「………」
「………」
静寂の中、銀髪の女性が光輝く魔法陣の上に立ちながら両眼を閉じて意識を集中しており、ハジメはその様子を黙ってじっと見ていた。
ハジメは闇の書をタイム風呂敷で時間を巻き戻す事により、夜天の書に戻す事に成功した。
現在魔法陣を展開している銀髪の女性は夜天の書の管制人格。 夜天の本を虚数空間から通常空間に移した事で魔力が使用可能な状態になり、起動した事で姿を現した。
闇の書の時は400頁を埋める魔力の蒐集が必要という制限があったが、管制人格という制御機能が制限される事は本来可笑しな話で、夜天の書に戻った事で魔力が回復すれば主がいなくても自律行動が可能だった。
起動した管制人格に夜天の書を修復したことをハジメが説明した後、自身の状態の確認に自己診断を行っていた。
「…自己精査終了。 全権限管制人格の元にある事を確認しました」
「それはよかった。 とりあえず暴走の心配はないわけだね」
「はい、仰った通り夜天の書はかつての姿を取り戻し、破滅の連鎖から解き放たれたようです。
呪われしこの身を救って頂き感謝いたします、我が主」
跪いて感謝の言葉を述べて礼をする管制人格。
彼女はこれまでの暴走の記憶を覚えており、それにより主をも殺して発生する災厄にずっと心を痛めていた。
極めて止めることの難しい闇の書の暴走の繰り返しを終わらせてくれたハジメに心から感謝していた。
タイム風呂敷の機能はあらゆる物体の時間を撒き戻したり早めたりするが、人間に使った場合には肉体年齢が変化するだけで、内面の意思や記憶などは若返ったり老いたりはしない。
つまりタイム風呂敷の機能は精神に干渉しないのだが、魔法の産物とはいえ道具である闇の書の時間を撒き戻せば、機能の一部である管制人格の記憶=記憶も巻き戻されるのではないかとハジメは考えていた。
しかし管制人格が起動したときに確認を取ると、機能は暴走前に戻っていてもその時の記憶はちゃんとあると言っていた。
通常のAIのようなデータであれば巻き戻って消える筈なのだが、ハジメはおそらくドラ丸のように高度なAIが完全な心となったからか、あるいは長い年月を経た事で付喪神のように魂が宿ったかの理由で、タイム風呂敷が干渉しない人と同じ精神として記憶が残ったのではないかと結論付けた。
ハジメにとっては記憶が残っていないよりは暴走の修復の説明が楽だったので、管制人格が起動してから話が早かった。
「先に説明したけど、僕は古代ベルカの知識を欲して暴走状態にない夜天の書を求めただけだから気にしないでくれ。
それに確かに知識は欲しいが、僕が夜天の書の主というのは君も望ましくないんじゃないかな?
言っては何だが、かつて夜天の書を改編して暴走するようにしてしまったのは、僕と同じような研究者の人間だろう。
知識を得られないのは困るが、僕は君が嫌いな人種の筈だ」
夜天の書は初期の状態から多くの改編をして、様々な機能が追加されてきた歴史がある。
魔道具の改編を行なう以上、それをやったのは魔道具に詳しい技術者か研究者の筈だ。
改編の果てが闇の書の暴走なのだから、元凶である研究者という人種を嫌っているのではないかとハジメは思っていた。
ベルカの魔法知識は欲しいが、拒否されても仕方ない経験をしているので無理強いはしたくなかった。
「私を起動させた以上、その者が夜天の書の主です。
管制人格であっても主を好まないからと言って拒絶することは出来ません」
「拒絶出来なかったから改編を受け入れてしまって、暴走の切っ掛けになってしまったんだろうね。
道具としては正しい在り方なんだろうけど、ちゃんとした心を持っているのだから言える意見は言ってくれ。
僕は元々主になるつもりじゃなかったし、起動したのも研究以外の目的があった訳じゃない」
タイム風呂敷で記憶の変化が無かった以上、ハジメは夜天の書の管制人格には人と変わらない精神を持っていると確信している。
人と変わらない意志を持っているのであれば人と同じとハジメは考えており、一個人として意思を尊重するつもりで研究の協力を交渉しようと思っていた。
いやいやであれば本気で諦めるつもりではあった。
「ですが、主でなければ夜天の書から情報を読み出す事は出来ません。
主以外が情報を閲覧するには主の許可が必要なのですが、主が定まっていない以上、その権利を私の意志で出す事は出来ません」
「確かにそれくらいのセキュリティはあって然るべきか。
つまり何かするにしてもまずは主を決めないといけない訳か」
「はい」
ハジメはどうするべきかと考える。
本来の主である八神はやての元には、半身である闇の書がそのまま残っているので、下手に原作の流れを壊さない為に主として情報閲覧の許可を出してほしいと頼めるはずがないし、この世界で唯一の知り合いであるアリシアとプレシアに主になってもらうという方法もあるが、自身の我儘に付き合わせるつもりはない。
主がいない状態での管制人格の権限の制限は想定していたが、かといって情報だけを求めている自分が主になるのは出来るだけ避けたい。
誰か信用できるものを主に据えて、知識を開示してもらうというのもいささか手間が掛かり過ぎる。
「改めて聞くけど、研究目的の僕が主になる事に不安はない?
情報目的だし魔法知識もまだまだ足りないから変な改竄なんてする気は毛頭ないけど、君自身が不安だったり嫌がるのであれば、僕も無理強いはしたくない。
主を選べない魔導書だからというではなく、君自身の意思を聞かせてほしい」
「…もはや記憶にも残っていませんが、かつての主だった研究者の改竄で暴走が始まった事は解っています。
それ故に確かに研究者というもの不安を覚えないではありませんが、貴方は終わりなき不幸の連鎖を止めてくれました。
魔導書としての力を求めていないのであっても、私は出来る限りこの恩に報いたい。
それでは駄目でしょうか?」
魔導書としての力を求められていない事に不満はあっても、管制人格は自身なりにハジメに恩返しをしたかった。
それは確かに本人の思いからきてる言葉であり、ハジメを納得させるだけの理由ではあった。
「いや、それが君の考えだというのなら、否定する理由はない。
ただ僕が君の主に相応しいとは思ってないから、どうにも受け入れ辛いだけなんだ」
此処にいるのは半身とはいえ、間違いなく【リインフォース】とはやてに名付けられるはずだった存在だ。
情報分析が終わり、原作でも事件が終わったころにはやての元にいる半身と同化させて帰そうと思っていたので、長期的に夜天の書を持っているつもりはなかった。
八神はやてこそが夜天の書の正しい主だと思っているから。
「とりあえず暫定として主になる事で君の事も夜天と呼ばしてもらうけど、今の夜天の権限なら後からでも主従契約の解除も出来るんだろう?」
「はい、全権限を取り戻しているので同意があれば可能です」
「僕が夜天を持ってくる前にあった所には、本来選ばれていた主がちゃんと居る。
研究以外にも事情があって今は返せないが、時期が来たら本来の主の元に返そうと思っていたんだ。
決して悪い子じゃないし魔導師としての才能もあるから、その子の方が主に相応しいと思う」
「闇の書の間でも主を捜索する機能は働いていたので、きっと素晴らしい資質の持ち主なのでしょう。
ですが私は魔導書であると同時に騎士としての矜持もあります。
いったん仕えると決めたのであれば、安易に主を変える事を望みません。
…主にとって都合が悪く、ご命令があるのであれば仕方ありませんが」
主従契約の解除は命令であれば従うが本意ではないという説明を悲しそうに言う夜天。
一度仕えると誓う以上、簡単には変えたくないという騎士の在り方はハジメにもよくわかった。
ハジメは明確に主になる事を望んでおらず、夜天も望まれていない事が分かっていて渋々といった感じだ。
「うーん…とりあえず本来の主に関わる事情が落ち着くまでは主をやる事にするよ。
僕も本来の主の元から勝手に持ってきたという負い目があるから、出来るなら君を返したいと思うからね」
「ですが書が貴方の手に渡らなければ、おそらくその者も闇の書の暴走で命を奪ってしまっていたでしょう」
夜天がまだはやての元にあった時は未起動状態で、はやてについての情報がまるでなかった。
原作で夜天ははやてに対してとても気にかけていたが、情報が無いので本来の主というものに思う所が無かった。
無論原作通りの闇の書の解放も予想すらしていない事だ。
「そうとは言い切れないんだが、そのことについてはまた今度説明しよう。
ともかく暫定で主を引き受ける訳だけど、書の機能で選ばれた訳じゃない僕が主になって問題はない?」
「確かにユニゾンを含むいくつかの適性が必要な機能は調べてみないと解りませんが、魔力量に関しては何も問題ありません。
詳しく調べなくても主の魔力量は歴代の主の中でもトップクラスだとわかります。
人間でそれほど魔力を持っている例はそうありません」
ハジメは事前の異世界修行で魔法の力がある世界でも当然力を手に入れてきている。
別の世界で魔力を鍛えてからこのリリカル世界に来たことで、鍛えてきた世界で得た魔力がそのままこの世界の魔導師の力であるリンカーコアの資質になり、高い魔導師ランクになっている。
「それはよかった。 結構鍛えてはいたから心配はしてなかったが、ミッドの魔力量測定はまだ調査中でやってなかったから。
夜天を起動させられるだけの魔力があればいいとは思っていた」
「鍛えて書の主になれる魔力を後天的に得るのは難しいと思うのですが…」
この世界の魔法資質は本来先天的に大体決まるので、鍛えても魔力量は元々の状態からそんなに伸びないのだ。
「こっちの世界では再現出来ない訓練方法でね。 機会があれば説明するよ。
まずはベルカ式の基礎について別の情報媒体に起こしてもらえるかな」
「構いませんが、未だ私の中で眠る守護騎士達はどうなさいますか?
目覚めれば護衛として申し分ない力を発揮する事をお約束しますが」
闇の書の時は守護騎士が目覚めてから管制人格が目覚めるが、修復してからの起動でまず管制人格の夜天から目覚めた。
夜天はすぐにでも守護騎士たちを起動させてもよかったが、まずは説明とハジメに待ったがかかっていた。
「彼女達には悪いけど当分は起動しないでいてもらおうかな。
研究で忙しいから余計な人員を用意しても相手出来ないし、此処は外敵もいないし護衛も十分にいるから」
「そうですか、わかりました」
仲間である守護騎士たちを起こせない事に夜天は少し悲しそうにする。
ハジメも済まないと思うが守護騎士達を起こしても現状で何かを頼むようなことはないので干しっ放しなってしまうので、それなら起こさない方が良いと思ったからだ。
「ごめんね。 魔法研究がひと段落着いて、余裕が出来たら起こしてもいいから」
「いえ、私も我儘を言ってすみません
ですが何かしらの危険があれば、主を守るために起こす事をお許しください」
「まあ、それくらいなら構わないけど、多分大丈夫だと思うよ。
この世界には僕を除けば普通の人間は二人しか住んでいないし、次元世界でもないから他の世界から何かが来る可能性は限りなく低い」
現在夜天がいるのはハジメの拠点である世界、バードピア。
ハジメはこの世界に夜天の書を連れ帰って、夜天の起動を行なっていた。
「僕の持つ次元移動法はミッドやベルカの次元移動とは方式が違う。
魔法による転移や次元航行艦の様な魔力を使った魔導技術を使わず、純科学の空間操作技術で時空間に干渉して様々な空間移動法を確立している。
その用途は惑星間移動を可能にするワープ航行や、世界の壁を超える次元転移法に、時間を行き来する時空間移動まで可能にしている」
「時間移動ですか? 時間移動を目的にした研究は何時の時代でも耳にしましたし、それを目的にしたと思われるロストロギアも幾度か耳にしたことはありますが、明確な成功例は聞いた事がありません
我が主かそれを実現したというのであれば凄い事です」
ハジメは拠点としているバードピアを夜天に紹介する為に、実験をしていた隔離された研究室を出て案内をしていた。
「僕が開発した訳じゃないんだが、製造から運用までの技術は確立している。
それだけじゃ無くて君達の出身の多次元世界とこの世界は大きな次元の差があって、君達の使う魔導式の次元転移ではおそらく移動することは出来ない。
何せ時間の流れ自体が違うから、何らかの基点を用意しておくか時空間を観測出来る技術が無いと、目的の時代にも行けないだろうね」
「時間の流れすら違うと? では次元世界の外にある時間の流れの更に外に、この世界はあるという事ですか?」
「次元世界は世界が違っても各々の時間の流れは同じだから、そういう解釈で間違ってないと思うよ。
ただ僕は次元世界が一つの時間の流れに収まっている無数の世界の集合体の世界だと考えている。
一つの世界にいくつかの世界が収まっているってことはよくある話だからね」
「そういうものなのですか。 初耳です」
ハジメのイメージとしては魔界だの冥界だの天界だの異世界だのと、地球を基準に発展する異世界という物はありふれた物で、複数の世界が隣同士になっている物語の例が数多くある。
バードピアも地球とバードウェイで繋がっている隣り合った世界と言えるのだ。
「このバードピアに隣接する世界には人間もいるけど、魔法は表立っては存在していないし次元転移法もまだ確立されていないから、この世界に僕等以外の人間が現れる可能性は殆どない。
この世界にいるのは鳥類が主で、僕と配下を除けば最近移り住む事になったミッドチルダ出身の二人だけだ。
僕の配下は後で紹介するから、同じ次元世界出身の二人に会いに行こう。
住み始めたばかりだから、そろそろ様子を見に行こうと思ってたんだ」
「お供します、我が主」
「いや、僕が夜天を案内するつもりなんだけどね」
研究所を出れば見渡す限りの緑が広がっており、ハジメが作った建物以外を除いて人工物がまるでないのがはっきりわかる。
ハジメはポケットから帽子を取り出し、被ると背中から翼が生えた。
「主、背中から鳥の翼が!?」
「この【バードキャップ】の機能で、被ると背中に翼が生えて空を飛べるんだ。
他にも飛ぶ方法はいくつも持っているけど、この世界は鳥が主体だから出してみた。
二人の住んでいるところは、歩くとちょっと距離があるから飛んでいくよ。
よかったら夜天も使ってみる?」
ポケットからバードキャップを取り出して夜天に差し出す。
「私は人間ではないので、人間用の道具が使えるかどうかわかりませんが…」
「大丈夫。 僕の持ってるこの帽子みたいな道具はひみつ道具って名前でね、使用法が結構アバウトで融通が利くから、人間に限らずロボットでも帽子を被れば翼が生えて空を飛べるようになってる。
人間じゃなくても人型の夜天ならちゃんと使える筈」
「そ、そうなのですか。 では…」
夜天は受け取るとバードキャップを見定めてからゆっくりと帽子を被る。
バードキャップは正しく機能を果たし夜天の背中に白い白鳥の翼が生えた。
「翼が…。 しかし白ですか…」
「白は不味かった? あ、そういえば夜天の書の力を使うと黒い羽が生えるんだったっけ?」
「はい、飛行魔法の補助を行う装飾なのですが、この翼には一切魔力の反応がありません」
「不思議だけど科学の産物で魔法は一切使われていないからね。 僕もひみつ道具については解っていない事がたくさんあるから」
「これも主が作った訳ではないのですか?」
「勉強はしているけど一人でそんなものを作れるような天才じゃないからね、僕は。
どうして手に入ったのか僕もわからないんだけど、そのひみつ道具と呼ばれるのはそっちの世界で言うロストロギアの様なオーバーテクノロジーの産物なんだ。
ある程度解析出来るようになったから時空間移動なんかの応用も出来る様になったけど、まだまだ分からないことだらけだよ」
「仕組みのわからない物を使って大丈夫なのですか? 私が言うのもなんですがロストロギアの類に下手に接触するのは危険です」
闇の書という災害をまき散らすロストロギアだっただけの事はある夜天のセリフだ。
「確かに闇の書と呼ばれた夜天が言う事じゃないね。
ひみつ道具の中には使い方を誤れば危険な物は数多くあるが、使い方は解るから用途を間違えなければ危険ではないよ。
広めて良い物じゃないから誰にでも教えるつもりはないけどね」
「では私には教えてもよろしかったのですか?」
「あ………、まあ当分ここにいる事になるんだし、隠してもしょうがないからね」
「はあ…」
うっかり普通に教えてしまっていたハジメの言い訳に、夜天もとりあえず相槌をうって流す。
外の人間と会う時はハジメも警戒してひみつ道具の存在を広めないようにしてきたが、バードピアという自身の領域に入れた事で警戒心が緩んでいたのか、あまり気にせずひみつ道具の事を教えてしまっていた。
言った通り短い付き合いにはならないだろうから、長期間隠し続けることは出来ないだろうが、自身の拠点にいるからと言って警戒心が緩み過ぎていたことに少しばかりハジメは反省した。
「説明はいつでもできるから、そろそろ二人の所に行こうか」
「はい」
ハジメが背中の翼を羽ばたかせると、すぐに浮かび上がり空へ飛び立つ。
夜天もハジメを追うように空を飛ぼうとしたら、自然と背中の羽が羽ばたいて飛び始めた。
「…不思議な感覚です。 魔法で空を飛ぶのに慣れている筈なのに、翼で飛ぶというのは別の感覚を感じます。
本来ない筈の物なのに、翼に当たる風をしっかりと感じます。 これは疑似的な神経が通っているのでしょうか?」
「そういうひみつ道具の考察は面白いけど、重要そうな機能が備わっている道具以外の物は解析を後回しにしてるんだ。
何せ僕の持っているひみつ道具の数は確実に千種類を超えているからね」
「千ですか!? ロストロギアの様な特殊な道具が!」
次元世界出身にとってロストロギアを千種類持っているというのは恐ろしい話だろう。
ロストロギアにもピンキリがあるが、ジュエルシードや闇の書のように世界を滅ぼせる力を秘めている道具は幾つも存在している。
使い方を誤ればひみつ道具でも世界を滅ぼしかねない物がいくつか思い付くあたり、あながちロストロギア=ひみつ道具というのも間違ってはいないかもしれない。
「と言っても、このバードキャップみたいに翼が生えて空を飛ぶだけの様な無害な物も多いから、あまり気にすることはないよ。
確かに危険な物もあるにはあるけど…」
「例えばどのような?」
ひみつ道具に興味を持った夜天は、ハジメが危険という物について尋ねた。
「んー、時間移動による過去の改竄での現在の消滅の危険性は大体わかるよね」
「はい、自身の過去を改編されれば現在の自分にも変化が起きるという事ですね」
「僕もその辺りは十分気をつけてるから、時間移動に関しては細心の注意を払ってる。
タイムマシンを使う以上、それくらいの知識は当たり前の事だから、その手のひみつ道具については省くよ。
世界が滅びるような危険性のあるひみつ道具というと…」
少し考え込んで使い方を誤ると不味いひみつ道具について考える。
「…まず思い付いたのは【バイバイン】かな。
これは薬品タイプのひみつ道具で食べ物にかけると倍に増える効果があるんだ」
「食物が二倍にですか。 貧困で苦しむ土地であれば非常に喜ばれそうですね。
それのどこが危険なのですか?」
「バイバインを掛けた食べ物は五分毎に増えるんだ。 口にすれば効果は消えるんだが食べなければ5分毎にどんどん増えていく」
「それはまさか無限にですか?」
「無限に増える。 手に負えなくなったら無限に増える食べ物で星が覆いつくされてしまう」
「確かにそれは恐ろしい話です」
ちなみに原作ではまんじゅうを増やし過ぎてしまい宇宙に捨てるという解決手段に出た。
「ほかには【ミニ・ブラックホール】というひみつ道具があるね」
「待ってください。 ブラックホールとは高重力によってあらゆる物を飲み込む天体の筈です」
「うん、そうだね。 ひみつ道具のはその模型らしいんだけど、何でも飲み込んでしまうという点は同じ。
小さいだけあって本物よりはましだけど、星を飲み込んでしまうほどのパワーがあるらしい」
「そんなもの、何に使うんですか?」
「ゴミや要らない物の処分じゃないかな? 似たような道具に【ブラックホールごみ箱】ってのがあるからね。
こっちは二度と取り出せなくなるんだけど、ミニ・ブラックホールは【ブラックホール分解液】っていう解除用の道具もある」
原作ではミニ・ブラックホールを食べて、幾らでもご飯が食べられるようにしたらしいが、それでは栄養を取る事にならないので、疑似的な大食いに見せかけるだけにしかならなかった。
「後は口にした事が全部ウソになる【ウソ
これも飲み薬タイプで、一定時間喋った事と真逆の事がどんな事でも起こる。
例えば”今日はいい天気”っていうと悪い天気になって突然土砂降りの雨になったり、”悪い事が起こる”と言えば実際には良い事が起こるという、言ってしまえばどんな事でもウソの事象として発生させる事の出来るひみつ道具だ」
「そんな馬鹿な…。 それでは真逆の事を言えばどんな願いも叶えられるという事ではありませんか。
ロストロギアでもそれほどの物は流石にありえません」
「だけどその影響力は時間を超えても発生するみたいだから、多分世界中に影響を与えるくらいの効果は確実にあると思う。
世界平和を語ろうものならどれほど悲惨な状況が発生するか…」
「………」
「うっかり口走った事と真逆の事が確実に起こるから、下手に使う訳にはいかないので死蔵が確定している代物だよ」
「ええ、絶対に使わない方がよろしいかと…」
夜天は規格外のひみつ道具を多く聞いて、流石に少し呆れと疲れ気味になっていた。
彼女にとって気の滅入るようなお喋りをしながら飛んでいると、進行方向の丘に人工物の一軒家が見えてきた。
ただし夜天が先に目に入ったのは建物ではなく、その隣に鎮座している巨大な生き物だった。
「あれは竜? この世界にも魔法生物がいるのですか?」
「あー、あれはフェニキアだね。 この世界の生物だけど魔法生物かどうかは調べてない。
あれで火を噴いたり空を飛んだりするから、魔法生物なのかもしれないけど」
黄色の重厚な肌をした翼を持ついわゆる竜と呼ばれる生物がそこに存在していた。
ハジメがここバードピアに移住した際に、映画で脅威となっていたフェニキアは【桃太郎印のきびだんご】で手懐ける事で暴れないようにした。
よくわからない生態系の生物で映画でも二億年も昔に眠らされても生き続けていたくらいだ。
バードピアの世界中を調べてみてもに同種の生物がいない事から、異常なほどの突然変異か外宇宙からやってきた生物なのかもしれないとハジメは考えていた。
図体がデカく一見危険だが、桃太郎印のきびだんごを食べさせたことでこの世界に来た人や人工物を襲わないように命令している。
傍にある建物に住んでいる二人、アリシアとプレシアがこの世界に来た際にフェニキアの存在も紹介しておいた。
基本的に人間の言う事を聞くようになっているので、興味を持ったアリシアの遊び相手になっていた。
今もフェニキアの周りをハジメの渡したバードキャップでアリシアが飛び回って遊んでおり、それを見上げるように下からプレシアが見守っていた。
「こんにちわ、プレシア。 新しい家は問題なさそうかな?」
「こんにちわ、ハジメ。 快適過ぎるほど暮らさせてもらっているわ。
本当に魔法技術が使われていないのって思うほど、暮らし易過ぎて何もすることが無いほどよ」
「それならよかった」
二人に用意した家には、ハジメがこれまで手に入れてきた技術をふんだんに使われており、あらゆる家事が自動化されている。
ライフラインにはアニマルプラネットに行った時に学んできた環境技術を取り入れており、電力はソーラーパネルだけで補え、食事は水と空気と光を合成するだけでいくつもの食品を生み出す事の出来る設備を屋内に備えてある。
その他の掃除などの家事も用意した補佐ロボットがやっているので、プレシアが言ったように何もすることが無くゆったりとした暮らしが出来ている。
「それでそっちは? 前に言ってた闇の書の管制人格かしら?」
「修復したから彼女は夜天の書だよ。 起動に成功したからまずはここを案内してたんだ。
と言っても研究所以外には、ここ位しか人の住んでいるところはないんだけど」
「主ハジメに仕える事になった夜天の書の管制人格だ。
我が主には夜天と呼ばれているがよろしく頼む」
「あなた自身が主になったのね。 闇の書もとい夜天の書は高い魔力資質を持つ者しかなれないって話だったはずよ。
散々驚かされてきたから、今更それくらいの事で驚かないけど」
「僕も主になるつもりはなかったんだけど、懐かれちゃってね」
「懐く?」
「高名なロストロギアを犬猫扱いしないで頂戴」
夜天はハジメの評価に小首を傾げ、プレシアは改めて呆れた様子で常識的に否定した。
話をしているとアリシアもハジメが来たことに気づいて、フェニキアの周りを飛んで遊ぶのをやめて降りてきた。
「こんにちわハジメさん」
「こんにちわ、アリシア。 楽しそうで何よりだよ。
何せここはフェニキアを除けば、鳥くらいしか住んでない世界だから退屈だろうしね」
「そんなことないよ。 ハジメさんがくれたお団子とヘッドホンのお陰で鳥達やフェニキアと仲良くなれてお話出来るし、この帽子のお陰でママみたいに空も飛べるんだもん。
私魔法が得意じゃないから飛べなくて残念だったけど、今は鳥達と一緒に飛べて楽しいよ」
アリシアにはバードキャップの他にも、【桃太郎印のきびだんご】と【動物語ヘッドホン】をこの世界で暮らすのに退屈しのぎに渡していた。
どれも危険な道具ではなく、原作のように子供が楽しむ事の出来るひみつ道具だ。
元々子供向けのアニメの産物だけあって、ひみつ道具は子供のおもちゃになるようなものが多い。
「それならよかった。 遊び道具になりそうなひみつ道具を思い出したらまた用意するよ。
今日は彼女の案内にここに来たんだ。
彼女は仮の名前だけど夜天と言って、新しくここで暮らす事になったからアリシアたちにも紹介しておくよ」
「夜天だ。 よろしく頼む」
「初めまして、夜天さん。 アリシア・テスタロッサです」
性分なのかぶっきらぼうな挨拶の夜天に対し、アリシアは笑顔で自己紹介をして握手に手を差し出す。
夜天は差し出された手を見て少し戸惑うが、すぐに握手に応じた。
笑顔で挨拶したアリシアに、心なしか夜天も嬉しそうにしている。
破壊を撒き散らすロストロギアとして扱われてきた彼女は、無邪気な当たり前の挨拶を受け取る事がとても新鮮に感じていた。
「夜天はエル達と同じように僕のサポート役になると思うから、今後も何かと顔を合わすと思う」
「うん、わかった。 それでハジメさん。 少しお願い、というか相談があるの」
「ん、なに?」
アリシアはいろいろ世話になっている事で遠慮がちな所があり、ハジメもそれに気づいていたので、何かしらの頼み事を言ってくるのは不思議に思った。
何もない所なので不自由があれば聞くとは言っていたが、アリシアの言い方から生活とは何か別の要望だと感じていた。
「何か私達でハジメさんのお手伝いが出来る事ないですか?」
「うん? どうしてそんなことを聞くんだ?」
「ここは自然が一杯で家もとても暮らしやすいけど、ハジメさんにはお世話になりっぱなしだから。
ママといつも一緒にいられるのは嬉しいけど、お仕事が無くなったから…」
”グサッ”という擬音が聞こえた気がすると同時に隣にいたプレシアが衝撃で仰け反る。
「…今の生活がハジメさんに頼りっぱなしなのはいけないと思うの。
だから何かお手伝いして、お返しが出来ないかと思って」
生前、というか一度死ぬ前のアリシアの生活は、仕事詰めのプレシアの帰りを一人待つ日々が多かった。
なので寂しい思いをすることがあったが、仕事の大切さは解っていたので働かないというのも悪い事は何となくわかっていた。
そして”働かない”とか”仕事が無い”と子供に言われるのは、親としての矜持があるプレシアには少なくない精神的ダメージを与えた。
「なるほど、立派な考えだと思うよ。 だけど今の所アリシアの手を借りるようなことはないかな」
「そっか~…」
「それなら私はどうかしら! これでも以前はそこそこ有名だった魔導技術の研究者よ!
貴方の学んでいるミッドチルダの魔法技術の教授くらい出来るわ!
いえ、手伝わせなさい!」
手伝える事はないと言われ残念そうにしたアリシアの後に、プレシアが必死さを顕わにして何かしらの手伝いをさせるようにハジメに求めた。
親として働かない大人という印象をアリシアに持たせておくわけにはいかなかったのだ。
生活に何の不便が無くても、親の信条としては死活問題だった。
「んー、今の所教授を求めるようなことはないですね。 これでも資料から独学で様々な事を学ぶことが長かったので、誰かに直接教えを受ける必要性を感じないんですよ」
ハジメは天才という部類の技術者ではないが、ひみつ道具による分身学習法で知識量はそこらの天才とは比べ物にならない学習量を得られている。
プレシアも天才的な技術者ではあるが、一人から学ぶよりも複数に分裂して資料から知識を得る方が確実に学習速度が早い。
「だったら、何でもいいからやれる事を頂戴。 このままじゃアリシアの私の評価が危ういわ!」
「そんな焦らなくても。 確かに何もしていないというのは、逆に辛い物かもしれない。
そうだね………畑でも作ってみるかい」
「畑?」
ハジメはポケットから幾つかの缶詰とアンテナの付いた球体と小さな雲とコントローラーを取り出す。
「これは【畑のレストラン】と言って、この中の種を地面に植えて育てると一日でいろんな料理の入った大根が出来上がる。
それでこの二つが【ラジコン太陽】と【ラジコン雨雲】で種を育てる日光と雨を降らせる。
家に備え付けてある食物製造機でもいろいろな食材が出来るけどそれだけじゃ味気ないだろうから、これで自分達のご飯を作ってみたらどうだい?
やってみるかい、アリシア」
「うん、やってみる」
「料理の入った大根が畑に? どんな品種改良をしたらそんなことが出来るの」
「我が主は本当に不思議な道具をお持ちだ」
純粋なアリシアはその不思議な道具を特に疑問に思わず受け取ったが、常識を知っているプレシアと夜天はまたも頭を悩ませる。
「何か出来そうなことが無いか考えておくけど、アリシアはまだ焦る必要はないよ。 まだ子供なんだからまずはいろいろ勉強してみると良い。
幸いプレシアさんも頭の良い研究者だったんだから、勉強するのに困らないだろうしね」
「そうよ、アリシア。 貴方はまだはお仕事の事なんか考える必要はないわ」
「…うん、わかった」
アリシアは少し残念そうにしながらも、ハジメに渡されたひみつ道具を抱えて納得した。
「それとこの前言ってたフェイトの事はもう少し考えさせてくれ。
もう少ししたら返事は出来そうだから」
「うん、お願いしますハジメさん」
フェイトに会ってみたいというアリシアの頼みについて、ハジメはまだ答えを出せていなかった。
この日ハジメ達は畑作りを手伝ってからテスタロッサ邸を後にした。
その日の夜。
「畑で出来たスパゲッティ、おいしいねママ」
「そうね、アリシア(駄目だわ。 やっぱり畑に出来た大根の中に料理が出来るとは思えない。
そもそも私達が今食べている物は本当にスパゲッティなのかしら)」
アリシアと一緒に畑で出来たスパゲッティを食べながら、研究者として大根の中に出来たスパゲッティという謎の食べ物について考えずにはいられなかった。
食べるのも不安だったが、アリシアが食べたそうにしているのを止めることは出来ずに食べながら考える事になったが。