四次元ポケットと異世界漫遊記   作:ルルイ

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 性懲りもなく、リリカルなのはです。
 最近下火になっていますが、まだまだ根強い人気ですよね。

 以前のなのはの作品の更新停止を残念に思ってくれた方には、すこし申し訳なく思います。


リリカルなのは
第一話 時空船とプレシアとアリシア


 

 

 

 

 

「エル、リース。 そっちの状態はどうだ? 問題なく行動出来てるか?」

 

 時空船の中から外にいる二人に、ハジメが通信機越しに訊ねる。

 

『こっちは大丈夫ですマスター』

 

『私も問題ありません。 今の所活動に支障は出ておりません』

 

 エルの柔らかい声とリースのキリッとした声の返事が返ってくる。

 

「レーナ、船の航行に支障は出ていないか?」

 

「問題ないのです。 全システムオールグリーンで動いているのです」

 

 時空船の状態管理を行っているレーナが船の現状を問題ないとハジメに伝える。

 

「アイナ、時の庭園の状況は?」

 

「予定通りに事態が進んでるよマスター。 ジュエルシードも発動して、もうすぐ虚数空間の穴が開くと思う」

 

 アイナが船に組み込まれているタイムテレビ式のモニターに映し出されている状況を伝えてくる。

 

 ハジメ等は予定通りにリリカルなのはの世界に来ており、その世界の魔法が使えない空間と言われる虚数空間に時空船を浮かばせて、タイムテレビから虚数空間外の状況を窺っていた。

 現在の状況は、アニメ第一期の最終局面である時の庭園における主人公勢とプレシア・テスタロッサとの攻防の真っ最中である。

 ハジメは目的の為に虚数空間に先行し、時の庭園が落ちてくるのを待ち構えていた。

 

 船の外にいるエルとリースは当然虚数空間に身を晒しており、宇宙空間でも活動出来るように設計されていても未知の空間での活動を心配してハジメは確認を取っていた。

 時空船自体も超空間を航行する以外にあらゆる特殊空間での活動に耐えられるようになっているが、不測の事態に備えてレーナに船の状態の確認を怠らせなかった。

 

「よし、事態が動いたら予定通りに動いてくれ。

 ドラ丸、無人時空船を展開して落ちてきた時の庭園を受け止める準備をしろ」

 

「承知でござる」

 

 船のコントロールを任されていたドラ丸が指示に従い、ハジメが新たに作り上げた専用船、異世界移動時空船ヴィディンテュアムに組み込まれた超科学の機能を展開する。

 虚数空間に浮かぶ時空船ヴィディンテュアムの周囲に空間の穴が開き、そこから同サイズの無人の時空船が複数台現れた。

 これがヴィディンテュアムと名付けられた時空船の機能で、固有の四次元空間を持っており自身の近くの空間に四次元空間に繋がる穴を開けて、そこに収容された武装や護衛艦などを自在に展開できる空母を上回る収容能力を持っている。

 四次元空間から取り出された無人の時空船にはバリアー機能が搭載されており、落ちてきた時の庭園を複数の艦のバリアーを同期させて展開する事で受け止める予定だ。

 後は物語通りに事態が進行するのを待っているだけだった。

 

「ねえマスター」

 

「何だ、アイナ」

 

 モニターで物語の展開状況を確認していたアイナがハジメに声を掛ける。

 

「本当にあのプレシアっておばさんを助けるの?」

 

「そのつもりだけど、アイナは不満か?」

 

「まあアニメだけじゃなくて、リアルでフェイトって子をいじめるのを見ちゃうと流石にね~」

 

 軽口で話すアイナだが、その顔は非常に不満げでやるせない気持ちを出していた。

 チェックしているモニター状況はハジメでも確認出来るので、やるせない気持ちになる展開があったのはアニメの知識から予想が出来た。

 

「プレシアが管理局に捕まったフェイトを切り捨てるシーンか。

 確かに思う所はあるが、時の庭園だけ回収して同じように落ちてくるプレシア達を無視するのもあれだろう」

 

「そうなのです。確かにプレシアさんはフェイトさんに酷い事ばかり言うのですが、プレシアさんもかわいそうな人なのです」

 

 アニメを見ているのでここにいる全員がキャラクターの裏事情なんかを大まかに把握している。

 しかしこの世界の明確な情報が記された原作でも、書かれていないシーンや時間は当然あり全てが記されているわけではない。

 この世界は現実として存在しているので、アニメを見たとしてもすべてが解る訳ではないとハジメはここに来る前に注意確認を行っていた。

 レーナは優しい性格からプレシアに同情的だが、原作で見れない罪や行いまで知っているわけではないので、正しい判断とは言い切れない。

 

 アイナもレーナと同じように同情的な部分はあるにはあるが、酷い言葉で娘を傷つける様をリアルタイムで見る事になって、同情的ではいられなくなっていた。

 マスターに仕える以上善性の人格をもっている神姫達は、悪意ある人の行動に嫌な気分にならざるを得なかった。

 

「それはそうだけど、もう見てらんないよ…。 この後も会いに戻って来たフェイトに酷いこと言って虚数空間に消えちゃうんだよ。

 普通の子供だったらトラウマ物だよ」

 

「確かにそうなのですが……マスター、何とかしてあげられないのです?」

 

 フェイトの境遇に悲しそうに語るアイナに、レーナも何とか出来ないかとハジメに訊ねる。

 しかしこの状況で余計な事をしても碌な事にならないとハジメは解っていた。

 

「どうにかするだけだったなら、もっと早い段階でいろいろ準備しておかないといけない。

 それにこの世界が物語となっている世界でも、世界自体が物語なわけじゃない。

 過程と個人の気持ちの問題となると、ゆっくり話し合って解決しなければいけない事だ。

 病気の進行による焦りから真っ当な精神状態じゃないプレシアとゆっくり話し合うのは、普通の手段では物語が始まってからじゃ不可能だろう」

 

「普通じゃない手段なら何とかなるのです?」

 

「なるとは思うが、いろいろややこしくなって碌な事にならないと思う」

 

 ひみつ道具の中には心変わりするようなものが割とたくさん存在する。

 ドラえもんのアニメでは悪戯に使われることが多いが、彼女達の関係は非常に切実でシリアスな問題だ。

 そういう道具を使えばフェイトとプレシアの仲を取り持つのは簡単だが、道具を使って心を無理矢理変えるというのは間違っているとハジメは思っていた。

 

「原作を知っていても、彼女達はしっかりとした人間なんだ。

 知っているだけの僕等が無理矢理解決しても、歪な関係になって後で余計拗れてしまう気がする。

 そういう問題には下手に手を出さない方が良い」

 

「だけど…」

 

 納得がいかない様子のアイナに、感情豊かなのはいいが優し過ぎるのも困りものだなと、ハジメは神姫に組み込まれた人格性能の高さを再確認した。

 

「これは僕だけがどうすればいいという問題じゃない。

 だけどとりあえず僕等は虚数空間に落ちてくる彼女を助けて、話が出来る様に治療するつもりだ。

 その時思う事があったら言ってみるといい。

 このまま見捨てるという選択肢は流石に出来ないからね」

 

「…わかった」

 

 不承不承と言った感じにアイナはモニターの監視に戻り、それを心配そうに見ていたレーネが声を掛ける。

 

「アイナ、見たくないのなら私が変わってもいいのです」

 

「え、レーナ……いや、だめだめ、これはボクがマスターに頼まれた仕事なんだから」

 

「アイナ、本当に無理はしなくていいよ」

 

「大丈夫だよマスター。 見張る事だけなのにボクだけ出来ないなんて嫌だもん」

 

「それならいいんだが…」

 

 アイナにも意地があり、自分だけマスターに頼まれた事をこなせない等とは言えないのだ。

 そこまで言われてやる気を見せない訳にも無く、先ほどの不承不承と言った様子はすっかり消えてモニターにかじりつくように見張り始めた。

 

「良い子達でござるな、殿」

 

「まあね。 そういう子達だからこそ作るのを望んだんだから」

 

 喜怒哀楽のある彼女達の行動をハジメは面白そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 モニターに映る事態は進み、物語は最終局面を迎える。

 フェイトが時の庭園に舞い戻り、プレシアの前に立った。

 一度酷い言葉で斬り捨てられても、彼女は自身の思いの丈を伝える為にプレシアの前に現れて守りたいと語った。

 

『……私が貴女の娘だからじゃない。 貴女が私の母さんだから…』

 

『………くだらないわ』

 

 万感の思いの言葉も拘泥の望みに捕らわれたプレシアに無下に切り捨てた。

 

「ムキーーー! やっぱりあのオバさん気に食わないー!」

 

「アイナ、そんなこと言ってる場合ではないのです!」

 

『任務に集中しろ! 既に空間に穴が開きまもなく落ちてくるのだぞ』

 

「わかってる!」

 

 アイナがモニターに映った状況に我慢できず不満を漏らすが、事態が最終局面となりハジメ達の動く段階が目前に迫ってきている状況だ。

 皆が集中している状況でレーナとリースが注意を促す。

 既に時の庭園が崩壊しだし、一部の瓦礫が虚数空間に落ち始めていた。

 

「管理局に虚数空間内にいる僕達を見られるのは厄介だ。 向こうから見られない様に行動に移す。

 アイナはモニターでフェイト達に虚数空間の穴の中を見られないよう離れだしたら合図をエルとリースに出してくれ。

 エルとリースは予定通り落ちてきたプレシアとアリシアの入ったカプセルの回収だ。

 頼むぞ」

 

「わかってるマスター!」

 

『わかりました!』

 

『了解です』

 

 そして間もなく時の庭園に大きな亀裂が入り崩壊が加速する。

 アイナが見張るモニターでプレシアとアリシアの入ったカプセルが虚数空間に落ち始めた。

 

「プレシアとカプセルが虚数空間に落ちたよ」

 

『こちらでもセンサーで確認できました!』

 

 エルが虚数空間に入ってきた二人を観測する。

 虚数空間と言うだけあって本来は何もない空間であり、当然宇宙のように空気も無い真空空間だ。

 この世界の魔導師が纏うバリアジャケットには、厳しい環境で活動出来る機能もあり、真空でもそう簡単に死ぬ事はないのは事前の調査で分かっている。

 だが虚数空間は魔法がキャンセルされてしまう空間でもあり、落ちてきたプレシアが生き永らえる時間はそれほどない。

 回収を急がなければならないのだが、フェイト達に見つからない様にギリギリまで待たなければならなかった。

 

『……おい、まだか! あまり時間は無いのだぞ!』

 

 急がねばならないが合図を待っているリースが、急かすようにアイナに怒鳴る。

 

「ボクに文句言わないでよ! あの子たちが離れるのを待つしかないんだから。

 ……もうちょっと………良し! 全員こっちに背を向けて離れだしたよ!」

 

『わかった! 行くぞ!』

 

『はい!』

 

 合図を受けてエルとリースがヴィディンテュアムの装甲から飛び立ち、虚数空間を落ちていくプレシアとアリシアのカプセルに一直線に飛んでいく。

 ISの機能が組み込まれた武装は慣性制御によって一気にトップスピードを出す事が可能であり、瞬く間に二人の元へたどり着いた。

 そしてエルが取り出した銃形状の物をプレシアに向ける。

 

『【テキオー灯】です!』

 

 銃口から放たれた光がプレシアに当たる。

 事前にハジメから渡されていたひみつ道具で、テキオー灯は光を当てるだけで高水圧の海底や宇宙空間などのあらゆる環境で生きられる体に適応させる事の出来るという道具だ。

 これで真空空間であってもプレシアが環境によって死ぬ事はない。

 テキオー灯を当てたエルは空間に浮かぶプレシアを抱きかかえ、リースも一緒にあったアリシアのカプセルを確保した。

 

『マスター、プレシアさんの救助完了です!』

 

『こちらもカプセルを確保しました』

 

「ご苦労さま。 続いて時の庭園が落ちてきてるからすぐに船に戻ってきて。

 残りはこっちの仕事だから、プレシアさん達を医務室に運んで簡単な検査をしておいてくれ。

 直ぐに死ぬようなことはないと思うけど、病気らしいから容態が悪すぎるようだったらすぐに僕を呼んで」

 

『わかりました』『了解』

 

 指示に従ってエルとリースがヴィディンテュアムに戻ってくる。

 その間にも崩壊した時の庭園の残骸がどんどん虚数空間の穴から落ちてくる。

 此方は虚数空間に入ったからと言って死ぬわけではないので慌てる事はないが、放っておけば断片が虚数空間内に飛び散ってしまうので、次元空間にいる管理局の船から見られないように虚数空間の穴が自然に閉じてから時の庭園の回収作業に入るのだった。

 

 数分後には空いた穴に水が流れ込むように空間の穴は塞がり、時空船のバリアーを利用した時の庭園の回収作業に入った。

 時の庭園はプレシア・テスタロッサの研究所でもあり、魔法技術を含む多くのミッドチルダの知識が詰まっている、ハジメには宝箱のような存在だ。

 崩壊していてもひみつ道具を使えば元通りに治せるのでどれだけ壊れていても問題ないが、断片が少なくなりすぎると修復に手間取るので、出来るだけ完全な形で回収したかったのだ。

 

「これでマスターの目的の物は手に入ったんだよね」

 

「そうだけど、まだ持ち主がいるんだ。 この後ちゃんと話し合ってから譲ってもらうつもりさ」

 

「勝手に人の物を取ったら泥棒なのです。 ちゃんとプレシアさんの許可を貰わないといけないのです。

 だけどマスター、こんなにボロボロで大丈夫なのです?」

 

「どんなに壊れてても元に戻せるひみつ道具があるから平気だよ。

 それよりプレシアさんの容体が気になるから、少し様子を見てこようと思うから後は任せて大丈夫かな」

 

 大部分の確保には成功したので、ハジメは収容したプレシアの様子を見に行こうと思った。

 

「大丈夫なのです。 マスターはプレシアさんの様子を見てくるといいのです」

 

「ボクはあのおばさんに会いたくないからこっちにいる」

 

「後は散らばった小さな残骸を無人機に回収させるだけでござるから、任せておくでござるよ」

 

「それじゃあ、後はよろしく」

 

 船のブリッジを出て、ハジメはエル達のいる医務室に向かった。

 

 

 

 

 

 ハジメが医務室に着くと、エルとリースがベットに寝かされたプレシアに検査機器を付けて容態の確認をしていた。

 

「マスター、もうそちらはいいんですか?」

 

「一区切りついたから、プレシアさんの様子を見に来たよ。

 状態はどう?」

 

「あまり良くありません。 ちょっと検査しただけでも無数の腫瘍が見つかっています」

 

「私たちの医療知識でも、ベットで絶対に安静にしていないと命に関わるとわかります」

 

「執念って奴だね」

 

 娘を生き返らせる為に重い病状を抱えていて苦しいはずなのに、それに耐えて執念で目的を果たすために動き回ってきたのだ。

 それが空回りとしか思えず、真っ当な精神状態で無くなっていたとしても、失った娘を取り戻したいという強い愛情からくるものだろう。

 愛は人を狂わせるとはよく言ったものだ。

 

「どうしますか、マスター。 直ぐに処置をしないとプレシアさんは長く生きられないと思います。

 正直、もう手遅れな可能性も…」

 

「生きているのならひみつ道具でどうにでもなる」

 

 死んでいてもどうにかなりそうだとハジメは思ったが、無暗に死なせるつもりはないので予定通りの治療法を実践する。

 

「ひみつ道具【万病薬】。 これは名前の通りどんな病気にも聞く錠剤状の薬だ。

 更にひみつ道具ではないがドラゴンボールの世界から持ってきた【仙豆】。 これは体力を一気に回復させて致命傷のケガも治す強力な栄養薬だ。

 この二つを飲ませれば生きている人間ならほぼ間違いなく全快するだろう」

 

「ひみつ道具ってなんでもありなんですねー」

 

「まあね、とにかくこの二つをプレシアさんに飲ませてくれ」

 

「わかりました」

 

 二つを受け取ったエルは、意識の無いプレシアが飲みやすいように少し砕いてから口に含ませて、水と一緒に飲み込ませた。

 飲み込んだ直後から顔色が良くなり目元の隈も薄くなって、一見して症状が良くなったのが解る。

 

「飲ませただけで顔色が良くなりましたよ」

 

「呼吸もだいぶ落ち着いている。 すごい効き目だ」

 

「仙豆の効果は即効性だけど、万病薬は直ぐに効くわけじゃないから、体力が回復しただけだ。

 体力があれば病状へ抵抗も出来るだろうから、その間に万病薬の効き目が出る筈だ。

 仙豆ほどでなくても万病薬の効き目も早いから、そう遠くない内に目が覚めるだろう。

 様子を見ながら自然に起きるのを待とう」

 

「はい」「わかりました」

 

 そうして病状の変化に気をつけながらプレシアが起きるのを待つことにした。

 それまでどうしようかとハジメが考えると、ふとアリシアが入れられているカプセルの方を見た。

 

「………」

 

 

 

 

 

 プレシアの病状は数時間毎の検査でどんどん改善し、半日後にはほぼ全快して後は起きるのを待つだけとなった。

 様子を見張っていたエルがプレシアが身じろぎをしたのに気づく。

 

「ッ! マスター、プレシアさんが起きそうです!」

 

「わかった、今そっちに行く」

 

 手の空いていたハジメが暇潰しに見ていた虚数空間の観測資料を戻して、目覚めようとしているプレシアの元に来る。

 

「…ぁ………ここは、何処?」

 

「僕の船の中です。 気分はどうですか、プレシア・テスタロッサ」

 

「私はどうしてここに…」

 

 検査した上では問題がほとんど消えていたのでハジメが体調に気を掛けたのだが、耳に入らないかのように現状を思い出すためにプレシアは自問する。

 

「そうだ、私は虚数空間に……アリシアは! アリシアは何処!?」

 

 意識を失う前に虚数空間にアリシアと共に身を投げた事を思い出したプレシアは、頻りに娘の名前を呼んで所在を求める。

 

「やれやれ、病状が良くなれば落ち着いて話が出来るかと思っていたけど、これでは先に手を打っておいて正解だったかな。

 貴女のアリシアならそちらの隣のベットに寝てますよ」

 

「アリシア!!」

 

 病み上がりだというのに慌ててベットから上半身を起こし、向かいのベットの方を見る。

 そこにはベットに寝かされているアリシアがおり、更に奥にはアリシアの入っていたカプセルが置かれていた。

 

「なぜカプセルから出したの! このままじゃアリシアが!」

 

 アリシアが入っていたカプセルは死体を腐敗させない為の物で、中から出せば当然腐敗を始める。

 直ぐにカプセルの中に戻そうと慌ててベットから降りて、隣のベットに寝かされたアリシアを抱え上げてカプセルの中に入れようとする。

 

「そんなことをしたらダメですよ。 その子がまた(・・)死んじゃうじゃないですか」

 

「え?…」

 

 アリシアを抱えた状態で言われた事が一瞬理解出来ず呆然とするが、抱えた体に温かみを感じてアリシアの顔を見下ろす。

 

「アリシアが……生きてる?」

 

 呆然としながらも今一度アリシアをベットに下ろして、自身の手で脈を測り呼吸を確認し体温を感じ取る。

 全てを感じ取って改めてアリシアが生きている事を認識する。

 

「そんな…どうして……まさか偽物?」

 

「あなたがそこにいる娘の真偽を判断出来ないのなら、本物はあなたの想像の中にしか存在しませんよ」

 

 ハジメは当初はプレシアが起きて交渉してからのつもりだった予定を繰り上げて、起きる前にさっさとアリシアを蘇生させた。

 勝手に蘇生させると後で何を言われるかわからないのと礼儀の問題でプレシアと話し合った後にするつもりだったのだが、目覚めたプレシアが初対面の相手に蘇生出来ると言われたところで不用心にアリシアの体に触れさせるとは到底思えない事に気が付いた。

 

 アリシアを蘇生出来る事を証明する為に、幾人かの蘇生実験を行って見せないと信用されない可能性が高い。

 信用される為に幾人も死人を生き返らせるなど、非常に手間も後始末も多くの問題が掛かり過ぎる。

 そこまでして得られる物が時の庭園というのは、ハジメには対価としてはあまりに不釣り合いだと思った。

 所有者無しになる筈だった虚数空間に落ちた庭園を貰う対価としてアリシアを蘇生するのも、義理と善意からの行動なのでそこまでサービスする気になれない。

 なのでアリシアの蘇生を先にして事後承諾で対価に時の庭園を貰う事にしたのだ。

 

 既に蘇生させてしまったアリシアを偽物と疑われて軽口で返答しているが、偽物と判断されてしまったらまずいなとハジメは気づく。

 カプセルの中に居たアリシアを蘇生させたので間違いなく本物だが、長年正気が疑わしい状態が続いたプレシアが正しい判断を下せるか不安がある。

 何せプレシア自身が偽物であるフェイトを作ってしまったのだから、容姿が同じなだけでは偽物と判断されても可笑しくない。

 説得が面倒で見ていない内に蘇生させてしまったデメリットであった。

 

「………いえ、この子は確かに私のアリシアだわ。 だってずっと眠り続ける姿を見てきたんだもの。 間違えるはずがない」

 

「それならよかった。 せっかく蘇生させたのに偽物と断じられたら、こちらも困ってしまう」

 

「蘇生させた? 貴方がアリシアを生き返らせたというの!?

 いえ、そもそもここはどこなの。 船の中だというのだからてっきり捕まって管理局の船かと思ったけど、私は確かに虚数空間に落ちたはず。

 意識を失う前には既に魔法も使えない領域まで落ちて、管理局の魔導師でも私達を拾い上げるのは不可能だわ」

 

 アリシアの事が気になって把握出来ていなかった現状を、冷静になってようやく理解し始めたプレシア。

 慌てっぷりにやれやれと言った感じのハジメは、改めて彼女に現状の説明を始める。

 

「改めて説明させてもらいますがここは僕の時空船の中です。

 この船は現在虚数空間を潜航中で、貴方が開いた虚数空間の穴があった直ぐ近くに滞在しています」

 

「冗談はやめてちょうだい。 虚数空間を次元艦が航行出来る訳がないわ」

 

 ミッドチルダ人であるプレシアにとって魔力炉が動力である事が常識の次元艦は、魔法が使えない空間である虚数空間を航行できないのは当たり前の事だった。

 

「次元艦ではなく時空船なんですが、似た様な物なので言い方は別にいいでしょう。

 ですが、この船はあなたの知っている次元艇と違って魔動力を一切使っていない超空間移動船です。

 魔力を使わないのであれば虚数空間の特性など関係ないでしょう」

 

「魔力を使わない次元艇が開発されたなんて、近年のミッドの情報が疎い私でも流石に耳にしない筈がないわ」

 

「僕等はミッド出身ではありませんし、管理世界の住人でもないですよ」

 

「管理世界の住人ではないって………虚数空間を航行してアリシアを蘇生させるほどの技術って、まさかアルハザードの住人だとでもいうの?」

 

 自身が目指していた場所の技術であれば虚数空間を航行する技術があっても可笑しくないと思い付く。

 

「いえ、それも違います。 僕等は管理局なんかが把握出来ないもっと外の世界からやってきたんです」

 

「管理外世界ってこと?」

 

「管理局の把握していない世界がすべてそう呼ばれるんでしたらそうなんでしょうが、僕等の世界はそういう枠には収まらないと思いますよ。

 管理局にはおそらく来ることが出来ない世界ですので」

 

 このリリカルなのはの世界には無数の世界が次元世界に存在しているが、ハジメから見れば全てをひっくるめて一つの世界と見ることが出来る。

 ミッドでは次元世界は海とも呼ばれるが、その海を次元艇で渡る事で別の島という別世界に行くことは出来ても、更に外の世界の宇宙に出るための宇宙船を作る事は出来ていない。

 それが出来るのがハジメ達の時空船という事だ。

 

「僕等がこっちの世界に来たのは目的がありまして、その目的の為にあなたを助けました。

 とある理由であなたの事情を知って、先に恩を売っておこうと望みを叶えさせてもらいました。

 説明してからその子を蘇生させるのは説得が面倒でしたので、事後承諾になってしまったのは謝らせてもらいます」

 

「………確かに何処の誰ともわからない輩に、私のアリシアを蘇生出来るからといって触れさせるわけがないわ。

 もし私が目覚めた時にアリシアが無事でなかったら只じゃすまなかったわ」

 

 ハジメの予想していた展開をプレシア自身も認める。

 万一はないと確信はあったが、プレシアの鬼気の籠った宣言にハジメも少しヒヤッとする。

 しかし言い辛いながらも、ハジメはプレシアに伝えなければならない事があった。

 

「それなんですが、その娘の蘇生が万全かどうかはその子が目覚めてみないとまだわかりません」

 

「なんですって。 それはどういうこと!!」

 

 アリシアの蘇生が不完全かもしれないと言われて、誰もが震え上がりそうな鬼気を見せながらハジメに迫る。

 

「長年死んでいた状態から蘇生させたので、精神がどのような状態かまだわからないんです。

 死んだ人間を生き返らせた事は何度かありますが、長期間死んでいた場合からの蘇生は経験が無いんです。

 こればっかりは起きてみないと分かりません」

 

「万全でない蘇生をアリシアにしたというの!」

 

「万全な蘇生方法と言われても、生き死にと精神の健全性は全くの別物なんです。

 精神に何かしらの問題があったとしても、肉体が生きた状態で無ければ精神の回復も出来ません。

 とにかくその子が目覚めてから精神鑑定をしてみるしかありません」

 

「くっ……お願いアリシア、無事に目を覚まして…」

 

 万全な蘇生でない事に不満を漏らすプレシアだが、ハジメは出来る限り問題が無いように蘇生を行っていた。

 死者の蘇生というものは不老不死と同じくらい昔から人が求めてきた禁忌の行いだが、物語の世界には割とありふれて存在している事象だ。

 力を得る為にコピーを送った世界のいくつかにも蘇生手段がある所はあり、特殊過ぎる条件でない限り可能なだけ技術を持ち帰ってきたので、使える蘇生術をハジメはいくつか手に入れている。

 実は【タイム風呂敷】の原作エピソードに、古くなったワニ革のバックを新品にしようとして時間を巻き戻したら、生きていたワニにまで戻してしまったという話があり、タイム風呂敷だけで蘇生出来かねないのだが、それでは禁忌という感じや高位の技術っぽさのある他の蘇生術があまりに不憫というかあっけない感じがするので、タイム風呂敷による蘇生を試すのはやめようとハジメは思っていた。

 

 そこで他の蘇生術でアリシアを蘇生させるつもりだったのだが、アリシアの遺体を確認していろいろ思うことが出来たのだ。

 先にプレシアの説得が面倒だと気づいたのもあるが、同時に遺体の前に佇むアリシアの幽霊が見えてしまったのだ。

 物語に描かれる人の力というのは、生命力を活用する力に分類するに魔法を使う為の力である魔力、そして魂の力と言われる霊力に大体分類されるとハジメは考えており、当然霊力を使う霊能力者がいる世界の力もハジメは蒐集している。

 そのお陰でアリシアの幽霊を見ることが出来たが、ハジメが認識したその状態はあまり良いものではなかった。

 

 幽霊といっても色々な呼び方があり、”亡霊””浮遊霊””地縛霊”そして”悪霊”と、様々な状態の霊が存在する事を証明している。

 悪霊化していたという最悪の事態ではなかったが、幽霊のアリシアはただ静かに眠っているプレシアの方をぼんやりとした目で見続けているだけで、声をかけても何の反応も示さず語らないそこに佇むだけの普通の亡霊といった様子だった。

 最初からそうだったのか長い幽霊生活で精神が消耗してしまったのかわからないが、後者だった場合には蘇生しても正常な状態でいるかどうかハジメは不安を覚えた。

 プレシアの説得に加えて魂の概念の無い世界の人間にこの状態のアリシアを説明するのは非常に困難だと考えて、急いで先に蘇生させて精神状態を確認したかったのだが、プレシアが先に目覚めてしまったのでハラハラしながらアリシアが無事に目覚めるのをハジメも祈っていた。

 感情を顕わにして癇癪を起こす女性は、ハジメにはどんなに強くなっていても怖いのだ。

 

 方向性は違えど無事に目覚めてほしいと祈られてるアリシアが、プレシアの呼びかけに反応して身動ぎを起こした。

 煩わしそうに眉間を歪ませてから、ゆっくりとその両目を開いた。

 

「アリシア、私の事が解る?」

 

「………ママ?」

 

「アリシアー!!」

 

 小さな声を聴いて感極まったプレシアは涙を流しながらアリシアを抱きしめた。

 念願の叶うはずのない望みがかなった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 


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