Game of Vampire   作:のみみず@白月

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スリザリンのバジリスク

 

 

「思ったよりも地味だね。」

 

『秘密だった』部屋に足を踏み入れながら、アンネリーゼ・バートリは誰にともなく呟いていた。

 

シンメトリーに立ち並ぶ石柱には見事な蛇の彫刻が刻まれているが……石じゃあちょっと派手さに欠けるな。お陰で全体的に見て重苦しい部屋になっている。スリザリンには建築のセンスがなかったらしい。

 

悪い魔法使いの秘密基地なのだ。金銀財宝とは言わないまでも、曰くありげな魔道具くらい置いてあるもんだと思っていた。……少なくともヌルメンガードには色々と設置されていたぞ。動く鎧とか、侵入者を捕食する絨毯とか。

 

そんな私の予想に反して、石壁、石タイル、石柱、石像。三百六十度どこを見ても、見事なまでに石ばっかりだ。非常につまらん。緑の灯りってのもいただけないし、スリザリンにインテリアコーディネーターは無理だな。

 

とはいえ、残念に思っているのは私だけのようだ。先頭を歩くダンブルドアは興味深そうに辺りを見回しているし、チラリと後ろを見ればアリスとマクゴナガルも同様の表情を浮かべている。……ひょっとして、私のセンスはおかしいのか?

 

マズいな、派手好きなレミリアのセンスに流されているのかもしれない。私が内心で危機を感じ始めたあたりで、石像の足元に到着したダンブルドアが口を開いた。

 

「サラザール・スリザリン。正しく彼による、彼のための部屋じゃな。」

 

馬鹿でかい石像を見上げながら言うダンブルドアに、肩を竦めて言い放つ。

 

「些か自己顕示欲が強すぎたみたいだね。自分の石像を自分で作るってのは、少し恥ずかしい行為だと思うよ。」

 

少なくとも私は御免だ。どこぞの独裁者じゃあるまいし、石像やら銅像ってのは他人が作るから意味があるものだろうに。……いや、別に作って欲しいわけではないが。

 

それはダンブルドアも同感のようで、多少感動が薄れた顔で苦笑を浮かべた。

 

「まあ、子孫の誰かが作ったという可能性もあります。ここに入ったのはわしらが最初ではないのですから。」

 

「どうだかね。石柱と同時期に作られた物のように見えるよ。」

 

つまり、間違いなくスリザリン本人の作品なのだ。どうやら『ホグワーツの歴史』に修正を加える必要があるな。スリザリンの偉業の一つに、『自分の巨大な石像を作った』と書き足さなければなるまい。

 

私たちがスリザリンのことについて話している間にも、アリスとマクゴナガルは堀のようになっている左右の水路を調べているようだ。身を乗り出して覗き込んでいるアリスの服を、マクゴナガルが心配そうに掴んでいる。……落ちるなよ、アリス。こんな場所の水なんてロクなもんじゃないぞ。

 

尚も身を乗り出そうとしているアリスに注意を飛ばそうとした瞬間……そらきた、馬鹿蛇のお出ましだ! いきなり水路から出てきた巨大な蛇の尾が、彼女たちに襲いかかるのが見えてきた。

 

「おっと。」

 

「ぬっ……!」

 

まあ、見事な奇襲だったと言えるだろう。少なくとも並の魔法使いなら吹っ飛ばされてお陀仏だったはずだ。だがバジリスクにとっては不幸なことに、この場には『並の』魔法使いなど一人もいない。

 

真っ先に反応した私とダンブルドアがそれぞれ妖力弾と無言呪文で尾を阻んでいる間に、一瞬遅れて杖を振ったアリスとマクゴナガルは有言呪文でダンブルドアの障壁を強化し始めた。

 

「プロテゴ・ホリビリス!」

 

「プロテゴ・マキシマ!」

 

押されていた防壁側が徐々にその動きを止めて……おやおや、押し返し始めたぞ。大蛇の膂力もこの三人相手じゃ形無しか。

 

どうやらバジリスクも不利を悟ったようで、一度水路の中へと撤退していく。それを見たダンブルドアが、杖を構えたままで声を放った。

 

「水路から離れよ! 邪視に警戒するのじゃ。上がってくる瞬間を見てはならぬぞ!」

 

部屋の中央に四人が集まり、背中合わせで杖を構える。……いやまあ、私は杖よりも素手の方が良いだろうが。こういうのは気分だ。

 

しばらく水滴が落ちる音だけが響いていたが……左側の水路から巨大な蛇がその姿を現した。パーセルマウスではない私には何を言ってるかはさっぱりだが、激しいシューシュー音を聞く限りではどうやら怒っているようだ。

 

「行きなさい! 目を狙うのよ!」

 

目線を下げたアリスの指示で七色の人形たちが突貫していくのと同時に、ダンブルドアの呪文が食らいついてきた蛇を止める。マクゴナガルがその補助を始めたのを横目にしながら、私も顔があるはずの位置に向けて妖力弾を撃ち込んだ。

 

うん、多分当たったな。なるべく慎重に蛇の顔を見てみれば……これはまた、ちょっと同情を引く有様になっている。目の周囲だけがズタボロだ。刃物の傷が多いのを見るに、大半は人形たちの仕業らしい。

 

バジリスクはのたうち回りながら水路に逃げ込もうとするが、ダンブルドアが複雑に杖を振った途端、まるで水の方がバジリスクを拒むようにその巨体を押し返し始めた。

 

結果として水揚げされた哀れな蛇だったが、残念ながら息つく暇もないようだ。今度はマクゴナガルが石柱を二体の獅子の石像に変化させ、バジリスクへとけしかけ始めた。ちなみにアリスの人形たちは手に持った多種多様な武器で未だに顔を攻撃し続けている。……微妙に楽しげな表情に見えるのは勘違いだと信じたい。

 

獅子の石像と人形に集られているバジリスクを見ながら、杖を構えたアリスがこちらに声を放つ。

 

「どうしますか?」

 

「ふむ……。」

 

殺すか否かということだろう。アリスの言葉を受けてほんの少し悩み始めた『お優しい』ダンブルドアに、キツめの口調で言い放った。

 

「当然殺すさ。別に蛇は嫌いじゃないが、この生き物は百害あって一利なしだろう? ハリーのペットにするには少々凶暴すぎるしね。」

 

「……一応、魔法生物の研究所へ引き渡すという選択肢もありますが。」

 

「目を潰された挙句にモルモットか? 冗談じゃないよ、ダンブルドア。余計なお節介はキミの悪い癖だぞ。さっさと楽にしてやろうじゃないか。」

 

何を哀れんでいるのか知らんが、殺しておくのが一番なのだ。未だ煮え切らない表情のダンブルドアを無視して、尾で獅子の像を一体破壊したバジリスクへと歩み寄る。

 

「押さえておいてくれ。私がやる。」

 

「……わかりました。」

 

言いながらダンブルドアが杖を振ると、両脇の水路の水が蠢き、縄となってバジリスクへと絡みつき始めた。更に尾をマクゴナガルの残った獅子の像が、頭をアリスの人形たちが押さえ込む。

 

ゆったりと頭の方へと近付くと、バジリスクはシューシューと怒りの声を上げながら私に食らいつこうともがき始めた。……近くで見るとさすがに風格があるな。毒蛇の王などと呼ばれるのも頷ける見た目だ。

 

三人の魔法使いたちが押さえている間に、その緑色の頭部に手を当てて……思いっきり妖力弾を撃ち込んだ。魔法耐性だか何だか知らんが、ゼロ距離ならどうしようもないだろう。

 

頭に大穴の空いたバジリスクはゆっくりとスリザリンの石像を見て、これまでよりもずっと穏やかな声で一言鳴いた後……そのままピクリとも動かなくなった。

 

「やれやれ、これで鶏どもとおさらばできるね。」

 

振り返ってから肩を竦めて言い放つが、アリスとマクゴナガルは微妙な表情だ。ダンブルドアもバジリスクの死体を見ながら神妙な表情をしている。

 

……何だこの空気は。目的を達成したんだからもっと喜ぶべきだろうに。ため息を一つ吐きながら首を振っていると、アリスが仕切り直すように手を叩いてから言葉を放った。

 

「……それじゃあ、何か犯人の証拠が無いか探しましょう。ハグリッドが待ってます。」

 

「うむ……そうじゃな。やるべき事をせねばなるまい。」

 

ようやく蛇から視線を外したダンブルドアは、証拠探しのために歩き始める。この広間を見る限りでは何か残ってそうには見えないが……まあ、一応探すか。アリスのためだ。

 

最後に一度だけ毒蛇の王の死体を見てから、アンネリーゼ・バートリは鼻を鳴らして一歩を踏み出すのだった。

 

 

─────

 

 

「それで? 書物は残っていなかったの?」

 

ホグワーツの校長室で、パチュリー・ノーレッジは旧友を問い詰めていた。千年以上前の部屋なのだ。貴重な書物が残されているかもしれない。というか残されてなきゃおかしいぞ。私なら絶対残す。

 

身を乗り出す私に苦笑しながら、ダンブルドアは首を横に振って口を開く。

 

「残念ながら無かったよ、ノーレッジ。本どころか羊皮紙一枚すら、ね。」

 

「……なによそれ。」

 

スリザリンの大馬鹿野郎め。何で本を隠しておかないんだ! 蛇なんかよりも大事なものがあるだろうに。本とか、石版とか、本とか。文字が書いてある何かだ!

 

鼻を鳴らしてソファに倒れ込むと、ダンブルドアは苦笑を更に強めながら話しかけてきた。

 

「君がわざわざ来るというから、かなり重大な要件だと思っていたのじゃが……本か。君らしいのう。」

 

「充分に重大な要件でしょうが。新しい本を得るのは容易いけど、古い本はなかなか手に入らないのよ。」

 

図書館魔法の欠点の一つだ。今まさに作られている本は複製されるが、過去に作られた本は自力で集めるしかないのである。そんな理由もあってかなり期待して来たわけだが……ふん、アテが外れたな。これがレイブンクローなら絶対に残ってたぞ。

 

イライラとティースプーンでミルクティーを掻き回していると、ダンブルドアが立ち上がって棚から何かを取り出した。差し出されたそれは……牙? それとも角か?

 

私の腕よりも大分太いそれを机に置きながら、ダンブルドアが説明を語り出す。

 

「バジリスクの牙じゃよ。弔った後で採取させてもらったのじゃが、これで満足してはくれんかのう?」

 

「素晴らしいわ、ダンブルドア。持つべきものは友ね。貴方ならやってくれると信じてたわ。」

 

「現金じゃな、君は。」

 

うむ、ちょっと機嫌が直ったぞ。バジリスクの牙なんてかなり貴重な代物だし、このサイズなら尚更だ。薬品庫のコレクションがまた一つ増えたな。

 

そそくさと拡大呪文がかかったバッグに仕舞い込んでいると、それを見ていたダンブルドアが急にクスクス笑い始めた。……思わず動きを止める。この男がこういう表情をする時は、絶対にロクでもないことを口にし始めるのだ。

 

「受け取ったね? ノーレッジ。」

 

「な、なによ。貴方がくれるって言ったんでしょう?」

 

「それはそうじゃが、それはかなり貴重な物なんじゃよ。……代わりに『ちょっとした』頼みを聞いてはくれんかのう?」

 

そらきた。コイツの『ちょっとした』が本当にちょっとした事だった試しなどない。絶対に厄介な頼みだぞ。

 

しかし……牙は欲しい。かなり欲しい。凄く欲しい。嫌そうな顔を隠さずに目線で続きを促してやると、ダンブルドアはニコニコ微笑みながら口を開く。ムカつく顔だ!

 

「いやなに、ちょこちょこっと呪文をかけて欲しいだけなのじゃ。まあ……しもべ妖精を捕らえるための呪文を。」

 

「……貴方は『ちょっとした』の意味を辞書で調べ直すべきね。本気で逃げようとしてるのなら、あの連中を捕らえるのは容易じゃないわよ。」

 

ほら、やっぱり厄介な頼みじゃないか。しもべ妖精の使う魔法は単純かつ強力なものなのだ。彼らは魔法使いのそれよりも遥かに古い魔法を操る。リリー・ポッターが遺した魔法や守護霊の呪文のような、原初の形に近い魔法をだ。そんな彼らを捕らえるというのは非常に面倒だが……。

 

「じゃが、君ならやってやれないことではあるまい? 彼らの使う魔法は君の使う魔法に近い。違うかね?」

 

「……その通りよ。」

 

よく分かってるじゃないか。ダンブルドアの言う通り、不可能ではない。面倒くさいだけだ。貴重なバジリスクの牙と天秤にかければ……ええい、やってやるさ。やればいいんだろう、まったく!

 

「ああもう、わかったわよ! やればいいんでしょう? やってやるわよ!」

 

「ほっほっほ。まっこと、持つべきものは友じゃのう。」

 

「いつか吠え面かかせてやるからね。覚えときなさいよ。」

 

「おお、それは怖い。」

 

睨みつけてやると、ダンブルドアはクスクス笑いながら両手を上げて降参のポーズをしてきた。おちょくりやがって。絶対に仕返ししてやるからな。

 

……ま、受けたからにはきちんとやるさ。魔女ってのは吸血鬼だの悪魔だのと違ってきっちり仕事を熟すもんだ。脳内で呪文の候補を絞り込んでいると、ダンブルドアが紅茶を一口飲んでから話しかけてくる。

 

「今は手掛かりが欲しいのじゃよ。秘密の部屋では証拠らしい証拠が見つからなかった。このままではハグリッドが可哀想なことになってしまう。」

 

「レミィが時間を稼いでいるのでしょう? 猶予は残ってるわよ。」

 

「それでも、ハグリッドは不安じゃろうて。早めにホグワーツへと戻してやらねばなるまい。」

 

まあ、確かに状況は芳しくない。ルシウス・マルフォイはハグリッドをアズカバンに入れるのに、その影響力の全てを注ぎ込んでいるのだ。少々奇妙なほどの頑張りっぷりなのである。

 

お陰で面会すら叶わない状況らしい。あの二人に因縁があったような記憶はないのだが……何だってあんなに必死なのやら。

 

脳内でレミリアが頭を抱えている姿を思い出しながら、ダンブルドアに向かって口を開く。

 

「とにかく、しもべ妖精をどうにかすればいいんでしょう? 言っておくけど、後手で捕らえることになるわよ。向こうから来てくれないとどうしようもないわ。」

 

さすがに今どこにいるかも分からんしもべ妖精を捕らえるのは無理だ。ダンブルドアにもそれは分かっているようで、頷きながら了承の返事を返してきた。

 

「うむ、それはわかっておる。恐らくハリーに接触してくるはずじゃ。害そうとしているのか、はたまた他の目的があるのかは分からんが……そこを捕らえることにしよう。」

 

「結構よ。それなら……そうね、ハリー・ポッターに魔道具を携帯させましょう。リーゼか貴方経由で渡してやればいいわ。」

 

「それなら、バートリ女史に頼むとしよう。彼女は良好な関係を築いているはずじゃ。」

 

ん? リーゼの名前が出る瞬間、ダンブルドアの顔にちょっと苦味が走ったように見える。苦手なのか? だとすればちょっと面白いな。

 

「リーゼのことが苦手なの?」

 

真っ直ぐに聞いてやると、ダンブルドアは苦笑いを浮かべながら答えを返してきた。

 

「苦手というか……まあ、苦手なのかもしれんのう。彼女を見ていると、ゲラートを思い出すのじゃ。」

 

「グリンデルバルドを?」

 

「うむ。目的のためなら苛烈な決断を下し、手段よりも結果を重んじる。それはわしには無い強みじゃが、同時に受け入れ難くもあるのじゃよ。」

 

「ああ、なるほど。……ま、分からなくもないわ。確かに貴方とは正反対ね。」

 

水と油……というか、水と炎だな。リーゼは手を汚すのを厭わないだろうが、ダンブルドアはそれを是とすまい。水のように全てを包み込んでしまうダンブルドアと、炎のように燃え散らし突き進むリーゼ。結果か、過程か。同じ場所に向かうにも、選ぶ道のりが違いすぎるのだ。

 

私や美鈴はリーゼの考え方に近いが、アリスや今のフランはダンブルドア寄りだろう。レミィは……わからんな。どっちも使い分けそうだ。彼女はコウモリのようにふよふよと立場を変えている。

 

そう考えると、結構バランスが取れているのかもしれない。それが良いのか悪いのかは分からんが。

 

「まあ、悪くないことなんじゃない? 視点が違うそれぞれで守っていたほうが、ハリー・ポッターも安全でしょうし。……貴方の胃がどうなるかは知らないけどね。」

 

「ポピーに胃薬を貰うべきかもしれんのう。」

 

いい気味だ。情けない顔で情けないことを言う老人に鼻を鳴らしながら、立ち上がって暖炉へと向かう。

 

「それじゃ、魔道具は後で送るわ。精々頑張りなさい、ダンブルドア。吸血鬼は気難しいわよ。」

 

「君ほどではあるまいさ。」

 

ほっとけ。乱暴にフルーパウダーを投げ入れて、さっさと住処に戻るべく声を放つ。

 

「紅魔館!」

 

緑色の炎に包まれながら、パチュリー・ノーレッジは牙を使った実験へと思考を巡らせるのだった。

 


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