Game of Vampire 作:のみみず@白月
「どうして僕を起こしてくれなかったんだよ。」
不貞腐れたロンの抗議を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは鼻を鳴らしていた。あれだけの騒ぎで起きないほうが悪いんだぞ。
ドビーの一件から数時間後。ようやく起き出してきたロンとハーマイオニーに、あの自傷癖のあるしもべ妖精のことを説明しているのだ。ちなみにアリスは職員会議へと向かってしまった。理事会やら事件やらの話が盛りだくさんなのだろう。
「グースカ寝てたからさ。あの分じゃ起こしても起きなかったよ。」
「そんなことないぞ。……うん、多分ね。」
微妙に自信のなさそうに言うロンを尻目に、今度はハーマイオニーが口を開く。
「でも、誰のしもべ妖精なのかしら? 話を聞く分にはその主人が怪しいと思うわ。言うのを躊躇うってことは、つまりそういうことでしょう?」
「マルフォイだ。絶対にそうだよ。」
ロンの主張には残念ながら誰も賛成しなかった。彼の言い分では、世界の全ての事件はマルフォイの責任なのだ。あの青白ちゃんに諸悪の根源が務まるとは思えない。さすがに言いがかりが過ぎるというものである。
「何にせよ注意すべきだわ、ハリー。誰かが貴方を狙ってるのよ。パーシーを傷つけて、一年生を病院送りにして、バジリスクを解き放ったような相手がね。」
真剣な表情で言うハーマイオニーに、ハリーが喉を鳴らして頷いた。
「うん。だけど、どうしてパーシーたちを襲ったんだろう?」
「それは……分からないわ。」
確かにそこが分からない。どう考えても警戒心を煽るだけだろうに。腕を組んで考え出したハーマイオニーの横で、ロンがパチンと指を鳴らして答えを放つ。またポンコツ推理か?
「ポリジュース薬だよ! パーシーに成り代わろうとしたんじゃないか?」
「でも、パーシーはパーシーのままなんでしょう? それに、パーシーに成り代わってどうするのよ。監督生バッジでハリーを殺すの?」
「ピンとこないね。大体、成り代わるなら切り裂く必要はないだろう? 迂遠な上に、意味不明だよ。」
私とハーマイオニーに一蹴されたロンは、いよいよ不機嫌な顔で黙り込んでしまった。ロンは探偵にはなれんな。ワトソン君が精々だ。
それに苦笑しながら、ハリーが纏めるように話し出す。
「とにかく、後一ヶ月だ。そうすれば学期は終わりだし、僕はプリベット通りに逆戻りさ。魔法の『ま』の字もないあの場所にね。そしたらドビーも泣いて喜ぶよ。」
「そうね。それに今日か明日にはハグリッドも帰ってくるわ。……魔法省はちゃんと公式に謝罪したのかしら? ハグリッドはそういうのに疎そうだから、教えてあげたほうがいいかもしれないわね。ちゃんと賠償を請求しないとダメよ。」
おやおや、十三歳の少女が六十過ぎのおっさんの心配をしているぞ。ハーマイオニーがしっかりしているのか、それともハグリッドがダメすぎるのか。中々に難しい命題を考えているところで、談話室にマクゴナガルが入ってきた。職員会議は終わったらしい。
部屋の中央まで歩いてきたマクゴナガルは、グリフィンドール生全員に聞こえるような大きな声で言葉を放つ。
「今日は一日寮で待機してもらいます! 食事もこの場所で取るように! 無断で出た者には重い罰が待っていますからね!」
つまり、監禁か。……まあ、正しい選択だろう。あちこちウロつくヒヨコちゃんたちを制御するには、一箇所に纏めておくのが一番なのだ。
マクゴナガルは厳しい顔で説明を終えると、生徒たちの顔をジロリと見渡した後で部屋を出て行った。特に双子は長く睨まれていた気がする。彼女は誰が『問題児』なのかを正しく認識できているようだ。
「授業なしの外出禁止か。良いか悪いか判断に迷うな。」
「最悪よ!」
ロンの声に、ハーマイオニーが顔を覆って遺憾の意を表明した。他の生徒たちの反応は……微妙な感じだな。大抵は『仕方がない』という感じで、一年生や二年生には安心している者も多く見られる。一部の上級生たちだけが不満気だ。双子とか、ウッドとか、ジョーダンとか。
そのまま談話室のテーブルに出現したサンドイッチを食べ終わると、生徒たちは三々五々に散っていった。ある者は宿題を片付け始め、あるものはチェスを始め、ある者は爆発ゲームを楽しんでいる。……あれは爆発『ゲーム』というか、ただの『爆発』だな。煩くてたまらん。
そんな中、私とハリーはチェスを、ロンは双子の爆発ゲームを観戦に行き、ハーマイオニーは私の隣で呪文の練習をし始めた。
「ハリー、キミのポーンはなんだってそんなにやる気がないんだ? 全然動こうとしないじゃないか。」
「あー……うん、前のゲームで犠牲にしたのを根に持ってるみたいなんだ。勝つために必要だったんだけど、どうにも分かってくれないみたいで。」
今もハリーの声に反論するように足……というか、底面をダシダシ踏み鳴らしている。何度やってもアホみたいなゲームだ。まあ、リアリティがあるっちゃあるわけだが。
そして私の駒も犠牲を嫌がっている。そこそこ高いのを買ったのだが、その分気位も高かったようだ。中くらいの値段の物が一番なのかもしれない。
今度買い直そうかと考えながら威張り散らしているルークを動かしたところで、盾の呪文を練習していたハーマイオニーが話しかけてくる。
「ねえ、リーゼ? シリアルを投げてくれない?」
「キミね、もうやらないって言っただろう? 一年生が『シリアル合戦』を覚えちゃったせいで、キミもマクゴナガルに怒られてたじゃないか。」
「今日だけよ! 期末試験の実技が心配なの。」
「私は期末試験が存在するかを心配した方がいいと思うけどね……ほら、貸してごらん。」
どうせいくら断っても諦めないのだ。呆れ顔でシリアルを受け取ろうと手を伸ばすと、ハーマイオニーは喜色満面の顔で大きな袋を手渡してきた。……この分なら非常食には困らなさそうだな。絶対に湿気っているが。
片手間にシリアルを投げつけながら、思考中のハリーへと雑談を飛ばす。ちなみに盤外戦術というわけではない。もうほぼ勝利は確定しているのだから。
「キミは大丈夫なのかい? 授業での盾の呪文の成功率は五割くらいだと思ったが。」
「まあ、何とかなるよ。ロンよりは高いしね。」
「下を見始めると癖になるよ。気をつけたまえ。」
「うん、気をつけるよ。……それよりさ、決闘のコツって何かないかな?」
決闘のコツ? いきなりの疑問にキョトンとする私に、ハリーは苦笑しながら説明を続けてきた。
「本当はリーゼに勝つために内緒で考えようと思ってたんだけど……ほら、こんな事件も起きちゃったし、今年はもう決闘クラブはなさそうでしょ? だからまあ、直接助言を貰っちゃおうかと思って。」
「ふぅん? ……そうだな、あの時のルーモスを使った目潰しは悪くなかったよ。だから、ルーモスだけは無言呪文でやってみたらどうだい? それなら上級生相手にだって不意を突けるはずだ。」
私の提案に、シリアルを防ぎ続けているハーマイオニーが返事を返す。恐らくシリアルへの対処だけならばダンブルドアよりも上だろう。彼女は軌道を先読みして防いでいるようだ。
「プロテゴ! ……リーゼ、無言呪文は五年生の内容よ。早すぎるわ。プロテゴ!」
「んふふ、勉強不足だね、ハーマイオニー。無言呪文の難易度は行使する呪文によって変わるのさ。そりゃあ武装解除や妨害なんかは絶対に無理だろうが、ルーモスくらいなら不可能ではないはずだよ。なんたって一年生の一番最初に習う呪文なんだ。」
まあ、実際は微妙なところだ。二年生ではルーモス程度でも至難の業だろう。とはいえ、ハリーにとっては中々の提案だったようで、コクコク頷きながら詳細を聞いてきた。
「試してみたいな。どうすればいいの?」
「無言呪文に必要なのは集中力と意志力だ。心の中で呪文を唱えながら、何がなんでも成功させると強く念じる……らしいよ。教科書の受け売りだけどね。」
「うーん、結構難しそうだね。後で練習してみるよ。」
言いながらようやくビショップを動かしたハリーを見て、間髪を容れずにクィーンを動かす。これでほぼ……おいおい、なんて顔をしているんだ、ハリー。そんなに負けるのが嫌だったのか?
何故かハリーは蒼白になりながら固まってしまったのだ。うーむ……大人気なさすぎたのかもしれない。ロンとやるときの癖で、つい本気で打ってしまった。あいつはちょっと強すぎるぞ。
「あー……ハリー? もう一度やるかい? 次はもうちょっと──」
「ごめん、リーゼ! 僕、用事を思い出した!」
やんわりと再戦を提案しようとしたところで、ハリーは勢いよく立ち上がってそのまま自室へと走って行ってしまった。そんなに、そんなにか? 別に何かを賭けてたわけじゃないってのに。
思わずハーマイオニーの方を見れば、彼女もビックリしたような顔になっている。
「どうしたのかしら? ハリーってそんなにチェスに熱くなるタイプだった?」
「いや、そんなことはないと思ってたんだが……ちょっと手加減すべきだったかな?」
「まあ、そうかもね。次は優しくしてあげなさいよ。……プロテゴ!」
再びハーマイオニーにシリアルを投げつけながら、アンネリーゼ・バートリは自身の大人気なさについてちょびっとだけ反省するのだった。
─────
「それでは、お気をつけて。」
ホグワーツの校長室で、アリス・マーガトロイドは緑の炎と共に消えていくダンブルドア先生を見送っていた。理事たちによる査問会へと旅立ったわけだが……まあ、問題あるまい。多数決での勝利は確定しているのだ。
レミリアさんがどんな手段を使ったのかは知らないが、間違いなく過半数を取れると自信満々で言っていた。行って、勝って、戻ってくるだけだ。ルシウス・マルフォイはさぞ悔しがることだろう。ふん、ざまぁみろ。
そしてハグリッドもそろそろ釈放されているはずだ。大方漏れ鍋あたりで一杯ひっかけてくるだろうから……昼過ぎくらいには帰ってくるかな? いや、ひょっとしたら夕方まで飲んでくるかもしれない。あそこのバーテンダーは聞き上手なのだ。
身を翻して、自室に向かって歩き出す。聖マンゴの一年生たちも快方に向かっているとのことだし、状況は多少好転し始めている。もう少し落ち着けば詳しい話も聞けるだろう。
ホグワーツの廊下を歩きながら、考えるのはドビーの言葉だ。前回と今回は『同じ』か。一体どういう意味なのだろうか?
ふと顔を上げると、見覚えのある廊下が見えてきた。思わず動かしていた足をピタリと止める。……この場所だ。五十年前のこの場所で、私はバジリスクと向かい合っていた。
今でも鮮明に思い出せる。崩れた廊下の天井。吹き飛ばされていくハグリッド。バジリスクに押さえつけられるテッサ。そして……今より小さかったバジリスクの黄色い瞳。今思えばなんとも無謀なことをしたもんだ。死んでいてもおかしくはなかったぞ。
思わず懐にあるテッサの杖に手をやりながら、再び歩き出して思考を回す。
何を見落としている? 部屋を開けたのは、リドルの命を受けた死喰い人ではないのか? 生徒を襲っているのは闇の魔法使いではないのか?
……ダメだ。上手く考えが纏まらない。自室に戻って一度コーヒーでも飲もう。最近は紅茶の気分にはなれない。苦味で頭をすっきりさせたい気分なのだ。
小さくため息を吐きながら教員塔の階段を上り、自室の方へと向かっていくと……ハリー? 私の部屋の前に、何故かハリーが立っている。寮にいるはずでは?
混乱しながら歩み寄ってみれば、ハリーは蒼白な顔で話しかけてきた。
「マーガトロイド先生、杖を置いてください。」
「杖? どういう──」
「ジニーが人質に取られているんです。談話室でこの蛇が僕に話しかけてきて……杖を置いてください! 誰かに伝えたり余計な動きをすると、ジニーを殺すって言ってるんです!」
チラリとハリーの肩から覗くエメラルドグリーンの小さな蛇が、私の動きをジッと見ている。その目は……明らかに何者かの支配下にある目だ。どう見てもただの蛇ではない。
「……わかったわ。」
ゆっくりと腰の杖を抜いて足元へと落とす。ハリーの話が確かなら、ジニーを人質に取っている何者かは蛇を通して私を見ているはずだ。真偽は不明だが……少しでも可能性がある以上、余計な動きを見せるわけにはいかない。
私が杖を置いたのを見て、蛇がちろりと舌を出した。私にはまったく聞こえないが、蛇語でハリーに何かを話しているらしい。
「……それと、人形を部屋の中に投げ入れろって言っています。その、七体全部。」
「よくご存知のようじゃないの。」
蛇を睨みつけながら、小さくして携帯している人形を全て部屋へと投げ入れる。名前が売れ過ぎるのも考えものだな。手の内が丸わかりじゃないか。
非常時ならともかく、平時に携帯している戦闘用の人形はこれで全てだ。……戦闘用は、だが。
私が人形を投げ入れるのを無感情な瞳で見ていた蛇は、チラリと窓の方へと首を向けた。私もそちらを見てみれば……おやおや、もう一匹のご登場だ。窓からするりと這い出た小さな蛇は、床に落ちた杖を咥えてから私の部屋へと入って行く。
それを見送ったハリーが、部屋のドアを閉めながら口を開いた。
「人形はもう一匹に見張らせる。ピクリとも動かせばジニーを……殺す。だそうです。」
「わかったわ。」
「……それじゃあ、移動します。えっと、余計なお喋りは無しだそうです。」
「はいはい、了解よ。」
冷たく蛇に了承の言葉を放つが、内心ではかなりの焦りを感じ始めた。人形を遠隔操作するのも封じられたか。くそ、念入りにも程があるぞ!
ハリーの背中に続いて歩き出しながら、必死の思いで思考を回す。リーゼ様は気付いてくれるだろうか? そもそもハリーはどうやって寮から……ああ、透明マントか。
蛇の主人が知っていたのか、それとも見つかったらジニーを殺すとでも言われたのか。詳細は分からないが、あのマントを使って来たなら厄介だ。集中している時ならともかく、油断していればリーゼ様でも見抜けまい。
そしてジニーが人質に取られている可能性も上がった。少なくともハリーは談話室にジニーが居ないかを確認したはずだ。そしてこの場で蒼白な顔をしているということは、そこにジニーは居なかったわけだ。
階段を下りて、小さな通用口から城の外へと出る。どうやら目的地は城内ではないらしい。ハリーの肩に乗る蛇は……後ろに続く私のことをジッと見ている。頼むから隙を見せてくれ。一瞬でいいんだ。
袖口には連絡用の小さな人形を仕込ませてあるのだ。数秒でいい。数秒だけ目を離してくれれば……。
だが、禁じられた森に近付いても蛇は決して私から目を離さなかった。時たまハリーが道を確認する時も、こちらを見たままでチロチロと舌を出している。忌々しい蛇だ。
そのまま森の中へと入り、更に奥へと進んで行く。薄暗い中、躓かないように気をつけてひたすらに歩き続けるが……一体どこまで行くつもりなんだ? もう木々に隠れて城は見えないぞ。
三十分ほども歩いただろうか? いや、もしかしたらもっと長いこと歩いていたかもしれない。少し開けた場所にたどり着くと、ようやくハリーが歩みを止めた。
背の低い草が生い茂る広場には、中央に見上げるほどの巨木が聳え立って……ジニー! 根元によく知る赤毛の少女が倒れている! 思わず走り出そうとした瞬間、鋭い声がそれを引き止めた。
「止まれ! 動かないでくれ、マーガトロイド。そうじゃなきゃ、この子を殺すことになってしまう。」
ゆっくりと巨木の陰から姿を現したその男は──
「……リドル。」
「ああ、久しぶりだね、マーガトロイド。会えて嬉しいよ。」
学生時代のトム・リドルがそこには立っていた。