四次元ポケットと異世界漫遊記   作:ルルイ

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第二話 夢の記憶と二つの本

 

 

 

 

 

『ママの馬鹿ーーーーー!!!』

 

『ごめんなさいアリシアー!』

 

 ハジメの時空船ジャーニー内に子供の怒りの声と母親の謝る声が響き渡った。

 

「今日も元気なようで何よりだ」

 

「マスター、プレシアさんとアリシアちゃんにとってはそれどころではないのです」

 

「蘇生後の厄介な後遺症も無く、叫ぶ元気があるのなら後は些細な問題だろう」

 

「あの人たちにとっちゃ些細な問題じゃ無いんだろうけどね」

 

 管制室でこの世界に来て手に入れた技術資料の整理をしながら寛いでいたハジメとレーナとアイナは、今朝も(・・・)聞こえたアリシアの大きな声に感想を言う。

 アリシアが蘇生してから一週間、この世界に拠点の無いハジメ達は虚数空間の船の中で過ごし、蘇生後の後遺症が無いか確認の為に容態を見ていた。

 ハジメの作った時空船だけあって船の中であっても生活環境が充実しており、閉塞感の無い生活が送れるのでそのまま虚数空間で様子を見ていたが、アリシアが目覚めて初日の内は何も問題が無かった。

 目覚めてから再度検査をして身体的に何の異常も出ず、本人はまだボンヤリとすると言っていたがプレシアとしっかりと受け答えをしていて特に問題は無いように思えた。

 

 しかし一晩ベットで眠り翌朝になって、目覚めたアリシアは突然プレシアに泣きついて謝りだしたのだ。

 一緒に寝て居たプレシアも、朝になって突然泣いて謝りだしたアリシアに戸惑いながらもあやして落ち着かせようとした。

 突然泣き出したことで様子を見に来たハジメ達も見守り、30分位してようやく落ち着いたアリシアの話を聞くことが出来た。

 

 突然泣いて謝りだした理由は夢の中で自分が死んでいて、プレシアがずっと自分の目の前で悲しみ続けてる様子をずっと見続けていたというのだ。

 自分は見ているだけで動く事も出来ず、悲しんでいるプレシアに何も出来ない状態がとてもとても長い間続いていたのだという。

 それを聞いたハジメは幽霊になっていた間の記憶だと思い、プレシアも幽霊の存在を理解しなくても遺体の前で嘆いていた自分の事なのだと解った。

 生き返ったばかりのアリシアは自分が死んでいた自覚が無かったが、この夢の記憶をはっきりと思い出したことで自分が死んでいたのだと理解し、目覚めたら改めてその時の感情が沸き起こり悲しませてしまっていたプレシアに泣きながら謝りだしたのだ。

 

 プレシアはこれが蘇生の後遺症なのかと思ってハジメに問うが、あながち間違いではないのでそれと説明する為に幽霊の概念から説明した。

 幽霊や魂といった物の説明に懐疑的ではあったが、死んでいたアリシアが知覚出来る訳がないととりあえずはその事実を受け入れた。

 そしてアリシアの幽霊時の状態を説明して懸念していたことを伝えると、プレシアもアリシアの精神状態に不安を感じた。

 幽霊だった時の記憶をちゃんと認識している様だが、情緒不安性ではあってもちゃんと泣いて自分の意思を伝えられている事から、ハジメはとりあえず大きな問題ではないだろうとその日は判断した。

 

 そして次の日もアリシアは夢で幽霊の時の記憶の続きを見て、翌朝にプレシアに泣きつく事になった。

 再びアリシアに落ち着いてから夢の内容を聞くと、それは昨日の夢の続きで同じようにプレシアが自身の前で嘆いているのがほとんどだったという。

 その説明から幽霊の時の記憶が夢を見る度に呼び起されているのだろうと解った。

 全ての記憶を夢で見れば治まるだろうと解ったが、毎朝アリシアが泣き叫ぶのを見てられないのでどうにか出来ないかとプレシアがハジメに訊ねた。

 ひみつ道具には夢に関する物も多数あるが、只の夢ではなく記憶の再生が原因では下手な夢を見せると記憶の混乱を起こす可能性も想定出来たので手を出しづらく、全ての記憶を見終わらせることが最善だった。

 それから朝になる度にアリシアは夢の記憶の反動から、情緒不安定になりプレシアに泣きついて謝っていた。

 

 しかし昨日の朝からは事情が変わり、アリシアはプレシアに泣いて謝るのではなく泣きながら怒り出したのだ。

 長い年月を数日で追体験していたアリシアは、ようやく近年の記憶までたどり着きフェイトが誕生した時期に入ったのだ。

 それを見ていたアリシアは非常に複雑な思いではあったが、プレシアが元気になるならそれでいいとも最初は思っていた。

 しかしプレシアがフェイトと相容れずに距離を取り始めて、飼い猫だったリニスを使い魔にして教育係にし、最後には消滅してしまったのを知って怒らずにはいられなかった。

 

 その時の事を知られて泣きながら怒られると、流石のプレシアも言葉を詰まらせて何も言うことが出来ずに駄々っ子のように両手の拳を振るってくるアリシアにオロオロしながら棒立ちになるしかなく、代わりにあやして落ち着かせたのは世話役をしていたエルだった。

 その日はアリシアは終始不機嫌でプレシアに近づかずにエルの傍を離れず、プレシアはとてもばつ悪そうにアリシアに何度も謝るしかなかった。

 

 だが、その日の夢はリニスがいなくなるまでの記憶で終わっており、次の日の今日アリシアはおそらく生き返るまでの最後の記憶を見るだろうと予測された。

 アリシアが生き返って気持ちに余裕の持てたプレシアは、最近までやらかしてきた事に少なからず罪悪感を持てるようになっていた。

 リニスの件で怒られた事で最近の事は更にまずいのではないかと気付いたプレシアは、再びアリシアの見る夢をどうにかしてくれとハジメに頼む事になる。

 プレシアの思う所も理解できないこともないとハジメは少し呆れながら話を聞いていたが、アリシアが最後まで記憶を見るとプレシアを睨みながら拒否したのでその願いは頓挫した。

 

 そして本日、アリシアはとっても怒りながら目覚める事になった。

 

「それじゃあ彼女達の様子を見に行ってくるよ。 エルに任せっぱなしにする訳にもいかないからね」

 

 世話役をしているエルは、今日もテスタロッサ家の騒動の渦中にいた。

 

「わかったのです。 アリシアちゃん達の様子を見に行ってください」

 

「あの叫び声じゃあ盛大に気まずい状況だろうから、二人のフォローしてあげてね」

 

「二人のって事はプレシアさんもか? アイナはプレシアさんの事嫌いじゃなかったか?」

 

 時の庭園が虚数空間に落ちてくる時の状況のプレシアを見ていたアイナは、フェイトを手ひどく突き放していた彼女を非難していた。

 あまりいい感情を持っていなかったプレシアを気にかけた事にハジメは不思議に思った。

 

「そりゃあ今もあの人のした事で好きとは言い切れないけどさ、昨日アリシアに非難されてたプレシア無茶苦茶落ち込んでたじゃん。

 酷い事してきたのも全部アリシアに会いたかったからなんだから、そのアリシアに嫌われるのは流石にと思って…」

 

「アイナは優しいのです」

 

「ッ! レーナ、うるさい!」

 

 優しい目で見るレーネの言葉に、恥ずかしそうに声を荒げて誤魔化すアイナ。

 

「わかった。 あの二人の問題だからどこまでフォローできるかわからないけど、出来るだけやってみるよ。

 アイナも気になるんだったら後で会いに行ってみると良い」

 

「気が向いたらね」

 

 ソッポを向きながら答えるアイナを見てから、ハジメはアリシアたちの部屋に向かった。

 部屋に着きノックをしてエルの返事を聞いてから部屋に入ると、エルに泣きついているアリシアとベッドの上で落ち込んでへたり込んでいるプレシアの姿があった。

 エルは泣きついているアリシアを抱きとめて落ち着かせるようにあやしている。

 

「おはようございますマスター」

 

「おはようエル。 彼女達の事を任せて悪いな」

 

「いえ、これくらい構いません」

 

 エルはたいして気にしない様子であやしながら答える。

 泣いていたアリシアもだんだん落ち着きを取り戻してきて、来ていたハジメに気が付いた。

 

「んぐぅ……ハジメさん…」

 

「ああ、アリシア。 そろそろ落ち着いた?」

 

「…うん……迷惑かけてごめんなさい、エルさん、ハジメさん」

 

 泣き止む事の出来たアリシアは、朝から喚き散らして迷惑をかけてしまったと思い頭を下げて謝罪する。

 

「いや気にしてはいないよ。 夢で思い出した記憶の影響で起き掛けは精神が不安定になるみたいだからね」

 

 一週間程度の付き合いでしかないが、普段のアリシアは幼くとも聡明で感情的になって喚き散らすようなタイプではない。

 夢の中の出来事でも一つ一つであれば終わった事なのだからと我慢出来るモノなのだが、幽霊だった時の追体験という特殊な物のせいか、夢で感じた時々の感情が起きた時に一気に纏めてあふれ出てきてしまうようで、とても我慢出来ず感情的になって泣き出してしまうらしい。

 

「それとハジメさん、生き返らせてくれてありがとう」

 

「いきなりどうして?」

 

「夢の中でハジメさんが、生き返らせてくれた時の事を思い出したの」

 

「なるほど、そこまで思い出したってことは、もうこれ以上死んでいた時の夢を見る事はたぶんないだろうね」

 

 アリシアの夢は死んだ時の一番古い記憶から、順繰りに新しい記憶に向かって思い出されていった。

 最後の夢は当然蘇生させるときの記憶になるので、そこまで思い出せば幽霊だった時の記憶の夢は全て見切った事になる。

 

「私もそう思う。 なんだか全部思い出したって気がするから。

 あの、ハジメさん。 ハジメさんはママがしたこと良く知ってるんだよね。

 じゃあフェイトの事も知ってる?」

 

「詳しい過去のことまでは事細かには知らないけど、ジュエルシードに関わる事件の間の事は大体知っているよ。

 回収を命じられていたフェイトの事も知ってる」

 

「私、フェイトに会ってみたいの」

 

「アリシア、何を言ってるの? フェイトの事は…」

 

「ママは黙ってて!」

 

「はい!」

 

 まだ怒りが残っているという感じにアリシアが怒鳴って、プレシアは反射的に返事をして背筋を伸ばして口を紡ぐ。

 

「フェイトは今おそらく管理局の次元航行艦に捕らわれている筈だから、会うのはいろいろ問題があるな。

 どうして会いたいんだい」

 

「…謝りたいの。 私が死んじゃったせいでママがいっぱい迷惑かけたの、フェイトだから」

 

「な、なにを言っているのアリシア。 貴女は何も悪くないわ!」

 

「だけど! 私が死んでなかったらママが皆に迷惑かける事はなかったでしょ!

 ママにだって、いっぱい悲しませちゃった…」

 

「アリシア…」

 

 昨日と今日はプレシアに怒っていたアリシアだが、それまでは悲しむプレシアの夢を見て朝起きる度に泣きながら謝っていた。

 怒る事もあるが、同時にプレシアにも大きな引け目をアリシアは感じている。

 

「フェイトの事、夢の中で初めて知った時は私にそっくりでどういう風に見ればいいか分かんなかったけど、ママが喜んでくれるなら私の代わりに成ってもいいって思った。

 だけどママはフェイトを私の代わりに作ったのに、私と違うって言って突き放した。

 ママの為にいっぱい頑張ったのに、たくさん酷い事を言って酷い事をして…」

 

「…………」

 

 アリシアを生き返らせるために頑張ってきたプレシアだが、それまでの行為は決して誰かに顔向け出来る事ではない。

 それを自覚していてプレシアは、悲しそうに語るアリシアの顔を見ることが出来ず俯いている。

 

「最後にフェイトがママに会いに戻ってきた時もずっと一生懸命だった。

 ママにとってはフェイトは私の偽物だったかもしれないけど、フェイトにとってはママの事が大切なママだった。

 私と一緒で娘としてママの事がとてもとても大好きなんだって思ったの。

 だからフェイトは私と同じママの娘で、私の妹なんだと思う」

 

「アリシア、フェイトはね…」

 

「もう全部知ってるの! フェイトが普通とは違うって。

 だけどそれでも、ママがフェイトの事が嫌いだって言っても、私と同じようにママが大事なフェイトは妹だって思ったの!

 ママがなんて言ったってフェイトの事は文句を言わせない!」

 

 自身のクローンと言われて初めは複雑な心情だったアリシアだが、母親の為に頑張るフェイトの姿にプレシアよりも先に心を動かされていた。

 一度決めた以上は考えを変えないと言わんばかりに、アリシアはプレシアにフェイトは妹だと宣言した。

 プレシアも様々な負い目から、何を言ったらいいのかわからずオドオドするばかりだ。

 

「話はよく分かったけど、アリシアが直接フェイトに会いに行くのはいろいろ不味い。

 フェイトを捕らえている管理局は巨大な公的機関で、アリシアちゃんが会いに行くという事は死んで生き返った存在を公の場に晒すようなものだ。

 死者蘇生の成功例が世間に広まるなんて碌な事にならないだろうし、管理局という巨大な組織に知られるだけでも希少な存在として追い立てられかねない。

 死者蘇生は何時の時代何処の世界でも権力者に求められる物だからね」

 

「彼の言う通りよ。 アリシアが生き返った事が広まれば多くの人間に狙われかねない。

 せっかく生き返ったのにそんな危険な事はしないで」

 

「だけど………フェイトだけに私達が掛けた迷惑の責任を押し付けたくないよ」

 

「アリシア、あなたは何も悪くないわ。 全部私がやった事なのだから…」

 

 フェイトに会うのが難しいと解りアリシアは落ち込み、プレシアも管理局に接触させるのは不味いと解っているので、只アリシアに何の責任も無いとだけ語る。

 ハジメも何とかしてやりたいが、強引な手段は原作崩壊に繋がり碌な事にならないと思っているので、安易に合わせると引き受ける訳にはいかなかった。

 

「う~ん…何とか穏便に会わせる方法を考えてみよう。

 せっかく助けたのに下手な騒動に巻き込まれて不幸にする訳にもいかないからね」

 

「お願いします、ハジメさん」

 

「アリシアの夢も落ち着くと思いますし、プレシアさんもいろいろあると思いますが今後の身の振り方を考えておいてください。

 どこか行く当てがあるなら送りますし、無いようでしたら僕等の拠点に案内しますよ」

 

「貴方達の拠点って、いいのかしら? 貴方達の世界って管理世界とも隔絶した世界なんでしょう。

 散々世話になってしまっているけど、本来関わりの無い世界の人間を勝手にあなた達の世界に連れてきてしまっていいの?」

 

「構いません。 僕等の世界と言っても住んでいる人間は僕達だけですし、文明のある故郷の世界も隣にあるだけで次元転移が出来るほどの技術はありません。

 特異な技術を持っているのは僕達だけなので」

 

「そう……一応考えてはおくわ」

 

 

 

 

 

 アリシアとプレシアは過去の出来事をしっかり話し合うようで、世話役をしていたエルも邪魔をしないように席を外した。

 朝の騒動が終わってからハジメはまとめ終えた魔法科学の資料を整理してから、次の調査の準備に移っていた。

 【ビックライト】で大きくしたタイム風呂敷で崩壊する前の状態に戻した時の庭園の中を、ハジメと付き添いのリースとエルが歩いていた。

 魔動力で動く時の庭園は虚数空間では機能を完全に停止しており、内部環境の調整機能も働かないので人間が活動できる状態ではないがその辺りはテキオー灯で誤魔化している。

 

「リース、闇の書の様子に変わりはなかったか?」

 

「はい、やはりあらゆる魔法に関する品は虚数空間では完全に機能を停止するようです。

 この世界で過去に猛威を振るっていた闇の書の対抗手段に、虚数空間に落とすという選択をなぜしなかったのか不思議です」

 

「おそらく闇の書を落すための余裕を作る一時的な機能の停止が出来なかったのと、虚数空間を開くのに次元断層発生の危険性があったからとか、そんな理由じゃないかな」

 

 ハジメが言ったように虚数空間に浮かぶ時の庭園に、現在闇の書が持ち込まれていた。

 現時点ではまだ未起動の状態ではあるが、所有者である八神はやての傍を離されれば自動的に元の場所に転移してしまうが、虚数空間では転移魔法は使えないばかりか魔道具である以上何も出来ない状態になっている。

 ハジメが虚数空間に闇の書を持ってきたのは、どうやっても起動も暴走も出来ない状況で闇の書を夜天の書に修復し、そこに収まっている古代ベルカの魔法技術を調べる為だ。

 

「だけどマスター。 闇の書を持ってきちゃってよかったんですか?

 八神はやてさんの所から持ってきてしまったら、確実に原作通りに成りませんよ?

 それはマスターの望む事ではなかったはずですし、はやてさんの未来の家族を奪う事になります」

 

 ハジメはこの世界で原作の表舞台には極力干渉しない事は事前にエル達に宣言していた。

 闇の書はA’sの重要なファクターで、これ無しには物語は始まらない。

 それはそれで問題そのものが発生しないので平和ではあるが、原作の流れは完全に崩れる事になるだろう。

 

「それなら問題ない。 闇の書は今も八神邸にちゃんと置いてある。

 原作自体を壊すつもりは毛頭ないからね」

 

「え? それではひみつ道具で闇の書をコピーして持ってきたのですか?」

 

 コピーによる複製の入手はハジメの十八番なので、エルは今回も複製したと思った。

 

「似た様な物だが、今回はコピーとは違う。 此処にある闇の書は本物で、八神邸にある闇の書も本物だ。

 正確にはどちらも半分だけ本物なんだ」

 

「「どういうことですマスター?」」

 

 要領を得ないハジメの説明にエルとリースが声を揃えて訊ねる。

 

「先にこの後の予定を説明するが、闇の書はバグによって故障していて正常に動作していない。

 現在の魔法技術もまだ資料を手に入れたばかりなのに、古代ベルカの魔法技術の塊であるロストロギアなんて真っ当な方法で修復なんて出来やしない。

 だから当然ひみつ道具に頼るつもりだったが、未知の魔法科学の産物である以上修復方法は限られる。

 そこでお馴染みのタイム風呂敷で故障する前に時間を戻して修復しようと思ったんだが、これを使う場合はコピーを使う訳にはいかないんだ。

 何せ複製品の時間を撒き戻しても、作られたのがコピーされた時なんだからそれ以前に巻き戻せるはずがない」

 

「あ、それはそうですよね。 けどそれじゃあ本物を持ってくるしか…」

 

「半分本物って言っただろう? それに本物全部を持ってきてコピーを八神邸に置いてきたとしても、コピーとはやてに魔力的繋がりがある訳じゃないから誤魔化せるとは思えない。

 それに偽物をはやてに与えるというのも後味が悪すぎるじゃないか。

 半分本物っていうのは【なんでもカッター】で闇の書を分割して、欠損部分を【トカゲロン】で再生させることで本物を二つにしたんだ」

 

「ず、ずいぶん無茶な増やし方をしたんですね…。 暴走の危険があったんじゃないですか?」

 

 暴走の原因が防衛プログラムにあるだけあって、闇の書に危害が加えられれば何かしらの動きがある可能性は十分にある。

 大きな損傷により無限転生機能が働いて、周囲を巻き込みながら消え去ってしまったら目も当てられない。

 

「むろん細心の注意は払ったよ。 タイムリモコンで闇の書が動かないように完全に止めてその状態で分割して増やしたら、すぐに片方を虚数空間に送って、もう片方を暴走の危険が無いか確認しながらタイムリモコンの停止を解除した。

 そこで暴走するならすぐにリモコンで動きを止めたし、転生機能が働いても転移しない様に超空間バリアーも周囲に貼っておいた。

 超空間バリアーが魔法の転移にも有効なのは○×占いで確認済み」

 

 超空間バリアーとはその名の通り、超空間を使用した移動方法の全てを封じる特殊なバリアーだ。

 映画でも銀河エクスプレスの時にどこでもドアが封じられた技術と同じような物で、通常の移動方法以外の空間に作用して距離を短縮する移動方法が使えなくなるのだ。

 空間に対する作用はアプローチの違いだけで魔法でも科学でも変わらないらしく、科学的な転移封じの結界みたいなものだ。

 ただし科学的な物だけあってエネルギーさえあれば出力は際限なく上げられるので、魔導師が使う魔法よりも有用性はある。

 

 ハジメはこれを使って鉄人兵団襲来時にワープアウト場所を誘導したりなどの応用をしている。

 宇宙規模の運用も出来るので地球全体に張る事で異世界からの侵入を阻む事も出来る。

 超空間転移技術のある世界においては非常に有用な防衛方法でもある。

 

「八神邸に置いてきた闇の書の半分は、問題無くはやてとの繋がりを維持して起動待ちの状態になっている。

 虚数空間に放り込んだこっちの闇の書は、魔法的な活動の一切が出来なくなったから、繋がりも消えて転移も出来ずに完全に休止状態になっている。

 通常空間に戻ったら直にでも転移してしまうと○×占いが言っているから、虚数空間で闇の書を修復しないといけない」

 

「半分が本物であれば完全だった状態の過去があるから、時間を巻き戻してバグのない夜天の書だった状態にも戻せるという事ですね」

 

「手間取るやり方だったけど闇の書、いや夜天の書の知識は有用な物だ。

 なにせ現在のミッドチルダでは継承されていない、古代ベルカ式の魔法技術が入っているんだから」

 

 そしてこれは修復してみないと残っているか解らないが、ハジメの一番求めている技術は守護騎士プログラムだ。

 人間を丸々魔力だけで構築する事の出来る守護騎士プログラムは、夜天の書の中の技術で最もハジメが興味を持っている。

 無機物どころか有機生命体も魔力で再現出来るというのは、他の魔法技術に比べて隔絶した可能性を秘めていると思ったからだ。

 そううまくはいかないと思うが、理論上あらゆる生物を魔力で自在に生み出せるかもしれない。

 作り出すという技術知識に関しては、ハジメは非常に貪欲だった。

 

 そして闇の書が置かれた台座の前にハジメ達はやってくる。

 何らかの動きが無いかリースにも監視を頼んでいたが、虚数空間に放り込まれてから一切変化が無かった。

 

「やはり虚数空間では闇の書でも活動は無理なのか」

 

「その様です。 監視カメラのモニターでも一切の変化はなかったと」

 

「虚数空間ならロストロギアに分類される魔道具でも無力化出来ると解ったのは良い事だ。

 やっぱり魔法の研究と並行して、虚数空間の特性を再現するフィールド装置の開発も考えておくか。

 魔法を無力化できる装置として作る価値がありそうだ」

 

「マスター、研究ばかりしてあまり無理をしないでくださいね」

 

「大丈夫大丈夫。幸い体がいくらでも用意出来るから手が足りないという事には一切ならない。

 回復アイテムも異世界から持って帰ってきた強力なのがあるから疲れを知らないからね」

 

「それでも無理は無理です! 休む時はちゃんと休んでください」

 

「わかったよ。 心配して世話を焼いてくれる人がいるというのは嬉しいが、気にせず研究を出来なくなるというのは歯がゆい物がある」

 

「マスターがそう作ったのですから、文句言わないでください」

 

 マスターの健康を守ろうという意思から無理は許さないといった様子のエルに、ハジメは複雑ながらも暖かい気持ちになる。

 もう少し早くから、エル達のようなかわいいサポート役を作っておけばよかったかと思った。

 残念ながらドラ丸では癒しの方面が違うという思いを、頭の片隅で考えながら。

 

「ともかく闇の書もこの空間なら暴走の危険が無いようだし、さっさとタイム風呂敷でバグが発生する前に戻そう」

 

「ですがマスター。 どれくらい時間を巻き戻せばいいのかわかるのですか?

 闇の書の過去というものは原作でも一つ前の事件の時くらいしかわかっていません」

 

「それはタイム風呂敷を掛けながら○×占いを使って、管制人格が書の全権限を掌握している状態の時まで巻き戻ったと確認が取れるまで何度も確認するんだ。

 面倒なやり方だが、闇の書の歴史をタイムテレビで追い続けるよりは時間はかからないだろう」

 

 暴走状態の闇の書は防衛プログラムが管制人格の権限を上回ってしまった事が原因だから、全ての権限を持っていた時代まで戻せば管制人格が望まない限り暴走はない。

 そうしてハジメは○×占いを用意してからタイム風呂敷を闇の書に被せた。

 被せた状態から闇の書の時間を撒き戻り始め、過去の状態へと変化し始めた、筈である。

 

 長い歴史の一見劣化しない魔導書なので、人間のような生き物のように大きさも一切変化しないで、その変化を確認できない。

 確認出来るのはどんな問いにも100%の確率で正否で答える○×占いだけだ。

 

「管制人格が書の権限を全て掌握している状態まで時間は巻き戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

 少し間を開けながら○×占いに問い掛けて闇の書の状態を確認し続ける。

 

「そろそろ管制人格は権限を取り戻した?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「…管制人格の権限は戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「……権限は戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「………権限は戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「だいぶかかりますねー」

 

「それだけ古い時代から闇の書は暴走状態にあったのだろう」

 

 幾度も同じ質問を繰り返すので、後の方になると省略した同じセリフを繰り返すだけになるハジメ。

 エルとリースもその様子を、だいぶ時間が掛かるなと思いながら見守っていた。

 

 幾度も同じ質問を繰り返して確認を続け、再度質問しようとしたのと同時に闇の書の形に盛り上がっていたタイム風呂敷に変化が起こった。

 タイム風呂敷の膨らみが急に二倍の大きさになったが、○×占いに注視していたハジメ達はその事に気づかなかった。

 だが○×占いの答えに変化があった事ですぐに分かる事だった。

 

「権限は戻った?」

 

 ○『ピンポーン!』

 

「まだか……いや違う!?」

 

「マスター! 早くタイム風呂敷を!」

 

「わかった」

 

 時間を撒き戻し過ぎてもまずいと思ったハジメは、慌てて闇の書にかけられていたタイム風呂敷を外す。

 そして台座の上に乗っていたのは…

 

「え?」

 

「む?」

 

「は? 本が二つ?」

 

 なぜか夜天の書と一緒にもう一つ別の本が置かれていた。 

 

 

 

 

 

 




 ここらへんで最初の投稿は終了です。
 数年前に書き溜めして肥やしになっていました。
 もう少しストックはありますが、ゆっくり更新していこうと思います。

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 前作から読んで頂いている方は、新作投稿ですので新たな評価をお願いします。

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