Game of Vampire 作:のみみず@白月
「目移りしちゃうわ!」
ハーマイオニーの心底嬉しそうな悲鳴を耳にしながら、アンネリーゼ・バートリはミートパイを一切れ皿に盛っていた。今の彼女には朝食など目に入らないようだ。
これが色とりどりの洋服を前にした反応なら年相応で可愛らしいかもしれないが、残念ながらハーマイオニーの前にあるのは選択授業のリストである。全然可愛くない。むしろちょっとした狂気を感じられて怖いぞ。
イースター休暇の間に三年生からの選択授業を決めるようにとの通達があったのだ。お陰で二年生はどの授業が一番『マシ』なのかを調べるのに必死になっている。……もちろんハーマイオニー以外は、だが。
「どれにしましょう? 数占いも楽しそうだけど、占い学だって興味があるわ。でもルーン文字だって取りたいし、飼育学やマグル学も……ダメ、目移りしちゃう!」
残念ながら、もはや目移りしちゃってるハーマイオニーに反応する者はいない。ロンはうんざりしたようにパンを千切っているし、私とハリーだってもういい加減にして欲しいのだ。昨日の夜から一分に一回は『目移り』しているのだから。
ニマニマした笑みで来年の時間割を凝視しているハーマイオニーを完全に無視して、パンを金魚の餌並みに分割していたロンが口を開いた。
「まず、数占いは無しだな。パーシーにとって『やり甲斐のある』授業なんだ。ロクな内容じゃないに決まってる。」
「それと、マグル学もね。ダーズリー家で嫌ってほど学んだよ。」
ハリーが呼応するように選択肢を絞り込んだのを横目に、ミートパイの端っこをナイフで切り分ける。この部分はパサパサしてて好かん。こんなもん、鳥の餌にでもすべきなのだ。
いざパサパサ抜きのミートパイを食べようかというところで、マグル学に大きなバッテンをつけたハリーが話しかけてきた。
「リーゼはどうするの?」
「ん、そうだね……先ず占い学は無しだ。『たわ言』はもう間に合ってるよ。それに、マグル学も興味なし。唯一興味があるのはルーン文字かな。」
トレローニーが一度だけ本物の予言をやってのけたのは知っているが、同時にアル中の妄言家だというのも知っているのだ。大体、予言とかいう面倒くさい代物はレミリアで間に合っている。授業で習いたいとはとてもじゃないが思えない。数占いとかいうのも同様だ。
マグル学に関しては普通に興味がないし、飼育学は……ケトルバーンの手足で『まとも』な部分が一本だけなのを見るに、残念ながら楽しい授業だとは思えないぞ。そもそもバートリ家の令嬢が畜生の世話? 冗談にもならん。
多種族のことを学ぶのは悪くない考えだが、アリスが言うには飼育学の範囲では『獣』しか扱わないようだし……うん、ルーン文字だけでいいな。そもそも授業の数を増やすなど狂気の沙汰なのだ。シニストラ二世が現れないとも限らないのだから。
私がハリーに対して答えを言い切ったところで、ハーマイオニーが勢いよく顔を上げた。つまり、ミートパイはしばらくお預けだ。
「ルーン文字を取るの? どうして? 知り合いから話を聞いたの? どんな授業か知ってるの? 難しそうだった?」
「落ち着いてくれよ、ハーマイオニー。質問お化けになってるぞ。」
「でも、他人の意見も聞きたいのよ。目移りしちゃって。」
「ああ、目移りしてるね。それは昨日から重々承知しているよ。」
ちなみにハリーはもう逃げた。わざとらしくロンに話しかけているハリーを睨みつけていると、ハーマイオニーは嬉しさと不安がない混ぜになった顔で話を続けてくる。ミートパイが冷めるぞ……。
「これは将来に関わる重要な問題なのよ? どれを選ぶかで職業の選択肢も決まっちゃうの。真剣に考えないとダメだわ。」
「二年生で真面目に将来のことを考えているのはキミだけだと思うがね。大抵は『マシ』な授業探しに夢中さ。」
「そういう人は七年生で後悔することになるわ。絶対よ。」
まあ、確かにその通りだ。その通りだが、こと吸血鬼に関してはキャリア形成など必要ない。幻想郷に旅立つ私にとっては頗るどうでもいい問題なのである。まさか日本の辺境でホグワーツの学歴が意味を持つことなどあるまい。
「ま、自分に向いている授業を選ぶのが一番さ。結局それが将来に繋がることになるだろうしね。」
「そうだけど、全部取りたいくらいなのよ。」
「全部取ればいいじゃないか。」
「それは……無理でしょう? 出来るの?」
キョトンとした顔に変わったハーマイオニーに、肩を竦めて言い放つ。少なくとも前例はあるのだ。
「何をどうやったのかは知らないが、全科目取ってるヤツは過去にいたよ。マクゴナガルにでも相談してみたらどうだい?」
フランの話が正しいなら、咲夜の父親は全科目取っていた。そしてトム・くそったれ・リドルも取っていたし、近いところだとパーシーもそんなことを言っていた気がする。嘆かわしいことに、勉強中毒なのはハーマイオニーだけではないらしい。
なんにせよ、ハーマイオニーにとっては今世紀最高の情報だったようだ。嬉々とした表情で頷きながら全科目に丸をつけているのだから。マクゴナガルがどんな方法を提供するのか知らないが、彼女が過労死する日も近いかもしれない。
まあいいさ。これでようやく愛しのミートパイに向き合う時間ができた。すまんな、ミートパイ。もう誰にも邪魔はさせないぞ。
少し冷めたそれを、微妙な表情で口に運ぶのだった。
─────
しばらくは三年生の授業選びに夢中だったハリーとロンだったが、五月に入るとそうも言っていられなくなった。ハッフルパフがレイブンクローに圧勝した結果、クィディッチ優勝杯を手に出来る確率が高まったのだ。
そして当然ながらウッドの『病的な』練習は苛烈さを増した。彼にとって『連覇』という二文字は些か以上に魅力的すぎるものだったようだ。今や朝食前に練習、昼食時に作戦会議、そして夕食後にも練習している。イカれてるぞ。
結果としてハリーに宿題を片付けるような時間は与えられず、ウッドの熱意はドミノ倒しのようにハリーの不幸を招いたわけだ。……つまり今は魔法薬学の授業中で、ハリーは宿題を終わらせることが出来なかったのである。
「吾輩はこう思うのだよ、ポッター。失態には罰を与えるべきだと。そうでなければ反省できない人間もいるのだ。分かるだろう?」
「はい、先生。」
地下教室にはスネイプの歩き回るコツコツという足音、スリザリン生のクスクス笑い、私のトントンという机を叩く音が鳴り響いている。この『吊るし上げ』が始まってからもう五分は経ったぞ。ハリーの両腕は握り締められて蒼白になっているのだが、スネイプは未だに満足できないらしい。
「吾輩は確かに言ったはずだ。課題をこなせなかった者には然るべき対処をする、と。聞いていなかったのかね? ポッター。」
「……聞いていました。」
「おや、おや。それは不思議だ。聞いていたのに持ってこなかったということか。大スターのハリー・ポッターなら許されると? 自分だけは特別扱いされるとでも?」
「違います、先生。」
まあ、ある意味で特別扱いではある。少なくとも他の生徒なら、馬鹿みたいに長い羊皮紙を埋めてくるように言われてそれで終わりだろう。ネチネチとしつこく晒し者にしたりはしないはずだ。
いい加減飽きてきた私がトントン音を大きくするが、スネイプはチラリと見ただけでそっぽを向いてしまった。こいつ……いい度胸じゃないか。
「そろそろ授業を始めたらどうだい? スネイプ『先生』。」
「……発言を許した覚えはないぞ、バートリ。」
「しかしだね、ヒマなんだよ。生徒のことを小姑よろしくイビリ倒している暇があるなら、給料分の仕事をするべきじゃないかな?」
ニヤニヤ笑いの私と、鉄仮面のスネイプが睨み合う。隣のハーマイオニーが顔を白くしながら机の下でローブを引っ張ってくるが……こんなもんちょっとジャレてるだけだろうに。多分スネイプも楽しんでいるさ。多分ね。
そのまま少しだけ睨み合った後、スネイプは不意に目を逸らして黒板へと歩き出した。
「……教科書の五十八ページを開きたまえ。今日は特殊な火傷に対する治療薬を……いつまで突っ立っているのかね? ポッター。授業を妨害した罰として、グリフィンドールから二点減点。」
おやおや、転んでもただでは起きないヤツだな。理不尽な理由で見事にハリーへの減点を決めたスネイプは、そのまま満足そうに授業を進めていく。
ま、ある意味では優秀な働きっぷりだともいえるだろう。スネイプが継母よろしくハリーをイビり、私がそれを助け出す。……いや、酷いマッチポンプだな。絶対に意識してやってるわけではないだろうが。
そのまま火傷の治療薬とかいう吸血鬼には無用な魔法薬の説明が終わると、いつものように調合の時間となった。
「私は材料を取ってくるから、リーゼは器具の準備をお願いね。」
「了解だ。」
頼りになるハーマイオニーに細かいことは任せて、天秤やらすりこぎやらの準備をしていると、ハリーが近付いて声をかけてくる。そらきた、マッチポンプは大成功だ。今年の頑張ったで賞もスネイプで決まりだな。
「リーゼ、さっきはありがとう。」
「ああ、構わないさ。今日のスネイプはちょっとしつこすぎたしね。」
「うん……でも、宿題を忘れたのは失敗だったよ。よりにもよってこの授業のを忘れるなんて。」
「ウッドに練習を減らすように言うべきだと思うが……まあ、無理か。」
ウッドが練習を減らそうと言っている光景は、スネイプが陽気にフラダンスを踊っているのと同じくらい有り得ない光景なのだ。明日世界が滅びるとしても彼は練習を止めないだろう。
それに関してはハリーも同じ考えのようで、苦笑しながら首を振ってきた。
「うん、無理かな。次のハッフルパフ戦で勝てば優勝が決まるんだ。それまでは練習を減らすなんて言いっこないよ。」
「ふぅん? まあ、精々頑張りたまえ。」
ちょうど材料を仕入れてきたハーマイオニーとロンが戻ってきたので、話を切り上げてそれぞれの鍋へと戻る。
材料を秤に乗せていると、謎の干し肉を刻んでいたハーマイオニーが口を開いた。
「……ハグリッドは大丈夫かしら?」
ここ数日で何度も出てきた疑問だ。となれば、私もいつものように答えるしかない。
「大丈夫さ。一言でアズカバンと言っても、ハグリッドが入れられたのは上層の方だ。魔法省と大して変わらないよ。」
半分本当で半分嘘だ。アズカバンの上層が多少マシなのは本当だが、魔法省の拘留室と比べれば天と地だろう。いやまあ、私は実際行ったことないから想像だが。
「そうだといいけど……やってないことを証明しろだなんて、魔法省は滅茶苦茶だわ。彼らこそやったことを証明すべきなのよ。」
「残念ながら、魔法使いというのはキミほど論理的じゃないのさ。」
「それに関しては、ホグワーツに来て嫌ってほど理解できたわ。」
どうやらハーマイオニーは一つの真理に到達できたようだ。魔法も、魔法使いも、魔法省も、魔法法も。基本的にはいい加減なものなのである。
呆れたとばかりに首を振るハーマイオニーに苦笑しながら、何かの目玉をもう一つ秤に乗せた。
─────
そして瞬く間に二日が過ぎ、いよいよハッフルパフ戦の日となった。ウッドも昨日ばかりは選手たちを早めに休ませたようで、朝食のテーブルに着くハリーは早くもやる気に満ち溢れている様子だ。
ソーセージをケチャップ塗れにしつつ、ロンがスリザリンのテーブルに目を向けながら口を開いた。
「気をつけろよ、ハリー。スリザリンはグリフィンドールに連覇させたくないんだ。何をしてくるかわかんないぞ。」
「対戦相手はハッフルパフだよ? キミは逆のテーブルを睨むべきだね。」
言ったはいいが、確かに警戒すべきはスリザリン生な気もする。ハッフルパフはフェアプレイで有名だし、スリザリン生がこちらを憎々しげに見ているのを見るに、ロンの推論はそう間違っていないのかもしれない。
ハーマイオニーもそう思ったようで、目玉焼きをトーストに乗っけているハリーに向かって注意を投げかけた。
「グリフィンドール生から離れちゃダメよ。あなたはシーカーなんだから。」
「うん、そうするよ、ハーマイオニー。」
こっくり頷いてトーストを齧るハリーは、そんなに気負ってはいないようだ。昔は試合の前は緊張で喉を通らない様子だったが、さすがにもう慣れてきたらしい。
誰もが試合の話をする中、私もソーセージを何本か皿に盛ろうとした所で──
『生徒たちは監督生の指示に従い、速やかに寮へと戻りなさい! 今日のクィディッチは中止です!』
おおっと、魔法で拡声されたマクゴナガルの声が大広間に響き渡った。一瞬の静寂に包まれた大広間だったが、やがて生徒たちの怒号がその場に響く。
「有り得ないぞ! 大事な試合なのに!」
驚愕どころかこの世の終わりみたいな顔で叫ぶウッドを見ながら、教員テーブルへと視線を注ぐと……スネイプが目線を合わせてコクリと頷いてきた。いや、分からんぞ。どういう意味のアイコンタクトなんだ?
残念ながらスネイプにはこちらの疑問は通じなかったらしく、そのまま立ち上がって大広間を出て行く。マクゴナガルといいスネイプといい、ホグワーツの教職員にはアイコンタクトを押し付ける癖があるようだ。レミリアだったら以心伝心だというのに……うん、今度会ったらちょっと優しくしてやるか。
まあ、とりあえずはハリーにひっ付いておこう。何が起こったのかは分からんが、ダンブルドアもアリスもいるのだ。わざわざ私が動くようなことにはなるまい。
トーストを落っことしてポカンと大口を開けているハリーと、両手を振り回しながら抗議の叫びを放っているロンを見ながら方針を決めたところで、隣で冷静な表情をしているハーマイオニーが話しかけてきた。
「また何か事件かしら?」
「どうだろうね? 何にせよ、あまり良い事じゃないのは確かみたいだよ。」
「期末試験が中止にならなきゃいいんだけど……。」
……正気か? この状況で期末試験の心配をしているのは、この広いホグワーツでもハーマイオニーだけのはずだ。狂ってるぞ。
思わず隣に座る友人にかける言葉を見失いながら、アンネリーゼ・バートリはちょっとだけ顔を引きつらせるのだった。