Game of Vampire 作:のみみず@白月
「素晴らしいわ、アンネリーゼ。グリフィンドールに五点を差し上げましょう!」
目の前でシニストラが高らかにそう言うのを、アンネリーゼ・バートリは忌々しい気分で聞いていた。耐えるんだ、リーゼ。この拷問はすぐに終わる。
「どうも。」
「見事な天体図だわ。三月の夜空が巧みに表現できています! 上手に出来てとっても偉いわよ。」
「……どうも。」
この女を殺すべきか、私が死ぬべきか。二年生になってもシニストラの『猫可愛がり』は続いているのだ。お陰で私は天文学の授業が迫ると胃がキリキリ痛むようになってしまった。シニストラが吸血鬼殺しの偉業を成し遂げる日も近いぞ。
この件に関してだけはフランが死ぬほど恨めしい。甘え上手なあの子のことだ。尋常じゃないレベルで可愛がられたに違いない。……出来れば吸血鬼にも個性があることを伝えて欲しかった。
「さあ、ここに座って頂戴? 貴女ならもうちょっと難しいお勉強も出来そうだわ。」
「非常にありがたい提案だが、私は友人を手伝ってくるよ。」
「まあ、素晴らしい! お友達想いなのね。グリフィンドールに一点!」
膝をポンポンしながら言うシニストラの提案を蹴って、バカバカしい理由の加点を背にしながらハリーたちの方へと歩き出す。さらばだ、我が天敵。二度と話しかけてくるなよ。
ちなみにハグリッドは今なお司法の狭間に閉じ込められているが、最近の三人組はすっかり元気を取り戻している。先日行われたダンブルドアの演説が効いたのかもしれない。夕食の席で生徒全員に対して、『あくまで形だけの拘束であり、魔法省の勘違いであると確信している』みたいなことを長々と喋っていたのだ。
とはいえ、アズカバン送りになればそうも言っていられまい。親マルフォイの頑張り次第では、また『探偵ごっこ』が始まるのは容易に想像できるぞ。もうちょっと頑張ってくれ、レミリア。
うんざりしながら自分の望遠鏡の前に置かれた椅子に座ると、左隣のロンが話しかけてきた。
「シニストラは君が頼めばいくらでも加点してくれるぜ。しっかり望遠鏡を設置できているから三点! ローブをちゃんと着れてるから三点! 上手にあんよができるから五点!」
「それ以上言うと突き落とすよ、ロン。中庭の染みになりたくないなら口を閉じるべきだね。」
ギロリと睨んで脅しつけてやると、ロンは肩を竦めながら火星を描く作業に戻る。位置が真逆だ、バカめ。
そのまま望遠鏡を片付け始めたところで、今度は右隣のハーマイオニーが口を開いた。私とシニストラの寸劇もなんのその。彼女は自分の天体図を描くのに夢中だ。
「ねえ、リーゼ。どこが間違ってるか分かる? 全部描いたのに数が合わないのよ。」
「『隠れん星』は描いたかい? 中世のバカ魔女が見えなくしたやつ。」
「ああ……抜けてたわ。最悪の魔女だかなんだか知らないけど、モルガナも余計なことをしてくれるわよね。やっつけたマーリンの偉大さが再確認できるわ。」
苛々と呟きながら天体図を修正していくハーマイオニーを尻目に、その向こうで黙々と作業しているハリーに歩み寄る。こうやって誰かと話していないと笑顔のシニストラが近寄ってきて話しかけてくるのだ。つくづく忌々しい授業だな、まったく。
「ハリー、そっちはどうだい?」
「ん? ああ、リーゼ。まあ……いつも通りかな。」
自信無さげなハリーの肩越しに、彼の描いた天体図を覗き込んでみると……うーむ、明らかに間違っているのだが、間違いが多すぎて何処が間違っているのかが分かりにくい。彼だけは別の夜空を見上げているようだ。
「キミね、何処の世界の夜空を描いてるんだ? 少なくとも地球じゃないぞ、これは。」
「あー……一応、『あれ』を描いてるつもりなんだけど。」
夜空に広がる満天の『あれ』を指差しているが、ジト目で見てやると指先は自信なさげに垂れ下がっていった。自覚はあったか。
「絶対に課題になるよ。ご愁傷様。」
ニヤリと笑いながら肩を叩けば、ハリーは絶望した表情で大きなため息を吐く。生き残った男の子はお星様を描く宿題がお嫌いらしい。
なんたって、天文学の課題ほど面倒なものはないのだ。夜しか進められないが、授業以外では基本的に外出禁止。お陰で談話室の窓にへばりついて、狭いスペースで必死に描き込むことになる。だからこそ課題に残すまいとこの授業ではみんな必死になるわけだ。
さて……そろそろ授業は終わるはずだぞ。『物凄く忙しいですよ』という雰囲気を出しながら望遠鏡をケースに仕舞う。頼むから話しかけてくるなよ、シニストラ。胃薬は苦いから嫌いなんだ。
どうやら私の切なる願いは通じたようで、懐中時計をチラリと見たシニストラが授業の終了を宣言した。
「……時間です! 完成した天体図を提出するように! 出来なかった者は、次回への課題となりますからね!」
よしよし、さっさと帰ろう。途端にゾロゾロと提出し始めた生徒たちを尻目に、いの一番で天文塔の螺旋階段を飛び下りる。ここで提出するとなんやかんやと足止めされるから事前に提出しておいたのだ。それに、生徒たちが集まる前で晒し者にされるのは御免蒙る。
悪夢から逃れられたことにホッとため息を吐いていると、しばらくして下りてきたハリーたちが近寄ってきた。
「何も飛び下りることはないじゃないか、リーゼ。上でネビルが腰を抜かしてたよ。……そんなにシニストラが嫌いなの?」
「キミならどうだい? 望遠鏡のピントが合わせられるのを延々とべた褒めされたら嫌にならないか? 靴がきちんと履けてるからって加点されたら?」
「まあ……それは嫌だけど。」
理解してくれたようで何よりだ。ちょっと引きつった顔で言うハリーに背を向けて、談話室へと歩き出す。飛行術と同じようにこの授業もボイコットを考えたほうがいいかもしれない。……くそ、良い感じの理由が思い浮かばないぞ。
何度目かの同じ思考に沈む私に、慌てて隣に歩調を合わせてきたハーマイオニーが話しかけてくる。
「ねえ、寮に戻ったら武装解除術の練習に付き合ってくれない?」
「別に構わないが、そんなに急いで言うことじゃないだろうに。」
「だって、貴女ったらすぐに何処かへ消えちゃうんだもの。まるで透明マントを持ってるみたいだわ。」
惜しい。マントじゃなくて能力だ。なかなかの名推理に苦笑しながら、ハーマイオニーに向かって口を開いた。
「さすがにそんな物は持ってないさ。……しかし、武装解除術? 決闘クラブ対策かい? アリスは授業じゃまだやらないって言ってたじゃないか。」
「そうだけど、進捗次第では今年中にはやる可能性があるともおっしゃってたわ。三回目の決闘クラブのこともあるし、今のうちから練習しておかないと。」
「なんともまあ、大した努力家だね。」
同学年の生徒たちはようやく盾の呪文をモノにし始めたばかりだというのに、この子は更に先まで進みたいようだ。ハリーや私が使い熟しているのが悔しいのかもしれない。
四人で殆ど姿を見なくなった鶏の行方について話していると、いつの間にか談話室までたどり着いていた。ロンはマグルの養鶏場に行ったと主張したが、私は真実を知っている。ホグワーツではしばらく鶏肉に困らなくなったのだ。
合言葉を告げて談話室へ入ると、ハリーとロンは急いで窓際へと向かって行った。人の少ないうちに面倒ごとを終わらせようというつもりらしい。先程完成させられなかった天体図を手にしている。
それにハーマイオニーと二人で呆れた目線を送りながら、クッションを準備して呪文の練習の準備をしていると……おや、ジニーだ。相変わらずの暗い顔で談話室にトボトボ入ってきた。葬式の帰りみたいな雰囲気だな。
あの小娘は何が悲しいのか知らないが、最近はいっつもあの調子なのだ。朝起きたらどんより、昼食でどんより、そして夕食後もどんより。お陰で最近は孤立しつつある。
私の目線を追ったハーマイオニーが、ちょっとだけ心配そうな表情で口を開いた。
「クリスマス休暇で元気を取り戻すと思ってたんだけど……ダメだったみたいね。おまけにパーシーもちょっと変だし。」
「切り裂かれたことで心境の変化でもあったんだろうさ。さぞ衝撃的な体験だったに違いない。」
軽く答えたが、確かに最近のパーシーはおかしい。口煩さが消えて、いつもジニーの方を気にしているのだ。最初は双子もようやくジョークを理解出来るようになったのだと喜んでいたが、監督生バッジを付け忘れるようになったあたりから心配の色が上回り始めた。
今もほら、それとなくジニーの方を見ている。妹を心配しているにしては……うーむ、ちょっと厳しすぎる顔のようにも見えるな。見守るというよりかは監視に近いぞ。兄妹だと知らなければ魔法警察を呼んでいるレベルだ。
「まあ、色々あったからだと思うわ。時間が解決してくれるでしょう。」
「そうだね。それじゃ、やろうか。」
ハーマイオニーの二年生にしては妙に達観した意見に頷きながら、杖を構えて呪文を待つ。実は私にとってもいい訓練になるのだ。普通にやったら効かない呪文をわざと食らうというのは中々に難しいのだから。……使い道は少ないだろうが。
「エクスペリアームス!」
ハーマイオニーの呪文が私を大きく外れて談話室に入ってきたロングボトムに激突したのを見ながら、アンネリーゼ・バートリは長くなりそうな練習にちょっとだけため息を吐くのだった。
─────
「それじゃあ、今日も実際にやってみましょう。ゆっくりと、慎重にね。」
私の言葉に頷く一年生たちを見渡しながら、アリス・マーガトロイドは杖を振って机を退かした。的になるクッションも設置して……うん、これでよし。
早速とばかりにクッションへと衝撃呪文を撃ち込み始めた一年生たちを見ながら、杖の振り方を間違えている生徒たちに修正を加える。いやはや、なんとも可愛らしい姿だ。やはり一年生の授業は和むな。
イースター休暇が間近に迫ったホグワーツは、すっかり平和を取り戻している。……表面上は、だが。
バジリスクも鶏もいなくなったが、尚も変わらず切り裂き魔としもべ妖精は野放しなのだ。そしてそのどちらもが姿を現さないでいる。リーゼ様なんかはもうとっくに城にはいないと思っているらしい。……確かにその可能性は大きそうだ。
お陰でハグリッドはいよいよ窮地に立たされてしまった。レミリアさんとダンブルドア先生はなんとかしようと頑張ってくれているが、今月末にもアズカバンへ移送される予定なのだ。軽警備の上層とはいえ、ハグリッドの心境を思うと胸が痛む。
どうにかしなくてはと思うものの、あまりにもヒントが無さすぎる。ルシウス・マルフォイを黙らせるには、バジリスクとハグリッドが無関係であることを証明する必要があるのだ。残念ながらハグリッドの『飼育史』を考える限り、証明するのはかなり難しいと言わざるを得ない。
思考に沈んでしまっていた私を、教室に響くくぐもった声が引き上げる。慌てて発生源を見てみれば……ラブグッド? レイブンクローの女の子が倒れているのが見えてきた。
「ラブグッド、どうしたの?」
「ン……なんでもない。」
いやいや、何でもなくはないだろう。明らかに手のひらを擦りむいているし、脇腹をちょっと押さえているのだ。
チラリと近くにいたレイブンクローの男子生徒二人に視線を送ると……おっと、居心地悪そうにモジモジし始めたぞ。大方、衝撃呪文の『試し撃ち』でもしたんだろう。やんちゃ坊主どもめ。
「貴方たち、ラブグッドに呪文を当てたのね?」
腰に手を当てながら『私は怒ってますよ』という雰囲気で言ってやれば、小さな犯人たちは慌てて弁解を主張してきた。
「でも、そいつが変なことを言うからです!」
「そうです! 僕たちに変なものが取り憑いてるだとか、病気になっちゃうだとか……そんなことを言われたんです!」
「だとしても呪文を人に当てていい理由にはならないわ。レイブンクローから五点減点。……それぞれ、よ。」
付け足した言葉に項垂れる生徒を尻目に、ラブグッドの擦り傷を癒すために杖を当てる。計十点の減点は結構痛いだろうが、この年頃の子たちは呪文をすぐに使いたがるのだ。厳しめにいかないとそこら中で使い始めてしまう。
「エピスキー。さあ、これでいいわ。」
「ありがと、マーガトロイド先生。」
無表情でボソリとお礼を言ったラブグッドは、そのまま離れた場所で呪文を練習し始めてしまった。……うーむ、難しい子だ。孤立しているのをどうにかしたいとは思うのだが、今まで接したことのないタイプだけになかなか取っ掛かりが掴めない。リーゼ様とは仲が良いようだが、一体どうやって接しているのだろうか?
内心でため息を吐きながら、再び生徒たちの間を歩き出す。アドバイスを呼びかけているうちに、もう一人の気になっている生徒が見えてきた。言わずもがな、ジニーである。
何度か声をかけてはいるのだが、決して悩みを打ち明けてはくれないのだ。平気です、なんて言ってるものの……とてもじゃないが、平気なようには思えないぞ。今も沈んだ顔のままで機械的に呪文を練習している。見てて痛々しくなる光景だ。
「ジニー、もう少し軽く振るくらいで大丈夫よ。そんなに強く突き出す必要はないわ。」
「……はい、アリスさん。フリペンド!」
呪文自体は問題ないが……よし、決めた。授業が終わったらもう一度声をかけてみよう。お節介かもしれないが、どうにも放っておけないのだ。
決意を固めながら、再び生徒たちの間を歩き始めた。
───
「ジニー、ちょっといいかしら?」
授業終了後、さっそくジニーに声をかけてみると、彼女は頷いてこちらに近付いてきてくれた。机の一つに座って向かい合い、杖を振って紅茶を出してから、なるべく優しい声を意識して話しかける。
「ねえ、悩みがあるんでしょう? 私に何か協力できることはないかしら? ……迷惑だったらごめんなさいね。でも、力になりたいのよ。」
しっかりと目を覗き込みながら語りかけると、ジニーは一瞬泣きそうな顔で何かを口にしようとするが……ダメか。俯いてふるふると首を振ってしまう。
「迷惑なんかじゃありません。とっても嬉しいです。……でも、私は大丈夫ですから。」
「そう? 私にはそうとは思えないわ。私がダメなら、モリーは? アーサーでもいいわよ? 話せそうな人はいないかしら?」
「あの……私、本当に大丈夫ですから! 失礼します!」
ガタリと立ち上がったジニーは、そのまま教室を出て行ってしまった。……ああもう、私のバカ! 失敗してしまったじゃないか!
頼みの綱のパーシーは最近うわの空だし、双子は選択肢にも入らない。元気付けようとして、タランチュラの死骸なんか見せられたら堪らないのだ。
ロンは……そうだな、ロンに頼んでみるか。二年生ということでちょっとだけ頼りないが、一番年の近い兄妹なのだ。もしかしたら悩みを打ち明けてくれるかもしれない。
残ってしまった机の上の紅茶を消し去りながら、アリス・マーガトロイドは教師の難しさを再認識するのだった。