四次元ポケットと異世界漫遊記   作:ルルイ

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感想及び誤字報告ありがとう。


第八話 この世の全ての食材に感謝を込めて

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしましたマスター」

 

「ちょっとお金が心許ない」

 

 グルメタウンで食べ歩きをした後は、宿泊施設にホテルグルメを選んで、そこに泊まった。

 原作開始前の時期なので小松もまだ働いていなかったが、五つ星のホテルだけあってレストランでの夕食もグルメタウンの料理に負けないくらい美味しかった、とハジメ達は絶賛した。

 一夜明けて今日は何処に行こうかと考えていたが、前日の寿司屋で思ったより散財した事で少しばかりお金に余裕が無くなっていた。

 

「昨日のお寿司屋さんは美味しかったですけど、高かったですからね」

 

「その甲斐はある味だったけど、今日も同じように食べ歩きするとなるとちょっと手持ちが心配になる」

 

 いい食べ物は高いと解ったので、もう少しお金に余裕が欲しいとハジメは思った。

 

「でしたら私が狩りをして軍資金を集めてきましょう。 マスターたちは観光をお楽しみください」

 

 リースが自分が狩りをしてお金を稼ぐと提案する。

 

「んー、それもいいかもしれないけど、リース一人だけを行かせるのはな」

 

「いいんじゃない。 リースずっとこの世界のモンスターと戦ってみたいって張り切ってたし」

 

「な、何を言うアイナ!」

 

 アイナに指摘され恥ずかしそうにするリースだが、皆分かっていた事なのであまり意味はない。

 

「それなら私も食材探しの冒険してみたい!」

 

「アリシア!?」

 

 リースに続いてアリシアも狩りをしてみたいと言い出し、リニスが驚く。

 

「リースを一人で行かせるのもあれだけど、アリシアは…。 どう思います、リニスさん」

 

「私はヤマネコの使い魔ですので狩りというものにも理解はあります。 ですがアリシアがとなると色々と心配になります」

 

「大丈夫だよリニス。 私だって魔法使える様になったんだから!」

 

 元々使えなかったアリシアが魔法を使える様になったことで最近調子に乗っている様子を見せるが、ミッド世界風の強さに換算すると魔導師ランクCといったところで、まだまだ強いと言えるほどの物ではない。

 この世界では精々自衛が精一杯というレベルで、捕獲レベルが上がるにつれて元の世界の生物の常識を吹き飛ばすこの世界の生物相手には非常に心もとない物だ。

 とても狩りが出来るような力とは言えない。

 

「アリシア。 君は確かに魔法が使えるようになったけど、この世界の生物を相手にするのは無理だ」

 

「私も一人で狩りが出来るとは思ってないよ。 だけど一緒に行くならいいでしょ。

 防御魔法だって使える様になったんだから」

 

「アリシアが使える防御魔法じゃ、この世界での戦いにはあまりに心許ない。 正直エル達の武装でも、人間界での高捕獲レベル食材のモンスターにだって厳しいと思う」

 

「私はやれますマスター!」

 

 心配だと言われて自身を鼓舞するように訴えるリース。

 

「リースが狩りをしてみたいのは解ってるから、高レベルの勝てないような相手に挑まなければ別にいい。

 だけどアリシアは実力以前に心配なことがある」

 

「私の何が駄目なの?」

 

 アリシアは不満げに頬を膨らませながら心配するハジメに問う。

 

「アリシアはトリコの漫画を読んで自分も冒険してみたいと思ったんだろうけど、この世界は漫画そのままの世界観でも現実なんだ。

 現実の狩りは漫画みたいな描写じゃなくて血生臭いもので、生き物の血を見慣れてないアリシアにはちょっと辛いんじゃないかな」

 

 ハジメの懸念は現実とのギャップだった。

 

 

 

 

 

 アリシアに生き物の生死が関わる狩りを見せるのは早いのではないかと思われたが、意固地になったアリシアが駄々をこねる様に狩りの参加を表明し、この日はこの世界の美食屋体験と言わんばかりの食材探しを全員ですることになった。

 向かった先はハジメの案内で資金集めを行なった、人里を離れた猛獣のいる危険地帯に指定されている森林地帯。

 此処で売る事の出来る食材モンスターの狩りをしようとやってきていた。

 

「これは【ホワイトアップル】という果実で、ちゃんと食べられるのです」

 

「レーナ、このキノコは? いい匂いがするから毒キノコじゃないと思うんだけど」

 

「えーとそれは……たぶんクリーミー松茸というキノコなのです。 ちゃんと食べられる美味しい食材なのです」

 

「よーし、じゃあこれと同じの取れるだけ取ってこう」

 

 事前に購入していた食材図鑑を元に、食べられて売る事も出来る食材を採取して回るアイナ達。

 他の皆も歩きながら食材になりそうなものを探して、見つけたら図鑑で確認して採取をして回っている。

 採取した食材は四次元ポーチの改良品の収納袋を渡しているので、幾らでも採取することが出来る。

 

「人の住んでいない所では、こんなにいろんな食材が自生しているんですね」

 

「この世界は人の住むところより野生の食材が生えている土地の方が多いからね。

 人が住めるのなら食べる事には全く困らないんだろう」

 

 この世界の人間が住む領域は、全体で見てほんの僅かだ。

 それでも普通の世界と遜色ない文明レベルの人口があるので、余計にこの世界の広大さが見て取れる。

 

「ですが見つかる食材が植物ばかりで動物の姿をあまり見つかりませんね。 こういう土地なのでしょうか?」

 

「いや。 以前資金集めに来たときは、ちょっと歩けば食材になるかどうかは別にして、動物の姿をちょくちょく見かけた。

 現代の日本では想像も出来ない自然の豊かさだったんだけど、今は同じ場所とは思えないくらい動物の気配を感じない」

 

「少々様子がおかしいでござるな」

 

 事前の資金調達で同行していたドラ丸も、その時との様子の違いから不審に思う。

 

「何かあるかもしれないから周囲の警戒を…」

 

 

――ブオオオオォォォォォ!!!――

 

 

「「「!?」」」

 

 突然聞こえてきた重低音な叫び声に、全員が体をびくっと反応させ、採取をやめて聞こえてきた方向を振り向く。

 ハジメは聞こえてきた方向の気配を探って何がいるのかを感知する。

 

「以前居た猛獣たちよりもずっと強い気を感じる。 もしかしたら他の動物たちはそいつに追いやられて此処から逃げ出してたのかもしれないな」

 

「レーダーでもあちらの方に大型動物の反応を感知出来ました。

 どうしますマスター?」

 

「私が先行します。 マスター、ご指示を」

 

 リースがようやく出番だと言わんばかりに、前のめりになって戦いに行こうとしている。

 

「普段いる筈の動物たちが全然いないのは、そいつが原因の可能性が高い。

 ってことは、そいつはここに普段いるやつよりも断然強くて危険ってことだ。

 どれくらい強いのかわからないが、リース単独でやらせるわけにはいかない。

 行くなら全員で行くべきだけど、アリシアは」

 

「私も行く!」

 

 ちょっと危険かもしれないとアリシアの存在を気にしてハジメはどうしようか悩むが、付いて行くという意思を間髪入れずアリシアは見せる。

 

「んー……、ホントに危ないかもしれないから、絶対リニスさんと夜天の傍を離れないでよ。

 リニスさんと夜天も、もし手に負えないような相手だとわかったなら、すぐに転移魔法で先に逃げてください」

 

「主を残してはいけません」

 

「非戦闘員の安全確保が先だよ。 転移を使えるような生物は流石にいない……事もないかもしれないが、ここにはいないだろうし、僕等もすぐに逃げるようにするからさ」

 

 原作にワープするような生物も確かいた気がするので、転移もあり得なくはないかなと一瞬頭をよぎるが、ハジメはとにかく二人を説得する。

 

「……わかりました」

 

「ハジメさんも無理はしないでください」

 

 夜天とリニスも了解し、全員で先の鳴き声の主の元に向かった。

 警戒しながら木々の間を抜けていくと木の少ない広い所に出た。 

 そこには餌食になった動物の骨が散乱し、中心に先ほどの鳴き声の主と思わしき巨大な猛獣がいた。

 全身茶色い毛に覆われて立つ姿は熊のような姿ではあるが、大きさは普通の数倍はあり顔から伸びる長い鼻と牙は象の様であり体毛のせいでマンモスの顔にも見えた。

 ハジメ達が現れた事に猛獣も気づき、威嚇に再び鳴き声を上げる。

 

 

『ブアアオオォォォォ!!!!』

 

 

「レーナ、これなんて名前の生き物かわかる!?」

 

「ちょ、ちょっと待つのです! 今調べているのです!」

 

「遅い! 来るぞ!」

 

「リニスさん達は後ろへ!」

 

 レーナが図鑑で調べようとしているが、相手は待つことなくドシドシと思い足音を響かせながら襲い掛かってきて、リースとエルが迎撃のために武装を展開して向かっていく。

 猛獣はそれを迎撃するように剛毛と図太い爪の付いた巨腕を振り下ろすが、高速飛行に優れたIS(インフィニットストラトス)の機能を組み込まれた武装を纏った二人は容易に回避し、リースはそのまま後ろに回り込み副腕が持つ片刃の大剣で敵の背中に切り掛かる。

 

「もらった!」

 

――バスッ!!――

 

「なに!?」

 

 隙だらけの背中に大剣はしっかりと命中したが、その手応えは切り裂くといった物には程遠く、とても柔軟で硬い物に叩きつけたかのような鈍い音を発するだけだった。

 猛獣の背中は金属のように丈夫でありながら柔らかい剛毛によって守られ、大剣の斬撃は只の打撃に収まりその巨体の筋肉によって大したダメージを与えられなかった。

 そして背中からの攻撃に気づいた猛獣が、反撃に後ろに向かって剛腕を振り回してリースを弾き飛ばす。

 

「ぐぁッ!」

 

「リース!」

 

「くぅ………大丈夫だ! 敵に集中しろ!」

 

 バリアによって守られているお陰で無傷ではあるが、バリア越しに武装を軋ませながら大きく吹き飛ばされてたことでその腕力の凄まじさをリースは感じ取る。

 何度も受ければいくら強力なバリアがあっても武装ごと自身の体を破壊されかねないと悟る。

 

 リース達の武装はひみつ道具の様な大した付与効果は着けられていないが、それでも元々の競技用の道具に収まるようなものではなく、確かな殺傷能力を備えた武器だ。

 その機動性能から繰り出される攻撃は通常であればかなりの脅威になるのだが、この世界の異常発達している生物たちには過剰な力ではなく、この猛獣クラスには力不足とも言える物だった。

 

「わかったのです! その猛獣さんは【象熊】という非常に珍しい生き物で、捕獲レベルは40を下回らないと言われているのです!」

 

「何ではっきりしたこと言わないの!?」

 

「珍しい猛獣なのであまりデータがないそうなのです! それより私達も加勢するのです!」

 

「オッケー!」

 

 図鑑に大した情報はないと解ると、レーナとアイナも武装を纏ってエル達の加勢に入る。

 エルとリースは剛腕を警戒して遠距離攻撃主体に切り替えようとしていた。

 

「近づいて攻撃する時は気をつけろ、こいつの剛腕は相当なものだ!

 何度も受ければバリアもそう長く持たない!」

 

「無理言わないでよ、僕達の装備近接重視であまり銃とか無いんだよ」

 

「泣き言言っていられないのですアイナ。 私達が前衛、エルとリースが後衛なのです!」

 

「わかりました!」

 

「くっ、仕方ない」

 

 得意分野からポジションが決まり神姫四人による連携での攻撃が始まる。

 

「行きます!」

 

 エルがレーザーキャノンによる高威力遠距離攻撃を撃ち出し象熊の腹に命中させるが、腹には焦げた体毛が出来るだけでその下の肉体には大きなダメージを与えたように感じさせない。

 

「ええ!? コレ私の一番強い武装なんですよ!」

 

「こいつホントに生き物なの!?」

 

「つべこべ言わず攻撃を続けろ!」

 

「この世界の生き物は強いほど美味しいらしいのですけど、これは流石に強すぎるのです」

 

 剛腕を警戒しながら確実に攻撃を当てているが、体毛の防御力が高く有効なダメージを与えられない。

 飛行している上に圧倒的に早いので象熊の攻撃にそうそう捕まる事は無いが、攻撃力が足りておらず倒す手段が掴めないでいた。

 それを後方で安全を確保しているアリシア達と見守っていたドラ丸がハジメに進言する。

 

「殿、エル殿達だけでは厳しいのではござらぬか?」

 

「確かに有効打に欠けるな。 ……よし、夜天」

 

「はい」

 

「僕がバインドの魔法で抑え込むから高火力の魔法で象熊を倒してくれ。 非殺傷設定なら魔力ダメージで余計な傷を付けずに倒せるだろう」

 

 ハジメ自身も魔法を使うべく簡易デバイスを取り出してバインド魔法の準備をする。

 

「ですが簡易デバイスでは魔力出力に制限が掛かり、あの猛獣を抑え続けるバインドを維持するのは難しいかと」

 

「それを補うのはあの子達に任せるから、夜天は攻撃の準備に取り掛かってくれ」

 

「わかりました」

 

 夜天はハジメの指示に従い、円に三角形の入ったベルカ式魔法陣を展開し魔法の準備に入る。

 

「皆! これから象熊にバインド魔法をかけるが、強度の問題で大きく暴れられたら拘束を維持できない。

 皆は象熊が拘束を外そうとするのを邪魔して、夜天の魔法が発動するまで逃がさないようにしてくれ」

 

「「「「了解!」」」」

 

「いくぞ! 『チェーンバインド』」

 

 ハジメが魔法を宣言すると、地面から魔力で出来た鎖が幾つも伸びて象熊の体に幾つも巻き付いて縛り上げ、その場から動けないように拘束した。

 突然の事に象熊も狼狽えるが、すぐに拘束を破ろうと体をがむしゃらに動かし始める。

 それだけでバインドの鎖が数本はじけ飛んでいく。

 

『ブアァ! ブアァ!』

 

「逃げるなっての!」

 

「動かないでください!」

 

「大人しくしていろ!」

 

「逃がさないのです!」

 

 ハジメはどんどん弾け飛んでいくバインドを補うように、チェーンバインドを重ね掛けして拘束を維持する。

 エル達は鎖を引き千切るのを集中出来ない様に、四方から象熊の気を引くために苛烈な攻撃を繰り返す。

 普通に攻撃しても対して効かないのならと、攻撃に弱そうな急所を狙って攻撃をする。

 レーナとアイナは得意の剣で爪と爪の間などの当たったら痛そうな所を狙ったり、エルはレーザーで目や口などの無防備な所に攻撃を集中させ、リースは打撃力のある小型パイルバンカーを後頭部にゼロ距離で打ち込むなど、ダメージを与えるのは諦めて気を散らせることに集中させる。

 普通に考えれば急所への攻撃で相当効くはずなのだが、象熊は嫌がる程度でエル達の攻撃はやはりあまり効いていないようだ。

 

「クソッ! マスターの手を借りてもこれか!」

 

「やっぱりあんまり効いてない! 時間稼ぎも長く持たないよ」

 

「出来るだけ早くお願いなのですー!」

 

「夜天さん! 急いでください!」

 

「――――準備完了です、主!」

 

「全員退避!」

 

 ハジメの合図で攻撃を加え続けていた四人が一斉に象熊から離れ、攻撃の止んだ象熊は今度こそ拘束を外そうとバインドに力を籠めるが、すぐに夜天の砲撃魔法が放たれた。

 

「受けよ! 響け終焉の笛、【ラグナロク】!」

 

『バッ、バアアァァァァ!!!』

 

 漆黒の魔力光の激流が象熊の巨体を覆い隠すように飲み込み、そのまま後ろの木々を薙ぎ払い一直線の道を作った。

 魔力の放出は次第に終息し、高出力の魔力を浴びた象熊は攻撃で一緒に消えたチェーンバインドの拘束という支えを失って前のめりに轟音を立てながら倒れた。

 

「やったか?」

 

「今出せる全力の魔力砲を確実に当てました。 魔法防御のない者が受ければ非殺傷でも命の危険があります」

 

「……倒したんでしょうか?」

 

「マスターは夜天に非殺傷で攻撃するように言っていた。 死んではいまい」

 

「はぁ~、こっちが死ぬかと思ったよ」

 

「でもこれで美味しいお肉が手に入ったのです!」

 

 象熊が倒れたのを見て倒したと思い、各々がその巨体に恐る恐る近づいていく。

 高威力の砲撃魔法を非殺傷で受ければ普通生物であれば確実に昏倒している筈だった。

 普通の生物であれば(・・・・・・・・)だが。

 

 

――ズリュン――

 

 

「ッ! まだだ!」

 

「!? きゃあ!」

 

「レーナ!」

 

 象熊の鼻が急に動き出し元々の長さを無視して伸びると、油断して一番近くにいたレーナの体に巻き付いて捕らえる。

 象熊は再び立ち上がると鼻は巻き戻る様に縮んでいき、捕まえたレーナを食らおうと掴んだその鼻を口に持っていこうとする。

 あっという間の展開にエル達も夜天も反応出来ない中で、ハジメは指示を出す。

 

「ドラ丸!」

 

「承知!」

 

 ハジメが呼びかけるとドラ丸は行動を起こし、元居た場所から掻き消える様に動いて、レーナの体を捕らえている鼻の根元に跳躍して抜き放った刀で切り落した。

 

『ブッ?! バアアァァァァ!』

 

 象熊は鼻を切られた痛みに大きな叫び声を上げて、断面となった鼻を押さえる。

 切り落された鼻に捕まっていたレーナは放り出されるが、落下点に先回りしたハジメに受け止められる。

 

「レーナ、大丈夫か」

 

「はえ!?」

 

 助けられたレーナは混乱しており巻き付いたままの切られた鼻をハジメは外そうとしているが、その間にもドラ丸が象熊に更なる攻撃を加えていた。

 

「無用に傷つける気はござらん。 この一太刀で終わりにするでござる」

 

 跳躍から着地したドラ丸は再び高速で動き出し、象熊の体を一瞬で駆け上がり後頭部に上がるとそのまま首に向かって刀を振り下ろした。

 

「御免っ!」

 

 斬撃は確かに象熊の首を通過して、ドラ丸はそのまま刀を鞘に納刀しその場を離れる。

 

 

――ズルリ………ブシャアァァァ――

 

 

 その斬撃の一瞬の間の後、思い出したかのように象熊の首に切れ目が現れ、胴体から滑り落ちる様に頭を落した。

 続いて首の断面から血が噴き出して胴体も再び前のめりに倒れる。

 

「ドラ丸先輩……お手数おかけしました」

 

「気にすることはないでござるよリース殿。 お主達の火力不足は明確でござった故、拙者も手を貸さねばならぬと思っておった。

 しかしお主達だけで倒せるのであれば良いと、危険な状況になるまで待機するように言われていたでござるよ。

 この世界の生物が普通でない事は解っておったでござろう。 残心を忘れてはいかんでござるよ」

 

「………申し訳ありません」

 

 油断による失態を晒してしまったばかりか、己の力不足にハジメとドラ丸に気遣われていた事に気を落とすリース。

 ハジメによって作られたスペックの限界とは言っても、その性格ゆえ悔やまずにはいられなかった。

 

「大丈夫だったか、レーナ」

 

「…怖かったのですマスタ~♪」

 

「な!? なにが怖かっただよ、ちゃっかりマスターに抱き着いてるんじゃなーい!

 マスターが迷惑だから早く離れろー!」

 

 象熊の鼻に巻き付かれて心配するハジメをよそに、受け止められたレーナは思わぬ形でお姫様抱っこをしてもらい嬉しそうにそのまま抱き着いている。

 その事に気づいたアイナが羨望と嫉妬からか、引き離そうと騒ぎ出す。

 

「何はともあれ、レーナが無事でよかったです」

 

「すまない、私の力不足で…」

 

「夜天さんが悪いんじゃないですよ。 私達も油断してしまいましたし」

 

 夜天とエルも皆の無事を喜びながら、自身の至らなかったところを反省している。

 

「リースも皆もあまり気に病むな。 この世界の猛獣は通常兵器で倒すのは難しいんだ。

 皆の武装は高性能とはいえ通常兵器の延長線上の代物。 捕獲レベルの高い奴にはどうしても火力不足になる」

 

「我が主。 私の攻撃は魔法だったのだが…」

 

「非殺傷じゃあこの世界のモンスターには生易しかったんだろうね」

 

 実際、殺傷設定の魔法であれば象熊にも十分致命傷を負わせられる威力はあっただろう。

 

「何はともあれ、無事に倒せてよかったです」

 

「攻撃が効かなかった時はどうなる事かと思ったけどね」

 

「皆さん無事でよかったですね、アリシア。

 ……アリシア、大丈夫ですかアリシア!」

 

「………きゅう」

 

 エルとアイナが安堵の表情を見せている、リニスが慌てた様子でアリシアに呼びかけている。

 当のアリシアは象熊との戦闘とその止めにショックを受けて気を失っていた。

 

 

 

 

 

「アリシア本当に大丈夫か? 無理をしなくてもいいんだぞ」

 

「うん……でも私のせいでみんな食べられないのは嫌。 私もちゃんと食べる」

 

 普通に気を失っただけで、直ぐに目を覚ましたアリシア。

 実際の命がけの戦いと血を見たことで今も気分悪そうにしているが、それを我慢してアリシアも焚火の前を動こうとしない。

 焚火には先ほど倒した象熊の肉が串に刺さって焼かれており、トリコ恒例の狩りの後の実食をしようとしていた。

 

 しかし先ほどまで生きていた象熊を食べるのはショックを受けた後できついのではないかと気遣うが、アリシアはみんなと一緒に食べるという。

 それならば肉を保存して後日にと提案しても、トリコではすぐに実食したと意地を張るので、この場で肉を焼くことになった。

 

 象熊の肉を串に刺して火で炙って数分。 いい匂いが肉から漂い始めた。

 

「スンスン……。 いい匂いなのです」

 

「すっごくおいしそうな匂いがするんだけど!」

 

「何も味付けをしてないのに、お肉だけでこんなにおいしそうな匂いがするなんて」

 

「………(ゴクッ)」

 

「旨そうでござるな」

 

「(ソワソワ)」

 

「ジュルリ………、はっ、す、すいません!」

 

 これまで感じたことのない美味しそうな匂いに、各々が動揺を隠せず焼き上がるのをじっと見つめている。

 先ほどまで気分の悪さを無理に誤魔化そうとしていたアリシアも、

 

「………(ボー)」

 

 香りにあっという間に飲まれてボンヤリと肉を見つめ続けている。

 流石はグルメ食材と、この様子ならアリシアも大丈夫かと安心して自身も肉が焼けるのをじっと見つめる。

 そして肉が焼き上がると、そのまま皿に乗せて皆の下にいきわたる。

 

「じゃあこの世界の礼節に合わせて頂こうか」

 

 全員が自然と合掌して目を閉じる。

 

「この世の全ての食材に感謝を込めて、」

 

「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」

 

 トリコ風の挨拶を終えると、全員が一斉に肉にかぶりつく。

 女性が殆どのこのメンバーでは普段から最低限のマナーを気遣うものだが、全員象熊の肉に魅入られており風体を気にせず串を両手に持って大きな肉に齧り付いている。

 

「おいしーーーー!」

 

「おいしすぎるのです!」

 

「こんなおいしいお肉食べたことありません!」

 

「(モグモグ)………(ゴックン)………(モグモグ)」

 

「美味なり」

 

「生きててよかった」

 

「ガツガツガツガツ」

 

 だれがどのように食べているか想像に任せるが、誰もが夢中に手にした肉を頬張り続けている。

 心配していたアリシアも、

 

「うぅ……おいしいよ~象熊さん」

 

 涙を流しながら肉を口にし続けている。

 美味しさに感動しているが先ほどまで戦っていた象熊の存在を忘れたわけでなく、凄惨な光景も思い出して複雑な気持ちがアリシアの中で溢れかえっている。

 それでも肉を咀嚼する動きは止まらずに、肉を口にし続けている。

 先ほどのショックは肉の美味しさによってあっという間に癒されていくのだった。

 

 あまりの美味しさに一回焼いた分だけでは足りず、追加でどんどん焼いていく。

 本来小食の者たちもこの肉は別とどんどんおかわりをした。

 それでもお腹が膨れ始めた頃に全員ようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

「ほんと美味すぎだよー! ただ焼いただけなんだよね」

 

「その筈なんですけど、まるでタレに付け込んいるみたいに濃厚な味がします」

 

「図鑑にはこう書かれているのです。

 象熊は冬眠する前に自身の体の何十倍もの餌を食べて栄養を圧縮して蓄えるが、その時に一緒に大量の旨味も濃縮するそうなのです

 だから冬眠直前が一番おいしいと言われているのです」

 

「へー、こんなにおいしいんだから、やっぱり冬眠前だったのかな」

 

「それは流石にわからないのです。 象熊の生態は情報不足と出てるのです。

 あとはえっと、濃縮された肉の旨味は一度食べただけでは吸収されることはなく………」

 

「ン、どうしたのレーナ」

 

「何でもないのです。 この情報は不要なのです。

 細かいことは気にせずお肉をもっと食べることにするのです」

 

「?」

 

 レーナは訝しげな表情を浮かべるとアイナがそれを気にするが、すぐに図鑑を閉じて肉を食べることに集中しだす。

 アイナはそれを不思議に思うが、まあいいかと気にせずに自分も肉を食べることを続けた。

 

「やっぱりいいなこの世界は。 技能習得のついでにコピーで美食家でもやって食材集めをするか」

 

「この世界にマスターのコピーを派遣なさるのですか」

 

「ああ、まだこの世界での修業はやってないからね」

 

 ハジメは力を得るためにコピーを様々な世界に派遣し、そこで技能を習得させてから一体化するという手段を使っている。

 このトリコの世界は未派遣だったので、まだこの世界特有の能力をハジメは得ていない。

 

「ボク賛成! こんなおいしいモノ何時でも食べられるならもう最高だよ」

 

「でしたらマスター、狩りの共をぜひ私に。 先の失態を挽回させてください」

 

 アイナとリースが自分の要望を告げる。

 

「リースの気持ちもわかるけど、今の戦闘能力じゃ一緒に美食屋をやるのは難しいかな。

 結構力をつけたと思ってる僕でも、この世界のグルメ界と呼ばれる領域だとかなり厳しいと思うし」

 

「そうですか……」

 

「そんなに気を落とさないで。 近いうちにバージョンアップも考えていたし、そこまで言うならこの世界で十分通用する強化を目指してみよう」

 

「本当ですか!」

 

「まあ次回のバージョンアップではとなると厳しいから、いずれね」

 

 この世界に通用するレベルの強化となると一朝一夕にはいかないと、ハジメは言葉を濁すが約束した。

 

「それなら私もこの世界で勉強したいのです!」

 

「え、レーナも美食屋やりたいの?」

 

「違うのですアイナ。 私がやりたいのは料理人なのです。

 マスターたちがとってきた食材を美味しく料理して食べてもらうのです」

 

「そっか、食材を手に入れるなら料理する技術も必要だよな」

 

 この世界の食材には、特殊調理食材と呼ばれる食べるために調理技術が求められる食材も存在する。

 そういう食材が手に入ったら料理技術も必要だろうとハジメは考える。

 

「アイナにだけ任せるのもあれだし、この世界の料理学校に一緒に料理の勉強をしに行こうか」

 

「マスターと一緒に学校! 素敵なのです!」

 

「それいい! 僕も一緒に行こうかな!」

 

「………それもいいな」

 

「でしたら私も! 美食屋と料理人、どちらがいいでしょうか」

 

 和気藹々と食事をしつつ語り合い、その後もハジメ達は休暇を十分満喫したのだった。

 

 

 

 

 

 いずれと言われたこの世界での修業の時。

 

 

 

「マスターと一緒に学校もいいと思うけど、ボクは美食屋の方が向いてるかな」

 

「お前は料理が下手糞だったからな」

 

「うるさいな。 リースだってそんなにうまくなかったじゃん」

 

「別に構わん。 私はマスターの為に食材を狩ればいいだけだ」

 

「ボクだって!」

 

「落ち着け二人共。 食材は料理学校に行ってるレーナ達にも練習の為に渡す予定なんだぞ」

 

 この世界に通用するように強化されたリースとアイナは、ハジメ(コピー)と共に美食屋を始める。

 

「まずは人間界の食材を集めるために各地を回ってみる。 グルメ界に行くかどうかはそれからだな」

 

「了解しました」

 

「えへへ、どんな美味しい食材があるんだろう」

 

 

 

 

 

「遂にマスターと一緒のスクールライフなのです! どんなイベントが待っているのでしょう!?」

 

「レーナ、イベントって…。 私たちは料理の勉強に来たんですよ」

 

「それはもちろんなのです! ですが学校生活なのですよ!

 きっと甘酸っぱい青春ラブストーリーをマスターと共に迎えるイベントが盛りだくさんなのですよ!

 絶対に逃せません!」

 

「レーナ、学校生活に期待しすぎだ。 そんな事はそうそう起こらないと思うぞ」

 

「青春ラブストーリー………、いいと思います!」

 

「エルまで…」

 

 目的がズレてきているレーナとエルを連れて、ハジメの一人もまた料理修行に励む。

 

 

 

 

 

 美食屋、料理人をやるほかに修行目的で派遣されるコピーの一人は、

 

「すいません、ここで食義の修行をしたいのですが入門できますか?」

 

「おやおや、こんな森の奥までご苦労様です。 一般の方が入門されるのでしたら入門料はこちらです」

 

「あ、はい、払います」

 

 入門料に戸惑いつつも食義の修行のために食林寺へ。

 

 

 

 

 

 そして原作主人公達の最も過酷な修行場所となったグルメ界エリア7、多くのサルが存在する通称モンキーレストランと呼ばれる場所にて【猿武】の習得をするために訪れるハジメ(コピー)とバックアップ多数。

 

「死ぬかと思った。 まさか初日でバンビーナに会うことになるとは」

 

 この大陸の八王猿王バンビーナに、トリコ達のようにいきなり遭遇して瀕死の重傷を負う。

 

「仙豆がなかったらマジ死んでた」

 

「首の骨折れてたし、手足がもげる寸前だったしな」

 

「それでもトリコ達よりはダメージが比較的マシなんだよな」

 

「ドラゴンボール世界で修業した体でこれだ。 パワーインフレおかしいよ」

 

「マンガだからな」

 

「それを言っちゃあおしまいだ」

 

 死ぬ危険を想定して用意していたバックアップ組がさっそく機能し、仙豆を食わせてもらうことで猿武を学びに来たハジメは生き延びた。

 

「なあ、誰か代わってくれない」

 

「代わっても意味ないだろ、同じコピーなんだし」

 

「わかって、言ってみただけ。 だけど初日からこれだと心が折れる」

 

「そういえば走馬燈は見えたか? 猿武の習得のヒントになる感覚だろ」

 

「………見えた気がする。 見たくないから時間をかけて猿武の習得をするつもりだったのに…」

 

 習得はしたいが死にかけるのは嫌だったと、なんでこうなったと嘆くハジメ。

 だがこの感覚のおかげで後に猿武の習得が格段に早くなるのだった。

 

 何とか生き残ったハジメは改めてモンキーレストランに入り、トリコ達の軌跡を再現して猿武の習得に入る。

 猿武の師範クラスのサルを倒して縛られていた食事のルールを破壊し、友好的なサルたちから猿武の使い方を学ぶ。

 グルメ界の生物で猿武の師範クラスとなると相当強いが八王ほどではないので、この時のハジメなら十分倒せると○×占いで確認して倒した。

 そしてここのサル達は知能が高いので【ほんやくコンニャク】で会話出来るようになり、対話をしてゆっくり時間をかけて猿武の修行をすることが出来た。

 

 尤もハジメはトリコ達主人公のように才能に溢れる訳ではないので、一朝一夕でマスター出来る筈もなく数年の時間を有することになる。

 その間に時々に遭遇することになるバンビーナの遊びの被害から、サル達と一緒に全力で逃げ回る事で強い絆が結ばれることになり、修行が長引いてトリコ達が来た時にはだいぶ変わった物語の展開になるのは別の話。

 

 

 

 

 


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