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仙術の修行が納得のいくレベルになるまで三年以上の月日を有した。
ハジメに原作のナルトほどの素質が無かったのも理由だが、三年間付きっ切りで修業に明け暮れるという訳にもいかなかった。
任務の合間の休日に逆口寄せで竜宮島に呼んでもらう、という僅かな期間ずつ修行を受けるので、時間を掛けてじっくり特訓を重ねるとはいかなかったからだ。
中忍になったことで長期任務も増えて忙しくなり、影分身による効率アップも石化の危険性から多用出来なかった。
体を変異させずに仙人モードを使える様になったが、ハジメはここからが仙術を使いこなす修行の始まりだと思っていた。
仙術は不安定な場合肉体を変異させてしまうが、逆にそれを制御出来れば肉体を操作するあらゆる術の応用に繋がると考えていたからだ。
原作において使われた大蛇丸の呪印による状態2は、自然エネルギーを取り込む体質の血継限界を持つ重吾を元として作られたもので、仙人モードの変異と同じ物と考えられる。
重吾はこの変異を操作して肉体を強化したり、サスケの大怪我による肉体の欠損を補填したりした。
逆にそれで失った体組織を他者から奪い自身の一部にするなどの、人間離れした体組織コントロールを行っていた。
大蛇丸も物語終盤になって仙術を使える事が解り、首や舌が伸びたりする能力が蛇化の応用ではないかという可能性が出てくる。
これに気づいた時、ハジメは大蛇丸の変態性に理由があったのかと目を丸くした。
すなわち仙術の変異は肉体コントロールに応用の利く可能性を秘めており、医療忍術はもちろん自身の治癒や身体強化も出来るほど発展性が残っている。
仙術チャクラを練って仙法を使える様になっただけでは、本当に使いこなせているわけではないとハジメは仙人モードの可能性を見た。
ある意味大蛇丸の変態性が目標になってしまったわけだが、ハジメも人間性を捨てたい訳ではないとだけ言っておく。
ともかくハジメは仙術を習得したことで新たなスタートラインに立ち、竜宮島に通うことが無くなっても任務の合間に仙術の研究を続けている。
その頃には同じ班のツミキとクルミも中忍になり、班員を組み替えて別々に任務を受ける事も多くなった。
班の中で真っ先に中忍になっただけあって、任務を受けて評価される機会も多く上忍になることも決まった。
上忍ともなれば若くても十分一人前と評価され、次第にアカデミーから組んできた班での活動は減っていった。
そしてハジメは上層部からの指示が出て、新たな部署に配属されることが決まった。
「それで、なんで僕が病院勤めになってるんですか。 綱手様」
「お前が有能な医療忍者だから、三代目に頼んでこっちに着けてもらったんだよ」
ハジメは仙術の修行の合間にも医療忍術の講習を受け続けて、一端に医療忍者としての実力も付けていた。
早いうちに自身の納得いくまで腕を上げたが、クルミとの付き合いで彼女が十分習得する時まで講習に参加していた。
彼女が医療忍者として一人前になるまではハジメも必須ではないが学んでいない医療知識を探し、責任者の綱手に訊ねたりなどしていた。
その時にハジメが既に他の医療忍者より抜きん出た技量を持っていることに、綱手は目を付けた。
更にハジメは任務の時はサポートに回る様にしていることから、医療忍術で負傷した忍の治療に回ることも多くなり、班員とは別の任務で顔を合わせた忍から医療忍術の腕前も広まり、正式な医療忍者として病院に勤めさせられることになった。
その際に綱手は以前の会話から、ハジメを弟子にするという話が通される。
「医療忍術を専門にするつもりはなかったんですけど」
「それだけの腕を持っていながら医療忍者でないと言い張れると思うな。
医療忍者は常に人手不足なんだ。 お前ほどの腕を任務のみに消費するほどの余裕はない。
以前言ってた私の弟子にしてやったんだ。 もう少し喜んだらどうなんだ」
「一体何年前の話をしてるんですか。
医療忍術の応用による腕力の強化でしたら、僕も大体の目途は立ってたんですよ。
体術使いには非常に手間で割に合わない技術でしたけど」
綱手の怪力は医療忍術の応用から来ているチャクラコントロールによる瞬間的増強だ。
習得には非常に高等なチャクラコントロールが要求されるために習得難易度に比べて割に合わず、通常の体術を極めたり忍術を勉強したほうがもっと早く強くなれる。
無駄になるような技術ではないので、ハジメも習得を諦めてはいないが。
「だから弟子として私の開発した忍術を教えてやろうというんだ」
「
確かに強力な術ですけど、僕の好みではないというか…」
「私の医療忍術に文句あるのか」
「ありません」
綱手の勢いに押されて黙るしかないハジメだが、教えてもらっている二つで一つのこの術は十分有用な忍術だと認めている。
だがハジメは医療忍術は、医学知識として持っていて損はない程度の気持ちで習得したものだ。
上の命令とはいえ、突然医療忍者として本格的に病院勤務する事になった事に少しばかり戸惑いがあったのだ。
「………不満があるかもしれないが、そう遠くないうちにまた外に出る事になるだろう。
上の意向としては大きな戦いまでに、少しでも医学知識を蓄えておけという配慮だろうさ」
「大きな戦い…。 やっぱり忍界大戦が近いんですかね」
「他里との小競り合いで負傷して戻ってくる忍が増えている。
近いうちに大きな戦いが起こるのは間違いないだろうな」
上忍になって少し経ち病院勤務になったが、最近までの任務で他里の忍と接触する事が以前より増えていた。
上忍になった事で更に難しい任務に就くようになったことも理由だが、それでも他里の忍を見かける事が増えてきていた。
任務に支障がない限り他里の忍と出会わせても余計な戦闘をしないようにするのが普通だが、最近は接触する事があれば高い確率で戦闘になっている。
他里間の緊張が高まってきており、何かの切っ掛けで近いうちに第三次忍界対戦が勃発する事が予想されていた。
戦争になれば負傷者も増えて医療忍者の仕事も格段に増える。
その為に病院では任務の負傷者が増加すると同時に、医療忍者の育成が急務となり講習を受けに来る忍も増えていた。
焼け石に水かもしれないが、応急処置でも治療が出来る忍がいることが求められていた。
「平和な内に医療経験を積んで少しでも勉強しておけ。
戦争が勃発すれば一気に負傷者が増えて、医療忍者は休む暇など無くなるぞ。
私は諸事情で戦場に出ることが出来ないからな」
綱手の諸事情とは過去の戦争で身内を失ったトラウマからくる血液恐怖症の事だ。
それにより彼女は血を見ると体が震えだし、血飛沫が飛び交う戦場に立つことなどとても出来ない。
そんな彼女が病院を取り仕切っているのも、医療忍術の第一人者であることには変わりないからだ。
落ち着いた環境であればまだ医療忍術を使うことが出来るからであり、教育に関しても大きな支障はない。
これを知っているのは病院関係者でも一部であり、ハジメの原作知識で知ってはいたが弟子入りした頃に聞かされている話でもある。
「私に言えることは戦争の医療現場は悲惨だってことだけだ。
口ではいくらでも語れるが、実際に立ってみなければどのような物か真に知る事は出来ない。
三忍と呼ばれる私でもこの様なのだ。
いくらしてもし足りないだろうが、覚悟だけはしておけ」
「………わかりました」
過去の事を思い返している綱手は物悲しそうに語った。
ハジメはその様子にただ相槌を打つことしかできなかった。
「…どんな怪我をしてもいいから生きて帰って来い」
綱手との会話から数か月後、第三次忍界対戦か勃発した。
綱手の予想通り医療忍者として招集されて、戦場に近い後方支援の医療班としての任務に着く事になった。
そこでハジメは医療忍者としてまさに八面六臂の活躍振りを見せる事になる。
戦場から負傷して送られてくる忍は後を絶たず、医療忍者は負傷者の手当てに追われて人手が足りない状態だ。
更に簡単な応急処置であればともかく医療忍術には当然チャクラを必要とし、戦場で戦うよりも長期的にチャクラの使用が求められる。
ハジメは医療忍者のあまりの忙しさから初期段階からチャクラ量の自重をやめて、影分身を多用して負傷者の治療に同時に当たった。
並の忍なら影分身をしては医療忍術を使うチャクラが足りなくなる所だが、ハジメは有り余るチャクラを使って影分身で医療班全体の仕事の半分を補うほどの役割を果たした。
綱手に弟子入りさせられる医療忍術の腕を持っているだけあって、他の医療忍者では手に負えない重傷者も直伝の再生忍術で命を繋ぎ、生きて運び込まれたのであればほぼ生還させるという成果を見せた。
また後方支援の舞台といえども戦場であることに変わりなく、襲撃を受けることは当然あった。
医療テントに多くの負傷者を抱えた状況で、多数の敵の攻撃を受けて後退しなければならなくなった時だ。
多重影分身に負傷者を背負わせて後退すると同時に、敵を足止めの為に迎撃に出てそのまま敵を全て返り討ちにしてしまうなど、医療忍者が大戦果を出すという奇妙な結果になったりもした。
その活躍ぶりに【一人医療班】とも【最強の医療忍者】などと呼ばれるようになる。
だが、ハジメがいくら活躍しようとも負傷者がいなくなることはなく、今日も影分身達が医療テントを走り回り治療に奮闘する日々が続いていた。
「包帯無くなったぞ、新しいの持ってこい!」
「こいつ、毒にやられてる! 解毒剤を頼む!」
「新しい患者が来た! 危篤状態で最優先でベットを開けてくれ!」
「この程度のケガなら応急処置で十分だ!」
「影分身二・三人こっちに回してくれ!」
一人で医療班全体の半分以上の仕事をするハジメは、影分身達だけで構成される医療テントの中で負傷者の治療を事実上一人で回していた。
いくら使っても尽きる事のないチャクラ量に不思議に思う者もいるが、しっかりと治療されている事から誰も文句をいうものはおらず、負傷者が運び込まれては治療されて出てくる。
そして動けるようになった者は再び装備を整えて戦場に舞い戻る。
戦場の医療現場とはその繰り返しで、治療した者が生きていれば再び負傷して戻ってくることもよくある事だった。
ハジメも当然知っていたことだが、現実を目にして解っていたとは言い難い苦痛を味わっていた。
「………はぁ」
戦場が小康状態になり現在いる負傷者の治療も終えて、ハジメは憂鬱な気持ちで溜息をつき小休止をしていた。
治療中は忙し過ぎて考える余裕もなかったが、落ち着いたことで戦場から負傷して戻ってきた患者の忍び達の様子を思い出す。
送られてきた負傷者で意識のある者は痛みに泣き言を漏らす者、仲間を失って悲しむか憎しみを顕わにする者がほとんどだった。
戦争という状況において怨嗟が募るのは知識として知っていたし、少なからず覚悟はあったのでハジメは気にせずに暴れる患者には力ずくで黙らせて治療を済ませた。
この程度なら戦場に来る前からの治療経験でよくあることだったので気にならなかったが、時間が経過するにつれて違う事を漏らす患者を見るようになってきた。
以前治療した覚えのある忍が再び運ばれてきた時、一度目の時は痛みに泣き言を言っていたが二度目は仲間を殺され相手の里の忍に恨みを漏らしながら憤っていた。
その忍は短期間の治療で再び戦えるようになり、敵を討とうと決意を固めて戦場に戻った。
ハジメはそれを見て生き残れるといいのだがと思ったが、その忍は再び同じ医療テントに運ばれてくる。
三度も戦場で負傷しながら生きて帰ってこれるのは幸運なのかもしれない。
大抵の場合は負傷すれば動けなくなるのが普通であり、戦場に残されれば死ぬのが当たり前だ。
特別扱いされているわけでもない一般の忍が、負傷しながら生きて戻ってこれるのは確かに幸運な筈なのだ。
だが決して幸運でない事は、三度目に運ばれてきたその忍の口から直接語られる事になる。
三度目に運ばれてきた時、彼が口から漏らしていたのは泣き言だった。
ケガによる痛みでもなく、仲間を失った悲しみでもなく、”もう戦いたくない””里に帰してくれ”と、戦うことそのものに嫌気がさして治療を拒否する有様だった。
その忍が戦場でどのような経験をしたのか聞く事はなかったが、戦場の凄惨さを目の当たりにしたのだろうと予想出来た。
負傷していれば戦場に出なくて済む、とその忍が短絡的に考えて逃げようとしているのがわかった。
だがハジメもそれに従うわけにいかず、嫌がるその忍に治療をして気づくことになる。
自分が負傷した忍を治療して、【戦場に送り出している】という事に。
治療を終えた忍が直に戦場に戻されるのは当然のことだ。
負傷して戦えないのであれば足手纏いしかならず、後方に下げて医療班に治療を任せられる。
この時負傷した忍が、憎しみや怒りから再び戦場に戻ろうと気力を見せているならまだいい。
だが戦場で体だけでなく心に傷を負って戦う気力を無くしていた場合、それでも治療して再び戦場に送り出さねばならないのがハジメの役目だった。
それに気づいてから負傷者の治療を行う事に気が引けるようになってしまった。
自身の任務であるため治療しない訳にはいかないが、戦争が長引けば同じように嫌気がさして泣き言をいう患者もよく見かけるようになった。
負傷して心が弱っているだけの一時的な者もいたが、どのような精神状態にせよ戦えるのであれば治療して送り出さなければいけなかった。
結果的に戦いたくない者を送り出すという行為に、ハジメは戦場を直接見るよりも戦争の悲惨さを実感する事になり、少なからず精神的な疲弊をすることになった。
それでもハジメに何かが出来る訳ではなく、モヤモヤした気持ちを抱えながらも毎日戦場から戻ってきた負傷者の治療を続けていた。
原作も終盤では戦争と平和の在り方を主題に語られていたが、忍の世界に来たことで本当の意味で争いについて考える事になった。
それに真っ直ぐ立ち向かう事の出来る主人公たちの強さに、やはりどんなに力を付けても自分には真似出来るモノではないとハジメは確認した。
戦争を経験し色々な事を思い直していた時に、医療テントの周囲が慌ただしくなった。
また戦闘の負傷者が運ばれてきたのかと、思い悩むことを切り上げ外の様子を確認しに行く。
テントから顔を出すと、連絡役の忍が目の前まで来ていた。
「なにがあった?」
「中野上忍! どうやら第三部隊が岩隠れの爆遁使いの部隊に襲撃されたようです!
被害が甚大で常駐していた医療班も戦闘に巻き込まれ治療どころではないと、こちらに急遽運ばれてくるようです。
こちらからも既に救助部隊が出て、おそらく大量の負傷者が運ばれてくるかと」
「…わかった、患者の受け入れの準備をしておく」
受け入れ準備の為に医療テントの中に戻るが、ハジメは被害を受けたという第三部隊の事を考える。
「第三部隊………ツミキ達がいる所だったと思うが、無事だといいが」
第三部隊はハジメと同じ班のメンバーだったツミキと担当の山吹、そして医療班にはクルミと全員が揃っていた。
全員下忍から昇格して班を解散して以降も付き合いがあり親しい友人と言える彼らを心配にはなるが、同時に精神的疲労から前向きな考えが思い浮かばず死んでいるかもしれないという考えが思い浮かぶ。
そして戦場において生死不明の期待は当てになるものではなく、覚悟が無駄になる事はなかった。
少しして負傷した第三部隊を構成していた忍たちが一気に運び込まれてきた。
負傷者の光景はこれまで以上に凄惨なもので四肢の一つや二つを失っている者がそこら中にいた。
爆遁という忍術を使う部隊に攻撃された事で、高い威力の爆発で手足を失う者が多く出たのだ。
直撃を受けて即死だった者は、それこそ体をバラバラに吹き飛ばされてしまったに違いない。
ハジメも届けられた患者から直ぐに治療に入ったが、失った四肢を再生させることは流石に綱手直伝の医療忍術でも不可能で、死なないよう止血して損傷個所を塞ぐ事くらいしか出来なかった。
四肢を失った程度で済むなら生きられるが、胴体の一部を爆発でえぐられれば治療は困難を極める。
とにかく今にも死にそうな患者を優先して治療を行い、一人でも多くの者を救おうと走り回っていた。
先ほどまで患者を治療する事に悩んでいたとしても、目の間で死にかかっている人間を放っておけないくらいにはハジメはまっとうな医者としての自覚があった。
そんなところへ一人の忍が負傷者を連れてハジメの名を呼んだ。
「ハジメッ! クルミを助けてくれ!」
「!? ツミキか!」
負傷者を連れてきた忍はツミキで、その負傷者はクルミだった。
ツミキもボロボロで酷いケガをしているが、自分の足で立っており致命傷を負っているわけではない。
だがクルミの様子は一目見ただけでもひどいもので、爆発を直に受けたのか片腕を失い半身が火傷で爛れていた
「クルミが重傷なんだ! 早く治療しないと死んじまう!」
「わかった、早く中のベットに運び込め!」
急いで医療テントにクルミを抱えたツミキを入れて、治療の為のベットに寝かさせる。
ハジメが直に治療を始めるが、クルミの状態を完全に把握して手が止まる。
「ハジメどうしたんだ! 早くクルミを治してやってくれ!」
「………ダメだ」
「何が駄目だ! 早くしないとクルミが!」
「もう手遅れだ」
「手遅れじゃない! クルミはまだ! まだ…」
医療テントに運び込まれたとき既にクルミは死んでいた。
死後直後であればハジメにも手の施しようがあっただろうが、肉体の損傷状況からほぼ即死で死後十分は経過している様だった。
ツミキも忍の経験を経て、負傷者が完全に死んでいるか死んでいないかくらいの判断は一目でできる。
だがクルミの事が好きだったツミキはその死を受け入れることが出来ず、死んでいても治療すれば大丈夫と信じて戦場からここまで運んできた。
ハジメなら治療してくれると信じて運んできたが、流石にハジメも医療忍術だけでクルミを蘇生させることは不可能だ。
実は蘇生術を異世界で習得しているがこのような場で使うわけにはいかず、忍術にも蘇生術があるのは知っているが全て禁術で使えるようなものではない。
すなわちこの状況でクルミを救うことは出来なかった。
「さっきまで生きてたんだ! 負傷者の治療をしてたところを襲われて!
俺が見つけた時には酷いケガで、うわ言に俺達の事を呼んでた!
手を伸ばして助けてって言ってた!
俺達に助けてって言ってたんだ!」
「………」
「なあ、クルミを助けてくれよ!
クルミが助けてほしいって言ってたんだ!
何のためにお前は医療忍術を習ってたんだ!」
ハジメが医療忍術を習ったのに大した理由はない。
だがそれを嗚咽しながら助けてくれと叫ぶツミキにハジメは何も言えずただ立ち竦むしかなった。
医療現場にいてハジメもこれまで同じように助けてくれと助からない負傷者の前で嘆願されることあった。
その時は手遅れだときっぱり言って相手にせず他の患者の治療に回ったが、今回ばかりは同じようにはいかなかった。
死んでしまった負傷者は同じ班の同僚であり、治療を求める者も同じ同僚であり友人だった。
それを放っておけるほど割り切れておらず、ハジメもクルミの死を受け入れながらも心穏やかではいられなかった。
どうしようもない現実にただ立ち竦むしか、今のハジメには出来なかった
「なんで助けてくれねえんだよ!
同じ班だろ、同僚だろ! 仲間だろ!」
「…クルミはもう死んでるんだ。
医療忍術じゃ死んだ人間を生き返らせることは出来ない」
「ふざけんな!」
冷静な答えに激情に駆られたツミキが、拳をハジメの顔面に打ち付けた。
それをハジメは避ける事はせずに一歩退くが、すぐさまハジメもツミキの顔面を殴り返した。
殴り返されたツミキは吹き飛ばされて床に転がる。
ハジメもチャクラを纏わず普通に殴っただけで大した威力はないが、ツミキはその場から起き上がることが出来ずに目元を腕で隠して泣き叫ぶ。
「なんでだ! なんでそんなに冷静でいられるんだ!
クルミが死んだんだぞ! 俺たちの仲間のクルミが死んだんだぞ!
なんでクルミが死ななきゃならない!」
「…すまん」
「謝るなぁ!」
ハジメもどうしていいかわからなかった。
クルミが死んで冷静でいるわけではなかったが、ツミキのように素直に泣き叫ぶことも出来ないでいた。
悲しんでいない訳ではないのだが、ツミキのように仲間が死んで泣き叫ぶ者達の姿を幾度も見てきたことでその雰囲気に慣れきってしまっていた。
悲しんでいる間にも死にかけている患者がいるという事実が、そんな暇はないと体を動かし涙を流すことをいつの間にか無くしていた。
そして多くの戦場での死を体感し医療行為は続けていても精神自体は不安定になっており、ハジメは仲間の死であっても悲しみを正しく実感出来ない状態になっていた。
これまでの知らない人間の死であれば受け流す事の出来ていたハジメも、精神的に不安定な状態での仲間の死に混乱し、どうすればいいか分からなくなっていた。
頭が正常に働かず棒立ちになっている間に、ツミキの中のクルミの死の悲しみは変化を起こしていた。
仲間を殺されて泣き叫んだ忍が次に取る行動は二つで、一つは落ち着いて理性的に自身の役割を全うする為に任務に戻る。
「畜生、絶対許さねえ、岩隠れの爆遁使い!
クルミの敵、絶対に取ってやる!」
もう一つは泣き叫んだ激情のまま感情的に行動し、悲しみを憎しみに変えその矛先を敵に向けて行動する事だった。
憎しみは戦いの原動力になるが、それは同時に滅びへの片道切符にもなりえる。
ハジメは同じように復讐に駆られて戦場に向かい、戻ってこなかった者たちをたくさん見てきた。
「ツミキ、僕は…」
「何も言うなハジメ! これだけは絶対に邪魔させねえ!」
ツミキは飛び出すように医療テントから出て行った。
普段のハジメであればツミキを止めたのであろうが、自身の感情が解らなくなり混乱している状態が二の足を踏ませ口を開かせなかった。
止めようとする意思は当然あったが、ツミキのクルミへの気持ちを知っているが故にその憤りを止められないと無意識に理解し、報復という感情も少なからずハジメの中に混在したことでそれ以上動くことが出来なかった。
クルミの事を大事に思っていたツミキを知っているからこそ、凶行に走って死んでしまう可能性があるのだと解っていても、その激情からの行動を止める気にはなれずに見過ごしてしまった。
追いかけたとしても何と言って止めればいいかわからないハジメは、ツミキが飛び出していったテントの出入り口を長々と見続けていた。
掛ける言葉が思いつかず、結局追いかける事は出来ずハジメは日頃の習慣から仕事に戻り、亡くなったクルミの遺体の搬送準備に取り掛かった。
数日後、岩隠れの爆遁部隊との戦闘が起こり、そこでの戦いでツミキの訃報を聞く事になった。
その時のツミキは暴走しながらも幾人もの爆遁使いを倒して、差し違えながらも実質敵部隊壊滅に追い込む戦果を出したと聞いた。
最終的には爆遁で両腕を失いながらも、回天で敵を地面に押し付け磨り潰して倒していく鬼気迫る行動に敵味方双方に慄かれたと。
それを聞いてハジメはやはりかと納得し、死んだ事を悲しみ止めれば良かったとも敵を果たせてよかったとも、様々な思いが頭に過ぎっていた。
止める事が正しいと解っているが、止めた後にどうすればいいのかという考えから先が思いつかなかった。
力ずくで止めたとしてもツミキが忍である以上、戦場に出るのは確定事項でいずれ敵と当たっていただろう。
あの時のツミキを止められるのはクルミしかいなかった。
しかしクルミは死んでしまっており、クルミが死ななければツミキが凶行に走る事はなかった。
そもそも自分達は戦いたい訳ではなく戦争が無ければ、という考えに至りハジメ自身も終わらない争いに嫌気がさし始めていた。
ここ数日ハジメは医療班で仕事しながらも、クルミとツミキの死を考えてどうすればよかったと悩み続けていた。
戦場に患者を再び送り出すという悩みに続いて、仲間の死に納得しきれない事にストレスが溜まってきていた。
戦争が無ければと思い至ってからは、戦争の解決方法も時折考えるが、一人の忍が考えたところでどうしようもないと諦める。
勝つにしろ負けるにしろ何かしらの決着が必要だと思うが、後方支援の医療忍者では戦場を動かすような役割を担うはずがなく、どうしようもないのだという考えに至る。
だがそれでもこの状況を終わらせたいと考えては諦めることの繰り返しに、ストレスはどんどん溜まっていく。
そしてもう自分が本気で暴れて戦争を終わらせてしまおうかと、いろいろ台無しにする危険な事を考え始めた頃に、岩隠れがハジメのいる本陣に切り札の投入をしてきた。
本陣全体に地響きが響き渡り、何が起こったのかとハジメは悩み過ぎて気だるげにテントから顔を出す。
近くを慌てるように走っていた忍に訊ねる。
「今回は何だ? 敵の襲撃か?」
「どうやらその様です!
岩隠れの忍が近くをうろついているのを、少し前に目撃したとの情報がありました。
今の地響きも奴らの仕業ではないかと、今感知班が調査を行っています」
「大変だ! すぐ後退するぞ!」
事情を聞き出していた所に、別の忍が声を荒立てて撤退を訴えてきた。
よく見ればその忍は日向一族で、白眼を発動して遠くを見ている事から感知班ようだ。
「なにがあった?」
「巨大な馬のような獣が突然付近に出現して、岩隠れの忍がこっちに誘導してきている!
複数の尾を持っていたことから、おそらく尾獣を出してきた可能性が高い」
「なんだって!」
感知班の叫びを聞いて周囲の忍び達も慌ただしく撤退の準備に入る。
尾獣は大きな里が一体以上保有する、制御できない諸刃の兵器であり切り札だ。
大抵の場合は出現すれば周囲を気にせず暴れまわるため、岩隠れは尾獣を誘導する事でこっちに被害を与えようとしているのだろう。
原作では尾獣並みの戦闘力を持つ忍がポンポン出てきていたが、一般の忍であれば手も足も出ずにその巨体と尾獣特有のチャクラ砲【尾獣玉】で土地ごと消し飛ばされてしまうだろう。
「まずい! 尾獣がこっちに目を付けた!
巨大なチャクラを貯めこみ始めてる!」
「急いでここを離れろ!」
感知班の忍の言葉に尾獣が何をしようとしてるか原作の知識から察して、ハジメは尾獣と思われる強いチャクラのある方に向かって走り出す。
「中野上忍、そちらは敵のいる方です!」
「時間を稼ぐからその間に撤退しろ!」
「無茶です!」
制止する忍を振り切り、ハジメは近くの高い木に登って尾獣の存在を確認する。
予想通りこちらに向かって口元に黒いチャクラの球体【尾獣玉】を溜めて発射しようとしていた。
発射までのわずかな間に初めて見た尾獣のチャクラを推し量り、自身の力で勝てるかどうか見比べた。
「…負けることはなさそうだな」
ドラゴンボール式の気の感知で自身のチャクラと比較した。
負ける事が無いと解れば、ハジメは印を結び特殊なチャクラを練ってオリジナルの術を発動する。
「現身の術、発動!」
術を発動させると放たれるチャクラが密度を増大させ、実体を持った流体のチャクラがハジメの体に纏わり着く。
かつての中忍試験で披露した頃に比べて完成度を高め、呪印を必要とせずに実体のあるチャクラを体の外側に展開した。
そこまでしたところで尾獣、尾の数と姿から五尾がチャクラのチャージを終えて尾獣玉を発射した。
「流石にそれをやらせるわけにはいかない」
後ろではまだ撤退の最中で、尾獣玉の直撃を受ければ本陣は確実に消し飛ばされる。
ハジメはチャクラを更に練り上げて現身の術の纏うチャクラ量を増やすと、両腕を左右に大きく広げる。
両腕に纏わせたチャクラも左右に延びて、巨大なチャクラの腕を形成する。
ハジメは向かってきた尾獣玉をチャクラの両手で受け止め、更に隙間なく自身のチャクラで玉を完全に包み込んだ。
『なんですって!』
自身の攻撃を防ぐでもなく弾くのでもなく完全に受け止められたことに五尾の驚きの声が聞こえた。
尾獣玉は炸裂しようとチャクラの掌の中で暴れるが、ハジメは自身のチャクラで無理矢理抑える事で爆発を無理矢理止める。
そして尾獣玉そのものを現身の術のチャクラで閉じ込め、その更に外側で新たなチャクラの掌を形成し直し、尾獣玉を包んだチャクラ玉を現身の術の手で持っているという状態にした。
「お返しだ!」
完全に抑え込んだ尾獣玉プラス自身のチャクラ玉を現身の術の腕で振りかぶり、五尾に投げ返した。
伊達に忍者をしておらず手裏剣や苦無の投擲は基本技能として修得しており、投擲能力は完璧で五尾の直撃コースに乗っていた。
五尾は防御態勢を取り、五本の尻尾を前方に回して盾にした。
『グッ、ガァアァァアア!!』
投げ返した尾獣玉はその爆発を抑えるハジメのチャクラに覆われており、その分炸裂すればその威力は元の尾獣玉より格段に威力が上がる。
炸裂したハジメのチャクラをプラスした尾獣玉は五尾を吹き飛ばしながら周囲に巨大なクレータを作り出した。
余波の突風に本陣も巻き込まれるが、直撃を受けるよりマシである。
「今のうちにさっさと後退しろ!
尾獣と本格的な交戦になれば被害がもっと大きくなる!」
「…はっ、はい!」
誰が返事をしたかわからないが、尾獣玉の衝撃に危険を感じて誰もが陣を畳んで急いで後退していく。
治療にあたっていた影分身達も負傷者を担がせて急いでここから避難させる。
本体であるハジメはクレーターの向こう側に吹き飛ばされた五尾に向かって駆けていく。
五尾も流石尾獣と呼ばれるだけあってあの攻撃に耐えきり、再び立ち上がってハジメを睨んでいるのが見えた。
ハジメは本陣が撤退する時間を稼ぐために、現身の術で真正面から尾獣とぶつかろうとしていた。
「だが、倒してしまっても構わんだろう、って奴かな。 くっくっくっ…」
既に周囲に誰がいる訳でもないが、お決まりのセリフが思いついたので口にしてみた。
だが実際には足止めのつもりもなく本当に五尾を倒すつもりで、現身の術の出力をさらに上げる。
―現身の術・巨人形態―
更にチャクラを現身の術に流し込んで纏ったチャクラ体から出た腕だけでなく、手足胴体を形成して巨大な人型を作り出す。
巨人の姿にまで膨れ上がったチャクラ体の頭部の中にハジメは浮かんでおり、巨人の足で立ち上がった五尾の元まで歩む。
その大きさは五尾と比べても大差なく正面から向かい合った。
『何なのです、あなたは…』
獣の姿からは想像も出来ない丁重な言葉でハジメの姿を訝しむ五尾。
チャクラの質から尾獣を宿しているわけではないのが一目でわかるが、それでも尾獣に匹敵するチャクラ量に五尾は驚いていた。
「岩隠れと戦っている木の葉の忍だ。
お前が自分の意思で暴れているのか、岩隠れの思惑に乗っているのか知らないが後ろの仲間を襲わせるわけにはいかない」
『ほざかないでください! 誰が人間の思惑通りに動くものですか!
私は人間の良い様に使われる気などありません!』
「だったらこっちに襲い掛かってこないでくれないか。
それはお前を抑えている岩隠れの思惑だ」
『確かに奴らの思惑になど乗りたくないですが、あなたの言葉に従う気もないのですよ。
長い間封印されてきてイライラしていたというのに、少しでもそれを晴らすつもりで人間を吹き飛ばそうとすれば、あなたは私の攻撃を腹立たしいことに撃ち返してきた。
やられたままで済ませるほど私は温厚ではありませんよ!』
そこで話し合いは終わりというように再び戦闘状態に入り、ハジメに向かって突進してくる。
ハジメは両腕を苦無の刃状に変形させて戦闘形態をとる。
「封印されて苛立たしいというのは解った。
だが素直にやられてやる気はないし、運の悪いことにこっちも少し鬱憤が溜まっていたんだ。
お前を倒せば戦争の決着が早まるかもしれない。
ついでにこっちも八つ当たりさせてもらう!」
ハジメはきっぱり八つ当たりと宣言して五尾に躍りかかった。
尾獣は里のパワーバランスを担っていて、それが倒されれば少なからず影響が出るだろうと暴れる理由として自分を納得させ、ハジメはチャクラとしてではなく気を解放し現身の術の力に変えて暴れる事にした。
尾獣相手なら少しばかり本気を出しても大丈夫だろうとドラゴンボールの気を解放した。
最終的にハジメは巨人の姿で大暴れし、周囲は巨体同士が暴れた事でクレーターだらけになった。
いくら強くてもパワーのスケールが違うドラゴンボールの気を開放しては、戦いはハジメの方が終始圧倒する事となり、五尾は鬱憤を晴らすどころか逆にズタボロにされる事になった。
尾獣を真正面から撃退したことでハジメの名は敵側に『木の葉の尾の無い尾獣』とどこかで聞いたような二つ名が広まるようになった。
医療忍者としての名は味方内でだけ広がっていたので、こちらの方が忍界で大きく名を轟かせることになるのだった。