらわないと困りますわ。」
ベラトリックス・レストレンジ。あの女には、精々苦しんで死んでもらわねば困るのだ。脳裏に浮かぶイラつく顔を振り払いながら、傷について思考を回す。
確かに昔テッサが受けた傷に似ていた気がする。癒しの呪文が効かない傷というのは珍しいわけではないが……どうも気にかかるな。
それはポピーも同じなようで、神妙な顔で口を開いた。
「バジリスクではありませんね。あの蛇の牙だとすれば、即死しているはずです。つまり、やったのは──」
「残念ながら人間ね。侵入者だとは思いたくないけど、教師や生徒だとも思いたくないわ。キツい展開よ、これは。」
一番大きな可能性は、『部屋』を開けた何者かが犯人であることだ。しかし……何故パーシーを? そこが全く分からない。
第二の可能性はしもべ妖精だが、こちらにもパーシーを襲う理由などないはずだ。陽動か? いや、それにしたって意味がなかろう。むしろ警戒させるだけのはずだ。
ダメだな、ここで考えていても仕方がない。既にダンブルドア先生には連絡を入れたし、私は現場に戻って調べてみよう。
「私はもう一度現場に行ってくるわ。何か痕跡が残ってるかもしれないし。」
「分かりました。……心配はいらないと思いますが、お気をつけてください。」
「ありがとう、ポピー。パーシーを頼むわね。」
心配そうなポピーに頷いてから、医務室を出て歩き出す。恐らく午後の授業は中止だ。つまり、調べる時間は山ほどある。
廊下を早足で歩いてると、現場の方から足音が近付いてきた。思わず杖を抜いて警戒するが……大丈夫、リーゼ様だ。杖を下ろして走り寄ると、彼女は苦笑しながら話しかけてきた。
「ああ、ちょうど迎えに行こうかと思ってたんだよ。キミの人形が現場を封鎖しててね。通してくれないんだ。」
「それは……申し訳ありません。あの子たちはまだちょっと融通が利かないようで。」
そういえば『生徒』を通すなと命令したっけ。一応リーゼ様も生徒だし、上海たちは命令を遵守したようだ。今度例外の設定をしておく必要があるな。
「まあ、構わないさ。パーシーは? 無事なんだろう?」
歩きながら聞いてくるリーゼ様に、しっかりと頷いて返事を返す。
「無事です。しかし傷は……恐らく人間の手によるものでした。」
「ふぅん? ……今年も厄介ごとが盛りだくさんなわけか。うんざりするね、まったく。」
やれやれと首を振りながら言うリーゼ様と共に、未だ血溜まりの残った現場へとたどり着く。さて、とりあえずは上海と蓬莱に言い聞かせてやらねば。
「上海、蓬莱、今度からリーゼ様は通して構わないわ。分かった?」
コクコク頷く二体に満足していると、その間に現場を見回していたリーゼ様が口を開いた。
「んー、やっぱりそれらしい痕跡はないね。壁に呪文が当たった跡もないし、出会い頭に一発か……もしくは後ろから食らったかな?」
「いえ、傷跡は胸にありました。背後からではないはずですけど……パーシーは優秀な生徒ですし、反撃の跡が全くないのは少し変です。何にせよ、意識が戻ってからじゃないと分からなさそうですね。」
得られる情報はあまり無さそうだ。分かっているのは、それなりの腕の魔法使いだということだけである。どんな呪文にせよ、癒せない以上は簡単な魔法ではあるまい。
「とにかく、また対処法を練る必要があるな。この件に関しては鶏どもが役に立つとは思えない。」
「防衛魔法の点検と、生徒の引率。仕事がどんどん増えそうですね。」
リーゼ様が苛々と言うのに返事をしてから、とりあえず血溜まりを消すために杖を振り上げる。さすがにフィルチに任せるのは可哀想だ。
次から次へと起こる事件を思いながら、アリス・マーガトロイドは大きくため息を吐くのだった。