プレシアが去り美夜子が来たり魔法談義をしたり、バードピアは何事も無く平穏が続いていた。
ハジメはこれまで通り研究に余念が無くコピー達と共に没頭して、従者組のドラ丸とエル達はその補佐と身の回りの世話にあたっている。
従者候補の夜天も同じように雑務を行なったり魔法研究の教授役を担い、その合間の暇な時にミッド世界の地球の八神家の様子を度々伺っている。
先日八神はやてが誕生日を迎え、彼女の元にある闇(夜天)の書が起動しヴォルケンリッターの出現を確認した。
自身の中で未だ眠っている守護騎士ではないが、別たれた半身の同胞達が原作のアニメのように主とうまくやれているか気にかけていた。
タイムテレビを使った時空間通信による確認なので相手に見つかる事はないが、余り他所の家を覗くのはプライバシーの侵害であり、程々にする様にとハジメに注意される一面もあった。
先日色々な転機を迎えたアリシアも、勉強をしながら魔法の訓練を始めている。
魔力を増やす方法を求めた彼女がハジメに言われて実践しているのは、ドラクエ世界産の【ふしぎなきのみ】を適度に服用し続けるというものだ。
ふしぎなきのみはゲーム・ドラゴンクエストで最大MPを増やすという効果で、現実では魔力上限の上昇を促進する効果が確認されている。
これを服用し続けながら魔力を使い続ければ魔力容量が徐々に上がるという事が、ハジメの過去の修行経験から分かっている。
毎日魔法の練習を続けて居れば魔力が自然に増えるという寸法だ。
リニスは当然アリシアの身の回りのお世話。
アリシアが少しずつ魔法を使える様になったことで、魔法を教える事も役割の一つになった。
フェイトの教育の経験もあるので、何の問題も無く充実した日々を送っている。
もう少し魔法がうまくなったら専用のデバイスを作ろうとリニスは考えていた。
このようにバードピアに住む者達は各々が充実した平穏な日々を送っている。
しかしそんな平和な日常に突然、ハジメの元に物々しい表情で会いに来た者達がいた。
「マスター! お休みを取ってください!」
エルを筆頭にした神姫組四人娘である。
「どうしたんだエル、他の皆も?」
「どうしたんだじゃありません! 毎日毎日部屋に籠って研究ばかり。
研究もいいですが、いい加減ちゃんとした休みを取ってください! 体を壊してしまいます!」
エル達はマスターであるハジメの体を心配して、休みを取るように求めてきたのである。
これまでいろいろあったがハジメは毎日何らかの理由で行動を起こしていたり、研究の為に技術班の指揮を執りそのまとめ役を担っていた。
そんなハジメを見ていて、これまでまともに休みの日を取っていないのではないかとエル達は気づいたのだ。
「大丈夫だよ、ご飯はしっかり食べてるし夜もちゃんと寝てる。
それに体力も人より多分にあるんだから、ちゃんとした生活を送っていれば倒れるようなことはないよ」
ハジメは異世界の力を得る修行によって、疾うの昔に普通の人間を超えた体力を手に入れている。
一週間くらいなら余裕で不眠不休で動けるし、体力を回復させたいなら仙豆を筆頭にした特殊な回復アイテムもあり、睡眠もひみつ道具で無理矢理無くすことが出来る。
そもそもコピーと言う代役を立てる事も出来るので、ハジメが必要であっても代役を立てて休もうと思えばいくらでも休める。
一般的な普通の休養を毎日取っていれば、ハジメ自身が言った通り健康上の問題は何もないのだ。
「そういう問題じゃありません、マスターはどんなに強くても人間なんですよ!」
「その通りなのです。 大丈夫だと自分で思っていても思いもよらぬ病に掛かってしまうやも…。
マスターがお病気にでもなったらと思うと、夜も眠れないのです」
「皆大げさだと思うけど、ボクもマスターが体を休める日を作った方が良いと思う」
「マスター、御体をご自愛ください」
尤もそれはハジメの認識で、傍から見れば明らかなオーバーワークで休むべき時は休むべきだと思うのが常識的な考えだ。
休みなく毎日研究を続けるエル達が心配になってしまうのは当然。
エル、レーナ、アイナ、リースが各々にハジメの事を心配して休むように述べた。
自分の可愛い従者達が心配していると言われては、実際大丈夫だとしてもその意見を無碍には出来なかった。
「そっか、休みの日か~。 考えた事も無かったな」
「かつての事件の時は余裕が無くて仕方なかったでござるが、今までそのままノンストップでござったからな」
ドラえもん映画事件の時は、無理矢理作った時間で事件の解決に取り掛かり、休み時間もコピーを多用して作っていたので、十分な休憩は取れていても実質的な休みの日というものは存在しなかった。
事件が終わってもその感覚が未だ残ったままで、休憩はひみつ道具のごり押しで解消すればいいという考えが根底にあった。
「ドラ丸さんももうちょっとマスターの御体のこと考えてください」
「いやはや、申し訳ないでござる。 エル殿達後輩に言われるまで気づかないとは」
「ドラ丸を作った時からこのペースだったからね」
事件初期の頃はドラ丸も主人であるハジメの事を心配したりしたが、コピーのごり押しで休めてはいたのでいつの間にか常識的な心配をする事は無くなっていた。
事件が終わったらハジメもゆっくりするとは言っていたのでドラ丸も納得したのだが、終わった頃にはその事をすっかり忘れてそのままのペースで研究を続けていた。
慣れというものは恐ろしい。
「ともかくお休みの日をちゃんと作ってください。
少なくとも私達が起動してからは、一度もマスターがちゃんとしたお休みを取ったのを確認していません」
「申し訳ない………え、起動してから?」
「? どうしましたマスター」
ハジメが突然呆けたように何かに気づき、その様子の変化にエルもどうしたのだろう様子を窺う。
次の瞬間、ハジメはハッとなって興奮しながら立ち上がる。
「いや、これはまずい! ちゃんと休みを作らないと!」
「は、はい! マスターはちゃんと休んでください」
「僕じゃない、エル達の休みもだよ」
急に休みを取るしっかり明言され、不意の事にエルは要領を得ないまま受け答えする、
しかし改めて伝えたのは、ハジメだけでなくエル達の休みの事でもあった。
ハジメにとって彼女達は従者であって部下であり、制作者だとしても自分が働かせている立場にあるのだ。
人の様に見えても彼女達は機械の体であり、万全の状態を維持するメンテナンスを欠かす事は無いが、ハジメは彼女達をただの機械と扱う気はなく一個人の存在として見ている。
つまり彼女達を人として労働させているつもりであり、働かせている立場としては彼女達に定期的な休みを与えなければいけないという事に気づいたのだ。
これまでずっと休みの無いこの環境は言ってしまえばブラック企業であり、それは自身の職場としては不味いだろうとハジメは焦った。
日本人の労働に対する観念は素晴らしいが、それでもブラック企業の名を時折耳にするのは日本人が働き過ぎだからだろうか。
「皆に休みを取らせなかったなんてどうかしてる」
「わ、私達は機械なんですから、メンテナンスをしていれば問題ありません」
「問題有ります。 機械だろうが魔法プログラムだろうが部下に休みを作らないなんて、日本の社会人としてアウトな事案です。
日本に住むのはやめたけど日本人をやめたつもりはない。 労働基準法の詳しい内容は知らないけどブラック企業になるのは絶対にダメ。
明日からやる事は全部中止! 全員で休暇に行くぞ!」
「「「「「ええぇぇぇ!!?」」」」」
「そういう訳で休暇という事になりまして、マスターが皆で異世界にバカンスに行こうという事に昨日急遽に決まりました。
リニスさん達もよかったらとお誘いするように言われてまして、朝こちらに集合と言い残して、マスターはドラ丸さんと準備の為にどこかに出かけてしまいました」
「そうでしたか…。 確かにハジメさんに会いに来ると、何時かのプレシアのように研究を続けてらっしゃいましたね。
いたって健康のように見えましたけど、よくよく考えてみればちょっと心配になります」
「マスターは特殊な力を得て私達の想像以上に丈夫だと聞いてはいますが、休みが無いのは流石に問題だと思って申し上げたんです。
ですが逆に気遣われてしまって、私達のお休みもという事になってしまいました」
「わかります、仕える者としては主人の健康は心配になりますものね。
ですが逆に従者に気を使われるとは、優しいマスターで羨ましいですよ。
あ、今の私のマスターもハジメさんでしたね」
リニスの使い魔としての存在を支えるのは、魔力量の問題でプレシアに代わって主が務まるのは現在ハジメだけだ。
魔力の成長が進んでいるアリシアがその内その役割を担えるようになるかもしれないが、それはまだだいぶ先になるだろう。
「まあ一緒に休んでくれるのでしたら、それはいいんです。
けど準備は自分達でやると言ってドラ丸さんと一緒にいなくなってしまったので、逆に私達がマスターを働かせてしまったみたいで…。
全く、準備くらい私達にやらせてくれたっていいじゃないですか」
「フフフ」
それは従者の役割と言わんばかりのエルに良好な主従関係を見て、リニスは笑みをこぼす。
今でこそ本来の主であるプレシアと信頼関係を得られているが、使い魔として生み出されて一度終わりを迎えるまでは、決して良好な信頼関係があったとは言えなかった。
だからこそ温かい主従の繋がりを見てリニスはとても微笑ましく思えた。
ハジメが戻ってくるのを待ちながら談笑をしていると、空間に穴が開き時空船が姿を現した。
ハジメ専用の平行世界も自在に渡れる時空船ヴィディンテュアだ。
『お待たせ。 ちゃんと集まってるみたいだね』
「「「マスター!」」」
「主!」
「おはようハジメさん」
「おはようございます」
「マスター! 時空船にまで乗って、一体どこに行ってたんですか!」
仕事を持っていかれたと思っていたエルが興奮しながら不機嫌そうにハジメに問い質す。
『ごめんごめん、ちょっと休暇先の下見にね。 まだ行った事のない世界だったからいろいろ手間取っちゃったよ。
ともかく皆準備が出来てるんなら船に乗っちゃって。 このまま目的の世界に出掛けるよ』
「私達はもう準備万端です。 でもどちらの世界へ向かわれるんですか?」
『詳しい説明は船の中でするよ。 でもどんな世界かは教えておこう。
美食と飽食が溢れるグルメ世界、漫画”トリコ”の世界だ』
【トリコ】
それは未知なる食材を求めて様々なモンスターや敵と戦い冒険するバトル漫画のタイトルであり、その主人公の名前である。
その世界はハジメが語った通り、多くの美味しい物が溢れている文字通りグルメな世界だ。
ハジメは休暇を異世界食べ歩きツアーとして、その世界に皆で遊びに行く事にしたのだ。
「さあ着いたよ。 此処が目的地の満腹都市グルメタウンだ」
ハジメの案内で辿り着いた場所は、トリコの世界の多くの料理店や屋台が集まるグルメタウンという場所だ。
この世界の人間が住む場所であれば大抵は普通の世界よりおいしいものが食べられるが、ここはこの世界でも人が多く集まり食事に関する物が集中している場所だ。
グルメツアーの旅にハジメはこの場所を選んだのだ。
「すごいねリニス、こんなに人がたくさんいるの初めて見たよ」
「そうですね、ミッドでもこんなに人が溢れ返る場所はそうそうないでしょう」
現在ハジメ達がいるのはグルメタウンの入り口がある駅を出た場所であり、駅からは今もグルメタウンに入っていく人の波が絶えない。
「じゃあ、さっそく中に入ろうか。 入り口はあっちだ」
グルメタウンのゲートに向かって人の列に並び、スムーズな人の流れで入場受付で入場料を払い中に入る。
入ったら左右何処を見ても食事を扱っている店が多く立ち並んでいた。
アリシアが漂ってくる美味しそうな匂いを感じてソワソワしだす。
「いい匂いー♪」
「まずは食べ歩きがし易い屋台通りを目指そうか。 座って食べれる店舗はゆっくり見て回ってから入ろう」
「うん!」
「ところでマスター。 先ほど気づいたのですが、この世界のお金はどうしたのですか?」
世界が違えばお金の価値どころか通貨単位も当然違う。
初めての世界に来れば当然無一文からのスタートで、人社会に関わるにはいろいろ不便になる。
「ああ、準備の時に下調べでこの世界に来て、試しに何頭かグルメ食材のモンスターを狩って卸売市場に持ってってお金に換えてきた」
「マスター、そのような雑務でしたら私に命じてくだされば何頭でも倒して見せましたものを」
リースがそれくらいの事は自分がやると口を挟むが、戦いを好む彼女はこの世界の強いモンスターの狩りに興味があるのが見え見えだった。
「リースは狩りに興味があるみたいだけどまた今度ね。
それに食材を捕獲するというのも素人には難しいみたいでね、僕が倒したのも状態が良くないからって理由でいくらか値段が下げられたんだ。
たくさん狩ってお金は十分溜まったけど、やっぱりその辺りは美食屋っていう専門家じゃないといけないみたいだね」
「なるほど」
リースもモンスターと倒す自信はあるが、食材としていい状態で狩るとなるとうまく出来るとは流石に言えない。
「ねえ、早くいこう! 私もう我慢できないよ」
「ああ、そうだな」
アリシアが美味しそうな匂いに我慢出来ず、まだ話していたハジメの手を引っ張って歩き出した。
これ以上我慢させるのも悪いとハジメもアリシアに手を引かれながら歩き出し、他の者達もアリシアを微笑ましく思いながら後についていく。
その中で一人一歩駆け出し、アリシアが取ってるハジメの手の反対に並び腕を取った。
「? どうしたレーナ」
「うふふ、マスターとお出かけする時があったらこうやって腕を組んでみたいと思っていたのです」
腕を取ったレーナは抱え込むように自身の腕と組み、いわゆる恋人歩きをしようとハジメの隣に並んだ。
レーナの胸は神姫娘たちの中で最も大きく腕が隠れるほど谷間に収まり、そういう事に慣れていないハジメは、自分の子であっても強いスキンシップに少し気恥ずかしくなった。
「れ、レーナ……突然そんなことしたらマスターのご迷惑ですよ……」
「………」
「レーナズルーい。 ボクもマスターと腕組みたいー」
突然のレーナの行動にエルは動揺に声を震わせながら止めようとし、普段から寡黙で険しい顔をしているリースはいつもより目を吊り上げて不機嫌そうになるが黙っており、一番思ったことを口に出しやすいアイナは素直にレーナを羨ましがった。
反応はそれぞれ違うが、三人共レーナのように自分もハジメと腕を組んで歩いてみたいという雰囲気を醸し出していた。
「青春でござるな」
「あらあら」
「(チラチラソワソワ)」
その様子をアリシアを見ていた時よりも温かい目で見ているドラ丸とリニスがいたが、その傍で挙動不審になっている存在にリニスが気づく。
「……夜天さんも行っては如何ですか」
「えっ、いや、私は……」
夜天も少し興味があったようだ。
「ゲロルドのケバブ美味しー!」
早速屋台で買った食べ物をアリシアは美味しそうに頬張っている。
他の者たちも近くの屋台で気になった食べ物を選び始めた。
「奇妙な鳥のお肉みたいですけど、本当においしいですね」
リニスも一緒にアリシアと同じケバブを食べており、元となった食材のゲロルドの姿を思い出すと、まるで連想できない肉の味だと思った。
リニスがゲロルドの姿を知っておりアリシアが真っ先にこれを選んだのは、漫画でもトリコがこれを食べていたからだ。
グルメタウンに来るまでの電車の旅の間に多少知識を持っていてもらおうと、ハジメはアリシア達に原作の漫画を読ませていた。
漫画で出ていた料理を売っているのが真っ先に目が付き、アリシアは真っ先にこのゲロルドのケバブを選んだのだ。
他の皆も普通の世界では見かけない不思議な食材で料理を出す屋台から買ってきて口にしている。
「このアーモンドキャベツのお好み焼き、ソースが掛かってなくても凄く濃厚な味です」
「……旨いな」
「このイカマグロの串焼きって、変な名前だけど確かにイカとマグロの感じがする」
「わたがしの木のわたがしも、普通の物よりずっとフワフワしてて味もさっぱりしてるのです」
「あんみつ鳥の焼き鳥というものも、甘辛い味が肉から漏れ出して実に美味でござる」
「こんなにおいしいものがあるのですね」
皆思い思いにこの世界特有の食材の料理を口にして喜んでいく。
ハジメもまた面白そうな食べ物を買って口に入れていく。
広いグルメタウンに立ち並ぶ店は屋台だけでも数百を超え、食材の種類の多さから料理が被るという事も殆どなく、手当たり次第に買っても同じものを口にする事がまるでない。
ハジメ達はこの美食と飽食のグルメ世界を腹いっぱいに堪能していた。
しかしいくらおいしい物がたくさんあると言っても、普通の人間には食べられる量に限界がある。
質量を無視していくらでも食べられる人間はフィクションでよく見かけるが、ここにいる面々は食事の量で可笑しくなった人間はまだいない。
そして一番最初に限界が訪れたのは、見た目通り一番容量が小さいアリシアだった。
「うぅ~~~……」
「無理して食べてはいけませんよ。 お腹を壊してしまいます」
「でもまだ食べたい。 こんなにおいしいのに…」
アリシアの手には食べかけの料理があるが、お腹一杯で手が止まってしまっていた。
「それならアリシア、これを一口齧ってみな」
「これっておにぎり?」
「【ハラペコおにぎり】と言って、一口食べるだけで空腹になるんだ。
そうすればもっと他の料理も食べられるようになるよ」
「ほんと! じゃあ食べる!」
アリシアが差し出されたハラペコおにぎりを一口齧る。
「!? ホントにお腹が空いた! これならもっと食べられる!」
お腹に余裕を取り戻したアリシアは、先ほど食べ掛けだった料理を再びおいしそうに食べ始める。
「皆もいろいろ食べたいだろうから、たくさん食べられるようにハラペコおにぎりを一個ずつ配っておくよ。
だけどそれ以上は流石に食べ過ぎになるから諦めてね」
ハラペコおにぎりの効果は空腹になるだけだが、食べた物を無かった事にする訳ではない。
あっという間に消化させて空腹感を作り出すだけなので、食べた物はちゃんと体の栄養になる。
つまりハラペコおにぎりを使い過ぎれば、あっという間に太ってしまう可能性があるのだ。
ちなみにこの中で太る可能性があるのは、一応人間のハジメとアリシアだけ。
他はロボットだったり魔法プログラムだった使い魔だったりと、体型変化が起こらない者達ばかりだ。
つまりエネルギーの消耗には肉体的にも鍛えてあるハジメは消費しやすいから除くとして、残ったアリシアは(肉体年齢)五歳にして場合によっては帰ってからダイエットを考えないといけなくなる可能性が無きにしもあらず。
屋台巡りを一区切りつけると、ハジメ達は今度は店舗街へやってきた。
屋台では売ってないお店に入らないと食べられないような料理を食べに来たのだ。
「とはいえ、何処から入ってみようか」
「屋台も多かったですけど、お店の方もたくさんありますね」
「流石に全部の店に入るのは厳しいのです」
「だけど何処もおいしそうなんだよなー」
ハラペコおにぎりのお陰でお腹に余裕を作り食欲を維持しているハジメ達は、屋台以上に多彩な料理がある無数のお店に目移りしている。
その中でアリシアだけは一つのお店に視線を絞って見続けていた。
「アリシアは何か入りたいお店があるの?」
「えっとね、あそこ」
ちょっと遠慮気味にアリシアは指を指した。
「んと、お寿司屋さんか」
「うん、お寿司ってどんなのかハジメさん達の世界に来て知ったけど、食べたことないの」
「ミッドにはお寿司はなかったのか?」
「ミッドはいくつもの世界の文化が入ってくるので多種多様な料理がありましたが、奇異の眼で見られる受け入れにくい物は、流石に定着し辛いようでして。
私は山猫の使い魔なので特に気にしませんが、生魚を食べるという文化はミッドには合わなかったかと」
「ミッドは西洋文化に近いみたいだからな」
今でこそ寿司は世界に広がっている日本文化だが、それ以前の外国では魚を生で食べるという考えは殆どなかった。
西洋文化寄りのミッドであれば生魚を食べるのはお腹を壊すという考えがあるのかもしれない。
「まあ、アリシアが食べてみたいなら寿司屋に入ってみるか。
皆もそれでいいかな」
「マスターがよろしいのでしたら」
ほとんどが従者のこのメンバーであれば、ハジメが決めれば反対する者はよほどのことがない限りあり得ない。
特に反対する者もなくハジメ達は寿司屋に入ることになった。
お店の中は満員ではないが、客がまばらに入っており繁盛しているといった様子だ。
「ここは回転寿司か。 自由に座ればいいみたいだし、アリシアにお皿を取らせたいからカウンターの席に座ろっか」
「わかりました」
ハジメが先導して皆を席に座らせ、自分はアリシアに教えるために隣の席に座った。
「わぁ、ホントにお皿が流れてくる」
「この流れてくるお皿を取って、上に乗ってるお寿司を食べればいいよ。
お寿司の値段は清算の時にお皿の枚数を数えて決めるから、ちゃんとお皿は残しておくんだよ」
「うん、わかった」
そうしてアリシアはお寿司のお皿を取ろうとするが、流れてくるお寿司が多彩でどれにしようか迷ってしまう。
「えっと、どれにしよう…」
「お寿司の食べ方に味の薄い物から濃い物の順がいいって話があるけど、初めてだしどんな味かもわからないよな。
特に決まりはないから、目の前にあるのから取って大丈夫だよ」
此処は百円寿司ではなくお皿ごとに値段が違う皿が使われているが、お金は十分にあるのでアリシアに気にせずどれでも取るように言う。
「じゃあこれから食べる」
「タコだね」
目の前に流れていたお皿を取ったアリシアに、ネタの名前を教えるハジメ。
西洋人?で最初にタコを選ぶとは、偶然とはいえアリシアはかなりチャレンジャーかもしれない。
「いただきまーす。 ……ねえハジメさん、どうやって食べよう」
「ん? ……ああ、そうか。 アリシアは箸が使えないっけ」
寿司の食べ方は一般的に箸か手掴みで、スプーンやフォークが無い寿司屋ではアリシアはどう食べればいいかわからなかった。
育ちの良いアリシアがまさか手掴みという考えに至る筈もない。
「寿司をスプーンやフォークで食べたりしないからね。
箸も練習せずに使うのは無理だろうし、今回は手掴みで食べるといいよ」
「手づかみで食べていいの。 お行儀悪くない?」
「握り寿司はそういう食べ物だからね。 他のお客さんも箸を使ったり素手で食べてる人がいるだろう」
「ホントだ」
アリシアが周りを見渡すと、店の中のお客さんは箸と素手の半々で食べているのが見えた。
「お手拭きで手を拭いてから、お醤油を付けて食べてごらん」
「うんやってみる。 ……いただきます」
アリシアは手を拭いてから寿司を手に取りお醤油を付けると、改めて頂きますと言って口に入れる。
初めて食べた寿司の味は悪くない様でおいしそうに咀嚼するが、突然アリシアの様子に変化が現れる。
「むぐむぐむぐ……む!!~~~~~」
「ど、どうしましたアリシア!?」
「しまった、ワサビか!」
突然悶え始めたアリシアにリニスは慌てだし、ワサビの存在を思い出し慌ててハジメはお茶を飲ませる。
その後はさび抜きの物を注文して、続きを食べるのをアリシアは少し怖がったが一つ食べてちゃんと食べられると解ってからはどんどん注文するようになった。
ワサビは無理でもお寿司は好きになったようだ。
皆も一通り食べてそろそろお会計をしようかとハジメが考えた頃に寿司職人から店の客全員に声が掛かった。
「お客さんたち今日は運がいいな! 今日は特別なネタが用意してあるんだ!」
「ハジメさん、ネタって何のこと?」
「お寿司のご飯の上に乗せる魚なんかの海鮮食材の事をネタっていうんだ」
日本人には慣れ親しんだ用語だが、アリシアが知る筈もない。
「今からその特別な注文を受ける。 最高のネタだから味は保証するがどんなネタかは注文してからだ。
ただし貴重な食材だから一貫10万で出させてもらう。 数はそんなにないから早い者勝ちだ!」
「10万!? いくらなんでも高すぎる!」
「嫌なら注文しなくていいってんだ」
客の非難もネタの絶対の自信から突っぱねる寿司職人。
周りの客もどうしようかと悩んでいるが、突然の高価な品になかなか手が出せないようだ。
「マスター、どうなさいます?」
「んー、お金にもまだ余裕があるし注文してみよっか」
「ええぇ、いくらなんでもぼったくりなんじゃない?」
「そうです、マスターが稼いだお金なのですから大事にするべきなのです」
寿司一貫にしては法外な値段に、流石にハジメを止めようとするエル達。
「お金はまた稼げばいいだけだから大丈夫。 それにこの世界は貴重な食材が高価で取引されてるから、ホントにいい食材ならそれくらいしても可笑しくない。
せっかく楽しみにここまで来たんだからこれくらい冒険してみよう。
すいません! 僕等に一貫ずつお願いします」
「あいよ! 毎度あり!」
皆の制止を振り切ってハジメは全員分の注文を取る。
「あ、ただしこの子にはさび抜きで」
「わかってら。 しかし剛毅だね、兄ちゃん」
「休暇で楽しみに来てるんで、パーっといかないと」
特に気にも留めていないハジメに皆も諦めたようで注文を待つことにする。
そして真っ先に注文した事で短い時間で品が届いた。
「ヘイお待ち! こちらが今日の特別メニュー【マーメイマグロ】の大トロだ。
最高の部位【バブリートロ】は手に入らなかったんだが、決して悪い品じゃないんだぜ」
「バブリートロ、どっかで聞いた事があるような…。 その部位はどうしたんですか?」
「希少食材の最高部位だからな。 うちの店じゃ手が出なかったんよ」
「最高部位じゃなくてもこの値段って。 一体どれくらいの値段がするんでしょう?」
「この世界の食材は際限がない分、値段も際限なさそうだからね。
狩りをして売った食材も状態が悪くても結構高価で売れたからな。
お金のことはいいから早速食べよう」
皆の席の前には既にマーメイマグロの大トロが置かれている。
「では……むぅ! 魚の身なのに醤油の味に打ち勝つ様な濃厚な旨みが感じられる」
「それに普通の大トロとは比べ物にならない舌触りで、あっという間に口に広がるように溶けていきます」
「確かに食感はあるのに、まるで水を嚙み締めているかのような不思議な感覚なのです」
「さっきまで食べてた寿司とはもう比べ物にならないよ」
「おいしー!」
この世界の食材が凄い事を知っていた筈のハジメの驚きを筆頭に、エル、レーネ、アイナ、アリシアと自然にマーメイマグロの大トロの味を漏らしてしまう。
それを聞いた他のお客も喉を鳴らして自分達もと注文をし始める。
「これほどの物、拙者達の世界では想像も出来なかったでござるな」
「私も、主に仕えていろいろと食べさせていただきましたが、これほどおいしい物は初めてです」
「フェイト達にも食べさせてあげたいですね」
「マーメイマグロとやらを捕まえればもっと食べられてマスターも喜んでくれるだろうか」
ドラ丸と夜天は初めての味に感動し、リニスは離れている家族たちを思い浮かべ、リースは自身の力で狩ることを画策する。
皆味わって食べているがそれでも直ぐにもう一個の大トロも食べてしまい皿は空になってしまう。
ハジメは迷いなく再び店員に告げた。
「全員分、もう一貫ずつお願いします!」
「ヘイ毎度!」