夢でアリシアに自身が攫われたことをハジメに伝えるように言ったプレシアは、目を覚まして改めて周りを確認する。
寝ている間に監禁場所を移されたという事は無く、夢を見るまえと変わらぬ部屋の様子だった。
スカリエッティが再び通信を繋いでくる様子もなく、プレシアは何らかの動きがあるのを待つしかなかった。
「(監視されているでしょうから、余計なことを喋りたくはないのだけれど、何もしないでいるのは暇でしょうがないわね。
局で拘留されていた時も似たような物だったけれど、この部屋には暇を潰す様なものが何もないわ)」
閉じ込められている部屋はプレシアが寝ているベッドだけで他には何も置いてない。
部屋は窓も一切なく鍵を掛けられている出入り口の扉だけで、寝るか閉じ込めるだけの目的の部屋だった。
「(放置しておくくらいなら何か暇つぶしになるものを置いておきなさいよ。
スカリエッティも気が利かないわね)」
退屈で仕方なく余計な事を口にしないように、黙ったままスカリエッティへの愚痴を心の中で呟いで暇を潰した。
頭の中でスカリエッティのニヤついた顔に雷撃を叩きこんでいると…
「迎えに来ましたよ、プレシアさん」
「え、ハジメ? アナタ、一体いつの間に」
突然現れたハジメにプレシアは驚いた。
護衛としていつも一緒のドラ丸も傍にいる。
助けに来るかもしれないと思っていたが、部屋に現れる前兆が一切なかったのでプレシアも困惑している。
「時間を止めてこの秘密基地に侵入しました。
たった今プレシアさんの時間停止を解いたので、僕が突然現れたように感じたんです」
ハジメの手には懐中時計のような平たく丸い道具が握られており、部屋の壁には黒い丸い穴が開いていた。
【ウルトラストップウォッチ】で時間を止めてプレシアを閉じ込めている施設に侵入し、通れない所は【通りぬけフープ】を使って侵入した。
時間停止は使用者たち以外の全てが止まるが、ウルトラストップウォッチを止まった人間に触れさせることでその人間だけ時間が動き出すようにできる。
「…時間を止めて侵入なんて、相変わらず無茶苦茶ね」
「プレシアさんを攫ったのがジェイル・スカリエッティだと直ぐに分かったんで、僕らの事が知られない為に時間を止めて侵入する事にしたんですよ。
どこぞの犯罪者だったら、問答無用で叩きのめしに来てます」
10年後の事件に余計な変化を与えたくないからと、ハジメはスカリエッティに接触しないようにプレシアを助けに来ていた。
「10年後の事件の事ね。 どうせならこのままスカリエッティを局に叩き出してしまえばいいんじゃないかしら?」
「スカリエッティは管理局と繋がりがありますからね。
10年後の事件に影響もありそうですし、一度捕らえられても何らかの形で外に出るんじゃないですか?」
「否定は出来ないわね。 まあそれなら10年後にフェイトに叩きのめされるのに期待しましょう」
「殿、プレシア殿。 時間が止まっているので大丈夫でござろうが、ここは敵地でござるよ。
話はここを出てからの方がいいでござる」
話が長くなりそうだとドラ丸は注意する。
「確かにそうだな。 長居は無用ですし、さっさとここを出ましょう。
船でアリシアもリニスさんも待っています」
「それを先に言いなさい。 アリシアを心配させたままには出来ないわ」
ハジメに伝言を伝えるためにアリシアに状況を説明したが、プレシアの事をとても心配していた。
その事を思い出し、プレシアは早く安心させなければとハジメを急かす。
三人は止まった時間の中で通り抜けフープを使って施設の外に向かった。
スカリエッティの施設の監視外に出た所で時間停止を解除し、時空船ウィディンテュアムに合流して施設のあった次元世界を脱出した。
時間停止を解除した直後のスカリエッティの施設。
「大変ですドクター!」
「どうした、ウーノ」
「捕らえていたテスタロッサ博士の反応が忽然と消えました。
モニターで部屋を確認をしてみましたが、テスタロッサ博士の姿が何処にも見当たりません」
「なんだって。 モニターを見せたまえ」
「はい」
スカリエッティもプレシアを捕らえていた部屋の様子を確認するが、確かにどこにも姿が見えない。
「確かに見当たらない。 部屋を出た形跡は?」
「それもありません。 施設内の映像もチェックしていますが、今のところ何処にもテスタロッサ博士の姿はありません」
「ガジェットに施設をくまなく探す様に指示してくれ。
それとトーレに部屋を直接確認するように言ってくれ」
「わかりました」
ウーノはスカリエッティの指示に従ってガジェットとトーレに命令を伝える。
「確かプレシア女史は魔法を封じられたままだったね」
「はい、もちろんです」
「なら自力での脱出は不可能の筈だ。
監視の映像を弄られたという可能性は?」
「ありえません。 もし発覚が遅れたのだとすれば他のセンサーもすべて誤魔化されていたという事になります。
そうなれば流石におかしいと気づきますし、数分前まで誤魔化されていたのであれば何らかの痕跡が残ります」
「だが何も残っている様子がない。 正しく忽然と消えてしまったというわけだ」
「はい」
「そうか」
スカリエッティは監視映像を巻き戻して、部屋の中にいるプレシアが映像の加工もなく一瞬でいなくなる瞬間を再確認する。
「どういう事なんだろうね。 とても興味深い」
忽然と消える様子をスカリエッティは何度も再生させて、自身の好奇心を湧きあがらせる。
捜索指示は出したがプレシアを一向に見つける事は出来ず、スカリエッティが答えを見つけ出す事は出来なかった。
次元航行船アースラ。
管理局員のクロノたちが乗る船になのはとフェイトは地球から呼び出されていた。
はやてと守護騎士達は先の事件からまだあまり時間が経っておらず、管理局預かりとしてアースラにとどまっているが、一応この場に集められていた。
「直接関係があるのはフェイトだけなんだが、なのはたちにも集まってもらった。
管理局の内情に関わるが極秘事項というわけではないし、仲の良い君達ならいずれフェイトから話を聞くだろうからな」
「フェイトに関係って何か拙い事でもあったのかい」
「何があったのクロノくん」
「私らには直接関係のない話みたいやけど」
使い魔のアルフは単純にフェイトに害がないか心配し、なのはとはやては何のことだか予想がつかず素直に疑問をぶつけるが、少し考えたフェイトはクロノの要件を察する。
「……私に関係って、もしかして母さんに何かあったの?」
嘱託魔導士として管理局に属しているが、本局との関係性は薄い。
ならばあとは自首をして管理局に捕らえられている母親のプレシアの事ではないかとフェイトは考えた。
「その通りだ。 昨日、取り調べを終えて裁判の為に移送中だったプレシア・テスタロッサの乗った護送船で何らかの事故が発生した。
乗組員に怪我人は出なかったが、混乱の中でプレシア・テスタロッサが行方不明になった」
「母さんが!?」
「プレシアがかい?」
「本当なの、クロノくん!」
「フェイトちゃんも前に私らみたいになんかあったて聞いとったけど、とりあえずフェイトちゃんのお母さんに何かあったんやな」
フェイトの事情をまだ詳しく聞いていないはやては事情を予想する。
守護騎士達も余計な事は言わずに、黙って話を聞いていた。
「事故の調査はまだ続いているが、プレシア・テスタロッサは事故の際に逃げ出したか、あるいは連れ去られたかの両面で調べられている」
「母さんが逃げ出すなんて…」
「自ら自首をしてきたことからそれは考えづらいし、大魔導士と呼ばれる彼女が拘束されていたなら魔法は確実に封じられていたはずだ。
そんな状態で逃げ出す可能性は限りなく低いし、僕は何者かの手引きがあったのではないかと考えている」
「それなら母さんを探さないと!」
「残念だがその事故とプレシア・テスタロッサの身柄についてはアースラの管轄にはない。
事件の解決を担当した僕らだからこの情報が下りてきたが、僕らがその事故についての調査に関わる事は無いだろう。
護送中の事故であれば完全に本局の管轄だ」
「そんな…」
「嘱託魔導士の身では関係者とはいえ、遠くで起こった事件に関わるのは無理がある。
すまないが調査に参加するのは諦めてくれ」
プレシアを探しに行けない事に落ち込むフェイトを、なのはたちが心配する。
「君が何らかの手掛かりになりそうなことを知っていれば話が変わるが、プレシアが行くところに心当たりはないか?」
「…ごめん、母さんのいる場所は時の庭園くらいしか私は知らない」
「そうか」
フェイトの裏事情を知っているクロノは心当たりを期待してはいなかった。
その時の庭園も虚数空間に崩壊しながら消えているので、残された手掛かりはプレシアの過去を調査した際の関連場所くらいだ。
それもプレシアが何者かに連れ去られていたとしたら、未知の場所に連れていかれている可能性が高く役に立たない情報だ。
「何か新たな情報が入ったら教えるが、当てもなく探しに行くようなことはしないでくれ」
「…わかってる」
既に無罪が確定しているが、フェイトもまだ保護観察中の身だ。
監督役のとなるリンディのいるアースラをあまり離れて行動する事は出来ない。
フェイトは自身の手でプレシアを探しに行けない事を悔しそうに我慢していた。
話を終えて皆解散しようとしていた時だった。
目の前にプレシアが立っており、突然の事にフェイトは呆然と立ち尽くす。
「………」
「…動かないわね。 ハジメ、これでいいのよね」
「ええ、それでちゃんと時間停止は解けてる筈ですよ」
「…え? 母さん!? どうして!?」
ワンテンポ開けてようやく驚きに声を上げるフェイトに、プレシアも時間停止が解けていることに納得する。
プレシアの手にはウルトラストップウォッチが握られており、彼女の手によってフェイトの時間停止は解除されていた。
「ボンヤリしてないでしっかりしなさい。
本当に要領が悪いんだから」
「ご、ごめんなさい」
つい咎めるように言ってしまうプレシアに、後ろから軽い蹴りが入れられる。
「ママ、フェイトをイジメないの!」
「あ、アリシア、別にそんなつもりじゃ」
「え、姉さん? 私また夢見てるのかな?」
後ろから現れたアリシアにフェイトは夢を見ていると誤解する。
夢見る機の夢で逢えるアリシアを、未だにただの夢だとフェイトは思っていた。
「ヤッホーフェイト。 夢以外で会うのは初めてだね。
お姉ちゃんだよー!」
「落ち着いてください、アリシア。 フェイトが戸惑っています」
「え、現実? でも姉さんは夢で死んじゃってて、リニスもこの前会って、現実でみんな動かなくなってて…
あれ、みんな動かなくて、どうなってるの?」
プレシアたちの後ろには、ハジメと月夜を含む守護騎士達も様子を見ている。
気安く抱き着いてくるアリシアを抱き止めながらフェイトは状況を整理しようと考え込むが、他の皆が止まっていて余計に混乱している。
「今の内に他の人を動けるようにしておきましょうか」
「本当にいいの? この時間停止の道具を管理局に知られることになるわよ」
「僕にとって魔法頼りの管理局は大したことないですから。 何かあっても元の世界に帰ればいいだけですし」
「まあ、そうよね」
この世界とバードピアを繋ぐ門は虚数空間の時の庭園にある。
虚数空間で活動出来ない管理局ではハジメの世界まで来ることが不可能であり、追われることになっても気にしない理由だ。
フェイトをアリシア達が落ち着かせている間にアルフになのは、はやてとその守護騎士達、そして管理局組のクロノ、リンディ、エイミィの時間停止も解除された。
ブリッジのスタッフがあと数名いるが、説明するのならこのメンバーで十分だろうとハジメが判断した。
「ダメ、クロノくん。 何もかも止まっちゃっててウンともスンとも言わないよ」
「そうか…。 時間を本当に止めるなんて滅茶苦茶なことをする。
プレシア・テスタロッサの件にもお前が関わっていたとはな、中野ハジメ」
「正直本当に申し訳ないと思っている。
あれ以上迷惑をかけるつもりはなかったんだが、プレシアさんとフェイトの件でどうしてもお邪魔する事になってしまって」
ハジメとしては実際にとても正直な気持ちだ。
プレシアが攫われてなければここに来る事は無かったのだから。
「白々しいな。 プレシア・テスタロッサを攫ったのはお前か?
それと時間停止が出来る道具なんて確実に一級のロストロギア指定だぞ。
こちらに渡す気は?」
「管理局から攫ったと言うなら違う。 僕は攫われたプレシアさんを攫い返したと言った方が正しい。
時間停止の道具は当然渡さない」
「まったく…。 プレシアの件には答えるという事か?
何があったというんだ」
時間停止の道具、ウルトラストップウォッチを明け渡すとはクロノも思えなかったので、ひとまずそれは後回しと考えプレシアの件をはっきりさせることにした。
「管理局の人間が裏取引でプレシアさんを非合法な研究の為に売り渡したんだ。
僕は連れていかれた先からプレシアさんを連れ戻しただけ」
「何!? ………証拠はあるのか?」
「証拠能力があるとは言えない盗聴記録だけど、ある程度関連のある会話記録を纏めて来てる。
シャマル、執務官にデータを送ってあげて」
「わかったわ」
データはすべてタイムテレビで映し出された映像を保存してきたものだ。
シャマルが預かっていたデータをデバイス越しにクロノのデバイスに送る。
共に時間停止を解除されているので、船の機械とは違ってクロノのデバイスはちゃんと動いていた。
送られてきたデータをクロノは即座に確認する。
「………これは」
「どうなのクロノ」
「管理局高官の会話記録であることは間違いないようです。 何人か見覚えがあります」
「じゃあ本当に局のやばい裏取引があったってこと?」
記録の確認をしているクロノの後ろから覗く様に、リンディとエイミィが様子を窺っている。
「それらしき会話も確認出来るが、ハッキリさせるのはちゃんと精査してからだ。
奴の言ったように正式な記録でないなら明確な証拠にはならない」
「それは君らに事実を証明する参考資料くらいに思ってくれ。
明確な証拠を見つけ出すのは執務官である君の仕事だろう?」
「…そうだな」
ハジメを信用してはいないが直感的に偽物とは思えず、クロノは自身の組織で裏取引があったことに歯がゆく感じた。
「その辺りをはっきりさせるかはフェイトがどうするか決めてからにしてくれ。
あの子がどうするかによって僕らの対応も変わるから」
「どういう事だ?」
「私?」
疑問の声を上げるクロノに続いて、話題に挙げられたフェイトが反応する。
「フェイト、見ての通り私達はハジメの所で世話になってるわ」
「そういえば後ろの二人はまさか…」
フェイトとよく似た容姿と事件の時の聴取から、クロノはアリシアとリニスが何者なのかを察する。
必然的にいろいろ無茶苦茶をやっているハジメにクロノの視線が向かった。
「お前の仕業か!」
「いろいろあってね。 あんまり追求しない方がお互いの為だと思うよ」
「執務官として問わねばならない事だらけなんだが!」
「後にしてもらえるかしら」
飄々とした様子のハジメに腹を立てたクロノは怒鳴るが、話を遮られたプレシアが注意する。
「…すまない」
「話を続けるわ。 ハジメの言った通り色々あってアリシアもリニスも、そして私も救われた。
私は自分の罪の責任を取るために管理局に自首した訳だけど、非合法な裏取引によって私は局から連れ去られたわ」
「大丈夫だったの、母さん!?」
「この通りよ、そんなに騒ぎ立てないで頂戴」
「ご、ごめんなさい」
「ママ、フェイトが心配したのに怒らないの!」
「お、怒ってないわよ、アリシア。
………無事だったから、心配することないわフェイト」
「う、うん…」
プレシアもフェイトもどこかぎこちない会話になってしまい、それをアリシアは呆れた様子を見せながらフォローしている。
「なあリニス………リニスなんだよな」
「ええ、アルフそうですよ。 どうしました?」
「リニスがどうして無事だったのかは聞かないけど、あれ何とかなんないかい?
もどかしくてしょうがないよ」
「二人ともよく似てるんですよ。 不器用なところが」
「えぇー」
大好きな主のフェイトと大嫌いなプレシアが似ているというリニスの言葉をアルフは納得がいかなかった。
「コホンッ。 けどこの通りハジメに助け出されて今に至るわ。
このまま雲隠れするつもりだったけど、私と繋がりのあるフェイト、貴女がどうするか確認に来たの」
「私がどうするか…」
「私達と一緒に来るかという事よ」
「え!?」
それは嘗てから望み、闇の書に取り込まれた夢の実現とも言えた。
有無言わずに飛びつきたいフェイトの望みではあるが、ふと後ろを振り向いて親友のなのはの存在に気づく。
なのはもフェイトの動向が気になってずっと見ていた。
「母さんたちと一緒にいったらなのはとは…」
「簡単に会えるとは言い切れないわ。 私達はハジメの世話になって遠い場所にいるから。
それに私を売り渡した所から局の裏にいなくなったことが伝わってるでしょうから、私が脱走した扱いになって指名手配になるんじゃないかしら。
自首しても正しく扱われないんじゃ自首する意味もない。
だから管理局の手の届かない場所まで行くのよ」
自首しても意味がないというプレシアに、管理局組はとても申し訳なさそうにする。
その言い分が正しければ、真っ当な局員としてこの場でプレシアを捕らえる事の意味すらないのだから。
「そうなると唯一の繋がりのあるフェイト、貴女が私を誘き寄せる標的にされる可能性があるわ。
だからどうするか決めなさい。 私達と来るか、ここに残るか」
「私は…」
以前なら思い悩むこともなかった叶わぬ望みだったが、今はなのはの他にはやてや学校の友達であるアリサやすずかもいる。
いなくなってしまった家族とは別に、大切な友達の存在がフェイトを悩ませていた。
「プレシアさん、それじゃあ彼女も困ってしまいますよ。
別に今この場で決めなくてもいいんですから」
「…そうだったわね」
「え、今決めなくてもいいの?」
「攫われた私を簡単に連れ出すくらいなんだから、仮に貴女に何かあってもハジメなら探し出せるわ」
「今の君はここに自分の居場所を作っている。
それをこっちの都合で無理矢理引き離すのは忍びないから、どうするかゆっくり考えてくれればいいよ」
「もっとも貴女が安全にここに居られないのであれば、直ぐにでも連れていくしかないわ。
管理局の人間として、この子をちゃんと守ることが出来るのかしら」
現在のフェイトの保護者になっているリンディにプレシアは向き直って尋ねる。
「自首をされた貴女が局の不正によって正しく扱われなかったことについては申し訳なく思います。
ですがフェイトさんをここに残されるのであれば、局の意向に関係なく彼女を一人の子供として大切に守る事を約束します」
「あなた達が真っ当な人間であることは知ってるつもりよ、私とは違ってね。
…フェイトの事は暫くお願いします」
今は罪悪感からフェイトの親を名乗り難いプレシアは、それでも責任として預ける相手であるリンディに頭を下げて頼んだ。
嘗てとは違い親として対応しているプレシアに、リンディはフェイトが望んだ幸せがそこにある事に喜ばしく思った。
「わかりました、フェイトさんの事は任せてください」
「ありがとう母さん」
「嘱託魔導士としても働いているのでしょう。
しっかりやりなさいフェイト。 用があるなら夢でアリシアに会う時に言伝を入れれば、私も夢で逢いに来るわ」
「うんわかった。 じゃあまた夢で…え、あれってタダの夢じゃなかったの?」
ようやくフェイトは夢で実際のアリシア達と会っていたことに気づく。
「気づいていなかったのね。 いくら夢だからって毎日の様にアリシアが現れる訳ないでしょう」
もし望んで夢でアリシアに会えるのなら、嘗ての自分はずっと夢を見ていただろうとプレシアは思う。
「直接会うのは初めてだけど、夢では何度も会ってたんだからね。
それなのに気づかないなんて酷いよフェイト」
「そ、そうだったんだ。 ごめんなさい姉さん」
「ちょっと待て! つまり君達は僕らの知らないうちに連絡を取り合ってたって事か」
「フェイトはタダの夢だと思ってたみたいだけどね」
「夢…」
夢の中でという荒唐無稽な内容に、クロノはまたしてもお前かとハジメを睨むように目を向ける。
ハジメもちょっとだけ申し訳ない仕草をしながら夢アンテナの存在を教える。
「フェイトにアルフ、額の辺りを良く触って確かめてみてくれ」
「うん………あれ、何かある?」
「アタシもだよフェイト」
「それが寝ている間の夢をアリシアの夢と繋いでたんだ。
肌と一体化するようにくっついているから、ちゃんと触って取ろうとしないと気づかないんだ」
ほどんど違和感なくくっついているので、顔を洗ったくらいでは不注意で取れる事も無い。
「…そんなもの、いつの間に二人に仕掛けたんだ」
「この通り、時間が止まってる間にだけど」
「そうだった…」
時間が止まっているという異常事態を当たり前のように過ごしていたために忘れていたクロノ。
時間が止められるならどんなところにも気づかれずに侵入出来ると理解させられる
「やはりこの場でお前を逮捕した方がいいかもしれないな」
「その時は逃げるだけだね。 相手の時間停止を解除しておいて対策を用意していない訳がないだろう」
「くっ…」
捕らえるべきかとデバイスを構えるが、余裕綽々のハジメの様子に難しいと考えてデバイスを下ろす。
「まあ、感知出来ない所で連絡を取られるのは困るだろうから、フェイトには直通の通信機を代わりに預けておくよ。
君らもフェイトの事情を考えれば、不用意に通信機を取り上げたりはしないだろう」
「………お前たちの言い分が正しいかどうか確認してからだ。
少なくともフェイトを危険な目には合わせないとは約束する」
プレシアとの連絡手段があると広めるのは、巡り巡ってその情報がスカリエッティに届く可能性がある。
フェイトを守る為に連絡手段を不用意に報告する訳にはいかないとクロノは理解していた。
「それじゃあ用件は済みましたし、戻りましょうか」
「そうね」
「フェイト、またねー」
「フェイト、それにアルフも体に気をつけるんですよ」
「う、うん」
「フェイトはアタシがちゃんと守るから大丈夫だよ」
夢アンテナを回収し代わりの通信機を渡すと、別れの言葉を言い残してハジメとプレシア、アリシア、リニス、あとは護衛役の守護騎士組は忽然と姿を消した。
ハジメの超能力のテレポートで、時間停止中にアースラに隣接していたハジメの時空船ヴィディンテュアムに移動したのだ。
そのままヴィディンテュアムは飛び去って行き、アースラからの認識が出来ない所まで行ってから時間停止は解除された。
「あ、クロノくん、船の機能が動くようになったよ。
時間停止が解除されたみたいだね」
「母さん、彼らが最後に消えた時に魔法を使ったように見えましたか?」
「いいえ、レアスキルの可能性もあるけど、彼は引き出しが多そうだもの」
「執務官としてはまずいですが、あいつにはもう二度と会いたくない」
その後クロノはハジメの残したデータを元に、プレシアが攫われたという事実確認を行ない、それらしき痕跡のいくつかを発見した。
そこからプレシアが脱走したという事にされそうになっていた事実を覆し、裏取引に関わった幾人かを逮捕する事に成功する。
しかしそこからスカリエッティに繋がるまでの道筋は既に切り離されており、全ての真相には至らずこの闇は深いとクロノは理解し、プレシアは攫われて事実上行方不明になったという形で決着が着くことになる。
スカさんの出番、これだけでした。
プレシアさんとの繋がりがあるような設定があったと思うのですが、正式な設定を知らないので話し方がこれでよかったのか心配です。
プレシアさんを局に置き去りにしてはおけなかったので、このような形でアリシア達の元に帰還です。
フェイトはプレシアたちが無事だとしたら、A’s終了時だと自身の居場所に悩んでしまうと思い、そのような葛藤を演出しました。
ハジメ達との接点がフェイトを通じて出来たわけですが、クロノたちもプレシア誘拐の一件で迂闊に動けなくなってます。
テスタロッサ家の問題はこれで一段落です。
リリカル世界の話ももう一息です。